よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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24話 ガールズトーク?

 静まり返る空間。距離にしておよそ十数メートル離れた場所で、見知った顔の二人が目を丸くしている姿を見て、護は今の自分の状況が傍から見たらどう見えるかを、客観的に考える。

 

 人気の少ない時間帯、下校途中、女性に服の裾を掴まれる男性の図。

 

(……まずくね?)

 

 見ようによっては、彼氏に甘えるように恋人同士でじゃれついている姿に見えなくもない。

 

 勿論事実は異なる訳だが。

 本来ならば目撃したのが知り合いなこともあって、落ち着いて誤解を解けばいいだけの話。

 

 しかし、ここで問題なのは楓花との関係をどう説明するかである。

 テスト期間になってから、有栖とは多少共に過ごす時間が減ったとはいえ、それは放課後に限ってのこと。

 未だに校内では共に行動することが多く、そのため護に上級生との交流の機会が無かったことは、彼女にも分かるはずだ。

 

 洞察力に優れた有栖のこと、下手な嘘は看破される可能性が高い。

 

 護がそんなことを考えている内に、有栖の方は神室が拾い上げた杖を受け取り、すぐそこまで近づいてきていた。

 

「今からお帰りですか、護君?」

 

 本当になんて事のない、いつも通りの笑み、いつも通りの声音。

 しかし護は、その表情の中に僅かな違和感を覚えた。

 

「ああ、ちょっと用事があってね」

 

 ここで動揺して返事に詰まるようでは、やましいことがあると言っているようなもの。

 護は感じた違和感を横に押しやり、できるだけ冷静に努めながら返事を返した。

 

「用事ですか。それは、そちらの女性と何か関係がおありで?」

 

 当然と言うべきか、即座に飛んでくる有栖からの追及。

 その声音からどことなく詰問するかのような雰囲気を感じ取り、護の中で今しがた感じた違和感の理由を理解した。

 

(なんか、機嫌悪くね?)

 

 その笑みの中に潜む威圧的な態度。それを見て、護には有栖が苛立っているように感じられたのだ。

 普段の彼女であれば、このような状況を目にすれば、弄る材料を見つけたとばかりに、面白そうに喜悦の混じった笑みを浮かべるはずである。

 有栖らしくない、そう思いながら護は彼女の不機嫌さの理由を考える。

 

(あれか、友人……というか玩具を盗られて悔しい的な)

 

 友人を盗られた嫉妬というのは有栖のイメージに結びつかないが、それを自分の所有物という言葉に置き換えるなら、ある意味納得できた。

 

 今一つ確証は持てないが、ひとまず有栖の心境をそのように分析したところで、とりあえずは何か返答を返さなくてはまずいと、護は口を開こうとする。

 

「いや、実は――「私が彼を呼び出したのだよ」――ね……」

 

 しかしその瞬間、すぐ隣から楓花によって声が被せられ、護の言葉は遮られた。

 何を言う気だと楓花に視線を向けると、彼女はそれに対し「任せろ」と言わんばかりにフッと余裕のある笑みを浮かべた。

 その笑顔を見て、しかし護は思った。

 

(すっごい、不安)

 

 護としても、流石に彼女が呪術云々を触れ回るほど分別の無い人間ではないと思っているが、それはそれとして愉快犯的な気質を持つ楓花である。別種の不安を感じずにはいられない。

 

「まずは自己紹介といこうか。2年Bクラスの鬼龍院楓花だ。そちらは1年Aクラスの坂柳と神室だな」

 

 どうやら楓花は有栖のことだけではなく、神室のことも知っていたらしい。おそらくはこの辺りも護を調査した際に知ったのだろう。

 

 有栖は突然口を挟んできた楓花に対しても表面上はにこやかに、しかし探るような視線を向ける。

 

「先輩でいらっしゃいましたか。これは失礼しました。しかしどうして私達のことをご存じで?」

 

「なに、今年の1年の噂は上級生にも轟いているのでな。個人的にも興味が湧いたので調べたまでのことだ。

 クラスの主要人物、その周辺人物として、君達のことも知っている」

 

 話の出だしとしては悪くない。

 これで護と楓花の間に接点がある理由付けは済んだ。クラスに対して興味が湧き、その過程で護に対しても関心を持ったという風にすれば、自然な流れになる。

 

「……そうでしたか。それでは護君とも、その過程で知り合ったのでしょうか?

 その割には随分と仲睦まじいようにも見えましたが」

 

「ふむ、そう見えてしまったか。しかしそれは勘違いだな」

 

 そこまで聞き、どうやら楓花は真面目に誤解を解いてくれるようだと、内心でホッと息を吐く護。

 しかし、安心するのは早かった。

 

「私は彼に告白して振られているからな」

 

(何言ってんだこの人?)

 

 有栖達の目がある手前、大きな動揺を見せることはなかったが、それが無ければマジマジと楓花に対して視線を送っていただろう。

 有栖達も流石に予想外の発言であったのか、僅かに目を見開いて驚きの表情を浮かべている。

 

「告白、ですか?」

 

 有栖の戸惑う表情というのも中々に珍しい。護は半ば諦め気味に経緯を眺めながら、他人事のようにそんな感想を抱いた。

 楓花は嘘だと感じさせない堂々とした様で言葉を続ける。

 

「ああ、お察しの通り君達のクラスを調べる過程で彼の存在も知ったわけだが、その内に心を奪われてしまってな。

 いやはや、私自身このような想いを抱くのは初体験で戸惑ってしまった。

 衝動のままに動いてしまい、つい先週、思いの丈を綴った手紙で呼び出し、告白と相成ったわけだ」

 

(半分脅迫状だったけどな)

 

 物は言いようである。

 完全に嘘とも言い切れない楓花の言い回しに、よくもまぁ舌が回ると呆れた面持ちで眺める護。

 しかし有栖の方も、それを鵜呑みにしてくれるような単純な思考をしてはいない。

 

「……しかし、失礼ながら振られたのですよね?」

 

 振られた人間が、未だに振った相手に接触を持つのもおかしな話。

 疑惑の籠った視線を向けながら、有栖はそのように問い返した。

 

「残念ながら、今は誰とも付き合う気が無いと袖にされてしまった。

 しかし、諦めきれなかった私はしつこく食い下がり、友人として接することを認めてもらったという訳だ」

 

 少々強引ではあるが、一応話の流れとしては繋がっている。

 もっと他に設定は無かったのかと思わないでもないが、ここで口を挟んでも余計に拗れるだけと、護は発言を控えた。

 

「……今のお話は本当ですか、護君?」

 

 楓花からは真偽が読み取れないと思ったのか、今度は護に対して問いかける有栖。

 しかし護も真意を悟らせない淡々とした態度で言葉を返した。

 

「うん、まぁ大体そんな感じ」

 

 浮ついた噂が流れるかもしれないのは不本意であるが、関係の落としどころとしてはそう悪くもない。

 友人として認知されれば、今後学内で楓花と会っていてもあまり不自然ではなくなる。

 

「なるほど、ではお二人は単なる友人で、お付き合いはしていないと?」

 

「そうだね」

 

「では、先程の状況は何だったのでしょうか? それに先輩が呼び出したと仰っていましたが、こんな時間に学校で何を?」

 

 今の説明で納得してくれれば楽だったのだが、やはり先程の光景までは忘れてくれないらしい。

 どうするんだよと、楓花に対して視線を送る護。

 

「ふむ、君は想像力逞しいのだな。よもや我々が放課後の校舎でいかがわしいことでもしていたと?」

 

 欠片も動じることなく、むしろ逆に揶揄うような軽口を返す楓花。

 それに対し、有栖も悠然と微笑みながら言葉を返す。

 

「いえいえそんな。護君がそのような方でないことは存じていますから。

 ただ、友人としては少し心配になってしまうのです。彼が強引に迫られて困っているのではないかと」

 

「なに、心配は不要だとも。今日も遊びに誘ったところ、快く了承してくれたからな。

 今も私の用事が終わるまで、わざわざ待ってくれていたくらいだ」

 

「そうでしたか? 私には立ち去ろうとする護君を引き留めているようにも見えましたが」

 

「そう見えたか? 私はただ、男性は女子のこのような仕草が好きだと聞いたので、試しただけなのだが。

 どうだろう、護はお気に召さなかったかな?」

 

(ここで俺に振るのかよ!)

 

 なんの脈絡もないキラーパス。楓花の顔を見ると、彼女はニヤリと口角を吊り上げて愉快気な笑みを浮かべていた。

 その表情を見て、護は確信する。

 

(やっぱこの人、楽しんでやがるな)

 

 先程からこの二人のやり取り、どうも互いに挑発的だとは思っていたのだ。

 有栖の方は一応分からないでもない。彼女は好奇心が強く、プライドも高い性格だ。疑わしいものを、そのまま鵜呑みにするような行為は好まない。相手の腹を探ろうとする態度も納得できる。

 

 問題は楓花だ。今回の要点は、いかに上手く言い訳して相手を納得させるかというもの。相手を煽るような言動は逆効果だと、分からない筈もない。

 つまり楓花は、場をより混迷とさせて楽しもうとしている。

 

 護は最初に抱いた不安が的中したと、楓花に話を任せたことを後悔した。

 しかし、そこで受難は終わらなかった。

 

「なるほど、そういうことであれば私も興味がありますね。

 護君は、こういう仕草が好きなのですか?」

 

 言いながら、護に近づき服の裾を掴んで上目遣いに見上げる有栖。

 

(いや、君もそこで混ざんのかよ!)

 

 先程まで不信感をむき出しに追及していたというのに、面白そうな方向に話題が転がったと見るや、すぐさまその流れに乗る変わり身の早さ。

 

(この二人、妙なところで波長が合ってやがる)

 

 最初は同族嫌悪よろしく相性が悪いかもとも思っていたが、予想とは違った意味で性質の悪い組み合わせになったと、護は内心で歯噛みした。

 とにかく、この二人のペースに巻き込まれるのはまずいと、護は口を開く。

 

「ああ、うん。可愛い可愛い。だから早く離してくれ」

 

 ここで否定や誤魔化すような言動は、かえって餌を与える行為になりかねない。

 護はあえて軽い調子で肯定することで、これ以上弄ってもつまらないぞと、遠回しに主張した。

 

「ふむ、もう少し気持ちを込めて言ってほしいところだな」

 

「そうですね。褒めるのであれば、もっと真摯な態度でなくてはいけませんよ。護君」

 

(なんで君ら仲良くダメ出ししてんの?)

 

 つい先程まで、険悪気味に舌戦を繰り広げていたとは思えない息の合いようだ。

 それを見て、いっそのこと放置して帰ってもよくないかという思考が頭をよぎるが、それをしてしまえば楓花が何を吹き込むのか分かったものではない。

 

 どうしたものかと考えていると、ふとそこで階段の方から大勢の足音と、会話をする声が聞こえていた。

 

「ふむ、あまりここで話し込むのは良くないな。

 折角だ、君達も一緒にカラオケにでも行かないか?」

 

「構いませんよ。私としてもあなたとは、もう少しお話したいと思っていましたので」

 

 腹の底を読ませないような、不敵な笑みを浮かべながら笑い合う二人。

 そんな様子を見て、巻き込まれては敵わないと思ったのか、少し離れた場所で呆れたように経緯を眺めていた神室が口を開いた。

 

「私は遠慮するわ。五条がいるなら、私が一緒に帰る必要もないでしょ」

 

 サラリと面倒事を護に押し付けるべく、手に持った有栖の鞄を手渡そうと近づく神室。

 楓花とは初対面の彼女だが、有栖との付き合いが長いだけに、厄介そうな性格であることは感じ取ったらしい。面倒ごとから逃げたいという思いが、ひしひしと伝わってくる。

 

「いけませんよ真澄さん。折角の先輩からのお誘いを無下にするなんて」

 

 護の服から手を離し、代わりに近づいてきた神室の服を掴む有栖。

 口調こそ柔らかいが、そのガッチリと掴まれた手からは決して逃がすまいという意思を感じる。

 実際、握力自体はそれほど強くないのだろうが、有栖の虚弱さを考えるならば無理矢理振りほどくわけにもいかない。

 

(何とかしなさいよ)

 

 神室の視線から、そのように訴えられていることが分かった護だが、それに対して沈痛な面持ちで首を横に振る。

 

(ごめん、無理)

 

 心の中で合掌する護。

 その思考が伝わったのか、恨みがましい視線を向けられるが、神室もそれ以上抵抗することはなく、諦めたようにため息を吐いた。

 

 そうして、カラオケに向かう運びとなった四人は、靴を履き替えて校舎を出る。

 

「カラオケといえば護君、以前にお約束した真澄さんとのデュエットの件、お願いしますね」

 

「は、何それ?」

 

 道中、世間話とばかりに振られる話題。護はそんな話も有ったかと思い返していると、神室の方は初耳だったのか不満気な声を上げた。

 

「いや、別に約束してないし。そもそも有栖さんの奢りでっていう話だったろ」

 

 仮に有栖の奢りだったとしても、彼女の選曲で誰かとデュエットなんて、完全に玩具にされる未来しか見えないので御免だが。

 するとそれを聞いていた楓花が口を挟んでくる。

 

「なんだ、そんな話をしていたのか。であれば今回は私の奢りなんだ。私と歌おうじゃないか、護」

 

 そんなことを言いだす楓花。

 一応設定上、彼女は護に告白したという話になっているので、アプローチの一環としてそんなことを言うのも不自然ではないが、護には彼女が演技ではなく単に面白がっているように見えた。

 

 ともあれ、その設定を踏まえた上でどのような返答が正解かと考える。

 了承か拒否か。

 しかし、どう答えたところでその心境など、どうとでも解釈できてしまう。

 

 むしろこうした考えで出した答えの方が、かえって不自然になる気がしたので、護はできるだけ意識しない様に思ったままの返答を返した。

 

「別に一緒に歌うくらいはいいけどさ、変な曲とか入れないでくれよ。

 流行りの曲とかも、俺あんまり知らないから」

 

 護としてみれば別に人と歌うことなど、どうということもない。

 むしろこのメンツに見られながら歌うこと考えるなら、ソロの方が気まずいかもしれないと考え、了承を返した。

 

「おや、護君。先輩からのお誘いには応えるのですね」

 

「だって有栖さん、絶対おかしな曲入れて弄る気だろ」

 

「心外ですね。しかしそういうことでしたら、私とならご一緒に歌っていただけますか?」

 

「有栖さんと?」

 

「ええ、私もカラオケで歌うなんて初めての経験ですから、一人だと少し気恥ずかしいのです」

 

 あざとくも懇願するように見つめてくる有栖に対し、しかし護としては彼女がしっかりと歌う気になっていることの方が驚いた。

 護自身、というかこのメンバー全員に言えることだが、こういった集まりで、自ら輪の中に混ざってはしゃぐというのは、性に合わないタイプだろう。

 

 何か裏があるのかと思いながら、しかし楓花に対しては了承した手前、断るのも気が引ける。

 僅かに考えたのち、結局護は頷いた。

 

「別にいいけど」

 

「フフ、楽しみですね。折角ですし、真澄さんもご一緒に歌いませんか?」

 

「嫌よ、面倒くさい。歌いたいなら勝手にすれば。私は遠慮する」

 

 神室がそう言いたくなる気持ちも理解できる。

 このメンバーでカラオケに行ったとして、和気藹々と楽しむ空気になるとも思えない。

 微妙な空気の中で一人マイクを握っているというのも、何ともシュールな光景だろう。

 

(というか、このメンツってホント、カラオケとか似合わないよな)

 

 その光景を思い浮かべながら、そんなことを考える護。

 しかし有栖は、そんな神室の意見をあっさりと却下した。

 

「ダメですよ、真澄さん。カラオケでは一人一曲歌うのがマナーとお聞きしました」

 

「誰よ、あんたにそんな適当なこと教えたやつ」

 

 護に対して非難がましい視線を送る神室。

 有栖の交友関係を考えるなら、容疑者に上がっても仕方がないとは思うが冤罪である。護は目の前で手を振ってそれを否定した。

 

「真澄さんだけ仲間はずれにして、楽しむ訳にはいきませんから。折角の機会ですし御一緒に楽しみましょう」

 

 言い回しこそ気を遣っている風であるが、護にはなんとなくその光景が、宴会芸を強要する上司の図に見えた。

 渋る神室であるが、彼女も有栖には強く逆らえない。最終的には神室が折れるのだろうと予想しながら、二人のやり取りを眺めていると、ふと近くにいた楓花から耳打ちをされた。

 

「護、カラオケに着いたら10分ほど席を外せ」

 

 おそらくは、有栖の意識が神室に向いているのを見計らっての行動。

 先程までとは異なる真面目な声音に、護は疑問を抱きながらも、とりあえずは任せてみるかと静かに頷いた。

 

 そうしたやり取りをしてしばらく、四人はカラオケ店に到着した。

 

 

 手早く受付を済ませ、部屋へとつくなり護は先程の楓花の言葉に従うべく口を開く。

 

「俺、先にちょっと手洗いに行ってくるから、適当に注文でもしといてくれる?」

 

「構わんよ。なに、我々は女子らしくガールズトークにでも興じているので、のんびり行ってくるといい」

 

 荷物を置きながらそう言う護に対し、そう言う楓花。

 一体どんな話をするつもりなのか。一抹の不安を抱きながらも、先程の真剣な様子から流石に今回はふざけるような真似はしないだろうと、護は大人しく部屋を出て行った。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「さて、何か聞きたいことがあるんじゃないのかね?」

 

 護の出て行った後のカラオケルーム。口調こそ軽いものの、そう切り出した楓花を見て、有栖は先程までとは異なる緊張感が僅かに張り詰めたことを感じ取った。

 

「どうやら、気を回して頂いたようですね」

 

「さて、何のことかな?」

 

 有栖の言葉に対し、惚けた態度をとる楓花。

 神室は何のことかわかっていない様子だが、有栖は護が今しがた出て行ったことが、楓花の仕込みであることを見抜いていた。

 

「わざわざ、護君が席を外してから切り出したのです。先ほどよりは建設的な会話ができると思ってよろしいのでしょうか?」

 

「それは君の質問次第だろう。それよりも、このような前置きで時間を浪費してもいいのかな?」

 

「では、単刀直入にお聞きしましょう。護君に告白したというお話、嘘ですよね?」

 

 質問という形式を使いながら、しかし有栖は確信を持ってそう問いかけた。

 対し、楓花もまた動揺することはなく、面白そうに笑みを浮かべながらその問いに答える。

 

「ハハ、いきなり随分な言い草じゃないか。人の告白を嘘と断じるとは、幾ら私でも傷ついてしまうぞ」

 

「傷ついた人の態度とは思えませんね。

 あなたの護君に対する態度は、恋慕というには少々異なるように感じます。私が彼に近づいても、嫉妬する素振りすら見せませんでしたから」

 

 学校での甘えるような仕草、ここに来る途中での歌の誘い。有栖は何も、ただ揶揄うだけの目的でそのような素振りを見せたわけではない。

 自分がそのような行動をすることで楓花がどのような反応をするのか、確認するのが狙いであった。

 

「恋心など、人によってその在りようは様々だよ。事実、私はあいつが望むのであれば、そのような関係も吝かではないと思っている」

 

「吝かではないということは、やはりあなたから告白したという事実はないのですね?」

 

 失言、というにはあまりにも露骨。

 おそらく楓花自身も、有栖が確信を抱いていると理解した故に、誤魔化すのは無意味と判断したのだろう。

 

「護君に対して関心があるのは事実でしょう。そして護君自身も告白の件を否定しなかったことから、二人の間には何か公にできない秘密がある。違いますか?」

 

「名推理、とは言えんな。所詮は憶測だ。

 しかし、仮にそうだとして、人の秘密を掘り起こすのが君の趣味なのか?」

 

「おや、お友達のことを知りたいと思うのは、当然では?」

 

「踏み込んでほしくない領域に踏み込むのは、良き友人の行いと言えるのかな?」

 

「でしたら何故、会って間もない筈のあなたが、その領域に踏み込んでいるのでしょう?」

 

 有栖にとって、二人が抱える秘密の内容も気になることだが、それ以上に疑問だったのは二人の距離感だ。

 自他ともに認める優れた洞察力を持つ有栖は、日頃の交流から護が他者との間に絶対に譲らぬ一線を引いていることも察していた。

 人は誰しも自分と他者との間に壁を作るものだが、護の場合はそれが特に見えにくく強固であると、有栖にはそのように見えた。

 

 だからこそ腑に落ちない。

 

(彼女は、どうやってそこに踏み込んだのでしょうか?)

 

 学校でのやり取り、護は有栖達には会話の内容が聞こえていないと思っていたようだが、断片的にではあるが有栖はその内容を聞き取っていた。

 はっきりとした根拠があるわけではない。しかし有栖には、護と自分達の間にある壁のようなものが、楓花との間には無いように感じたのだ。

 

 1カ月以上、共に過ごした自分ですらできなかったことを、おそらくつい最近出会ったばかりであろう女性が成した。

 この時抱いた感情がどのようなものだったのか、有栖自身は自覚していない。ただ気付けば手元から杖が消え、足元に転がっていたのを覚えている。

 

 その瞬間のことを思い出すと、何故か胸の奥に不快感が生じてしまうが、有栖は余裕のある笑みを浮かべたまま、言葉を続けた。

 

「誤解なきよう言わせていただきますと、私は別にあなたから護君の秘密を聞こうなどとは思っていません」

 

 聞いたところで素直に明かすとは思っていない。

 何より有栖自身、この相手からその情報を聞くという行為には、何故か躊躇いを覚えた。

 

「ふむ、では何が聞きたい?」

 

 楓花からの問いかけに対し、有栖は自分の中でゆっくりと言葉を選び、口を開く。

 

「……あなたは、護君に対して何を見ましたか?」

 

 その質問を聞いた瞬間、楓花はほぅと呟きながら、有栖を見る目が僅かに細められた。

 

「随分と意味深な質問が出たものだな。まるであいつが普通ではない様に聞こえるぞ」

 

「逆にお聞きしますが、あなたには護君が普通に見えているのですか?」

 

 有栖からの言葉に、楓花は面白そうにクックと喉を鳴らす。

 

「ああ、そうだな。確かに凡庸な男に興味を抱くほど、私は暇な人間ではない。しかし、その質問に答える前に私からも逆に質問だ。

 お前達から見て、五条護という男はどう見える? なぁ、神室真澄」

 

「は、私?」

 

 突然、今まで蚊帳の外にいたというのに話を振られて呆気にとられる神室。

 

「なに、参考意見としてだ。坂柳に聞く前に、他の一クラスメイトの意見も聞いておきたい」

 

 楓花はそう言っているが、有栖は彼女の意図が分かっていた。

 初めから有栖に問い返したのでは、答えに渋られる可能性もある。先に神室に答えさせることで、自然と有栖側から答える流れに持っていくつもりなのだろう。

 

「どうって、普通に真面目な優等生って感じ……です」

 

 一応相手が先輩なこともあって、敬語で返答を返す神室。

 

「ふむ、まぁ妥当か。坂柳、お前も同じ印象かな?」

 

 感想を言いながら、自然と次に有栖が答える流れを作る楓花。

 思い通りに動かされているようで少々癪ではあるが、これ以上は時間の浪費と有栖は素直に答える。

 

「……理想だけを見ている子供、でしょうか」

 

「子供って、あいつが?」

 

 その答えに対し、神室は護に対する印象と結びつかなかったのか、疑問気な表情を浮かべ、楓花の方は興味深げに笑みを深めた。

 

「しいて言葉にするなら、ですね。私自身、彼に対して妥当な言葉を持ち合わせてはいませんから」

 

「どうしてそう思った?」

 

「私は質問にお答えしました。次は先輩の番では?」

 

「そう硬いことを言ってくれるな。こちらとしてはお前の質問に答える義理は無いんだ。先に対価としてお前の話を聞かせてほしいのだよ。ついでにそれを理解し、お前が何を思ったのかをな」

 

「……仕方ありませんね」

 

 有栖自身、改めて護に対する感情を整理するのもかねて、自分の中で追想を始めた。

 

「……私は昔、親の愛情を知らずに育った少年を見たことがあります」

 

 そう言いながら思い返すのは、父に連れられガラス越しに見た、白い部屋で育った少年の姿。

 

「彼の目はその少年に似ているようで、どこか違うものを感じました」

 

 白い部屋の少年は、その環境故に愛情を知らないだけだった。しかし護は違う。

 有栖にしてみれば、日頃の振る舞いを見ていればその育ちの良さは分かる。だからこそ、ある意味で余計に根深いように感じたのだ。

 

「彼は、他人に対して期待というものをしていません」

 

 日常を理解し、他者への思いやりを理解し、その上で自分自身は何の期待もしていないという在り方。

 

「誰しも、人に手を差し伸べる時、そこには何かしらの期待が生まれます。見返りや、他者を救う優越感に限った話ではありません。

 純粋な善意で動ける人間ですら、感謝の言葉や、相手に喜んで欲しいといった期待が生まれます。しかし、護君には、それがありません」

 

 幼少時から優れた洞察力を持ち、生まれながらの身体的ハンデから、様々な人間に手を差し伸べられてきた有栖は知っている。

 人の行動には何かしらの欲が生じる。見返りが欲しいも、相手に喜んで欲しいも、言い換えてしまえば願望や欲求という言葉に置き換えられる。

 

 ならば、護は一体何を思って、人に手を差し伸べるのか。

 

「入学式の日、護君から言われました。君は本物の天才を見たことが無いだろうと。

 その時の彼の目からはとても強い憧れを感じました」

 

 その時の護の瞳を、有栖は忘れることができない。

 

 尊敬、憧憬、信頼、羨望、崇拝、信仰、嫉妬、悲嘆、諦観、絶望

 

 それら全ての感情が入り混じったような混沌とした色の中にありながら、一際強く輝く憧れの感情。

 そんな目を向けられる者がいることが、そして同時にその目の中に自分の存在が映っていないことが、有栖にはひどく衝撃的だった。

 

 その時の感情を思い出し、有栖は先程楓花に対して抱いた不快感の正体を自覚する。

 

(ああ……私は嫉妬していたのですね)

 

 自覚してしまえば、意外なほどにすんなりと自分の感情を受け入れられた。

 そう考えると、何ともらしくない行動をしたものだと思う。

 詮索しても碌な回答が返ってこないと分かっていながら、無駄に詮索を重ねる言動。

 

 一瞬遠くを見るような目をした後、有栖は楓花へと向かい直り言葉を紡ぐ。

 

「護君はきっと、憧れの存在を、そうあるべきだと思う自分の姿だけを見ているのでしょう」

 

 人を助ける行為も、全てはあるべき自分になるための一環。故にそこに余計な感情は挟まない。

 正しいことを正しいと信じる、まさしく子供のような在り方。

 

 ある意味、楓花のおかげで気付くことができた。護に対して自分が何を思っているのか、何がしたいのか。

 

「彼は子供です。自分の信じるものを、正しいと思うものを妄信的に信じているだけの子供。

 しかし、義務感や責任感だけで生きる人間は、きっといつか押しつぶされてしまいます。私はそんな彼に遊びを教えてあげたいだけです」

 

 坂柳有栖は退屈が嫌いだ。彼女を攻撃的な性格、支配欲の塊、そう評する人間は多いが、その根本は単に勝負事で他人と遊びたいだけである。

 クラスを支配するのは盤上を整えるため。相手に対し好戦的な態度をとるのは、対戦相手が欲しいから。

 有栖は、ゲームが一人ではできないことを知っている。

 

「こちらは質問に答えました。次はそちらの番ですよ」

 

 自分の中の感情を整理できたからか、先程までよりも落ち着いた面持ちで楓花を見つめる有栖。

 

「ふむ、正直驚いたぞ。お前が抱く護に対する印象は私とほぼ同じだ」

 

「ほぼ、ということは違う点もあると?」

 

「ああ、お前は護を子供だと言ったが、私から見ればあいつは子供でいられなかった人間だな。成長する過程で、子供であるべき時期をどこかに置いてきてしまった印象を受ける」

 

 そう言われて、有栖の中にある護の人物像にも当てはまるものがあるのを感じた。

 しかし、これだけでは有栖の求める解答としては不十分だ。

 

「随分と曖昧な答えですね。私としては、あなたが護君に関心を持った経緯などを知りたいのですが」

 

「残念ながらそれは言えんな。護と約束……したわけではないが、少々不都合なことが多すぎる。

 例え退学したとしても、これは明かせんよ」

 

 そう言われ、有栖は不満の籠った視線を楓花へと送る。

 あれだけ有栖に語らせておきながら、対する楓花からの答えがこれではあまりにも釣り合いが取れていないというものだ。

 楓花もそれは自覚があるのか、少し考え込むような素振りをした後、口を開いた。

 

「しかし中々興味深い話を聞かせてもらえたのでな。その礼と言っては何だが、一つ忠告をしておこう」

 

「忠告、ですか?」

 

「ああ、お前たちが普通の学生として友人関係を築くのであれば必要もなかったが、坂柳の場合は少々気を付けた方がいいと思ったのでな」

 

 そう言いながら、真っすぐに有栖に目線を合わせながら真剣な表情で口を開く楓花。

 

「中途半端に手を差し伸べるつもりなら、あいつに関わるのは止めておくことだ。後悔することになる」

 

 先程までの、飄々とした態度とはまるで異なる表情と声音。

 そのことが有栖に対し、より一層の真剣さを感じさせた。 

 

「……随分と、勝手な言い草ですね。その理由に関しても、あなたは言うつもりが無いのでしょう?」

 

「ああ、しいて言える範囲で説明するならば、お前は先程、護は正しいと思うものを妄信的に信じていると言ったが、その正しいことの中身は世間一般が思うような善行ばかりではない。

 あいつに関わろうとするならば、共に地獄に堕ちるくらいの覚悟はすることだ」

 

 おそらくこの忠告は、本心から善意によるものなのだろう。

 しかし同時に理解させられた。楓花は有栖の知らない護の一面を知っているのだと。

 その事実が、有栖の中にあるプライドを刺激する。

 

「……地獄ですか。そう言うあなたは、その覚悟があると?」

 

「さてな、私もまだその地獄の景色を知らないのでな」

 

「は、何それ?」

 

 地獄に堕ちる覚悟はしろと言いながら自分は知らないという。

 そのふざけた言い草に、隣で傍観していた神室が呆れた声を上げる。

 

「全容の知れぬ苦しみに晒される覚悟は必要という話さ。

 しかしそうだな、私としては護と一緒なら閻魔に挑む人生も悪くないとは思っているがね」

 

 そう言う楓花の表情には、いつの間にか余裕のある笑みが戻っており、それを見た有栖も、にこりと微笑みながら言葉を返した。

 

「ご忠告ありがとうございます。

 しかし、鬼龍院先輩は少し勘違いをしていられますね」

 

「勘違い?」

 

「私は護君と地獄に堕ちたいわけではありません。彼の見ている景色が全てではないと教えたいだけです。

 私が彼のところに堕ちるのではなく、彼には私の居るところまで這い上がってもらうつもりですから」 

 

 その有栖の口ぶりに対し、楓花は心底愉快そうに笑みを深めた。

 

「フッ、さながらお前は、護を天国へと導く天使というところか?」

 

「似合いませんか?」

 

 その言葉に、隣の神室がコッソリ頷いているのが見えたが、それを無視して楓花へと視線を向ける。

 

「いや、なに。好きにすればいいさ。私としてはむしろ気に入ったよ坂柳」

 

「フフ、それは光栄ですね」

 

 半分は社交辞令だが、もう半分は割と本心でもあった。

 今日の会話では少々有栖自身冷静でなかったところは有ったが、それを除けば楓花の性格と自分の相性は、それほど悪くない様に思えたからだ。

 

 にこやかに笑い合う有栖と楓花。傍から見たら美少女二人の微笑ましい光景だが、その内面を知る者からすれば不吉な光景にしか見えない。

 それを見て、神室の呟く声が聞こえた。

 

「どこが天使なんだか……」

 

 

 

 

 

 




 なお、この後坂柳さんは嬉々としてカラオケの罰ゲームメニューを眺めていました。
 

 今回書きたかった要点としては、坂柳さんの意識変化。
 ガチ恋とまではいかないまでも、自分の中にある嫉妬の感情を理解し、護君に対してより対等な友人としての意識を持たせるのが目的でした。

 ただ最後の方で少しやりすぎた感。

 本当に私は何が書きたかったんだ……

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