中間テストが終わり、翌日の土曜日。
結果発表こそまだであるものの、やはり一山越えたという解放感があるのか、学生たちの間には浮かれた空気が漂っている。
自室で悠々自適に過ごす者。少し早めの打ち上げとして友人と遊びに繰り出す者。各々思うままに羽を休めていた。
そんな中、護は何をしているのかというと。
「――と、このように呪霊の等級は強さによって1級から4級に分かれていて、稀にその枠組みから飛び出た呪霊は特級と区分される」
楓花の部屋で、簡単な呪術の講義を行っていた。
以前に行っていた、映画鑑賞で呪力を練る訓練も未だに継続中ではあるが、そちらに関しては訓練用の呪符さえ渡しておけば一人でもできる。
ならば互いに時間が空いている時くらいはと、簡単な講義を行うことにして今に至る。
「対して術師の等級は、その等級の呪霊を安全に祓えるだけの実力があるかを目安に、呪術高専が幾つかの審査を行い認定される。ここまで、何か質問は?」
二人の手元には、束ねられたプリントの束。これは護が、事前に呪術関係の基礎知識を分かりやすいように纏めて自作した参考書類である。
プリントに目を落としながら、思案気な表情を浮かべる楓花。
「ここに記されてる等級ごとの呪霊に対する戦力比較、これは正確なものなのか?」
言いながら楓花が示したのは、その等級の呪霊を討伐するに当たってどれだけの戦力が必要か、という項目だった。
一つの例えとして言われていることであるが、呪霊に通常兵器が有効と仮定した場合、4級なら木製バットで討伐可能。3級ならば拳銃があれば安心。2級だと散弾銃でギリ。1級ならば戦車でも厳しい。そして特級ならばクラスター弾での絨毯爆撃でトントンなどと言われている。
未だこの学校で低位の呪霊しか見ていない楓花にしてみれば、お化け退治にミサイルが必要と言われても飲み込めないのは当然である。
「ピンとこないかもしれないけど、その比較はあながち的外れなものでもないよ。
ただ勘違いしちゃいけないのは、それはあくまで必要な戦力として最低ラインってこと。特に特級なんかは枠組みからはみ出た呪霊の総称だから、上を見渡したらキリがない」
「冗談を言っていないのは分かるが、にわかには信じがたい話だな。
1級ですら戦車が必要というレベルなんだ。そんなものが何体もいるなら、今の人間社会は形を成していないだろう?」
「ごもっとも。けど、呪霊に規格外の存在がいるように、それに対処する呪術師にも規格外の存在は居るんだよ」
楓花の言葉はある意味正しい。
現在、特級呪霊に対抗できる特級術師として、高専が登録している数は三人。
しかしこの三人の内、一人は任務も受けずに海外を放浪。もう一人は大量の一般人を呪殺し、呪詛師としてお尋ね者になっている。
そして残る一人が護の兄、五条悟である。
「前に話した俺の兄がその一人。実際、あの人が居なければ楓花さんが言ったようなことになっているだろうね」
五条悟が居なければ今の日本は無い、などと言われることがあるが、それは何の比喩でもない。
護自身、兄からは特級相当と評され、時たま高専にバレないよう任務を代行したりもしているが、根本的な意味で兄の代わりが務まるなどとは、欠片も思っていなかった。
「個人が軍事兵器並みの力を持つか。つくづく漫画のような世界だな。
ちなみに護は、その等級で言うならばどれほどのレベルになるんだ?」
(やっぱ、そこ聞いてくるか)
呪霊の強さに関して説明する時点で、いずれは来るだろうと思っていた質問。
高専側は護の実力を3級から2級程度と見積もっているが、楓花には以前強めに呪力を中ててしまっている。
適当な等級を伝えて、間違った指標を与えてしまうのも問題である。
(やっぱ、一度話しておいた方がいいか)
今後のことを考えるならば、やはり一度改まってこの辺りの事情を少し話しておくべきかと、護は手に持っていたプリントを置き、楓花へと向き直る。
「楓花さんとしては、自分に教える相手の実力を知りたいと思うのも当然だけど、悪いけどそれに関しては言えない。
もっと言うと、今後俺の力量に関しては詮索しないでほしいんだ」
「ふむ、何か訳ありか?」
「まぁ、ね。その理由に関しても、正直今の段階じゃ説明しにくい。とりあえずはお家絡みとでも思ってくれ」
呪術界のパワーバランス、上層部の腐敗具合。その辺りの事情も知らない相手に、現状の護の立場を説明するのは中々に難しいところである。
そう言うと、楓花はフッと自嘲するような笑みを浮かべた。
「今の私では信用ならんか」
「別にそういう訳じゃない。楓花さん自身、どこまでこっちの業界に踏み込むかまだ決まってないだろ?
そういう相手を軽々しく巻き込む訳にもいかないんだよ」
楓花は人を揶揄う悪癖こそあるが、人格面においては善性の側だろう。出会って2週間程度の関係だが、その程度には護も信用している。しかし、それとこれとは別の話。
「それに、今日は楓花さんに少し頼みがあってね。その関係で俺の術式に関して少し説明するつもりだったんだ。信用してない相手に、俺は術式を明かしたりしないよ」
「ほぅ、それは興味深いな。お前が頼みというのも珍しい。デートの誘いであればいつでも受けるが」
「違うから」
術式の話というところが好奇心を刺激したらしい。先ほどまで少々不服そうな様子を見せていた楓花だが、すぐに機嫌を取り戻して、いつもの調子で軽口をたたき始めた。
「まず頼みごとの方だけど、俺来週からちょくちょく出払うことが多くなると思うから、居ない間、楓花さんには簡単にでいいから校内を見回ってほしいんだよ」
言いながら、護は近くに置いてあった鞄から学校の地図を取り出した。
地図には何か所かに赤いペンで丸印やラインが引かれている。
「これが、今のところ呪霊が発生しやすそうなポイント。この経路で適当に見回って、異変があるようなら後で報告してほしい」
「……それは構わないが、出払うとは学外にか?」
「そう」
本来、学外への出入りは退学にもなりかねない重大な規則違反だが、護はあっさりと頷いた。
当初、護は学外との出入りに関して楓花に話すべきかと迷っていたが、元々楓花は察しがよい。これから先、任務が増えて頻繁に出入りをしていれば自然と感づかれる可能性も高くなる。
ならば下手に隠そうとするよりも、予め話しておいた方が行動しやすいと、護は判断した。
「楓花さんも既に知っての通り、俺の任務はこの学校で発生する呪霊の討伐なわけだけど、呪術師って万年人手不足なんだよ。この学校の警備ばかりやってもいられない。
俺の術式は、ちょっとした条件付きだけど空間の転移が可能でね。それを使って外部と出入りができるんだ」
その説明を聞き、楓花は珍しく呆気にとられたような様子を見せたが、すぐに愉快そうに笑いだした。
「フフ、外部との連絡手段を持ってる可能性は考えていたが、まさか空間転移ときたか。つくづく、呪術というのは何でもありだな。
よかったのか? こんなことを私に明かしても」
「さっきも言ったけど、その程度には信用してる。
とはいえ、術式情報なんて軽々しく吹聴していいものじゃないから、そこは秘密にしてくれ」
「ああ、重々承知しているとも。折角信用して頼ってくれたんだ。裏切るような真似はせんよ」
「あと、ついでにこれも渡しておく」
そう言って、護は鞄から一つのお守りを取り出してテーブルの上に置いた。
「これは?」
「俺が術式で移動するためのマーキング用呪具。俺がいない間に何かあった時の為にね。
危険域の呪力を感知した場合、俺に伝わるようになってるけど、それ以外で何か緊急の用件があった時は、これに楓花さん自身で呪力を流してくれ」
「ふむ、電話ではいけないのか?」
「俺、学校の端末ってGPSがあるから外に持ち出さないようにしてるんだよ。外で使ってるケータイの番号を教えても、この端末じゃ連絡できないだろ」
学生に支給されている端末は、外部との連絡を遮断するために、学内端末同士の限られた通信網でしか通話やメールが機能しないのだ。
「ああ、あとお守りなんだけど、今度からこの部屋に出入りする時はこれで転移させてほしい。正直、来るたびに人目を気にするのがめんどい」
護はうんざりした様子で呟いた。
元々、護は背が高く目立つ風貌をしている。一応有栖には楓花との関係を友人として説明したものの、頻繁に異性の部屋に出入りしている噂が立てば、どのような目で見られるか分かったものではない。
今日に関しても、楓花の部屋に来るまで、人目を避けた上でパーカーのフードを目深に被り、マスクをつけるという不審者ルックで来訪したのだ。
そんな護を面白そうに眺めながら、楓花はお守りを手に取った。
「ほぅ、なるほど。つまりこれがあれば、護はいつでも私の部屋に侵入できるということか」
「侵入言うな。人聞きの悪い」
しかしながら、よくよく考えればいつでも出入りができるという点で、ある意味部屋の合鍵などよりも物騒な代物といえる。
特に頓着していなかったが、楓花と言えども女子である。年頃の女性に対して少々無神経であったと、護は素直に反省した。
「けど、そうか。言われてみれば勝手に合鍵作るようなものだよな。
その点に関してはごめん。配慮が足りなかった」
そんな護に対し、楓花は特に気にした風でもなく丁寧な手つきでお守りを服のポケットにしまい込む。
「フフ、気にすることはない。そのようなことを気にするなら、そもそも部屋に招いたりしていないさ。
むしろこちらが感謝するべきだろう。私の身を案じてこのような物を用意してくれたのだからな」
気にするなと優し気に微笑む楓花であるが、しかし護は思った。
(なんか、いい玩具を手に入れたって顔に見えるな)
具体的に何をするつもりかは知らないが、なんとなく護は不吉なものを感じ取った。
「一応言っておくけど、くだらない用件で呼ぶなよ?」
「勿論だとも。ちなみに、転移と言っていたが具体的にどのような形で現れるんだ?
私としても、流石に壁やタンスを貫通されるのは勘弁願いたいのだが」
「ん、ああ。こういった呪具を使った転移の場合、俺がマーキングした個所を中心とした半径2mの範囲内で、できるだけその中心に近く、且つ人や障害物の無い地点に自動的に座標指定される。
だから、人や物を貫通したりって心配はないけど、具体的な地点に関しては、実際に飛んでみないと俺自身どこに現れるか分からない」
また、自分の視覚範囲内で転移する場合や、『部屋』を利用した転移の場合は異なったルールが適用されるが、今は話す必要はないとこれらの説明に関しては省く。
「あと、最後に見回りに関する注意事項も言っておく」
そう言って、護は念を押すように楓花の瞳を真っすぐに見つめた。
「相手がいくら弱そうに見えても、決して一人で倒そうとは思わないこと。勿論状況次第ではあるけど、仮に襲われることがあったとしても、まずは逃げることを念頭に置いて行動してくれ」
実際のところ、今の楓花であれば4級程度の呪霊なら難なく祓えるだろう。彼女は割と飲み込みが早い。最近の呪力操作の訓練を見ていれば、その集中力の高さがよくわかる。
しかし、それも相手が4級ならの話。経験値の少ない楓花に、具体的な見極めができるかは微妙なところ。下手に手を出して予想以上に高位の呪霊だった場合、目も当てられない。
「……わかった。肝に銘じよう」
こちらの真剣な様子が伝わったのか、粛々とした様子で頷く楓花。
頭の良い彼女のことである。軽率な判断をすることはないだろうと、護はヨシと頷いた。
(これで一応、俺がいない間のフォローは大丈夫。
後はテストも返ってくれば、心置きなく仕事に集中できるな)
護としても、自己採点は済んでいるため赤点の心配はしていないが、それでもやはり結果を見るまでは少し落ち着かないものがある。
護は少々もどかしい気持ちで、壁に掛けられたカレンダーに目をやるのだった。
◆◇◆
そして、中間テストのあった日から1週間後。
その日は朝のホームルームにて、早速テストの結果が貼り出された。
貼り出された紙には、Aクラスの生徒全員の名前と各教科の点数が、上位から順番に書かれており、その横には各クラスの総合平均点が記入された紙が、別に貼り出されている。
護は自分の名前を探し、各教科の点数を確認する。
現代文86点、数学98点、化学93点、世界史85点、英語94点。
(平均91点くらいか。思ったよりかは取れたな)
平均より少し上が取れればいいくらいに考えていたが、予想外の高得点に護は勉強の甲斐があったとホッと息を吐く。
しかし、そんな護の表情とは裏腹に、他のAクラスの生徒はどこか唖然とした様子で、その結果表を眺めていた。
その原因である一つの事実に関して、クラスの中の誰かが呟く。
「……Dクラスが、1位?」
クラスのほぼ全員が見つめていたのは、各クラスの順位が記入された用紙。
トップに輝くのはDクラス。Aクラスはそれに次ぐ次点の位置に記されていた。
その事実に対し、クラス内で少なくないざわめきが生まれる。
「い、インチキだろ。Dクラスが1位なんてありえない」
誰かが言ったその言葉に、クラスのあちこちから口々に同調する声が生まれる。
(まぁ、あながち間違ってもないけど)
過去問という抜け道を使ったと知っている護としては、ある意味否定できない。
しかしながら、他の生徒がここまでのショックを受けるのは少々予想外である。周りを見てみると、肝心のクラス内抗争の結果すら、頭から抜け落ちているように見える。
(思ったより、上下意識が酷いな)
今回のテストにおいて、Aクラスの生徒が注目していたのはクラス内における派閥争いの結果であって、他のクラスのことははっきり言って眼中にない状態であった。
そんな中において他のクラス、しかも最も落ちこぼれと認識していたDクラスに対し、遅れを取ったことがショックなのだろう。
「全員落ち着け。今はまだ、ホームルームの最中だ」
そんな中、葛城の声が教室に響き、ざわめきが一気に収まる。
「真嶋先生、失礼しました。どうぞホームルームを続けてください」
「ふむ、まぁ仕方がないだろう。私としても今回の結果には驚いた。
おそらく諸君らの中には他のクラスに対しカンニングを疑う者もいるのだろうが、この学校ではそれらの行為は厳しく取り締まられる。テスト中そのような行為はなかったことを断言しておこう」
そのように説明されるが、やはり納得しがたいのか、皆どこか不満気な様子だ。
「諸君らの点数に関しても、何ら恥じることはない。だが、もしも不満を抱いているなら、この結果を受け止め糧としてほしい。
本日の連絡事項は特にない。以上でホームルームを終了する」
それだけ言うと、真嶋は速やかに教室を出て行った。
そして、教室の戸が閉められた途端、再びざわめきが巻き起こる。
口々に、あちこちで議論するような声が生じる中、護は何となく隣の席の有栖の様子が気になった。
(有栖さんは、どう思ってんのかな)
いつも余裕綽々な笑みを浮かべている有栖は、果たしてこの結果に対して何を思っているのか。
そう思い、目を向けてみると、有栖は結果表を見つめながら顎に手を当てて、思案するような素振りを取っていた。動揺した風でもなく、淡々と事実を分析しようとするかのような瞳。
やはり、有栖にとっても今回の結果は想定外のものだったらしい。
しばらくしてから、有栖は護の方へと顔を向けた。
護の視線に気づいた、というよりは偶然そちらを向いたら目が合ったというような感覚。
絡まった視線の中で、何を思ったのか有栖はニコリと微笑んだ。
それがまるで、こちらを見透かしたような含みある笑いに見えて、護の背筋に悪寒が走る。
「全員、聞いてほしい」
護がそんなことを考えている内に、いつの間にか葛城が教壇の前に立っており、クラス全員へと呼びかける声が響いた。
「今回、我々がDクラスに敗北したのは、ひとえにクラス内で点数を競い合うなどという遊びに興じてしまったからではないだろうか。
他クラスは敵ではないという慢心が、この結果を招いたと俺は考える」
どうやら、葛城はクラスとしての敗北を利用し、派閥争いによるクラスの分裂を防ぐつもりらしい。
葛城本人にもこの結果は予想外の筈だが、即座に機転を利かせる辺りは流石である。
しかし、当然それを黙って見ていられない人物が一人いた。
「発言、よろしいでしょうか?」
そう言って、挙手をする有栖。
それほど大きな声ではなかったが、不思議と彼女の声は良く響き、周りの注目を集めた。
「今の発言からして、葛城君は今回の催しを否定的に見ているようですが、結果自体は決して悪いものではありません。
平均点にして83点。この点数はただ漫然と勉強に取り組むだけでは取れなかったでしょう」
「だが、Dクラスはそれ以上の点数を取った。その事実をどう見る」
「今回のDクラスの平均点は88点。皆さんは真面目に勉強に取り組んだだけで、本当にこれだけの点数が取れると思いますか?」
それは、単純に考えてクラスの大半の生徒が9割程の点数を獲得したということ。
入学してすぐにポイントを0にしていたクラスがそれだけの点数を獲得するのは、まず不可能と思える。
「やっぱり、何か不正を……」
その言葉を受け、再びクラスの中に不穏なざわめきが生じかけたところ、葛城が一喝する。
「確たる証拠もないのに、他者を貶める発言はよせ。坂柳。
真嶋先生もカンニングのような不正は無いと言っていただろう」
「フフ、私は何もDクラスの方々が不正をしたなどとは思っていませんよ。
しかし、今回のテストに関して、思い返してみれば不可解なことがあったのも事実。
急なテスト範囲の変更や極端な難易度の小テスト。何かしら抜け道が用意されていて、それをDクラスの方々が見つけたと考えれば説明が付きます」
(やっぱ気付いちゃったよ)
Dクラスがこれだけの結果を残すためには、事前にテスト問題が分かってでもいなければまず不可能。ならばどのように入手したかと考えるのも、また当然の話。
そして有栖は、テスト期間に入ってから不自然に上級生と関係を深めた人物が居ることを知っている。
結果から逆算する形で、Dクラスが何をしたのか思い至ったのだろう。
(やっぱ楓花さんと居るところを見られたのはまずかったか)
もっとも護と楓花の繋がりから、過去問の可能性を思いついたとしても、そこから護とDクラスの繋がりまでは見えてこない筈だが。
「抜け道だと?」
「幾つか推測はできますが、まともに学力を伸ばすようなやり方でないのは間違いないでしょう。そのような奇策が今後も続けられるとも思いません。
今回、私達はクラス内で競い合うことで、正しい形で学力を向上させました。ただ順位だけに目を向けて、皆さんの成長を評価しないのは如何なものかと思いますよ」
当たり前のことだが、人は自分を評価してくれる相手に好感を抱き、そうでない相手には反感を抱く。
有栖はクラスメイトに対して成果を讃えながら、さりげなく葛城に対する印象を下げるような言い回しをした。
実際、テストの点数なんて80点以上も取れれば一般的には優秀と言えるレベルだ。
有栖の話を聞き、浮かない顔色だった生徒達の表情に活力が戻る。一方で、葛城は苦い表情だ。
「……俺とて、そのようなつもりはない。
しかし最初からクラスが一丸となっていれば、今回Dクラスが見つけたような抜け道にも気付けたかもしれないだろう」
「それは少々穿ちすぎたご意見ですね。三人寄れば文殊の知恵とは言いますが、奇策、鬼謀は人が集まったからといって思いつくものではありません。
それに、葛城君はまるでこのクラスに纏まりが無いような口振りですが、競い合うことも一つの協力の形ですよ」
葛城としては、今回のクラス内抗争の在り方自体を否定したいのだろうが、口八丁で有栖には敵わない。
今回の点数競争、明確に有栖と葛城それぞれの派閥に属していると言える生徒は、クラスの半数にも満たない。残りは単なるゲームとして認識している者達だ。
彼らにしてみれば高々ゲーム。葛城がどうして意固地になっているのかも理解しかねているだろう。あまり否定的な意見ばかり口にしていると、かえって悪印象を抱かれかねない。
「なんでしたら、もう一度期末テストで同じように試してみませんか?
葛城君としても、今回負けたままでは納得もいかないでしょうし」
「負けただと? グループごとの集計はまだ行っていない。既に勝ったつもりか?」
「おや、失礼しました。勝手ながら今しがた他のグループの点数も計算させていただいたのですが、余計でしたね。
おそらく間違ってはいないと思いますが、信用できないようでしたら、どうぞ集計を取ってください」
有栖の言葉を聞き、葛城のみならず護や他の生徒も目を丸くした。
自分のグループだけならまだしも、他のグループに誰が属しているのかも全て記憶し、且つ各教科の平均点をこの短時間で全て暗算するなど、易々とできることではない。
何でもない風に、サラリと勝敗を告げることで、周囲に自分の能力の高さをアピールしながら、葛城の意識に揺さぶりをかけたのだ。
周囲が唖然とする中、予鈴のチャイムが響く。
「もうこのような時間ですか。
期末テストに関しては、今から話すことでもありませんでしたね。時期が近くなってから改めて話し合いましょう」
「……いいだろう。今回の集計に関しては、こちらでも一応取らせてもらう」
そう言って、渋い表情をしながら頷く葛城。
おそらく本人は気付いていないだろう。当初は抗争そのものの可否について話していたのが、いつの間にか抗争の勝敗、次のテストをどうするかに意識が逸らされているのを。
ともあれ、これで中間テストは終了した。
当面の間は、学校側が何かしらの試験を行う可能性も低いだろう。
(しばらくは、仕事の方に専念できるかな)
呪霊は春頃から梅雨の時期をピークに増加する傾向にある。
護としては試験が終わったこれからの時期の方が本番であると、気を引き締めなおした。
◆◇◆
――リザルト――
【Aクラス中間テスト抗争】
・総参加者数 29名
【内訳】
・坂柳グループ 10名
・葛城グループ 10名
・戸塚グループ 9名
【勝者】
・坂柳グループ
【各クラス総合平均】
1位 Dクラス 88.6点
2位 Aクラス 83.3点
3位 Bクラス 78.6点
4位 Cクラス 68.5点
26話にして、ようやく中間テスト終了しました。
クラスポイントの変動結果も載せようかと思ったのですが、一応まだ6月時点ということでそれは一旦保留しました。
ちなみに、当作品におけるクラスポイントの増減に関して、原作で都合の悪いと思った部分は無視していくつもりです。
以前にも、クラスポイントで悩む描写があると述べたことがありますが、あの後も原作読み返してると、ポイント変動に関して矛盾してる描写がチラホラ見つかったので。