よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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2章 交錯編
27話 高専生の紹介


 

 

 人が数十人は詰め掛けられるような広い座敷の中。上座に袈裟姿の男が腰掛けていた。

 僧というには不似合いな長髪。どこか(いたち)を思わせるような細い眼つき。

 

 視線の先には、一人のスーツ姿の小太りの男。

 仕立ての良いスーツ、高級そうな腕時計。身なりからして、高い社会的立場にあるだろうことが窺える男性だった。

 

「だから言っておろうが! この仕事を受けてくれたならば、今後もウチの先生が贔屓にしてやると」

 

 身に着けている物こそ上等だが、脂汗を浮かべながら声を荒げて喚くその姿は、お世辞にも品があるとは言い難い。

 対面する袈裟の男は、不快感を隠そうともせずに深々と息を吐いた。

 

「生憎と、我々の活動は呪いに苦しむ人々から呪いを祓うことをモットーにしています。人に呪いをかけるなんてことは専門外ですよ」

 

「はっ、白々しい。知っておるのだぞ。貴様らに資金援助をしている政治家や企業の対抗派閥が、ことごとく不自然な不幸に見舞われているとな。

 今我々につけば、いずれ甘い汁を吸わせてやろうと言うのだ」

 

「甘い汁ですか、魅力を感じませんね。

 私、猿が用意したものに口をつける趣味は無いんですよ」

 

「さ、るだと……貴様!」

 

 突然の猿呼ばわりに激昂するスーツの男だが、しかし次の瞬間に彼は気付いた。

 袈裟の男の瞳が、猿どころか路傍に落ちるゴミでも眺めているかのような、冷たく無機質な光を携えていることに。

 

 話しぶりからして、男はどこかしらの政治家の使いだったのだろう。

 そしてこの手の人間というのは、自分が尻尾を振るべき相手を見極める力が有るだけに、力関係には敏感だ。

 

 目が合った瞬間、男は無意識に理解した。今この場においてどちらが上で、どちらが下かを。

 

 気圧されたかのようにパクパクと口を開くスーツの男に対し、袈裟の男はにこやかに笑いながら口を開いた。

 

「どうやら話は終わりのようですね。お帰りはあちらです」

 

 そう言うと、スーツの男の背後で静かに襖が開く。

 そして、苦虫を噛み潰したように顔を歪めながら、踵を返して呟いた。

 

「……必ず、後悔するぞ」

 

 結果から言って、大人しく退いた彼のこの行動は英断であった。何故ならそのおかげで、ほんの数分ではあるが自らの寿命を延ばしたのだから。

 

 出口へと向かう男の先、開かれた襖の向こうには、大きく口を開いて待ち構える巨大な赤ん坊のような姿の怪物が待ち構えていた。

 男は、その怪物の姿が全く見えていない様子で、肩を怒らせながらずんずんと歩を進めていき、そして――

 

 

 バクン

 

 

 ――口の中へと足を踏み入れた瞬間、その口は閉ざされた。

 

「ふん、金も持たない猿が」

 

 ゴクリと嚥下する赤子の怪物を見ながら、吐き捨てるように呟く袈裟の男。

 そして、ゲェ~と息を吐く赤子の横から、ノースリーブの服を着た茶髪の女性が顔を出した。

 

「よろしかったのですか? 新しい資金源になったかもしれませんのに」

 

「構わないさ。あの手の猿は本心じゃ呪術なんて信じていないくせに、それに縋ろうというような馬鹿だ。どうせ落ち目は見えているよ。

 そんなことより何か報告かい?」

 

 先程までの冷酷さはどこへやら、袈裟の男が女性へと向ける微笑みは、とても晴れ晴れとした明るいものになっていた。

 

「ええ、例の養殖場のことで少々ご報告が」

 

「養殖場……ああ、あの猿共の学校か。少しは使える呪霊が発生したのかい?」

 

「いえ、それが逆でして。今年に入ってから急激に呪霊が祓われているようなのです」

 

 その報告を聞いた袈裟の男は、笑みを潜めてつまらなそうな表情で天井を仰いだ。

 

「……そうか、いい養殖場だと思ったんだけどね。さすがに高専も手を出してきたか」

 

「いえ、どうやら高専が動いたわけではないようです」

 

「……何?」

 

「現在調査中ですが、学園の理事が個人的に呪術師を雇い入れたとか」

 

「フリーの術師か。ならその術師をどうにかすれば、また養殖場としては機能するね。

 高専が手を出せない呪いの坩堝(るつぼ)、このまま放っておくのも惜しい」

 

「始末しますか?」

 

 冷淡な口調で問いかける女性に対し、男は冗談はよしてくれとばかりに、肩をすくめながら首を横に振った。

 

「まさか。猿と違って、仲間を悪戯に傷つける趣味は無いよ。

 金で動くような相手ならどうとでもできるし、思想によってはこちらに引き込めるかもしれないだろう。

 その術師の名前はわかっているのかい?」

 

「こちらもまだ確定情報ではありませんが、五条家の者が生徒として入学しているようだと」

 

 その言葉を聞いた瞬間、袈裟の男の目が驚いたように見開かれた。

 

「……五条、護か?」

 

「ご存じなのですか?」

 

「いや、直接の面識は無いよ。あいつの弟ということで、興味はあったのだけどね。

 彼のそばには、いつも悟が目を光らせていたから近づけなかったんだ」

 

 そう語る男の瞳は、どこか懐かしいものを眺めているかのような、哀愁の念が籠っているように見えた。

 

「五条家の次男は、実力としては3級相当の落ちこぼれと聞いていますが」

 

「フフ、彼を嘗めちゃいけないよ。仮にも悟が目をかけて育ててきた術師だ。むしろ低すぎる評価はフェイクと思った方がいい。

 しかしそうか。彼が悟から離れたのならいい機会だし、近いうちに挨拶に行ってみようかな」

 

「お言葉ですが、今は乙骨憂太(おっこつゆうた)の件もあります。御三家縁の者に姿を見せて、目立つのはまずいのでは?」

 

「何も直接話をしに行くわけじゃないさ。少しばかり、彼がどんな人間が見てみたくてね」

 

 そう言って立ち上がる袈裟の男に対し、女性は恭しく礼を取った。

 

「仰せのままに、夏油様」

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「おっひさぁー、まっもるー」

 

 テストの結果発表も終わり、6月も折り返し地点を過ぎたある日の土曜日。護は高専へと赴くなり、兄からの歓待の言葉に迎えられた。

 早朝であるというのに、現役の学生よりもなお高いハイテンション。それがまるで徹夜明けに見る日差しのようで、対する護にしてみれば逆にげんなりとさせられる。

 むしろこの人は、周囲の活力を吸い取って若さを維持しているのではないかと、実の兄弟ながらにバケモノ染みた邪推すらしてしまう。 

 

「……おはよー、兄さん」

 

「今、なんか失礼なことを考えられた気がするんだけど、気のせい?」

 

「気のせいでしょ。俺はいつだって兄さんのことをソンケイシテイルヨ」

 

「いや棒読みだし。なんか少し見ない間に辛辣になってない? 反抗期来ちゃった?」

 

 言われて、確かに今の返答は少しらしくなかったと、護はそれを自覚した。

 原因について思い当たる節はある。窮屈な学校生活へのストレスもあるが、一番は最近よく過ごす二人の銀髪少女のせいだろう。どうもあの二人と過ごす時間が増えてから、調子が狂ったように感じる。

 

「今更反抗期もないでしょ。それよりはいこれお土産。ウチの学校の人気のカフェで適当に見繕ってきた。

 夜蛾さんと家入先生にはツマミにもなりそうなのを買ってきたから、渡しておいて」

 

「なに、あの二人の分まで買ってきたの? 律儀だねぇ。

 スイーツの良さも分からない飲兵衛共には、適当にさきイカでも与えときゃいいのに」

 

「お土産強請(ねだ)った張本人がそういうこと言う?

 兄さんこそ、旨いケーキが食べたきゃ銀座にでも行けばいいじゃん」

 

 今回高専に赴くにあたり、護は兄より「どうせなら、そっちの学校で売ってるスイーツとか買ってきてよ~」と事前に頼まれていたのだ。

 高専新入生との顔合わせということもあり、普段兄がどれだけ迷惑をかけているかも想像に難くないので、彼らの分も含めて護は手土産を用意した。

 

「チッチッチッ。護もまだまだスイーツ男子としてはレベルが低いね。

 こういうのは値段じゃないんだよ。その土地でしか買えないご当地グルメには、高級品とは違った良さがあるものさ」

 

「ご当地とか言っても、一応同じ東京な訳だけど。渋谷のカフェか新宿のカフェかってのと、同じくらいの違いしかなくない?」

 

「細かいこたぁいいのいいの。その学校でしか売られてないスイーツなんて、お得感があっていいでしょ」

 

「……まぁ、兄さんがいいならいいけどさ。

 あ、あと伊地知さんの分も入ってるから。付箋つけといたから、間違って食べないでよ」

 

「伊地知の分まで買ってきたの? ちょっと気つかい過ぎじゃない?」

 

「むしろ一番気にしなきゃいけない人でしょ。俺だってお世話になってんだから」

 

 補助監督官、伊地知潔高(いじちきよたか)。高い事務処理能力と面倒見の良い人柄の持ち主。

 そして兄とは高専時代からの後輩で、その付き合いの長さから、ある意味一番頼りにしている補助監督官でもある。

 しかし頼りにしていると言えば聞こえは良いが、要は便利屋扱い。

 上層部に対して暗躍する際も巻き込まれることが多くあり、通常業務ばかりではなく、兄からの無茶ぶりも任されてしまう、苦労の絶えない人物だ。

 

 おそらく今の繁忙期も、下手をすればそこいらの呪術師よりも忙しく飛び回っていることだろう。

 そう考えると、つい最近まで呑気に学生生活を送っていたのが、何だか申し訳の無いことのように護は思えてきた。

 

「休みを貰っといて今更言うのもなんだけど、大丈夫だったの? この時期、ただでさえ人手不足なのに」

 

「ん~、まぁ元々護は大っぴらに動かせる人材じゃないし、意外と影響は少なかったよ。

 僕の方も忙しくって、護向けの依頼を調達するのも滞ってたし」

 

 普段、護が受けている任務は2種類ある。高専側から斡旋されて受ける3級相当の任務と、兄が独自のルートで探してくる、危険度の高い任務だ。

 

「忙しいって、例の転入生の件?」

 

 単に呪霊討伐の任務が嵩んでいるだけなら、その内幾つかを護に回せばいい話。もっとも、中には高専側に秘匿して遂行するのが難しい場合も多いので、何でもかんでも任せられるわけではないが。

 それをできなかったということは、兄が自分で動く必要のある要件だったということだろう。

 

「そ、名前は乙骨憂太。上の方が色々と警戒してる子でね。僕が見てなきゃいけない手前、あまり長く傍を離れられないんだ。

 まったく、上で踏ん反り返ってばかりの年寄りは臆病で困るよ」

 

 そう言って鼻を鳴らす兄の姿に、しかし護は上層部を責める気にはなれなかった。

 

「そりゃ臆病にもなるでしょ。何この気配? もう既にやばいのが分かるんだけど」

 

 普段から遠方に配置した自分の呪力を探ることに慣れているため、護の呪力感知能力は高い。

 校舎に入った時点で、護はこれから向かう先に感じる異様な呪力を感知していた。

 

「さすが、この距離で気付くとはね。また感知能力上がった?」

 

「こんな異様な気配、嫌でも気付くって。前に言ってたサプライズってこれ?」

 

 距離が離れているため、ほんの上澄み程度にしか測れないが、少なく見積もっても特級相当。

 しかもその気配が抑えられているでもなく、むき出しになっている辺り、本人にも制御はできていないのだろう。上層部が警戒するのも無理はない。

 

「焦らない焦らない。どうせ紹介するんだし、今からネタバレしたってつまんないっしょ」

 

「別に面白味なんて求めてないんだけど」

 

 少なくとも兄が放置している以上大きな危険はないのだろうが、流石にこれだけの呪力、気にするなと言う方が無理である。

 

「まぁまぁ、学生の青春には驚きという名のスパイスがあってこそだよ。って訳で、はいこれ」

 

 そう言って唐突に話を区切ると、兄はどこから取り出したのか白いウィッグと、丸いサングラスを手渡してきた。

 

「……なにこれ?」

 

「言ったでしょ、驚きがつきものって。ウチの生徒達にも、ささやかな驚きをプレゼントしないとね」

 

「珍しくグラサンかけてると思ったら、俺に変装させて生徒を揶揄うのが目的かい」

 

 伊達に長い付き合いではない。兄が何をしたいのか理解できた護は、露骨に面倒くさそうに顔を顰めた。

 

「わかってないなぁ。初対面の子達だっているんだ。少しくらい茶目っ気を見せた方が、打ち解け易いってもんだよ。

 ズバリ護には、こういった遊び心が足りてないね」

 

(そう言う兄さんは、逆に遊び心が過ぎると思うけど)

 

 自分が面白みに欠けていると自覚のある護としては否定できないが、だからといってその点に関して兄を見習う気にはなれない。

 むしろ、いい歳なんだから少しは落ち着けよと思ってしまう。

 

「仕方ないなぁ……」

 

 しかし、内心で文句を垂れながらも、なんだかんだと兄の言葉には従ってしまうわけだが。

 基本的に護は兄の言葉に弱い。さすがに無理な願いには無理と言うが、誰に迷惑をかけるでもない悪ふざけには、渋々であるがいつもこうして協力してしまう。

 

「で、何をすりゃいいの?」

 

 ウィッグとサングラスを装着しながら、問いかける護。

 元々、声も顔立ちも似ている兄弟である。ほんの僅かに身長が違うことを除けば、姿は完全に瓜二つ。

 

「フッ、こうして客観的に見ると、僕のコーディネートが光っているのが分かるね」

 

 問い掛けに答えるでもなく、顎に手を当てて笑みを浮かべる兄に対し、護の額に青筋が浮かびそうになる。

 そしてついでに言うならば、このつけるだけで胡散臭さの増すサングラスは決してセンスがいいとは言えない。

 

「……俺、今日はもう帰っていいかな?」

 

「こらこら、初対面の人に会うのを怖がるなんて、そんな子供みたいなこと言わないの」

 

 まるで子供をあやす母親のような口調が、護の精神を逆なでする。

 

(いつも子供みたいなことしてる人に、子供とか言われたよ)

 

 護が兄のテンションに疲れてげんなりしていると、まるで逃がすまいとするかのように、突然肩に腕を回された。

 

「まぁまぁ、別に護は難しいことはしなくていいから。僕が合図したら出てきてくれればそれでいい」

 

「もう、好きにしなよ」

 

 いい加減に言い返すのも面倒だと、投げやりな気持ちで護は頷いた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 四人分の机だけが置かれた小さな教室の中で、一人の女子と二人の男子、そして一匹のパンダが席についていた。

 

「五条先生、遅いね」

 

 そう言ったのは男子の内の一人、黒髪に白い服を着た気弱そうな生徒、乙骨憂太だ。彼の言葉にポニーテールに眼鏡をかけた女子生徒、禪院真希が男勝りな口調でそれに答えた。

 

「あの不良教師が時間通りに来るわけねーだろ」

 

「だな」

 

「しゃけ」

 

 それに続くようにパンダと、白髪の男子、狗巻棘も頷く。

 しかし噂をすればというやつか、そこで襖になっている教室の入り口が勢いよく開かれ、白髪高身長でサングラスをかけた一人の男が入ってきた。

 

「グッモーニーン!」

 

 その姿を見て、四人――正確には三人と一匹は、訝し気な表情を浮かべて呟いた。

 

「「「……誰?」」」

 

「こんぶ」

 

「グッドルッキングガイ、五条悟先生ダヨ~」

 

 どうやら普段アイマスクや包帯で顔を隠した姿と、今の髪を下ろしてサングラスをかけた姿が重ならなかったらしい。

 どちらかと言うと今の姿の方がまともであるのに、不審者を見るような目を向けられるというのも、また奇妙な話であるが。

 

「今日は少し気分を変えてサングラスにしてみましたー。

 皆ももっとテンション上げていこうぜ」

 

「休講日の朝っぱらから呼び出されて、テンションなんて上がるかよ」

 

 辛辣な言葉で返す真希の横で、頷くパンダと狗巻。

 乙骨は困ったように苦笑いを浮かべながら、せめてこの空気を払拭できないかと口を開く。

 

「あの、今日呼ばれたのって、やっぱり任務ですか?」

 

「うん。それもあるけど、今日は皆さんにお知らせがありまーす。

 実はわたくし、新しい技を身に付けまして」

 

「宴会芸でも覚えたか? 玉乗りなら俺もできるぞ」

 

「すじこ」

 

「うんうん、パンダの玉乗りはまたの機会にね~。

 今回皆さんにお見せする術、それは何と、分身の術でーっす」

 

 その言葉に、四人全員が訝し気な表情を浮かべた。

 普通に考えれば冗談だが、目の前の教師の場合、本当にできたとしても不思議じゃないだけに、どこまで本気か掴みきれない。

 

「え、分身って本当に?」

 

「いや冗談だろ。仮に本当なら俺達に明かす意味がわからん。

 というか、こんなのが二人になるとか悪夢だろ」

 

「しゃけ」

 

 乙骨の疑問にパンダが答え、それに続いて狗巻も頷く。

 

「君ら酷くない?

 まぁいいや。では、とくと御覧じろ!」

 

 そんな四人をよそに、ノリノリで某忍者漫画の主人公がよく使っている印を組む二十代後半教師。

 この時点で、四人は完全に冗談だと判断したのか白けた視線を送っている。

 

 すると屈みこんで教卓の影に隠れたと思いきや、次の瞬間二人の人影が教卓から飛び出してきた。

 

「ジャジャーン、分身大成功!

 ハイ拍手ー」

 

「「「「…………」」」」

 

 言いながら、セルフで拍手をする一人の教師。対する四名はどういう反応をしていいのか分からないといった様子だ。

 見た目瓜二つの人間がいきなり増えたことには驚いたのだろうが、いかんせんその二人のテンションに落差がありすぎてすぐに別人だと分かってしまう。

 

 空しく一人分の拍手がパチパチと響く中で、残る一人、五条護はサングラスの裏で遠くを見るような目をしていた。

 

(ほんと俺、何やってんだろ……)

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 しばらくして、いたたまれない空気が少しは払拭されたところで、兄が口を開いた。

 

「皆ノリ悪いな~。分身だよ分身。ジャンプ読者ならもっとテンション上げてこうぜ」

 

「俺パンダ、人間の漫画わかんない」

 

「僕、漫画はあまり読む機会が無くて……」

 

「え、マジで? 少年ジャンプは青少年の必修科目だよ。

 今度テストにも出すからちゃんと予習しなよ」

 

「どんなテストですか……」

 

 何やら話が脱線してきている。

 このまま兄に任せていては一向に話が進まないと、護は話に割り込むことにした。

 

「ジャンプの話はいいから。いい加減話を進めてくれないかな?」

 

 言いながら、護はウィッグとサングラスを取って、変装を解いた。

 その姿を見て、真希が薄らと笑みを浮かべ、狗巻は軽く手を挙げる。

 

「やっぱお前かよ、護」

 

「しゃけ」

 

「どうも、真希さんと狗巻君は久しぶり。パンダ君とそっちの人は初めまして」

 

「なんだ、お前ら知り合いか?」

 

 問いかけるパンダに、真希が兄の方を指さす。

 

「ああ、そいつ悟の弟」

 

 その言葉を聞き、乙骨とパンダが兄の方へと向くと、イェイと両手でピースをしていた。

 それを見て、微妙な表情を浮かべながら護へと視線を移す両名。

 

「五条先生の……」

 

「弟……」

 

(そんな目で見ないでくれ)

 

 言わんとしたいことは分かるが、そんな目を向けられたところでなんと答えればいいというのか。

 と、そこで真希から援護の声が発せられる。

 

「安心しろ。さっきみたいに悪ノリに巻き込まれることは有るけど、基本的には常識人だ」

 

「ちょっとちょっとー、それじゃまるで、僕に常識が無いみたいじゃない?」

 

「「「無いだろ」」」

 

「おかか」

 

 護、パンダ、真希の声が重なり、狗巻も両手でバツ印を作って意思表示を示した。

 唯一、乙骨だけは困り顔でオロオロとしていたが。

 

「ひどっ」

 

「とりあえず、兄さんのペースに任せてたら一向に進まないから、パパッと自己紹介するよ。

 改めて、五条護です。訳有って他の高校に通ってますが、今後一緒に任務を受けることもあるということで、本日ご紹介に与りました。どうぞよろしく」

 

「おう、よろしく。俺パンダ。肉球触るか?」

 

「あ、うんよろしく」

 

 そう言って手を差し出してくるパンダに、握手として手を差し出す護。

 

(肉球柔いな……)

 

 パンダは突然変異の呪骸であり、その体は作りものなのだが、無駄に柔らかい肉球に作り手である夜蛾学長のこだわりが垣間見える。

 

「私と棘はいらないだろ。どうせ顔見知りだ」

 

「おかか」

 

「嫌だってお前、おにぎりの具しか喋れないのにどうやって紹介すんだよ」

 

 狗巻はどうやらぞんざいな扱いが不服らしい。言い合う二人を横目に、護は残る一人の生徒乙骨へと視線を移した。

 

(彼が、この呪力の持ち主か)

 

 来る前からやばい気配は感じ取っていたが、実際に目の当たりにすると一層とんでもないなと、護は内心で戦慄していた。

 その驚愕を表に出さないまま、護は右手を差し出す。

 

「乙骨憂太君だよね。初めまして」

 

「あ、初めまして。僕、名前言ったっけ?」

 

「ああ、兄さんから名前だけは聞いてたんだよ」

 

 握手をしながら観察してみるが、呪力以外は本当に普通の気の弱そうな男子といった感じだ。

 兄がわざわざサプライズと言っていただけに、どんなキャラの濃い人間かと思っていたが、その点だけは少し拍子抜けしたと言える。

 

 そう思い油断していたところで、横から兄の声が飛んできた。

 

「ちなみに彼、四人目の特級術師だから」

 

 言葉としては短い一文。しかしその内容を理解するのに、護は少々時間を要した。

 

「……はぁ!? いや彼、術師っていうか被呪者だよね?」

 

 確かに乙骨の呪力はとんでもないが、その気配は彼本人の呪力というよりは完全に憑かれている者の気配である。

 完全に呪力を制御できている状態ではなく、そんな危なっかしい状態の人間を特級に据えていることに、らしくもなく護は声に出して驚いた。

 

 そんな護を見て他四名は、「言ってなかったのかよ」と呆れた視線を兄へと送っていた。

 

「イェーイ、ドッキリ大成功!」

 

「ドッキリって、は? え、冗談なの、本当なの?」

 

「一から十まで全部本当だよ~」

 

「……何やってんのさ、兄さん」

 

 普通に考えて、幾らポテンシャルが凄かろうと未熟な術師を特級に据えるメリットが見えない。

 十中八九、上層部に対する嫌がらせが目的だろう。

 

 そもそも被呪者というあたりも、全く聞いていない話である。単に護が驚くのを見たいというだけで、どれだけ情報を出し渋っていたのか。

 この分じゃ他にも話していない事は多そうである。

 

「もうドッキリとかいいから、彼について全部説明してくれよ」

 

「オーケー、オーケー。ただ、どうせなら場所を変えよう。

 折角、護が買ってきたお土産もあることだし、親睦もかねてお茶会と行こうぜい」

 

 そう言って、兄は返事も待たずに教室の外へと出て行ってしまった。

 残された護の肩に、ポンポンとパンダと狗巻の手が置かれる。

 

「苦労してるな」

 

「高菜」

 

 

 

 





 五条先生のキャラ、ちょっとふざけさせ過ぎたでしょうか?

 どうもこの人の場合、真面目な口調にするとキャラ崩壊っぽく感じてしまうし、ふざけた口調にすると話が脱線するしで、自分自身でも書いていてこの人マジウゼェと感じてしまいました。

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