よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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3話 銀髪少女との邂逅

 4月は何の季節かというと、新生活の季節である。

 学生や社会人が今までの環境から巣立ち、新たな環境に羽ばたく、そんな季節。

 中には変化を不安に感じる者もいるだろうが、大体の者が期待に胸を膨らませながら、その入り口を潜っていく。 

 春という季節は、総じてほのぼのとした、明るい雰囲気が漂う季節なのである。

 

 さて、そんな浮ついた空気の中で一人、浮かない顔で桜の木を眺めながら歩く青年がいた。

 

(いや、めっちゃ呪霊いるんだが)

 

 180は超えるだろう高身長に、黒髪黒目の整った顔立ちの青年、五条護である。

 彼が見ていたのは舞い落ちる桜の花ではなく、その横でうごめく巨大な芋虫のような異形、呪霊の存在だった。

 

 美しい桜の花が舞っている横で人の顔を付けた芋虫が呻いているのだから、何ともシュールな絵面である。

 

 護は誰にも見えないよう、ポケットに手を突っ込みながら印を組むと、芋虫呪霊の周りに四角い立方体が現れた。

 呪霊は慌てた様子で壁に体当たりをするが、その壁は微塵も揺るがない。そして、次の瞬間には立方体は一瞬のうちに縮むとパンッと音を立てて消えてしまった。

 

(これで敷地に入ってからもう3体目。いくら雑魚ばっかとはいえ多すぎだろ)

 

 基本的に呪霊は人間の負の思念から生まれる。

 周りがあまりにも浮かれた空気を出しているが故に、護にとっては呪霊の存在が殊更異質に見えた。

 あらかじめ理事長との会談から、この学校には何かあると予想していた護であったが、その推測がかなり確信に近いものになる。

 

 おそらく今浮かれている大多数の新入生が期待しているような、輝かしい生活を送れる場所ではないと。

 

(正直、今までに自殺者の一人や二人いたとしても驚かないぞ)

 

 実際、そう的外れな推測でもないだろう。莫大な資金を掛けて運営している政府直下の教育機関。

 不都合な事実があれば、もみ消すくらいのことはやっているはずである。

 

 理事長は人格者のようであったが、トップがすべての意向を決定できるわけでもない。それは今回の依頼の件を見ても明らかだ。

 

 そんな薄暗い思考のせいか、護は周囲をどこか冷めた目で見ながら自分の配属されるクラスを確認すると、案内図に従ってさっさと教室へと向かった。

 

 すると教室に向かう途中の階段で、一人の少女が目についた。

 

(杖、足が不自由なのか?)

 

 目立った怪我も見られないあたり、おそらくはそういう疾患なのか。

 杖を持たないもう片方の手には鞄を持っており、両手が塞がっているために手すりも掴めない。

 慎重に一歩一歩進んで行く姿が大変そうに見えた護は、深く考えることもなく近づいて声をかけた。

 

「鞄、持とうか?」

 

 声を掛けられて振り向く少女。

 少女は小柄で、高身長の護に対し見上げるような姿勢となった。

 少女の顔つきはかなり整っており、輝かしい銀髪と相まって神秘的な雰囲気を醸し出している。

   

(銀髪、か)

 

 正面から向き合った護がまず注目したのは、顔の造形ではなく髪の色だった。

 その色素の薄い髪の色が、身近にいた兄の姿を連想させる。正確には兄の髪は銀髪ではなく白髪だが。

 別に、初対面の少女には何の非もないのだが、いきなり脳内に自己主張の激しい兄の姿が浮かんだせいで、なんとなくテンションが下がる。

 

 護自身、別に兄の事を嫌ってはいない。

 むしろ術師としては信頼も尊敬もしているし、肉親としての情もある。あのふざけた性格に関しても、場の空気を軽くすることのできる、自分にはない長所であると認識している。

 

 ただ、傍から見ていて面白いか、渦中にいて楽しめるかは別の問題であるように、護にとってあの兄は、近くにいると滅茶苦茶に気疲れする存在。平たく言うと好き嫌いは別として、面倒くさいから苦手な相手であった。

 

 

「フフ、ご親切にありがとうございます。

 お言葉に甘えてもいいでしょうか」

 

 そんな護の心情をよそに、少女は静かに微笑んだ。

 護は鞄を受け取ると、少女のペースに合わせてゆっくりと歩を進める。

 歩きながら、少女は護の方を向いて自己紹介を始めた。

 

「私は、坂柳有栖と申します。

 お名前を伺ってもいいでしょうか?」

 

 その名前を聞いて、護は表情には出さなかったが、内心で僅かに驚いた。

 まさか入学して初めて会った人物が、ついこの間話していた理事長の娘だったのだから。

 

「五条護。坂柳って言うと、確かこの学校の理事長も同じ苗字だったと思うんだけど」

 

 ひょっとしたら同じ苗字の無関係な子かもしれないと、試しに理事長の話を振ってみる。

 確かめることに深い意味はない。ただ黙ったまま歩くのは退屈なので、単なる話題の種としてだ。

 

「ええ、入学したばかりでよくご存じですね。

 この学校の理事長は私の父になります」

 

 あっさりと、当人であることが確定した。

 確かに思い返してみれば、この丁寧な喋り方や愛想笑いの仕方など、仕草の端々に理事長に似通ったものが感じられる。

 

「やっぱりそうなのか」

 

「とは言っても、身内だからと特別扱いはしてもらえませんが。

 父は規則に対し厳正ですので」

 

「そうか。この学校について詳しいなら話を聞きたかったんだけど、そういうことなら無理そうだな」

 

 もっとも、あの理事長が身内という理由で事前に情報をリークするような人物だとは、(はな)から思っていないが。

 

「そうですね。私も現状でこの学校に関する知識は、他の新入生の方と大差ないと思います。

 ところで、五条君は何組ですか?」

 

「A組」

 

「そうですか、私もA組です。五条君のような親切な方が一緒で安心しました」

 

 そう言って微笑む坂柳。

 一見すると、それは多くの者が見れば魅了されるような愛らしい微笑みなのだろうが、なぜだかこの瞬間、護にはその笑顔が兄の笑った顔と重なった。

 そう、それはまるで、使い勝手の良い玩具を見つけたかのような。

 

「そうか、まぁこれからよろしく」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 軽い調子で挨拶をしながら、しかし護は確信していた。

 根拠はない。外見も性格も似ておらず、性別すらも違う。

 

 しいていうなれば空気感。長年の経験から基づく直感が、それを告げていた。

 

 この娘は絶対、性格が悪いと。

 

 

 

 

 




 チラっと主人公が術式を使っていたので、すでにお察しの方もいると思いますが、主人公の術式は、『結界師』の結界術と同じようなことができます。

 ただ、全く同じ術という訳でもないので、現時点では説明を控えさせていただきます。
 詳細に関しては、いずれ改めて術式を使う回にでも。


 ちなみに、自殺者云々に関して、当作品における勝手な予想です。
 まぁ、原作の設定からして、個人的には過去にそういう生徒がいてもおかしくないとは思ってますが。

 そもそも、2巻の時点で未遂とは言えストーカーによる被害があったあたり、過去にも何か事件が起こっていておかしくないよなと。

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