よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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34話 撒かれた不穏の種

 

 高専校舎内のある一室にて、サングラスを掛けた大男がソファーに腰掛けていた。

 一見するとヤのつく仕事の人にしか見えない厳つい風貌。

 しかしその手にはどこか間の抜けた表情のペンギンのぬいぐるみが握られており、ゴツゴツとした手で器用に針を動かすという、何ともシュールな光景を生み出していた。

 

 黙々と静かな室内で針仕事に勤しみ続ける男。

 そこで突然、静寂をぶち破るように勢いよくドアが開かれ、一人の男が乱入してきた。

 

「ヤッホー、学長居るー?」

 

 ぬいぐるみを持った男は針を持った手を止めると、ズカズカと部屋に入ってきた人物を一瞥しつつ口を開く。

 

「白々しいぞ悟。わざわざ確認しなくても、お前なら部屋に入る前から分かっていただろう。入る前にノックくらいしたらどうだ」

 

「そう堅苦しいこと言わないで下さいよ。どうせ学長しか居なかったんだし別にいいでしょ?」

 

「お前は来客がある時でも構わず入ってくるだろう」

 

「やだな~、僕だって必要があると思った相手には敬意くらい払いますよ。そういう相手がちょおーーーっと少ないだけで」

 

 そう言ってケラケラ笑う姿を見て、学長と呼ばれた男――夜蛾正道は呆れたようにため息を吐いた。

 

「……それで、一体何の用だ?」

 

 苦言を言うのを止めて、用件を問いただす夜蛾。

 付き合いの長さ故か、何を言ったところで態度を改めることが無いと分かっているのだろう。ため息を吐くその姿からは、諦観の念が感じられる。

 

「いや、別に大した用事じゃないんですけどね、一昨日護が来た時に持ってきたお土産、学長の分も有ったの忘れてたからそれを渡しに」

 

 言いながら、夜蛾の目の前に小さな菓子折りの箱が差し出される。

 ぬいぐるみを脇に置き、それを受け取りながら夜蛾は訝し気に顔を顰めた。

 

「……護が来ていたのか?」

 

「あれ、言ってなかったっけ? 土曜に1年達と顔合わせして、そのまま適当な任務に一緒に行ってもらったんですよね~」

 

 惚けているのか本当に忘れていたのか、あっけらかんとした返答に夜蛾の額に青筋が浮かぶ。

 

「聞いていないぞ。あの子はお前の身内とはいえ正式な生徒じゃないんだ。

 来るならせめて連絡の一つくらい入れておけ」

 

「え~、じゃあ今度から伊地知に言っとくから、伝わってなかったら伊地知のせいってことにしといて」

 

「最初から伝える気ないだろ貴様!」

 

 

 

…………

 

 

 遠くで、一人の黒スーツを着て眼鏡をかけた、やつれ気味の男性が背筋を震わせた。

 

『なんだか、今理不尽な責任を負わされた気がする……』

 

 

………

 

 

 

 部屋の隅に備え付けられたポットと茶器で、勝手にお茶を入れて目の前のソファーに腰掛ける悟。

 何とも勝手気ままな様子であるが、夜蛾は慣れているのか呆れながらも気を取り直して話を続けた。

 

「……そもそも、どうしてお前は護を他所の学校に入学させた。何を企んでる?」

 

「企むなんて人聞きが悪いなぁ。その辺りの事情は前にも話したと思いますけど?

 あちらさんも困ってるっぽかったし、護以外に適任が居なかったんですって」

 

「本当にそれだけか?」

 

 元々重厚感ある声音だったが、より一層の真剣味を感じさせる声。

 ふざけるのは許さんとでも言うような夜蛾に対し、五条悟はそれまで浮かべていた軽薄な笑みを潜めて問い返した。

 

「それだけって?」

 

「例の依頼の件は聞いている。だが、そんなまともな理由で動くお前ではないだろう。

 手ずから育てていた弟を手放すのに、3年間は長すぎる」

 

「僕、護に対してそんな過保護に見えます?」

 

「過保護と言ってるんじゃない。後進を育てると息まいていたお前が、一番目をかけていた人材を高専から遠ざけたのは不自然だと言っている。

 呪術師として経験を積むうえで、高専ほど適した環境は無いからな」

 

「……よくわかってらっしゃる」

 

 言いながら、ニヤリと吊り上がる口角。

 そこでお茶を一口ズズッと啜り、一呼吸おいてから口を開いた。

 

「けどさ、学長少し勘違いしてるよ。確かに若い芽が育ってくれるのは望む所だけど、強ければそれでいいって訳でもない。

 僕が欲しいのは、肩を並べられる仲間であって優秀なだけの部下じゃない。ただ横でハイハイ言うだけのイエスマンなんて求めてないの。

 そういう意味じゃ、今の護は一番近くて遠い位置にあると言える」

 

「どういう意味だ?」

 

「護の行動基準は少し僕に寄り過ぎてる。

 呪術師として一般人の命を守る。護がそれを正しい事と思ってるのは、僕がそうしているからに過ぎない。言ってしまえば義務感だ」

 

「義務感で動くことは必ずしも悪ではないだろう。むしろお前はあの子の責任感を少しは見習え」

 

 人の命は尊いものか? 

 

 例えばそのような問いかけをした時、即座に肯定できる呪術師は少ないだろう。

 人の悪意から生まれる呪いと向き合う呪術師は、どうしたって人の醜さというものに直面する。それでもなお秩序の側に立ち続けられるのは、ある程度の義務感や使命感があればこそだ。

 

「えー、そこで説教染みたこと挟まないで下さいよ。ってかそういうことが言いたいんじゃないんだって。

 なんて言ったらいいのかなぁ……義務感って言っても、護はただ僕の真似をしてるだけなんだよ。

 僕が歩いてきた道に沿って歩いてるだけ。そんなんじゃ、いつまで経っても前を行く僕に追いつけるはずがないでしょ?」

 

「……お前は、あの子が本気で自分に並べると思ってるのか?」

 

「勿論」

 

 夜蛾の重々しい口調の問いかけに対し、しかし悟はあっけらかんとした様子でまるで当たり前のことのように即答した。

 

「こう言ったら本人は不機嫌な顔するけど、あいつは間違いなく天才だよ。

 ぶっちゃけ、当時の僕と比較しても今の護は先のステージに行ってる。ま、そこは僕の教え方が良かったからだけど」

 

 ニカッと自画自賛を交えながら話す悟に対し、夜蛾はあくまで真面目なペースを崩さず話を続ける。

 

「お前がそこまで言う程に、あの子は成長しているのか」

 

「まーね。でも、さっきも言ったけど、このままじゃいずれ頭打ちが来る。

 僕と同じ道を進むことが悪い訳じゃないけど、ただ背中を追うだけの歩き方はやめてほしい訳」

 

 飄々とした口調であるが、付き合いの長い夜蛾にはそれが切実な思いで口に出されている言葉であることが理解できた。

 

「……お前の言い分は分かった。しかし、それがどうして他所の学校に入れることにつながる?」

 

「別に深い考えが有った訳じゃないですよ。ただ、少なくとも高専に入れただけじゃ何も変わらないと思っただけ。

 他所の学校入れたからって何かが変わるとも限らないけど、分かりきったレールの上を歩かせるよりかはマシでしょ。

 実際、メリットも多い仕事だったし、渡りに船だった訳」

 

「結果、3年間を無駄にするかもしれないとしてもか?」

 

 その言葉に対し、悟は楽し気にニヤリと笑みを浮かべる。

 

「無駄にはなりませんって。青春ってのは学生時代にしか味わえない得難い経験なんだから、それはどこの学校に居たって同じでしょ。

 そもそも、ウチの連中ってそういう甘酸っぱい青春の1ページみたいの無いしさ、護みたいな堅物には、もう少し彩りに満ちた学園生活を送ってほしい訳ですよ」

 

「お前が楽しみたいだけのように見えるが?」

 

「それこそWinWinでしょ? 護も充実した学園生活を送れて、僕も面白い話を聞ける。ほらメリットしかない」

 

「あの子も、お前にその手の話をすることは無いだろうがな」

 

「そこだけが問題なんですよね~。やっぱ僕も新任の教師ってことで、入ればよかったかな?」

 

「絶対に止めろ!」

 

 十中八九冗談だろう台詞ではあるが、この男が言うと冗談に聞こえない。

 特級術師という戦力が減ることもそうだが、この歩く公害を日の当たるところに出してはならんと、夜蛾は断固とした意志を持って力強く否定した。

 

 と、話の流れもグダグダになってきたところで、ふと部屋の入り口が開かれた。

 

「まさみち、ただいまー。今帰ったぞー」

 

 そう言いながら入ってきたのはパンダ。

 その姿を確認すると、夜蛾は表情こそ変わらぬものの、その声音に僅かな穏やかさを滲ませつつ出迎えの言葉を発した。

 

「む、帰ったのかパンダ、おかえり」

 

 そして夜蛾に続き、悟もパンダに向かって手を挙げながら出迎える。

 

「おかえりパンダー、護はどったの?」

 

「これから学校の巡回があるからって帰ったぞ」

 

「ありゃ、仕事が終わったのにまだ働くとか、あの子も熱心だね」

 

「お前も少しは見習ったらどうだ」

 

 辛辣な夜蛾の一言を無視しながら、悟はパンダへと言葉を重ねる。

 

「で、一緒に仕事してみてどうよ。パンダから見て護は?」

 

「んー、そうだなぁ……」

 

 悩まし気に首を捻るパンダ。

 しばらくうーんと唸っていたかと思うと、目元を若干キリッと引き締めながら真面目な様子で口を開いた。

 

「やっぱあいつは微乳派だと思う」

 

「ホント何があったよ?」

 

 あまりにも珍妙すぎる回答に、普段ボケの側に居る悟も、珍しく戸惑った様子を見せた。

 

「え、何? あいつの好みとか僕だって知らないんだけど。女の好み話すくらい仲良くなった訳?」

 

「違う違う。任務が終わった後、暇潰しに護の寮で遊んでたら、そこに女子が尋ねてきてな――「あ、ちょっとタイム」――ん?」

 

 話の途中でパンッと手を一叩き。パンダの話を遮ったかと思うと、スタスタと部屋を出て行ってしまった。

 訝し気な様子で出て行った扉を見つめるパンダ。

 

 すると、ほんの1分もしない内に悟は再び部屋へと戻ってきた。右手にはレコーダーと思しき小さな機械、左手には饅頭の入った箱を携えて。

 

 そして先程まで使っていた湯呑に再びお茶を淹れなおし、テーブルの上に饅頭箱を広げてレコーダーの録音ボタンをポチリと一押し。

 

「さて、詳しく聞こうか」

 

「……俺が言うのもなんだけどノリノリだな」

 

 話を聞くに当たり、あまりにもガチで万全な体制を整える姿を見ながら、話の発端であるパンダも呆れた様子である。

 

 しかしそれも束の間のこと。パンダはあっさり「まぁいいか」と呟くと、悟の対面、夜蛾の隣に腰を掛けそして話を始めるのだった。

 

 

 そしてほんの数分後、室内には一人の教師の笑い声が響き渡った。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 有栖とのチェスの一戦から翌日の放課後。護は町中を楓花と二人で並んで歩いていた。

 二人の手には、先程屋台で購入したアイスクリーム。一見すると仲睦まじい男女がデートでもしているかのような光景であるが、機嫌が良さそうなのは楓花のみ。護の方はむしろ気怠そうな雰囲気を漂わせていた。

 

 そんな中、護は面倒臭そうな表情でアイスを齧るとポツリと呟く。

 

「……遊びに来てるんじゃないんだけど」

 

「まぁそう言うな。巡回と言っても、歩き回る以外にすることは無いんだろう? どうせならデートと思って楽しみ給えよ」

 

 現在、二人が行っているのは学内の巡回である。

 普段であれば護一人で行っている仕事ではあるが、そろそろ楓花にも軽く呪霊の祓除を体験させた方がいいかと考え、今回これに同行させていた。

 

「デートとか、周りに勘違いされそうなこと言わないでくれない?

 マジで、今はその手のネタで絡まれたくないんだよ」

 

 うんざりしたような護の返答。いつも通りの淡白な対応のようであるが、そこには僅かに疲れが滲んでいる。

 楓花もその気配を目聡く感じ取ったのか、訝し気な表情を浮かべた。

 

「ふむ、いつにも増して素っ気ないな。何か有ったか?」

 

「……いや別に」

 

 先日の有栖との一件、護としては有栖に不信感を抱かれていることよりも、パンダに余計な揶揄いネタを提供してしまったことの方が内心に重くのしかかっていた。

 一応他の連中、特に兄に対して余計な事は話さない様にと口止めはしたが、何とも不吉な予感が拭えない。

 

 こちらの釘指しに対して『任せろ!』とサムズアップで返してきたパンダであるが、護にはなんだかその表情の裏で『フリだろ?』とでも言っているように見えた。

 

 もっとも、そんな一連の出来事を楓花に説明するのは手間であるし、話したところで愚痴にしかならない。護は適当に誤魔化すことにした。

 

「……大したことじゃない。高専の方で知り合った生徒が、ちょっとその手の話が好きな奴で色々と揶揄われただけ」

 

 嘘ではない。かなり内容を端折りはしたが。

 そんな護の言葉に対し、興味深げに息を漏らす楓花。

 

「ほぅ、呪術師と聞くとどこか暗いイメージが有ったが、それを聞くと随分世俗的な生徒もいるのだな」

 

(……パンダが、世俗的?)

 

 おそらく楓花の中では、恋バナ好きの女学生でもイメージしたのかもしれないが、生憎と実際は白黒の毛皮を被った精神(なかみ)がおっさん染みた生物(ナマモノ)である。いや、生物という表現も正しくはないが。

 

 とりあえずパンダの存在は頭から振り払い、楓花の呪術師に対するイメージに関しては一応訂正しておく。

 

「別に呪術師全員が根暗ってわけじゃないよ。まぁ、変わり者が多いのは認めるけど」

 

(そういう意味じゃ、あんたも大概だしな)

 

 まだ呪術師としては未熟もいいところの楓花だが、そういう意味での適性は有ると内心で呟く。

 すると、そこで楓花の護を見る目が悪戯っぽく細められた。 

 

「ほぅ……」

 

 まるでこちらの思考がバレたかのような気配を感じ取り、護は話を逸らすべく話題を切り替える。

 

「そんなことより、俺の留守中何か異変は有った?」

 

「露骨に話を逸らすじゃないか。何か良からぬ考えでも浮かんだのかな?」

 

 女の勘とはよく言うが、何故自分の周りの女性はこうも読心術染みた直感力があるのだろうかと、護は内心で軽く頭を抱えた。

 

「別にそんなことは無いよ。そもそもいつまでも世間話をしてたってしょうがないだろ。

 いい加減仕事の話に移りたかっただけ」

 

「……フッ、まぁいいだろう。特に報告すべき異変に関しては特に無い。一応言われた通りの巡回経路を回ったが、どこも特に異常は無かった」

 

「そうか……そうなると、来てもらってなんだけど、ひょっとしたら今日は碌な呪霊が見つからないかもしれないな」

 

 楓花に渡しておいた巡回図は現時点における警戒レベルの高い場所をピックアップしたもの。それらに異変が無かったとなると、他の場所でも呪霊が湧いている可能性は低いだろう。居たとしても、せいぜい蠅頭レベルか。

 

(そもそも、学内じゃ小物しか出ないから大した経験積めないんだよな。やっぱ、その内外に出ることも視野に入れるべきか……)

 

「ふむ、少々肩透かしではあるが仕方あるまい。どれ、そういうことであれば、気を切り替えて本格的にデートとしゃれこもうか?」

 

「だから遊びに来たんじゃねぇっての。まだ出ないと決まったわけでもないのに、途中で巡回を止められるか」

 

「冗談だ。しかし遊びでないとはいえ、お前も少しは楽しそうな顔をしたらどうだ?

 そのように仏頂面を浮かべていては、かえって目立ちかねんぞ」

 

「楓花さんと一緒に居る時点で、十分目立ってんだよ」

 

 先程から二人は、できるだけ人気の少ない道を選んではいるが、それでも完全に人目を避けることはできない。

 元々目立つ容姿をしている二人である。すれ違う度にチラチラと視線を向けてくる学生は多い。

 

 今のところ知り合いに遭遇はしてこそいないが、またも浮ついた噂が流れてしまうのは避けられないだろう。

 かといってコソコソと動き回るのも効率が悪すぎる。護は半ば開き直るかのように、どうにでもなれと投げ槍な心境になっていた。

 

「っていうか、さっきからチラホラ二度見してくる人達が居るのは、アレ2年生だよな? 楓花さん一体何をやらかしたのさ?」

 

 こちらに視線を向ける生徒達の中で、特に目を引くのが一度通り過ぎようとしたところでギョッとしたような視線を向けてくる生徒達だ。

 

「やらかしたとは人聞きが悪いな。自分で言うのもなんだが、私は品行方正な生徒だぞ。

 周囲がどれだけクラス争いに身を(やつ)そうと、私一人は流されることなく平和主義を貫いているくらいだからな」

 

「それ、協調性が無いってことだよね? ってか、こっちの業界に首突っこんでおいて平和主義も無いだろ」

 

 本人の発言と先程からの周囲の反応で、なんとなくクラス内の楓花の立ち位置を理解した護。

 

 そんな風に雑談を繰り広げながら、歩を進める二人。

 と、そこでまた、新たに正面から歩いてくる学生がこちらへと驚いたような視線を向けるが見えた。

 

 下手に意識するだけ損であると、素知らぬ振りして通り過ぎようとした護であったが、そこで楓花が僅かに目を細める。

 

「ふむ、これは面倒な相手に遭遇してしまったな」

 

「面倒?」

 

 楓花がそのように評することからして、碌な展開にはならないだろうことを予想しつつ、前方から迫ってくる人物に視線を向けた。

 

 男にしては線の細い端正な顔立ちに、よく手入れがされていると分かる鮮やかな金髪。

 歩き方一つとっても堂々としており、全身から自信に満ちた様子が伝わってくるような男子生徒だった。

 

(なんていうか……挫折を知らないお坊ちゃんって感じだな)

 

 第一印象で勝手にそのようなイメージを抱くのは失礼と思いながらも、名家育ちの人間を見慣れた経験から感じる既視感に、ついついそのような感想を抱いてしまう。

 

 そしてその男子は、近くまで来たかと思うと二人の進路を塞ぐかのような位置で立ち止まった。

 相手がおそらく先輩であることもあって、露骨に避ける訳にもいかないかと思い護も立ち止まる。

 

 そしてその男はこちらへマジマジと不躾な視線を向けたかと思うと、口を開いた。

 

「……鬼龍院がデートをしてるとメッセージが入った時は何の冗談かと思ったが、まさか本当だったとはな」

 

「おや、まさかそんなことを確かめにここまで来たと?

 ゴシップに踊らされ出歯亀染みた真似をするとは、副会長とは随分暇な役職なんだな、南雲」

 

 挑発染みた楓花の言葉に対し、南雲と呼ばれた男は飄々とした態度でそれを受け流す。

 

「おいおい、わざわざ俺がお前の為に時間を割くとでも? ここに来たのは半ば偶然さ。

 近くでちょっとした待ち合わせがあったんだが、面白そうな話が聞こえて来たんで、暇潰しに立ち寄っただけだ」

 

「そうか、では早いところその待ち合わせ場所に行くといい。私としても君に割く時間は勿体ないんでな」

 

「まぁ待てよ。俺としてもお前と長々と会話をする気はないが、お前の隣に居る奴には興味がある。1年、名前は?」

 

 こちらへと矛先が向いたことを面倒臭いと思いながらも、相手が一応目上の立場であることを踏まえて、軽く愛想を浮かべながら答える。

 

「1年Aクラスの五条護です」

 

「五条護……お前がそうか。

 知っているかもしれないが、俺は2年Aクラスの南雲雅(なぐもみやび)だ。生徒会副会長でもある」

 

(いえ、全く知りませんが)

 

 内心で思ったことを表情に出さない様にしつつ、護は愛想良く微笑みながら挨拶を口にした。

 

「そうですか。よろしくお願いします」

 

 もっとも社交辞令として挨拶はしたが、実際よろしくしたくは無いなというのが本心だが。

 出会った当初の有栖や龍園と同じく、こちらを値踏みするような視線。

 興味を持たれても碌なことにならないだろうと、嫌な予感をヒシヒシと感じてしまう。

 

「お前の噂は聞いている。入学初日に学校の全容を見事当てて、Aクラスを減点ゼロに導いた立役者」

 

「はぁ、どうも」

 

「だが、言ってしまえばそれだけだ。以降お前に目立った活躍は無かった。

 1年Aクラスにおいて有力者として台頭してきたのは葛城と坂柳。お前は傍観者を気取っていたそうじゃないか」

 

 よくもまぁ1年のクラスの内情まで事細かに知っているものである。

 生徒会として後進に成り得る人材を探っていたのか、それとも今後の試験などで学年を跨いで関わる可能性があるから調べていたのか。

 

「はっきり言って、その程度の実績で鬼龍院がお前に関心を持つとは思えない。

 この女は俺や現生徒会長の堀北先輩にも関心を示さないような奴だからな」

 

「なんだ、まさか嫉妬しているのか? 自分が構ってもらえないからと、後輩に嫉妬するのは副会長として品位を落とすぞ」

 

「悪い冗談だな。お前は美人だが可愛げが無い。俺は可愛げの無い女は趣味じゃないんだ」

 

「君の趣味に興味はないが、可愛げが無いは言い過ぎだな。私に可愛げはあるとも。ただそれを見せる相手を選んでいるだけさ」

 

「それがこいつだと?」

 

「さて、それを君に教える義理は無いな」

 

 ぞんざいな楓花の答えに対し南雲は一瞬不快気に眉を顰めたが、すぐに気を取り直すと護へと視線を移した。

 

「……フン、まぁいい五条、さっきの質問の続きだ。

 こいつは同学年の中でも友人の一人も作らない変わり者だ。そんなこいつとお前はどういう関係なんだ?」

 

(……有栖さんもそうだけど、この学校って他人のプライバシーに首を突っ込む生徒多すぎじゃねぇかな?)

 

 連日にわたって身辺事情に探りを入れられるこの事態に、護もいい加減に辟易とさせられてくる。

 

「まず、先に誤解していると思うので解かせていただきますが、楓花さんとは付き合ってるわけではありません。

 実のところ彼女とはこの学校に入る前から交流がありまして、その繋がりで少々仲良くさせて頂いてるんです」

 

 サラリと自然な口調で嘘を吐く。

 外部との連絡が遮断されたこの学校において、入学前に繋がりがあると言っておけば、その事実確認を取るのは容易ではない。

 唯一の懸念は以前有栖に対して話した言い訳と食い違うことだが、彼女に関しては既に楓花との関係性も怪しまれてるので今更だ。

 

「入学前からね……今より子供だったからと言って、こいつが誰かと群れる姿なんて想像できないがな。それとも昔は違ったのか?」

 

 やはりそう簡単に信じてはくれないのか、事実確認を取るべく話を掘り下げてくる。

 当然、楓花の子どもの頃の話など知る由もないが、この程度の質問は想定済みである。

 

「どんな人間だって、子供の頃は今と別人のように違ってたりするものですよ。

 その辺りは本人に聞いてください。勝手に自分の昔話をされるのも気分は良くないでしょうし」

 

 その返答に対し事実であるかを探るようにジッと護の様子を観察していた南雲だったが、護に欠片の動揺も無いことが理解できたのか、しばらくして興味を失ったのかつまらなそうな表情を浮かべた

 

「……まぁいい。俺もこいつの昔話になんざ興味は無いからな。

 それより五条、生徒会に興味は無いか? 鬼龍院とつるんでいるならお前もそれなりに能力はありそうだしな。望むなら、俺から生徒会長に口利きしてやることもできるぞ」

 

 評価保留ということで観察しやすい場所に置きたかったのか、それとも部下として手元に置くことで楓花に対して当てつけとしたかったのか。

 少なくとも純粋に自身の能力を買ってという訳ではなさそうだと、護は直感的にそう感じた。

 

 まぁ、理由がどうあれここで頷く選択肢は護に無いわけだが。

 

「折角ですが遠慮しておきます。生徒会の活動なんて俺には手が余りますよ」

 

 これに関しては割と本心からの言葉である。ただでさえ学校警備と外での任務もあるのだ。この上生徒会の仕事も増えてしまえば、いよいよをもって手が回らなくなる。 

 

「手に余るか。そんなことは無いと思うけどな。少なくとも鬼龍院の相手をしているよりは、どんな仕事も手がかかることは無いだろうさ」

 

(うん、そこはあながち否定できない)

 

 だからといって先ほどの返事を覆すわけではないが。

 と、そこで隣に居た楓花が腕を絡めてきた。

 

「潔く諦めることだな、南雲。これは私のだ」

 

 マウントでも取るかのように挑発的な笑みを浮かべる楓花に対し、しかし南雲も負けじと勝気な笑みを浮かべる。

 

「随分とその1年にご執心じゃないか」

 

「君の生徒会長殿に対する執着には負けるとも。私達に構うよりも、君はまずそちらに専念したらどうだ?」

 

「お前に心配されることでもないな。堀北先輩とはいずれ決着をつけるつもりだが、来年度には生徒会長になってる身として後進の発掘にも手は抜けないんだ」

 

「おや、もう生徒会長になるのが決まっているような口振りだな」

 

「無理だと思うか?」

 

「いや、順当だろうとも。今の2年で君に敵う生徒は居るまい。とはいえ、こうまで言っておきながら万一落選しようものなら滑稽でしかないからな。

 恥を晒さぬためにも、余計な事に目を向けるのは止めておいた方がいいと、忠告しておこう」

 

「お前が他人に忠告するなんて珍しいじゃないか。柄にもないことをしてまで、こいつに目を付けられるのが嫌なのか?」

 

 挑発に対し挑発を返す二人の舌戦。護はそれを眺めつつ思った。

 

(……この話、いつまで続くんだろ)

 

 どうも、話の流れが護に対する関心というより、単純にマウントの取り合いになってきたように感じられる。

 自分への関心が外れるのは好都合だが、しかしこうなってくると下手に口を挟むこともできず、話の落としどころが見えない。

 

 他人事のように二人のやり取りを眺めつつ、護は手に持ったアイスのコーンを口に放り込みポリポリと噛み砕く。

 

(別に急いでる訳じゃないけどさ)

 

 無為に時間を浪費するのは面白くないが、季節柄日も高く、日没にはまだ程遠い時間帯。別段急いで巡回に戻る必要もないかと、護は諦めるかのようにコッソリ肩を落とし――。

 

「――ッ!」

 

 その瞬間、護の身体にザワリと総毛立つかのような感覚が走った。

 護は瞬時に目を見開くと、勢いよく振り返りその鋭い視線を背後へと向けた。

 

 急な護の様子の変化に、それまで会話をしていた楓花と南雲も、会話を止めて訝し気な視線向けてくる。

 

 時間にしてほんの数秒、遠くを見るかのように目を細めていたかと思うと、ふと南雲の方へと視線を戻して口を開いた。

 

「……すみません、南雲先輩。少し用事を思い出したので、今日はこれで失礼します」

 

「随分と唐突だな。いかにも何かあったって様子だったろ。なぁ、今振り返って何を見ていたんだ?」

 

 当然、南雲の方は疑問気に問いかけてくるが、楓花の方は何かを察したようにスッと目を細めた。

 

「いえ、大したことではありませんので、お気になさらないでください」

 

 先程まで浮かべていた愛想笑いも取り払い、淡々とした態度で事務的に言葉を紡ぐと、護は南雲の返答も待たずに歩き出そうとする。

 

「フッ、すまんな南雲。どうやら長話が過ぎたようだ。こいつはこれで少々気が短いところがあるんでな。まぁ先輩なら、後輩の少々の無礼くらいは大目に見てやることだ」

 

 それだけ言って、護に倣って歩き出す楓花。

 しかし、そんな二人の素っ気ない態度が気に障ったのか、南雲もそれで大人しく引き下がるようなことは無かった。

 

「オイオイ、待てよ。話はまだ終わってないんだ。いくら何でも、その態度は随分とご挨拶じゃないか?」

 

 言いながら護の肩を掴み、引き留めようとする南雲。

 しかし振り返った護のその目を見た瞬間、挑発的に浮かべていた笑みは瞬時に凍り付いた。

 

 

 それはまるで、路傍の石ころでも眺めているかのような、冷淡な瞳。

 いや、ようなというのは正しくないだろう。目が合ったこの瞬間、まさに南雲は自分が路傍の石ころにでもなったかのような錯覚を受けていた。

 自分が相手にとって取るに足らない存在なのだと否応なしに自覚させられる、そんな冷たい威圧感。

 

 

 肩に手を置いた状態で、不自然に硬直した南雲。

 原因である護自身、彼が何故そのように固まったのかは理解していないが、同時にそれを考えようとも思わなかった。それほどに、南雲の存在は今の護の関心から外れていた。

 

 肩に置かれた手を振り払い、再び歩き出す護。

 

 堅い表情でスタスタと早足で歩く護を見て、尋常でない様子を感じ取ったのか、楓花も普段のふざけた様子は潜めて真剣な表情で問いかける。

 

「……何があった?」

 

「今さっき、俺が学内に配置した感知結界に反応があった。それも一つじゃなく複数」

 

「複数だと?」

 

 この学内に於いて、呪霊が発生することそれ自体は日常的にあり得る可能性だ。

 しかし、それが複数となると話は別。距離の離れた遠隔地で、ほぼ同時に発生したとなると、まず自然発生した呪霊ではありえない。

 

 未だ呪術の知識に疎い楓花でも、これが異常な事態であることは分かるのだろう。

 

 らしくもなく驚いた様子で目を見開く楓花に対し、しかし護は欠片も感情の揺らぎを見せることなく、考えられる一つの可能性を端的に口に出した。

 

「侵入者だ」

 

 

 





 またも大変遅くなってしまいました。申し訳ありません。

 どうも最近は、中々良い文章が閃かないと言いますか、頭の回転が鈍くなってるように感じる今日この頃。

 今回の南雲登場に関しても、できればもう少し嫌な奴感を出したかったのですが、それも今いちな感じに。

 ちょっと、後々修正するかもです。

 そして五条先生と夜蛾学長の会話、原作見直して思ったけど、意外とこの二人の会話シーンって少ないんですよね。五条先生も一応学長には敬語を使ってるけど、実際どの程度まで使ってるのか塩梅がわかんない。



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