よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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35話 狙われる者

 

 護が学内各所に配置した感知用結界は、あくまで一定以上の呪力を感知した際に術者本人にアラートを鳴らす以上の機能は無い。

 呪霊か呪術師かの識別もできず、呪力の多寡も測れない。加えて結界内における詳しい位置情報も把握できないため、それらに関しては護自身の手で確認する必要がある。

 

 楓花を連れ立って人気の無い路地裏へと入りこんだ護は、印を組みながら目を瞑った。

 さながら見えない神経を外へと伸ばすように呪力の発生源を探っていくと同時に、一方でこの侵入者の目的は何なのかと並列して思考する。

 

(呪力を感知した結界はここを含めて3つ、距離もバラバラか)

 

 もし術師がこの学園に何も考えずに侵入しようとした場合、外園部に配置した結界で既に引っかかっている筈だ。しかし今回感知した結界は、どれもがそれよりも内側に配置したもの。

 そこから導き出される可能性は二つ。

 

(陽動か、威力偵察……)

 

 内部まで入り込める隠密性を有しているのなら、わざわざそこで呪力を開放する必要はない。目的を達成するその時まで、隠して移動するのは当然のこと。

 不測の事態が発生した可能性、既に目的を達成した可能性も無くはないが、やはり同時に複数箇所で発生したという点は不自然に思えた。

 

 つまり呪力を開放して気を引く、その行為自体に意味があるということ。

 

 だが、だとすればここでまた一つの疑問が発生する。

 

(こいつは……どうやって俺のことを知った?)

 

 この侵入者の動きは、明らかに護の存在を意識してのものだ。少なくとも学内に感知に長けた術師が居ることを前提として動いている。

 

 学内の各所に打ち込んだ楔。仮にこれらが見つかったとして、勘の良い術師であればそれがどういう効果かという程度なら、推察することはできるかもしれない。

 しかし、それは感知に引っかからず学内に入れたらという前提があってのことだ。つまりこの相手は、侵入の前段階からこの学校に呪術的な警戒網が敷かれていることを知っていたということになる。

 

(いや、今考えるべきはそこじゃないか)

 

 敵がこちらについてどれだけの情報を得ているのか、どうやって得たのかなど考えたところで答えは出ない。今考えるべきは敵が何を目的としているのか、それを踏まえてこちらがどう動くかである。

 なんにせよ、やるべきことは変わらない。相手の目的がどうあれ、放置するなんて選択はあり得ないのだから。

 

「……見つけた」

 

 と、そこまで考えたところで護は一番近くにある呪力を捕捉した。

 

「開門“蔵”」

 

 印を組んだ状態のまま文言を呟くと、現れる白い壁。但し、いつもの『部屋』へと続く入り口よりも小さいそれに、護は手を突っ込むと一着の黒いフード付きのブルゾンを取り出した。

 そして制服のブレザーを脱ぎ、取り出したブルゾンの代わりに収納する。

 

 ここから先は普段ほど監視カメラに気を配って動けないかもしれない。後から理事長に火消しを頼むにせよ、せめて服装だけは変えておこうと思っての判断である。

 

 着替える護の近くで、様子を見守っていた楓花が口を開いた。

 

「行くのか?」

 

「ああ」

 

 フードを目深に被りながら、端的に返事を返す護。

 そんな護に対し楓花は「そうか」と呟くと、どこか思案気に言葉を続ける。

 

「……一応聞くが、私にしてほしいことはあるか?」

 

 いつも自信に満ちた振る舞いの楓花にしては珍しく、消極的な問いかけ。

 自らが未熟であるという自覚があるからだろう。半端な実力で首を突っ込めばどうなるかということを、ちゃんと理解している。

 同時に、素直に自らが無力であることを認めるのも己の矜持が許さないのか、護を見つめる視線には僅かな気迫が滲んで見えた。

 

「ある」

 

 またも端的に返された返答。

 楓花にとっても予想外の返答だったらしく、驚きの為か僅かに目を見開いた。

 

 足手まといだから帰れ、とでも言われると思っていたのだろう。

 実際、護も楓花を戦力として当てにするつもりは無かった。しかし今は何より手が足りない。戦力としてでなくとも任せられることはある。

 

「ただし、これは訓練じゃない。誰も楓花さんの命の保証なんかしてはくれない訳だが、それでも関わるか?」

 

「無粋な問いだな。元から、私は自分の命を誰かに委ねるつもりなど無いさ。

 それで――何をすればいい?」

 

 そう言って、普段と同じ不敵な笑みを浮かべて問いかけてくる楓花。

 護は表情一つ変えることなく一瞥すると、携帯端末を操作してその画面を楓花へと向けた。

 

「向かってほしいところがある」

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「動いたか」

 

 高度育成高等学校内、一際高い高層ビルの屋上にて袈裟姿の男――夏油傑(げとうすぐる)は、レジャーチェアにゆったりともたれ掛かりながらポツリと呟いた。

 

「……3級とはいえ早速1体祓われるとは、随分と手際が良い」

 

 感心したように薄らと笑みを浮かべる夏油の傍ら、茶髪の女性が水筒から注いだお茶を手渡しつつ、疑問気な様子で口を開いた。

 

「わざわざ低級の呪霊をばらまかずとも、力量を測るなら直接高位の呪霊に襲わせればよかったのでは?」

 

「それじゃあ面白味がないだろ? 強さを見るだけならそれでいいかもしれないけど、私としては彼がどういう人間なのかも見ておきたいからね」

 

 渡されたお茶を飲みながら、和んだ様子でホッと息を吐く夏油。

 とても、今まさに襲撃を掛けている立場とは思えない。まるで映画の鑑賞でもしているかのような呑気な態度で言葉を続ける。

 

「それに、高位の呪霊を使ってしまえば私が動いていると高専側に気取られる可能性もある。

 例の計画も準備段階の今、できれば動きにくくなるのは避けたい」

 

 夏油傑の術式、呪霊操術。

 通常術師が呪霊と主従関係を結ぼうとした場合、猛獣を飼い慣らすかのような時間と根気のいる作業が必要になるが、この術式は降伏した呪霊を取り込むことで一方的に主従関係を結ぶことが出来る。

 

 この術式の利点の一つとして、操る呪霊が術師本人とは独立した呪力を持っている点が挙げられる。

 呪霊を呼び出す際などは自らの呪力も必要とするため、残穢が残ってしまうこともあり得るが、それさえ気を付けておけば、呪霊から術師を特定することはまず不可能。

 

 但し、2級以上の呪霊を使おうものなら話は別だ。

 個人でそれ程高位の呪霊を行使できる術師などそうはいない。それも複数従えているところを見せようものなら、知識がある者ならまず間違いなく呪霊操術の使い手と関連付ける。

 

「今回使うのは全て同じ土地で取り込んだ呪霊達だ。3級から2級程度の呪霊が6体と1級が1体。正直これでも怪しまれる危険はあるが、呪力の質も似ているから式神と思う可能性の方が高い」

 

 夏油傑にとって、今回の襲撃はゲームのようなものだった。

 こちらは限られた戦力しか使わない状態で、目的を達成したのならこちらの勝ち。阻止できたのならば向こうの勝ちと。

 直接本人に襲撃を掛けるよりも、一つのルールを定めて挑んだ方が、判断力や対応力など測れる能力は多い。

 

「丁度この土地での依頼も舞い込んでいたしね。猿共の政治闘争なんぞに興味はないが、今はこれが良いカモフラージュになる」

 

「ああ、割に合わない依頼を受けたのはこれが理由でしたか。

 呪いも見えない癖に他者を呪ってくれなどと、非術師はいつも傲慢な依頼を持ってきますね」

 

「所詮は猿の思考レベルってことさ。この件が終わったらもうあの依頼人は切っていい。

 おかげで正規ルートでここに入り込めたが、これで図に乗られても鬱陶しいからね」

 

「了解しました」

 

 返事をした女性に、飲み終わったコップを手渡すと夏油はゆっくりと立ち上がる。

 

「さて、と。それじゃあ次の段階に進もうか。ターゲットの名前はなんて言ったっけ?

 えっと……ねこじゃらし?」

 

()()()()()ですよ」

 

 言いながら、タブレットを取り出してその画面を夏油へと向ける女性。

 そこには顔写真と共に、その人物の簡単なプロフィールが載っていた。

 

「ああ、そんな名前だったっけ」

 

 関心の薄い様子で一瞥しつつ適当に頷く夏油。

 そんないい加減な態度には、流石に忠義の厚い部下であっても呆れてしまうらしい。 

 

 女性からの視線に対し「ごめんごめん」と笑いかけながら、しかし突然、夏油は驚いたかのようにその細い目を見開いた。

 

「――ッ!」

 

 突然の表情の変化に、訝し気な視線を向ける女性。

 

「夏油様?」

 

「……へぇ、もう2体目が祓われた」

 

 その言葉に、女性も夏油と同様に驚いた表情を見せる。

 先程、1体目の呪霊が祓われたと聞いてから5分かそこらしか経っていない。移動や捜索にかかる時間も含めて考えるならば、あまりにも早すぎる時間。

 

「もう、ですか?」

 

 半ば信じがたいという様子の女性に対し、一方で夏油は面白いと言わんばかりに相貌を崩す。

 

「どうやら、彼の能力は思った以上に厄介そうだね。こちらも少し急いだ方がよさそうだ。

 君はこのまま待機しててくれ」

 

「かしこまりました」

 

 そう言って、歩き出そうとする夏油。

 しかし踏み出そうとした足を止め、最後に一度だけターゲットの姿を確認しておくかとタブレットへと目を落とす。

 

 

 そこには、帽子を被った銀髪の少女の姿が映し出されていた。

 

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

 高度育成高等学校内に設置された監視カメラは、基本的に学生の生活態度を監視するために設置されている。

 そのため町中に設置されているカメラは基本的に下方向を向いており、ビルの上を映し出すような角度で設置されているカメラは少ない。

 

 楓花と別れた護は、主に建物の屋上を駆けながら捕捉した呪力の場所へと向かっていた。

 

 町の上空を通れば映る監視カメラは少ないとの判断。それでも全てのカメラを避けられるわけではないが、それら少数のカメラの存在に関して、護はもはや度外視していた。

 

 幾ら学校の監視体制が厳重と言っても、全てのカメラの映像を四六時中監視している訳ではない。即座に大きな騒ぎになる可能性は低く、後から理事長に報告すれば対処は可能である。

 

 護が警戒しているのは衆人の視線。人通りの多い通りを移動する際は結界による転移を利用。そのように移動するうちに、僅か2分と経たず護は目的地へと辿り着いた。

 ビルの陰に隠れながら、目的の呪霊がどこにいるかつぶさに観察する。

 

 と、そこで――ガシャン――とガラスの割れる音が鳴り響いた。

 

「ちょっ、なに!?」「あっぶねぇな!」

 

 続いて、通行人たちの騒ぎの声が響く。

 護がそちらを見てみると、ガラスの割れたショーウィンドウと、そのすぐ傍でケタケタと嫌な笑いを浮かべている、狒々のような姿の呪霊がそこに居た。

 

(この距離ならいけるな)

 

 対象との距離を測ると、即座に呪霊を結界で覆う護。

 一瞬慌てたような様子を見せた呪霊であるが、対象が何か行動するより早く、護は結界を収縮させ押し潰した。

 

(……怪我人は無いな)

 

 人的被害が無いことも確認すると、踵を返し護は他の呪霊を感知した結界の場所へと転移した。

 

 護の空間転移は直線距離にして約300m程の距離であれば、『部屋』を経由せずとも自身の呪力を感知して転移が可能である。仮に『部屋』を経由したとして、ロスする時間はほんの十数秒といったところ。

 

(他も今のと同じレベルなら問題は無いが……)

 

 転移を併用すれば移動に然程時間はかからない。呪霊の所在を探知するのも1分とかからず捕捉できる。肝心の呪霊の強さに関しても、先程と同じ程度ならば遠距離からの結界で瞬殺は可能。

 

 この調子ならば制圧にそう時間は掛からないが、護としてはこれだけで終わるなどと楽観視するつもりは毛頭なかった。

 

 程なくして、2体目を捕捉した護は現地へと向かう。

 するとまたも、向かった場所には先程と同じく狒々のような姿をした呪霊が、今度は電線にぶら下がって遊んでいた。

 

(さっきのと同じ姿……式神か?)

 

 複数の呪霊を個人で従えられる術師は少ない。そう考えるならば、式神を操る術師が裏に居ると考えた方が自然だろう。

 ともあれ、考察しつつも先程と同じように手早く結界で片付ける。そして即座、3体目を感知した場所へと向かいだした。

 

 向かう道すがら、今しがた祓った2体の呪霊について考える。

 

(……泳がせるべきだったか?)

 

 式神使いを相手にするならば、術師本人を叩くのがベスト。ならばあえて祓わず泳がせるのもありかと、一瞬そんな思考が頭をよぎるが、すぐに内心で頭を振って消し去った。

 ガラスを割った1体目に関しては、怪我人が出ていてもおかしくは無い状況であったし、先程の件にしても電線が引きちぎられて惨事になっていた可能性は十分ある。

 

 加えて術師の下に戻る確証も無い以上、泳がせたところで無意味に終わる可能性の方が高い。

 

「完全に後手だな」

 

 思わず、そんな呟きが漏れ出てしまう。

 結局のところ、護には現れた呪霊に逐次対処する以外の手が無い。

 

 自分にできるのは、せめてできるだけ早く掃討を済ませること。

 そう思い、現状出せる最大速度で3体目の呪霊へと向かう護。

 

 そうして向かった先に有ったのは、建設途中のビルであった。

 周囲に足場となる鉄骨が張り巡らされたそのビルは、外から見た分にはほぼ完成間近の状態で、それ故か外装工事をしている人間は見えない。

 

 3体目の呪霊はそんなビルの、外装の足場の上に居た。

 

 人が居ないのであれば好都合と、手早く済ませるべくビルへと近づく。しかしそこで、足場の上に居る呪霊と目が合った。

 狒々のようなしわくちゃの顔が、嫌らしくニヤリと歪む。

 

(ッ、距離が遠い)

 

 直感的に嫌な予感を感じた護は結界を張ろうと印を組むが、いかんせん射程の範囲外。

 内心で舌打ちしつつ距離を詰めるべく駆け出すが、その呪霊は射程内に入る前に、ビルの壁をすり抜けて中へと逃げ込んでしまった。

 

「……壁抜けができる相手に鬼ごっこかよ」

 

 壁抜けは呪力の低い低級の特権のような能力。

 呪力を感知すれば大凡の場所くらいは分かるが、入り組んだ建物の中で逃げに徹されれば、これ程厄介なことは無い。

 

 そして悪いことは重なる。

 

(――ッ、このタイミングで追加か)

 

 またも感知結界が知らせてくるアラート、その数4つ。

 

「これは……少しまずいか」

 

 この時点で、護はこれらの呪霊が陽動であると半ば確信していた。

 幾ら倒したところで、すぐに新たな呪霊を投入されてしまえば意味が無い。

 

(いや、限界はある筈なんだ。普通の式神なら、術師の認識できる範囲内にしか顕現できない)

 

 これらの呪霊は、かなり距離の離れた場所に同時に顕現している。それはつまり、護が転移地点を設定してるのと同じように、この術師も呪霊を顕現させるポイントをマーキングしているということ。

 つまり、予め配置したポイントの数以上に呪霊は現れない。

 

(問題は、その限界数が分からないことか)

 

 仮に残りの呪霊の数が少なくなってきた場合、追い詰められた相手はどうするか。場合によっては注意を引くためにがむしゃらに呪霊を暴れさせかねない。

 逆に言うなら、まだ相手側に余裕があるからこそ、先程のような大したことのない被害で済んでいるともいえる。

 

(ただ、倒し続けるだけじゃダメだな)

 

 何か手を打たなくては死人が出る事態にもなりかねないと、護は静かに歯噛みした。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 

「結局あんた、昨日は五条にお弁当渡せたの?」

 

「ええ、おかげさまで、美味しそうに召し上がって頂けましたよ」

 

 神室からの問いかけに対し、ニコリと微笑んで答える有栖。

 現在二人は、放課後のケヤキモールを並んで歩いていた。

 

「……喜んでもらったって割に、今日は一緒に帰らなかったのね。何かあった訳?」

 

 普段、他人に対し無関心な様子の神室にしては珍しく突っ込んだ問いかけ。

 有栖の弁当制作に多大な労力を割いたからだろうか。やはり神室としても気になるところであるらしい。

 

「ご心配頂かなくても、特に仲違いをしたわけではありませんよ。

 ただ、食後の余興としてゲームをしたのですが、それで負けてしまっただけのことです」

 

「へぇ、あんたでも誰かに負けることなんてあるのね。けどそれが私と帰ることとどう繋がるのよ?」

 

「……特に深い理由は有りませんよ。私としても得意な分野でああも大敗を喫するなど初めての経験でしたから、少々顔を合わせづらかっただけです」

 

 実際には、今日は用事があるからと一人で帰ろうとした護に対し、賭けのルールに準じて詮索するなという言いつけを守っただけだ。

 しかしそれを詳しく説明するには、自分の妄想と言われても仕方ない推理をまた披露する必要があり、少々手間であると、有栖は誤魔化した。

 

「……あんたがそこまで素直に負けを認めるのも珍しいわね。どういうゲームをしたのよ?」

 

「チェスですよ。興味があるのでしたら、真澄さんにもお教えしましょうか?」

 

「興味ない」

 

「それは残念ですね」

 

「っていうか、チェスって頭がいい奴のやるイメージがあるんだけど、あんたがそこまで言う程五条って強いの?」

 

「そうですね。正直言って――自分と同じ人間と戦ってる気がしませんでした」

 

 そう語る有栖の表情は、笑みこそ浮かんでいるものの声のトーンは真剣そのもの。

 先日の対局の後、有栖は帰ってから護との一局を一人で並べ続けていた。その度に思い出すのは対局中の護の瞳。

 

「勿論、だからと言って負けたままでいるつもりもありませんが」

 

 瞳を覗いたあの瞬間の感覚を、有栖は忘れていない。しかし同時に、時間が経つにつれて後悔の念も湧いていた。自分はなぜあの時打ち続けなかったのかと。

 

「あっそ」

 

 可愛らしくもどこか迫力を感じる好戦的な笑みの有栖を見て、神室は関わりたくないとばかりに素っ気なく返事を返した。

 

「それで、今日は何を買いに来たのよ?」

 

 触らぬ神に祟りなし。さっさと用件を済ませようと、露骨に話題を切り替える神室。

 

「そうですね。やはり私としても作れるメニューのレパートリーは増やしたいと思っていたので、足りない調理道具でも買い揃えようかと」

 

「あんた、まだ料理作る気なの?」

 

 うんざりしたように問いかける神室。料理の練習に付き合って土日を潰した経緯を考えれば、その反応も当然だろう。

 

「たった一回だけお弁当を作って終わりでは、不自然でしょう?

 ご心配頂かなくても、もう要領は掴みましたから調理の際は一人でも大丈……夫……」

 

「そんなこと言う初心者が一番危ないのよ、って……どうしたの?」

 

 話の途中、何故か足を止めた有栖。神室は振り返りながら問いかけると、有栖は不安げな様子で正面を見つめていた。

 

「……いえ、すみません。上手く形容できないのですが、この道を通るのは少し嫌な予感が」

 

「は?」

 

 何を言っているのかと、訝し気な視線を向ける神室。

 しかし有栖も、自分がなぜこのように感じるのか、正しい言葉が思いつかなかった。

 

 今見ている景色の中にある違和感。見慣れた風景の筈なのに、何か異物が混じっているかのような感覚。

 すると、ふと視界の隅で景色が歪んで見える場所があることに気が付いた。

 

 ある建物の看板に書かれた文字。その一部分だけが、どこか度の違うレンズでも差し込んだかのように歪んで見える。

 

「……真澄さん……あの看板の文字、少し変ではありませんか?」

 

「看板ってあれ? ……別におかしいとこなんて無いけど」

 

 目を細めて、有栖の指さす方向を注意深く眺める神室であるが、すぐに有栖へと視線を戻し疑問気に首を傾げる。

 

(見えてない?)

 

 すると、その歪んで見える部分が、まるで這って動いたかのように僅かに移動した。

 

(ッ! 何か、居る?)

 

 瞬間、有栖の背筋に寒気が走る。

 幻覚なのかもしれない。自分の目がおかしくなったのかもしれない。仮に本当に何かが居たとして、悪い物とは限らないかもしれない。

 

 そんなあらゆる理屈を抜きにして、ここに居るのはマズイと有栖は直感的に判断した。

 

「真澄さん、すみませんがやはり今日は帰りましょう。どうも。少し調子が良くないようです」

 

「は? ここまで来て何言って……って、あんた本当に大丈夫?」

 

 神室も、有栖の様子がおかしいことに気付いたらしい。

 いつも浮かべている笑みを引っ込めて、余裕が無く青ざめて見える顔色。

 元々病弱の身であることもあってか、神室もすぐさま心配そうに声を掛ける。

 

「ええ、大丈夫です。自室に帰れば良くなると思いますから」

 

 有栖としては、今はとにかくこの場から一刻も早く離れたかった。

 

 そうして、有栖は神室と共に来た道を引き返し始めた。

 

 

 

 

 そんな二人を、ビルの陰から眺める男が一人。

 

「へぇ、猿にしては勘が良いじゃないか。

 衆人の前で変死事件なんて目立つことは避けたいんだが、こちらも少し時間が差し迫ってるんでね。少し手荒に行こうか」

 

 

 





 あかん、書いてて思ったけどこの勝負夏油さん側に有利すぎる。
 かといってあんまり縛りを多くし過ぎると今度は夏油さんが動きにくいしで、ゲームバランスとるのが難しい。

 前話、前々話と結構な好評を頂いただけに、今回ほとんど解説ばっかりの内容で駄文感が酷い。

 一応夏油さんが自分の正体ばれたくないからってことで、フリーの呪詛師を雇うってパターンも考えたんですけど、使い捨てとはいえオリキャラを作るのってどうも気乗りせず断念しました。


 ちなみに、どうでもいい設定補足。
 今回夏油さんが、学内各地で呪霊をどうやって放ったのかについて。
 呪力が漏れない軽い封印用の呪具に呪霊を詰め込んで、予めバラ撒いておきました。あとは合図一つで封印を食い破って外に出る仕組み。

 呪霊操術の顕現範囲が分からなかったというのと、仮に遠隔地に顕現できたとして夏油さんの残穢が残ってしまうだろうなという点から、このような設定に。

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