よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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42話 事の顛末

 

 

 呪術高専にて、五条護の兄への突っ込みが木霊していた頃。

 高度育成高等学校、1年Aクラスの教室では朝のホームルームが終わり、次の授業までの短い休み時間に入っていた。

 普段であれば、各々たわいもない世間話に花を咲かせる景色が見られるこの時間、しかし今日この日に関してはその騒めきも少し毛色が異なった。

 

「五条も姫さんも、昨日は登校したと思いきや今日は揃って休みか。一体何をやってんのかね?」

 

「私が知る訳ないでしょ。何だって誰も彼も私に聞いてくるのよ」

 

 橋本からの問いかけに素っ気ない返事を返しながら、神室はうんざりしたように机に頬杖をついて嘆息した。

 

 Aクラスの生徒達が一様に話してる話題。それは朝から欠席している五条護と坂柳有栖について。

 

 一昨日の時点でも共に欠席していたこの二人――有栖の場合は途中早退だが。

 これが仮に昨日の話であったならば、偶然体調不良が重なったという見方もできようものだが、実際には平然と登校していた以上、それも考えにくい話。

 誰もが二人が示し合わせて休んだと考えるのが自然な流れであった。であれば、何があったのか。

 

 幸いにして、この二人の欠席がクラス評価に影響することが無いことは保障されている。

 ホームルームにて、その可能性を危惧した葛城からの問いかけにより、真嶋が否定をしたからだ。

 曰く――

 

『まず前提として、学校側も事前に体調不良と申告されれば一日二日の欠席で評価を下げることは無い。

 但し、これが仮病であると判断された場合はその限りでもないため、申告さえすれば休んで問題ないという話でもないが。

 本来であれば、個人の欠席が評定にどれほど影響するかは明かすことは出来ないのだが、今回に関しては五条から公欠扱いにして欲しいとポイントも支払われている。二人の欠席が評定に響くことは無いと断言しよう』

 

 ――とのこと。

 この説明によりクラスの一同は安堵し、護と有栖の二人にも悪感情が向くことは無かったが、代わりに一層の疑問が湧いて出た。わざわざポイントを支払ってまで、二人は何をしているのかと。

 

 何せ、十代半ばとなれば想像力豊かで多感な年頃だ。

 男女が揃って学校を休んだ。しかもそれが入学以来、度々仲が良いと噂に上がる二人だ。色恋沙汰に結び付けた考え方をする者は多かった。

 そしてその疑問の矛先が、普段この両名と関わりの深い神室に向くことも自然な流れであった。

 

「ま、しかたねぇさ。このクラスの中であの二人と特に接点があるのはお前だからな。皆気になってるんだろ」

 

 不機嫌そうな神室に対し、気休めにもならない励ましの言葉を送る橋本。

 しかしながら、彼も神室が苛ついている本当の理由については分かっていないだろう。

 

(本当に、大丈夫なんでしょうね……)

 

 神室の脳裏に浮かんでいるのは、先日の尋常ならざる様子の有栖の姿。

 あれ以降、神室には何の音沙汰もなかった。寮の部屋にも帰っていないらしく、病院に運ばれたのかとも思ったが、ならば休むためにポイントを支払ったという話はおかしい。

 

 いっそ教師に報告するべきかとも思ったが、仮に何かしら事件性があることならば、学校側が把握していない筈もない。

 下手な進言で、却って大事にしてしまう可能性を考えれば、現状では静観するのが無難である。

 そうは分かっていても、神室の中で蓄積されていく不安や疑問だけはどうしようも無かった。

 

(もし、今日何の連絡も無かったら……)

 

 二日連続で音信不通の状態が続くのであれば、その時は流石に学校側に何も言わない訳にはいかないだろう。

 と、神室がそう考えていたところで、教室の扉が開かれた。

 

「失礼するぞ」

 

 そう言って入ってきたのは、金色の髪を携えた端正な顔立ちの男子生徒。

 その姿を見た瞬間、葛城が驚いたように目を見開きながらその生徒の名を呼んだ。

 

「南雲副会長」

 

 2年の生徒会副会長、南雲雅。学内では生徒会長に次ぐ知名度を持つ生徒の出現に、教室内に僅かな騒めきが生まれた。

 そんな中、葛城が出迎えるべく入口へと近づく。

 

「おはようございます。何か御用でしょうか?」

 

 どことなく、期待が籠ったように聞こえる問いかけ。

 1年Aクラスの中では、彼が生徒会に立候補したという噂が流れている。おそらくその件で何か話があるとでも思ったのかもしれない。

 

「ん? ああ、葛城か。期待させたようですまないが、お前に用があってきた訳じゃないんだ。五条は居るか?」

 

「五条、ですか? いえ、今日は休みですが……」

 

 期待した話ではなかったことに、声に僅かな落胆の色が滲んで見えたがそれも一瞬の事。

 思わぬ人物の名を呼ばれたことに、すぐにその声音は困惑したものへと変わった。

 

「休み? 理由は?」

 

「体調不良と聞いていますが……五条に何か御用でしょうか?」

 

 そう問われた瞬間、薄らと笑みを浮かべる南雲。大勢の者にとっては爽やかな笑顔に見えるのだろうが、しかし普段有栖と接している神室には、どことなく胡散臭いものに見えた。

 

「なに、大したことじゃない。実は昨日、五条を生徒会に誘ったんだが、にべもなく断られてな。

 一晩経てば考えも変わるんじゃないかと思って、改めて誘いに来たんだが」

 

「あいつを、生徒会にですか?」

 

 予想だにしない返答に、葛城だけでなく近くで聞き耳を立てていた生徒も一様に驚いた様子を見せる。

 

「断られたがな。まぁ、お前にとっては複雑な話か。気を悪くさせたならすまないな」

 

「いえ……」

 

 気落ちした様子を見せる葛城。その態度と南雲の言葉で、察しの良い者達は葛城が生徒会に落選したのだろうと悟った。

 葛城のみならず、葛城の派閥に属している生徒達もどこか消沈した表情。

 しかしそんな空気の中で、南雲は構わず言葉を続けた。

 

「しかし、まさか五条()休みだとは思わなかったな」

 

「五条()? 坂柳が休んだこと御存じだったのですか?」

 

「坂柳? いや、俺が言っているのは2年の女子だ。昨日五条とデートしていた女子生徒が今日は休んでいてな」

 

「デートですか?」

 

 その言葉に、先程とは別種の騒めきが、主に女子を中心として生じた。

 南雲は笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「ああ、仲睦まじく腕を組んだりしてな。その女子が今日は休んでいたから、そのことでも何か知らないかと聞きに来たんだが、まさか五条どころか、他にも休んでいる生徒がいるとはな。

 なぁ、葛城。これは偶然だと思うか?」

 

「少なくとも、五条と坂柳に関して、学校側は体調不良で受理しています。

 自分としては、それ以上の事はなんとも……」

 

 葛城としても疑問に思う部分はあるのだろうが、下手な事を言ってクラスメイトに悪評が立つのも避けたいのだろう。

 問いかけに対し、困ったように言葉を濁した。

 

「フ……まぁ、男女の関係に他人が口を出すのも下世話な話か。

 だが、こちらも生徒会としての立場があるんでな。公序良俗に反している場合は取り締まらなくちゃならないこともある。

 やましいことをしていると決めつける訳じゃないが、怪しまれるような行動は慎んでくれと伝えておいてくれ」

 

「……はい、ご忠告ありがとうございます」

 

「それじゃあな。邪魔をした」

 

 それだけ言うと、南雲はさっさと去っていった。

 いきなり現れて多大な情報をもたらしたかと思うと、そのままあっさりと去っていく様はまるで嵐の様。

 1Aの生徒は、しばらく唖然と沈黙していたかと思うと、程なくして今しがたの話について盛んに会話を始めた。

 

「こりゃ、まずいかもな。もうほとんど色恋沙汰で休んだって空気になっちまってる。五条もだけど場合によっちゃ姫さんの評価も下がりかねないぞ?」

 

「……あほらし」

 

 小声で話しかけてくる橋本の言葉に素っ気なく返す神室だが、しかし内心ではその言葉に同意していた。

 基本的にこの1年Aクラスは真面目な生徒達が多い傾向にある。そんな生徒達にとって、この派閥争いの大事な時期に、色恋沙汰で休んだとあっては良い印象を抱かれないだろう。

 

(……さっさと、連絡よこしなさいよ)

 

 神室は静かに今の一部始終を記したメールを有栖に送ると、そっと内心で独り言ちた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「あのさぁ……上層部の事があるし、俺も今更年上に対する敬意云々を言う気もないけどさ……せめて客人にくらい、もう少しまともな態度取ろうよ」

 

「えー、だって他に良い抱え方も無くない? やだよ僕、いい歳したオジサンをお姫様抱っことか。絵面的にもキッツイし」

 

「そういうとこだよ」

 

 オジサンだのキッツイだの、本人を前にして言うことではない。

 そもそも護の仕事に関してもコネクションが目当てで受けているというのに、その代表者たる人物に対してこの態度。本当に良好な関係を築く気があるのかと疑問を抱いてしまう。

 

 呆れながら半目を向ける護。するとその横で、パンダが口を開いた。

 

「まー、相手方も好き好んで目隠しした怪しいおっさんに抱えられたくはないわな。そこは同意するわ」

 

「パンダさぁ、おっさんとか言うの止めてくんない? ほら見てよこのお肌。まだピッチピチよピッチピチ。

 これのどこがおっさんに見えるのさ……え、見えないよね?」

 

「珍しく自信なさ気だな」

 

「二十代後半って微妙な年頃だからな。本人も若くないって自覚があんだろ? 白髪頭だし」

 

「しゃけ」

 

「この髪は生まれつきだよ! てか、髪の色に関しちゃ棘だって人のこと言えないでしょ」

 

 普段ちゃらんぽらんな兄としても、やはり年齢に関しては割と気にする部分らしい。

 辛辣な真希の言葉に、珍しく本気で嫌がっているのか、鋭い突っ込みを入れる。

 

 そんな風に騒いでいる連中の事は一旦放っておくことにして、護は理事長へと向き直って軽く頭を下げた。

 

「申し訳ありません、理事長。兄が失礼を」

 

 それに対し、理事長は困ったように苦笑しながら言葉を返した。

 

「はは……いや構わないよ。速く駆けつけたいと言ったのは僕の方だからね。

 しかし、君も苦労しているようだね」

 

「いえ、慣れてますので……」

 

 慣れと言うよりは諦めの境地に近いが。流石に10年近くあのノリに付き合ってもいれば、今更あの性格が矯正されるなどと期待も湧かない。

 そう思いながら答える護の瞳は、心なしかどんよりと濁って見えた。

 

 と、そこで理事長の視線がチラリと横に逸れる。その視線が有栖の方ではなく、窓際で兄たちの方へと向くのを見て、護は何となくその原因を察した。

 

「ああ、アレ(パンダ)のことは着ぐるみとでも思って気にしないで下さい」

 

「そ、そうかい?」

 

 一応は呪術の存在を認知している理事長にしても、流石に喋るパンダの存在には驚きを隠せないらしい。

 とはいえ、一々細かい説明を繰り返すのも面倒であるし、今後理事長とパンダで関わる機会があるとも思えないので、護はパンダに関する説明をぶった切った。

 

「それより、娘さんとお話ししたいこともあるでしょう。私達は席を外しましょうか?」

 

 こうも騒々しい連中が傍にいては、落ち着いて話もできないだろう。そう思い気を遣う護に、理事長も困惑していた表情から一転。柔らかい笑みを浮かべた。

 

「気を遣わせてしまってすまないね。お言葉に甘えさせてもらってもいいかな。そう時間は取らせないよ」

 

「いえ、どうぞごゆっくり。

 ほら兄さん達も、全員撤収……てか君ら、授業行けよ」

 

 この場に居る有栖以外に退出を促す護だが、そもそもこいつら始業の時間はもうとっくに過ぎている筈だろうと気付く。

 

「何言ってんの。実の弟がGirlFriendを連れて来たんだよ。折角皆も揃ってるんだし、そりゃやんなきゃでしょ、歓迎会。

 いい機会だし、盛っ大に弄りたお――もてなさないとね~」

 

 確実に弄り倒すと言いかけてた辺り、その本音が透けて見えるというものだ。この不良教師、自分が楽しみたいがために授業を潰す気満々である。そして無駄に良い発音が余計に神経を逆撫でする。

 

「本音が漏れてんだよ。ていうか、マジでそういうのじゃねぇから」

 

「またまた~、こんなことまでしといて何言ってんの」

 

「は?」

 

 言いながら、兄はおもむろにポケットからケータイを取り出すと、その画面を護へと見せつけた。

 何のことかと、薄ら嫌な予感を感じつつ画面を覗き込む。するとそこに映っていたのは、先程病室にて行われた一幕。有栖が護の頭を抱え込んでいる写真だった。

 

 それを見た瞬間、ピシリと石のように固まる護。

 先程消した筈の写真を、何故兄が持っているのかという疑問が湧きあがり、しかしすぐに答えに辿り着く。

 

「てんめ、こらパンダぁ!!!」

 

 別に難しい話ではない。単純にあのパンダは、護がケータイを奪取する前に奪われることを見越して写真を送信していたのだろう。

 瞬時にそれを理解し怒声を張り上げる護だったが、その時には既に窓の外でパンダが背を向けてダッシュしていた。

 それを見た瞬間、すかさず手近にあった空の花瓶を引っ掴む護。

 

「フンッ!」

 

 そして、渾身の力でぶん投げられた花瓶は、的確にパンダの後頭部を捉え、ガシャンと軽快な音を立てて砕け散った。 

 

「パンダくん!?」

 

 容赦のない一撃に倒れ伏すパンダを見て、心配気に叫びをあげる乙骨。

 それら一部始終を尻目に、兄はパンパンと手を叩きながら口を開いた。

 

「ほらほら、遊んでないでさっさと撤収撤収。親子の語らいを邪魔するなんて、野暮なことしちゃだめだよ~」

 

「え、スルー!?」

 

「ほっとけ」

 

 自分の生徒の頭に鈍器が投げつけられた姿を目にしながら、何事も無かったかのように話を進める教師に、それでいいのかと声を上げる乙骨と、その隣で面倒臭そうな表情を浮かべる真希。

 

 実際、呪骸であるパンダはあの程度の一撃でどうこうなることはない。護も特に気にすることなく、兄へと言葉を返す。

 

「誰が原因だよ。ていうか、その写真消してくんない?」

 

 他人事のようにいけしゃあしゃあとのたまっているが、騒ぎの原因は変な写真を見せたこの男である。

 半ば無駄と思いながら、写真の消去を乞う護だが、やはりと言うべきか兄はあっさりと首を横に振った。

 

「ダメダメ、そんな勿体ない。大事な弟の記念写真だからね。これはきっちり、アルバムに保管させてもらうよ~」

 

「本人の与り知らぬ所で、黒歴史アルバム作成すんのやめてくんないかなぁ!?」

 

「んじゃ、僕ら10分くらいで戻るから後はごゆっくりどーぞー」

 

「いや、聞けよ」

 

 そう言って、立ち去ろうとする兄とそれに続く高専の面々。

 護としても色々と言いたいことは有るが、ともあれ今はこの場に留まっていても仕方がない。退出しようと窓へと近づこうとし――そこで、服の裾を今まで黙っていた楓花に掴まれた。

 

「なに?」

 

 今度は楓花が何か変な事を言い出すのではないかと、警戒を滲ませながら振り返る護。

 

「いやなに、まさかお前は私に裸足で外を歩かせるつもりかと思ってな」

 

「いや、あんたさっきそれで外出てたじゃん」

 

 ついでに、靴を履いてる云々の話をするなら護も現在靴は履いていない。

 先程から窓から出入りしているので忘れそうになるが、一応ここは病室なのだ。当然、土足も厳禁である。

 

「私としても、先程は少々はしたなかったと反省しているのだよ」

 

「……結局どうしろと?」

 

 すると、楓花は無言で両手を護へと差し出しながら、分かるだろう? とでも言いたげに首を傾げた。

 その意味をなんとなく察してしまい、護は頭痛を堪えるように頭を押さえたが、しかしすぐに諦めたようにため息を吐いた。

 

「仕方ねぇな……」

 

 そう言いながら楓花へ歩み寄ると、先程有栖にしたのと同じように抱え上げる。すると、楓花はご満悦な表情を浮かべた。

 

(有栖さんもだけど、ホントこの娘ら距離感バグってんな……)

 

 まぁ、護の筋力を考えれば楓花の体も有栖の身体も、抱えた所で大した重さには感じないし、そこは当人達も理解しているのだろうが、それでも年頃の女子が気安く男子に密着するのは如何なものかと、護は疑問を抱いた。

 

 と、そんなことを考えていると、ふと横から妙な視線を感じ取る。

 その視線の方へと振り向くと、物言いたげな瞳でこちらをジッと見つめる有栖の姿があった。

 

「……なに?」

 

「いえ……私の時と違ってあっさり抱えるのだなと思いまして」

 

「むしろ一度抱えたから吹っ切れてんだよ」

 

 護としても、この体勢に抵抗が無い訳ではない。

 ただ、これ以上もたついてこの場に居ても理事長の迷惑になるし、そもそも今は近くに兄が居るのだ。

 下手に躊躇したら却って意識していると思われて、煽り交じりに「ほらほら、早く抱っこしてあげなよ~」とか言われるに決まってる。

 

 その結果どうせ抱えることになるのであれば、いっそ「お姫様抱っこ? それが何か?」くらいのノリでやってしまった方が、一番煽りも少なくすむというものだ。

 

「そうですか……」

 

 心なしか、どこか不満そうに見える有栖の表情。

 護は少々気になりはしたが、とにかくさっさと部屋から出てしまおうと、楓花を抱えたまま窓の枠をヒョイと飛び越えて外へ出た。

 外へ出ると案の定というべきか、兄が面白そうに口角を吊り上げてこちらを眺めていたが、護は努めてそれを意識して無視する。

 

 そして病室から離れるべく歩いていると、兄が横に並び口を開いた。

 

「いや~、護も隅に置けないねぇ。理事長の娘だけじゃなくて、その子とも随分仲良いみたいじゃない。

 学園生活をエンジョイしてるようで、何よりだよ」

 

「生憎と、エンジョイとか言われる程(たの)しか無いよ。

 あの学校での生活を考えたら、普通に高専入って任務に没頭してた方がマシだったわ」

 

 まぁ、護が入学していなければ今もあの学校は呪霊で溢れかえっていたのだろうし、こんなことを言っても仕方がないのだが、それでも湧きあがってくる不満の感情ばかりはどうしようもない。

 

 それに対し、腕の中の楓花が口を開く。

 

「そう卑下した言い方をしてくれるな。私としてはあの学校のおかげでお前に出会えたのだ。そのような言われ方をされては少し寂しいぞ」

 

「君良いこと言うね~。その子の言う通り、悪いことにばっか目を向けてないで、少しは良いことにも目を向けなよ。

 あ、そういや挨拶がまだだったね。初めまして、僕は五条悟。君の事は護から聞いてるよ。学校での仕事を手伝ってくれてるんだって?」

 

「フフ、こちらこそ初めまして。このような体勢で失礼。私は鬼龍院楓花と申します。

 私もあなたの事は弟君から聞いてますよ。何でも、最強の呪術師だとか」

 

 文面だけを見るならば、社交的で丁寧な挨拶。

 しかしそれを放った楓花の表情は、笑みを浮かべつつも相手を見定めようとするかのように、薄らと細められていた。

 

「いやいや、それ程でもあるよ」

 

 それに対し、欠片も謙遜することなくあっさりと頷いて見せる兄。

 そのあまりにも軽い調子は、一見するとふざけている様にも見えるが、鋭い者であれば気付く。その声に一切の誇張や戯れが含まれていないことに。

 まるで、太陽が東から昇り西に沈むというような、当たり前の常識について話しているかのような態度。

 

 例え正確な実力を測ることが出来なくとも、その確信とも言うべき自信は感じ取れたのだろう。楓花は感心したようにほぅと息を吐いた。

 

「時に、その眼帯には何か呪術的な意味が?」

 

「え、カッコいいでしょ?」

 

「……なるほど」

 

 しかし感心したのも束の間、今度は本当にセンスが良いと思っているのか、ふざけているのか分かり難い回答に、楓花も言葉を濁した。

 

「え、それオシャレだったの?」

 

「いや、普通にダサいだろそれ」

 

「ツナマヨ」

 

 どうやらこちらの話が聞こえていたらしい。歩きながら乙骨が疑問気な声を上げ、続いて真希と狗巻が辛辣な言葉を掛けた。

 

「……君ら、午後の実習グラウンド50周からね」

 

「え!?」

 

「図星指されたからって仕返しかよ。やり方が汚ねぇぞ!」

 

「おかか!」

 

「え~、何言ってんのぉ? 仕返しとかそんな訳ないじゃん。皆若いんだしぃ、50周くらい余裕でしょ~?」

 

「この野郎、さっき若くないって言われたことまで根に持ってやがんぞ。つか喋り方ウゼェ……」

 

「ツナマヨ……」

 

 まるで一昔前のギャルのように、間延びした声で言う兄に対し、苛立ち交じりに顔を顰める真希と狗巻。

 そんなやり取りを眺めながら、楓花は愉快気な笑みを零した。

 

「フフ、随分と楽しそうな学校じゃないか。高専の授業というのは、いつもこれ程自由なのか?」

 

「いや、兄さんが適当過ぎんだよ。基本は午前座学、午後に実習って感じで一般教養とかは他の教師も受け持ったりするんだけど、実習に関しちゃほぼ担任の受け持ちだからな。

 午後の内容に関して言えば、大体兄さんの気分で決まる」

 

「随分と詳しいな。今のお前にとっても一応他校のカリキュラムだろうに」

 

「高専は単なる教育機関じゃなく、任務の斡旋やサポートも行ってるからな。学生に限らず此処を拠点に動く術師は多いし、俺も高校進学の前から割と入り浸ってたんだよ」

 

「ほぅ」

 

「興味あるなら見学してく? 今日は特に任務も入ってないし普通の訓練にするつもりだったからね。見学してくなら歓迎するよん?」

 

 興味有り気な楓花の様子を見て、そんな言葉を掛ける兄。

 護も、今後の身の振り方を考える上で他の術師の訓練風景を見ておくのは、楓花にとって悪いことではないだろうと、それに頷く。

 

「いいんじゃないか? 学校の方は理事長に頼んで病欠扱いにしてもらったから、どうせ学校に戻っても碌に外出なんかできないし。いい機会だろ」

 

「では、兄君のお言葉に甘えさせて頂きましょうか」

 

「そんな畏まった呼び方しないでも、好きに呼んでくれていいよ~」

 

「ふむ……では五条先生と。兄君という呼び方は、いずれ然るべき時まで取っておいた方が良いかもしれませんしね」

 

「ほほぅ、つまり君は、いずれ僕をそう呼びたいと?」

 

「フフ、さてどうでしょう。しかし人が行き着く関係性には無限の可能性があると思いませんか?」

 

「ホントに君良いこと言うね。君みたいな子は嫌いじゃない」

 

「……何言ってんだ、あんたら」

 

 そう言って笑い合う兄と楓花。

 出会って数分、中々に意気投合した様子を見せる二人。しかしそれを見て、護は全く喜ばしい気持ちにはなれず、むしろこれが自分にとって今後嫌な組み合わせになることを予感した。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 護達が去った後の病室。ベッドに座る有栖に、理事長は微笑みながら声を掛けた。

 

「災難だったね有栖。まさか入学してから、こんなにも早く再会するとは思わなかったよ。具合は大丈夫かい?」

 

「はい、問題ありません。護君のおかげで、特に負傷もありませんでした。今では至って健康そのものです」

 

 理事長の笑みには、安堵の感情と共に、どこか悲痛さを思わせる感情が見て取れた。それは、実の娘を危険な目に遭わせたことの負い目か。

 親子ながらにその感情の動きを敏感に察知した有栖は、安心させるように柔らかな笑みを浮かべる。

 

「そうか……すまなかったね。君にはこのような世界があることを知ってほしくは無かったんだが、それで却って怖い目に遭わせてしまった」

 

「謝罪の必要などありません。お父様のお気持ちは理解してるつもりです。

 呪いというものを知らなかったからこそ、私はこれまで普通に生活できていたのですから」

 

 事実、有栖には父を責める気など全くなかった。

 仮にもしもこのような世界があることを事前に知っていたなら、有栖は間違いなく興味を抱いていただろう。

 その結果、危険性も理解しないまま中途半端に首を突っ込んで、より酷い目にあっていた可能性も十分にあり得た話だ。

 

「それに、仮に知っていたとして今回の件が防げたとは思えません。

 むしろ護君という存在を雇って頂いたからこそ、私はこうして無事でいるのです。むしろ最善の形で教訓を得られたと取るべきでしょう。

 お父様の判断に、間違いなどあろうはずがありません」

 

「ハハ、教訓か……我が子ながら、君はつくづく子供らしくない考え方をするなぁ。

 そういうことなら、これ以上弱音を吐くのは止めようか。ただでさえ気を遣われてしまっているのに、これ以上父親として情けない姿は見せられないからね」

 

「フフ、情けないだなんて。お父様に対してそのような事、思ったことは有りませんよ?」

 

 そう言って笑い合う有栖と理事長。

 その笑みは、普段有栖が浮かべる含みのある笑い方とは異なり、親子としての確かな親愛の情が滲んでいた。

 

 しばしの間流れる穏やかな時間。程なくして、ふと理事長は世間話でもするかのように、話題を切り替えた。

 

「しかし、五条君とは随分仲良くなったようだね?」

 

「ええ、今回の件に限った話ではなく、日常生活でも大変よくして頂いてます。学校では、一番信のおける友人と言えるかもしれません」

 

 その言葉に、理事長は意外な物を見たかのように僅かに目を見開く。

 

「仲良くしてくれたらとは思っていたが、まさか有栖がそこまで言うとは思わなかったな。

 正直、彼が学校生活に溶け込めるか不安だったんだが、その様子なら大丈夫そうだね」

 

 その言葉に、有栖は少しばかり引っかかりを感じた。

 

「不安、ですか?」

 

 有栖自身、自分がコミュニケーションの面で難を抱えた性格であるのは自認しているし、その点で父に心配されるのも無理からぬ話と思っている。

 しかし今の発言は、むしろ有栖よりも護の方に不安を覚えていたかのような様子。

 あの常識人然とした護の、一体何が不安だったのかと有栖は首を傾げた。 

 

「ああ、一応入学前に彼の人柄については確認していたんだが、何せ呪術師という方々はその……少々個性的な人物が多いからね。実の所少し心配してたんだよ」

 

 言葉を選びながら躊躇いがちに発せられたその発言に、有栖は静かになるほどと頷いた。

 確かに、今日初めて出会った呪術高専の面々を思い返すだけでも変わり者揃いだ。

 

 綺麗な顔をしていながらそこらの男より男前な女子。おにぎりの具でしか話さない男子。そもそも人ですらないパンダ。

 唯一乙骨だけは比較的まともに見えたが、纏っている異様な気配を考えれば、有栖にとっては彼もまた普通の枠組みに入れるのは躊躇われる。

 

 そしてそこまで考えた所で、最後に護の兄だという目隠し姿の白髪の男性に意識が向いた。

 

(あれが、護君が憧憬を抱く人物……)

 

 以前に喫茶店で話したこともある、護が言っていた本当の天才。有栖は彼こそがそうなのだろうと、察していた。

 

(正直、思っていた方とは違いますね)

 

 あの護が憧れを抱く人物。どのような人物かと興味はあったが、実際に会ってみて有栖としては戸惑いを抱かずにはいられなかった。

 見た目に関してもツッコミ所はあるが、それ以上にあの飄々とした軽薄な態度。

 それだけで呪術師としての力量など測ることもできないのだろうが、有栖としてはあの人物のどこに尊敬する要素があるのかと、疑問だった。

 

 するとそんな有栖の思考を見越したかのように、理事長が苦笑しながら口を開く。

 

「五条君――お兄さんの方だが、彼は昔からあの調子でね。マイペースで掴みどころのない性格だが、呪術師としての実力は確かだよ。

 僕も呪術界の事情にはあまり明るくないが、そこがどれほどの危険に満ち溢れているかは、その片鱗に触れた有栖も分かるだろう?」

 

「……はい」

 

「彼はそんな世界において、戦略兵器にも等しい扱いを受けているらしい。あの奔放な性格が許されているのも、その実力に裏打ちされているからこそなのだろうね」

 

 戦略兵器――事実として、護と夏油の戦いを見た有栖にとって、その例えは何ら大袈裟なものではなかった。

 父が嘘を言っているとは思わないし、護の話等も統合して考えるならば、その話はきっと事実なのだろう。

 

 しかしそれでも、有栖はあの人物に対して素直に好感を抱くことが出来なかった。

 

(いけませんね……嫉妬、しているのでしょうか?)

 

 別に有栖は、護が尊敬する人物として、威厳ある人物を思い描いていたから落胆している訳ではない。きっとあの兄がどういう人物であれ、有栖はこの感情を抱いていただろう。

 

 兄弟で話している時の護は、普段有栖が見ている姿よりも素直に感情が表に出ていたように見えた。いや、思えばそれは、この呪術高専という場所に来てからそうだったのかもしれない。

 

 これは、以前楓花に対しても抱いた覚えのある感情。

 自身の中で生じた感情を自覚した有栖は、気付けば全く関係のない質問を父へとしていた。 

 

「お父様……護君をAクラスに配属したのは、お父様の判断でしょうか?」

 

「ふむ……僕が君を護衛してもらうため、わざと同じクラスに配属させたと――そう言いたいのかな?」

 

「はい」

 

 有栖自身、自分がどうしてこのような事を聞いたのか分からない。だがおそらく、不安だったのだろう。

 もしも護が自分の護衛の為に自分に近づいてきたのであれば、学校で接してきたあの関係性すらも全て仮初の物になりかねない。

 今までの学校生活を思い返せばその可能性は低いと分かるが、それでもやはり、一抹の不安は拭い切れなかった。

 

「いくら何でも、私情でクラス分けに口を出すことは無いさ。彼がAクラスに配属されたのは、成績に基づく公平な判断の結果だよ。

 五条君に出した依頼の件も、あくまで僕は代表という立場であって、関係各所から一定の任意を得ての事だからね。娘の安全を優先してくれ、などとは言えないさ」

 

 その言葉に、有栖は内心で僅かに気分が軽くなるのを感じた。

 しかし、理事長の言葉はまだ続く。

 

「ただ、彼がAクラスに配属されると決まって、そういった期待が無かったと言えば嘘になるかな。有栖にとっても、彼との繋がりは貴重な財産になると思ったからね」

 

「財産ですか?」

 

「有栖、君が思っている以上にこの国で呪いが関わる事件は多いんだよ。何も知らない一般人だって安全じゃない。加えて社会的な立場が高くもなれば、今回のように狙われる危険だってあり得る。

 味方になってくれる呪術師の存在は、貴重なんだ」

 

「なるほど……」

 

 納得した態度を見せつつも、しかし有栖は胸の中にしこりのようなものを感じた。

 

 少なくとも、護が自身と友人になったのは父の依頼によるものでないというのは分かった。

 多少の打算は有ったようだが、このような世界において、力ある者の庇護が必要であるというのも分かる。

 だが、同時にそれでいいのかとも思ってしまう。

 

 友人という立場を利用する。有栖自身、今までの人生で幾度となくやってきたことであるが、それは本当の意味で友人と呼べる存在に恵まれなかったからだ。

 

 今にして思う。果たして、相手の力に頼るだけの関係性は、友人として正しい在り方なのかと。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 先程兄が宣言した10分が過ぎて。護達は再度病室に集まっていた。

 

「ありがとう。久しぶりに娘と話す時間が取れたよ。ところで、他の生徒さん達はどうしたんだい?」

 

 現在、病室の中に呪術高専の面々はいない。まぁ、元々彼らは坂柳理事長の依頼とは無関係。いないのが普通なのだが、いきなりどこに行ったのかと理事長は兄へと問いかけた。

 

「あの子達には飲み物買いに行ってもらったよ。そっちとしても無関係な子らが居たら話しにくいこともあるでしょ?」

 

「確かに。そうしてくれるとありがたいよ」

 

(そんな気を遣えるなら、もっと早く真面目モードになって欲しかったわ)

 

 先程までの悪ノリテンションを潜めて、真面目な口調で話す兄に呆れる護だが、口に出したらまた面倒なテンションに戻りそうなので内心で思うだけに留める。

 

「とりあえずそっちの子には名乗ってなかったし、まずは自己紹介しとこうか。僕は五条悟。

 護のお兄ちゃんで、さっきの1年ズの担任教師。グッドルッキングガイゴジョーとは僕の事だよ!」

 

 と、思っていたらまたも無駄にテンションを上げてくる兄。

 まぁ、自己紹介で少しハジケるくらいは目を瞑るかと護はスルーする。

 

「フフ、初めましてグッドルッキングガイさん。私は坂柳有栖と申します。

 護君にはいつもお世話になっております」

 

(ツッコマねぇぞ……)

 

「ハイハイ、よろしくー」

 

 そうして二人の自己紹介が終わった所で、改めて理事長が「ゴホン」と咳払いをして話を切り出す。

 

「まず、先日の事件に関して話す前に――五条君」

 

「ハーイ!」

 

「……失礼、五条護君」

 

「はい」

 

 手を挙げる兄の横で「空気を読め」と思いながら、返事をしつつ理事長へと体を向ける。

 すると、理事長もまた姿勢を改めて綺麗な姿勢で護へ向き直ると、口を開いた。

 

「この度は娘を守ってくれて、本当にありがとう」

 

 そう言ってから、丁寧な動作で深く腰を折る理事長。

 その姿を見て、護は僅かに瞠目した。

 

「っ、頭を上げて下さい。むしろ、こちらは謝るべきです。私の力及ばず、娘さんを危険な目に遭わせてしまったのですから。

 誠に、申し訳ありません」

 

 理事長の礼に対し、こちらも深く腰を折って謝罪する護。

 先程有栖達にも謝罪はしたが、当人達への謝罪とこれは別問題だ。実際に危険に晒された恐怖が有栖達自身にしか理解できない様に、娘が危険に晒されたという恐怖も、理事長自身にしか理解できないのだから。

 

 互いが互いに礼をし合った状態では、会話が進まないと思ったのだろう。程なくして理事長は頭を上げると、護へと声を掛けた。

 

「……力及ばず、ということは無いでしょう。

 五条君、君は以前僕に問いかけたね。娘と他の学生達、危険に晒された際にどちらを優先すればいいかと」

 

「ええ」

 

「あの質問は中々胸に刺さったよ。万人を救える人間はいない。誰かを救うという選択をすることは、誰かを救わないという選択もすることだ。

 僕は救われない人間の中に娘が居る可能性を考えてなかった。いや考えたくなかったのかな。

 あの時の僕は、質問から逃げたんだ。理事長としての立場から本心を言うこともできず、君の判断に委ねるという形でね」

 

 護も、理事長の気持ちに関しては察していた。

 命の取捨選択。それを護に委ねる事に関しては別にいい。その委ねるという選択もまた、本人の意思に基づくものと言えるのだから。

 しかし、自分の大切なモノが天秤に乗せられている事を自覚しないまま、それを丸投げするというのなら、そこに本人の意思は介入していない。だからこそ、あの時意地が悪いと思いながらも問いかけたのだ。

 

「仮に今回犠牲者が出ていたとしても、それを僕に責める権利はない。

 まして、今回君は最善の結果を出してくれたんだ。感謝こそすれ、謝られる謂れは無いよ」

 

「……分かりました」

 

 犠牲者が出ていたとしても――そこまで言われてしまえば、護としても謝罪を続ける道理はない。

 護はゆっくりと、頭を上げた。

 

「この話はここまでにさせて頂きます。

 では改めて本題に入りますが――まず先日の一件、呪詛師夏油傑に依頼を出した人物について、心当たりは有りますか?」

 

 今回の本題。それは先日の夏油傑襲撃に関して、高専や政府の関係各所でどのような処理が成されるかの報告と、今度似たような襲撃が有った際の対策に関する相談だ。

 前者に関しては護が直接関われることではなく、あくまで報告を聞くだけ。重要なのは後者の部分だろうと、護はまずそう話を切り出した。 

 

「あー、それに関しちゃ僕から答えるよ。その依頼人――首謀者に関してはほとんど特定できてる」

 

「もう? 随分と早いね。それでそいつは?」

 

 まさか一晩で特定しているとは思わず、驚きながら問い返す護。

 すると兄は、おもむろに天井を指さした。

 

「もうとーっっくに、お空の上」

 

「……死んだの?」

 

「そ、政府内における理事長さんの対立派閥の重鎮でね。自宅で頭部消失による変死。

 残穢から呪霊の仕業なのは分かってるけど、肝心の呪霊は現場に影も形も無いと来た。

 物的証拠がある訳じゃないけど、状況的にほぼ死んだそいつが首謀者で間違いないって感じだね」

 

「口封じか、随分と手が早い」

 

 呪霊というのは基本的に発生した場所に留まる性質を持っている。

 それが現場に姿が見られないとなれば、遠隔で発動する類の呪いか、でなければ誰かに使役された呪霊と考えるのが濃厚だ。

 

「最初っから始末するつもりだったんだろう。昨日の襲撃発生から死亡までの時間があまりに短い。

 そっち方面からあいつの足取りを追うのも無理そうだ」

 

 先程から兄弟で話してばかりいる二人。

 有栖や楓花、そして理事長も、やはり人の死には慣れていないからか、緊張感の滲んだ堅い表情で、会話に入りづらそうな様子だ。

 

「ま、亡くなった以上、そいつがまた呪詛師雇うってことは無いさ。とはいえ、それでも他に同じような事を考える奴がいないとも限らない。

 護、その子にもお守り渡しといたら?」

 

「そのつもりだよ」

 

 有栖を指しながらそう言う兄に、頷く護。

 自分の事を指していると分かった有栖は首を傾げた。

 

「お守り、ですか?」

 

「俺の呪力を籠めたお守り。お守りがある場所に、俺は転移することが出来るんだよ。

 理事長と楓花にも、少し機能に差異はあるが渡してある」

 

「そのような物が……」

 

「いいのかい、五条君。確か君のお守りはかなり高価なものなのだろう? 代金が必要なら支払うが」

 

 初対面の時に伝えた金額を覚えているのだろう。理事長が心配気に声を掛けてくるが、護はそれに首を横に振った。

 

「構いません。そもそも、最初から有栖さんの周辺にはもっと気を配っておくべきでした。

 今回の事は私の認識不足ですから、私自身で補填させて頂きます」

 

「そうか、ありがとう五条君」

 

「ありがとうございます。護君」

 

 理事長に倣い、礼を言う有栖。

 実際の所、護が作る呪具は作る手間がかかりこそすれ、貴重な材料を使っている訳でもなく、護本人にとっては大したものではないのだが。

 そこまで感謝されると逆に申し訳なくなってしまう。

 

 まぁ、あまり深く考えるべきではないかと思いながら、改めて本題に戻る。

 

「それで、動向を追うのが難しいのは分かったけど、上層部の方は何て言ってんの?」

 

 何せ特級呪詛師の襲来である。幾ら高度育成高等学校が不干渉を貫こうとしても、相手が相手である以上、高専側も動かざるを得ないだろう。

 

「あぁ、それなんだけど、ぶっちゃけ今回の件、政府及び高専上層部には秘密裏に処理することになったから」

 

 しかしそんな護の予想を、兄はあっさりと否定した。

 

「……理由は?」

 

「単純にメリットが無い。むしろデメリットの方が大きいと判断した結果だね」

 

「メリットが無いってことは無いだろ?

 少なくとも今回の件が明るみになれば、政府側も呪霊に対する認識を見直すきっかけになる」

 

「それがそう簡単な話でもないんだよ。護さぁ、今回の事件どんだけの被害が出たと思ってる?」

 

「被害って言ったら……」

 

 と、言いかけて気付く。

 

「公共物やら一部施設の備品が壊れた程度。そこにいる重傷者二名は治療済みでほぼ完治。

 特級術師って言っても、呪術を知らない連中にとっちゃ意味ない肩書だからね。半端な被害が出た程度じゃ危険度なんて伝わんないし、かえって嘗められることにもなりかねない訳」

 

 少なくとも夏油が動いたという事実がある以上、高専側も立ち入り調査を求めるのは道理。

 しかし呪いの存在に半疑の学校側としては、この程度の被害で大げさな対応と思うだろう。下手をしたら余計に摩擦が生じる可能性すらあり得る。

 

「……公園の修復、するべきじゃなかったか?」

 

 今回の襲撃における一番の被害地であろう公園。あの爆撃跡の如き惨状を保管しておいたら、また話は違っていただろうかと後悔が頭をよぎる。

 が、そこで兄が珍しく常識を説くかのようにツッコミを入れた。

 

「いやいや、補助監督官も入れないような現場じゃ、いつまでも“帳”を降ろしておくわけにもいかんでしょうよ」

 

 “帳”は一般人の認識を誤魔化し、侵入を妨げる効果を持つ結界であるが、その空間に入れないという事実まで無かったことにすることはできない。

 時間が経てば経つほど、違和感を抱く一般人は増えてしまう可能性がある為、普段“帳”を使用する際は補助監督官の手で、ガス漏れが起こっただの工事中だのと、同時に情報操作も行われたりする。

 

「それに、その公園の惨状が残ってたとしても、どれだけ効果が有ったかは怪しいところだね。ただクレーターがボコボコあるだけの現場を見ただけじゃ、素人にどんな戦いが有ったか判断するなんて無理だろうし」

 

「ままならないなぁ……」

 

 あわよくば、今回の件で学校警備の任期終了が短くなったかもと期待があっただけに、落胆の混じった息が漏れる。

 

「世の中そんなもんよ? ま、しばらく気長に学校生活を楽しみなよ」

 

(楽しめる気、しねぇんだよなぁ)

 

 理事長が近くに居る手前、学校の事で不満を言うのは憚られるが、護としては一刻も早く警備の任を解いて退学させてもらいたいというのが本心だった。

 

 と、そこまで話したところで、飲み物の買い出しに出てたパンダ達が窓の外から顔を出した。

 

「おーい、買ってきたぞー」

 

「ったく、教師が生徒をパシラせてんじゃねぇよ」

 

「文句は言いっこなしでしょ。君らの分のお金も渡したんだから」

 

 文句言う真希をあしらいながら、飲み物を受け取る兄。

 それを見ながらパンダが問いかける。

 

「で、話は終わったのか?」

 

「まぁね、大体終わったところ――っと、一つ言い忘れてた。護ぅー」

 

「なに?」

 

「硝子の奴が、後でその子と一緒に顔出すようにってさ。

 どうも、なんか体の事で話があるらしいから、理事長も連れてった方が良いかもねー」

 

「私、ですか?」

 

 言いながら、兄が示したのは有栖。

 家入が呼んでいるとなれば、おそらくは護が施した反転術式による治療の事だろう。一応昨夜の時点では問題ないと聞いていたが、新たに問題でも見つかったのだろうかと、護は眉を顰めた。

 

 と、護の心配をよそに、その話を聞いて違った反応をする者がここに一匹。

 

「体の事? ……ハッ!」

 

 天啓を得たかのように、またも衝撃が走ったかの如き反応をするパンダ。そして彼は言う。

 

「おめでたか!?」

 

「お前マジで大概にしろよ!?」

  

 

 

 

 

 




 お待たせいたしました! 活動報告での予告より遅れての投稿、申し訳ありません!

 どうも、登場人物を増やしすぎたせいで自分の想定外の方向に会話が転がる転がる。
 当初描きたかった内容についても上手く触れられず……ぶっちゃけ私は。今回何を書きたかったんだろうか? と自分でも分からなくなる始末。

 ともあれ、少々思わせぶりな幕の引き方となりましたが、これで2章についての内容は終了となります。
 次回、いきなり夏休み特別試験に飛ぶのも何なので、7月のエピソードを1話か2話挟みつつ、その後無人島編に入る予定です。


 最後Q&Aコーナー

Q.楓花達からのアプローチが露骨過ぎない? 護君はどう思ってんの?
A.むしろアプローチが露骨すぎるせいで、そういうお家芸だと思ってます。好意を察してはいるものの、異性に対するものと言うより玩具に対するものという認識。
実際、楓花達自身も反応を楽しんでいるところが多分にあるので、認識としてあながち間違いでもない。


Q.グラウンド50週ってどれくらいの?
A.適当に、一周あたり200m~300mくらいで勝手に想定しました。なので合計10km~15kmくらい。呪術師ならまぁ、多分余裕余裕。


Q.南雲は何がしたかったの?
A.単なる嫌がらせ。護君が目立たない立ち位置に居ようとしているのは察しているので、適当に注目されそうな噂流したろって思った。今は堀北会長にご執心なので、とりあえず今回軽くちょっかい掛けるだけにしてフェードアウト。



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