よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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45話 掲げられた選択肢

 

 結論から言って、7月分のプライベートポイントが振り込まれなかった件に関して、護は関係なかった。

 月曜日に登校してからの朝のHRにて、まず連絡されたのが今月の各クラスのクラスポイント。そしてポイント支給の遅延について、土曜に送られたメール通りの端的な説明がなされた。

 

 現在事実確認を取っている最中とのことで、その場では詳細は語られなかったが、翌日になってCクラスとDクラスの間で喧嘩騒動が有ったことが知らされた。

 

 ちなみに、発表された各クラスのポイントは以下である。

 

 Aクラス――1072

 Bクラス――803

 Cクラス――502

 Dクラス――92

 

 護としてはBクラスとCクラスのポイント上昇値が少ないことも気にはなったが、やはり一番関心が行くのはCD間で有ったという喧嘩。

 

 担任の真嶋の口からは詳細は語られなかったが、護が後日人づてに聞いた話では、Cクラスの男子三名がDクラスの須藤という生徒に、一方的に殴られたと被害を主張したらしい。

 一方で、須藤の方は自分はCクラスの生徒に呼び出され、向かったところで殴られそうになったので殴り返したと、正当防衛を主張。

 そして現在、どちらに非があったのかと揉めているとのこと。

 

 また、鬱屈とした感情が溜まりそうな面倒な事件が発生したなと思うと同時に、しかしある意味護にとっては幸いでもあった。

 この事件のおかげで、生徒達の関心のいくらかが、護の二股疑惑から移ってくれたから。

 

 主に、恋バナ好きの女子を中心にその噂は残っているものの、この分ならば思いのほか鎮静も早くなるかに思えた。

 

 ところだったのだが。

 

 

(で、なぁーんで、ここで火に油を注ぐようなことになっかなぁ……)

 

 現在、7月9日日曜日。時刻は昼前。護は、楓花と二人でショッピングモールへと来ていた。

 互いに私服姿で並んで歩く姿は、完全にデートそのもの。

 護は、これを見た連中が一体どう思うだろうかと、面倒臭そうに眉を顰めていた。

 

「フム、その態度は褒められんな。これは私に対する正当な報酬であることを忘れていないか?

 つまり私を楽しませることも報酬の一環と言える。もっと楽しそうにしたまえ」

 

 言いながら、横から護の頬っぺたをグイッと指で押して、無理矢理笑みに似た表情を作らせようとする楓花。

 

 そう、今日二人でショッピングモールへと赴いたのは、定例となっている学内の巡回が目的ではない。

 先日の夏油襲撃の際、有栖の護衛を買って出てくれたことの報酬。

 その報酬として何がいいかと訪ねた所、楓花はこう答えた。

 

『では、今度空いている休日にでも、一日付き合ってもらおうか』

 

 そして現在に至る訳だが――しかし護は思う。

 

「……買い物なら学外でもよくないか? 俺の術式使えば外に出るなんて簡単だし、そっちの方が人目を気にしないで済むだろ」

 

「生憎と私は、お前と違って外で使える紙幣を持ち合わせていないんだ。一文無しでは碌に買い物もできん」

 

「いや、金ならポイントくれればその分俺が両替するぞ? ていうか、なんなら普通に奢るし……」

 

 というか、そもそも護としては報酬としてショッピングに来てる時点で、てっきり奢らせるつもりなのかと思っていた。

 

「随分と気前がいいことを言ってくれるじゃないか。私に対し、男の甲斐性を見せたいわけでもないだろう?」

 

「まぁ、あの件に関しちゃ本気で助かったからな。むしろ荷物持ちくらいじゃ割に合わないだろ」

 

 あの襲撃の際、楓花は本当に死ぬ一歩手前の状況だった。

 自分の為に命を賭してまで動いてくれた相手に対し、たかだか買い物に一度付き合うくらいで報い切れるなどと思ってはいない。

 

「礼を尽くしてくれるのはありがたいが、あまり過大に評価されるのも困りものだな。

 所詮私は一撃で吹き飛ばされみっともない姿を晒したにすぎん。その程度の成果を誇るなど、恰好がつかんだろう?」

 

 そう言って笑みを浮かべる楓花だが、護にはその笑みの中に、どことなく自嘲じみた雰囲気が混ざってるように見えた。

 別に、なんてことは無い。自分の無力に打ちひしがれる人間なんて腐る程見てきた。それこそ、毎日鏡の前で合わせている顔がそうだ。

 

 何を言ったところで慰めにもならない。自分にはそれが良く分かっている。分かっているのに、護は気付けば口を開いていた。

 

「……みっともなくはねぇよ」

 

「……そうか?」

 

「ああ……命を懸ける人間の姿が、みっともない訳あるか」

 

 言いながら、なんていう皮肉だろうかと思う。己の命に価値を見出していない自分が、さも命を崇高なものであるかのように語るなどと。

 

 しかしあの瞬間、ボロボロの楓花を見てみっともないなどとは思わなかったのは事実。そして楓花自身にもそうは思って欲しくなかった。

 あの姿を見て護は、むしろ尊さすら感じていたのだから。

 

 そのような事を言われたのが意外だったのか、楓花は一瞬驚いたような目を護に向けると、しかしすぐさまクックと可笑しそうに笑みを浮かべた。

 

「……お前にしては、随分と熱い台詞を吐くじゃないか」

 

「……うっせ」

 

 自分だって、らしくないことを言ったという自覚はある。

 

 なんだか妙な空気になってしまったのを感じて、護は空気を切り替えるべく先程の話題へと話を戻した。

 

「で、どうすんのさ。今からでも学外に出て買い物するか?

 外に出るなら支払いは俺が持つけど、ここだと大して奢れないぞ。俺もあまりポイントは使えないからな」

 

「フム……なかなか魅力的な提案だが、今回は遠慮しておこう。他人の金では、気兼ねなく買い物もできんからな」

 

 その言葉を聞き、なんとなく胡散臭い表情を浮かべる護。

 

「……何か言いたげだな?」

 

「いや、別に。そういう遠慮をするタイプだとは思わなかったから」

 

 むしろ、貰えるものは遠慮なく貰っておくタイプだろうというのが、護の楓花に対する印象である。

 

「やれやれ、私のような貞淑な乙女に対して何を言うのか」

 

「自分で言うか」

 

 そうこう話しながら、ショッピングモール内を進む二人。

 やはり日曜の昼間というだけあって、どこの店を見ても中々に人が多い。

 この分じゃ人目を避けることはできないだろうなと半ば諦め気味に思いつつ、護はどこに向かっているのかと尋ねようとした。

 

「それで? 結局今日は何を買いに――」

 

 しかし、そうして口を開きかけた所で、ピクリと何かに気付いた護は言葉を止めた。

 それに対し一瞬、訝し気な視線を向ける楓花だが、その理由はすぐにわかった。

 

 少し離れた場所に居る一組の男女。それが、明らかにこちらへと向かって近づいてきたから。

 

「あのー……五条君だよね? Aクラスの」

 

 近づいてきた男女の内、声を掛けてきたのは女生徒の方。

 金に近い茶髪の少女。護はその少女の名を知っていた。

 

「そうだけど。何か用かな、()()()()

 

 それは、Dクラスの櫛田桔梗(くしだききょう)

 以前、Dクラスと過去問を取引した時は堀北を櫛田と間違って認識しかけた護だが、そのことがあってから、一応櫛田本人の顔も学校で確認していた。

 

 櫛田へ向かって問いかけながら、しかし護の意識は櫛田本人ではなく、彼女に付いてきた男子生徒の方へと向く。

 

(彼も一緒か……)

 

 そこに居たのは、気の抜けた表情をしながら佇まいだけは隙の無い、異様な存在感を放つ男子生徒――綾小路清隆が立っていた。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

 綾小路がこの日ショッピングモールへと来たのは、同じクラスの佐倉愛里(さくらあいり)に同伴した為である。

 事の発端は先日の須藤の暴力事件。この目撃者候補として佐倉の存在が挙がったこと。

 どうにか協力を得られないかと話しかけた櫛田に対し、極度の人見知りである佐倉はこれを否定。慌てたはずみで所持していたデジカメを壊してしまい、それに責任を感じた櫛田が修理に同行することになった。

 

 実際デジカメが壊れたことに関して、櫛田に責任がある訳ではないのだが、あわよくばこれをきっかけに佐倉と接点を持とうと考えたのだろう。それに協力する形で綾小路も同行することになったのが今回の流れだ。

 

 結果、その目論見は成功した。

 修理受付の際、佐倉に粘着質な視線を向ける店員に対し綾小路が矢面に立ったのが功を奏したのか、あるいは櫛田のコミュニケーション能力が緊張をほぐしたのか、ともあれ佐倉から協力してくれるという前向きな発言を得られた。

 

 用事も済んだところで、後は解散しようかとなった三人。

 しかしそこで櫛田は何かに気付いたのか、踏み出そうとした足を止めた。

 

「あ……」

 

「どうかしたのか?」

 

「あれって、Aクラスの五条君だよね?」

 

 その言葉に、櫛田が見ている方向へと視線を向ける綾小路。

 するとそこには、真夏なのに上下黒一色の服を着た五条護が、銀髪の女生徒と並んで歩いている姿があった。

 

「知り合いなのか?」

 

「ううん。直接話したことは無いかな。Aクラスの子ともお友達になりたいとは思ってるんだけど、なかなか接点がね……。ただ五条君のことは知ってるよ。今女子の間じゃ、ちょっとした有名人だから」

 

「有名人?」

 

 以前、平田とも似たような問答をしていたが、女子の間でというあたりに微妙なニュアンスの違いを感じ、聞き返す綾小路。

 

「うん。ほら、五条君って見た目が良いでしょ。それに雰囲気も落ち着いてるから入学当初から注目してる女の子は多かったんだけど、その頃から同じクラスの坂柳さんと仲が良くてね。

 二人は付き合ってるんだって、諦める子も多かったんだ」

 

「というと、今隣で歩いてる女子が?」

 

「ううん。あの人は多分、2年の鬼龍院先輩じゃないかな?」

 

「……櫛田は、2年の先輩とも交流があるのか?」

 

「すごい……です……」

 

 まだ入学して3カ月だというのに、まさか上級生の顔と名前まで把握しているのかと、櫛田のコミュニケーション能力に戦慄を覚える綾小路。

 それを聞いていた佐倉も、同様に驚いた様子で呟きを漏らした。

 

 しかし櫛田は、笑ってそれを否定する。

 

「あはは、違うよ。えっとね、さっきも言ったけど五条君は坂柳さんと付き合ってるって言われてたんだけど、ここ最近になって、2年のその先輩とも仲が良いって噂が流れてきたの」

 

 なるほど、だから多分と言ったのかと、綾小路は納得した。

 単純な消去法だ。今歩いている女子が坂柳ではないとすれば、残るは仲が良いと噂の2年の先輩である可能性が高い。

 

「けど、それって何か問題なのか? 他の女子と仲が良いって言うなら、軽井沢と付き合ってる平田も仲の良い女子は多いだろ?」

 

「えっとね、そうなんだけど……五条君の場合特にその二人と仲が良いらしいっていうか……前に三人揃って学校を休んでたらしいんだよね」

 

「三人揃って?」

 

「そう。揃って休むなら体調不良とも考え難いでしょ? だから、修羅場でもあったんじゃないかとか、色々と勘ぐっちゃう子が居るみたいでね。

 ただ本当に修羅場が有ったなら今も仲良くできてる筈無いし、じゃああの三人はどういう関係なんだろうって、皆気になってるの」

 

「……本人たちは何て言ってるんだ?」

 

 綾小路としては他人の恋愛事情になど興味は無いが、しかし揃って学校を休んだという部分に関しては少し気になった。話を掘り下げるべく問いかける。

 

「休んだのは、ただの体調不良だって。五条君は誰とも付き合ってないって言ってるみたいだけど、坂柳さん達は肯定も否定もしないで、笑ってごまかしてるみたい。

 だから今は、二人の女の子が素っ気ない男の子を振り向かせようとしてるって、三角関係説が有力かな!」

 

「そうか……」

 

 楽し気に語る櫛田に対し、どこか引き気味に答える綾小路。

 少女漫画しかり、ゴシップ誌しかり、いつの時代も女の子は恋バナが好きと言うのは事実らしい。

 

 会話に入ってこれない佐倉ですらも、櫛田の話に対し興味深げに耳を傾けている。

 

「……しかし、Aクラスの事情をよくそこまで知ってるな?」

 

 先程の話では、櫛田はまだAクラス内に友人は作れていない筈だ。それでよく、ここまで詳細な情報を得られたものである。

 

「女の子の情報網を甘く見ちゃいけないよ。直接の友達が居なくても、この手の話って友達の友達からっていう風に、結構伝わっていくものなんだから」

 

「六次の隔たりか。確かに、学校みたいな閉鎖空間なら世界中の人と繋がるよりは簡単だろうな」

 

「ろくじ?」

 

「今、櫛田が言った友達の友達って言うやつ。それを6回繰り返せば、世界中の人と間接的に繋がれるって考え方だ」

 

「あ、それなら聞いたことあるよ。素敵な考え方だよね」

 

「…………」

 

 素敵……なのだろうか。少なくとも、こうして女子のネットワークの恐ろしさを目の当たりにした綾小路としては、素直に頷けなかった。

 むしろ面白おかしく噂されてる本人達に対し、少しばかり同情の念を抱いてしまう。

 

 そんなことを考えていると、ふと櫛田が何か思いついたように口を開いた。

 

「ねぇ、五条君にも須藤君の件聞いてみたらどうかな?」

 

「……止めた方が良いんじゃないか? デートの最中だったら邪魔をするのは悪いし、Aクラスの生徒が協力してくれるかも分からないぞ?」

 

 正直、綾小路としては櫛田の意見はあまり乗り気になれなかった。

 綾小路の中で、五条護という男に抱いている感情は、好奇心と警戒心。

 この相談を持ち掛けた時どのような回答が返ってくるかという興味はあるが、以前会った時に感じた正体不明の緊張感を思えば、積極的に関わりたい相手でもない。

 

 何よりも今回、相談したところで()()()()()

 綾小路の中では今回の審議に関して、道筋は既に見えている。必要なパーツも揃いつつある今、Aクラスに協力を願い出る必要性は、まるで無かった。

 

 しかし当然、櫛田はそんな彼の心中など知る由もない。

 

「そうかもしれないけど……もう審議の日まで時間が無いし、折角佐倉さんが前向きになってくれたんだもん。

 私も、自分に出来ることをしなきゃって思うの」

 

 何とも献身的な台詞。

 櫛田桔梗という女子が普段猫を被っていることを綾小路は知っているが、今この場においては積極的にその姿をアピールする必要もない筈だ。

 普段からそのキャラクターを演じていると、意識せずともその振る舞いが身に付いてしまうものなのか。

 

(あるいは、これをきっかけにAクラスとの顔つなぎにするつもりなのか)

 

 人脈作りに余念の無い櫛田の性格を考えると、むしろこっちの方があり得そうな可能性に思えた。

 

「Aクラスにはまだ詳しい話が聞けてなかったし、ひょっとしたら2年の先輩にも話を聞けるかもでしょ?」

 

 ここで断っても、なんなら櫛田一人で突入しそうな勢い。

 しかしそこで、佐倉がおずおずと手を挙げた。

 

「あの……すみません。私は……ちょっと……」

 

「あ、うん。そうだよね。大丈夫! 佐倉さんは証言してくれるだけで十分だから。五条君には、私と綾小路君で話を聞いてくるね」

 

 流石に人見知りの佐倉まで巻き込むつもりは無いようだが、綾小路に関しては逃がすつもりは無いらしい。

 ちゃっかり巻き込まれたことに対し、内心ため息を吐く綾小路。

 

「……すみません。あの……また……明日」

 

「うん、またね!」

 

「……ああ、また明日」

 

 そして、櫛田と綾小路は佐倉と別れると、黒と銀の男女に向かって近づいて行った。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 

「あ、私の事知ってくれてたんだ。嬉しいな」

 

 護に名を呼ばれたことに対し、笑みを浮かべる櫛田。

 社交的な性格と話には聞いていたが、それも納得の人当たりが良く明るい笑み。

 それを見て、護は思った。

 

(うわ、すげぇ営業スマイル……)

 

 上擦った声音、必要以上に駆使された表情筋による満面の笑み、両手の指を絡ませてコテンと首を傾げる仕草はあまりに露骨。

 なるほど、見事な営業スマイルである。

 

 護自身もそうであるが、誰だって人と接する時は多少は猫を被るもの。しかし彼女のそれは、あまりにも過剰に見えた。

 思い出すのは、かつて兄に『美味しいパンケーキを食べさせてあげるよ~』と連れて行かれたメイド喫茶。そこの店員を彷彿とさせるような、露骨なまでのぶりっ子キャラに見えた。

 

 とはいえ、一応は友好的に接してきているようなので、こちらも笑みを返しながら答える。

 

「君のことは、何度か学校で見かけたからね」

 

「そっか、けど先輩もいるし、一応自己紹介しとくね。1年Dクラスの櫛田桔梗です。こっちは、同じクラスの綾小路清隆君」

 

「どうも、初めまして」

 

 櫛田に紹介された綾小路は、()()()()()()()()()挨拶を口にした。

 対外的に、以前の過去問の取引に関しては公にはなっていない。つまりは今回初対面として接するという意思表示だろう。

 

「初めまして」

 

 その意図を理解した護も、綾小路に対し愛想笑いを浮かべながら挨拶を返した。

 

「えっと、そちらは2年の鬼龍院先輩ですよね?」

 

「ほぅ、私の事を知っているのか?」

 

「はい! 五条君と仲の良い先輩がいるって聞いていたので。

 突然話しかけて御免なさい。お二人はデート中でした……よね?」

 

「違う」「そうだ」

 

 愛想笑いも引っ込めて、真面目なトーンの護の声と、楓花の声が重なった。

 

「なんだ護、知らんのか? デートの定義とは、男女が日時を決めて会うことを言うのだぞ」

 

「そりゃ広義的な意味の話だろ。人前で誤解を招く発言は止めろっての」

 

 先程の物腰の柔らかかった口調とは打って変わった護の態度に、驚いたように目を丸くする櫛田だが、すぐに気を取り直すと護へ向かって声を掛けた。

 

「ダメだよ、五条君。女性がデートって言ったらそれはデートなんだから。無理に否定するのは却って失礼だよ」

 

「はぁ……」

 

 一応櫛田に対しては初対面ということもあって、何とも気の無い返事になってしまう護。

 一方で、楓花はその発言が気に入ったのか笑みを浮かべる。

 

「ほぅ、中々良いことを言ってくれる。それで、君は一体何の用で護へ声を掛けたんだ?」

 

「あ、はい。えっと……実は今DクラスでちょっとCクラスの子と揉めてるんだけど、五条君は知ってるかな?」

 

(その話か……)

 

 声を掛けられた段階で、もしかしてとは思っていたが案の定だった。

 

「知ってるよ。平田君に大体の事情は聞いたからね」

 

 そう、護にDクラスの事情を話した人物。それは平田だ。

 先週の火曜日の時点で、護は平田から事件に関する相談を受けていた。事件に関する細かい概要を知っているのもそのためだ。

 

「え、平田君に?」

 

 既に聞き込みがされていたとは思っていなかったのか、意外そうに目を見開く櫛田。

 

「ああ、平田君とは前に少し話す機会があってね。

 彼にも言ったんだけど、俺自身はその現場を見てないし、Aクラスで見たっていう人もいないよ」

 

 実の所、今回の事件に関しては有栖も神室に軽く探りを入れさせていたのだ。

 結果、Aクラス内部に目撃者は無し。もしも居たならば、護の耳にも入っている。

 

「そっか、ちなみに2年生の方では何か聞いていますか?」

 

 落胆する櫛田だが、すぐさま気を取り直して楓花へと視線を向ける。

 

「ないな。ああ、聞き込みをしてくれと言うのならよしてくれ。生憎私は意味の無いことに時間を割く趣味は無い」

 

「意味が無い、ですか? えっと、それはつまり報酬があれば……」

 

「ああ、そういう意味じゃない。まぁ私にメリットが無いというのもそうだが、何よりこの事件、目撃者を見つけた所で意味など無いだろう?」

 

「……どういうことですか?」

 

 言われた意味が分からないのか、困惑した表情を浮かべる櫛田。

 一方で、綾小路の方は変わらぬ無表情。彼には分かっていたのか、あるいはそもそも関心が無いのか。

 

「さてな、私から言えるのは、無駄なことに時間を割くのは止めた方が良いということだけだ。

 先程君が護に言ってくれたことの礼としては、この程度の忠告が妥当だろう」

 

 何とも辛辣なセリフだが、むしろ護としては楓花がここまで忠告を口にすることの方が意外だった。

 答えを得られないと分かったのか、困ったような視線を護へと移す櫛田。

 

「五条君も、無意味って思う?」

 

 正直答える義理は無いのだが、一応彼女もDクラスの中心人物。多少の恩は売って置いた方が良いかと、護は口を開く。

 

「そうだね……正直言うと、無罪を勝ち取るために目撃者の有無はあまり影響しないと思う」

 

「なんで? だって目撃者がいれば、どっちが悪いか証明できるんだよ?」

 

「そのどっちが悪いっていう認識自体が間違いだよ。仮にその須藤君の言うことが事実だとしても、実際に暴力を振るった以上、無罪放免は在り得ない。

 上手く証明できたとして、多少処分は軽くなるかもしれないけど、喧嘩両成敗になるのが良いとこだろうね。

 完全な敗北か痛み分けに持って行けるか、そういう意味じゃ全く無意味とも言えないけど」

 

 逃げるためにほんの一発二発と言う程度であれば、正当防衛も認められたかもしれないが、聞いたところによるとCクラスの生徒は三人ともボコボコになっているらしい。これは明らかな過剰防衛だ。

 

「そっか……けど、罰は軽くなる可能性があるんだよね」

 

「まぁ、目撃者がいればだけどね」

 

 ほんの僅かな慰めでしかないが、自分達の今の行いが全く無意味と思うよりはいいだろう。

 一応、求められた相談に対し必要最低限の答えは返した。そろそろ話を切り上げようかと思った護だが、しかしそこで綾小路が口を開いた。

 

「一ついいか?」

 

「……なにかな?」

 

「さっき目撃者の存在を、無罪を勝ち取るためには影響しないって言ったよな。つまり無罪を勝ち取る方法自体はあるのか?」

 

 その質問を聞いた瞬間、楓花の目が興味深げにスッと細まり、護も内心で感心を抱いた。

 

(今のに気付くとは目聡い……いや、違うか)

 

 護の目から見て、今の発言は質問と言うよりも、答え合わせの確認をしているように見えた。おそらく綾小路は、今回の解決策に関しても気付いている。

 

 別に惚ける必要も無いので、軽く頷く。

 

「あるよ。簡単な話、示談に持って行けばいい」

 

「示談? Cクラスに慰謝料を払うってこと?」

 

「それも一つの手だね。要はCクラスに直接訴えを取り下げさせればいい。

 今回の審議、Cクラスが勝ったところで得られるものは何もないだろ? 

 なら普通に勝負をするよりも、降りた方が得だと思わせられればいい」

 

「慰謝料……そっか、Cクラスが審議を降りてくれれば、私達は今月ポイントが入る。そこから慰謝料を捻出するって言えば……」

 

「ただ、その方法はお勧めしない。言ってしまえばそれは完全な敗北宣言。味を占めたCクラスがまた同じことをしないとも限らないし、クラスの不満も爆発するでしょ?」

 

 なにより、護の言いたかった要点はそこではない。

 重要なのは、審議の前の時点でCクラスに敗北を認めさせるという点。

 この方法であれば、目撃者の有無は実際に関係ない。居ても居なくても、相手に敗北を信じさせるだけの“嘘”を用意すればいいのだから。

 

 尤も、このような偽証を推奨するようなこと、言う気は無いし、言わなくても綾小路は分かっているだろうが。

 

「そうだよね……」

 

「あまり役に立てなくて悪いね」

 

「ううん。おかげで、色々参考になったよ。デートの邪魔しちゃってごめんね」

 

「だ……」

 

 だからデートじゃないと、そう言いかけたが、それを言ったらまた同じことの繰り返しになりそうなので口を噤む。

 

「じゃあね。行こ、綾小路君」

 

「ああ……」

 

 そう言って、去っていく二人。

 その背中が十分に遠ざかったのを見計らい、楓花が口を開く。

 

「なかなか興味深い男子だったな」

 

「……分かるのか?」

 

 綾小路の異様さは、一見して分かるものではない。

 ある程度戦闘経験を積んだ人間ならばまだしも、こちらの世界に入って間もない身でよくわかったものだと思う。

 

「お前や高専の連中を見たからな。どことなく、それに近い場慣れした雰囲気を感じた。

 一応聞くが、呪術師ではないのだろう?」

 

「ああ、前に試しに結界を張ってみたが、見えてなかった。だからこそ、余計に不気味なんだが」

 

「ククッ……お前との時間を削った価値が、少しは有ったか。

 気付いたか? あの男、相談の体を装っておきながら全く動揺や疑問の念が無かった。ただお前を観察するように注視してたぞ」

 

「ああ、分かってるよ。つっても、あくまで一般人だからな。呪術と関係ない以上、特に関わるつもりもないよ」

 

 この学校に入学している以上、少なくとも理事長が許可した生徒であるということだ。

 何かしらこちらの業界に関わる人物であるならば、事前に知らせの一つでもある筈である。

 

「それより、俺達もさっさと行こう。結局、今日は何を買いに来たんだよ?」

 

「ああ、言ってなかったか。まぁ色々と服でも見て回ろうかと思っていたが、一番の目的はあれだな」

 

「あれ?」

 

「水着だ」

 

「よーっし、とりあえず一旦引き返すぞー」

 

 その言葉を聞いた瞬間、護は楓花の手を取って、道を引き返そうとUターンした。

 逆らうつもりもないのか、楓花も護に手を引かれるままに付いていく。

 

「む、随分と強引だな。私の手の感触を忘れられないのは分かるが、どうせならもう少し優しく握ってくれ」

 

「うん、ごめんな。ごめんついでに、マジで水着は勘弁してくんない? なんなら土下座もすっから」

 

「だが断る。何だ、お前は今日一日付き合ってくれるという約束を破るつもりか?」 

 

「クッ…………」

 

 楓花の言葉に、割とガチ目に苦悶の表情を浮かべて額に手を当てる護。

 

 ぶっちゃけた話をすると、護は現在流れている二股疑惑に関しては半分程諦めている。注目されるのはあまり気分が良くないが、実害がある訳でもない。

 素知らぬ顔をしておけば、どうせその内忘れ去られる程度の噂。しかしそれでも――

 

(水着はアウトだろ……ッ!)

 

 恋人でもない男子に、水着選びを付き合わせる女子が居るだろうか?

 うん、実際に居るんだ目の前に。

 しかし、生憎とそう思ってくれないのが世間の目というもの。

 

 この夏休みを控えた時期の日曜日、当然水着売り場には学生達がいる訳で、そこに護達が行けば目につかない筈がない。

 

「…………せめて……せめて学内は止めてくれ。

 マジで、今日の支払いは幾らでも俺が持つし、渋谷でも六本木でも行きたいとこどこでも連れてくから」

 

 嘗て、呪霊達との戦闘ですらこれ程苦悶に満ちた声を出したことが有るだろうかと、何とも情けない気持ちになりながら言葉を絞り出す。

 

「フム……」

 

 薄ら笑みを浮かべながら、わざとらしく考え込む素振りを見せる楓花。

 その仕草は、護の反応を楽しむ為焦らしているようで、ジックリと溜めてからようやく口を開いた。

 

「条件がある」

 

「……なにさ?」

 

「なに、簡単な事だ――」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「さて、この水着とこの水着、どっちが良いと思う?」

 

 そう言って楓花が見せてきたのは、黒いビキニと白いビキニ。

 両方とも体のラインを強調するセクシーなタイプの水着であるが、黒の方が胸元を強調するように開かれているのに対し、白の方は胸元がリボンになっており、露出が減って少し清楚な雰囲気を醸し出している。

 

「……似合うと思うのは黒。見てみたいと思うのは白」

 

「ほう、似合わない方を薦めるのか?」

 

「別に、似合わないと思ってる訳じゃない。楓花ならどんな水着を着ても大体似合いそうだからな。

 似合うと分かり切ってるものより、そっちの方が意外性があって面白いと思っただけ」

 

「なるほどな」

 

 褒められたことが嬉しいのか、まんざらでもない笑みを浮かべながら白い水着を眺める楓花。

 

 何故、護が馬鹿正直に水着の評論など行っているのか。それは先程ショッピングモールから移動する為に楓花が提示した条件。それが――

 

『私が選ぶ水着に対し、真面目に感想を述べる事』

 

 ――だったからである。

 

 結果、渋々ながら学内で注目されるよりはマシと護は頷いた。

 

 あるいは最初護が学外でなら奢るぞと言った時に断ったのも、この流れを見越していたのかもしれない。

 

(……俺、あいつに対して甘くね?)

 

 我がことながら、ついそんな疑問を抱いてしまう護。

 

 とはいえ、楓花に対して強く出られないのも事実である。前回迷惑を掛けたこともあるが、何より夏休みに行われるという旅行では長期間学校を空けることになる。

 一応マメに顔を出すつもりではあるが、その間の警備任務に関しては楓花に一任することになるのだ。今後の負担も考えれば、どうしても甘くなってしまう。

 

 そんなことを考えている内に、楓花は新しい水着を持って護へと見せてくる。

 

「ではこれとこれならばどうだ?」

 

 そう言って見せてきたのは、一つは先程と同じ黒い水着だが、もう一つは紐で留めるタイプの赤いビキニ。

 先程よりも際どい水着を突き付けてくる楓花。その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。

 

 大方、護を動揺する反応でも期待しているのだろう。だが甘い。

 

「……その二つなら黒。赤はちょっと色が派手過ぎて雑味を感じる。

 黒の方が楓花の素材の良さを引き立てる感じでしっくりくる」

 

 生憎と、日頃から精神鍛錬を積んでいるのは伊達ではない。

 先程は良いように振り回されてしまったが、これも一つの作業と割り切ってしまえば、そう簡単に動揺することなどありはしない。

 

「む……そ、そうか……」

 

 むしろドが付くほどストレートな護の誉め言葉に、平静を装っていた楓花の方に綻びが生じているくらいだ

 普段が普段なだけに、いざ面と向かって褒められると却って気恥ずかしさを感じるのだろう。

 この空調の効いた店内においても、楓花の頬には朱の色が差し込んでいた。

 

(恥ずかしいなら、やめりゃいいのに)

 

 護自身は一度頼まれた以上、楓花がいいと言うまで止める気は無い。

 

「ってか、さっきの白いのは気に入らなかったのか?」

 

「いや、アレは買うことに決めた。あともう一着程買っておきたいと思ってな。

 一応聞くが、本当に予算はいいのか?」

 

「ああ、二着と言わず好きに買いなよ。俺もそれなりに稼いじゃいるし、大した使い道も無いから貯まってく一方だしな」

 

 得意気になるでもなく、ただ事実だけを淡々と述べている様子の護。

 というか、むしろ投げ遣りである。

 最早逆らえないことは確定したのだから、後はもう好きにしてくれと言う諦めの様相だった。

 

「……呪術師というのは、そんなに稼げるのか?」

 

「ま、金払いはいいよ。命の危険に見合ってるかって言うと、微妙だけどな」

 

 実の所、護の収入に関しては少し特殊だ。

 正式に高専に所属している訳でもなく、あくまで対外的には3級相当となっている為、高専から支払われる給料自体は、大した額ではない。

 護の場合、収入の大半はお小遣いと言う名目で渡される、兄からの任務の報酬だ。危険度の高い任務なだけに、その報酬も高い。

 

 加えて、世界中を飛び回る護はその方々で、以前のエジプトであったような呪具の破棄や回収をすることも多く、回収した呪具に対する対価も得ている。

 一つ数千万~数億もするような1級や特級の呪具などは早々お目にかかることも無いが、2級、3級の呪具ですら一つ数十万~数百万の値は付く。

 

 そんなわけで、護の保有する個人資産は、ぶっちゃけ慎ましく暮らせば一生働かないで済む程度の額が有ったりする。

 まぁ、収入の大半の支払元が五条家(実家)である辺り、給料を得ている実感も薄い訳だが。

 

「そういうものか」

 

 その後も、楓花の水着の品評会は続き、時には水着を実際に試着をしたりもしたが、護はただひたすらに素直な感想を述べ続けた。

 

 そして、2時間程が過ぎ、ようやく水着を買い終わったところで店を出た。

 

「それで、この後はどうする? 服も見たいって言ってたよな?」

 

「ああ、そうだな。もっとも買うのは私の服ではないが?」

 

「は?」

 

「お前の服だ。お前、いつも着ているのは黒い服ばかりじゃないか。

 少しは違うデザインの服でも着ろ」

 

「いや、今日は楓花の買い物だろ。自分の好きな物買いなよ」

 

「お前が、私の選んだ服を着るというなら、十分楽しめるとも。ほら行くぞ」

 

 そう言って、今度は男物の服屋へと向かう二人。

 そこで今度は護の方が着せ替え人形の如く、色々と玩具にされ、買い物が終わったのが夕方頃。

 

 その後は、ホラー映画を見て演出に酷評したり、ボウリングに行って勝負をしたり、ひと汗かいた後に健康ランドに行ったりと、結局その日は丸一日、楓花に付き合うこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 すみません。またも投稿遅刻しました。

 そして思うこと。今回、何の話だっけ?
 本来なら今回、ショッピングモールに行って綾小路君とエンカウントするというのがメインだったはずなのに、書いてる内に、楓花さんとのデートがメインみたいになってた。

 ちなみに、デート後半サクッと流してしまったのは、ぶっちゃけ細かいやり取りが思いつかなかった。
 ひょっとしたら、後から思いついたら描写追加するかもです。

 ちなみに、クラスポイントの上昇値に関しては割と適当です。
 原作序盤、この辺りのポイント変動に関する描写は色々と食い違う部分が多くて、もう細かい計算は無理だなと諦めた結果、とりあえずAクラスとDクラスに関して原作よりも僅かに上昇値プラスする程度に留めました。

 
Q&A
 
 Q.有栖さんとは水着買いにデート行かんの?
 A.本人達にしてみれば、今の所疾患が治るかどうか分からない状態なので。
   あと勝手なイメージですが、有栖さんの場合、相手に選んでもらうよりも自分が選
   んだ水着に対し、本番で感想を求めるタイプじゃないかなと思ったり


 Q.護君の収入ってどれくらい?
 A.ぶっちゃけ呪術師の収入が良く分からんけど、多分1級術師で年収千万は超えてる
   と思ってる。
   護君の場合、五条先生からの給料プラス呪具、呪物の収入で多分それ以上。


 Q.櫛田さん、何で今回護君に話しかけようと思ったの?
 A.善人ロールというのもあるけど、ひょっとしたら三角関係の噂について情報を得ら
   れるかもという打算。
   櫛田本人は噂に興味ないけど、あわよくばAクラス女子と接点を作る話題の種にな
   ればと思った。

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