よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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49話 女王のプレゼン

 

 今更改まって言うことでもないのだが、呪術師というのは変人が多い。

 特別な力を持ったが故の傲慢、周囲からの迫害といった環境的要因など、理由は色々とあるのだろうが、一般的な法や規則に縛られない彼らは総じて我が強く、大体の者がおかしな拘りを持っていたりする。

 

 言ってしまえば呪術界というのは奇人変人の巣窟。

 社会不適合者の集まりと言われても仕方がない連中である。

 

 さて、前置きが長くなってしまったが、結局何を言いたいかというとだ。

 そんな環境に幼少期から身を置いていた護としては、周囲が変人ばかりなのは慣れっこであるが、同時に自分達が変人であるという自覚もある訳で、こうも思う訳だ。

 

 ――こんな変人共、世の中そうそういてたまるか、と。

 

 というか、例えば兄のような会話の通じない人間が至る所に居たとしたら、それこそ世も末である。

 

 それを踏まえた上で、現在護の目の前に広がる光景を説明しよう。

 

 場所は試験開始時の砂浜。広大な海の景色を前に、一人の金髪の青年がV字の海パン一丁で腰に手を当て、堂々と仁王立ちしている姿。

 そしてその金髪の彼は呟く。

 

「ああ、美しい。大海原を前に燦然(さんぜん)と照らされる私の肉体。カメラの無いことが惜しまれる美しさだねぇ」

 

 誰に話しかけるでもなく、一人で自画自賛の言葉を呟き勝手に悦に浸る金髪の青年。控えめに言ってもやべぇ奴にしか見えないその姿に、護は内心で思った。

 

(国立の学校には、変人を集めなきゃいけないって決まりでもあんのか?)

 

 思い返せば入学してからというもの、まぁ癖の強い生徒の多い事多い事。

 それでも自分が知る連中程でもあるまいと思っていた訳だが、ここにきて更におかしなテンションの男子を目の当たりにして、改めてそう思ってしまった。

 

 ともあれ、現実逃避気味に浮遊しそうになった思考を引き戻し、護は考える。

 果たして声を掛けるべきか否か。

 

 護がこのスタート地点の浜辺まで戻ってきたのは、Dクラスに接触する為、その痕跡を辿るためだ。

 その気になれば術を使って空から捜索することもできた。だがいかんせん、最初から術に頼り切るのは少々ズルをしているようで気が引けたし、何よりどこに監視の目が有るか分かったもんじゃない。

 

 現状、迂闊な行動はとるべきではないと自重した結果、わざわざ浜辺まで戻ってきた訳だが、そうして森を抜けた所で真っ先に目にしたのが、先程の光景という訳である。

 

(たしか彼、Dクラスの生徒……だよな?)

 

 護も一応目の前の男子の事は知っていた。

 1年Dクラス、高円寺六助。高円寺コンツェルンの御曹司にして、今年の1年生の中でも一際異彩を放つ問題児。直接面と向かって話したことこそないが、その噂だけは聞き及んでいた。

 

 彼なら、今Dクラスの面々がどこにいるのか知っているかもしれない。

 だが、果たして話しかけたとして会話が通じる相手かどうか。

 あの手のマイペースなノリをよく知っている護は、面倒臭い気配をヒシヒシと感じ取っていた。

 

「――ところで、先程から不躾な視線を送ってくるボーイは私に一体何の用かな?」

 

 と、どうするべきかと悩んでいる内に先に向こうの方から話しかけてきた。

 内心、うわぁと怠さを感じつつ、まぁ悩む手間が省けてよかったとプラスに考えるべきかと、思考を切り替え一歩踏み出す。

 

「……邪魔をしたようで悪かったね。えっと、君はDクラスの高円寺君で良かったかな?」

 

 すると、目の前の彼は不敵な笑みを浮かべたかと思うと、気取った仕草で前髪をかき上げて名乗りを上げた。

 

「いかにも、私こそが高円寺コンツェルンの一人息子にして、いずれこの国を背負って立つ男、高円寺六助だ。

 サインが欲しいのであれば、正式に秘書を通してからにしてくれ給え」

 

(秘書どこだよ)

 

 思った通り、ほぼほぼノリで言葉を発するようなタイプだなぁと思いつつ、最低限愛想笑いを絶やさないように気を付けて言葉を続ける。

 

「あー、うん。別にサインとかじゃないんだけどね……俺はAクラスの五条護。

 実はAクラスからDクラスの皆にちょっとした提案が有って探してたんだけど、他の人たちがどこにいるか教えてもらえないかな?」

 

「ほぅ……」

 

 すると、高円寺は一瞬興味深げに目を細めたかと思うと、こちらに対し観察するような視線を送ってきた。

 顎に手を当てて、護の頭からつま先まで矯めつ眇めつ眺める高円寺。

 そして彼は、おもむろに護に近づいたかと思うと、パンパンと肩や腕など体の各所を軽く叩き始めた。

 

「えっと……なに?」

 

 別に痛くは無いのだが、いきなり体に触れられていい気はせず、軽く眉を顰めながら問いかける。

 

「ふむ、なかなか面白い筋肉の付き方だ。まともなトレーニングでは到底不可能な肉体。まさかこのような場所で、君のような者に出会うとはねぇ」

 

「……どういう意味かな?」

 

 なにやら含みの感じられる高円寺の言葉に、不躾に触れられたこととは別の理由で顔を顰める護。

 しかし彼は護の問いには答えようとはせず、勝手に一人で納得したように頷くと踵を返した。

 

「フッ、付いてきたまえ。本来なら道案内のような雑事など御免なのだが、面白いものを見せてもらったからね。

 この私直々のガイドを受けられること、光栄に思い給えよ」

 

 どうやら、案内をしてくれるつもりは有るらしい。そう言って、森の中へと足を向ける高円寺。 

 

(アレのいるクラスと、これから交渉するのか……)

 

 まだ始まってすらいないというのに、何とも先行きが不安になる出だしである。

 

「……てか、森に入るなら服着ろよ」

 

 護は半ば不安から逃避するかのように、届いているかどうかも分からない呟きを漏らした。

 

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

「……ッ、龍園と同じ作戦を取るつもりか」

 

「ご理解が早くて助かります。もっとも、採用したいのは他クラスとポイントを取引するという部分のみ。他クラスにスパイを送り込むつもりはありませんが」

 

 やはり、このタイミングでのリタイア発言から、有栖の狙いは伝わったらしい。

 葛城は一瞬驚きに絶句したかと思うと、しかしすぐさま持ち直して反論を口にする。

 

「だがそれは、他クラスとの差をみすみす詰めさせる行為だ。納得は出来んぞ」

 

「葛城君の懸念はもっともだと思います。私としても龍園君の策を真似るのは少々癪ですから。

 ですが一つの事実として、他クラスにポイントを譲渡するというのは、この試験においてある種の最適解と言えます」

 

 有栖はまず、この策が自分の心情的にも不本意なものである事を前面に押し出した。

 単に一時の対抗心で龍園の策に便乗した訳ではなく、きちんとした合理性に基づくものであると。

 

「どういう意味だ?」

 

「それを説明する前に一つ確認しておきたいのですが、葛城君はこの試験において、どれほどのポイントを使う見積もりでしたか?」

 

 保守的な葛城の事。こう問えば、少なくともこの時点で低すぎる数字を挙げてくることは無い。

 目標を高く設定してしまえば、それだけ切り詰めようと他のメンバーにストレスを掛けてしまう。ある程度の余裕は持たせてくる。

 

 それは先程、龍園から提示された200ポイントという高額な取引を受けようとしていたことからもわかること。

 

「……甘く見積もって、150ポイント程度が妥当だろう。

 過度な節制をしたところで、体調不良によるリタイアが出ては元の木阿弥だ。シャワーやトイレといった最低限の生活環境を整えるためにも、それだけのポイントは必要になると考える」

 

「そうですね。私としてもそれが妥当な数字だと思います」

 

 (おおむ)ね予想通りの数字が出てきたことに、有栖は笑みを浮かべながら頷きを返した。

 

「加えて、私達の場合はリーダーを交代する都合上、更に30ポイントが引かれる計算になります。

 結果、最低限残る数字としては120ポイント前後。ここまでは皆さんよろしいでしょうか?」

 

「……ああ」

 

 周囲を見渡し、反論の声が上がらないことを確認したところで、葛城が粛々と頷く。

 

「はっきり言って、その程度のポイントを守るためにクラス全員が残って試験に取り組むのは、非効率的だと言わざると得ません。

 慣れない無人島での生活。それも40人で限られた物資を共有するとなれば、ストレスから体調を崩す生徒も出てくるでしょう」

 

 先程葛城が述べた150ポイントは余裕を持って述べた数字。実際には100ポイント程度の使用で済む可能性も十分にあるが、それでも有栖が言うように体調不良に陥る生徒が出る可能性は低くない。

 

 葛城も、その危険性は安易に否定するべきではないと思ったのか、黙って有栖の言葉に耳を傾けていた。

 

「そうなれば、最終的に100ポイントを割ってしまう可能性も大いにあります。

 ですが逆に少数精鋭で試験に挑んだ場合、例えばほんの10人足らずであれば、100ポイントもあれば十分な生活が送れるでしょう。

 であれば、残った200ポイントを交渉に充てて、利益を得た方が得だとは思いませんか?」

 

 口元に拳を当てて、悩む様子を見せる葛城。改めてこの作戦の合理性に気付いたのだろう。

 龍園が考えたこの作戦、一見奇抜なように見えるが、リタイアによるリスクを削減して確実な利益を得られるという点では、むしろ堅実とすら言える一手だ。

 保守的な葛城にしてみれば、あながち自分の主義に反するものでもない。

 

「……理屈は分かる――が、問題が二つある。

 まず、その作戦ではクラスポイントで他クラスとの差が縮まる危険があること。

 先程龍園も言っていたが、万が一Bクラスが奴の取引を受けた場合、最悪300ポイントをそのまま残し、クラス順位が入れ替わる可能性も在り得る」

 

「そうですね。勿論その危険性に関しても考慮しています。

 ですがそれを説明する前に、先にもう一つの理由も聞いておきましょうか」

 

 もっとも、問いかけながら有栖の中では既に葛城が挙げるだろう問題も予想は付いてはいたが。

 

「もう一つが、取引する相手についてだ。

 今言ったように、Bクラスにポイントのアドバンテージを与えるのは得策ではない。ならば残る取引相手はDクラスとなる訳だが、彼らでは月々の支払い能力に不安が残る。

 ――いや、そもそもポイントに困窮している彼らが、取引を受けるかどうかすらも疑問だ」

 

 ほとんど想定していた通りの指摘がなされたことに、内心でほくそ笑む有栖。

 こういう時、真っ当な筋道を立てて思考を働かせる葛城の存在は便利だ。他の者達が抱いているだろう懸念を明確な形にしてくれるおかげで、一人一人に噛み砕いて話す必要が無いのだから。

 

「なるほど。ではまず、Dクラスと取引をするメリットから述べましょうか。

 まずは取引そのものにご賛同いただかなくては、彼らが受けるかどうかを考えた所で意味がありませんから」

 

「その言い方では、取引そのものではなくDクラスと手を組むこと自体にメリットがあるような口振りだな?」

 

 その言葉に、有栖が何か言うより先に彼の隣にいる戸塚が不満ともとれる声を上げた。

 

「は? あんな不良品どもと手を組むことにメリットですか?」

 

 現状、Aクラス内でDクラスに対する評価は高くない。中間テストで1位の座を奪われこそしたが、それでもまだ最上位クラスとして最下位クラスを見下す者は多い。

 言葉には出さずとも、何人かの生徒は戸塚同様、不満と疑念の混ざった表情を浮かべていた。

 

「手を組むというよりは、利用すると言った方が正しいかもしれません。

 これは先程葛城君が言った、Bクラスとポイント差が縮まる事にも繋がる話なのですが、私は現状この試験において、クラスポイントに拘る必要性は薄いと考えています」

 

 その言葉に、葛城のみならず有栖の派閥の生徒達までもが困惑の表情を浮かべる。

 勝利に対し貪欲な姿勢を見せていた有栖らしからぬ言葉。彼女のこれまでのスタンスを見て付き従ってきた者達にすれば立ち位置が揺るぎかねない一言に、流石に見逃せなかったのか橋本が口を挟んだ。

 

「どういう意味だい姫さん。つまりこの試験、勝つ気が無いってことか?」

 

「勝利は目指します。ただ目指す勝利の形が違うというお話です」

 

「……回りくどいな。あまり時間も無駄には出来ないんだ。手早く要点を言って欲しい」

 

 一層深まる疑問に皆が首を傾げる中、葛城が苛立ち交じりに問いかける。

 既に龍園との交渉から始まり、開始からかなりの時間をロスしている。葛城が不機嫌になるのも無理はない。

 

「そう焦らないで下さい。話し合いを円滑に進める上で、認識の擦り合わせは大事な事です」

 

 有栖は葛城に宥めるような声を掛けながら、しかし内心ではその眉間に寄った皴にほくそ笑んだ。

 交渉事において、焦りの感情は大敵だ。焦りは判断を曇らせ、早期に決着をつけたいがために己に妥協を許してしまう。

 

 自分の意見を通すのではなく、納得する道を捜し始めた時点で交渉は決したも同然。

 葛城は今その手前に立っていると、有栖は感じ取った。

 

「確かに葛城君の言う通り、Bクラスが龍園君の取引を受けてしまえばクラスポイントで縮められる危険があるでしょう。それは否定できません」

 

 こちらもスポット占有でポイントを獲得する見積もりとはいえ、それで300ポイント取れるかは微妙なライン。

 いくら言い繕ったところで、不確定な要素が絡む以上その危険性を完全に拭い去ることは出来ない。下手なごまかしは却って不信感を与えることにしかならないと、故に有栖もその点に関しては素直に認めた。

 

「しかしそれで縮まるのは、あくまで表面上見える数字の差。

 Dクラスとの取引が成立した場合、こちらは本来の成果以上に多額のプライベートポイントを得ることが出来ます。

 一方で逆にBクラスは龍園君に対し多額のプライベートポイントを支払うことになる。

 実質的な優位性がどちらにあるのか、論ずるまでも無いでしょう」

 

「だが、それでクラスの順位が逆転することになれば、元も子も無い」

 

「それこそ問題ありません。先ほども言いましたが、現時点でクラスポイントに拘るメリットはありません。

 皆さん、クラスの順位に拘っている方が多いようですが、今の時点でAクラスが独走するような状況になったとして、それを維持できるとは思えませんから。

 ()()()()、その時ではありません」

 

「どういう意味だ?」

 

「出る杭は打たれかねない、ということです。突出した成績を残す者はそれだけ周囲にとっては脅威と映ります。

 場合によっては今後の試験、他クラスが協力してAクラスを狙い撃ちにするということもあるでしょう」

 

「だが、そのような事を警戒して手を抜くようでは、いつまでも他クラスとの差は広がらないだろう」

 

「だからこそ『今はまだ』なのですよ。

 今後本気で試験に取り組む為にも、今必要なのは地盤固め。どのような状況に陥っても対処ができるよう、目に見えない優位性を得る事こそが重要なのです」

 

 今後の為、地盤固めと、堅実な葛城が好むだろう言い回しを選びながら言葉を紡ぐ有栖。

 眉間に皴の寄った表情が、焦りからくる苛立ちから純粋に悩まし気なものに変わったのを見て、有栖は確かな手応えを感じ取った。

 

「同時に、この試験でDクラスが結果を示せば、他のクラスは私達だけではなく下位のクラスにも目を向けざるを得なくなります。

 そうなれば、より一層クラス同士で協力することは困難になるでしょう」

 

「それが、Dクラスと組むことのメリットか」

 

「ええ、現状Dクラスとのポイント差を考えれば、多少クラスポイントを詰められたとしても誤差の範囲でしかありません。加えて実質的な収益もこちらに流れることになる訳ですから、一番取引におけるマイナスが生じにくいクラスと言えます」

 

 現在、AとDのクラスポイントは1000ポイント近い開きがある。

 この取引で100や200のアドバンテージを与えたところで、大した脅威とはならない。

 

「クラス間のパワーバランスを調整し、更に取引で得たポイントをプール金として蓄え優位性を得る事。それがこの取引の目的です」

 

「プール金……クラスで使える共有資産を集めようということか。それは俺も考えてはいたが……」

 

「はい。プライベートポイントの価値が単なるお小遣いの枠に収まらないことは、既に皆さん理解できていると思います。いずれ、プライベートポイントが試験の結果を左右する場面も必ず来るでしょう。

 しかし、毎月決まった額を皆さんから徴収するようなやり方では、不満を抱く方も出てくると思いませんか?」

 

 クラスの共有資産を集める事。この重要性に関しては皆理解できている事だろう。だが、月々決まった額を徴収すると言われて納得できるかは別である。

 プライベートポイントは退学の取消しのみならず、2000万ポイントで他のクラスに移動できる権利を買えるとも学校側から明かされている。

 

 実際にそれだけの額を貯められるかは別として、自分自身の身を守るためにも1ポイントでも多く保有しておきたいと思うのが素直な心情だろう。

 

「今回のDクラスとの取引はそういった問題を解決する意味でもメリットがあります。

 Dクラスから得るポイント、それをクラスの共有資産とすれば不満を抱く方もいないでしょう」

 

 仮にクラスポイントを100増やして各生徒から1万徴収するのも、Dクラスから1万徴収するのも、結果としては変わらないが、後者の方が自分の小遣いから渡す過程が無いだけに心理的な抵抗はグンと下がる。

 

「……仮にDクラスのポイントが、今後0になったらどうする?」

 

「既に学校のシステムを知った以上、流石に0ポイントに戻ることも無いとは思いますが、そうですね……仮にそのような状況になった時は、ポイントの代わりにこちらの為に働いて頂きましょう」

 

「働くだと?」

 

「ええ、例えば今回のような特別試験が有った時、来月分の支払いを免除する代わりにAクラスに協力する。そのような提案を持ち掛ければ、例えポイントが得られなくなっても、十分な利があるとは思いませんか?」

 

 仮にDクラスがポイントの支払いに滞る程追い詰められるようなことになれば、試験どころか学校生活すらも困難になるだろう。

 その場合、Aクラスの采配一つで進退が決まる、明確な主従関係が出来上がることになる。

 

「さて、ひとまず私からは以上ですが――いかがでしょう? ポイントを譲渡しリタイアすることのメリット、ご納得いただけましたか?」

 

 有栖の言葉に対し、渋い顔で考え込む葛城。この策の有用性は理解できても、有栖の事は信用できないと言ったところか。この策の裏に、自分を陥れるための何かが隠されているかとでも警戒しているのだろう。

 

 もっとも、いくら警戒したところでこの状況から葛城に巻き返すことなど不可能だろうが。

 何故なら彼には、勝利に対する明確なヴィジョンが無い。 

 先程まで語った説明、全ての考えを語った訳でないのは事実であるが、生憎と今回葛城が警戒するような裏は無い。

 Aクラスの勝利を目指す。その一点に嘘はなく、先程語った理屈に関しても嘘はない。

 

 向けられた正論に対し、それを覆すには相手を上回る正論か、もしくは誰もが耳を傾ける聞こえの良い嘘しかないのだ。

 その両方を持ち合わせない葛城に、有栖の意見を覆すなどできるはずが無かった。

 

 後は何かもう一押し、決め手となるものがあればこの交渉は決まると、半ば確信する有栖。

 

 そう思っていたところで、ようやく葛城は口を開いた。

 

「……Dクラスから集めた資金、それの管理はどうするつもりだ?」

 

 ――チェック、と有栖は内心で呟いた。

 

 なるほど、悪くない着眼点だ。この作戦の中で、Aクラスではなく有栖の派閥が優位に立つための何かが有ると考えるならそこである。

 多額の資金を管理する立場となれば、クラスのリーダーとしての立ち位置はより盤石なものとなる。有栖の狙いもそこにあると、葛城は睨んだのだろう。

 だが生憎と、有栖はその一言をこそ待っていた。

 

「そうですね。この取引が成立すれば毎月数十万ポイントもの金額が入ることになります。

 それだけの多額のポイントとなれば、当然信用のある方に管理して頂かなくてはなりません。

 なのでここはひとまず――葛城君にお願いできないでしょうか?」

 

「俺、だと?」

 

 てっきり有栖が管理するよう話を持って行くと思っていたのか、でなければ両派閥で折半して管理するとでも思っていたのだろう。

 まさかの全額を自分に任せるという発言に、瞠目する葛城。

 

「ええ、この作戦を言い出した私が管理すると言えば、不満を持つ方も出てくるかと思います。

 葛城君ほど責任感のある方であれば、少なくとも私欲で使い込むようなことは有りませんし、その点は皆さんも信用できるでしょうから」

 

 有栖にしてみれば、資金をどちらで管理するかなどは重要ではない。

 確かにクラスの金庫番となれば、今後試験においてプライベートポイントが必要な場面で、その戦略の最終決定権を握るも同然。

 だが、葛城の性格上独断でポイントを使い込むような性格ではないし、仮に資金力でクラスを牛耳ろうとしようものなら、それこそ反感を買ってリーダーとしては失格になる。

 

 そもそも有栖は『ひとまず』と言ったのだ。今後いくらでも変更するチャンスがある以上、現時点で誰が管理するかなどは些末事でしかない。

 

 しかしこれにより、警戒を抱いていた葛城派の生徒達も考えを変える。

 自分達のリーダーが優位を取れるチャンスが巡ってきたと、そう考える。

 

「どうでしょう? 勿論、それが重荷になると仰るのでしたら、こちらで責任もって管理させて頂きますが」

 

 何を考えているのか、有栖に対しそんな瞳を向ける葛城。

 周囲の者達は葛城が何と答えるのかをジッと見守っているが、その沈黙がある種この場に居る全員の意思を物語っていた。

 

 誰も何も言わないのは、半ば有栖の提案に賛同しているからこそだ。

 

 有栖の派閥は言うに及ばず、葛城派の生徒すらも発言しないのはそれは反論する理由が思い浮かばないから。かといって、彼らにしてみれば敵対派閥の長が提案した意見。表立って賛同することも出来ないからこそ、彼らは自分達のリーダーである葛城が何か言うのを待っている。

 

 そしてようやく、彼は口を開いた。

 

「……いいだろう。お前の提案に乗ろう」

 

 

 


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