(厄日だ)
登校途中には呪霊を発見し、偶然声をかけた少女は兄を彷彿とさせる腹黒そうな少女。しかもその少女が隣の席になるというトリプルコンボ。
まだホームルームが終わったばかりだというのに、精神的にどっと疲れたと、護は椅子にもたれかかって息を吐いた。
(どうせなら、最初から放課後に一人で先生を訪ねればよかった)
わざわざ訪ねるのも億劫だからとホームルームで質問してしまい、結果他のクラスメイトから、余計な注目を集めてしまった。心底面倒くさいことをしてしまったと護は独り言ちた。
「フフッ、先ほどはお見事な推理でしたね」
そんな心情を知ってか知らずか、隣で他人事のように笑う坂柳を見て、やっぱりこの娘、性格悪いわと再認識する護。
「一応聞くけど、俺変なこと言ってた?」
「いいえ、私も概ね同じ考えでしたので。護君ほど確信を持ってはいませんでしたが」
「そう、……ん、マモルクン?」
いきなり下の名前で呼ばれたことに、困惑する。
「ええ、五条君と呼ぶより護君の方が呼びやすかったので、ダメでしたか?」
「ダメってことはないけど……」
(やばい、何か本格的にロックオンされた)
どうやら、先ほどのホームルームにおけるやり取りの何かが、坂柳の琴線に触れたらしい。
急激に距離を詰めてきた坂柳に対し、本格的に目をつけられたと確信した護は、内心で慄いた。
「護君も、私のことは名前で呼んで構いませんよ。そちらの方が呼びやすいでしょう?」
まるで、からかってこちらの反応を楽しもうとするかのような態度だが、護も高々名前を呼ぶくらいで動揺するような、初心な性格していない。
「そ、じゃあ有栖さんね」
そんなやり取りをする二人に、何人かの生徒が近寄ってきた。
「あの、ちょっと……「少しいいだろうか」」
護に声をかけようとした生徒達だったが、その声は教壇の前に立つ一人の男子生徒の声で遮られた。
この間まで中学生だったとは思えないガタイの良い体格。髪の毛の生えていない
年上と言われても納得できてしまうような迫力のある男子生徒だ。
「おそらく、彼と話をしたい者も多いと思うが、まず俺たちは自己紹介をするべきだと思う。
先ほどの話はさておき、これから3年間を過ごす以上、ある程度の親睦を深めるためにも必要なことだろう」
有無を言わせぬ、というような口調ではないが、その見た目の迫力も相まって、どことなく断りにくい雰囲気がある。
提案の内容も、そう的外れなものでないため、すぐに教室のあちこちから賛成する声が上がった。
「確かにな」「さんせーい」「やろやろ」
「ありがとう。ではまずは言い出した俺からさせてもらおう。
俺は葛城康平だ。中学では生徒会に属していた経験もあるので、その経験を活かし、このクラスが纏まれる一助になれればと考えている。よろしく頼む」
見た目は少々厳ついが、性格はかなり真面目らしい。今の自己紹介で、他のクラスメイトもそれを感じたらしく、よろしくという返事や拍手の音が響いた。
そのまま近い席にいたものから順番に自己紹介をしていき、護の番が回ってきた。
「名前は五条護です。さっきはホームルームを長引かせてしまい、すみません。
趣味は、しいて言うならスイーツの食べ歩き。特技は書道です。よろしくお願いします」
あまり凝ったことも言えないので、趣味と特技だけ言って簡単に終わらせる。
ちなみに書道が得意なのは、呪符を書いているうちに上達した副産物である。
護の自己紹介が終わり、次に隣の席である有栖の番になった。
「私は坂柳有栖と言います。この杖でわかるかもしれませんが、私は先天性の疾患を患っており、体があまり丈夫ではありません。
入学前は不安もあったのですが、このクラスには親切な方が多そうで、今は安心しています。
ご迷惑をおかけしてしまうこともありますが、どうかよろしくお願いします」
今の自己紹介、クラスの中で違和感を覚えたものは誰一人としていなかっただろう。しかし護は気が付いた。
今、有栖は親切な方という部分で護の方に視線を向けた。それは他の注目していた他のクラスメイトにもわかったはずだ。
登校の時点で、護が有栖の鞄を持っていた姿を見た者も何人かはいるだろう。
何が言いたいかというと、つまりはこれで、クラスの中で護は有栖の世話をするのが当たり前という印象を植え付けられたのだ。
生まれつき体が弱い、見た目薄幸の美少女が頼りにしている人物。そういう認識を持たれた以上、もし護が冷たい態度をとろうものなら、間違いなく顰蹙を買うことになる。
隣で、薄く微笑む有栖に対し、護は僅かに頬が引き攣った。
その後も自己紹介は進んでいき、最後の一人が終わったところで、再び葛城が声を上げた。
「さて、これで自己紹介も終わったが、早速だが話し合いたいことがある。先ほどのホームルームの五条の推測についてだ」
自己紹介で
「やっぱりさっきのって、本当なのかな?」
「そうだろ、筋は通ってたし」
「けど、学校がそんな騙し討ちみたいなことするか?」
生徒たちが口々に自分の考えを出し合い、ざわめきが起きる。
「皆、いったん落ち着いてくれ」
そこで、葛城が大きな声でざわめきを鎮めた。
「全員が、思うままに発言しても纏まらないだろう。
一旦、情報を整理するので、意見がある者は手を挙げて発言してくれ」
そう言って、率先して仕切りだした葛城を見て、護はほっと息をついた。
自分の質問が発端となって起こった騒ぎだけに、巻き込まれるのを危惧していたのだ。
おそらくクラスメイトの中には、どうしてお前が仕切っているのかと、不満を抱く者もいるのかもしれないが、そこを指摘して話がこじれることのデメリットは皆理解しているのだろう。
特に反論する者は出なかった。
「まず重要な点としては、次のポイント支給が成績や生活態度によって変動するかもしれないという点。
クラス毎にその評価で順位がつけられるかもしれないことだ」
そこで一人の女生徒が手を挙げて発言する。
「それって、確実なことなの? 結局先生は何も言わなかったけど」
「おそらく五条の推測は合っているだろう。もしも違うというのなら、先生ははっきりと否定したはずだ」
そこで、再び教室内にざわめきが起きる。
ある意味当然の反応だろう。10万という額に浮かれていた者たちにとっては、来月のポイントも同額とは限らないと言われれば、水を差された気分にもなる。
「しかしここは重要ではない」
「どういうこと」
「そもそも、学生の本分は勉学に励むことだ。
学生として当たり前の行動を心掛けてさえいれば、ポイントが減るかもしれないなどと、恐れる必要はない」
「それはそうかもしれないけどさ、せめて詳しい評価項目とかわかんないと安心できないよ」
「確かにその通りだ。ではこの点も含めて、各自気になる点をまとめて放課後先生に聞きに行けばいい。今の俺達には、何を判断するにも情報が足りない。
仮に答えてもらえなかったとして、返答できない情報とわかるだけでも十分だろう」
そこで、有栖が静かに手を挙げた。
「失礼、意見してもよろしいでしょうか」
「坂柳、だったな。勿論だ」
「では、各々が先生のもとへ質問に行くというのは、迷惑になりかねません。
護君の他に、もう一人代表を立てて、質問の答えを共有するのはいかがでしょう」
さらっと代表の一人にされたことで、護が有栖の方に視線で苦情を訴える。
(いや、行くけども。まだ休みがいくらで買えるかって聞けてないから、行くけども)
あまり注目されることが本意でない護としては、話の槍玉にあげられたこと自体不本意である。
「ああ、それが妥当だろう。では俺が五条と一緒に――」
「いえ、私が行きましょう」
言葉を遮られた葛城は、不服そうに眉をしかめた。
ここまでの振る舞いを見た限り、どうやら彼は皆をまとめるリーダーとしての立ち位置を確立したいようだと、護は察した。
「む、しかし」
「実は、護君には少し用事があったので、一緒に帰りたかったんです」
そう言われて、今度は護が眉をしかめた。
(俺、放課後は呪霊探しに町を廻んなきゃいけないんだけど)
とはいえ、そんなこと言えるはずもない。
用事があると言って断ろうかとも思ったが、そもそも入学初日でどんな用事があるのかと指摘されても困る。
学内を散策したいからと言って、ならばついてくると言われても面倒だ。
(何の用かは知らないが、さっさと終わらせて仕事に行こう)
「そういうことであれば、五条と坂柳に任せよう」
「フフッ、ええ、任せてください」
(ああ……厄日だ)
ホームルームが終わった時と同じように、椅子にもたれかかった。