よう実×呪術廻戦   作:青春 零

50 / 61
50話 裸の王様、虎の尾を踏む

 

 

 綾小路清隆にとって、Aクラスの座を巡る争いなどどうでもよかった。

 元々この学校に入学したのは、普通の学校生活というものを学ぶため。

 ホワイトルームでは学ぶことの無かった、俗世間というものを体感するためだった。

 

 Aクラスとして得られる特権になど興味はなく、Dクラスとして貼られる不良品や劣等生というレッテルにも興味はない。

 

 そんな事情が変わったのは夏休みに入る少し前、終業式があった日のこと。

 Dクラス担任、茶柱佐枝から呼び出しを受け、告げられた言葉が原因だった。

 

『数日前、ある男が学校に接触してきた。綾小路清隆を退学させろ、とな』

 

 その言葉を聞いた瞬間、真っ先に浮かんだのは生物学上の父親に当たる一人の男の姿。

 

 本来この学校の特異性を考えれば、本人の同意も無しに退学などさせられない。

 しかし茶柱は、事も有ろうか綾小路に対し、自分であれば窃盗やカンニングなどの問題行為を起こしたとして、無理矢理退学させることもできると言った上で、こう続けた。

 

『これは取引だ、綾小路。おまえは私のためにAクラスを目指す。そして私はおまえを守るために全面的にフォローする』

 

 茶柱の言葉がどこまで本当かは分からない。だが一点、取引に応じなければ自分を切り捨てるつもりだと、その点に関して嘘は感じられなかった。

 自分を利用されることなど業腹でしかないが、今はまだこの学校生活を失う訳にはいかない。

 

 かくして綾小路は、DクラスがAクラスに上がるために当面協力することを義務付けられてしまった――のだが。

 

(これは、思った以上に厄介かもな……)

 

 綾小路は洞窟からの帰り道、集合場所へと戻る道すがら内心で独り言ちた。

 

 先程の洞窟の一件で、Aクラスの狙いに関しては大方の予想が付いた。

 問題なのは、それが分かったところで対抗策が取れないこと。

 

(付け入る隙があるとすればリーダーを交代した後だが……)

 

 だが当然、むこうとしてもその程度の事は想定している筈だ。

 交代するとすれば最終日直前。タイムリミット間近となれば、わざわざ危険を犯してまでスポットを占有し続ける必要も無い。

 

(こうなると、やはりAクラスに関しては諦めるべきか。対策が無い訳でも無いが、リスクが大きすぎる)

 

 手段を選ばなくていいのであれば、一応とれる対策は有る。だがそのどれもがリスクの高い策。

 綾小路自身は目立ちたくない上、かといってそれを任せられるような人材もいない現状、実行は難しい。

 ここはいっそ、1位の座は諦めてBクラスとCクラスに勝つことに焦点を絞るべきか。

 

(なんなら、いっそ茶柱の方をどうにかした方が楽かもしれないな……)

 

 と、そんな物騒な事を考えている内に、いつの間にか集合場所へと到着した綾小路達。

 まずは平田に戻ったことを報告するかとその姿を捜すと、そこには興奮した様子の池達が、平田に話しかけている姿が有った。

 

「川だよ川! ものすごく綺麗な感じの! そこに装置みたいなんがあったんだよ! あれが占有とか何とかの機械だ! ここから10分もかからないから早速全員で行こうぜ!」

 

「それは大手柄だね。水源が確保出来たら僕たちの状況は大きく好転するかもしれない」

 

 どうやら、先程の探索で池達はスポットを見つけることが出来たらしい。

 平田もその報告に喜ばし気に頷きつつ池達に労いの言葉を掛けている。

 

「だけどまだ2チームが戻ってないから、誰かがここに残ってないと困るだろうね」

 

 そこで綾小路も会話に割って入る。

 

「悪い平田、高円寺もだ。途中ではぐれた」

 

「ああ、高円寺君ならさっき一人で戻ってきて海に泳ぎに行ったよ」

 

 その言葉に、元々心配などしてはいなかったが相変わらずの自由人っぷりに、内心呆れる綾小路。

 まぁ、元々戦力として期待するつもりも無かった人物だ。それこそ、綾小路としてはいつリタイアしたとしてもおかしくないと思っている相手。

 思考を割くだけ無駄かと思ったところで、ふと声が響いた。

 

「私の名を呼んだかね、平田ボーイ」 

 

 振り返ると、そこには海パンにジャージを一枚羽織っただけという珍妙な格好の高円寺の姿。

 

「高円寺君、どうしたんだい? さっき出て行ったばかりなのに」

 

 突然現れた高円寺に、軽く驚きながら問いかける平田。

 

「なに、海で少々面白い人物に出会ったのでね。

 君たちに話があるというので、客人として特別に案内してあげたまでさ」

 

「客人?」

 

 訝し気な声を上げる平田。しかし綾小路は、内心で疑問と同時に少なくない驚きの感情を覚えた。

 

(高円寺が、素直に人を案内しただと?)

 

 なにせあの高円寺である。マイペースで唯我独尊、傲慢不遜を地で行く男。道案内なんて頼まれたところで、そんな雑事は下々の仕事だと馬鹿にしそうなものである。

 一体どんな人物をと思ったところで、その案内された人物が顔を出した。

 

「やぁ、平田君。少し話がしたいんだけど、ちょっといいかな?」

 

「ご、五条君!?」

 

 驚きを露わにする平田。かくいう綾小路も、予想だにしない人物の出現に僅かに目を見開く。

 

「五条って……は!? Aクラスの生徒だろ!? なんだってこんなところに居るんだよ!?」

 

 平田のすぐ傍に居た池が、混乱したように驚きの声を上げ、それにつられて他の生徒達からも注目が集まる。

 ザワザワと、口々に戸惑いの声を上げる生徒達。

 当然、皆からすれば敵対クラスの生徒だ。敵意や警戒心の籠った視線を向ける者は多い。

 女子達の中には、その容姿故かどこか好奇の混じった視線を向ける者もいるようだったが、一部の男子はそれが却って面白くない様子。

 

 全体的に空気が悪くなってきたのを感じたのか、それを制するように平田は努めて明るい声で話しかけた。

 

「驚いたな。どうしたんだいこんなところに?」

 

「突然お邪魔して悪いね。実は、AクラスからDクラスに対して、ちょっとした取引の提案があってね」

 

「取引?」

 

 その言葉に、疑問符を浮かべる一同。

 しかしそこで、少し離れた場所に居た須藤が不機嫌そうに声を張り上げた。

 

「ハッ、俺らを不良品とか言ってるAクラス様が、一体何の用だってんだよ。

 取引とか言って、お前らもCクラスの連中みたいに嵌める気じゃねぇだろうな?」

 

「落ち着いて、須藤君」

 

 先月、Cクラスに仕掛けられた暴力事件のことが忘れられないのか、警戒心の籠った声で睨みつける須藤。

 しかし相手は欠片も怯んだ様子を見せず、ただ困ったように首に手を当てながら落ち着いた態度で言葉を返した。

 

「あー……どうもうちのクラスの生徒が何か失礼な態度をとったみたいだね。

 申し訳ない。それに関しては代わって謝罪させてもらうよ」

 

 そう言って、ペコリと頭を下げる護。

 Aクラスの生徒と言えば、高慢な態度の人間しか知らなかったのだろう。あまりにも素直な謝罪にたいし、呆気にとられた様子の須藤。

 

「……須藤君、僕も五条君とは知り合いなんだけど、クラスを理由に人を差別するような人じゃないよ。

 少し話すだけでも、許してくれないかな?」

 

「……わぁったよ」

 

 不機嫌そうにしつつも、頷く須藤に平田は安堵の表情を浮かべた。

 

「五条君もごめん。君が悪口を言った訳じゃ無いのに、当たってしまって」

 

「ああ、いいよ。ウチのクラスの連中が迷惑かけたのは事実みたいだし、それに他クラスの生徒がいきなり現れたら警戒するのも当然だからね」

 

「そう言ってくれると助かるよ。それじゃあ話を戻させてもらうけど、取引ってどういうことかな?」

 

 ようやく本題が切り出される。

 するとそこで、話を聞き取るために近づいてきたのか、堀北が綾小路の隣に並んだ。

 

「うん、じゃあ単刀直入に言わせてもらうんだけど、君らウチのクラスのポイントを買い取るつもりない?」

 

「「「は?」」」

 

 その言葉を聞いた瞬間、疑問符を浮かべるDクラス一同。

 平田もその言葉の意味が分からなかったのか、首を傾げながら問い返す。

 

「えっと……どういう意味かな? この試験、ポイントのやり取りは出来なかったと思うんだけど」

 

「うん、まぁ簡単に説明すると、こちらは今回の試験で君たちが欲しいと思った物資を代わりに購入して引き渡す。

 その代わりそちらは今後毎月、今回使ったポイントに相当するだけのプライベートポイントを支払う。そういう契約を結ばないかって提案だよ」

 

「えっと、つまり……どういうこと?」

 

 それ程難しい説明ではなかったのだが、急な展開についてこれないのか池が混乱した様子で周りに問いかける。その疑問に対し、答える平田。

 

「つまり、Aクラスが持っているポイントを僕たちが使っていいから、代わりに使った分毎月プライベートポイントを支払うってことだね。

 100ポイント使ったなら一人当たり毎月1万ポイント支払うっていう風に」

 

「は? なんだよそれ訳わかんねぇ。そんなことしてなんか意味あるのか? 結局貰える小遣いは変わらないってことだろ?」

 

 飲み込みの悪い池に対し、しかし平田は苛立つことも無く落ち着いた態度で説明を続ける。

 

「意味ならあるよ。確かにもらえるお小遣いは変わらないかもしれないけど、その分僕たちは使うはずだったポイントを使わずに済むってことだからね。

 仮に300ポイント丸ごと残せたなら、プライベートポイントを渡すことになっても、クラスポイントでは他クラスと差を詰められる」

 

 と、そこまで説明したところで、女子の一人篠原さつきが不機嫌そうに声を上げた。

 

「ちょっと、馬鹿みたいな質問して平田君を困らせないでよ。それくらい説明されなくても分かるでしょ」

 

「い、いや、それくらい俺だって分かってたし。けどそんなことしてAクラスは何の得が有るんだよ!」

 

 しどろもどろに言い訳がましく反論する池だが、しかし言っていることはもっともな事だった。

 この取引におけるAクラス側のメリット。平田もそれが分からなかったのか、池の言葉に頷くと、護へ向かって問いかけた。

 

「そうだね。確かに、僕たちにとってはクラスポイントを詰めるチャンスになるかもしれないけど、そうなるとAクラスは試験を乗り切ることが難しくなる。

 どうしてこんな取引を?」

 

「……ん、まぁ一応信用してもらうためにもはっきり言うけど、今回の試験、俺たちは最初に渡された300ポイントを全て使いきろうかと思ってるんだ」

 

 本来ならクラスポイントの為にも、少しでもポイントを残そうとするのが当然のこの試験。その前提を崩しかねない発言に、一同驚きに目を丸くする。

 

「この試験、普通にクラス全員で乗り切ろうとしたら多分150から200ポイントくらいは使うことになると思う」

 

 その言葉に、クラス内でもポイントを使わず乗り切ろうと言っていた男子が顰め面を浮かべ、ポイントを使おうと言っていた女子が得意気な表情を浮かべる。

 

「しかも、それだけやっても体調を崩す生徒が出る可能性は否定できない。それならいっそ、残るかどうかも分からないポイントを守ろうとするよりは、他クラスに譲渡してリタイアした方がいいかと思ってね」

 

「確かに、体調の危険を考えるなら理屈は分かるけど……」

 

 残るかどうかも分からない100ポイントに固執するよりは、早々にリタイアした方が良いという理屈は分かる。

 だが現状ポイントに逼迫(ひっぱく)している自分達にしてみれば、100ポイントというのはかなり大きい数字だ。しかも努力次第ではもっと上を目指せる可能性すらあるというのがDクラスの認識。

 

 にも拘らず、Aクラスはその可能性を最初から切り捨てるという。

 その判断に、微妙に納得のいかない表情を浮かべる平田。しかしそこで、二人の会話に割って入る声が有った。

 

「つまりあなた達Aクラスは、この試験を放棄するということかしら?」

 

 声を掛けたのは、綾小路のすぐ傍にいた堀北。

 護は視線を平田から堀北へと移すと、その問い掛けに対し首を横に振った。

 

「いや、放棄するつもりは無いよ。リタイアするとは言っても全員じゃない。この取引が成立するなら、俺たちは少数を残してスポットの占有やリーダー当てを目指そうと思ってる。

 40人でポイントをやりくりするのは難しくても、ほんの少数なら100か150ポイントもあれば十分な生活が送れるからね。君たちには、その余るだろうポイントを買い取ってもらいたいんだよ」

 

「なるほど……」

 

 ポイントがマイナス以下になることは無いというルールを逆手に取った作戦。確かに効率的と言えば効率的だと、聞いていた平田や他の者達も得心のいった表情を浮かべた。

 

「もう一つ確認したいのだけど、つまりこれは共闘の提案と受け取っていいのかしら?

 もしもそうなら、他にも情報交換やお互いのリーダーを指名しないと取り決めを交わす必要があると思うのだけど」

 

 Dクラスにとって最悪なのは、契約を結んだ上で更にこちらのリーダーも当てられてしまうというパターンだろう。そうなれば、折角温存できたポイントも取引の支払いに充てられて結局大したプラスにならない可能性も在り得る。

 

「それに関してはそちらにお任せするよ」

 

「……どういう意味?」

 

「君らがAクラスを目指すのであれば、あまり慣れ合うような関係も望ましくはないだろ? リーダー当てはウチのクラスとの差を縮めるチャンスにもなる訳だし。

 あくまで取引は取引とビジネスライクな関係を望むならそれでいいし、互いに攻撃しないという約定を結びたいならそれでもいい。

 判断はそちらにお任せするよ」

 

 まるで、リーダー当てなどどうでもいいと思っているかのような気の無い語調。

 これで、信頼を謳って踏み込んだ関係を望もうものなら罠かもとも思えたが、その判断を完全にこちらに委ねた以上、その可能性は低い。

 

 勿論そう考える事を見越した演技である可能性もあるが、少なくとも綾小路の目から見てその態度に嘘は感じられなかった。

 おそらくは本当に、ただ取引で得るポイントだけが目当てなのだろうと、そう思わせる態度。

 

 考え込む堀北。その姿を見て、護は何かに気付いたように首を傾げた。

 

「……ていうか君、大丈夫? なんだか具合が悪そうだけど?」

 

「……え」

 

 誰の声だったのか、当惑の籠った呟きと共に綾小路を除く全員の注目が堀北へと集まる。

 

「具合が悪いって……本当かい、堀北さん?」

 

「マジかよ、堀北!?」

 

 平田と、そして彼女に想いを寄せる須藤から真っ先に心配の声が上がる。

 それを見て、堀北は「余計な事を」とでも言いたげに一瞬護を睨むと、何でもない風を装って言葉を返した。

 

「……別に、大したことないわ。昨日ちょっと寝不足だっただけ」

 

「本当に大丈夫? 確かに堀北さん、言われてみたらちょっと顔色が悪く見えるよ?」

 

 強がる堀北に、今度は櫛田が心配気に声を掛ける。

 

「平気よ。心配しなくても、クラスの足を引っ張るつもりは無いわ」

 

「そんな、足を引っ張るなんて思ってないよ。私はただ、純粋に堀北さんのことが心配で……」

 

 何とも思いやりに溢れた台詞である。

 もっとも、櫛田という女子が内心で堀北の事を毛嫌いしていると知っている綾小路には、胡散臭い光景に見えてしまった訳だが。

 

「結構よ。そんなことより、話に戻ってもいいかしら? あまり時間を無駄にしたくないの」

 

 そう言って護に向き直る堀北に、何を言っても譲らないと悟ったのだろう。

 平田は諦めたように頷いてから口を開いた。

 

「……わかった。けど辛くなったら隠さず言って欲しい」

 

「……ええ」

 

 これ以上無駄に話を長引かせる気も無いのか、心配する平田の声に堀北は珍しく素直に頷いた。

 

「それじゃあ話を戻すけど、改めて皆はどう思うかな?」

 

 おそらくは、堀北の体調を心配したのか早く話し合いを進めた方が良いと思ったのだろう。

 早速とばかりに、クラスの皆に向かって平田が問いかける。

 

 するとその問い掛けに対し、一人の男子が手を挙げた。

 

「その取引、俺は受けた方が良いと思う」

 

 手を挙げたのは、Dクラス内でもトップクラスの成績優秀者、幸村輝彦(ゆきむらてるひこ)

 彼の言葉に、平田が答えるよりも先に、近くに居た池が反応した。

 

「は!? 何言ってんだよ。これを受けたらどんなに頑張っても毎月1万5千、小遣いが減るんだろ!?

 お前だって、さっきまでポイントを使うのに反対してたじゃんか!」

 

 元々、お小遣いの為に節約を唱えていた池だ。取引を受けた時点で月々の金額が減ると確定するのだから、異論を唱えたくなるのも仕方がない。

 

「さっきまでとは事情が違う。少なくともさっきの話し合いでトイレを設置することが決まったわけだからな。

 むしろそれら必要な物資を他クラスのポイントで買えるんだ。プライベートポイントは減っても、クラスポイントに影響は無いんだから受けない理由がない。

 なにより、この取引を受ければその分Aクラスが持つポイントを削ることにも繋がる」

 

 現状、Aクラスに上がれると思っていない生徒にしてみれば、クラスポイントは単なるお小遣いの権利でしかないが、幸村のようにAクラスに上がりたい生徒にとってはクラスポイントはその為の切符だ。

 この取引でAクラスとの差が詰められると思えば、その分魅力的にも映る。

 

「そうよ、Aクラスだってポイントを使うことになるのは仕方ないって考えてるみたいだし、どうせ使うなら受けた方が良いじゃない」

 

 幸村を含め、何人かの生徒が意見を翻したのを見て、篠原達ポイントの使用を唱えていた女子達が勢いづく。

 そうして再び話し合いがエスカレートしてきた光景を尻目に、綾小路は隣にいる堀北へと語り掛けた。

 

「大丈夫なのか?」

 

「あなたまで余計な問答をするつもり? 平気よ。心配しないでも途中でリタイアするなんて無様を晒すつもりは無いわ」

 

「そうか」

 

 これ以上、余計な心配の言葉を掛けたところで、却って苛立たせて悪化させることになりかねない。

 そう思った綾小路は、話を切り替えAクラスからの提案について話を振る。

 

「それで、今の提案どう思う?」

 

「そうね……私としても受けた方がいいとは思うわ。ポイントを使わずに試験を乗り切るなんて土台無理な話だし、幸村君の言う通りAクラスが持っているポイントを削る事にも繋がるもの。

 しいて気に入らないことが有るとすれば、向こうがこちらを嘗めているようで癪な事ね」

 

 プライドの高い堀北であればそうだろう。わざわざこんな取引をDクラスに持ってきた辺り、遠回しにお前達が相手ならポイントを詰められても問題ないと言っているようなものだ。

 

「あなたはどう思うの?」

 

「まぁ、良いんじゃないか? 効率的な作戦なのは間違いないし」

 

「随分と適当な意見ね」

 

「どうせ、俺が何を言ったところで会議の行方が変わるとも思えないしな」

 

 非難気に鋭い視線で睨んでくる堀北だが、実際、綾小路としては別段嘘を言ったつもりは無い。

 この取引、長期的な目で見るならAクラスに対しポイントを渡し続ける精神的負担が生じてしまうため、デメリットの方が大きい。

 だが短期的な目、この試験における勝利に限った話ならば十分なメリットがあるのも事実だ。

 

 現状のAD間のクラスポイント差を考えるなら、これ以上引き離されることがマズイというのも間違いではない。

 

 なんにせよ、綾小路の発言力では何を思ったところであの会話に割って入るのは難しい。

 故に、今考えるべきはそこではない。

 

(何故、あいつがこんな取引を持ち出してくる?)

 

 先程の洞窟での一件から考えて、Aクラスの作戦はリーダー交代を前提としたスポット占有の筈だ。

 これだけでAクラス側は十分なアドバンテージを得ていたと言える。

 普通に受けたとしても勝ち目の高い試験。なのに何故、こんな取引まで持ち出してくるのかと、綾小路は疑問に思った。

 

(リーダーのリタイアを考慮した二重の作戦……いや、だとしてもここに来るのが五条である必要はない筈だ)

 

 何より気になるのは、なぜ五条護ばかりが率先して動いているのかということ。

 最初からリーダー交代と、他クラスとの取引、二重の作戦を行うつもりだったのなら、片方は護ではなく別の人間を向かわせればよかった筈だ。

 洞窟でのスポット占有、そして今この場における、その両方において五条護の姿が有ったこと。何故他の人員を使わないのか。

 瞬間、それらの事象が綾小路の脳内で結びつく。

 

(……この取引自体、本来の予定ではなかった? だが、だとしたら――)

 

「だぁっ、もう分かったよ! けど、もらうのは150ポイントだけだからな! それ以上は使うなよ!」

 

 綾小路の中で、一つの考えがまとまりかけた所で、池の叫び声が響いた。

 どうやら、向こうで話し合いに進展が有ったらしい。

 

「うん、あまり貰いすぎてもその後の支払いが辛くなるからね。僕もそれが良いと思うよ。

 あとは戻ってないチームにも確認を取らなきゃいけないけど、ここにいる皆はそれでいいかな?」

 

 池の言葉に平田は笑顔で頷くと、最終確認として周囲に向かって声を掛ける。

 何人かは未だ不本意な表情を浮かべる者もいるが、概ねほとんどの生徒達が平田に対し賛同の意を返す。

 どうにかつつがなく交渉が終わりそうなことに、気が緩みかける生徒達。

 しかしその瞬間、一人の男が声を上げた。

 

「待ちたまえ」

 

 声を上げたのは、少し離れた場所で木にもたれ掛かりながら事態を見守っていた男、高円寺六助。

 ここまで話し合いにも参加せず、ただ黙って静観していたから忘れていたが、この問題児の存在に皆一様に不穏な気配を感じ取る。

 

「高円寺君? えっと、もしかして反対だったかな?」

 

 そんな空気の中でも、物怖じせず積極的に話しかけに行くのは、やはりクラスのヒーロー平田。

  

「フフ、なぁに君たちがAクラスと取引したいと言うなら勝手にすればいいさ。

 もっとも、その取引の中に私を含めないでもらうがね」

 

「……どういう意味かな?」

 

「そのままの意味だよ。平田ボーイ。

 君たちがその契約を結んだとしても、私は一切のポイントを払うつもりは無い。そう言っているのさ」

 

「はぁ!? なんだよそれ!」

 

「ふざけんな、高円寺! そんなこと許される訳ねぇだろ!」

 

 自分勝手な高円寺の言葉に、池や須藤が声を荒げる

 

「ハハハ、一体誰が許さないと言うんだい? プライベートポイントをどう使うかは個人の自由だ。

 君たちがいくら勝手な契約を結んだところで、納得していない個人にまでそれを強制することは出来ないのだよ」

 

 と、そこでやり取りを見守っていた護が口を開く。

 

「たしかにね。この契約を結ぶ場合、あくまで個々人が支払いに同意していることを示してもらう必要がある。

 同意の無い人間から無理に徴収したら、それはカツアゲととられかねない」

 

 高円寺の言っていることは間違っていない。

 例えば自分の知らないところで、他の人間が勝手に自分に支払い義務の発生する契約を結ぶことは出来るのか。答えは否だろう。

 

 あくまでプライベートポイントの使用権を握っているのは本人のみ。本人の同意も無く、その権利を害することなどできはしない。

 

「飲み込みが早くて結構だよ。五条ボーイ。

 どうするんだい? 私抜きで契約を進めるかい?」

 

「あー、一応確認なんだけど、今の台詞からして君は別に取引そのものに不満がある訳じゃ無いのかな?」

 

「不満などは無いさ。私としてもポイントがあるに越したことは無いのでね。

 君の提案でポイントがアップするのであれば、むしろ歓迎するところだよ」

 

「……つまり君は、取引のメリットは享受する。けれど自分がポイントを支払うのは御免だと?」

 

「わざわざ言葉にする必要があるのかい? 先程飲み込みが早いと思ったのは、過大評価だったかな?」

 

 上から目線で馬鹿にしたようにも見える高円寺の笑み。

 しかし護は苛立つことも無く、呆れたように溜め息を吐いて言葉を返した。

 

「そりゃそんだけ不条理な事を言われれば確認したくもなるよ。

 こっちから支援を受けといて何も払わないとか、自分だけいい所を総取りしようって言ってるようなもんでしょそれ」

 

「なぁに、ポイントなら他のクラスメイト達が支払うさ。君たちにとっては私一人が払うかどうかなど、誤差の範囲でしかないだろう?」

 

「まぁ、正直金額的にはそうなんだけど、一人だけ特別扱いを認めちゃったら君のクラスの人たちが納得しないでしょ」

 

 逆に言うなら、他のDクラスの生徒が納得するのなら認めてもいいとも取れる発言。

 それもそうだ。仮に高円寺一人が払わないと意固地になったとして、他39名が払うと言えばAクラス的には十分元は取れる。

 だが、実際にそれを実現するのは難しい。単なる我が儘で一人の特例を許してしまえば、ならば自分もと言い出す人間が出て来かねないのだから。

 

 その言葉に、聞いていた平田も頷く。

 

「そうだね。それを認めてしまったら、他にも払いたくないって人が出てくるかもしれない。高円寺君一人を特別扱いは出来ないよ」

 

「何度も言うようだが、君たちの許可などいらないのだよ。

 私は誰が何を言おうと、いやなことには絶対に頷かない。君たちに残された選択肢は、私以外の39名で契約を結ぶか、取引そのものを白紙にするしかないのさ」

 

「テメェ! 勝手言いやがって!」

 

「待って須藤君!

 ……高円寺君、どうすれば納得してくれるのかな?」

 

 激昂する須藤を必死に宥めながら、平田は高円寺に語り掛ける。

 

「随分と必死だねぇ、平田ボーイ」

 

 確かに、綾小路の目から見ても、高円寺の言う通り平田はこの取引に対して随分と積極的に見えた。

 それもそうか。ここでこの取引を逃せば、またクラス内でいくらポイントを使うかと議論になる。

 堀北の体調不良の件もある以上、クラスの和を尊ぶ平田にしてみれば気兼ねなく使えるポイントを確保しておきたいのだろう。

 

「やれやれ、そこまで言うなら一つ条件を出そう。

 もしも五条ボーイが私の要求を呑んでくれるのであれば、ポイントを支払うことも考えようじゃないか」

 

「要求って俺に? これ、君らのクラスの問題だと思うんだけど」

 

 もっともである。少なくとも護個人は、先程高円寺の支払い拒否に対し、他のDクラスの生徒が納得するなら構わないと、遠回しにだが意思を示している。

 現在対立しているのは、高円寺とその他のDクラスの生徒。条件を要求する相手としては微妙に間違っている。

 

「そのような事を言っていいのかい? このまま私が拒否し続ければ、取引そのものが破談となるかもしれない。

 そうなれば、君としても面白くないのではないかな?」

 

「そうだけど……ん、まぁいいや。要求って何? とりあえず言ってみなよ」

 

「安心し給え。そう難しい要求ではないさ」

 

 何とも面倒くさそうに、高円寺に続きを促す護。

 普通ここまでの高円寺の態度を見ていたら、どんな無茶な要求が来るのかと身構えそうなものだが、彼の態度には全くそのような気負いが感じられなかった。

 

 むしろそれを眺めていた平田達の方が緊張した面持ちで見守っており、綾小路もどのような要求が飛ぶのかと、興味有り気に見つめていた。

 

 そして、高円寺の口が開かれる。

 

「私の欲しいものは一つ――

 

 ――五条悟の連絡先だよ」

 

「ッ……」

 

 瞬間、綾小路は空気が変わったのを感じた。

 ほんの一瞬、ほんの僅かな時間ではあるが、高円寺の言葉を聞いた瞬間に五条護の目は見開かれ、そしてその刹那の驚愕の後、彼の表情からは感情と呼ぶべきものが抜け落ちたように見えた。

 

 他の生徒達には感じ取れない僅かな変化。

 しかし綾小路が感じ取ったように、対面する高円寺もまたその変化を感じ取ったのか、次の瞬間高らかな笑い声をあげた。

 

「ハッハッハ、どうやらビンゴだったようだねぇ。

 名前を聞いた時、もしやとは思ったがやはり君は()()五条だったか!」

 

(あの?)

 

 自らを大企業の御曹司、特別な人間と自称する高円寺をして、なにやら特別視しているかのような発言。

 綾小路のみならず、聞いていた他の生徒達も困惑と疑問の混ざった表情を浮かべる。

 

「五条悟ってだれ?」

 

「五条君の家って、もしかしてお金持ち?」

 

 そんな呟きがあちこちで囁かれる中、そんな生徒達に向かって高円寺が言葉を放つ。

 

「なに、君たち凡人には一生関わりの無い話さ。気にしないでくれ給え」

 

 馬鹿にしたような言葉を投げる高円寺に、しかしこの程度の発言は最早慣れっこなのか、皆ムッとした表情を浮かべつつも、誰も何か言い返したりはしなかった。

 

 そんな周囲の反応を無視しながら、高円寺は護へと語り掛ける。

 

「どうして知っているのか、とでも言いたげだねぇ。いや、どこまで知っているのか、かな?

 我が高円寺コンツェルンほどの一大グループともなれば、至る所から様々な情報が舞い込んでくるのだよ」

 

 別に聞いてもいないことを得意気に語る高円寺。

 それに対し一体何を思っているのか、感情の読めない表情で護は口を開いた。

 

「……ちょっと、場所を変えようか」

 

「ハハッ、お断りするよ。君のような存在と二人きりになる程、私は命知らずではないのでね」

 

 先程から、何とも意味深な台詞が飛び出てくるが、しかし綾小路としてはそれを気にしている場合ではなかった。

 思い出すのは初めて出会った時。中間テストの過去問取引の際に感じた、薄氷の上に立ったような感覚。

 そして今は、その足元の氷が軋みを上げているかのような、そんな錯覚を受けていた。

 

「さっきはベタベタと体に触れといてよく言う。

 本当にそう思っているのなら、少しは口を慎んだらどうだよ」

 

「五条君?」

 

 ここでようやく、護の雰囲気が先程までと違うことに気付いたのか、平田が困惑した表情を浮かべる。

 先程までの、物腰の柔らかい態度とは打って変わった雑に見える態度。

 あるいは、こちらこそが五条護という男の素なのか。平田の声を気にすることなく、護は高円寺に向かって語り掛ける。

 

「それで? なんだって君は兄さんの連絡先を知りたいのさ」

 

「ミスターサトルの評判は私も聞き及んでいるのでね。随分と信憑性の乏しい話ばかりではあるが、君たちの中では随分と特別な立場にある人物のようじゃないか。繋がりを持っていて損は無いと判断したまでさ」

 

 二人が何の話をしているのか、綾小路には分からない。

 だが何故か高円寺が言葉を紡ぐ最中、綾小路は気付けば無意識の内に、一人静かに後ずさっていた。

 

 綾小路自身も何故かは分からない。だがしいて言うなれば、今の高円寺のやり取りを見ていると、まるで猛獣の鎖を弄って遊ぶ子供を見ているような、そんな気分にさせられた。

 

「もしも評判通りの人物だというなら、その名を借りられるだけでも十分な価値がある。

 先程も言ったが、私は将来この国を背負って立つ男だ。いずれは君たちにも、何かしら頼みごとをするかもしれないからねぇ」

 

 その言葉を聞き終わると、護は俯きながら深い溜め息を吐いた。

 

「あぁ……なんだ君、その程度の認識か」

 

 下を向き、誰にも表情が見えないまま護は呟きを漏らす。

 そしてゆっくりと顔を上げ、改めて高円寺に向き直った護の表情を見た瞬間、綾小路の背筋に寒気が走った。

 

 その顔には怒りなど、激情の感情が浮かんでいた訳ではない。

 むしろその逆、そこに浮かんでいたのはとても落ち着いていて、一切の感情が見えない静かな表情。

 目の前の高円寺のことなど、欠片も興味が無いという無関心の表情だった。

 

「君さ……もういいよ」

 

「ふむ、もういいとは?」

 

「ポイントの件。どうしても払いたくないって言うなら、別に君は払わなくていい」

 

「なんだよそれ、高円寺だけ特別扱いかよ!?」

 

 須藤が声を荒げて文句を言うが、護は軽くそちらを一瞥しただけで何も言葉を返さなかった。

 構わず、高円寺が口を開く。

 

「おやおや、そのような事を言っていいのかい? 

 連絡先ひとつで、円滑に取引を進められるかもしれないというのに」

 

「まぁ、電番の一つくらい隠す程の物でも無いんだけど。ただそもそも君、最初からポイントを払う気なんてないだろ。

 何々してくれたら考える――なんて、詐欺師の常套句だ」

 

 考えはした。けれどやっぱり拒否する。なんていうのは、ありきたりな騙し文句だ。

 確かに高円寺ならやりかねないと思ったのか、そのことに気付いた一同はハッとした表情を浮かべて高円寺を見やる。

 

「詐欺師とは心外だねぇ。仮にそうだとしても、折角我が高円寺コンツェルンとのコネクションを得る機会だったというのに。

 このような簡単なベネフィットの計算もできないとは、少々期待外れだよ」

 

「期待外れで結構だよ。生憎と、こっちは君みたいな人間との繋がりなんか欲してないんだ。

 君、自分が楽さえできればいいってタイプだろ?」

 

「それに何か問題があるかな? より快適な環境を望むのは生物として当然のことだよ」

 

「別に、それ自体は問題じゃないさ。人間誰しも、自分を第一に優先するのはある意味当然のことだ。

 個人の主義思想にとやかく言うつもりも無い。けどな――」

 

 そう言うと、護はジャージの()()()()()()()()()()()、高円寺に向かって一歩一歩ゆっくりと歩を進め始めた。

 

「自分では何の成果もあげず、ただ他人の労働の上に胡坐をかいているだけの人間。そんな人間との繋がりを得ることに、一体何の価値がある?」

 

 いつの間にか、高円寺の顔からはこれまで常に浮かべていた不敵な笑みが消えていた。

 代わりに浮かぶのは警戒の色。淡々と歩を進める護の姿を、油断ならない面持ちで見つめていた。

 

「俺には君が、自分の見たい物しか見ない裸の王様に見える。国を背負う? 本気でその台詞を吐いているなら滑稽でしかない」

 

 そして高円寺まであと二、三歩程度の距離まで近づいたところで立ち止まると、木にもたれ掛かる彼を真っすぐに見つめながら口を開いた。

 

身の程を知れ

 

 瞬間、見開かれる高円寺の瞳。

 ほんの一瞬故にほとんどの者は見逃しただろうが、そこに浮かんだのはまるで気圧されたかのように、強張った表情。

 本人も、らしくない表情を浮かべた自覚が有ったのか。次の瞬間、高円寺は顔全体を覆い隠すように手を当てると、おもむろに笑い声をあげた。

 

「……フッ……ハ、ハハハ……言うに事欠いて、この私に身の程を知れと来たか」

 

 もたれ掛かっていた木から体を起こし、護へと向かい直る高円寺。

 

「いいねぇ、是非とも君の言う身の程という物を教えてもらおうじゃな……ッ」

 

 そう言って、高円寺は護へ向かって一歩を踏み出し――しかしその瞬間、彼の体は不自然に硬直し、彼の表情は驚愕に染まった。

 

(……なんだ?)

 

 綾小路や、他の生徒の目には何が起こっているのか分からない。

 訝し気な表情で事態を見守る生徒達の中、固まる高円寺に対し護は近づくとその耳元に顔を寄せて何かを耳打ちした。

 

おまえ、自分が本当に殺されないとでも思ってんのか?

 

 綾小路の距離からでは、何を言ったのかは分からない。

 しかしそれを耳打ちされた高円寺は、カッと目を見開いたかと思うと、護が離れると同時に飛び退くように後ずさって距離を取った。

 

「フ、ハハ……なるほど、どうやら……確かに私の想像力が足りていなかったようだねぇ」

 

「こ、高円寺君?」

 

 いつになく、本気で消耗した様子の高円寺を見て、平田が戸惑いながら声を掛ける。

 すると、高円寺は額に滲んだ汗を、髪をかき上げるようにして拭いながら、平田に向かって言葉を発した。

 

「平田ボーイ、気が変わったよ。先ほどの取引、私もポイントを出そうじゃないか」

 

「「「は?」」」

 

 先程までと180度変わった意見に、全員が呆気にとられた表情を浮かべる。

 一体何を言われたら、あの高円寺が意見を変えることになるのか。

 そう思いながら綾小路が護へと視線を向けると、しかし彼もまた訝し気な表情を高円寺へと向けていた。

 

「えっと……それはありがたいんだけど、どうして急に?」

 

「なに、ここで払わないようでは、それこそ彼の関心を失くしてしまいそうなのでね。

 稀有な体験をさせてもらった礼として、今回に限り私もポリシーを曲げようじゃないか」 

 

「稀有な体験?」

 

 高円寺と話しても碌な答えが返ってこないと思ったのか、平田は首を傾げながら今度は護へと問いかけるような視線を送る。

 しかしそんな視線に気づいているのかいないのか、護はその疑問に答えることは無く、代わりに平田に向かって問いを投げかけた。

 

「あー……まぁ彼の心境の変化は置いといて、とりあえず君ら、これで取引は受けるって方向で考えていいんだよな?」

 

「あ、うん。まだ戻ってきていない人たちもいるし、細かい部分はもっと話し合う必要があるけど」

 

「そう、じゃあ俺は一旦クラスの方に戻るから、後で代表者同士で集まって正式な契約を交わすとしようか。

 集合場所は、開始地点のビーチ。時間は……30分後くらいで良いかな?」

 

「うん、それで構わないよ」

 

「そう、それじゃ、また後で」

 

 そう言うと、護はすぐさま踵を返して森の中へと入っていった。

 Dクラスの面々から向けられる疑問の視線から逃げるように。

 

 色々と、感情的にスッキリとしない部分は有るが、ともあれこれでAクラスとDクラスの契約は相成った。

 

 






 護君と高円寺君、二人のやり取りを客観的に見れるようにと今回綾小路君視点にした訳ですが、なんだか彼の存在、終始空気になってしまった。
 この時期の目立つまいとしている彼、動かしにくいんですよね。特にこういうクラスでの会議の場では特に。

 そして高円寺君もまた書きにくい。ぶっちゃけ彼のシーンだけで、休日丸四日は潰れました。
 高円寺君の台詞、やり取りに関して、違和感が無かったかご感想頂ければ幸いです。


Q.なんで護君、高円寺君に対して怒ってんの?
A.大企業の御曹司。コネとして役には立ちそう +10点
  努力せずに他人の成果を得ようとする人間性 -10点
  衆目の前で危うい発言をする脅迫紛いの行為 -25点
  兄を軽んじた上一方的に利用しようと考えた -50点   
  トータル -75点

  ※-100点→完全にどうでもいい人間判定。どこで野垂れ死んでくれても構わない。
   -200点→吐き気を催す邪悪。むしろ積極的に狩る所存。
      

Q.高円寺君、呪術師の事はどこまで知ってんの?
A.日本を裏では呪術師が牛耳ってること。後は御三家という名家が存在することくらい。
  家が雇った術師に会ったことは有るので、彼らが超常的な力を持つことは理解している。
  但し、所詮見えない側の人間なので呪霊事件に遭遇したことは無く、呪術界がどれだけ魔窟かも正しく認識していない。
  
   
Q.高円寺君、何で急に意見変えたの?
A.完全に、これは生物としての格が違うわと判断した結果。
  呪術界の事は甘く見てたけど、ここで敵対したらマジで消されかねないなと理解した。
  ついでにこの力を手元に置きたいという打算。



 別に私、高円寺君の性格自体はそこまで嫌いじゃ無いんですけど、ただ原作の彼を見てると、他人の努力の上に胡坐をかいて座ってるだけって印象を受けてしまうんですよね。

 個人の利益を追求すること。それ自体は悪い事ではないし、周囲に交わらず我を通せる在り方は素直に凄いとも思うんですけど、ただこれって、人の上に立つ人間の資質としてはどうなんだろうと。

 そう思ってたら、なんか気付けばこのような展開になってました。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。