五条護とDクラスの交渉が終わってしばらく。
Dクラスでは探索に出ていた他のチームも戻り、改めて先程の取引に関して話し合いの場が設けられたが、これに関しては然したる問題も無く纏まった。
交換するポイントに関しては先程決まった通り150ポイント。
堀北が指摘した互いのリーダーを指名しない共闘関係を結ぶのか、という点に関しては多少は意見も割れたが、最終的には結ばないこととなった。
先程の相手の口振りからして、本当にAクラスがスポット占有を積極的に行うつもりならば、こちらがリーダーを突き止めるチャンスは大いにある。
それに仮に共闘関係を結んだ所で、他クラスの存在もある以上警戒を忘れてはいけないことに変わりはない。
結果、今回結ぶ契約はあくまでポイントの交換に関する部分のみ。あとは互いに何をしようと関与しないという方向で纏まった。
そして約束の時間になって、Dクラスからは代表として平田と櫛田が浜辺へと向かい、綾小路達残った生徒達はその場で待機することなった。
「なんか凄かったね。あの高円寺君を言いくるめちゃったよ」
「ね、やっぱ五条君って良いとこの家なんじゃない? だから高円寺君も強く出れなかったとか」
「うわ、Aクラスに入れるくらい優秀で家柄もいいとか、完璧すぎない?」
普段クラスで話し合いの進行役を務めている二人が不在なせいか、試験と関係の無い雑談に興じる生徒達。
楽し気に話しているのは主に女子達だ。
本来なら敵対クラスの人間に対して警戒や敵対心の一つでも浮かびそうなものだが、彼女らにそんな気配は見受けられない。
Aクラスでありながらこちらを見下した様子の無い真摯な態度。本人のルックス。そしてなにより、あの高円寺に対して堂々と相対して見せたのが高評価に繋がったのだろう。
しかしその一方で、はしゃぐ女子達が気に入らないのか、一部の男子達は嫉妬の表情を浮かべていた。
「ケッ、イケメンで金持ちとか生まれながらの勝ち組かよ。俺、ああいう奴って嫌いなんだよな。大した努力も無しにチヤホヤされていい気になってさ」
そう言って口を開いたのは池寛治。
彼の近くでは、池と同様お調子者で知られる山内春樹や、一部のクラスメイトから博士と呼ばれるオタク系男子、
「だ、だよな。親が金持ちだからってそいつが偉い訳じゃねぇし」
「然り然り、見た目や金に惹かれる女など所詮はビッチ。男の価値はそれだけでは決まらないでござる」
当人の事など何も知らないだろうに、何とも理不尽な嫉妬の言葉を口にする男子達。
もっとも、好き勝手言っているのは女子も同じか。
元々女子の間ではそれなりに人気の高かった人物。そんな男の新たな一面を垣間見て、色々と想像力を膨らませてしまうのも仕方ないと言えよう。
各々、試験中であるにも関わらず噂話に興じる面々。
そんな普段であれば呆れてしまうような光景を目にしながら、しかし綾小路は一人だけ全く別の感情に支配されていた。
(なんなんだ、あいつは……)
初めて会った時から、得体の知れない奴だとは思っていた。
立ち居振る舞いから察せられる強者としての気配とは別に、妙な不気味さを感じさせる男だと。
最初の時は、あぁこういう人間もいるのかという程度の認識だった。
綾小路自身、何も自分がこの世で一番優れた人間だなどと自惚れてはいない。
同じクラスでバスケを得意とする須藤健のように、特定の分野でその道の専門家には敵わないだろうし、ホワイトルームという特殊な施設出身でなくとも高円寺のように計り知れないポテンシャルを秘めた人間だっている。
だがそれでも、彼には自負があった。
例え特定の分野で負けていようと、自分の能力を最大限に駆使すれば敵わない敵はおらず、乗り越えられない壁も無いと。
少なくとも、今までそうして生きてきた。
分からない問題に直面した時、強い相手と相対した時。最初は乗り越えられない壁も、綾小路はその都度自他を適切に分析し、乗り越えることで自らをアップデートし続けてきた。
しかしそんな綾小路をしても――いや、そんな綾小路だからこそ五条護という男は一際異質に見えた。
(間違いなく、あいつは普通じゃない)
初めてだった。自分でも気づかぬうちに体が後ずさっていたなど。
幼い頃、格闘術の教官に暴力を振るわれた時や、実戦訓練として傭兵紛いの連中に囲まれた時にすら、これ程の脅威を感じたことは無い。
高円寺と相対した瞬間のあの姿。ただポケットに手を突っ込んだだけの無防備な体勢にも拘わらず、そこから感じられたのは凄まじい
改めて、あの瞬間のことを思い返した綾小路はただ一言思う。
――知らなければ。
五条護という存在は、間違いなく自分の知る常識からは外れた存在だ。
未知を既知に変える。これは完璧な天才を作る為の教育を受けてきた綾小路にとって、ある種根底に染み付いた習性のようなもの。
なにより、今の生活を続けていく上でも放置するのは得策ではない。
あれがその気になれば、ほんの気まぐれで全てを台無しにされるのではないか。そう思わせるだけの何かがあの男にはある。
(問題は、どうやって調べるか……)
方針は決まった。だが、実際に調べるのは容易な事ではない。
あれは一種の爆弾だ。先ほどの高円寺との一件を見れば、何が琴線に触れて爆発するかも分からない。
あくまで行動するならば、本人にバレない様に慎重を期する必要がある。
そこまで考えたところで、綾小路はクラスメイト達に気付かれないようそっとその場を離れて、ある人物の所へと向かった。
「少しいいですか?」
「ほぅ、まさかお前の方から話しかけてくるとはな。いいのか? 他の生徒も周囲にいるというのに私に話しかけて」
「別に生徒として担任に質問するのは、おかしなことじゃないでしょう」
綾小路が話しかけたのは、集団から少し離れた場所で佇んでいたDクラスの担任、茶柱佐枝。
自らは他の生徒達から見えにくい木陰に身を隠し、茶柱にしか聞こえない声量で問いかけた綾小路に、茶柱も他の生徒達に気付かれぬよう表情一つ変えることなく言葉を返した。
「単なる質問をしに来た生徒の態度とも思えんな。このまま話すのも面倒だ。少し場所を変えるぞ」
綾小路にとっては願ったりな提案だが、わざわざこちらを気遣ったという訳でも無いだろう。
なにせ綾小路に対してマウントを取っている茶柱だが、生徒を脅すなどと危ない橋を渡っているのは彼女とて同じこと。あまり踏み込んだ話をして、他の生徒に聞かれるのは望ましくない。
ともあれ、特に拒否する理由も無い綾小路はそれに頷き、二人は他の生徒達から更に離れた場所へと移動した。
「それで、一体何の用だ?」
「幾つか確認したいことが有ります。
先生はこの試験の前、俺がAクラスを目指すのであれば全面的にフォローすると言いましたね」
「ああ、言ったな。だがフォローと言っても、あくまでお前が退学しなくてもいいように手を貸すだけだ。
Aクラスを目指す上で教員は手を貸すことが出来ない。試験での助力を期待しているのであれば無駄だぞ」
「ええ、こちらもそんなことは期待していません」
そもそも試験どころか、退学しないための助力に関しても綾小路は端から期待などしていなかった。
自分が知るあの男が本気でこちらを退学させようとしたなら、たかだか一人の教師に何かできる筈もないのだから。
「ですが例え手出しができなくても、先生がこのクラスをAクラスにしたいのは事実の筈です。
ならその目的を果たすためにも、多少はこちらの頼みを聞いてくれてもいいんじゃありませんか?
勿論規則に触れるようなことを頼むつもりはありません」
「ふむ……いいだろう、聞くだけ聞いてやろう」
「ありがとうございます。では単刀直入に言わせてもらいますが、俺が欲しいのはAクラスの主要な生徒に関する情報です。
成績やこの学校に入学する前の素行や経歴。先生が掴める範囲の情報を俺に下さい」
ここであからさまに五条護の名を出せば、自分が彼について探っていることがどこからか漏れてしまう可能性がある。それに本人を知る上で、周辺人物を探るというのも決して無駄な事ではない。
すると茶柱は、一瞬呆けた顔をしたかと思うとすぐに愉快そうな笑みを浮かべた。
「教師に対し生徒の個人情報を渡せと来たか。お前はその頼みが、本気で通ると思っているのか?」
「渡す情報の程度にもよりますが、不可能ではないでしょう。現に先生は、以前堀北の前で俺の入試の成績を明かしました」
少なくとも成績に関して言うならば、そこまで厳正に隠匿されるような情報ではない。
世間的に一部の学校においては、テストの度に個人の成績を貼り出す学校もあるくらいだ。世情に疎い綾小路だが、その程度の知識は聞いたことが有る。
「必要があるならポイントも支払いますよ。
入学式の日、先生は言いましたよね。学校内にあるものにおいてポイントで買えないものは無いと。生徒の個人情報だって学校の敷地内にあるものです」
「ふっ、確かにな。可能か不可能かで言うなら可能だ。だが、何でそんなものを知りたがる?
渡せる情報と言っても、成績や過去の素行に関する評判程度だ。
重要度の高い情報。例えば過去、何かしらの事件に巻き込まれていたり、家庭環境に問題を抱えていたりなど、個人の弱みとなり得る情報までは軽々しく明かせんぞ」
「Aクラスを目指す上で、その最大の障害となるクラスについて調べようと思うのは当然の事でしょう。
先程の取引を見ても、どうやらAクラスには油断ならない人物が多そうですから」
「あくまでAクラスを目指す為か……随分な変わりようだな綾小路。
逆に何か裏があるんじゃないかと、疑わしく思えて来るぞ」
そう言って、笑みを浮かべながら探るような視線を向けてくる茶柱。
それも当然か。Aクラスを目指す為に協力すると約束はしたが、それはあくまで茶柱が一方的に脅して結ばせた綾小路にとって不本意なもの。
なのに自ら率先して情報収集に取り組むなど、不自然に見えるのも仕方がない。
だが、茶柱の反応で綾小路の方も一つ分かった。
少なくとも教職員の方も、五条護という生徒の異常性を理解していないのだと。
「……いいだろう。だが一つ条件を付けさせてもらう」
「条件ですか」
元々すんなり頷くとは思っていなかったが、案の定な展開に警戒を滲ませながら問い返す綾小路。
すると茶柱は、口角を吊り上げながら意地の悪い笑みを浮かべてその条件を提示した。
「なに、簡単な事だ。今回の試験、Dクラスを1位にして見せろ。それが出来たのならお前の望む情報を調べてやろう」
「随分と無茶を言いますね。初めての特別試験でいきなり1位ですか」
「当然だろう? こちらに協力しろと言うなら、まずはお前にそうするだけの価値が有ると示してもらわなくてはな。
とはいえ安心しろ。あくまでこの条件は情報に対する対価としてだ。仮に1位が取れなかったとしても、それなりの結果を見せてくれたのならいきなり退学にしたりはしない」
果たしてそれで譲歩しているつもりなのか。
とはいえ、まぁそこまで悪い条件ではない。先ほどの護の話しぶりからして、おそらくAクラスは今回の試験、1位の座を最初から捨てている。
他クラスの動向にもよるが、今回得たポイントのアドバンテージも含めればそこまで難しい条件じゃないだろう。
「……分かりました。可能な限り力を尽くしますよ」
話も終わり、クラスの連中が居た所に戻ろうと踵を返す綾小路。
しかしそこでほんの一瞬、僅かに人の気配を感じた気がして足を止めた。
周囲を見渡し、注意深く観察する。
目に見える範囲に何もいないことが分かると、次に耳を澄まして一切の音を聞き漏らすまいと意識を集中させるが、聞こえてくるのは風で揺れる草木の音のみ。
「どうかしたか?」
「いえ……気のせいだったみたいです」
まぁ仮に誰かが居たとしても、こちらから見えないような距離に居た以上、会話の内容もそれ程詳しくは聞こえていない筈だ。
そう思い、訝し気な視線を向けてくる茶柱に返事を返しつつ、綾小路は再び歩き出した。
◆◇◆
遠い水平線の向こう側。未だ空高い位置に赤みがかった太陽が見える。
時刻は午後5時を過ぎた所。護は海に面した崖で、岩に腰掛けながら一人静かに釣り糸を垂らしていた。
周囲には余計な遮蔽物など無く、開けた視界に移るのはただただ広大な空と海。
都会などでは到底お目にかかれないだろう壮大な自然の景色。
そんな景色を眺めながら護は――
「はぁ~~……」
感嘆ではなく、どんよりと重い溜め息を深々と吐いた。
(どうすっかなぁ……)
護の頭にあること。それはこの試験をどう乗り切るか――ではなく。
(やっぱ、兄さんにも連絡の一つくらいは入れとくべきだよな)
どうやって兄と連絡を取るか、であった。
元々今回の旅行に関しては予め兄にも話していたし、日程の調整も行ってはいたので呪術師としての仕事の方はまぁ問題ない。
とはいえ、一週間もの間こんな腕時計を取り付けられ、四六時中位置情報を監視されることになるのは想定外。
せめて現状の一報くらいは入れておきたいところである。
(ケータイも圏外だし……やっぱこの時計をどうにかするしかないか)
学外用のケータイも『部屋』に放り込み持ち込んではいるが、生憎ここは無人島。近くに携帯の基地局なんてある筈も無く、当然の如く圏外である。
こうなると、やはり監視の目を潜り抜けて島の外に出るしかない。
(とりあえず、夜になったら試してみるか)
一応その手段に関しても幾つかの案はある。
皆が寝静まった夜にでも試そうかと考えた所で、護はふと背後に人の気配を感じ取った。
地を踏む足音、歩調からして、ある程度ウェイトのある男性。その人物になんとなく見当のついた護は、振り返らないまま声を掛けた。
「何かあった?」
護が気付いているとは思わなかったのか、背後に居た人物から僅かに驚いた気配が伝わってくる。
そしてその人物――葛城は、僅かに戸惑った様子を見せながらその問いに答えた。
「あ、ああ。周辺の探索が終わったので、その報告に来た。
生活拠点の準備、スポットの探索、どれも問題なく終了した」
「そう……」
概ね予想していた通りの内容に、軽く頷きを返す護。
Dクラスとの取引が終わってから、Aクラスではまずこの島で試験を続行する者の選別を行い、島に残る者達で生活基盤の作成を、リタイアする者達でスポットの探索を行ってもらっていたのだ。
ちなみに、島に残ることになったのは護、有栖、神室の3人を合わせ全8名。
まず責任感の強い葛城が当然の如く残ると言い出し、後はキャンプ経験者や体力に自信のある者、料理が得意な者など、純粋に生活面で役に立ちそうな者達に残ってもらった。
「それじゃ、俺達もそろそろ動こうか。スポットはどれくらい見つかった?」
リールを巻き取り、釣り具を片付けながら葛城に問いかける。
「既に確保している分を除けば14か所だ。今は他のクラスに占有されないよう、二人一組で見張りに立ってもらっている。
彼らにはお前達の占有が終わり次第、順次船に戻ってもらう手はずだ」
そう言いながら葛城は護に近づくと、学校側から渡されたマニュアルを開いて差し出してきた。
開かれたページにあったのは島の地図。
最初は大まかな島の輪郭くらいしか分からない簡素な地図だったが、今ではスポットの位置や地形に関するメモ。加えて他クラスがどこにキャンプを構えているかなどの情報まで、事細かに書かれていた。
「うわ……随分と調べたね」
人海戦術の甲斐あってと言うべきか、たかだか数時間で調べたとは思えない情報量に護は素直に驚きの声を上げる。
「一応こちらで効率の良さそうなルートも考えた。幾つか、多少遠回りになるが歩きやすいルートも有ったからな。打ち合わせをしたいんだが、坂柳達はどこにいる?」
わざわざ歩きやすいルートなどと言っている辺り、おそらく葛城自身も実際に自分の足で確かめたのだろう。
毎回有栖にやり込められてパッとしないが、こういう所を見るとやはりこの男も優秀なのだと実感する。
「有栖達なら、夜に備えて向こうの小屋で少し仮眠をとってるよ」
現在、護達が葛城と別行動をしていたのはスポット占有に向けて体力を温存するためだ。
何せ今回、スポットの数が数である。護自身はどうということは無いが、十数か所もあるスポットを全て回ろうとすれば、普通なら1時間か2時間くらいは歩き通しになる。
そのこともあって、今回食料調達やスポットの探索は他のメンバーが。護達はあくまでスポットの占有に専念することとなったのだ。
ちなみに、護が釣りをしていたのは瞑想がてらの暇潰しである。
「夜か……お前達、本当に夜間も回るつもりなのか?」
心配気な表情で問いかける葛城。
無理もない。夜の山道を歩くなんてこと、山に慣れた登山家ですら絶対に避ける危険な行為。都会と違って目印らしい目印も無く、暗く見通しの悪い山道では迷う可能性が跳ね上がる。
学校が管理する島とあって、大型の野生動物こそいないだろうが遭難の危険がある事に変わりはない。
「仕方ないさ。最大効率でスポットの更新をしようと思ったら、どうしたって夜も動かなきゃならないし、下手をしたらこれで2、30ポイント以上変わってくる」
今の季節、日が沈み切るのは大体午後6時半を過ぎた頃。空が明るくなり始めるのは朝の4時過ぎといったところだろう。
スポットの占有が8時間毎に切れる仕組み上、どうしたって暗い時間帯に行動時間が食い込んでしまう。
明るい時間だけ占有に動くとなれば、1日に朝と夕の二度しか占有できなくなる。そうなれば2、30ポイントどころか下手をすれば50ポイント以上は結果が違ってくる。
この辺り、他のクラスメイト全員理解して納得済みの事であるのだが、流石の律義さと言うべきか、葛城としては心配が拭えないらしい。
「心配しないでも、今からならどうにか日が沈み切るまでには回れるだろうし、夜も危険だと思ったら大人しく諦めるよ。
そんな大きい島でもないんだ。仮に道に迷ったって、朝になればキャンプ地まで戻るくらいできるって」
ここで安易に夜の山道なんてヨユーと、楽観的な発言をしようものなら却って不安にさせかねない。
無理なら無理で諦めると言っておいた方が、葛城としては安心だろう。
まぁ実際の所、職業柄夜目も利く護にとっては、夜間の山道など危険でもなんでもないのだが。
釣竿をたたんで片付けが終わった護は、これ以上何か言われる前にと、その不安を押し込めるようにバケツを押し出した。
「はいこれ。皆の晩御飯にでもして」
バケツの中にいる魚は6匹。元々暇潰しで始めた釣りだったが、なかなかの釣果になった。
サイズはまちまちだが、葛城達で分ける分には十分な量だろう。
「む、すまない……皆と言ったが、お前達は良いのか?」
「ああ、気にしないでいいよ。食事の時間も上手くかみ合うとは限らないし。こっちはこっちで必要になったらその都度調達するか、ありあわせの栄養食で済ませるよ」
そもそも、碌な調理設備も無いこの島じゃ、適当に調味料を振って煮るか焼くかする程度のことしかできないのだ。冷めた焼き魚と栄養食。どちらがいいかと問われれば微妙だろう。
幸い、食料に関しては余裕もある。1クラス単位1食10ポイントで購入できる水と栄養食のセット。本来40人で分け合うこれを、Aクラスでは8人で分け合えるのだ。
最悪何食か我慢すれば、栄養食だけでも一週間を乗り切れるだけの量は交換してある。
「……確かに、捌いた魚を保管しておくのも難しいか。
分かった。だが、食事に関して我慢はしないでくれ。幸い探索の途中で木の実やトウモロコシといった食料も見つけてある。
今回の作戦で一番体力を使うのはお前だからな。保管してある食料は遠慮なく使ってくれて構わない」
「わかった。空腹になったら、遠慮なくそうさせてもらうよ」
気遣ってくる葛城に対し、護は軽く笑みを浮かべて頷く。
会話も一区切りつき、それじゃあ後は有栖と合流して打ち合わせするかと小屋へと向かって歩き出すと、しかし何故か葛城の追ってくる気配が無く、護は首だけ振り返って問いかけた。
「どうかした?」
「……少し聞きたいことがある」
「聞きたいこと?」
葛城の口調から、どこか真剣な様子を感じ取った護は足を止めて向き直る。
すると葛城は、どう切り出すか迷っているのか、躊躇うような素振りを見せつつも、やがて意を決したように口を開いた。
「坂柳は、一体何を考えている?」
「何って……それはこの試験に対する意気込み的な?」
何とも抽象的な問いかけに、意図を測りかね首を傾げる護。それに対し、葛城も質問の仕方が悪かった自覚があるのか、難しい表情を浮かべながら言葉を続ける。
「それもあるが、俺が聞きたいのはもっと根本的な部分での話だ」
「根本……」
「すまない。俺もどう言うべきか分からないのだが……どうも今の奴を見ていると、以前とはどこか印象が異なるように感じる」
おそらくは、葛城自身も本当に自分の抱く感覚が理解できていないのだろう。
言葉に迷う様子を見ながら、護は大人しく続く言葉を待つ。
「真剣さとでも言えばいいのか……以前までの奴は、このような試験に対し遊びのように楽しんでいる節があった。
勿論今もそれが無くなった訳ではないが、今は楽しむことより勝つことを優先しているように感じる」
(するどい。流石、クラスのことをよく見てる)
今葛城が指摘したこと、それは護自身もここ最近の有栖を見て感じていたことだ。
元々有栖は負けず嫌いな気質ではあるが、自らの優秀さを過信するが故に他者を見下し、勝負事において真剣さを欠いているようなところがあった。
それが、この試験においては別。少なくとも以前までの有栖であれば、島に残ってまで自ら率先して動くことは無かっただろう。
「確かにそうかもね。けど悪いんだけど、俺も有栖が何を考えているのかは知らないんだ」
これは本当。実際護も今の有栖が何を考えているのか、詳しくは何も知らない。
呪いという存在を知ったことで、有栖の中で何かしらの心境の変化が有ったのだろうと思ってはいるが、具体的にそれが何なのか、護は理解していなかった。
とはいえ、今のクラスに関して本気で悩んでいる葛城を見ていると、ただ知らないの一言で済ませるのも少々気が引ける。
代わりと言っては何だが、少しは不安を和らげるために言葉を続けた。
「ただしいて言うなら、有栖は島に入る前、今回は真剣に取り組むつもりだと言ってた。
少なくともこの試験、クラスの為に動いていることは信じていいと思うよ。
葛城君だって、ちゃんとメリットがあると思ったから有栖の作戦に乗ったんだろ?」
「それはそうだが……では、お前は何を考えている?」
「俺?」
「ああ、俺は坂柳が変わったと言ったが、お前に関しても同様だ。ここ最近のお前は、どうも坂柳に肩入れしているように見える。
以前はクラスの争いに興味が無いと言っていたのに、今回の試験では龍園の提案を跳ね付け、自ら率先してDクラスとの交渉にも向かった。
一体どこまでがお前の考えなんだ?」
それは警戒によるものか、鋭い視線で睨むように見てくる葛城。
どうやら彼の中では有栖だけでなく護のことも警戒対象らしい。
まぁ、それも仕方がない。今回の試験において、護と有栖が占める重要度はかなり大きい。何を考えているかも分からない連中が試験の鍵を握っているなど、不安でしかないのだろう。
「どこまでって言うなら、一応全部かな。
Dクラスとの交渉に関しては有栖の指示だけど、それだって俺もそうすべきだと思ったからだし、別に唯々諾々と従った訳じゃ無い」
「つまりお前と坂柳、二人とも同じ作戦を立てていたと?」
「ま、そうなるかな」
正確には、作戦と言う程具体的なプランが有った訳ではないが、大体似たようなことを考えていたのは事実である。
「有栖に肩入れしてるって部分に関しても、まぁ否定はしないよ。なんだかんだこの学校じゃ一番長い付き合いだし、友人としての義理もある。
ただ戸塚君にも言ったけど、俺は別にあの娘の派閥に入ったつもりは無い。俺は俺なりに、クラスが勝てるように考えてるつもりさ」
これに関しては少し嘘。護が有栖に肩入れしているのは、友人として以上に共犯者としての側面があるから。
この試験においても、有栖は護が動きやすいよう考えて作戦を組み立てている。
護が優先すべきは呪術師としての自分。それを尊重してくれるのであれば、例えクラスが不利になろうと護は有栖の肩を持つだろう。
とはいえ、この試験において真面目に勝つことを考えているのは嘘じゃない。
その意志が伝わるよう、堂々と真っすぐに葛城の目を見据える護。
「……わかった。どちらにせよこれから一週間、協力し合わなければ乗り切れん。
この試験を通してお前達のことも見定めさせてもらおう」
どうやら、一応は納得してもらえたらしい。
頷く葛城に対し、こちらも軽く笑みを浮かべて頷く護。
「それで構わないよ。じゃあ、早いとこ有栖達と合流しようか」
そう言って、護は葛城に背を向けると再び有栖達の居る小屋へと向かって歩き出した。
(あー……ホント、この二人めんどくさっ!)
その内心で、同じクラスでありながら無駄にいがみ合う二人に呆れながら。
大変お待たせいたしました!
今回、過去一遅くなった上に、ストーリーの進展もあまりなく、誠に申し訳ありません。
一応言い訳させて頂きますと、今後の展開に関してどうしようかと思っていたら筆がなかなか進まず、結局何度も書き直していたらこんな時間に。
元々今回の無人島試験、ある程度の構想は練っていたんですが、前回のDクラスとの交渉からどうも微妙にずれ始めてしまい。
高円寺や綾小路の動きをどうしようかとか、綾小路と有栖の邂逅をどうしようかなとか思っていたらなかなか進まず、結局何度も書き直すことに。
ぶっちゃけ、あの綾小路と有栖に関しては、しばらくはこのまますれ違ったままでいいかと割と本気で思えてきた。
あと、今回遅れた代わりと言っては何ですが、次回52話は少し早めに投稿できるかもです――我ながら、全く信用できない言葉だと思いますが。
今回、あまりにも文章が思いつかず、現実逃避気味に52話の方を書き出してしまっていたので、次回は多分1週間くらいで行けるかなと。
予告しておくと、次回ちょっとしたコメディー回。試験の方の進展はあまりありませんが、廻戦側の今後に関してちょっとした伏線張りを入れてます。