龍園翔が勝利を実感する時、目の前にはいつも敗者の苦渋に満ちた顔が有った。
ゲームで勝つか、喧嘩で勝つか。勝負の形式なんてものはなんだっていいし、形だけ得られる上っ面の勝利にも興味はない。
重要なのは敵と呼べる相手が居て、それが自分に対して屈服するかどうか。
どれだけの暴力に打ちのめされたとしても、最後に自分が立っていればそれは本当の敗北ではないというのが、龍園の持論だ。
そしてそれは逆の立場でも言えること。どれだけの利益を得ようと、どれだけ称賛を得ようと、相手がその敗北を気にも留めていないのであれば、本当の意味で勝利の実感は得られない。
形ばかりの勝利など、龍園にとっては何の価値も無い。何故なら――
(ククッ、気の抜けたツラしてやがるから興味は薄かったんだが、気が変わった。
メインディッシュの味見がてら、少し遊んでやるよ。メルヘン野郎)
――彼にとって勝負とは、ただ己が愉悦を得るための手段でしかないのだから。
◆◇◆
無人島試験、初日はDクラスにとってまずまずのスタートを切ることが出来た。
水の綺麗な川辺という、キャンプ地としてはまずまずなスポットを確保。加えてAクラスとの取引により、ポイントを手付かずで残したまま必要な生活物資も得られた。
勿論後々Aクラスに支払うポイントを考えれば、実質的に得をしているとは言い難い。
今後の学校生活におけるお小遣いを少しでも多く得るためにも、これ以上のポイント使用は控えるべきとは皆も分かっている。
しかしそう思う一方で、いざとなれば使えるポイントが手付かずで残っているという事実は、生徒達に少なからず余裕を与えていた。
そして迎えた二日目の朝――
「くそっ、高円寺の野郎どこ行きやがった!」
しかしDクラスのキャンプ地では須藤の怒声が響いていた。
彼が怒っている理由は至極単純。
現在時刻は8時過ぎ。規則で定められている朝の点呼を行うべく集まったDクラス一同。
しかしいざ点呼を行うとなったところで一人の生徒――高円寺の存在が欠けていることに気づき、結局見つからぬまま点呼時間を過ぎてしまったというのが事の経緯である。
「分かっていると思うが、点呼不在時のペナルティによりこれでお前達は5点減点となる」
須藤の憤りにも構うことなく、淡々と告げられる茶柱の無慈悲な宣告。
今日から、より本格的な無人島生活が幕を開けると思っていた矢先にこれである。須藤に限らず、出だしからの躓きに表情を曇らせる生徒は多かった。
「……高円寺君にも困ったものね」
綾小路の隣で佇む堀北もその一人。
先日からの体調不良も相まってか、額に手を当て嘆息するその姿は心底憂鬱気な様子。
「昨日の事で、少しは自分を省みる気になったかと思ったのだけど、どうやら無駄な期待だったみたいね」
「……人に言われて素直に反省する程、謙虚な性格でもないだろ」
とは言いつつ、綾小路としては高円寺の行動に少し違和感を覚えた。
綾小路から見て高円寺という男は、確かに身勝手で傲慢な振る舞いが目立つが、それでもある一面においては合理的。最低限の損得勘定はできるタイプだと思っていた。
クラスの為に自らが苦労することは嫌っても、みすみす得られる利益まで無闇に棒に振るようなタイプではないと。
それは入学後、クラスポイントの仕組みに関して明かされて以降、真面目に授業を受ける姿勢を見せたことからも分かる事。
早朝の点呼など、大した手間にもならない作業。
高円寺にしてもポイントは多いに越したことは無い筈だ。ただ面倒臭いという理由だけでそれを放り出すのは、少々奇妙に思えた。
(あるいは……)
一瞬、頭をよぎる一つの可能性。しかしそれを、綾小路は内心
仮に高円寺が自分の想像している通りに動いていたとして、その真意を測ることは出来ない。
茶柱との約束――Dクラスの1位を目指す上で、高円寺のように不確定な要素を戦略に組み込むのは危険が過ぎるという物だ。
と、そんなことを考えていると隣で堀北がため息を吐くのが聞こえた。
「はぁ……この分じゃ、彼の行動でどれだけのマイナスが生じるか分からないわね。
いっそ、リードでもつけてあなたが管理してくれないかしら?」
「無茶言うな。アレは俺が手綱を握れるような人間じゃないぞ。
むしろ、そういうのはお前の方が向いてるんじゃないか?」
――主に鞭が似合うという意味で。
普段から、しょっちゅうコンパスの針で脅されている綾小路は内心でそう呟いた。
しかし声には出さずとも、その意味深な視線を感じ取ったのか、堀北は横目でジロリと睨み返してくる。
「……どういう意味かしら?」
「いや、深い意味はない」
こういう察しの良さを日常生活でも活かせれば、もっと円滑な人間関係も築けるだろうに。
ともあれこれ以上の詮索を避けるためにも、高円寺の件に話題を引き戻す。
「まぁ、高円寺の事は考えても仕方ないだろう。
そもそも本当にやる気が無いなら、こんなまどろっこしいことをしないでさっさとリタイアしてる筈だ。
そうしてないってことは、あいつにはあいつなりの考えが有るんじゃないか?」
「……Aクラスの座に興味が無いって人は、楽観的でいいわね」
そう言って、非難的な視線を向けてくる堀北。
確かにこれまでの綾小路のスタンスを見ていればそう思うのも仕方がないが、今回ばかりは一応否定しておくべきかと思い口を開く。
「そうでもない。俺だって貰えるポイントがあるに越したことは無いからな。
変に目立って面倒事に巻き込まれるのは御免だが、そうでないなら多少は働きもする」
この試験、茶柱との約束を果たすためにも多少は積極的に動く必要も出てくるかもしれない。
いざという時は堀北を隠れ蓑にするつもりだが、その時になって話がこじれても困る。多少は協力的な姿勢を示しておいた方がいいと判断した。
「ふぅん……あなたにしては随分と殊勝な心掛けね。昨日櫛田さんの提案を大人しく受け入れたのも、それが理由かしら?」
それは昨日、Dクラスのリーダーを決める話し合いの際のことだ。
今いる川辺のスポットを発見し、いざ占有の為のリーダーを決めようとなった時、まず櫛田はこう切り出した。
『皆、リーダーについて私も色々考えたんだけど、平田君や軽井沢さんは嫌でも目立っちゃう。だからここは他のクラスにあまり顔を知られてない人ってことで、綾小路君がいいと思うんだけど、どうかな……?
須藤君の事件の時も積極的に動いてくれたし、責任感の面でも適任だと思うの』
この発言に対し、当初他の生徒達は難色を示した。
いかにクラス内でも発言力のある櫛田の提案とはいえ、綾小路個人はこれまでクラスで目立った功績の無い生徒。そんな男にリーダーという大役を任せて大丈夫かと、心配になる生徒が出るのも当然のこと。
しかしそこで、他ならぬ綾小路自身が櫛田の提案に便乗する形で一つのアイデアを口にした。
「普段の
綾小路が口にしたアイデア。それは普段リーダーのカード管理は平田が行い、スポットを更新する時だけ綾小路が受け取って更新するというもの。
単純な手ではあるが、実質この作戦を取ってしまえばリーダーを特定するにはカードを直接視認する以外の方法が無くなる。
平田本人も快く承諾し、他の者達も平田が管理するならばと最終的に頷いた。
「ま、今回はリーダーと言っても所詮は名ばかりだからな。実際に俺がすることなんて、決まった時間にカードを通す作業くらいだ」
おそらく推薦した櫛田当人は、リーダーがバレて責任が追及されても問題ない人物として綾小路を挙げたのだろう。
普段は友好的な櫛田だが、その内心では自身の本性を知る綾小路の事も面白く思っていない。今回の事はいずれクラスから排斥するための理由作りの一環という所か。
とはいえ、綾小路にしても彼女の提案は好都合だった。
今回の試験でDクラスが1位を取るためにもリーダーの保守は絶対条件の一つ。
その点自分がリーダーになっていれば、最悪いざという時にわざと負傷してリタイアするという荒業も取れる。
まぁ、リタイアによるペナルティが大きいことに違いはないので、リタイアしないに越したことは無いのだが。
(問題は、他のクラスがどう動くか……)
ポイントだけを見るならば、現状Dクラスが一歩リードしてることに間違いはない。
なにせこの試験、普通に生活して200ポイント以上残すのは至難の業。Aクラスが他のスポットを独占するだろうことも考えれば、他クラスはスポット占有における収入もほとんど見込めない。
そして肝心のAクラスに関しても、こちらが優位に立っているのは同様だ。
当然のことながら確保するスポットが増えれば、それだけ更新に掛かる手間も増える。
立ち居振る舞いから見て五条護という男は確かにただ者ではないのだろうが、人一人背負った状態で夜間まで島中を回るというのは流石に無茶が過ぎるというもの。
Aクラスが確保しているスポットを多めに見積もったとしても、200に届くことは無いというのが綾小路の見積もりだった。
(だが、それも絶対じゃない)
とはいえ、これも所詮は皮算用。高円寺が試験をボイコットする可能性。他の生徒がAクラスから得た物資に満足せず自分達のポイントに手を付ける可能性。
パッと思いつくだけでもこれだけの不安要素を抱えている上に、他クラスが何かしらの奇策を打って出る可能性だってあるのだ。
仮にどこかのクラスがリーダー当てでポイントを稼げば、順位がひっくり返る可能性も十分にあり得る。
(やはり、動かない訳にはいかないか)
最低でも一クラス。確実性を求めるならリーダーの情報を獲得する必要があると綾小路は考えた。
そこまで冷静に分析を済ませた所で、隣に居る堀北に向かって口を開く。
「……そういえば、今朝がたBクラスの神崎が来ていたんだ。
その時にBクラスのキャンプ地も教えてもらったんで行ってみようかと思うんだが、お前はどうする?
体調が悪いなら無理にとは言わないが」
綾小路としては、自分が目立たない為にもついてきてくれた方がありがたいが、下手に連れ出して体調が悪化してもそれはそれで困る。
「……体調の事は心配いらないと、昨日も言ったはずよ」
一応気を遣ったつもりだったのだが、堀北にしてみれば余計なお世話だったらしい。むしろ機嫌を損ねてしまったようで、ジロリと睨まれてしまった。
「……まぁいいわ、行きましょう。正直テントでジッとしてると、櫛田さんが声を掛けてきて落ち着かないの」
何とも容易く想像のつく光景だ。健気に心配する友人を演じる櫛田と、それを鬱陶しがる堀北。
周囲の女子は邪険な態度をとる堀北に良い印象を抱かないだろうし、周りがそんな空気であればさぞや居心地も悪いことだろう。
「そうか。ま、無理はしないでくれ」
本人がそう言う以上は、綾小路としてもとやかくは言うまい。ともあれ堀北の了承も得た所で、二人はBクラスのキャンプ地へと足を向けた。
スタート地点の浜辺への道を戻りながら、今朝がた神崎に教えられた目印を探す。
幸い目印はすぐに見つかった。大きな折れた大木。そこから南西方向に進路を取ると、大勢の生徒達の足跡が見えた。
おそらくはこの足跡を辿っていけばBクラスのキャンプに着くだろう。そう思って歩いていると、ふと横の茂みからガサリと物音が聞こえてきた。
明らかに風などではなく、生物によるものと分かる騒めき。
この島に危険な動物は居ないと分かってはいるが、それでも念の為にと警戒を滲ませながら音が聞こえた方向へと視線を向ける二人。
すると木々の隙間から、一人の男が顔を出した。
「おや、綾小路ボーイと堀北ガールじゃないか」
現れたのは、朝から姿の見えなかった男、高円寺六助。
彼の姿を見た瞬間、堀北は驚いたように目を見開くと、しかしすぐさま我に返り、咎めるような声を発した。
「高円寺君……あなた、点呼にも出ず何をやってるの!?」
鋭い視線を向ける堀北に対し、しかし高円寺は微塵も怯むことなく、のんびりした動作で腕時計を確認する。
「ふむ、点呼……? ああ、もうこんな時間だったとは。ハハハッ、朝の散歩に夢中で気付かなったよ」
どこまで本気で言っているのか、さも今気付いたと言わんばかりの態度。
欠片も悪びれた様子を見せない高円寺に、堀北は一層視線を鋭くして言葉を続ける。
「ッ……分かっているのかしら? あなたの欠席でDクラスは5点減点になったのよ」
「無論理解しているとも。なに気にすることは無い。誰にでもうっかりミスはあるものさ。
他のボーイズ&ガールズが見せた入学後の失態を考えれば、5点の減点など可愛いものだろう?」
何故に減点を喰らった原因の張本人が、慰めの言葉を口にしているのか。
そのふざけた返事に対し、堀北は憤っているのか呆れているのか、頭痛を堪えるように額を抑えた。
なんだか本気で頭痛を感じていそうなその様子を見て、綾小路は少々気の毒に思ったが、そもそも高円寺に対し会話が通じると思う方が間違いである。
これ以上無駄に疲労を溜めることもあるまいと、綾小路は堀北に代わって気になる要点だけ聞くことにした。
「一応聞くが、点呼に出なかったのはわざとじゃないんだよな? 次からは、ちゃんと時間通りに出ると思っていいのか?」
「フッ、このようなつまらないルールに縛られるつもりは無いね――と言いたいところだが、安心したまえ。私としても昨日の取引は少々想定外の出費だったのでね。
今回のように
逆に言えば、また
このように胡乱な回答を返す時点で、やはり真面目に答えるつもりは無いらしい。
しかし今の問答で、高円寺が何かしらの目論見を持って動いていることは確信できた。
ひとまずはそれでよしとするべきかと、綾小路は話を切り上げるべく堀北に視線を送る。
「……だそうだ。とりあえず、欠席したのはわざとじゃないみたいだし、必要以上に荒波を立てることも無いんじゃないか?」
「あなたね…………」
呑気なその言葉に対し苛立ちながら尚も文句を連ねようとする堀北だが、しかし綾小路は無駄な事は止めておけと言うように、首を振ってそれを押し留める。
「はぁ……いいわ。これ以上話していると本気で頭が痛くなりそうだもの」
「物わかりが良くて結構だよ、堀北ガール。それでは私は散歩に戻らせてもらうよ。アデュー」
そう言って、Dクラスのキャンプ地ではなく、全く別の方向の茂みをかき分けて森の中へと入っていく高円寺。
よくもまぁ、ああも道なき道を不安気も無く堂々と歩けるものである。綾小路は心配するよりもむしろ感心してしまいそうになった。
「綾小路君……あなた本当に彼にリードでもつけてくれないかしら?」
「その場合、間違いなく引きちぎられるか俺ごと引きずり回されることになるだろうな。
あいつに関しては下手に気にしても疲れるだけだぞ。少なくとも現状リタイアする気もなさそうなんだから、それだけでも十分と思っておいた方がいい」
「それもどこまで信用していいか怪しいものね……」
それに関しては同感だ。高円寺の言うことに関しては話半分どころか、2割程度に留めていた方がいいというのが綾小路の認識である。
(あいつ、まさかな……)
ともあれ、これ以上高円寺に気を取られても仕方が無いと、気を取り直して歩くのを再開する二人。
そこからは特にこれといった問題も起こらず、Bクラスのキャンプ地へと到着した。
到着して、まず目についたのはあちこちの木々に吊るされたハンモック。
どうやらBクラスが確保したスポットは森の中に有る井戸のようで、テントを広げるスペースが少ない事をハンモックでカバーしているようだった。
次に目についたのは、そこに居る彼らの表情。
突然の無人島生活、加えてこの拠点に関しても大人数で過ごすにはあまり適しているとは言い難い空間。
しかし目に見える範囲に居る生徒達の表情に、それらに対する不満や悲壮感は浮かんでいなかった。
一部の生徒が怠けていたりなんて事も無く、誰もが前向きに何かしらの作業に取り組んでいる様子からは、一目で分かるクラスとしての連帯感が感じられる。
堀北も同様の雰囲気を感じ取ったのか、二人揃って感心したようにその様子を眺めていると、こちらの存在に気付いた一人の女子が声を掛けてきた。
「あれ? 堀北さん? それに綾小路君?」
声を掛けてきたのは、Bクラスの中心人物である一之瀬帆波。
面識の無い他の生徒に声を掛けるのは気まずかったので、向こうの方から気付いてくれて内心助かったと思う綾小路。
一之瀬は先月の暴力事件の際にも、他クラスの立場でありながら協力してくれたこともあり、それなりに友好的な関係を築けている相手である。
「随分とクラスは上手く機能しているようね。拠点としては苦労も多そうだけれど」
「あはは。最初は苦労したよー。でも何とかね。色々工夫して作ってみたの。そしたら逆にやることも増えちゃって。まだまだ作業が山積みだよ」
そう言いながらも、苦労なんて感じさせない様子で楽しそうに笑う一之瀬。
やはりBクラスの雰囲気が全体的に明るく感じるのは、こうした彼女の人柄故か。
「だとするとお邪魔しているのは悪いわね」
「ごめんね。なんか追い返すみたいな言い方になっちゃったかも。でも少しくらいならいいよ? それに丁度私も話したいことが有ったし」
「話したいこと?」
快活な笑顔を浮かべていた一之瀬の表情が僅かに曇る。
その変化に気が付いた堀北が疑問気に首を傾げると、一之瀬は神妙な様子で頷いて言葉を続けた。
「うん……そうだね、こっちの話からしてもいいかな? 多分二人も何か聞きたいことがあってきたと思うんだけど、多分その方がいいと思うの。
場合によっては二人に謝らなきゃいけないかもしれないから」
そう言って申し訳なさそうな表情を浮かべる一之瀬に、一層何の事だかわからなくなる綾小路と堀北。
なんにしても、これだけでは判断材料が少ない。堀北は話を続けるよう促した。
「……いいわ。とりあえず、何が有ったのか話してもらえるかしら?」
「うん、実は昨日の事なんだけど――」
そして一之瀬は、何が有ったのかを語り出した。
◆◇◆
それは、試験開始初日の昼下がりの事だった。
ベースキャンプも決定し、これから生活拠点としての場を整えていこうと話し合っていた時、その人物は現れた。
「何の用かな? 龍園君」
その人物とは、Cクラスの龍園翔。彼は同じクラスの石崎大地と、伊吹澪という女生徒を伴いながら、一之瀬達の前に姿を現した。
突然の来訪に、警戒心の籠った視線を向けるBクラス一同。
「クク、少し顔を出した程度で随分な警戒のしようだな、一之瀬。
こっちはお前らに良い話を持ってきたってのに、座る場所の一つも用意しちゃくれねぇのか?」
「あはは……ごめんねー。まだ人をおもてなしできるほど場所も整えられてなくて。
けど、皆が警戒するのは仕方ないんじゃないかな? 6月にあったことを考えれば」
先月の始め、CクラスがDクラスと揉めたのは周知の事であるが、実はそれ以前にも彼らはBクラスともひと悶着起こしていた。
中間テストを経てAとDが大きくクラスポイントを向上させたのに対し、BとCのポイントが然程上がらなかったのも、それが原因である。
「わざわざ済んだことを蒸し返すなよ。その件に関しちゃこっちも減点喰らって痛み分けで片が付いてんだ。
それとも、形ばかりでも頭を下げりゃ満足か?」
「わー、自分で形ばかりって言っちゃうかー」
「取り繕ったって仕方ないんでな。お前らが俺の事を信用できないってのは分かり切ってる。
それを承知の上で話を持って来たことの意味、よく考えるんだな」
どんな取引をするにしても、BクラスとCクラスでは信用が欠けているという点で不適格な相手。
それでもなお話を持ってきたということは、つまりはそれを踏まえた上でも信用を勝ち取るだけの自信があるのか、もしくは聞かなければ損をする何かがあるのか。
「んー……そう言われると、ちょっと気になってきちゃうな。
皆、聞くだけでも聞いてみていいかな?」
話を聞かなかったとしても、何かしてくるのではないかと思わせるのが龍園という男である。ならば話だけでも聞いて少しでも意図を探った方がいい。
一之瀬がクラスの皆に向かって問いかけると、まず近くに居た神崎がそれに頷いた。
「ああ、俺は構わない」
そして彼の賛同を皮切りに、他の生徒達も一之瀬が言うならばと頷いていく。
皆の同意を確認した所で一之瀬は改めて龍園へと向き直ると、彼は早速話を切り出した。
「それじゃあ、単刀直入に言わせてもらおうか。
取引だ。この試験、俺達Cクラスが使えるポイントの内200ポイントをそっちに使わせてやる。その代わりお前らは今後卒業までの間、月に一人あたり2万ポイントこっちによこしな」
その言葉に、騒めくBクラスの面々。
一之瀬も驚きを露わに目を見開くが、すぐさまその提案の意図を理解し言葉を返す。
「なるほど……クラスポイントより、確実にプライベートポイントを確保しようってことだね。
けど、それだとCクラスはこの試験中どうするのかな? 私達にポイントを渡しちゃったら、そっちはかなり厳しい生活を強いられると思うよ?」
「こっちは端からこんな試験、真面目に受ける気なんてねぇのさ。ポイントが無くなれば、俺たちはとっととリタイアして終いだ。
このクソ暑い中1週間もサバイバルなんざ冗談じゃないからな。
まして
「勝者が決まってる?」
「どういう意味だ?」
龍園の放った一言が気になった一之瀬は思わず問い返し、神崎もそれに追随する。しかしその瞬間、龍園は食いついた獲物を見るように、薄らと笑みを浮かべた。
「取引を受けるかも分からない相手に話す義理はねぇ――と言いたいところだが、前金代わりのサービスだ。教えてやる。
この試験、このままいけばAクラスの一人勝ちになる」
まだ試験開始から間もないというのに、確信を持った態度で言い切る龍園に対し、困惑の表情を浮かべる一之瀬。
仮にハッタリだとしても、今この場でそのような出まかせを言う意味が分からない。
「……どういうことかな?」
「順を追って説明してやる。俺がさっき島の探索をしていたら偶然Aクラスの連中を見かけてな。
一人は五条、もう一人は五条に背負われた坂柳、最後に坂柳の部下の神室だ」
「坂柳さん達が?」
「おかしなメンツだとは思わないか? 探索のつもりなら、わざわざ坂柳みたいな足手纏いを連れてく理由はねぇ。あの女は部下に指示だけして後ろで踏ん反り返るような女だ。
まさか連れションって訳でもねぇだろ」
下品な言葉に一部の女子が眉を顰めるが、確かに探索にしては奇妙なメンツだ。
まさか島の地理もよくわかっていない状況で、物見遊山に散歩している訳でも無いだろう。
「もしかして……」
わざわざ体の不自由な坂柳を連れて歩く理由。そうする必要が何かあるのかと考えた所で、一つの可能性が脳内に浮上した。
同時に、隣に居る神崎も同じことに気が付いたのか、口を開く。
「まさか……お前は坂柳がリーダーだと言いたいのか?」
それを聞いた他の生徒達が、口々にまさかと呟く。
「それ以外にあの女を連れ歩く理由があるか?
キーカードを持っているのが坂柳だから、スポットを占有するために連れていく必要があった。そう考えれば説明はつく」
「確かにそうかもしれないけど……」
しかしそうなると、今度はまた別の疑問が浮上する。
どうしてAクラスは坂柳という明らかに目立つ人物をリーダーに据えたのか。そして――
「そうだとして、何故それがAクラスが勝つことに繋がる?」
一之瀬が抱いた疑問を、代わりに神崎が口に出した。
そう、リーダーが坂柳と分かっているなら、これはAクラスにとっては大きな失点。
先程龍園が述べた、Aクラスが勝利するという話とは明らかに矛盾する。
「簡単な話だ。現時点でのリーダーが分かったところで意味なんてねぇのさ。ルールにもあるだろ?
――
強調して放たれた一言に、龍園が何を言いたいのか理解した一之瀬は、まさかと呟きを漏らした。
「――ッ、逆に……正当な理由があるなら変更はできる……?」
その呟きが聞こえたのか、周囲に居た他の生徒達もハッと目を見開く。
それを見て、どうやら理解できたようだなと、得意気な笑みを浮かべる龍園。
「分かったか? この方法なら終了直前にリーダーを変更すれば当てることはほぼ不可能。
Aクラスは他の目を気にすることなくスポットを独占することが出来て、大量のポイントが入るって寸法だ」
龍園の話は、一応筋が通っているように見える。
あくまで状況証拠でしかないが、そう考えれば坂柳が出歩いていたことの説明もつくし、Aクラスであれば、そのような奇策が思いついてもおかしくないとも思う。
だが、だとしたら疑問が一つ残る。
「……随分と、あっさり教えてくれるんだね? 言われなかったら、私達は坂柳さんを指名して減点されてたかもしれないのに」
仮にこれが事実だとしても、こちらにその情報を渡すメリットは龍園に無い。
今回の試験では、リーダー当てを外しても、生じるのは外したクラスへの減点だけ。
彼にしてみれば、こちらがAクラスの策に気が付かぬまま、リーダーを外して減点されていた方が好都合だったはずだ。
「ハッ、ねぇな。この程度のこと、少しまともに考える頭が有るなら簡単に気付く。ここで情報の出し惜しみしたところでメリットはない。
それとも俺が言うことは信用できねぇか? だったら、適当なスポットで張り込みでもしてみろ。裏付けなんざ、簡単に取れるだろうぜ」
「確かに、そうかもしれないね……」
龍園の言う通り、この話が事実だとすれば裏付けを取る事自体はそれほど難しくない。
情報の信憑性、それ自体はある程度信頼できると思っていいだろう。
「ここまではあくまで前提の話だ。Aクラスの連中は、早い段階でこの島のスポットを独占するだろう。
そうなりゃ、スポット占有で得られるポイントは雀の涙。肝心のリーダー当てに関しても望み薄だ。
必死こいてチマチマ節約した所で、残るポイントはいいとこ100か150程度。そんならお前らから月2万ポイントせしめた方が得ってもんだ」
利益を第一に考えるのであれば、その考え方もあながち間違ってはいない。
言っている人物が人物なだけに怪しさ満点だが、ここで悩んだところで話は進まない。一之瀬はとりあえずこれを事実として飲み込んだ上で話を進めることにした。
「……成程ね、話は分かったよ。
けど、一ついいかな? 龍園君の考えは分かったけど、それで他のCクラスの皆は納得してるの?」
「ハッ、部下は大人しく支配者の決定に従うもんだ――と言いたいところだが、世の中賢い選択が出来ない馬鹿ってのは居るもんだ。
愚民どもの意見なんざ無視しても良かったんだが、あんまりにもしつこいんで、文句のある奴らには残った100ポイントで好きにしろと言ってやった。数人程度ならこれで十分生活できる。
お優しいBクラスの委員長様は、これで満足か?」
Cクラスの他の生徒がどう考えているかなどBクラスには関係ない事。
それでもこのような質問をしたのは、この取引によってCクラスの生徒が厳しい生活を送るのではないかと思ったから。
他クラスの生徒に対してもそのような気遣いを抱いてしまうのが、一之瀬帆波という人間だ。
「そっかぁ、そっちのクラスの皆が納得してるなら、こっちがとやかく言うことじゃないね」
本心がどうあれ、Cクラス内で意思統一が行われているというなら、これ以上他のクラスの立場から踏み込むべきではないとひとまず引き下がる。
ともあれ、これで一通りの情報は出そろった。
問題はこれを聞いた上でどうするかだが――
「取引の事だけど、クラスの皆で少し相談してもいいかな?」
流石にこのようにクラスの今後を決める取引、自分の一存で決める訳にはいかない。
まずは一旦話し合いの時間を取るべく断りを入れる。
「好きにしな」
「ありがとう」
幸い向こうも急かすつもりは無いらしい。
彼にしてはやけに素直に認めたとも思ったが、あまり時間も無駄には出来ないので深くは考えず一之瀬達は龍園から離れるべく移動した。
こちらの声が届かないだろうという程度に距離を取ったところで、輪を作る様に集まる一同。
すると早速とばかりに、近くに居た一人の女子が一之瀬に向かって声を掛けた。
「帆波ちゃん、どうする?」
「うーん……それなんだけど、私の意見を言う前にまずは皆がどう思っているか知りたいな。
多分だけど、私が先に意見を言っちゃったら違う意見の人達は話しにくくなっちゃうよね?」
一之瀬は、クラス内における自分の影響力というものを正しく自覚していた。
龍園の取引に対し賛成するにしても反対するにしても、自分が最初に意見を述べてしまえば、話し合いの流れ自体がそちらに傾きかねない。
「まずは現時点の考えでいいから、龍園君の取引に賛成か反対か、手を挙げてほしいの。
勿論ここで人数が多かったからって決定はしないから、気軽な気持ちでね」
そう言って、問いかけるように周りを見渡す一之瀬。
見える限りの生徒一人一人に顔を向け、どうやら反対する者が居ないと確認できたところで頷いた。
「よーし、それじゃあまずは賛成のひとー」
そう呼びかけた所で、ポツポツと挙がり始める手。
一人一人、誰が手を挙げているかを確認しつつ数を数えていく。
「……ありがとう。もういいよ。
それじゃあ次、反対のひとー」
そうして再び挙がり始める手。
今しがたと同じように、数を数えていく。
「……うん、賛成が6人。反対が14人だね。
手を挙げてない人たちは、まだ考え中って感じかな?」
なお、この数字の中に一之瀬自身は含まれていない。
自分の意見に左右されてほしくなくて手を挙げなかった一之瀬だが、それを抜きにしても半数程度の生徒が無挙手という結果となった。
このような結果になったのは、やはり取引そのものにはメリットがあると思う反面、龍園個人を信用できない生徒が多い為か。
「難しい所だよね。確かにこの取引を受ければ試験で大きくリードできるけど、龍園君に安定したポイントっていう大きな武器を与える事にもなっちゃう」
「俺としてはあまり賛成できない。確かに奴の言葉が正しければこの試験でAクラスにリードを取られることになるが、だからと言って奴に2万ものポイントを支払うのはリスクが高すぎる」
そう言って、真っ先に反対意見を表明したのは神崎。
その意見に何人かが追随して頷くが、一方で賛成派の生徒達が意見を述べる。
「けどさ、ポイントを支払うことになっても、その分こっちは節約できる分クラスポイントが上がるだろ? 実質的にはノーリスクなんじゃないか?」
「それはCクラスが本当にリタイアしたらの話だろう?
正直俺は、この取引を結んでも龍園がこの試験中大人しくしているとは思えない」
この取引に置いて、やはりネックとなるのは龍園に対する信用という点だ。
いくら取引の内容に利が有ろうと、この取引自体が油断させるための罠という可能性は十分にあり得る。
他にも同じように思う生徒達は多いようで、話し合いを進めて行くとやはり賛成に回っていた生徒達も徐々に不安そうな表情を浮かべ始めた。
一通りの意見も出て、会話も煮詰まってきたところで一之瀬も口を開く。
「正直ね、私もこの取引ってかなりの博打だと思うの。
いくら物資で得をしたとしても、龍園君が本当に何もしないとは限らないし、AクラスやDクラスにリーダーがバレないって保証もない。
この取引の一番のデメリットって、本来なら負わなくてもいいリスクを負っていることなんじゃないかな?」
「負わなくてもいいリスク?」
どういう意味か分からなかったのか、問い返してくる神崎に一之瀬は頷く。
「うん。本当ならこの試験、リーダーを隠しながらどうやって限られたポイントをやりくりするかっていうのが、まず一番に考えることだよね?
けど、今の私達は取引を結んで龍園君を近くに引き入れることのリスクに思考を取られてる」
「つまりは、こちらの警戒を誘発してプレッシャーを掛けるのが狙いかもしれないということか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。問題なのは、こうして不安を抱えること自体が大きなデメリットってことだよ。
確かに龍園君の言葉が正しければ、この試験でAクラスは大きくリードするかもしれないけど、こんな調子で無理に追いつこうとしても上手くいくとは思えないんだ。
少なくともAクラス以外との条件は互角なんだし、ここで無理に焦る必要は無いと思うの」
元々、龍園が来なければ、Bクラスはこの試験中ポイントを節約しながら堅実に生活するという方針を取ったことだろう。
結果的にAクラスのリードは許すことになるが、だからと言って取引を断ったところでBクラスにマイナスは無い。あくまで最初の条件に戻るだけだ。
一之瀬の言葉でそのことに気が付いたのか、他の生徒達も確かにと頷く。
概ねほとんどの生徒が納得の表情を浮かべたのを確認したところで、一応最終確認として決をとってから、一之瀬は龍園の下へと戻った。
「お待たせ、龍園君」
「ハッ、本当にな。こんだけ待たせたからには、ちったぁマシな返事を用意したんだろうな?」
「あはは、ごめんねー。ご期待に沿えなくて申し訳ないんだけど、この取引は無かったことにしてほしいの」
その瞬間。快活な笑みを浮かべる一之瀬とは対照的に、龍園は笑みを潜めた。
「あぁ? 本気で言ってんのか?」
「うん。今回の試験、私達は自分達の力で乗り切ることにするよ」
険呑な雰囲気の龍園に対し、しかし一之瀬は怯むことなく、笑みを浮かべながら答える。
勿論、あっさりと引き下がる龍園ではないだろう。
違う条件を提示するのか、あるいは暴力をチラつかせた脅しをかけるのか、しかし何を言われたようとこちらの意見は変えない。そう断固とした姿勢の一之瀬に対し龍園は――
「クッ……クク、クハハ!」
――声を上げて笑い出した。
「……何かおかしなことを言ったかな?」
「ああ、これが笑わずにいられるか。教えてやるよ、一之瀬。
俺はな、お前らが渡すポイントを減らせだとか、条件を緩くするような話を持ちだすなら、ある程度受け入れてやるつもりだったんだ。
だがお前らは、そんな交渉を一切挟むことなく断った。きっと俺が何を言ったところで取引を受けることは無いんだろうなぁ」
取りつく島も無いと分かりながら、尚も愉快気に笑う龍園。
皆がその姿を不気味そうに見つめる中、彼は一旦笑みを潜めたかと思うと、しかし隠しきれぬ愉悦を滲ませながら言葉を続けた。
「――おかげで、俺も遠慮する必要がなくなった」
その不穏な気配を感じさせる言葉に、よもやこんな所で荒事は起こすまいと思いながらも、より一層の警戒を深めるBクラス一同。
するとそんな緊迫した空気の中、動き出す龍園。
彼は緊張感など感じさせないのんびりとした足取りで動き出したと思うと、すぐ近くにあった手頃な岩の上へとどっかりと腰を降ろした。
何かするかと思いきやいきなり寛ぎ出した龍園に、一之瀬は戸惑いの表情を浮かべる。
「えっと……龍園君? 一体、何のつもりなのかな?」
「ハッ、言ったはずだぜ、遠慮する必要がなくなったってな。
取引を受けないって言うなら、俺とお前らは敵同士。なら――
――敵対する立場として、お前らが占有しているスポットを狙うのも当然の話だよな?」
「なっ……!」
驚きの声を零したのは誰だったのか、その場に居る全員が龍園に対し信じられない物を見る目を向けた。
「別にルール違反じゃないぜ。この試験のテーマは『自由』。
ルールの仕組みを考えれば、他クラスへの妨害だって、立派な作戦の一つだ」
ルール上、スポットの更新は8時間毎に切れる為、その間はどこの所有にもならない空白期間が必然的に生じる。
その僅かなインターバルを狙ってスポットを占有し返す。この点だけ抜き取って考えるなら、一つの戦略として認められる事だろう。
「俺はここに座ってスポットの占有時間が切れるのを待ってるだけ。別にお前らが次の更新をするって言うなら、それを止めるつもりもねぇ。
だが更新しないのならここのスポットはフリースペース。Cクラスが貰ったって文句は言えない筈だ」
その言葉に、一之瀬は困惑の表情を浮かべた。
確かに、理屈の上では間違っていない。試験の構造を考えるならば、他クラスの目を掻い潜ってリーダーを保守すること、それも試験の趣旨の一つといえる。
だが――
「……どういうことかな? こんなことをしても、そっちにメリットは無いよね?」
そもそもルールで禁止される以前に、こんなことをしたところでCクラスにメリットはない。
いくら監視行為それ自体が禁止されていないとしても、龍園の行動はあまりにも強引過ぎる。
他クラスのキャンプに不当に居座れば、スポットの不当占拠として減点を受ける可能性は高く、そうでなくても敵陣のど真ん中でスポットを奪い取るなんて行為、自分達のリーダーをみすみす明かすようなものだ。
こちらの妨害が目的だとしても、明らかにCクラス側が受けるデメリットの方が大きすぎる。
「ここのスポットを取られたとしても、私達は別のスポットに移ればいいだけ。
むしろその場合、そっちのリーダーが分かるだけ、妨害どころか得にしかならないと思うんだけど?」
「ハッ、そう思うなら好きにすりゃいい。
さっきも言ったが、こっちはこんな試験まともに受ける気なんざねぇのさ。仮にこの行為でペナルティを受けようが、お前らがリーダーを当てようが、そもそもポイントが0なら関係ない」
一之瀬の言葉を笑い飛ばす龍園。
その態度から、これがハッタリによる脅迫などではなく、本心から0ポイントになることを恐れていない様子が窺い知れた。
「お前らが取引を受けなくても、こっちはまだDクラスに持って行くって手が残ってる。
先月揉めたばかりでお前ら以上に交渉は難航するだろうが、この際贅沢を言う気はねぇ。
流石に200ポイントを1万で売るとでも言えば、あの馬鹿共も頷くだろう」
確かに、そこまでレートを落とすというのであれば、Dクラスが取引を受け入れる可能性は否定できない。
「……そこまで下げる用意があるなら、どうして私達には2万って提案したのかな?」
「簡単な話だ。お前らは俺達よりも上位のクラス。そんな奴らにポイントをくれてやる以上、同等の対価を求めるのは当然だろう。
じゃなきゃ一方的にクラスとしての差がつくだけなんだからな」
ここで、ようやく一之瀬は龍園の狙いが少しだけ理解できた。
おそらく、龍園としてはこちらが取引を受けても受けなくてもどちらでもよかったのだ。
取引を受けたのであれば、その時点でCクラスはこの試験に置いて確たる収入が約束される。
一方で取引を受けなかった場合、改めてDクラスに持って行くだけ。関係が険悪なDクラスに話を持って行けば、より多くの譲歩が求められるだろうが、それでも最低限の利益は確保できる。
減った分の利益に関しては、他クラスの妨害をすることで出来るだけ差が開かないように帳尻を合わせると、要はそんなところだろう。
何とも悪辣な手を思いつくものだと、一之瀬は内心で歯噛みつつ、どうにか打開策を探るべく必死に頭を回転させた。
(……大丈夫、仮にスポットを奪われたとしても、他のスポットに移ればいいだけ。
複数のスポットを確保して、それぞれに拠点を構えてすぐ移れるようにすれば……)
ベースキャンプの変更は正当な理由なく出来ないとのことだったが、流石に他クラスにスポットを奪われたとなれば、学校側も認めるだろう。
龍園の策に付け入る隙があるとするなら、それは他クラスのスポットに張り込むのはリーダー自身である必要があるということか。
スポットを占有するという大義名分も無く、ただ監視の為だけに長時間も他クラスの陣地に居座るというのであれば、流石に試験が立ち行かなくなり、減点以上のペナルティが発生する可能性も出てくる。
龍園もそれを危惧しているからこそ、あくまで自分はスポットを占有するためにここに居ると強調したのだろう。
実際に学校側がどう動くかは分からない。可能性としては五分五分がいい所。だがそうとでも考えなくては、完全に脳内には『詰み』の二文字しか思い浮かばなくなる。
そんな僅かな希望を、しかし龍園は容赦なく刈り取りに来た。
「それとお前は他のスポットに移ればいいと言ったが、忘れているようだから教えてやる。
さっき話したAクラスがスポットを独占するだろうって話は本当だ。
連中は、早い段階で数名ずつ別れてスポットの探索に動いてやがった。まず間違いなく、この周辺のスポットは粗方確保された頃だろうぜ」
「……ッ!」
その言葉で、一之瀬は先程感じた違和感の正体に気付いた。
先程の取引でわざわざAクラスの情報を渡したこと。こちらがクラス内で相談する機会を求めた時すんなりと認めた事。
龍園にしてはやけに親切に思えたこれらの行動は、全て時間稼ぎだったのだと。
この話が事実であるとするなら、Bクラスはこのスポットを失った時点でキャンプに適した場所を確保するのが格段に難しくなる。
いくらリーダー当てでCクラスから50ポイント得られたとしても、1週間を過ごすための水や食料、寝床など、全てポイントで賄おうとすればどれだけのコストがかかるのか。
そしてそんな切り詰めた生活を送ることにクラスメイト達は耐えられるのか。
最早ほとんど追い詰められたも同然の一之瀬に、尚も龍園の言葉は続く。
「ちなみに、俺を無理矢理どかそうとは思わないことだ。
例えその気が無くても、場合によってはそれを見た第三者が誤解するかもしれないからな」
そう言って、龍園は親指でクイッと、ある方向を指さした。
するとそこには、龍園が同伴させていた石崎がデジカメをチラつかせる姿。
ここに来てから一言も声を発さなかった彼らが、一体何のために同伴しているのかと思ったが、どうやらこれが狙いだったらしい。
「それは、脅迫のつもりか?」
険の籠った声で問いかける神崎。
それに対しても、龍園は余裕の笑みを崩すことなく言葉を返す。
「ハッ、まさか。俺の方から何かするつもりはさらさらねぇ。何せ暴力行為は一発で失格だからな。
お行儀の良いお前らが力づくでどうにかするとも思わないが、学校の監視がどの程度か分からない以上、念を入れるのは当然のことだ」
現状、学校側の監視体制がどの程度なのか、生徒達には分からない。
仮に生徒同士でもめ事が起こった際、一部始終が把握されているのであれば問題ないが、そうでないならどちらに非があるのか、判断基準となるのは生徒達の証言と物的証拠の有無。
元々、一之瀬に力づくでどうこうしようという気など無かったが、こちらに責が飛ぶ可能性を考えるならば、より一層迂闊な事は出来なくなった。
最早Bクラスに残された選択肢は3つ。
このスポットを諦め、他のスポットが残っている可能性に賭けるか、失点覚悟で龍園の前でスポットを更新するか、あるいは――
――諦めて先程の取引を結び直すか。
選択肢は、実質一つしかなかった。
このポイント取引も前のAC、ADを含め都合三度目になるんですが、どうも毎度会話の進め方で詰まってしまう。
状況も色々入り組んでしまって、果たしてどう進めたものか……
一応現状の整理を兼ねて、原作との相違点を書き出しておきます。
原作との相違点
・原作AC間で結ばれた協定がBC間で結ばれる。
但しあくまで結んだのはポイント交換のみであり、龍園の方が一方的に結ばせた形。
クラス間の関係は険悪なままであり、龍園としても一之瀬の口からDクラスにこの協定がばらされる可能性を考慮して、Dクラスに伊吹をスパイとして送るのは止めた。
・堀北の体調不良が周知されたことで、流石にリーダーに推薦するのは無理と櫛田断念。
代わりに堀北の次に邪魔な人物として、綾小路にリーダーの責任をおっかぶせようと画策する。
ただし結局平田がカードを管理することになったのでこれも無意味になった。
・高円寺がリタイアしていない。何やら独自に動いているようだが果たして……
話は変わりますが、最近幾つかの二次作品で有栖さんがAクラスに振り分けられたのって、理事長のコネじゃないか的な話題が有ったのが目にとまったんですよね。
正直、原作におけるあの子のポンコツっぷりに関しては私も同意する所。
ただ割とどうでもいい話、クラス分けに関しては、入試主席の生徒はAクラスに配属されるって慣例でもあるんじゃないかと勝手に思ってたりします。
そう考える根拠としては、南雲世代において楓花さんが初期にAクラスに配属されていたという事実。
高円寺と同列扱いされている彼女――学校側がどう評価してるかは不明だが――が初期Aクラスで、南雲がBクラスっていうのが違和感有ったんですよね。
だから勝手な想像になるんですが、あの学校のクラス分けって入試主席の生徒をAクラスに置いて、それを基点に成績の他、相性も加味した上で他の生徒を振り分けてるんじゃないかと思ったり。
まぁ、可能性云々の話をするなら原作者もそこまで深く考えてなかったって可能性が一番高いんでしょうし、この考察自体本編とは全く関係の無い話ではあるんですが、他の二次作品を見ていてふと思いついたので述べさせて頂きました。
-5月23日追記-
すみません、勝手な仮説を述べて置いて何ですが、感想欄にてあるSSの情報を頂きまして、早くも仮設が崩壊しました。
どうやら有栖さん、入試トップではなかったらしい。
この辺りも作者のガバなのか、あるいは何かの伏線なのか。
自分の勝手で話題を振っておいてこのような事を言うのも何なのですが、ちょっとこれ以上彼女の成績に関して考えるのは止めておこうかと思います。
なんだか振り回してしまったようで申し訳ありません。