よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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 お待たせいたしました!
 今回2話連続投稿となっております。

 活動報告欄では3話投稿の予定と言っていたのですが申し訳ありません。
 
 本来であれば結果発表も含めて3話に纏めるつもりだったのですが、今回57話部分が予想外に膨れ上がってしまい、結果キリのいい所で切り詰める形となりました。

 ご期待していた方々には、お詫び申し上げます。



57話 接敵

 

 8月6日。試験終了まで残す所あと1日となったこの日、空は朝からどんよりと暗い雲に覆われていた。

 

「一雨降りそうだな……」

 

「ですね。スポット更新を早めに切り上げたのは、正解だったようです」

 

 今日は予め打ち合わせていた、有栖をリタイアさせリーダーを交代する日。

 時刻は午前10時少し手前。護と有栖、そして神室の三人はその作戦を実行すべく船の停泊場へと向かって森の中を歩いていた。

 

「……やっと、この生活も終わる訳ね」

 

 しみじみと安堵の息を吐く神室。

 正確にはまだ試験は残っているのだが、今日という日を乗り越えてしまえば最早試験は終わったも同然。気が抜けてしまうのも無理はない話だった。

 

「フフ、真澄さん試験はまだ残ってますよ。最後まで油断は禁物です」

 

「そのリラックスした姿で言われても説得力無いんだけど。あんた初日に比べて随分馴染んだって言うか……最早五条の背中が定位置になってない?」

 

 余裕の笑みを浮かべる有栖に、お前が言うなと呆れた視線が向けられる。

 それは護も感じていたことだった。少し前に気付いたことなのだが、どうやら初日の有栖はあれで一応恥じらいを感じていたらしい。

 

 触れている脚や手から感じる僅かな身の強張り。体重を掛けまいとするかのように身を引こうと後ろに偏った重心。

 当初は気付かなかったが、初日の有栖にはそういった僅かな緊張があった。

 

 それが今や此所こそが自分の定位置であると言わんばかりの馴染みよう。

 自分の身、全てを委ねるかの如く背中にもたれ掛かった姿はそう、例えるならば――

 

(なんか……コアラにでもなった気分だわ)

 

「護君、また何か失礼な事でも考えませんでしたか?」

 

 瞬間、耳元で有栖に囁かれる。

 

「いや、別に?」

 

 一瞬ドキリとさせられるが、素知らぬ顔で惚ける護。

 別に嘘ではない。なにも悪口のつもりでコアラなどと思い浮かべた訳ではないのだから。

 ただ、少しばかり間の抜けた姿だなとは思っただけで。

 

「そうですか。私はてっきり、コアラのようだとでも考えているのかと」

 

(だから何でわかんだよ?)

 

 あまりにもズバリな回答に、内心で戦慄を覚える護。

 この島に居る間、こうして思考を読まれることは多々あったが、どうも日を追うごとにその精度が増していると感じるのは果たして気のせいか。

 

「…………」

 

「……図星ですね」

 

 驚きからくるほんの僅かな沈黙。しかしそれだけの反応でも、有栖にしてみれば確信を抱くに十分だったらしい。

 すると有栖は、何か言ったらどうかとばかりに頬っぺたを人差し指でグイグイと突つき始めた。

 

 何と言葉を返すべきかと悩むが、しかし有栖の反応からして、別に本気で怒っている訳でも無い様子。

 護は敢えて、誤魔化すのを諦めて開き直ってみることにした。

 

「コアラの何が不満だよ? 可愛い動物の代表格だぞ」

 

「可愛い動物なら誉め言葉になる訳ではないでしょう。コアラみたいな女の子、と言われて喜ぶ人が居ますか」

 

 一般的にコアラと聞いて思い浮かべる姿と言えば、気の抜けた表情、大きな鼻、いつも親に背負われたものぐさな印象。

 まぁ、大凡年頃の女子が言われて喜ぶ要素はあまりない。

 

「プッ……コアラって」

 

 隣で聞いていた神室も同様の事を思ったのか、軽く噴き出す声が聞こえた。

 そのせいか頬を押す有栖の指の力が少し強まったが、それは八つ当たりというものだろう。

 

「えぇい、やめい」

 

 別に痛くは無いが、頬に変な痕が出来ても嫌なので、頭を傾けて指を押しのけると、話を逸らす意味も兼ねてすかさず問いを投げかける。

 

「ていうか、なんだってそこまで具体的に考えてることが分かんだよ。いっそ怖いわ」

 

「そうですか? 護君にそこまで言って頂けるとは、私はいっそ光栄ですね」

 

「褒めてねぇ」

 

 げんなりしながら言葉を返す護を見て、多少機嫌が直ったのか笑みを浮かべる有栖。

 

「フフ……ですが、実際大したことではありません。今のはちょっとしたあてずっぽうです。

 護君は感情を隠すのがお上手ですが、最近はずっと一緒に居たおかげか、何かくだらないことを考えているな、くらいの事は分かるようになったので。

 後はこの状況で連想しそうな事を試しに言っただけです」

 

(いや、充分怖いわ)

 

 何でもないことのように言っているが、実際に的中された立場としては笑えない。

 この分じゃ、いずれは考えていることが筒抜けになる日も来るのではないかとすら思えてくる。

 

「将来、君と結婚する相手は大変そうだな」

 

 数日前に将来がどうのという話をしたせいか、護はついそんな感想を漏らしてしまった。

 仮にこの娘が将来誰かと結婚した場合、よほどの男でもない限りその相手は手綱を握られていいようにコントロールされることだろう。

 護はまだ存在もしていない有栖の恋人に、コッソリ同情した。

 

 と、そんな事を考えていると、ふと背中の有栖が固まっているのに気付く。

 

「…………」

 

「……どうした? いきなり黙って」

 

 てっきり、すぐさま何か言い返してくるかと思いきや、何故か黙りこくる有栖。

 ほんの軽口のつもりで言った言葉だったが、何か失言だっただろうか。

 そんな風に護が薄ら不安を感じていると、有栖は少し呆れたように小さく息を吐いて、口を開いた。

 

「いえ……むしろ結婚するとしたら、私の方が苦労しそうだなと思っただけです」

 

「ん? ああ、君家事とか苦手そうだもんな。

 まぁ大丈夫だろ。今だって普通に寮で生活できてんだし、炊事とかはこれから覚えて行けば。

 前に食べた弁当も上手くできてたし、自信持ちなよ」

 

「そういうことではないのですが……まぁ、食事が気に入って頂けたのなら良しとしましょう。

 ちなみに護君は家事の方は?」

 

 なんだか話を逸らされたような気もするが、護としてそこまで有栖の心情を掘り下げたい訳でも無かったので、素直に話題の転換に乗る。

 

「まぁ、人並み程度には。一人暮らしをしてそれなりに長いし、流石にね」

 

「は? 一人暮らしが長いって、高校に入る前から?」

 

 と、話を聞いていた神室から疑問の声が飛ぶ。

 一般的な視点を持つ彼女にしてみれば、高校に入る前から一人暮らしをしている子供と言うのは中々イメージし難いのだろう。

 

「まぁね。たしか実家を出たのが10歳を過ぎた頃だったかな」

 

「10歳!?」

 

「そんなに小さな頃からですか。たしか護君の実家はかなりの名家とお聞きしましたが……。

 不躾な質問かもしれませんが、何か複雑な事情でも?」

 

「あー、別に家族と上手くいってないとか、そういう重苦しい理由じゃないよ」

 

(ま、居心地は良くなかったけど……)

 

 もっともこれを口に出すと変に重い空気になりそうなので、心の中で呟くに留める。

 

「家を出たのは、単純にそっちの方が便利だったからかな。

 兄さんから簡単な任務を回してもらえるようになったのが大体それくらいの頃でね。東京に拠点があった方が高専も近いし便利だってんで、引っ越したんだよ」

 

 あとは、護の実力を隠しておきたかったからというのもある。

 なにせ五条家は、他の御三家と比べて家の規模自体は小さいが、名家というだけあって他の術師の出入りも多い。

 

 護が術師として伸び始め、反転術式を習得して『部屋』を創り出せるようになったのもそれくらいの頃。

 初めて『部屋』を見た兄はこれは秘匿した方がいいと判断。

 

 人目のある実家での訓練がやり難くなっていたこともあって、拠点を今のマンションに移動。

 任務で実戦訓練を積みつつ全国各地転々として、転移用の『楔』を打ち込む生活を始めるに至った。

 

「……呪術師って、そんな子供の頃から働いてるの?」

 

「程度にもよるけど、簡単な任務くらいならね。ちょっとしたバイト感覚みたいなもんだよ」

 

 この程度であれば、神室に話しても問題は無いだろうと素直に答える。

 まぁそのバイト感覚の仕事すら、事前の情報伝達ミスや些細な油断で容易く死に至るのが実情の訳だが。

 

「しかしそれでは、小学校も大変だったのでは? 今もそうですが、そんなにお仕事ばかりでは学校側に不審に思われることも多かったでしょう」

 

「ああ、俺小学校は通ってなかったから。一時期仕事の関係で通ったこともあるんだけど、ほんの1カ月程度だったし」

 

「は、通ってなかった?」

 

「小学校にですか?」

 

 小学校に通っていなかったというのが驚きだったのか、揃って呆けた声を出す二人。

 

「別にウチに限った話じゃなく、古い術師の家って大体は家で教養を学ぶんだよ。

 俺の場合は一応世情についても学んどけって兄さんに言われたから、中学は普通に通ったけど」

 

 まぁ、普通はあまり想像できない世界の話なのだろう。

 護自身これが当たり前の常識だったから認識は薄かったが、こうして二人の反応を見ると自分の育った環境が特殊だったのだと改めて実感してしまう。

 

「――っと、船が見えて来たな」

 

 そうこう話している内に、三人はいつの間にか停泊場のすぐそこまで来ていたらしい。

 そもそも何の話をしていたんだったかと一瞬思ったが、ともあれ話は一旦これまでだ。

 

 意識を切り替え、これからの予定に思考を巡らせる。

 

「……まだお話を聞きたかったのですが、仕方ありませんね。それでは護君、手はず通りに」

 

「ああ、了解」

 

 有栖の言葉に頷くと、そのまま護は船に向かって真っすぐ歩いて行った。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 結果から言って、有栖のリタイアに関しては然したる問題も無く認められた。

 あるいはリタイア自体は認められても、リーダー交代までは認められないという可能性も考えてはいたが、そんなことも無く、有栖はリーダーの役目を終えそのまま船へと帰っていった。

 

 そして現在。

 

「…………」

 

「…………」

 

 森の中を歩く護と神室。二人の間に流れる空気は、先程有栖が居た時とは打って変わって静かなものだった。

 薄暗い森の中、木々の騒めきと二人分の足音だけが響く。

 

 別段、沈黙が気まずいという訳ではなかったが、何故だろうか。護としてはこの状況が少し物珍しいような、珍妙な気分になった。

 なんとなく空を見上げ、その理由について考える護。すると程なくして、その理由にはすぐに思い至った。

 

(あ……何気に神室さんと二人きりの状況って初めてか?)

 

 普段の学校生活では割と接する機会の多い護と神室だが、実の所二人きりになるという状況はあまりなかったりする。

 なにせ普段は常にどちらかの傍に有栖が居るし、二人とも積極的に交友関係を広げようというタイプでもない。

  

(改めて考えると、友人って言うのも微妙な関係だよなぁ……)

 

 まぁ、同じ人間に振り回されている同士、同情心というか多少のシンパシーのようなものはあるが。改めてこういう状況になると、どう接するべきか少しばかり悩ましくなる。

 

 そんなことを考えていると、先に神室の方から沈黙を破った。

 

「ねぇ、実際のとこ、本当に大丈夫な訳?」

 

「ん、何が?」

 

「……龍園のことよ。あんた達の言う通りなら、そろそろ仕掛けてくるんでしょ?

 私、結局何をしたらいいかよく分かってないんだけど」

 

「ああ、そのこと」

 

 一応、今日という日を迎えるまでに神室や葛城、この島に残った他Aクラスの生徒には、護と有栖が何を危惧しているか、龍園が取りうるだろう行動に関してある程度のことは話していた。

 

「そんなに難しく考えないでいいよ。向こうの出方次第ではあるけど大体の事は俺が対応する。

 一応の用意もしたし、神室さんはただ見ててくれれば」

 

 そう言いながら、自身が背負ったリュックを指し示す護。

 神室はそのリュックに視線を移すと、微かに眉を顰めて口を開いた。

 

「……本当に()()って必要になるの? いくら龍園でもそこまでの無茶はしてこないと思うんだけど」

 

「まぁ、言いたいことは分かるよ。俺も自分で言ってて割と無茶な作戦だと思うし、普通は思いついてもやる奴は居ない。

 正直、この予想に関しては外れて欲しいと思ってるよ」

 

 はっきり言って、龍園がやろうとしている策――あくまで護達の予想だが――これに関しては別段複雑な策ではない。

 あくまで普通は考えない、というだけ。それこそ思いつく者なら然して賢くない者でも思いつくことだ。

 

「細かい部分は話して無かったし、暇潰しがてら説明しようか」

 

 歩きながら、護は語る。

 

「まず、俺がこの試験のルールを聞いた時、気になったのはペナルティに関する要項だ」

 

 リーダー交代の抜け穴、スポットの監視体制、色々と気になる点はあったが、その中でも真っ先に気になったものは禁止事項の中に有った一文。

 

「他クラスに暴力行為を振るった場合そのクラスは即失格となる。

 はっきり言って、これは(ペナルティ)としては軽すぎる」

 

「軽いって……」

 

 護の言葉がピンとこなかったのか、納得いかない様子の神室。まぁ、その反応も仕方ない。

 暴力行為に対するペナルティは、試験の即失格とプライベートポイントの全没収。

 大抵の生徒にしてみれば十分重い罰に見える。

 

 しかし、護にしてみればこの罰は酷い穴だらけに見えた。

 

「暴力を振るえば失格なんて、逆に言えばそれだけで済むって言ってるようなものだ。

 本当に禁止したいなら、厳罰に処すの一言でも添えればいい。

 罰の内容を明示するなんて、抑止力としては下策としか言いようがない」

 

 あるいは護が呪術師だから余計にそう思ってしまうのかもしれないが。

 

 例えば呪術師は他者と縛りを結ぶ際、その罰の内容を明確にしない。

 何故か――そちらの方がリスクが高いからだ。

 

 自己に課した縛りを破れば、失うのは縛りによって得た力だけ。しかし他者と交わした縛りは、破ってしまえばいつ如何なる災いが降り掛かるか分からない。

 

 この罰の不確定さが、他者に対してより強い強制力を生むことになる。

 

「なにそれ? つまりあんたは、学校側に暴力行為を禁止する気が無かったって言いたいの?」

 

「平たく言えばそうなる。まぁ、正確にはする気が無かったというより、できなかったというのが正しいのかもしれないけど」

 

「……どういうこと?」

 

「例えばだけど、仮にこの島で暴力行為が起こったとして、学校側はどういう裁定を下すと思う?」

 

「それは……あ」

 

 どうやら神室も気付いたらしい。

 

「そう、先生は監視しているなんて言っていたけど、実際この島全域を見張るなんて事は無理だ。

 仮に暴力行為が起こったとしても、判断材料は当事者の証言だけ。これじゃどちらに非があるか、どの程度の罰を科すのが正しいか、判断するのは難しい」

 

「……それであんた達が言ってた龍園の作戦に繋がる訳ね」

 

 それこそが、護と有栖が抱いた懸念点。

 簡単に言ってしまうと二人は、龍園がこれ以上の減点が無いのを良いことに、道連れ覚悟で特攻を仕掛けるのではないかと危惧していた。

 

 もっとも、これを言ったところで本気で受け止める人間は少ない。

 故にAクラスの他の生徒達には、龍園が少し荒っぽい手段を取るという程度の警告に留めていた訳だが。

 

「この点、失格という罰を明文化しておいた方が学校側としては処理が楽だ。

 責任の所在、被害の程度、ややこしい調査は抜きにして、応戦した方にも非があると喧嘩両成敗で処理をすればいいんだからね」 

 

 手抜き、と言ってしまえば言い方は悪いが、学校側が取れる対策にも限界はある。

 どちらに非があるか、問い始めればきりがない。

 

 ならば敢えて責任の所在は問わず、いざ事件が起こった時は暴力が有ったという結果だけを見て、振るった双方に罰を下す。それが一番簡単だ。

 

 仮に一方に非が無かったとしても、相手に付け込まれるような隙を見せた時点で負け。

 ある意味、実力主義を謳うこの学校らしいと言える。

 

「ま、実際学校側が何を考えてるのか、本当の所は分からないけどね。重要なのは、受ける罰の内容が決まっているということ。

 彼があの取引を持ち掛けてきた時点で、俺が警戒したのがそれだ。

 共倒れ狙いで孤立した生徒に喧嘩を吹っ掛けられでもしたら、正直お手上げだったからね」

 

「あんた達がクラスの大半をリタイアさせたのって、それが理由?」

 

「そういうこと。初日の時点で、少なくともスポット周辺は学校側も監視している可能性が高いと確認できた。

 物資を確保してスポットに留まっていれば、妙な手出しをされることも無い」

 

 40人が1週間も無人島で生活するとなれば、現地での物資調達は必須。しかし集団から外れ、孤立したグループは龍園からの的にされかねない。

 仮に応戦しないよう注意喚起をしたとしても、実際に殴り掛かられでもしたら、冷静に対処できる人間が果たしてどれだけいるか。

 

 全てのグループにビデオカメラでも持たせられれば話は別だが、そんなことはポイント数的にほぼ不可能。

 

「ゼロポイントっていうのはこの試験においては最大の武器だ。

 失う物が無い以上、相手はリスク度外視で立ち回れる。勿論限度はあるだろうけど」

 

 流石に重傷者が出るほどの事件に発展すれば、試験失格程度の処分では済まなくなるだろうが。

 だが、先月の起こったDクラスの暴力事件を踏まえて考えれば、多少の乱闘騒ぎで退学になる可能性は低いと分かる――と、そこまで考えてふと気づいた。

 

「ああ、ていうか今思ったけど、先月あったDクラスの暴力事件。あれもひょっとしたら、学校側がどういう対応をするかを見るのが目的だったのかもね」

 

 例の事件では、最終的にCクラスが申し出を取り下げて事態は終結した。

 しかしいくら被害届が取り下げられたと言っても、ああも大事になったのであれば、普通の学校なら何らかの処分が下っておかしくない。

 

 加えて実際の審議に関しても場を取り持ったのは生徒会という話。このことから考えても、学校側は生徒同士の争いに極力手を出さないようにしてるのが分かる。

 

(……うん、改めて考えると、マジでこの学校どういう方向性を目指してんだ?)

 

 実際、世の中には手段を選ばぬ理不尽な手合いは幾らでも居る。

 そういった場合の対処を学ぶ、という点ではあながち無意味でも無いのかもしれないが、教育機関としてこのスタンスはどうなのか。

 

 と、なにやら思考が逸れてしまったがさておき。

 

「とまぁ、俺の予想としちゃこんなとこな訳だけど――

 

 ――何か訂正はあるかな?」

 

「え?」

 

 一通りの説明を終えたところで、護は急に足を止めて振り返った。

 突然の問いかけに疑問気な表情を浮かべる神室。しかしすぐに、護の視線が自分ではなくその後ろに向けられていることに気が付くと、その視線を追って振り返った。

 

 見たところは何の変哲もない、ここまで通ってきた鬱蒼と木が生い茂る山道。護の視線はその道のすぐ脇、特に木々の多い藪の方向へと向けられていた。

 一体何がと思いながら、神室も注意深くその方向を眺める。

 すると、ガサリと木々のこすれる音が鳴り、彼女は目を見開いた。

 

「……いつから気付いてた?」

 

 木々をかき分け出てきたのは、今しがた話題に上っていた男、龍園翔その人。

 すぐ後ろに青みがかった髪の女子を伴って現れた彼は、道の真ん中に移動すると真正面から護を見据えて問いを発した。

 

 本当に居たと、驚いた様子の神室とは対照的に、護は冷静な表情のままその問いに答える。

 

「しいて言うなら浜辺に着いた時かな。こっちのリーダー交代を予見してるなら、あそこで網を張っていることも予想は出来る。

 注意していれば、気付くのは難しくなかったよ」

 

「言ってくれるじゃねぇか。今の解説もそこの女じゃなく俺に向けてのものだった訳だ。

 こっちの策なんざお見通しだと、得意気になってひけらかすのは気分が良かったか?」

 

「別に得意気になったつもりはないけど、まぁ言いたいことは間違ってないよ。

 腹の探り合いとか、面倒な駆け引きは嫌いでね。余計な手間は省きたかったんだ」

 

「安心しな。俺もグダグダと長話をする気はねぇ。そこまで分かってんなら、こっちの要求も大方予想はついてんだろ?」

 

「ま、一応ね」

 

 龍園の目的が暴力行為による共倒れだと言ったが、これだけでは推測の半分に過ぎない。

 この方法なら敵対クラスの利益をゼロに出来るが、その代わり自分のクラスの利益も捨てることになる。

 

 ならば自分のクラスの利益を確保し、Aクラスの獲得ポイントも帳消しにするベストな方法とは何か。

 

「痛い目を見たくなければキーカードを寄越せ――要はそんなとこでしょ?」

 

「ククッ、正解だ」

 

 案の定、出来る事なら外れて欲しかった予想が当たっていたことに、護は心底面倒臭そうな溜め息を吐いた。

 

 言ってしまえば恐喝。策とも言えない策のようだが、実の所これが中々厄介である。

 仮にここで言われた通りに渡したとして、後で脅されたと学校側に申告したところで申告した側に怪我の一つでも無ければ取り合ってもらえる可能性は低い。

 

 かといって、拒否したところで待っているのは暴力行為による共倒れ。最初からポイントを捨ててるCクラスにとってはどちらに転んでもベターな結果。

 

 持ち掛けられた側にとっては、痛い目を見ないようポイントを差し出すか、痛い目を見て共倒れの二択でしかない。

 

「さっきまでの読みといい、随分と荒事に慣れた考え方をするじゃねぇか。

 それとも、坂柳に知恵でも借りたか?」

 

「別にこの程度、他人の知恵を借りるまでも無いだろ。言う程大した策じゃない」

 

 ポイントをゼロにする。その一点だけが奇抜なだけで、その発想さえ得てしまえばこんな強引な手段は誰でも思いつく。

 護は心底、大したことではないとつまらなそうな表情で答えた。

 

「言いやがる。わざわざこっちの誘いに分かって乗ったことといい、随分と強気じゃねぇか」

 

「そっちこそ余裕じゃない? さっきの説明を聞いていたなら、こっちが対策を練っていた事も当然分かるよね?

 持ってるよ()()()()()()

 少し前から録画状態にしてある。今の会話も全て記録済みだ」

 

 言いながら、護は背負ったバッグからカメラを取り出すと、見せつけるように軽く掲げた。

 

 龍園が狙ってくるとしたら、このタイミングだろうということは護達も予想していた。

 彼程に知恵が回る人間であれば、こちらのリーダーを交代する作戦に関しても気付いて不思議ではない。であれば、狙うとしたら交代した後の帰り道。

 確実にキーカードを所持し、キャンプ地に引き籠られる前に狙ってくることは容易に予想できる。

 

 故にカメラを用意し対策していた訳だが――しかし龍園はそのカメラを見て、ニヤリと強気な笑みを浮かべた。

 

「ククッ……目出度い野郎だ。大方お前らはその程度の対策で攻略したつもりなんだろうが、残念だったな。

 二つ、勘違いをしているようだから教えてやる」

 

「勘違い?」

 

「まず一つは、カメラなんざデータを消せばどうとでもなるって話だ。なんなら海に投げ捨てちまってもいい。

 俺らにカメラを奪われたと言ったところで、肝心の証拠が無くなってるんじゃ証明のしようがねぇからな」

 

 その言葉に、護は軽く眉を顰めた。

 龍園の言っていることも予想していなかった訳ではない。しかしこうも、バレなきゃいいからと清々しいまでに開き直っているのを見ると、「マジかこいつ」と言いたくもなってしまう。

 

「あー……一応聞くけど、分かってる?

 いくら物的証拠が無いとしても、学校側だって馬鹿じゃない。カメラが無くなった事実と、こちらに殴られた痕でも残れば、状況証拠だけで処罰される可能性は十分あるよ?」

 

 ついでに言うなら、腕時計に付いたGPSの座標データだって学校側は保存してるだろう。

 いくら証拠を隠滅しようと、それだけの状況証拠が揃っていれば、何もやっていないという言い訳は通用しないだろう。

 であれば、残る論点はこちらが暴行を相手に加えたかどうか。Aクラス側に少しでも非が有ったかどうかという話になるが――

 

「君らが手を出してくるなら、その時点で俺達は腕時計に付いた緊急用のボタンを押せばいい。

 教師が駆けつけるまでの数分間なら、俺は無抵抗で殴られたって構わないからね。君らが乱闘騒ぎをでっちあげようにも、被害が一方的なものになれば成立しない」

 

 ちなみに、今の段階でボタンを押さないのは、仮に教師が駆けつけたとしても「単なる脅しだった」「悪ふざけだった」と言い逃れが出来てしまう可能性があるからだ。

 

 流石に女子である神室に襲い掛かるような真似はしないだろうとは思うが、仮にそうなったとしても神室を後ろに隠し自分が盾になればいいだけの話。

 腹に穴が空いても眉一つ動かさない護にしてみれば、たかだか一般人の拳など呪力無しで受けたとしても何の問題も無い。

 

 しかし龍園は、護の言葉に対して動じることなく言葉を返した。

 

「ハッ、そう思うなら試してやろうか? 伊吹、見せてやれ」

 

 そう言って、後ろに控えた女子に向かって声を掛ける龍園。

 伊吹と呼ばれたその女子は、龍園の言葉に対して気が乗らない様子で、不機嫌そうに言葉を返す。

 

「……本気でやる気?」

 

「お前も無人島生活で大分鬱憤が溜まってんだろ? 

 それを少しは発散させてやろうってんだ。いいからやれ」

 

「チッ……分かったよ」

 

 軽い舌打ちをして、前へと進み出る伊吹。

 その険呑な雰囲気を感じ取ったのか、近くに居た神室は僅かに身構えて後ろに下がったが、しかし護は静かに佇んだまま、その様子をジッと見ていた。

 

 数歩ほど前に出たところで伊吹は立ち止まると、そこで集中するようにスゥと深く呼吸をし、そして――

 

 ――勢いよく振り返り、()()()()()()()力強い上段蹴りを繰り出した。

 

 恐らくは何かしらの武芸を嗜んでいるのだろう。綺麗なフォームから繰り出された蹴りは、見事に龍園の頬を蹴り抜いた。

 碌に抵抗もしなかった龍園は、その蹴りの勢いのままドサリと身体ごと地面へと倒れ込む。

 

「は?」

 

 その光景を見て、神室は困惑気に呆けた声を出した。

 無理もない。仲間同士で攻撃するなど、彼女にしてみれば訳の分からない事態。

 

 しかしそんな状況においても、護は表情一つ変えることなくただ冷静な瞳でその事態を静観していた。

 

「ッグ……」

 

 小さな呻き声を上げながらゆっくりと立ち上がる龍園。一言で言って、彼の様相は酷いものだった。

 蹴られた際に口の中を切ったのか、僅かに口元から垂れる血。加えて昨晩少し降った雨のせいで地面がぬかるんでい居た為か、全身が泥だらけ。

 

 しかしそんな惨憺たる姿になりながらも、彼は護に向き直ると不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

「……とまぁ、こういう訳だ。お前らが手を出さなかったとしても、怪我なんざこっちでいくらでもでっちあげられる。

 今この場に教師共が来たとして、無傷のお前らと怪我をした俺。この状況はどう見えるだろうな?」

 

 笑みを浮かべる龍園に対し、反応を返したのは神室だった。

 

「あんた……イカレてるわ。たかが試験でこんな……」

 

「あぁ、だからこそ意味があんのさ。

 普通はそう考える。たかが試験。まさかここまでやる筈が無いってな。

 誰もがそう思うからこそ、そこにリアリティが生まれる」

 

 その通りだ。誰だって、たかだか試験で暴力を盾にした脅しや、まして自傷行為などするとは思わない。やったとしてもせいぜい軽度の怪我。

 

 あるいは、伊吹の靴を調べれば僅かな皮膚や血が付着していると分かるかもしれないが、学校が警察ばりにそこまで本格的な捜査を行うかは疑問である。

 もしこの状況でカメラを奪われるようなことが有れば、その時点で自分達の潔白を証明する術は失われるだろう。

 

 神室もこの状況を理解できたのか、逃げ道を探すようにチラリと周囲を窺う。

 すると、その所作に気付いた龍園は更に言葉を続けた。

 

「一応言っておくが逃げようとしても無駄だ。

 出てこい、石崎! アルベルト!」

 

 その言葉を合図に、二人の男子生徒――石崎大地と、山田アルベルトが姿を現した。

 現れた二人は護達の逃げ道を塞ぐように移動すると、その動きに合わせて龍園の近くに居た伊吹も動きだし、囲うような陣形が出来上がった。

 

 おそらくは、ここまで含めて一つの演出だったのだろう。

 自ら劇的に怪我を負って見せることで、これが単なる脅しではないと説得力を持たせると同時に、相手の動揺を誘い、そこで追い打ちをかけるように増援が姿を現すことで、より冷静な判断力を奪う。

 

 ここに居たのが普通の生徒であれば、この状況に委縮してまともな判断が出来なくなっていただろう。

 

 まぁ、もっとも――

 

「はぁ……めんどくさ」

 

 ここに居たのは、普通の生徒ではなかった訳だが。

 

「あ?」

 

 護の呟きが聞こえたのか、怪訝な声を漏らす龍園。

 ここでようやく彼は気付いた。目の前に立つ男が、この状況下においても微塵も怯えや動揺を抱いていないことを。

 

「本当に引く気は無いの? 繰り返しになるけど、学校側だって馬鹿じゃないんだ。どれだけ証拠を揉み消したって、審議になればこっちが勝つ可能性は十分に在り得る。

 場合によってはプライベートポイントが没収される分、そっちの損にしかならないよ?」

 

 ここまで龍園有利のように話は進んでいるが、所詮これらは仮定の話。

 AクラスとCクラスではクラスとしての信用度が違う。龍園がこちらに殴られたと証言をでっちあげたところで、実際にどこまで受け入れられるかは分からない。

 

「……確かにな。これだけならお前らに罪をおっかぶせられるかは、いいとこ五分ってとこだろう」

 

 思いのほか護が冷静なのが気に入らないのか、龍園の語気に僅かに不機嫌な色が混ざる。

 おそらく彼にしてみれば、この時点で動揺した相手の心理に付け込み、上手く丸め込むつもりだったのだろう。

 

 意外にも素直に認めた龍園に、むしろCクラス側の生徒達が驚いた様子を見せる――が、そこで龍園は「だが」と言葉を続けた。

 

「ここで、もう一つお前らがしている勘違いを教えてやる」

 

「まだ何かあるの?」

 

 うんざりしたように呟く神室。

 護も、内心同じ心境で同様の言葉を呟いた。

 

「お前は俺が共倒れを狙ってると言ったが、それは目的の半分だ。

 失格に出来たのならそれに越したことはないが、仮に出来なくても問題はねぇのさ。

 最低でもキーカードさえ奪えれば、お前らのポイントはゼロに出来るんだからな」

 

「……どういうこと? カードを手に入れたって、自分達が失格になれば意味ないじゃない」

 

 こちらを道連れに出来るかはさておき、カードを奪うという強攻手段に走った時点でCクラスの失格はほぼ確定。そうなれば、折角リーダーが分かったとしても意味がなくなる。

 龍園の言葉の意味が理解できなかったのか、神室が疑問符を浮かべる。

 

「なにも、リーダーを当てるのが俺達である必要はねぇのさ。

 お前らが学校側に報告しても、すぐに処分が決まる訳じゃ無い。その間に他クラスの連中にカードをくれてやれば、後は勝手に当ててくれる」

 

「なっ……」

 

 龍園の言葉に、再び驚きを見せる神室。

 確かに、理屈としては分かる。仮に強奪したカードが他クラスの手に渡ったとして、結局罰が下るのはCクラスだけ。カードを手にしたクラスにまで処分が下る事は無いだろう。

 

「君さぁ……言わせてもらうけど、それ完全に蛮族っていうか……強盗とか犯罪者の思考だぞ?」

 

 いくら『自由』がテーマの試験とはいえ、ここまで好き勝手にやらかすとは護としても予想外である。

 いや、正確には一応想定はしていたけど本気でやるとは思っていなかったと言うべきか。

 

「ハッ、何を言ったところで、遠吠えにしかならねぇな。文句があるなら、こんな穴だらけの試験を考えた学校側に言うんだな」

 

(悪びれねぇなぁ……)

 

 学校側も多少の理不尽は見越した上で、ルールに穴を作っているのだろうが、流石にここまで悪辣な事を考える者が居るとは想定していないだろう。

 

 護は初日、この男にゼロポイントというアドバンテージを渡すべきではないと思ったが、その直感は正しかったのだとつくづく実感した。

 

「……引く気は無いんだね」

 

 念の為、ダメもとで再度問いかける。

 

「何度も言わせんな。こっちが引くとしたら、お前らがカードとカメラを寄越した時だけだ」

 

 予想通りの返答に、護の口から再度嘆息が漏れる。

 

「…………仕方ないか。神室さん、ちょっとこれ持ってて」

 

「え……」

 

 持っていたカメラを神室に手渡し、護は数歩前に出た。

 この状況下においても、欠片も怯えの見えないのんびりとした足取り。

 そして皆の注目が集まる中、一言。

 

「ルールを決めようか」

 

「あぁ、ルールだと?」

 

「10分――もし10分以内に俺を地面に組み伏せることが出来たなら、カードもカメラも無条件で渡そう」

 

「……なんだと?」

 

 突然の申し出に怪訝な表情を浮かべる龍園。

 真意を探ろうとするように鋭い視線を向ける彼に対し、しかし護は変わらぬ調子で言葉を続ける。

 

「勿論学校への報告もしないと約束する。

 君らにとっても、乱闘沙汰で失格するよりそっちの方がベストな結果だろ?」

 

「……それで10分逃げ切ったら、見逃せとでも言うつもりか?」

 

「いや? 見逃せって言うか、もしその時間までに条件が達成できなかったのなら、こっちは遠慮なく緊急用のボタンを押して先生方を呼ぶよ」

 

 龍園にしてみれば、意味の分からない条件だろう。

 元々力づくでどうにかするつもりだった彼にしてみれば、護が提示した条件は自分達に有利なものにしかなっていない。

 

 10分の制限時間と言っても、そもそも教師を呼ぶ気があるなら最初に襲い掛かった時点でボタンを押してしまえばそれでいい。

 わざわざ自分達に猶予を与えて、なおかつノーリスクでカードを渡す条件まで設定するなど、意図が分からないのだろう。

 

「……で、お前はその10分間で何をするってんだ?

 まさか一人で、俺達全員を叩きのめすとでも言うつもりか?」

 

「まさか。そんなことしたら、喧嘩に応じたってことで結局俺達にも処分が下るだろ?」

 

 自分が暴力を振るったシーンまで収めてしまったら、折角用意したカメラの意味がなくなってしまう。

 

「勘違いしているようだから言っておくけど、別にこれは君らが乗るか乗らないかって話じゃない。

 あくまで俺が自分自身でそうするって決めたルールの話」

 

 こちらにタダでカードを渡す気が無い以上、向こうが力づくで奪いに来るのは既に既定路線。

 これは交渉ではなく、宣言だ。護自身が決めたルールをただ説明しているだけ。

 

「……まぁいい。どういうつもりか知らねぇが、何にせよタダで渡す気は無いって訳だ。

 じゃあ、お望み通りやってやるよ」

 

 真意の読めぬ護に対してか、龍園の表情には僅かな苛立ちが浮かんでいたが、しかし結局やることは変わらないと割り切ったのだろう。

 

「やれ、石崎」

 

「い、いいんですか?」

 

 いきなりの命令に、戸惑いながら確認を返す石崎。

 まぁ、本来ならこれが普通の反応だろう。いくらバレなきゃいいと言われても、ペナルティを考えれば容易く踏み切れないのが一般的な生徒の思考である。

 

「いいからやれ。そいつ自身がお望みなんだ。そのすました顔を地面に叩きつけてやんな」

 

「ッ、ウス!」

 

 二度目の命令を受け、ようやく動き出す石崎。

 

「ヘヘッ……悪く思うなよ、五条」

 

 どうやら龍園の声で踏ん切りがついたらしい。彼の顔にはもはや暴力に対する抵抗感など浮かんではおらず、代わりに浮かんでいるのは喜悦の感情だった。

 そうして拳を構えた石崎は、護の腹目掛け思い切り拳を振り抜き、そして――

 

 ――パシリ

 

 振り抜かれた拳は、軽い音を立てて受け止められた。

 

「は?」

 

 ただ受け止めるだけではない。完全に拳の勢いを殺した上での防御。

 初めて感じる手応えの無さに、呆気にとられた声を上げる石崎。しかし、彼が真に驚くのはここからだった。

 

「――ッ! グ、ヌゥ……」

 

 拳を受け止められた姿勢のまま、石崎の表情が歪む。 

 

「……? ちょっと、何やってんのよ石崎!」

 

 石崎の異変に気付いたのか、伊吹が声を張り上げる。

 すると石崎は、焦った表情を浮かべながら言葉を返した。

 

「う、動かねぇんだ、手が!」

 

「は?」

 

 そう、石崎が焦っている理由。それは繰り出した拳が、ビクとも動かないからだった。

 石崎は必死に拳を引き戻そうと力を込めている。しかしその拳は、護の大きな掌に包み込まれたままガッチリと固定され、動かない。

 

「こん、の――っ!?」

 

 業を煮やした石崎は、空いている左手で護を殴ろうと拳を握り締めたが、しかし護はそれよりも早く動いていた。

 石崎の眼前に空いている護の右手が掲げられる。

 その手の形は、丸めた中指を親指で押さえ、他三本の指は真っすぐに伸ばした形。すなわち――

 

 ――デコピンだった。

 

「――ッ!!?」

 

 バチンッ、という音と共に石崎の額に衝撃が走る。

 同時に押さえていた拳を手放す護。すると拳を引き戻そうとしていた石崎は、額に受けた衝撃と急に手を離されたことで、見事に体勢を崩して後ろに倒れ込んだ。

 

「ッ~~~!?」

 

 倒れながら額を押さえ、身悶えする石崎。

 ちなみに言っておくと、勿論呪力は使っていない。今引き起こされた現象は、全て護の素の身体能力によるものだ。

 

 あまりにも度を超えた悶えように、神室もCクラスの面々も一同揃って呆気にとられる。

 そんな中、護はただ一人のんびりした態度で口を開いた。

 

「あーあー、大袈裟だなぁ……たかだかデコピン一発で」

 

 そう呑気に語る護に対し、龍園は鋭い視線を向けながら問いかけた。

 

「……オイ、暴力は振るわないんじゃなかったのか?」

 

「うん、振るわないよ。まさか君ら、デコピン一発打たれた程度で暴力を振るわれましたとか言うつもり?」

 

「ッ! テメェ……」

 

 ここでようやく、龍園は護の意図に気付いたらしい。

 

 暴力は振るわない――では、その暴力の定義とは何か。

 

 一般的な定義としては、他者に対し物理的な威力を伴う権利侵害の事を指すが、今回違反行為として暴力を定義づけしているのは学校側だ。

 つまるところ、身も蓋も無い言い方になるが、学校側がそう見えるならばそれは暴力になり、逆にそう見えなければ暴力にはならない。

 

 龍園翔は理解した。五条護が言いたいこと。それはつまり――

 

 ――舐めプしながら(暴力を使わず)こちらの相手をしてやると言っているのだと。 

 

 ギリッ、と歯を食いしばる龍園。

 そして皆の注目が集まる中、護は言った。

 

「安心しなよ。喧嘩になんてならないから。

 

 ――俺、弱い者いじめは嫌いなんだ」

 

 

 

 

 





 ちょっとややこしくなったので状況整理。

 龍園君の狙いは、暴力を用いた強引なキーカードの奪取。
 この時点でAクラスに突き付けられた選択肢は二つ。

 ①無条件でカードを渡して、痛い目から逃れる。
 ②カードを渡さず抵抗する。

 ※なお、この時点で龍園君は4人で囲っているので、敗北もしくは逃げられるという可能性を考慮していない。抵抗されてもカメラを壊し、カードを奪うことは出来ると踏んでいる。
 

 ①を選んだ場合、負傷者はおらず実質目に見えた被害が出ない為、学校側に報告しても奪われた立証が難しい。
  結果、Cクラスの一人勝ち。

 ②を選んだ場合、最低でもカメラは破壊。自分自身でも負傷しておけば、どちらに責があるかは証明不可能となる。仮にAクラスに信用で負けたとしても、カードを奪って他クラスに渡しさえすれば、Aクラスはリーダーを当てられポイント0。
  結果、共倒れ。

 どっちを選んだところで、Aクラスのポイントは0。
 違うのはCクラスにポイントを渡して無傷で負けるか、両者ともにポイント0。加えて負傷した上失格でプライベートポイントまで失うか、という点。

 うん、言ってしまえば力づくでカードを奪ってしまおうぜ、ってだけの内容なんですが、どうしてここまで複雑な文章になってしまったのか。
 今回かなり迷走しました。




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 活動報告欄にも載せたのですが、以前より何名かの読者の方々から、感想欄にて呪術廻戦本誌における、ネタバレを危惧するご意見を頂きました。
 
 私としては感想を頂けることが大変嬉しい一方で、他のネタバレになってしまうのも本意ではなく、どうすればいいかと考えた結果――ネタバレOKな感想を投稿できるコーナーを作ることにしました。

 詳しくは活動報告欄に載せておりますので、お目通し頂ければ幸いです。
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