よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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58話 格の差

 

「ハッ……随分と大口を叩くじゃねぇか。

 だが、いくら腕っ節に自信が有ろうといつまでもそんなやり方で凌げると思ってんのか?」

 

 不敵な台詞を吐いた護に対し、龍園が負けじと言い返す。

 そう何も問題はない。挑発的な言動で頭に血が昇ってしまったが、冷静に考えれば状況は依然自分達の優位。

 

 いくら喧嘩が強かろうと、反撃手段がデコピン程度に限られるならばどれだけ喰らったところで行動不能に陥ることは無い。

 時間が経てばいずれは数の優位で押し込める。

 

 と、そう判断した龍園は一瞬でも雰囲気に呑まれかけたことを振り払うように、好戦的な笑みを浮かべて見せた。

 

「…………」

 

 それに対し、護は何の言葉も返さない。

 笑みを浮かべる龍園とは対照的に、その顔に浮かぶのは感情の窺えない無表情。

 ポケットに手を突っ込み、悠然とした態度で歩くその姿はどこか億劫そうに見えて、それを余裕と受け取った龍園は忌々し気に舌打ちをした。

 

「チッ……石崎、デコピン一発でいつまで転がってやがる! アルベルトお前も行け!」

 

「す、スンマセン……」

 

 額を押さえながら、護の背後で石崎が起き上がる。

 同時に返事こそ返さなかったが黒人の巨漢、山田アルベルトも動き出した。 

 

 左方向から近づいてくるアルベルト。

 その歩みは遅くゆったりとしたものだったが、それが油断や余裕から来る態度ではないことを護は理解していた。

 

(ふぅん……何かやってるな)

 

 随分とガタイの良い肉体だがそれだけではない。

 慎重に間合いを測ろうとする足運び。安定した体幹からしておそらくは何かしらの格闘技経験があるのだろう。Tシャツ越しに見える筋肉の付き方から見て、おそらくは拳での打撃主体か。

 

 体格、技量、共に先程の石崎とは格の違う相手。

 

(やっぱ、怪我をさせないようにってのは少し手間だな。となると……)

 

 と、そこまで考えたところで、護はアルベルトに視線を向けたまま無造作に一歩左にずれた。

 瞬間、背後から迫っていた石崎の拳が通り過ぎる。

 

「んなっ!?」

 

 まさか後ろも見ずに躱されるとは思っていなかったのか、驚きの声を上げる石崎。

 その声を聞きながら、護は薄らと目を細めた。

 

(まずは、こっちから片付けるか)

 

 右肩すれすれを通り過ぎる石崎の拳。護はその腕を左手で掴むと、拳が突き出された方向に合わせてそのまま前へと引っ張った。

 同時に肩から背中へと、担ぎ上げるようにしながら石崎の体勢を崩す。

 

 それは一見すると背負い投げに近い動きだったが、当然ながらこのまま地面に叩きつけるつもりは毛頭ない。

 石崎の体が地から浮くと同時に、護は空いていた右手で彼のズボンのウェスト辺りを掴んだ。

 

 腕と腰、二か所を掴まれた石崎の体は地面に接地することは無く、地面すれすれで振り子のような軌道を描く。

 

 石崎が攻撃を繰り出してからこの間、僅か1秒足らず。

 流れる動作に対し反応が遅れたが、ここでようやくマズイと思ったのかアルベルトが援護に入るべく踏み込もうとしたが――しかし遅い。

 

 護はそこから体を捻り片足を軸に半回転。さながらハンマー投げのように石崎を振ん回すと、そのまま――宙へと投げ飛ばした。

 

『――――は?』

 

 その場に居た一同、呆けた顔で空を見上げる。

 反撃しない筈ではなかったのかとか、どうやって投げたのかといった疑問より先に、人が宙を舞う非常識な光景に、そこに居た者達は理解が追いつかず一瞬思考が停止した。

 

 そしてそれは、投げられた石崎自身も例外ではなく。

 

「は、はぁあああ!?」

 

 高さとしては3m超。そこまで到達したところで落下が始まり、そこでようやく自身の状況を理解した石崎は叫びを上げた。

 

 その叫びに反応し、我に返る一同。

 

「っ、石崎!?」

 

 まず伊吹が驚愕の声を上げ、次に一番近くに居たアルベルトが石崎をキャッチするべく動き出した。

 幸いにも、投げられたのはアルベルトの居た方向に向かって。落下してくる位置まではそう遠い距離ではない。

 

 そう思い、落下地点を見極めるべく慎重に石崎を観察しながら後ろに下がるアルベルト。

 だが――

 

「あ、ごめん。邪魔」

 

 いつの間にそこに居たのか。上に意識を向けていたアルベルトのすぐ横で、護は軽い調子で声を掛けながらコンッと、ノックでもするかのように彼の肘を打った。

 

「~~~ッ!!」

 

 声にならない呻きを上げ、打たれた肘を押さえながら膝をつくアルベルト。

 何とも大袈裟なリアクションに見えるが、それも仕方がない。

 

 ――神経打撃痛――

 

 誰だって経験したことがあるだろう。肘を強く打った時、手に電流が走ったような痺れが生じる感覚。要はアレである。

 軽度であればほんの数秒程度で治まる痺れでしかないが、当たり所が悪く強打した場合は完全に治まるまで数分かかることもある現象。

 

 これも先程のデコピンと同じく、傍から見たらとても暴力とは言えない行為だが、くらった側からすればたまったものではない。

 軽快なスナップを効かせたその一撃は、的確にアルベルトの嫌な部分を打ち据え悶絶させた。

 

 そうこうしている間にも、真っ逆さまに落下を続ける石崎。

 3mという高さは数字で見れば大したことないように見えるが、当たり所が悪ければ普通に危険な高さである。

 アルベルトが動けない今、龍園や伊吹では到底受け止めるのは間に合わない。

 

 2m……1m……徐々に近づく地面を前に、石崎の意識が遠のく。

 そして遂に、地面にぶつかろうかというその瞬間――

 

 ――横から伸びた護の手が、石崎の足を掴みとった。

 

「高い高ーい、ってね。どう、楽しかった?」

 

 ぷらーんと片手で吊り下げながら、呑気な調子で護は問い掛ける。

 完全におちょくった態度だが、しかし今の石崎には怒りを抱くだけの余裕は無かった。

 

「あ……ひ、はっ……」

 

 地面からおよそ30cm。目と鼻の先にある地面を見ながら、呂律の回らぬ舌で意味の無い声が発せられる。

 

 無理もない。体ごとぶん回されたことによる脳の揺れ、落下による恐怖。

 石崎にしてみれば、そもそも投げられたことを理解しているかすら怪しい。気付けばいきなり足場が無くなって落下していたようなもの。

 

 しばらく、石崎は満身創痍な様子でゼイゼイと息を吐いていたが、程なくして放心したかのようにフッと体から力が抜けた。

 

(……折れたな)

 

 勿論、骨がではない。

 

 意識を失った訳ではないが、完全に動く気力が無い様子。

 護は石崎を地面に横たえると彼の靴紐を解き、それを両の足首に絡め、簡単には解けないようきつく結んだ。

 最早向かってくる気概など持ち合わせてはいないだろうが念の為だ。事実、彼は縛られている間も無抵抗のままだった。

 

「さて、と……まず一人」

 

 立ち上がり、改めて龍園へと視線を向ける。

 最早その顔には余裕の笑みは浮かんでおらず、目を見開きながら護を見つめる姿。

 まるで得体の知れないモノを見つめるかのように、その視線に混ざるのは警戒と驚愕の感情。

 

 やはり流石の龍園も、人が軽々と投げられた光景には驚きを隠せないらしい。

 見返す護の視線に対し、僅かに反応が遅れながら口を開いた。

 

「おい……今のも暴力じゃないからセーフとでも言う気か?」

 

「ん? そりゃそうでしょ。実際彼は怪我の一つも負ってないんだから。

 殴り掛かってきた相手に対しては、かなり穏当な対処だったと思うけど?」

 

「……何が穏当だ。テメェがキャッチをミスってたら、石崎の首は折れてたところだ」

 

「大袈裟だなぁ。心配しないでも、こんなの100回やれば100回キャッチできる。何も危険な事なんてしちゃいないよ」

 

 なんとも惚けたような台詞だが、護からすれば割と本心からの言葉である。

 例えば偶にやんちゃな学生なんかが、ふざけてジャイアントスイングをして遊んでいるような光景が有ったりするだろう。

 護にしてみれば、自分がやった事などその程度の認識だ。

 傍から見たら危険な行為でも、実際に被害が出なければちょっとふざけましたと言い訳が立つと、そう思っている。

 

「安全の基準イカれてんのかテメェ」

 

 もっともである。

 護が本気で言っていることが伝わったのか、怒りも忘れて龍園がツッコミを飛ばす。

 

 とはいえ、実際のところ護が言ったことはあながち間違っていない。

 護自身、普段の生活が生活なので多少認識が物騒な方向にズレているのは事実だが、それでもこれがペナルティとして適応される可能性は低いだろう。

 

 ()()()()()()この学校はルールに忠実だ。

 事実として怪我が発生していない以上、それが暴力行為として取り上げられる可能性は低いと言える。

 

 なんだかんだ言いつつ龍園もそれを理解しているのか、一言ツッコんで冷静になると、今度は忌々し気に舌打ちを漏らした。

 

「チィッ……このゴリラ野郎が」

 

(俺程度をゴリラなんて言ってたら、真希さん(本物)に失礼だろうに(褒めてる))

 

 

…………

 

 

『――ッ』

 

『どうした真希? いきなりしかめっ面して』

 

『高菜?』

 

『……なんか今、無性に誰か殴りたくなった』

 

『誰をだよ。怖ぇよ』

 

『おかかぁ……』

 

 

…………

 

 

 と、どこかで電波を受信した女子はさておき。

 

「……伊吹! 迂闊に突っ込むなよ。あくまで向こうは反撃狙い。こっちから手を出さなきゃ奴の方から動くことはねぇ。アルベルトが回復するまで待て。

 アルベルト! お前はしがみついてでも何でも、どうにかしてそいつを押さえろ。力比べに持ち込めば、体格で勝るお前が有利だ」

 

 大声で指示を飛ばす龍園。

 提示された時間制限の中、激情に駆られて向かってくるのではなく態勢を立て直す時間を設ける辺り、中々に冷静な判断である。

 

(わざわざこっちに聞こえるよう指示を飛ばしたのも、山田君に意識を向けるのが狙いかな?)

 

 ここまで龍園という男を見た限り、大声で作戦を叫ぶなどとそんな迂闊な事をするタイプではないだろう。

 アルベルトで動きを止め、そこを仕留めるような口振りだが、おそらく狙っていることは逆。

 今の一言でアルベルトに警戒を向けさせ、実際に隙を作るのは自分達。そこをアルベルトで押さえ込もうと言ったところか。

 

 しかしながら、龍園は少し勘違いをしている。

 

 確かに防衛という体裁を保つ以上、護が自分から攻撃を仕掛けることは無いが、何もアクションを起こせない訳ではない。

 例えば、選択肢を絞らせる程度の事はできる。

 

 護は近くに居たアルベルトの正面へと移動すると、未だ腕を押さえる彼を見降ろしながら掌をかざした。

 

「力比べがしたいんだって? いいよ、準備が出来たら掴みな。待っててあげるから」

 

『は!?』

 

 何度目になるかも分からない護の突拍子もない言動に、またも驚き固まる一同。

 先程、石崎を軽々と投げる護の膂力は皆見たが、それでも相手は日本人離れした体格を持つアルベルト。

 誰が見ても、真っ向からの力比べでは分が悪い。

 

 仮に自信があるにしても、組み合った時点で大きな隙が生じてしまうのだから龍園たちにとっては願ったりな状況でしかない。

 

 周囲が困惑を抱く中、しかし目の前のアルベルトは少し違った。

 サングラスで隠されたその顔は、相も変わらず感情の窺えない無表情だったが、漂う雰囲気からは驚きと――僅かな怒りの感情が感じられた。

 

 それは普段から体を鍛えている男としての矜持故か。

 小さな歯軋りの音と共に、アルベルトは勢いよく立ち上がると真っ向から護の手を握った。

 

「もう、いいのかい?」

 

 寸前まで腕を押さえていた辺り、まだ僅かな痺れは残っているだろう。

 それでもなお掴んできたことに対し、いいのかと確認の声を掛ける。

 

「Get ready……」

 

 返ってきたのは、ほんの小さな呟き。

 すぐには力を籠めてこず、律儀にもスタートの合図を告げようとするアルベルトに、護は小さく苦笑すると指を折り曲げ、握り返した。

 

「……Go!!」

 

 掛け声と共に、握った手に力が籠められる。

 190近い身長を誇る護より更に高い高身長。

 その巨体を活かし、上から押し潰さんとばかりにアルベルトは渾身の力を籠め――

 

「――Huh?」

 

 

 ――瞬間、岩を幻視した――

 

 

 アルベルトの体格はヘビー級のボクサーと比べても遜色ない。その体重は優に100kgは超えるだろう。

 その全力、全体重を掛けた押し込み――にも拘わらず、護の身体は微動だにしていなかった。

 

 単に力が拮抗している訳ではない。問題なのはそのあまりの手応えの無さ。

 

 力を籠めた反動で足が後ろに退がりそうになるアルベルトに対し、護の足はまるで地に根を張っているかの如く動かない。

 ただ力任せに押し合うだけではこうはならないだろう。前方へと向ける力が大きければ大きいほど、相応の踏ん張りが必要になるもの。

 

 それが出来ているということはつまり、体に加わる力の向きが全て下を向いているという事。

 

 自分の力と相手の力。全てを制御し地面に受け流す。果たしてそんなこと、どれ程の技量と鍛えられた体幹があればできるのか。

 細かい理屈は分からない。しかしアルベルトは、単純な腕力では埋められない差を明確に感じ取り、一人静かに戦慄を覚えた。

 

 しかしそんなアルベルトの心境など、傍から見ている者に伝わる筈もなく。

 

「伊吹、やれ!」

 

「わかってる!」

 

 この状況を好機と受け取ったのか、龍園の指示を受け伊吹が駆け出す。

 

 それを見て、アルベルトは言いようのない不安に駆られたが、しかしそんな曖昧な理由で止めることなどできる筈もない。

 ならばと、せめて護をこの場から動かすまいとアルベルトは一層の力を籠める。

 

 護の背後から猛スピードで迫る伊吹はその一歩手前で跳躍すると、思い切り足を振り上げた。

 跳躍からの上段蹴り。背の高い護が相手では仕方ないとはいえ、決めるにはかなり難易度の高い技。

 敢えてそれを選択したのは、この一撃で確実に決めるという意気込みの表れか。

 

 しかしながら、結果から言うとその選択は失敗だった。

 

 伊吹が跳躍すると同時、護は握っていたアルベルトの手を勢いよく引いた。

 当然ながら、これまで全力で押さえ込もうとしていたところ、いきなり力の向きが切り替わって対応できる筈もない。

 

 腕を引かれるまま前のめりになった結果、護の頭があった位置にはアルベルトの頭が。

 

「N――ow!!」

 

 次の瞬間、振り抜かれた伊吹の足がアルベルトの頭を蹴り飛ばした。

 

「ッ、アルベルト!?」

 

(思ったよか、キレイに入ったな)

 

 横合いから思い切り蹴り抜かれ、倒れ込むアルベルト。

 驚きの声を上げる伊吹を他所に、上体を反らした中途半端なブリッジ姿勢のまま呑気な事を考える護。

 

「こんのっ!」

 

 着地した伊吹はすかさず体勢を立て直そうとするが、しかし遅い。

 護は反らした上体を更に後ろに倒れ込ませると、フリーになった両手を地面につき、そのまま腕の力のみで跳躍。

 未だ体勢を整えきれてない伊吹を跳び越え、後ろをとった。

 

「――なっ!?」

 

 曲芸染みた挙動に目を奪われ、僅かに伊吹の反応が遅れる。

 その僅かな遅れで、護にとっては十分だった。

 護はポケットから()()()()を取り出すと、伊吹が振り返るよりも早く距離を詰め、彼女の手首を掴み取った。

 

「んのっ……放せ!」

 

 振り払おうとする伊吹だが、当然ながら彼女の腕力で振り払えるはずもなく。

 護はそのまま、握った紐を器用に伊吹の手首に絡め一気に拘束した。

 

(ちょっと強引になったけど……まぁ問題無いだろ)

 

 女子を強引に縛るというのは絵面的にやばい気もするが、一応は伊吹も攻撃を仕掛けていた以上、正当防衛の面目は立っている。

 紐の痕が多少出来てしまうかもしれないが、それもすぐに消える程度。概ね無傷と言っていい状態だ。

 

「こんな紐、どこから……」

 

「さっき石崎君のズボンから拝借してね。悪いけど後で返しといてくれる?」

 

「誰がっ……く」

 

 呑気な声で答える護に伊吹は一瞬声を荒げて暴れようとしたが、振り解けないことを悟るや、代わりに鋭い視線で睨みつけてきた。

 

「……あんた、今の攻撃どうやって躱したのよ? 後ろに目でもついてんの?」

 

 てっきり暴言の一つでも出てくるかと思いきや、意外にも伊吹の口から出たのは純粋な疑問。

 時間稼ぎや何かしらの駆け引きという訳でも無さそうだ。おそらくは格闘技を嗜む者として会心の一撃を躱された理由が、よほど気になったのか。

 

 護としてはどう答えるべきかと少し悩む。

 別に答える義理など無いが、ここではぐらかして機嫌を損ねても反応が面倒臭そうだ。

 下手に暴れて怪我をされるのも本意ではないし、なによりこういう実直で負けん気が強いタイプは、逆に力の差さえ認めれば大人しくなる傾向にある。

 

 ほんの僅かな黙考の後、護は手早く結論を出すと、静かに口を開いた。

 

「……君の蹴り技は事前に見ていたからね。そうでなくとも、筋力の劣る女子が体格で勝る男相手にダメージを与えようとした場合、拳よりも脚を使うのが効果的だ。

 あの状態からなら、攻撃パターンは大きく絞られる」

 

 伊吹自身も素直に答えが返ってくるとは思っていなかったのか、意外そうに目を見開いた。

 構わず、護は淡々とした口調で説明を続ける。

 

「大まかに考えられるのは上段(頭狙い)中段(胴狙い)下段(脚狙い)の蹴り。踏み込みの音を聞き分ければある程度の予想は付く。

 となれば、後はタイミングの問題だ。

 君の体格から推定できる歩幅、立っていた距離、足音の間隔、これだけの情報が揃ってれば、細かい動きのイメージを頭の中で描く事くらいはできる」

 

「……冗談でしょ?」

 

 怒りも忘れ、唖然とした呟きを返す伊吹。まぁ、それも当然の反応か。

 

 護は何でもないことのように言っているが、戦闘経験豊富な術師ですらこれができる人間は稀だ。

 気配を読み、攻撃のタイミングを予測できる者なら別段珍しくは無い。

 しかし護と同じ精度で、正確な動きを脳内でシミュレートできる人間などそうはいない。

 

 類い稀な空間把握能力と分析力。

 同じ術師の眼から見ても卓越した技術。一般人の伊吹にしてみればまさに理解不能な域の話だろう。

 

 狙い通りと言うべきか、どうやら伊吹の中ではハッキリと力の差が理解できたらしい。

 抵抗する気配が無くなったのを確認すると、護は「よっ」と軽く力を掛けて伊吹の体勢を崩すと、そのまま地面へと座らせた。

 

「さて、と……まだ3分も経ってないのか。10分はちょっと長かったかな」

 

 立ち上がりながらなんとなしに時計に目を落とすと、まだ然程時間が経っていないことに気付く。

 石崎と伊吹は半ば戦意喪失のまま縛られ。アルベルトは伊吹の蹴りで昏倒。

 体感的にはもう少し長かった気もしたが、実際はそうでもなかったらしい。少々拍子抜けしたように呟きを漏らした。

 

「おい……もう終わったつもりか?」

 

 ふと、そんな護に掛けられる声。

 視線を上げると、そこにはほんの数メートル先に立つ龍園の姿があった。

 

「別に君の事も忘れちゃいないよ。

 掛かってきたいならお好きにどうぞ」

 

「ハッ、負ける事なんて想像できないってツラだな。

 俺一人なんざ、物の数じゃねぇってか?」

 

「逆に聞くけど、君一人で何かできるの?」

 

 石崎、アルベルト、伊吹の動きに大きなミスは無かった。

 乱戦になって互いの動きを阻害しないよう、逐次タイミングを見計らっての襲撃。不慣れな連携の割にはよくやった方だろう。 

 にも拘らず、結果はこの有様。

 

 一切の侮りも過信も無く、正確な分析に基づいた上で、護は龍園を脅威と見ていなかった。

 

「それとも、今度は隠れてる二人も合わせて三人がかりで来るのかな?」

 

「あ? ……二人、だと?」

 

 護の言葉に対し、小さく眉を顰める龍園。

 

「惚けなくていいよ。まだ二人、近くに隠れてるのは分かってる。

 大方、俺が反撃した時その証拠を押さえるために控えさせてたんでしょ? 証言だけじゃ、学校側に信用してもらえる可能性は低いからね」

 

 仮にこちらのカメラを壊し、暴力を振るわれましたと証言したところで、Aクラスを道連れに出来る可能性は良いとこ五分。

 しかし証拠写真があれば話は別だ。経緯がどうあれ、ほんの一部分でもこちらが反撃したシーンの切り抜きがあれば、少なくとも暴力という事実が有った明確な証拠になる。

 

 護は浜辺に着いた時から、龍園達以外にも二人見張っている人物がいる事に気付いていた。

 故に、それは龍園が用意した監視の控えだと思ったのだが――

 

「…………」

 

(……なんか、妙な反応だな?)

 

 考え込む龍園の反応を見て、護は小さな違和感を感じた。

 こちらへの対応を考えているのかとも思ったが、その意識が向いている先は、護ではなくどこか違う方向を見ているかのよう。

 

 だがしばらくして、龍園は何でも無かったかのように改めて言葉を続けた。

 

「生憎と、控えてる奴らは荒事には不向きなんでな。今更数を増やした程度で勝てるとも思っちゃいねぇ」

 

「ふぅん……そう」

 

 少々気になる反応ではあるが、どうやら参戦させる気が無いというのは本当らしい。

 まぁ、護にしてみれば今更人数が増えようとどうでもいい話。

 関心薄げに呟くその様子を見て、龍園は忌々し気に舌打ちをした。

 

「チッ……心底、眼中に無いってツラだな。いや……考えて見ればテメェは最初からそんなツラだったか」

 

 すると龍園は忌々し気な表情から一転、再びその顔に不敵な笑みを張り付け口を開いた。

 

「ああ、認めてやる。確かにこの場において俺らの勝目はねぇ。だが、次はどうだろうな?」

 

「次、ね……」

 

「試験なんざもう関係ねぇ。お前はクラス争いに興味無いと言っていたが、そいつは俺も同じなのさ。

 Aクラスの座なんざトロフィーみたいなもんだ。俺が欲しいのは勝利の愉悦。

 自分が強いと信じてる奴の、恐怖に歪んだツラが見てぇのさ」

 

(俺が強い、ねぇ……)

 

 先程から、どうも龍園の台詞は護にとって微妙にピントがズレて感じて、ついつい失笑が浮かびそうになってしまう。

 護とて自身の実力にある程度の自負はあるが、だからといって弱さや恐怖を知らないというのは、少々的外れというもの。

 

「確かにお前の強さは普通じゃないが、隙の無い人間なんていやしねぇ。

 眠るとき、風呂に入るとき、糞をするとき、いつだって狙ってやる」

 

 何とも子供染みた脅しであるが、好戦的な笑みを浮かべながらぎらついた瞳で睨みつけるその姿からは、こいつならば本当にやりかねないという意思の強さを感じさせた。

 もっとも、護にしてみればだからどうしたという話。仮に本当に、いつどこで来られようと、どうとでも対処できるのだが。

 

 本来であれば、気にすることの無い挑発――が、今回に関しては少しばかり癇に障った。

 

「……君らみたいな不良を見てると常々思うよ。よくもまぁ、身勝手な振る舞いができるよね?

 身を守る力も無く、やり返される覚悟も無いのに、どうして理不尽に他人を傷つけられるんだか。

 教えてくれない?」

 

 護にとって、術師か非術師かというのは些細な問題でしかない。

 私欲で他者を呪う呪詛師、そんな呪詛師を金で雇う一般人。両者に、一体何の違いがあるというのか。

 

 命の価値は平等ではない。護にとって他者を理不尽に傷つけ、不幸を振りまく人間と言うのは、およそ価値基準に於いて底辺に位置する。

 

 元々龍園の行動はその琴線に触れるモノであったが、此処に来てエスカレートするその言動に、いい加減護も辟易してきた。

 

「ハッ、弱い奴は人の顔色を窺いながら生きて行けってか?

 報復を恐れるなんざ弱者の思考だ。本当の実力者ってのは恐怖を克服した者の事を言うんだよ。

 生憎と俺は、生まれてこの方恐怖を感じたことは無い」

 

「そりゃ随分と楽しい人生送ってんね」

 

 いや本当に。

 

「そもそも、結果と過程が入れ替わってる。君がいくら自分の思う強者としての振る舞いをしたところで、実際に強くなる訳じゃ無い。

 強者の在り様なんてのは力を持った者がそう振舞うから言えること。力より先に在り様が身に着くことなんて無いんだよ」

 

「随分と饒舌じゃねぇか。なんだかんだ言いつつ、テメェも見下してる相手が偉そうに振舞うのは気に入らねぇってか?」

 

「あー……今の言い方じゃそう取られるのか。まぁいいや。好きに取りなよ。

 さっき言ってたストーカー行為も、やり返される覚悟が有るって言うなら好きにしな」

 

「チッ……こんだけ言っても、余裕の態度が崩れねぇかよ。

 冗談だと思ってんのか、それとも対処できる自信が有るのか……」

 

 重なる脅しの言葉にも一向に態度を変えない護。

 然しもの龍園も、ここまで打てど響かずな反応は初めてなのか、更に追い打ちをかけるべく言葉を探す。

 五条護という人間に対し、確実に揺さぶりをかけられる一言を。

 

「だったら――お前が大切にしている女王様を狙えば、少しは表情も変わるかよ?」

 

 龍園は、見事に正解を選んだ(地雷を踏んだ)

 

 

 





 さんざんお待たせした上、中途半端な引き方で申し訳ありません。
 昨夜から、ずっと龍園君との掛け合いの部分を書いていたら、書きたいシーン、書かなきゃいけないシーンが上手く纏められず、やっとこさここまで書いた。

 正直今、眠気を通り越して気持ちが悪い。
 今、もう頭が回んないし、かといって締め切り破っといてこれ以上お待たせするのも申し訳ないし、と言うことで一旦ここで投稿させて頂きます。
 
 文章荒れてたら申し訳ありません。もしご指摘頂けるようでしたら後で修正します。
 
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