よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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61話 自覚

 

 時は少々遡り、試験終了日前日。護がリタイアした後にまで巻き戻る。

 

 龍園との一件の後、船へと戻った護はあっさりとリタイアが認められた。

 普段は生徒達に一線を引いており、ともすれば無関心ともとれる態度を取っている教師達。

 そんな彼らも、流石に手から派手に血を流した護の姿には面を喰らったらしく、すぐさま医務室へと通された。 

 

「はい、これで処置は終わりです。思ったより傷は小さかったので縫わずに済みましたが、痛むようであればすぐに報告してください」

 

(まぁ、その程度で済むように刺したし)

 

「分かりました。ありがとうございます」

 

 内心どうでもよさそうに医師の言葉を聞き流しながら、表面上は愛想良く笑みを浮かべて礼を述べる。

 そうして医務室を後にし、廊下に出たところで護はグっと軽く体を伸ばした。

 

「さて、と……思いがけず時間が出来たな」

 

 本来ならば、こんな試験の途中でリタイアするなど予定には無かったこと。

 思わずできた時間をどう過ごしたものかと考えながら、部屋へと足を向ける。

 

(しっかしあんな適当な言い訳で引き下がるとは。

 変に追及されないのは助かるけど……この学校、つくづく生徒に関心ねぇな)

 

 部屋に向かう道中、なんとなく怪我をした左手に目を向けながら思い返す。

 

 船へと辿り着いた護を出迎えた教師達は、当然の事ながら護の怪我を見て何事かと聞いてきた。

 別にこちらとしては後ろめたいことなど何もない。神室が録画していた映像を見せてもよかったのだが、それはそれで余計な聴取が増えて面倒になる。

 

 そう思った護は、この質問に対し「転んでうっかり枝が刺さりました」と返すことにした。

 

 なんとも適当な回答。少しは怪しまれるかとも思ったが、幸いにも教師たちはそれ以上深く聞き返してくることはなかった。

 いや、実際怪しまれてはいたのだろう。だがそれを口に出さなかったのは、やはり生徒間の諍いには干渉しないという不文律でもあるのか。

 

(っと、ここだな)

 

 そんなことを考えている内に、護は自分に割り振られた客室の前に辿り着いた。

 カードキーで施錠を解除し中へ入ると、そこには豪華な内装の部屋が広がっていた。

 ふかふかのベッドやソファといった、一目で上等とわかる調度品の数々。壁に備え付けられた大画面のテレビ。

 学校の寮室とは明らかにグレードの異なる個室。普通の生徒ならばテンションの一つでも上がるところ、しかし護が浮かべたのはなんとも浮かない表情であった。

 

(もっとしょぼい部屋で良かったんだが……高くついたな)

 

 今回の旅行、護はある意味試験以上に、船内の部屋割りについて憂慮していた。

 なにせ頻繁に学外と転移で行き来している都合上、同室に誰かが居ては行動し難い事この上ないからだ。

 転移した先で同室の者に姿を見られるなど、笑い話にもならない。

 

 故に護は今回、本来であれば生徒は4人1組となるよう部屋割りがされるところ、ポイントを支払うことで個室を貰っていた。

 

 ちなみに支払ったポイントは10万ポイント。本来、このグレードの船室の宿泊費としては破格な事この上ないが、使えるポイントに限りのある現状ではかなり手痛い出費だった。

 

(普通に現金が使えりゃこんなこと気にしなくていいのに)

 

 ソファにもたれ掛かりながらそんな考えが頭に浮かぶ。

 なんなら個室であれば別に物置部屋でもよかった身としては、今座るソファの座り心地すら、なんだか小憎たらしく思えてしまった。

 

 とはいえ、いつまでもそんなことを考えていても不毛な事この上ない。護は思考を切り替え、改めてこれからどうしようかと考えだした。

 

(とりあえず有栖に連絡……いや先にシャワーだな)

 

 視線を落とすと、飛び散った血で汚れたジャージが目に入る。

 何が有ったか説明するにしても、直接口頭で話した方がいいだろう。しかしこんな姿では出歩くこともままならない。

 

 ベッドの脇に置かれた旅行鞄から、予備の着替えとタオルを引っ張り出し浴室へと向かう。

 包帯を巻いた左手に関しては濡れないよう結界でカバー。反転術式で治すことも出来るが、万が一にも人前で包帯が解けた時の事を考え治さずにおく。

 

 そうして手早くシャワーを済ませた護は、制服のスラックスとワイシャツ姿に着替えた。

 身綺麗になったところで、ここでようやく有栖に連絡をと、携帯に手を伸ばす。すると――

 

 ――コンコン

 

 ふと、部屋のドアがノックされる音が響いた。

 

 戻ってきたばかりの自分を訪ねるなど誰が、と思いながらドアへと目を向けたところで気付く。 

 ドアで隔てたその向こうから覚えのある気配、護が一人の少女に渡したお守りの呪力が漂っていることに。

 

(おい……まだ何の連絡も入れてないぞ)

 

 まさかと思いながらも、確かに感じるその気配にゆっくりドアを開ける。

 するとドアの前には案の定、護が予想していた人物、坂柳有栖の姿があった。

 

「……よく俺が戻ってきてるのが分かったな?」

 

 今にも連絡を入れようとしたところの来訪。そのあまりのタイミングの良さに、『君、もしかして俺に監視カメラでも付けてる?』と9割冗談、1割本気の疑念を籠めて有栖を見やる。

 すると有栖は、にこやかな笑みを浮かべながら返した。

 

「他の方から護君の姿を見かけたと連絡がありましたから。

 どうやら怪我をしているようだと聞いたので、心配になって来てしまいました。入れて頂いても?」

 

「それはいいんだが……なにさその大荷物」

 

 とりあえず連絡を入れる前に帰還を知られていた理由に関しては納得しつつ、しかし渋い表情のまま有栖の脇に置かれたキャリーケースに目を向ける。

 

「はい、私の荷物です」

 

「いや、そうじゃなく……」

 

 こちらの言いたい事が分かっていながら惚けた返答を返す有栖。

 相も変わらぬマイペースな態度に、護はジトッとした視線を有栖に向けるが、程なくして諦めたように嘆息した。

 

「しゃーない……いいや、とりあえず入んな」

 

「はい、ではお邪魔致します」

 

 色々言いたいことは有るが、いつまでも部屋の前で向き合ってる訳にもいかない。

 男の一人部屋に旅行鞄を持って訪ねる女子。

 もしこの光景を他の者に見られたらどう思われるか、想像に難くない。

 

 護はチラリと周囲を一瞥し、誰にも見られていないことを確認すると、そそくさと有栖を招き入れた。

 

 有栖にソファに座るよう促し、自分はベッドに腰掛ける。

 互いに腰を落ち着けたところで、まず有栖が口を開いた。

 

「さて、ではまずご報告から聞いていいでしょうか。その怪我の理由も気になりますので」

 

 早速とばかりに試験の報告を促す有栖。

 もっとも、護には持ってきた荷物から話題を逸らすのが目的のように見えたが。

 ともあれまずは質問に答えるべく口を開く。

 

「まぁ大方は予想通りだったというか……Cクラス対策に関しては無事に終わったよ。

 予想通り襲われたけど、こっちからは手出しをせず問題なく撃退できた。

 一部始終も録画してあるから、向こうが何か言ってもこっちに責が及ぶことは多分無い」

 

「そうですか。護君が失敗するとは思っていませんでしたが、それに関してはまずなによりです。

 それで、そのお怪我は?」

 

「あー、これはなんていうか……」

 

 聞かれることは分かっていたが改めて答えようとすると、自身ドン引きされるようなことをやったという自覚があるだけに、なんだかバツの悪さを感じてしまう。

 

「向こうも意外と諦めが悪くてね。

 勝つためなら手段を選ばないだとか、色々挑発的な事を言われてる内にちょっとイラっと来たんで――じゃあこれくらいやってみろってな感じに、手近な枝を刺して見せた」

 

 そう言った瞬間、有栖は笑みを忘れ、キョトンとした顔でパチリと目を瞬かせた。

 

「……ごじぶんで?」

 

「自分で」

 

「……いらっときて?」

 

「イラっと来て」

 

 確認のように言葉を反芻する有栖に、護は頷きながら答える。

 すると有栖はしばらく護の顔を見つめていたかと思うと、ふと額に手を当て深々と溜め息を吐いた。

 

 こうも露骨に溜め息を吐く有栖の姿も珍しい。

 まぁ、普通はこんな話を聞いたら『何やってんだこの人』みたいな反応にもなるかと、護は他人事のような感想を抱いた。

 

「……何をやってるんですか」

 

 と思ったら、実際に口に出して言われた。

 

「護君が遅れを取るとは思っていませんでしたが、まさかご自分でつけた傷とは……」

 

「まぁこの程度の傷、呪術師やってりゃ日常茶飯事だし、大したこっちゃないよ。

 その気になれば反転術式でいつでも治せる」

 

「だからと言って、痛みが無い訳ではないでしょう……いいですか、護君」

 

 すると有栖はソファから立ち上がり、護に向かってツカツカと歩み寄った。

 身長が低い有栖とは言え、流石にベッドに座った護よりは若干頭の位置が高く、僅かに見降ろす形となりながら護の前に立つ。 

 

「護君にとっては、それ程の負傷も日常茶飯事なのかもしれません。

 私には呪術師のお仕事の事は分かりませんし、このような立場で何を言ったところで、差し出口にしかならないでしょう。

 ですが――」

 

「――ぅんむっ?」

 

 そこで有栖は一旦言葉を区切ると、いきなり護の顔を両手で挟み込むように掴んだ。

 宝石のように輝く有栖の瞳が、至近距離で護の目を見据える。

 

「だからと言って、何も思わない訳じゃ無いんです。

 友人が傷ついている姿を見るのは面白くありません。ましてそれが自傷行為によるものとなれば猶更です。

 私にあなたの行動を縛る権利はありませんが、一人の友人としてお願いです。

 どうかもう少し、ご自愛してください」

 

 そう言ってゆっくりと手を離す有栖。その視線は、どこか縋る様に見えた。

 

 護には、彼女がどうしてそのような表情を浮かべているのか分からない。

 いや、言っていることは理解できるし、自身を心配していることも分かってはいる。

 ただ、普段から血を見ることが当たり前の護にとっては、その反応が大袈裟なものに見えてしまうのは仕方のない事。

 

 それでも、有栖にその表情を浮かべさせてしまったことは少々心苦しくて――

 

「……分かった。正直約束は出来ないけど、今後はもうちょっと気を付けるよ」

 

 本当に、気休め程度の言葉でしかないが、護は素直にそう返した。

 

「はい、そうして下さい」

 

 有栖にも、それが気休めであることは分かっただろう。それでも一応は満足してくれたのか、ニコリを微笑みを浮かべる。

 そうして彼女は一歩下がると、そのままソファ――には戻らず、さりげなく護の横へと腰を落ち着けた。

 

「しかしイラっとして、ですか。

 護君が一時の感情に身を任せた行動をとるとは少し意外でした。

 一体、何を言われたのですか?」

 

「別に、大したことじゃないよ。あの時は……」

 

 改めて振り返ると、あの時の行動は自分でも少しらしくなかったと思う。

 龍園のような身勝手な不良が嫌いなのは事実だし、なまじ暴力を振るえない状況が、その苛立ちを増長させたのは確かな一つの要因だ。

 それでも、普段仕事で目にする理不尽で凄惨な光景に比べればあの程度の挑発など可愛いもの。

 

 にも拘らず、自分はどうしてああも苛ついてしまったのか。

 

 そう思った瞬間、護の視線は何故か自然と脇に座る有栖の方へと向いた。

 

「どうかしましたか?」

 

「いや……なんとなく、いつだったか言われたことを思い出した。

 君が言った通り、俺もまだまだガキだったなって……そんだけ」

 

 言われて、有栖は一瞬何のことだか分からないのか小さく首を傾げたが、しかしすぐさま何か察したようにフフッと笑みを浮かべた。

 

「そうですか。では仕方ありませんね。

 感情というものは、大人でも扱いが難しいものですから」

 

 そう言って護を見つめる有栖。

 その視線はなんだか、何かを愛でているかのような柔らかい面差しであった。

 

 

 

 ……………………

 

 

 

「――で、今度はこっちの質問だけどあの荷物は何?」

 

 ――とまぁそこで話が終わる筈もなく、有栖の質問が終わった所で今度は護が質問する番である。

 

「そうですね。それでは本題に入りましょうか」

 

(むしろ試験の話の方がオマケだったのかよ)

 

 笑みを引っ込め、神妙な顔で切り出す有栖に心の中でツッコミを入れる護。

 

「護君――」

 

 すると有栖は、ベッドの上に正座で座り直し、改まった様子で護に向き合うと、ゆっくりと頭を下げながら口を開いた。

 

「不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します」

 

「よし、次ふざけたらお前マジで放り出すからな」

 

「おや、きちんとした礼節に則って挨拶をしただけなのですが、何かお気に障りましたか?」

 

「何の挨拶だ! 何の!! ちゃんと説明する気が無いなら、マジで荷物と一緒に放り出すぞ」

 

「仕方ありませんね……」

 

(どっちがだ)

 

 ここまで言われてようやく真面目に話す気になったのか、有栖は居住まいを正すと、コホンと一つ咳ばらいをしてから口を開いた。

 

「では護君、先に断っておきますがこれから申し上げることは決してふざけている訳ではありませんので、どうか最後までお聞きください」

 

「要はそう取られかねない話ってわけね。まぁ大体予想は付くけど、言ってみ」

 

「では単刀直入に言わせて頂きますが――この旅行中、私とルームシェアをして頂けませんか?」

 

「……理由は?」

 

 それを聞き、やっぱりなという思いで内心頭を抱える。

 とはいえ、一応ふざけていないという断りも有ったので大人しく続きを促す。

 

「はい、既に知っての通り私は暗闇が怖いです。夜眠る時も、部屋に明かりがついていなくては満足に眠ることが出来ません」

 

「うん知ってるけど……随分ぶっちゃけるようになったな」

 

 既にバレていることとはいえ、こうも開き直って堂々と語られるといっそ感心を覚えてしまう。

 そんな護のツッコみに構わず、有栖は話を続ける。

 

「ですがこの旅行中、就寝の際に明かりを点けていては他の同室の方にも迷惑でしょう」

 

(迷惑って言うか……それ単に君が弱みを知られたくないだけでは?)

 

「護君が傍にいて頂けるなら私としても安心できますし、暗くともある程度は平気になるかもしれません。

 リハビリとしての意味合いも兼ねて、護君には私と同じ部屋で過ごして頂きたいのです。

 勿論この部屋をお借りするのに掛かったポイントは、折半させて頂きます」

 

「まあ、言いたいことは分かった」

 

 思ったよりはちゃんとした理由だった。

 まぁ、本心としては他の生徒に暗闇が怖いことがバレたくないというのが理由の大半だろうが。

 

「けどそれ、俺への風評が死ぬんだが」

 

 ただでさえ有栖との仲を疑われているというのに、その状況で同室で過ごしていることがバレればどうなるか。

 というか、学校側にバレれば普通に不純異性交遊ということでアウトである。

 

「ご安心ください。幸いにも私の同室の一人は真澄さんですし、残る二人の方とも()()関係を築けています。決して他言することは無いでしょう」

 

 今『良い関係』の部分に何やら含みを感じたのは気のせいか。

 

「それに船の中では、深夜の男女間の立ち入りこそ禁止されてはいますが、外出自体は禁止されていません。

 先生方も一部屋ずつチェックすることは無いでしょうし、仮に部屋に居ないのが見つかっても、少々遅くまで遊んでいたと言い訳は立ちます」

 

(否定できねぇ……)

 

 有栖の言っていることは、少々強引なように聞こえるが間違ってはいない。

 今回の旅行では、男子は3階、女子は4階という風に部屋割りがなされている。両フロアの出入りは基本自由。但し深夜0時以降の互いの立ち入りは禁止というのが、この船のルールだ。

 

 しかしこのルール、あくまで禁止なのはそのフロアの出入りだけ。外出そのものは禁止していない時点で、そもそも意味を成していない。

 

 例えばカフェやデッキで一夜を過ごしても違反ではないし、なんならカップルで一晩中いちゃついてたとしても、それが自室以外であるなら許されるだろう。

 つくづく、何のために有るか分からないルールである。

 

「まぁそりゃ、バレるバレないの話をするならどうともできるけどさ……」

 

 というか、そもそも護の術式を使えば大抵の問題は解決できてしまう。

 こうなってくると、可能か不可能かというのは然したる問題ではなく、論点はまた別の問題になってくる。

 

(リハビリなぁ……)

 

 これを言われてしまうと、なまじ力になると言った手前断りにくい。

 

(傍に俺が居る状態で暗闇に慣らす……まぁ、意味は有るのか?)

 

 トラウマを克服するには身近な人が寄り添い、その体験に向き合うことが重要であるという。

 門外漢なりに、護自身軽く漁った知識。

 

 そのために乙骨との特訓風景を見せることを計画していた訳だが、それに関しても里香の暴走の危険がある以上、いきなり観戦させるつもりも無かった。

 それ以前に何かできる事が有るとすればこれくらいか――と、そこまで考えた所でふと思いつく。

 

「さっき、リハビリも兼ねてって言ったよな?」

 

「ええ、言いましたね」

 

「よし……わかった、いいよルームシェア」

 

「……よろしいのですか?」

 

 もう少し手こずると思っていたのか、意外にもあっさりと了承した護に対し、有栖は軽く目を見開いた。

 しかし、護の話はここで終わらない。

 

「ああ。ただ、リハビリって言うからにはもう少しキツイのをやろう」

 

「キツイの……ですか?」

 

 不穏な響きを感じ取ったのか、僅かな緊張と共に問い返す有栖。

 すると護は軽く顔を逸らし、壁に取り付けてある大画面のテレビを親指でクイッと指さした。

 

「あのテレビ、オンデマンドで結構な量の映画が観れるらしい。

 有栖には暇な時間、アレでホラー映画を片っ端から観てもらう。

 ガチなやつからチープなB級映画まで幅広く」

 

 昨今のホラー映画の進歩は凄まじい。人の感情を計算しつくして作り出された秀逸な作品の中には、本物を見慣れた術師であっても身を震わせる作品が有る程だ。

 教材として、これほど優れている物はないだろう。 

 

「映画鑑賞ですか」

 

 しかしそう言われた有栖の反応は、『なんだそんなものか』とでも言いたげに、ホッと息を吐いた。

 そのあっさりした反応を見て、今度は護の方が疑問符を浮かべる。

 

「あれ、もしかしてホラー映画得意だった?」

 

 暗闇が苦手なのにホラー映画が得意というのもおかしな話だが、仮に万が一そうであるならそもそも映画を鑑賞する意味自体が無くなってしまう。

 そう思い問い返すと、しかし有栖は首を横に振った。

 

「いえ、そもそも私は心疾患でしたので、ホラー映画のように刺激の強い作品自体観たことが有りません」

 

「マジか」

 

 言われて、驚きと同時に納得する護。

 最近は改善に向かっていたので忘れていたが、確かに過激な映画の中には、そういった健康被害に注意が必要な作品も有ったりする。

 

 しかしこうなってくると、観る作品は出来るだけ吟味しなくてはならないか。

 最初に観る映画でいきなり刺激の強いものを選んでしまっては、それこそ新しいトラウマが発症しかねない。

 

 そんな護の心中を露知らず、しかし有栖は軽い調子で言葉を続ける。

 

「ですが大丈夫です。護君もご一緒に観てくれるのですよね?」

 

「うん、まぁ……明後日からは仕事やら乙骨君の特訓準備やらでチョクチョクいなくなるけど、可能な限りはな」

 

「でしたら問題ありません。ホラーと言っても所詮は作り物。

 あの時ほどの恐怖を抱くことは無いでしょう」

 

「…………」

 

 そう言って余裕を感じさせる笑みを浮かべる有栖。

 しかし護は、この時点でなんとなくオチを察した。

 

「じゃあ……試しに観てみる?」

 

「はい。何を観るかは護君にお任せ致します」

 

 そうして促されるまま、護はこの後の反応を予想しつつ、テレビの電源を入れた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

(――で、今に至ると)

 

 現在、8月7日午後5時半を過ぎた頃。

 あの後何が起こったかを纏めると、まぁ大凡誰もが予想できる展開になったと言うべきか。

 

 まず映画を視聴し始めて10分で、有栖はガッシリと護の腕をホールドして離さなくなった。

 最初に観る映画として、できるだけ優しめの物を選んだつもりだったが、それでもホラーを初めて観る有栖には刺激が強かったらしい。

 映画の佳境に入る頃には、最早画面から目を逸らし、護の腕に顔を埋める始末。

 

 その後休憩を取りながら、ジャンルを変えレベルを変え、見続けること数時間。夜まで映画を観続けた。

 そうして1日が終了――とはならず、問題はここからだった。

 

 実のところ護、同室になることを許可はしたが同じ部屋で眠る気は無かったのである。

 有栖が眠りにつくまで一緒に居て、後は転移でマンションの自室に戻って眠るつもりだった。船の自室の方には擬装用の結界を張って置けば、万一教師が見回りに来ても有栖の存在は誤魔化せる。

 

 そう思っていたのだが

 

(まさか、ああも眠りが浅くなるとは……)

 

 結論から言うと、有栖は眠らなかった。

 

 いや、正確には何度か眠りはしたのだ。

 しかし一度眠りにつくたび、昼間のホラー映画の夢でも見たのか、ある程度の時間で目を覚ましてしまう始末。

 小一時間置きに跳ねるように起きては護の姿を探す。その様子はさながら見た目相応の子どものようであった。

 

 結局その日、護は一晩中ベッドの脇で有栖の手を握って夜を過ごした。

 

 そして翌日にあたる今日。

 まぁ、そんなこんなで寝たり起きたりを繰り返していたら当然寝不足になる訳で、しかし試験の結果発表が控えてる手前熟睡も出来ず。

 

 結果、有栖が眠りについたのは今から2時間程前。試験が終わり、戻ってきた神室達を出迎えた後の事だった。

 

 ちなみに護の方は、現在までほぼ徹夜である。

 

(ホント、気持ちよさそうに寝てんな)

 

 欠伸を噛み殺しながら、隣でスヤスヤと眠る有栖に視線を向ける。

 今更だが、異性の前でこれだけ無防備に寝顔を晒すのはどうなのか。

 それだけ護の事を信用しているという証左なのかもしれないが、護にしてみればこうした姿を見る度に複雑な心情を抱かずにはいられない。

 

「……あんまし、俺を信用するなよ」

 

 きっと自分は、いざという時この娘を見捨ててしまうと思うから。

 

 改めて自覚する。昨日龍園に挑発された時、何故ああも苛ついてしまったのか。

 

 護は別に、有栖を何が何でも守ろうなんて思っちゃいない。

 彼女の身より優先すべき事柄など幾らでもある。いざそれを選ばなければならない時、自分はきっと選択できてしまうのだろう。

 

 龍園から有栖を狙うと脅された時、護は自分の中のその天秤に触れられたような気がしたのだ。

 考えないようにしていたこと、考えたくなかったこと、そこに強く意識を向けさせられた。

 

(そう考えると、ほとんど八つ当たりみたいなものだったな)

 

 まぁ、だからと言って全く申し訳ないとは思わないが。

 考える良い機会になったことに関しては、ほんの一抹程度感謝してもいいと思う。

 

(本当なら、もう少しこの娘とも距離を取った方がいいんだろうが……)

 

 けれどそれはしない。それはきっと逃げでしかないから。

 選択する恐怖、後悔の恐怖。それらから逃げては、きっと自分に成長は無い。

 

 我ながら酷い話だと思う。

 いざその時が来た時、傷つくのは自分だけではないと言うのに自分の勝手な事情に巻き込んでいるのだから。

 

 ならばせめて――

 

(もしその時が来たら、存分に俺を呪ってくれ)

 

 護はそっと、空いている左手で有栖の頭を撫でた。

 

 

 

 

 

 


 

 

オマケ小話 ~ようじゅじゅさんぽ~「年齢疑惑」

 

 

――8月6日夜――

 

護「……随分と可愛いパジャマ着てんな」

 

有栖「ありがとうございます。このパジャマ、私のお気に入りなんです」

 

護「ふぅん……そのぬいぐるみは?」

 

有栖「こちらも私のお気に入りです。普段寝る時はいつも一緒だったので、連れて来ちゃいました」

 

護「ほー……」

 

有栖「……子供っぽいと思いましたか?」

 

護「いや、可愛い趣味だなぁと思っただけ」

 

有栖「フフ、私だって女の子ですから」

 

護(君、実は飛び級だった? とか思ったけど聞かんどこ)

 

 

※馬鹿にするわけではないが、割と本気で疑問だったので後日理事長に確認した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
 なお護君、ルームシェアを提案されて貞操観念云々を説かなかった辺り、傍に居るのが当たり前すぎて大分毒されてしまっていたり。


 深夜テンションのままどうにか仕上げたので、ちょっと終盤自分でも何を書いてんだか分かんなくなってしまった。
 有栖さんのキャラ崩壊が過ぎたように感じましたら申し訳ありません。
  

夏休みの締めくくりの水着回、開催するならどっちがいい?

  • よう実4.5巻準拠。学内プールに行こう
  • 高専メンバー参加型。学外で皆と楽しもう
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