よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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64話 本気の出させ方

 石階段の上からグラウンドを見降ろすと、そこにはお馴染みの真希やパンダ達一年生四人組の姿が見えた。

 芝の上に座るパンダと狗巻。その二人の視線の先では乙骨と真希の二人は向かい合い、手に持った武器で激しく打ち合っていた。

 

(へぇ……意外だな)

 

 真希が振り降ろす模擬槍を乙骨は竹刀で受け、返す刀で横薙ぎに振り払う。

 その攻撃は真希にすんなりと躱されてしまったが、しかし乙骨はめげることなく更に踏み込み、果敢に攻め立ててていく。

 

(彼の性格的に、戦いには不向きな方だと思ってたけど……中々どうして、思い切りの良い動きをするな)

 

 竹刀と言えど、当たれば痛いのは当然の事。

 荒事に不慣れな人間であれば、大抵は振るうことにも躊躇が生まれるものだが、今の乙骨の姿からはそういった怯えは見えなかった。

 

 初心者なだけあって動きに粗さは有るが、しかし腰は引けてない。

 真希の攻撃から目を逸らさず必死に喰らい付こうとする姿は、以前に見たオドオドした様子からは考えられない成長ぶりだ。

 

(ちゃんと相手の動きを予想して自分の動きも組み立ててる。

 戦闘勘に関しちゃまずまず……これなら動きに関して俺がアドバイスをする必要は無いか)

 

 と、そんなことを考えていると、視界の端でパンダがこちらを振り返るのが見えた。

 それなりに距離は離れているというのに、こちらの匂いでも感じ取ったのか。

 護は分析もそこそこに切り上げ、階段を降りてパンダ達へと近づいた。

 

「おっす、護。久しぶりだな。元気してたか?」

 

「こんぶ」

 

 近づく護に向かって手を振りながら声を掛けてくるパンダ。

 僅かに遅れて狗巻も反応し挨拶をして来たので、護も軽く手を挙げてそれに返す。

 

「久しぶり。元気かって言われたら、まぁボチボチ? そっちはあんま変わりなさそうね」

 

「なんだか煮え切らねぇなぁ。旅行に行ってたんだろ? リフレッシュできなかったのか?」

 

「旅行って言っても学校の試験だったからね。色々あったんだよ。色々……」

 

 碌な事前連絡もないまま無人島に放り込まれ、始まったのはクラス対抗でリソースを奪い合うサバイバル生活。

 甞めた態度をとる金髪裸族やら、暴力上等で無茶な駆け引きを仕掛けてくるタコ頭。

 監視の目を気にしながら毎日毎日スポットを駆けまわる日々。

 

 瞬間、無人島での様々な出来事が脳内を駆け巡り、一瞬にして護の目は暗く沈んだ。

 

「ホント……いっそ任務で呪霊と戦ってる方が楽だったわ」

 

「マジで何があった?」

 

「ツナマヨ?」

 

 と、そんなことを話していると、ふと真希達が打ち合っている方から『バシーン』と一際軽快な音が響いた。

 視線を向けると、そこには乙骨の手から竹刀が離れ宙をクルクルと回っている光景が。

 そして無手となった乙骨の脳天に、真希の振るう模擬槍が振り下ろされた。

 

「ぁだっ!!」

 

「はい死んだ。私の勝ち」

 

「ぃ、つぅぅ…………なんか、最近威力が上がってきたような……?」

 

「当たり前だろ。いつまでも同じ実力の相手とやったって成長なんかしねぇからな。少しずつ加減減らしてんだよ。

 言っとくけど、こっちはまだ全然本気なんか出してねぇからな」

 

「う゛……僕、今までどれだけ手加減されてたんだろ?」

 

 手に持った模擬槍でトントンと肩を叩きながら、辛辣な言葉を掛ける真希。

 息一つ切らしていないその余裕そうな姿を見て、改めて自分の未熟さを実感したのか乙骨はガクリと肩を落とした。

 そんな乙骨に近づきながら、パンダが声を掛ける。

 

「まぁそう落ち込むなよ。真希も加減を減らしてるって言ったろ? 

 そんだけ、憂太も成長してるってことなんだし」

 

「しゃけ」

 

「はは……そうかな?」

 

 パンダと狗巻に慰められるも、実感が湧かないのか苦笑を浮かべる乙骨。

 なんとも自信なさげなその様子に、護も二人の言葉に追随するように言葉を発した。  

 

「いや、実際大したもんだと思うよ。

 こないだまで普通の学生だったって言うからどんなもんかと思ったけど、思ったよか動けてて驚いた」

 

「あ、護君」

 

 パンダの陰に居て見えなかったのか、声を掛けられて初めて気付いたようだった。

 そこに、真希が近づきながら会話に加わる。

 

「褒められたからって調子乗んなよ。最近ようやくマシになったって程度なんだからな。

 お前らも、あんま甘やかすなよ」

 

「お前はもうちょっと素直に褒めてやれよ。それともあれか? 好きな子には意地悪しちゃうとかそういう……」

 

「誰がだ、コラ! ぶっ殺すぞ!」

 

「あ、はは……それで護君、今日はどうしたの?」

 

 そんなパンダと真希のやり取りに苦笑を浮かべつつ、話を切り替えようとしたのか乙骨は護へと問いを投げかけた。

 

「どうしたって……兄さんから聞いてないの?」

 

「「「「?」」」」

 

(あ、これマジで聞いてないな)

 

 こちらの声が聞こえたのか、真希とパンダも手を止め首を傾げる。

 そうして疑問符を浮かべる四人を見て、本当に何も知らされてないなと実感した。

 

『あれ、言ってなかったっけ? メンゴ!』

 

 ふと、護の脳内でそう言って笑う兄の姿が浮かんだ。

 せめて自分の想像の中でくらい、少しは悪びれてほしいものである。

 

 軽くため息を吐きながら、ともあれ端的に事情を説明するべく口を開く。

 

「……兄さんに頼まれたんだよ。乙骨君が呪力操作で行き詰ってるから、しばらく特訓に付き合うようにって」

 

「あ~そういう……たしかに、棘は戦闘スタイル的に呪言特化なところあるし、俺は自分の感覚を人間に当て嵌めていいか分かんないからな。適任ちゃあ適任か」

 

(まぁ、多分それだけじゃないだろうけど)

 

 納得したように呟くパンダだが、おそらく理由はそれだけじゃないだろう。

 兄からは、あくまで乙骨が呪力操作で行き詰まってるとしか聞いていない。

 具体的に何が理由で上手くいっていないのかまでは知らないが、だが乙骨の事情を考えれば大体の予想はついている。

 

「そういうこと。乙骨君もオーケー?」

 

「あ、うん。えと……よろしくお願いします」

 

「はいよろしく。って訳で、しばらく乙骨君借りるから」

 

「だってよ真希、いいか?」

 

「高菜?」

 

「……なんでお前ら私に聞くんだよ。勝手にすりゃいいだろ」

 

「いや、だってお前が一番憂太との立ち合い楽しんでたし」

 

「しゃけ」

 

「別に楽しんでねぇよ」

 

「照れんなよ。最近のお前、めっちゃ活き活きしてたぞ」

 

「してねぇよ!」

 

「そうやってムキになるところが怪しんだよな~」

 

「よぉし、てめぇ殺す! この前みたいに半端で止めてもらえると思うなや!」

 

 怒りの声と共にパンダに殴り掛かる真希。

 この前とか言っている辺り、前にも似たようなやり取りが有ったのか。

 そんな漫才染みたやり取りを尻目に「パンダ(コイツ)も懲りねぇなぁ」と呆れた感想を抱きつつ、護は乙骨に声を掛けた。

 

「さ、んじゃ俺らも行くよ」

 

「あ、うん……ん? 行くってどこに?」 

 

 ほとんど反射的に返事を返しつつ、しかしすぐさま疑問の声を上げる乙骨。

 その横で、狗巻も同様に首を傾げた。

 

「こんぶ、高菜?」

 

「あー……どうしてここでやらないのか、的なニュアンスでOK?」

 

「しゃけ」

 

 未だ狗巻のおにぎり語が理解しきれていない護。一応確認で問い返してみたが、どうやら正解だったらしい。

 

「高専の敷地内じゃ、あんま派手にやれないだろ? 

 俺も人目に付きそうな場所で、あんま手の内を晒したくは無いからさ。俺の術式でちょっと遠くに場所を変えさせてもらうよ」

 

「派手にって……僕何やらされるの?」

 

「んー……その辺りは追々。

 乙骨君がどこで躓いてんのか分かんなかったから、訓練メニューは幾つか考えて来たんだけどね。

 まぁ安心してよ。何をするにしたって、命の危険は無いようにするから……できるだけ」

 

「できるだけ?!」

 

「あ、狗巻君達はここに残ってね。最初は何が起こるか分かんないし、近くに居て巻き添えを喰らっても危ないから」

 

「しゃけ」

 

「やっぱり危険なの!?」

 

 聞き捨てならないとばかりに、なんともいいリアクションを返してくる乙骨。

 とはいえ、彼が不安を覚えた所でやることは変わらない。

 こういう時はさっさと勢いで進めてしまうに限ると、護は乙骨の反応をスルーし、その肩を掴み転移の為に印を組んだ。

 

「がんばれよ~」

 

「しゃけ~」

 

 真希にしばかれ地に伏しながらも激励の言葉を送ってくるパンダと、手を振ってくる狗巻。

 彼らに見送られながら、護は乙骨と共にその場から消えた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 目の前には照りつける日差しに煌めく蒼い海。

 後ろには青々と深い緑が生い茂った木々。

 

 360度、大自然に囲まれた砂浜の上、護と乙骨はそこに立っていた。 

 

「えっと……ここは?」

 

「太平洋沖の、地図にも載ってないような小さな島だよ。

 俺が偶に修行場として使ってる場所でね。日本からは大分離れてる上、俺の結界を張り巡らせてるから少し派手に暴れても誰も気付かないようになってるんだ」

 

「無人島……」

 

 まるで退路を断たれたとでもいうような、寂寥感と諦観の混じったような呟きが乙骨の口から漏れる。

 

「そんな不安にならなくていいって。さっき危険って言ったのは、真希さんやパンダ達にとっての話。

 乙骨君自身にとっては、そう危険なことは無いから」

 

「? それってどういう……?」

 

「それを話す前に、まず乙骨君の呪力の()りを見てみようか」

 

 そう言うと、護は乙骨から少し離れると印を組み、彼の体を覆うように一つの結界を張った。

 

「これって……」

 

「その結界は……まぁ簡単に言うと、君の呪力の流れを解析するための結界だね。

 まずは、そこで刀に呪力を通して見てくれる?」

 

「あ、はい」

 

 ほとんど流されるまま、勝手に事態が進行していくことに戸惑いつつも、素直に指示に従おうとする乙骨。

 手に持っていた竹刀を砂浜に突き刺し、代わりに背中の包みを解いて刀を取り出す。

 そして刀を構え、呪力をこめていく。

 

 体を覆うように流れ始める呪力。

 そこで護は目を閉じると、結界を通して感じられる呪力の流れに意識を集中させた。

 

(内包してる呪力量に対して、外に出てる呪力が明らかに少ない。

 呪力の流れがぎこちないのはそうだけど、これは単に操作が未熟って言うより阻害されてるような感じだな。

 ……だいたいは、思っていた通りか)

 

 そうして集中することしばらく。時間にしておよそ2、3分ほど過ぎたところで護は目を開けると乙骨に張っていた結界を解いた。

 

「はい、もういいよ」

 

「ふぅ……」

 

 護の告げた終了の声と共に、乙骨は気が抜けたように息を吐いた。

 ただ呪力を練るだけの作業。それほど難しい事では無かった筈だが、改まって観察されているということで気が張り詰めたのか。

 

「とりあえず、今の乙骨君の何が問題かは分かった」

 

「え、もう!?」

 

 あまりにもあっさりと原因が分かったと言われ、驚きを露わにする乙骨。

 護としても勿体ぶる趣味は無いので、さっさと結論から告げることにした。

 

「簡単に言うと君……ビビり過ぎだね」

 

「ビビり……」

 

 いきなりの言い草に、乙骨はズーンと効果音が聞こえてしまいそうな程に、落ち込む様子を見せた。

 それを見て、少々言い方が悪かったかと、補足するように続きを述べる。

 

「乙骨君の中に在る呪力に対して、外に出てる呪力が明らかに少なすぎる。

 本来、君くらいの呪力量があれば垂れ流しにしたってもう少しパワーが出せていい筈なんだよ。

 それが出来てないのは、君の中でセーブが掛かってる証拠だ。

 身に覚え、あるんじゃない?」

 

「っ…………」

 

 その問い掛けに、乙骨はギクリとしたように小さく息を呑んだ。

 どうやら思い当たる節があるらしい。

 

「多分だけど、祈本さんを出さないようにするあまり、その気持ちがブレーキになってるのかな。

 こうなると、細かいコントロールを覚える以前の問題だね。

 誰だって、ブレーキを掛けながらアクセルを踏もうとしたって上手くいかないだろ? それと似たようなもんさ」

 

 理性の部分では呪力を引き出そうとしているのに、無意識下ではそれを抑えてしまっている。

 そのチグハグさが呪力の流れを乱し、コントロールを難しくしているのだろうと、護は乙骨の状態をそう判断した。

 

「君の場合、細かい呪力のコントロールを覚えるより先に、まずはそのブレーキをどうにかすることを考えた方がいいね。

 正直、今の状態は宝の持ち腐れ過ぎて見てられない」

 

(そもそもこんだけの呪力があれば、適当に纏って殴るだけで大抵の呪霊は祓えるだろうに)

 

「う……けど、どうにかって言ってもどうやって? 

 五条先生も里香ちゃんは出すなって言ってたし、もしそれで里香ちゃんが出たら……」

 

「あぁ、もう一回出したら死刑なんだって? 兄さんから聞いたよ。

 けど、今はその言いつけは忘れていい。あの人が俺に頼んだのも、そのためだろうし」

 

「どういうこと?」

 

「さっきも言ったけど、ここなら少し派手に暴れても誰かにバレる心配が無い。

 加えて、こと生存能力に関して言えば、俺は最強(兄さん)からお墨付きをもらえる程でね。

 万が一、祈本さんが暴走したとしても無傷で生き残るくらいの自信はある。最悪、島一つ消し飛ぶ()()の被害で済む」

 

 以前に言っていた『本気の出し方を教えて欲しい』とは、つまりそういうことだろう。

 日本国内には高専が管理する結界が張り巡らされている為、万が一にも暴走するようなことがあればすぐばれる。

 特訓に適した場所を提供でき、尚且つ監督できる実力を備えた存在として護ほどの適任は居ないというわけだ。

 

「程度って……」

 

 しかしながら乙骨としては、そんな事情より島一つを程度と言ってのけたことが気になったらしい。

 軽く表情を引き攣らせながら、引いたような視線が護に向けられる。

 

「ま、今のはあくまで万が一って話さ。

 全力を出せって言って出せたら苦労は無いし、俺だって進んで暴走させたい訳じゃ無い。できるだけそうならないように配慮はする。

 俺が言いたいのは、下手に気負う必要は無いってこと」

 

 もっとも、場を整えただけで全力を出せるように成れば苦労しない。

 本題はここからである。

 

「さて、以上を踏まえた上で何をやってもらうかだけど――」

 

 いよいよもって切り出される特訓メニューを前に、乙骨もゴクリと息を呑む。

 

「乙骨君には、これから全力で俺に向かって斬りかかってもらう」

 

「えっと……それって、真希さんとやってたような模擬戦を呪力有りでやるってこと?」

 

「あ~、違う違う。模擬戦とかじゃなくて、突っ立ってる俺に対して呪力を込めて全力で斬りかかってくるだけ」

 

「成程、斬りかかるだけ……え゛?!」

 

 あまりにもあっさりした態度を前に理解が遅れたのか、僅かな間を置いてからギョッとした反応を見せる乙骨。

 しかし護は彼のそんな反応も他所に、構わず説明を続ける。

 

「重要なのは一撃を放つ毎に、籠める呪力を多くしていくこと。

 呪力を練る時どれだけ時間を掛けてもいい。

 俺は基本的に回避も反撃もしないけど、少しでも呪力が落ちたと感じたらその時はぶん殴るから」

 

 そう言いながら笑みを浮かべる護。

 当人としては安心させようという気持ちの現れなのだろうが、晴れ晴れとした笑顔で「ぶん殴る」とのたまう姿に、乙骨はより一層ドン引きした様な表情を浮かべた。

 

「まずは、ひたすらこれを繰り返して出力の最大値を上げる事。

 暴走の心配もなくある程度安定して練れるようになってきたら、今度はその状態で動けるよう実戦形式の組手も交えていこう。

 何か質問は?」

 

「え~っと……理屈は分かったけど、流石に無抵抗って危ないんじゃ……?」

 

「大丈夫。こう言っちゃ悪いけど、今の君の攻撃で怪我なんかしてるようじゃ、兄さんからこんなこと任されてないって」

 

 その言い草に、ほんの僅かではあるが乙骨がムッとした表情を浮かべたのを護は見逃さなかった。

 

(お、意外と負けん気も強いみたいだな)

 

「んじゃ、ま――とりあえず試してみようか」

 

 百聞は一見にしかず。

 ここからはとにかく試してみた方が早いだろうと、護は乙骨から距離を取る。

 

「本当にいいの?」

 

「いいよ。なんなら、竹刀じゃなくてそっちの刀を使ったっていいくらいだ」

 

「……わかった」

 

 本当に身構えることも無く、左手をポケットに突っ込んだままのんびりと無造作に佇む護。

 乙骨は再度の確認を飛ばすが、返された気軽な返事に覚悟を決めたのか竹刀を握り直して構えた。

 先程のように呪力を練り上げ、全身から竹刀へと呪力を廻していく。

 

 スゥ――

 

 僅かに漏れる小さな呼気。

 十分に集中が高まると同時、乙骨は力強い踏み込みで護との距離を一息に縮めると、思い切り竹刀を振りかぶった。

 

 勢いよく振るわれた竹刀は、無造作に立つ護の胴体へと吸い込まれ、そして――

 

 ――バキリ

 

 と激しい音を立て、その鍔元から勢いよく砕け散った。

 

「――はぃ?」

 

「あー、やっぱ竹刀じゃ耐えられなかったか。

 まぁ、軟な素材に呪力通すのってコツいるし、仕方ないね」

 

 砕け散った竹刀を呆然と見つめる乙骨に対し、ダメージなど欠片も入っていない様子で呑気な声を上げる護。

 

「……痛くないの?」

 

「見ての通りだよ」

 

 言いながら、今まさに竹刀が当たった腹部をポンポンと叩いて見せる。

 

「俺の術式が結界術っていうのは前に言ったけど、呪術において肉体っていうのは魂を収める器。一つの結界のようなものだという考え方がある。

 俺の術式は自分の身体を結界と定義することで、肉体そのものを強化することも出来るんだよ。

 

 兄さん曰く、こと純粋な意味での防御力に関して、俺の右に出る術師は居ないらしい」

 

 飛び散った竹刀の刀身を拾い上げ、掌に結界を作り出しグシャリと押し潰す。

 そうして片付け終わった所で改めて乙骨に向かい直る。

 

「さて、これで俺に遠慮しなくていいってことはわかっただろ。

 竹刀も壊れちゃったし、次は真剣でやってみようか」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 これまで乙骨が護に対して抱いていた印象は、気遣いの出来る常識人といった印象だった。

 偶に高専に顔を出せば、目にするのは大抵パンダに絡まれツッコミを入れる光景。

 そのやり取りに関しても本気で怒っている様子はなく……いや、まぁ怒ってはいたのかもしれないがそこまで激情に身を任せることもなく。

 ともあれそんなやり取りを目にしていたから、人当たりの良い印象が強かったのだ。

 

 だからというべきか今回の特訓も、別段嘗めていたという訳では無いが、普段真希の厳しい特訓を思えば、そこまで過酷なものにはならないだろうと、そう思っていたのだ。

 

 それが思い違いであることは、すぐに思い知らされた。

 

 

「――カハッ!」

 

 護の掌底が乙骨の腹にめり込み、その息を詰まらせる。

 

「ほら、威力が落ちてるよ。呪力を練るってのは筋肉に力をこめるのとは訳が違う。

 血管を流れる血のように、もっと体内にある力の流れそのものに意識を集中させること」

 

「ッ、ゲホッ……ゴホッ……」

 

 腹を押さえ膝を折る乙骨。

 むせ返る様子を見降ろしながら、そんなことはお構いなしに淡々と声を掛ける護の姿に、乙骨は自身の見通しの甘さを実感していた。 

 

(この人……真希さん以上に容赦ないっ!)

 

 訓練開始から1時間。乙骨は早くもグロッキー状態になっていた。

 

 

 竹刀が折れてから、改めて刀で仕切り直しになった訓練。

 流石に刃を向ける事には抵抗が有ったので峰の部分で打ち込むことになったのだが、結局その攻撃も護に傷一つつけることは無かった。

 

 まぁ、それはいい。元々乙骨としても護を傷つけることは本意ではないし、別に勝ち負けを競っている訳では無いのだから。

 

 問題は開始30分を過ぎた辺りから、早くも行き詰まりを見せたこと。

 その辺りから2、3回に1回くらいのペースで、徐々に反撃が飛んでくるようになった。

 

(本当に、少しでも呪力が落ちたら反撃が飛んでくる。しかも()()()()()()()()()()()()()()で)

 

 最初は乙骨も、この訓練内容を聞いた時は緩い訓練だと思っていた。

 失敗すれば罰が飛んでくるが、逆に言えばちゃんと集中して成功させればいい。ちゃんと攻略できる難易度に調整された易しい訓練だと。

 

 だが、実際に試してみれば嫌でも実感する。この特訓のえげつなさを。

 

 少しでも呪力を落とせば飛んでくる反撃。

 それも()()()()()()に、()()()()で。

 

 この同じ痛みというのがミソである。 

 

 人間というのはこれから痛みが襲ってくると分かっている時、嫌でもそれを想起し恐怖するもの。

 繰り返し同じ攻撃を受けることで、体に染みつく痛みのイメージ。

 そこから生じる失敗したらという恐怖、プレッシャーたるや並大抵のものではない。

 

 この痛みを避けるためには、必死で攻撃の威力を上げるか、もしくはガードの為により多くの呪力を練り上げるか。どちらにしろ、呪力の出力を上げることが求められる。

 

 これが意味するところはつまり――

 

(こっちがゆっくり成長するのを待つとかじゃない。

 出来なきゃ延々と同じ痛みを与えるっていう、スパルタトレーニングだこれ!)

 

 ――自分の意思で呪力を引き出せないなら、ぶん殴って無理矢理引き出してやると、そういう趣旨のトレーニングである。

 

(それに……なんか変だ、護君の攻撃。真希さんに殴られたり、呪霊の攻撃を受けた時とは何か違う。やけに芯に響くような……)

 

「あ、気付いた? 掌底の割にはやけに痛いだろ、俺の攻撃?」

 

 自身の右手を注視するような乙骨の視線に気づいたのか、護の方からいきなり切り出した。

 

「う、ん……なんか、さっきから呪力でガードしてるのにそれを突き抜けてるような、変な感触が……」

 

「だろうね。言ってしまえば、鎧を着た相手にぶん殴られるようなもんだから」

 

(鎧……?)

 

「うん……そろそろ疲れも溜まってきたみたいだし、休憩がてらちょっと講釈でもしようか。とは言っても単純な理屈なんだけど」

 

 そう言って、護は小さな立方体の結界を二つ形成すると、椅子の代わりにかその結界に腰を掛けた。

 それを見て、乙骨もゆっくり立ち上がるともう一つの結界に腰を掛ける。

 

「攻撃の威力ってのは何も重量と速度だけじゃ決まらない。もう一つ重要な要素として上げられるのは、硬さ。

 これは呪力に限った話じゃないけど、仮に同じ重さの物体が同じ速さでぶつかった時、より密度が高く頑丈な方が勝るのは当然の事だろ?」

 

 理屈は分かる。だが呪力で密度と言われてもピンとこない。

 乙骨にとって呪力は量が多いほど威力が上がるものであって、これまで密度なんて意識したことが無いからだ。

 

「それって、肉体を強化するなら呪力の密度にも気を配らなくちゃいけないってこと?」

 

「まぁ、腕利きの術師ほど少ない呪力で効率的に強化する術を心得てるもんだけど、俺が今言ってるのは少し違う。

 あと、今の乙骨君には呪力出力を上げる以上のことを求める気も無いから、そこは心配しないでいいよ」

 

 その言葉に、どうやら修行の難易度が上がる訳では無いらしいとひとまずホッとする。

 

「そうだなぁ……術式と呪力の違いについては理解してる?」

 

「あ、うん。五条先生から教えてもらった。呪力を電気とするなら、術式はそれを効率的に使う家電みたいなものだって」

 

「そ、感覚的には大体あってる。術式ってのは呪力をより効率的に使える為のツールみたいなもん。

 俺の場合、例えば術式で10の呪力を使って一つの結界を作ったとする。そこに同等量、10の呪力の塊をぶつけても結界の方は壊れない。

 何故なら術式で作った結界は、結界として強度を重視し、より効率的に最適化された形だから。

 密度が違うってのは、そういうこと」

 

 駆け足気味の説明ではあったが、一応理解はできた。

 つまるところ、護が術式で肉体を強化した場合と、普通の術師が呪力で強化した場合では、硬度という点で明確な差が出るということか。

 

「半端な呪力で覆ったところで、俺の攻撃はそれを突き抜ける。ダメージを喰らいたくなければ、もっと必死に呪力を練らなきゃね」

 

「う……頑張ります」

 

 道理で、先程から呪力を練っても練っても、突き破られるような感触がある訳である。

 つまり護の攻撃を防ぐには、より多くの呪力を練らないと駄目ということか。

 

 道は長いと、軽く沈み込む乙骨。

 そこでふと、今の話から一つ気になることがあったのを思い出した。

 

「あ、あともう一つ聞いていい?」

 

「ん、何?」

 

「護君の今の状態って、結界で自分の身体を覆っているようなものなんだよね?」

 

「正確にはちょっと違うんだけど……まぁイメージとしては大体そんな感じでいいよ」

 

「じゃあさ、別に護君が自分で僕の攻撃を受けなくても、今座ってるような結界を作ってそれを的にすればいいんじゃ……」

 

 護の今の防御力が結界によって得られたものだというなら、逆に今座ってるような結界を同じ強度に強化することも出来るだろう。

 それなら護が怪我をするリスクを負う必要も無し、乙骨としても幾分か気が楽になるというものだ。

 

「ん~、できなくはないけど、こっちの方が色々と都合が良いんだよ。

 結界単体で使うより強化効率が良いし、直接攻撃を受け止めた方が肌感覚でどれだけの呪力がこもってたか分かる。

 あと――――君が痛い思いしてんのに、こっちだけリスクが無いのはフェアじゃないだろ?」

 

「――あ」

 

 その一言に、乙骨は五条護という人間の人柄を見た気がした。

 あまりにも自然な様子で、ただフェアではないという理由だけで自らもリスクを背負おうとする事実。

 

 元々この特訓自体、乙骨の為のものであって護にとっては利になることなど無い。

 そんな彼がわざわざ自分に付き合ってリスクを背負っているという事実に、乙骨は自然と刀を握る手に力が籠った。

 

「続き、お願いします!」

 

 泣き言など言ってられない。元からそのつもりではあったが、今改めてそう思った。

 

 




 ぶっちゃけこれは個人的な願望に近い考えなんですが、乙骨君って百鬼夜行での覚醒が無くても、順当に成長すれば原作通りの実力に成れたんじゃないかな~、とか思ってたりします。

 今回の修行パートに関してはその願望が漏れ出た形。
 
 人によってはどうせ百鬼夜行で覚醒するなら修行パートとかいらなくない? とか思うのかもしれないけれど、個人的には順当な成長を遂げた彼も見てみたい。
 そういう思いから、試しに強化フラグを立ててみました。

夏休みの締めくくりの水着回、開催するならどっちがいい?

  • よう実4.5巻準拠。学内プールに行こう
  • 高専メンバー参加型。学外で皆と楽しもう
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