「――以上が、竜グループで起きたことの顛末よ」
そうして全てを語り終えた堀北の表情は、お世辞にも良いとは言えなかった。
どうにか平静を装おうとしてはいるが、しかし僅かに伏せった顔、テーブルの上で組まれた手は硬く握りしめられており、悔しさの色が隠しきれていない。
(無理もない、か……)
入学からこれまで、Aクラスとの実力差を感じる場面は幾度もあった。
5月のクラスポイント発表では1000ポイントという大差をつけられ、中間試験や先の無人島試験ではそのAクラスから半ばハンデ同然の施しを受けながら、どうにか乗り切ったようなもの。
しかしながら、今回の敗北はそれらとは少し毛色が違う。
各クラスの代表が集められたグループにおける直接対決。クラスの総合力よりも、個人としての立ち回りが試される形式の試験。
『他のクラスメイトに足を引っ張られた』
『学校側の評価形式に問題があった』
などと、そんな言い訳が介在する余地など無い。
正しく個人として、実力の差を見せつけられた結果と言える。その敗北感たるやこれまでの比ではないだろう。
「ちなみに、誰が優待者か分かってはいるのか?」
そんな堀北に対し、しかし綾小路は淡々と話を進める。
彼女の性格上、下手な気遣いをしたところで却ってプライドを刺激するだけ。
それよりは現状の問題に目を向けさせ、意識を切り替えた方がいいだろうという判断だ。
その問い掛けに対し、一層苦々しい表情を浮かべる堀北。
それを見て、綾小路は答えを聞くまでもなく察した。
「優待者は……櫛田さんだった。
試験が終わった後に名乗り出たわ。勿論他クラスにまでは明かしていないけど」
告げられた名前に、内心で「やはりか」と呟きが漏れる。
せめて優待者が他クラスの生徒だったなら、仮に指名が当たっていてもダメージは最小限に抑えられたのだが、どうやら状況は思っていたよりも悪いらしい。
「なるほど……ちなみに、堀北自身はどう思ってるんだ?
本当に、坂柳は優待者を見破れたと思うか?」
「……少なくとも、私の目には自信が有る様に見えたわ。
そうでもなければ、優待者の指名なんてリスクのある行為しないでしょ?」
「それもそうか」
実際にその場に居なかった綾小路には、坂柳がどこまで確証を得ていたのか判断は出来ない。
だが、堀北が言う通り優待者の指名はかなりのリスクが伴う行為。あてずっぽうでそれを実行したとは考えにくい。
(気になる点は幾つかあるが……)
「……こっちのグループとは随分と状況が違うな」
「それはそうでしょう。他のグループでも同じようなことが起こってたら、笑いごとにもならないわ」
「いや、そういう意味じゃなく……どうもこっちのグループと堀北のグループじゃ、Aクラスの方針が違っているように見える」
「……どういうこと?」
眉を顰める堀北。
やはりというべきか、どうやら彼女は他グループがどういう状況になっているのか聞いていないらしい。
交友関係の少なさについては自分もとやかく言えた話では無いが、これでしょっちゅう友人の少なさをディスってくるのだから釈然としないものを感じてしまう。
「何か不快な視線を感じるわね」
「気のせいだろう」
それはさておき、話を戻す。
「こっちのグループじゃそもそも碌な話し合いにもならなかった。
会議が始まって早々にAクラスが会話を拒否したからな」
「なんですって?」
「なんでも、公平性を期すなら学校側はどのクラスにも均等に優待者を配置している。
なら話し合いの機会なんて持たず全てのグループが結果2で終われば、どのクラスもプラスの結果で終えられるってのがAクラスの――葛城の考えだとそう言っていた」
「葛城君の……? 私達のグループじゃ、彼はほとんど発言しなかったわよ?」
「みたいだな」
単にグループ毎の意思統一が図れてなかったという話ではないだろう。
他ならぬ葛城自身が坂柳の行動を黙認していた時点で、少なくとも竜グループだけは別の方針で動いていたことが分かる。
「それが本当だとしたら、随分と勝手な言い分ね。
自分達は抜け駆けしながら他のグループには公平性を主張するなんて、どの口が言えたのかしら」
「憤るのはもっともだが、問題はAクラスの狙いがどこにあるかだ」
兎グループでは実際に会話を放棄していた辺り、結果2狙いなのは間違いないだろう。
問題は竜グループだけが特別だったのか、葛城の提案自体、他の狙いを隠すためのフェイクだったのか。
相手の狙い如何によっては、こちらが取るべき方針も大きく変わってくる。
「……多分だけど、結果2狙いって提案自体に嘘は無いと思う。
そもそも優待者を当てるなんて、普通はそう簡単にできることじゃないもの。
Aクラスにしてみればクラスポイントで大きくリードしている現状、リスクを冒してまで勝ちに走るとは考えにくい」
「そうだな」
そこに関しては、綾小路としても異論は無い。
「だがそうなると、問題は坂柳の行動だ」
「……深い意味はあるのかしら?
単に坂柳さんの洞察力を信じて、竜グループだけ違う方針を取ったように見えるけど……」
「かもしれないが、少し気になる点がある。
……どうして坂柳は、そんなタイミングで優待者を指名した?」
「タイミング?」
「優待者が誰か分かっていたのなら、指名するのは何も会議の最中じゃなくてよかった筈だ。
例えば最初の提案――優待者の情報を買い取るという提案を取り下げないまま会議を終え、誰も見ていないところで指名されたらどうなった?」
「それは……っ」
言われて気付いたのか、ハッと息を飲む堀北。
そうなっていた場合、こちらは優待者がポイント欲しさに裏切ったのではないかと勘繰ることになっていただろう。
櫛田であれば裏切る筈が無いと信じる生徒も多いかもしれないが、そんなことは関係ない。
どこの誰が優待者であれ僅かなりと他クラスに亀裂を入れられる可能性があるのなら、そちらの方がAクラスにとっては戦略的に正しい判断だった筈だ。
「……実は最初の提案の時点で坂柳さんに確証は無かった。
その後の種明かしも含めて、周りの反応を見る為の揺さぶりだったとしたら――どう?」
口元に手を当て考えながら、思いついた可能性を述べる堀北。
しかし綾小路はすぐさまそれを否定した。
「だとしても、そのタイミングでやる必要は無い。
最初の揺さぶりで確証が得られなかったにしても、すぐに提案を取り下げず様子見を続けていれば優待者を特定できる可能性は十分有った。
むしろそっちの方が下手にギャンブル染みたカマかけをするより確実性は高い」
「確かにそうね……」
どう考えても、そのディスカッション中の指名はAクラスにメリットが無い。
仮にあと一歩、最後の一押しとなる確認が欲しかったにしても、せめてディスカッションの最後まで待ってから揺さぶりを掛けた方がよかった筈だ。
(戦略的に正しくない……つまりは試験以外を見据えての行動と見るべきか……)
考え込む綾小路だが、今一つ確証の持てる答えが出ない。
適当に理由付けをするだけなら幾らでも可能性は思いつく。だが、坂柳という生徒の人物像が掴み切れない現状、相手の狙いがどこにあるのか正確に絞り込むのは難しい。
「案外、深い理由は無いのかもしれないわよ?
こちらに対して実力を見せつける為のパフォーマンスだったのかも」
「……お前が本気でそう考えているなら、別にいいんだけどな」
「……なんだか、馬鹿にされてるように聞こえるわね」
「いや、深い意味は無い」
実際、堀北が言った可能性もゼロではない。人間というのは機械ではないのだから、必ずしも常に合理的な行動がとれるとは限らない。だが――
(分かっているのか、堀北? 分からないからと、妥協した答えで自分を納得させるなら思考停止と同じだぞ)
おそらくはこの点が、堀北の欠点とでも呼ぶべきところ。
相手の真意を深くまで探ろうとはせず、表面の浅い部分だけを汲み取り過小評価している。根本的に、自他を正しく見れてないと言ってもいいだろう。
最近は自身の未熟さを理解し始めているようだが、やはりまだまだ足りていない。
もっとも、これを直接言ったところで堀北の心には響かないだろうが。
そんなことを考えていると、今度は堀北の方から問い掛けが飛んでくる。
「それより、あなたは自分のグループの事を考えたら?
ちゃんと勝てる算段はあるの?」
「生憎とこの試験、俺は特に動くつもりはない」
「どういう意味?」
何ともやる気無さげな言い回しが癪に障ったのか、苛立ちの籠った瞳で睨んでくる堀北。
「個人的に、少し気になることがあるんでな。そっちの方を優先したい」
正直、綾小路としては今回の試験を聞いた時点で、勝敗に関心は無かった。
元より、交友関係の薄い自分では他グループへの干渉などできよう筈もなく、試験の大勢そのものに影響を及ぼすことなどできないと思ったから。
興味があったのは別の部分。ある人物が、どう動くかどうか。
「随分と勝手ね。試験の勝敗以上に気になる事って何?」
「生憎それも言う気はない――と言っても、これじゃお前は納得しないだろうからな。
一つだけ約束しよう。もし俺のグループの試験が最終日まで続いたら、その時はちゃんと勝つために動こう」
「……まるで、最終日までは続かないって確信してるような言い草ね。
誰かがそれまでに優待者を指名するとでも?」
「ノーコメントだ」
「…………いいわ、納得してあげる。ただ、もしこれだけ言って最終日に負けるようなことがあれば、その時は全部話してもらうわよ」
「ああ、それでいい」
話を終えたところで、綾小路は手元のコーヒーへと視線を落とす。
すでに冷めてしまった黒い液体。そこに映る自分の顔を見つめながら、思い浮かべるのは一人の人物。
(試験の様子を聞く限り、おそらく
もし牙が抜けきっていないなら何かしらの行動を起こす筈だが……)
そうして呷ったコーヒーは、思った以上にまずかった。
◆◇◆
「おそらく今回の試験、Aクラスは勝てません」
「「「は?」」」
有栖の放った一言に、その場に居た者達は揃って呆けた声を上げた。
時刻は夕食時――この日護は珍しく、船内のレストランで有栖や他数名のクラスメイト達と共に食事をとっていた。
同じテーブルには、護と有栖に加え神室、橋本の計4人。
その周辺の席にも、Aクラス内で有栖を支持する生徒達が腰掛けており、レストランの一角を陣取る様に占有していた。
固まる生徒達を他所に、丁寧な動作で静かに食事を続ける護と有栖。
マイペースに食事を進めていく二人を眺めてしばらく、皆よりも一足先に我に返った橋本が疑問の声を上げる。
「いやいや、どういう意味だよ姫さん。竜グループの優待者は当てたんだろ?
他のグループは禄に話し合いも進んじゃいないし、このままいけばウチの一人勝ちだと思うんだが」
「このまま
「……じれったいわね。もったいぶらないで早く言ったら?」
「そう急かすものではありませんよ真澄さん。
健康の為にも、食事はゆっくりと落ち着いて摂るべきです」
「だったら、そもそも食事時にこんな話してんじゃないわよ」
「そうは言っても、改まった場を設けるほどのお話でもありませんから。
あくまで、ここに居る皆さんには念のため説明しておこうと思っただけの事。食事中の雑談程度に聞いてください」
そうして有栖は丁度空になった皿の上にフォークとナイフを置くと、優雅な動作でナプキンで口元を拭った。
グラスから水を一口飲み、のんびりと人心地ついたところで話を切り出す。
「皆さん知っての通り、昨晩私は葛城君と取引をしました。
今回の試験、葛城君は竜グループにおける私の行動に口を出さない。その代わり他のグループは葛城君の指示に従い、こちらはそれを口出しをしない、と」
ちなみにこれを提案したのは有栖の方からだ。
葛城にしてみれば渡りに船な提案だっただろう。今回のような試験の場合、今のAクラスではクラス全体として纏まった指針を取るのが難しい。
参加者が有栖と葛城それぞれに指示を仰ぎ、結果方針が食い違えば同クラス内で余計な腹の探り合いが発生することにもなりかねない。
「皆さんとしても、何の説明もなく葛城君に従うよう言われて疑問だったでしょう。
それについて説明させて頂くわけですが――まず、今回の試験にはゲームとして大きな欠陥が存在します。それに気付いた方はいますか?」
「大きな欠陥……?」
有栖の放った一言に、訝し気な声を上げる橋本。
他の皆も揃って何のことかと考え込む素振りを見せるがはっきりした答えを返す者はおらず、しばらく沈黙が続いたのを見た護は代わりに答えた。
「……強制力のあるルールが存在しないこと、だろ?」
「フフ、やはり護君は解っていましたか。正解です」
「どういうこと?」
意味が分からないのか疑問符を浮かべる神室。
その問いが向く方向は有栖ではなく護。おそらくは一々胡乱な言い回しが多い有栖に聞くより早いと思ったのだろう。
他の皆の視線も自分に向くのを感じた護は、仕方ないなと思いながら続けて口を開く。
「今回の試験が説明された時に人狼ゲームが例えに出されたと思うけど、神室さんは人狼ゲームとこの試験、明確な違いがあるのは分かる?」
「人狼ゲームとの違い……?」
小さく考え込む素振りを取る神室。
僅かな黙考の後どうやら何か思いついたのか、自信なさげにしながらも答えを口にした。
「…………村人が襲われないこと?」
「そ、正解。人狼ゲームの人狼は毎ターン村人を襲っていき、人数を減らすことが勝利条件になってる。対して今回の試験、優待者はそういった行動の縛りを受けていない」
「それは分かるけど……それの何が問題な訳?」
「問題なのは、話し合いを成立させるためのギミックが無いってこと」
「ギミック?」
今一つピンとこないのか、疑問符を浮かべる面々。
護はどう説明したものかと少々悩みながら、ゆっくり言葉を紡いでいく。
「そうだな……ちょっと話は変わるけど、もし神室さんが優待者だったとして自分のグループを結果1にしたいとする。
それじゃあ、神室さんはどういう風に行動すればいいと思う?」
「どういう風にって……」
「結果1にするには自分が優待者であることを他のメンバーに明かす必要がある。
けど試験中に明かせば、確実に他クラスの誰かが抜け駆けするのは間違いない。
さて、それじゃあどのタイミングでそれを明かすのが一番安全かな?」
「「「…………」」」
考え込む神室と他一同。
その間にも護と有栖は黙々と食事を続け、しばらくしてからその場に居た誰かがポツリと声を発した。
「……解答時間?」
誰が言ったのか、その声に有栖はニコリと微笑むと、質問した護に代わって正解を告げた。
「正解です。学校側から与えられた解答時間は試験終了後の夜9時半から10時まで。その時間に集まってはいけないというルールもありません。
つまり優待者に限らず、結果1にしたいのであればこう提案すればいいんです。
――最終日に集まって、全員のメールを見せ合いましょうと」
ここにきて、ようやく理解が追いついたのか「あっ」と気付いた声が複数響く。
気付いてみればあまりに簡単な事実。最終日の解答時間になってしまえば、誰がどのような解答をしても至る結果は1と2のどちらか。
抜け駆けなんてものは成立しようもなく、実質優待者を明かすリスクはゼロになる。
そこで、護は有栖の言葉を補足するように再び説明に戻る。
「多分だけどさ、他のグループも話し合いが始まった時、誰かがこう提案しなかった?
『どうすれば結果1にできるか話し合おう』って」
「あ、ああ……」
護の問い掛けに橋本が頷き、続き「俺んとこも」「私も」と肯定の言葉が響く。
「だろうね。実際の目論見がどうあれ、話し合いを進めるなら誰にとっても得がある結果1をテーマとして掲げるのは当然の選択だ。
けど、肝心のその議題に対して今の提案をされたら? 話し合いなんて成立すると思う?」
これこそが先に述べた欠陥。
そもそも話し合いにおける意義とは、参加者全員の目指す先が同じとなるよう纏めること。
今回の場合はそれが結果1となる訳だが、その結果1にするための最も簡単な方法がこれ――
――
獲物を狩る必要のない人狼ゲーム。タイムアップになったら全員に報酬が配られる。
そんな条件下でどうやって話し合いを進めるというのか。
そこまで理解した所で、しかし橋本が疑問を唱える。
「いや、つっても全員がそれに賛成するとは限らないだろ?
結果3を狙ってる奴だっているだろうし、優待者自身も自分だけポイントが多くもらえるがバレたくないって考える奴は居るんじゃないか?」
「関係ないよ。誰だって結果1と結果2、どっちを選ぶかってなったら大半は結果1を選ぶ。
全員が賛同を示さなくても、半数でも会話を放棄すればディスカッションなんて成立しやしないんだ。
碌な進展も無いまま最終日になれば、どうしたって結果1か2かの二択を迫られる。
例え優待者自身が集まらなかったとしても、それ以外の生徒が集まれば後は消去法で特定できるしね」
勿論、絶対に上手く結果1に導けるとは限らない。
中には他のクラスにポイントを渡したくないからと、優待者のいるクラス全員が集合を拒否する可能性だってあるだろう。
しかし、それでも結局皆が取るべき行動は変わらない。
この提案の後に食い下がろうとする者など、自ら結果3狙いと吐露するようなもの。
馬鹿正直にそんな者の会話に乗る者などいないだろうし、居たとしても少数。話し合いの破綻は目に見えている。
そこまで説明したところで納得の表情を浮かべるクラスメイト達。
しかしそんな中、まだ何人かの生徒達には疑問の表情が浮かんでいた。
「試験の理屈は分かったけどよ、それが勝てないって話にどう繋がるんだ?
話し合いが成り立たないって……言っちゃなんだが、それって
そんな彼らの疑問の声を、代表して問いかけたのは橋本。
彼が言う葛城の作戦――それは全てのグループで会話を放棄し、話し合いそのものを破綻させることで全グループを結果2に導こうというもの。
全クラスが得るポイントを平等にすることでクラス間の差を生じさせず、Aクラスのリードを保とうというのが葛城が提示した作戦だった。
確かにこの作戦も、今護と有栖が説明した話も、話し合いの拒否という点では同じに見える。
「そうですね。正直に言ってしまうと、今のお話と勝てないと言った理由について、直接の繋がりは有りません。
今回の説明で理解して頂きたかったこと――それはつまり、この試験において話し合いという手段はそもそも成立し得なかったということです」
まぁ、優待者を特定して見せた有栖がそれを言うのも説得力の無い話ではあるのだが……。
本来であれば、結果1にしようと誰かが提案した時点で詰んでいてもおかしくなかったのが今回の試験である。
「私が葛城君の作戦を受け入れた理由は二つ。
一つは私自身が自由に立ち回る為、向こうの提案を受け入れた上での対価という体裁が必要だったこと」
葛城の性格上、有栖が優待者を当てようとすれば黙っていなかったのは想像に難くない。
それを防ぐため、あくまで取引として行動を制限したのがまず一つ。
「そして二つ目が、そもそも葛城君の作戦を取るまでもなくこのような形式のディスカッション、成立する筈が無いと思ったからです」
もっとも、結果的にはどこのグループも解答時間にケータイを見せ合おうと提案した者は居なかったようだが。
1学年――Aクラスを除いたとしても120名。
本来であればその内の誰が提案してもおかしくはなかったのだ。
「さて、長々と語ってしまいましたが、ここで本題です。
私が何故、Aクラスが勝てないと言ったかですが――」
長い説明でそもそもの主題を見失いそうになるが、あくまでこれらは前置きに過ぎない。
この話の本題は先程橋本も言ったが、この状況で何故『勝てない』という発言に繋がるか、なのだから。
「――話し合いが破綻しても、全ての生徒がそれを受け入れるとは限りません。
結果1や結果2では、プライベートポイントを得られたとしてもクラス間の差は縮まらない。
むしろ賢い方である程、必ずこの状況でも抜け道を探そうとする筈です」
「抜け道って…………オイオイ、まさか」
どうやら何か気づいたのか、ハッとした表情を浮かべる橋本。
他にも数名、似たような表情を浮かべる者達が居るのを見て、有栖は笑みを浮かべる。
「どうやら気付いた方もいらっしゃるようですね。
そう、ディスカッションによる優待者の特定は不可能。それでも諦められない方はそれ以外の方法に縋るしかない。ではどうするか――
――簡単です。優待者の法則を見つけてしまえばいい」
その言葉に、橋本達数名の生徒は半ば予想していたのか薄い反応であったが、大半はピンとこないのか疑問気な表情を浮かべた。
「優待者の、法則?」
「この試験の優待者は、何らかの法則性によって選ばれているということですよ。真澄さん」
「……言葉の意味くらい分かるわよ。
私が気になったのは、そんなのホントにあるのかってこと」
「ええ、まず間違いなく。ですよね、護君?」
(何故ここで俺に振る……)
丁度デザートでも追加注文しようかとメニュー表を眺めていた矢先の事。
まるで見計らったように話題を振られた護は、億劫さを感じながらも顔を上げそれに答える。
「まぁ……わざわざグループに干支なんかを割り振ってるあたり、確実にあるとは思うよ。
さっきも言ったけど、この試験まともに話し合いをさせる気が感じられないからね。
何かしらの抜け道、用意してない方がおかしい」
「そういうことです。それがどのような法則か断定はできませんが、抜け道として用意しているならそこまで複雑な仕組みではないでしょう」
「いやいや、ちょっと待ってくれ」
そこまで聞いたところで、橋本が待ったをかける。
「複雑じゃないって言っても、簡単に解けるもんでもないだろ。
自分のクラスの優待者を見つけるのだって簡単じゃないんだ。仮に一人二人特定できたって、それだけじゃ確実な法則なんて解らないんじゃないか?」
「そう難しく考えるものではありませんよ。法則性を見つけるだけなら、やろうと思えば幾らでも方法はあります。
一番簡単な方法としてはそうですね……他クラスとの共闘でしょうか。
二つのクラスで優待者の情報を共有することができれば、法則なんて意図も容易く割り出せます」
「いや簡単って……他クラスと協力すること自体、そんな簡単な事じゃないだろう」
「不思議な事を言いますね、橋本君。むしろこれほど簡単な方法は無いでしょう。
裏切りが怖いというのであれば、無人島の時のようにしっかりとした取り決めをすればいいだけのこと」
「そりゃ理屈の上じゃそうかもしれないけどな……」
自信有り気に言い切る有栖に対し、なにやら納得しきれない様子の橋本。
他の皆もどちらかと言えば橋本と同じような反応を浮かべているが、正直護としては、皆がそのような反応をすることの方が意外だった。
(他のクラスと協力って、そんな難しい事かねぇ……)
この点に関しては、護も有栖の意見に同意するところだ。
なにせこの試験、法則の解明を抜きにしても二つのクラスで協力することの利点は大きい。
互いのクラスの優待者を当て合う、あるいは外し合うなどすれば事実上優待者の抱えるリスクはゼロ。それだけで十分なメリットだろう。
「それにこれはあくまで一例。やろうと思えば他にも方法はあります。
本人にその気さえあれば、優待者の法則を見つけだすことは決して不可能ではありません」
「……だったら、なんであんたはそうしなかったのよ?」
ふと、神室からそんな疑問が飛ぶ。
(あ、そこは俺も少し気になるわ)
話の腰を折るのもどうかと思い口には出さなかったが、内心そんな事を思う護。
実の所、護も有栖が何故優待者の法則を解こうとしないのかは知らなかった。
というか、そもそも護は今回の試験について有栖と話し合うこと自体していない。
彼女の発言と行動からある程度の意図は汲み取っているが、具体的にこの試験をどのような形に持って行きたいのか、細かい思惑などは把握していなかった。
「それについては、無人島でもお話した通りですよ真澄さん」
(無人島で……?)
何やら覚えの無い話題に、内心首を傾げる護。
しかし他の者達はなにやら思い当たる節があったようで、橋本が有栖に向かって問い返した。
「それって……葛城に言ってた、勝ち過ぎると他クラスに狙い撃ちにされるかもってやつか?」
「はい。もしこのように早期の段階から大差をつけてしまえば、他のクラスはAクラスこそが最大の障壁と認識するでしょう。
そうなれば、今後の試験でも狙い撃ちにされることは必至。苦戦は免れません」
その説明に「なるほど」と納得したように頷く面々。
しかし護は思った。
(……嘘だな)
護が知る坂柳有栖という少女は、ゲームの難易度が上がればむしろ燃えるタイプ。
他のクラスが徒党を組んで掛かってくるとしても、それで臆する性格じゃない。
この試験で勝つ気が無いのは本当だろうが、理由の部分に関してはおそらく嘘が混じっている。
まぁ、だからと言って追及しようと思うほどの関心は無い訳だが。
そう護が思う横で、有栖の説明は続く。
「今回の試験は、他のクラスがどこまで出来るかを見る良い機会です。
負けたとしても、それで
葛城君を含め、どうやら皆さん他のクラスを少々侮り過ぎているようですから」
「……つまり、危機感を煽る為にわざと負けるってこと?」
神室の問い掛けに、しかし有栖は首を横に振る。
「わざと負けるは少し違いますね。
私としては、葛城君の作戦が上手くいくならそれはそれで構いません。
こちらがリードしているこの状況でみすみす手をこまねいているだけなら、所詮はそこまでだったということですから」
有栖はこう言っているが、おそらく確信しているだろう。そうはならないと。
少なくとも約一名、確実に法則の存在に気付いている者が居る。
竜グループのディスカッション中、話し合いには参加しようとせず、むしろ周りに対して乱暴ながらに止めておけと話し合いの中断を促すまでした人物が。
「もっとも、どちらを望んでいるかと問われれば真澄さんの言葉も否定はできませんが。
失敗も後悔も……経験するなら取り返しがつく内にしておいた方がいいですから」
最後、そうして語った有栖の声音は、これまでの説明的な語り草とは少し違っていて、どこか実感が籠ったような呟きに聞こえた。
その違和感を感じたのは護だけではないらしく、小さな困惑を浮かべながら橋本が問いかける。
「……なぁ、やっぱ姫さん何か変わったか?
なんか今の台詞、葛城の成長を望んでいるように聞こえたぞ?」
「フフッ、それは少々好意的に受け取り過ぎですね。
私はあくまで、大局的な視点で考えようとしたにすぎません。この試験の結末を思い描いた時、もっとも実りの多い選択肢を選んだだけのこと。
彼がもし、この試験の結果からは何も得られず、今後も見積もりの甘い作戦を取り続けるというなら、指揮官の見込み無しと判断するだけです」
謙遜や照れ隠しにも聞こえる台詞だが、有栖の場合は本心から言っている言葉だろう。
もっとも、こうして成長の機会を与えているだけ、以前の有栖からは考えられない変化と言えるのだが。
「私からの説明は以上です。
皆さんも、この試験中は特に何かして頂く必要はありません。
ポイントが欲しいというのであれば強制はできませんが、私としては成り行きを見守りたいので、できれば静観して頂けると幸いです」
「ああ、分かったよ姫さん。皆も、それでいいよな?」
橋本の呼びかけに、皆も一様に頷く。
「では、食事を再開しましょうか。
護君、私もデザートを頼みたいので、メニュー表を頂けますか?」
「はいよ」
そして、以降二人は試験の話など欠片も口にはせず、適当な雑談を交わしながらデザートに舌鼓を打つと、すぐさま部屋へと戻っていった。
夏休みの締めくくりの水着回、開催するならどっちがいい?
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よう実4.5巻準拠。学内プールに行こう
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高専メンバー参加型。学外で皆と楽しもう