よう実×呪術廻戦   作:青春 零

69 / 80
69話 ゴリラ現る

 

 

 過酷だった特別試験も終わって数日が過ぎ、8月も下旬となったある日。

 この日護は有栖と共に、呪術高専へと訪れていた。

 

「……うん、大分良くなってきてるね」

 

 場所は医務室。そう言って声を発したのは、相も変わらず血色悪そうな色白の医師、家入硝子。

 今日は有栖の定期健診の日。

 彼女は手に持ったカルテをペラペラと捲りながら、対面に座る有栖に向かって言葉を続けた。

 

「この分なら、そろそろ軽めの運動も始めていってよさそうだ」

 

「もうですか? 随分と早いですね。

 たしか前に、普通に歩けるようになるのに早くて1か月くらいは掛かるって言ってませんでしたっけ?」

 

 丸椅子に座る有栖の後ろで、付き添いとして付いてきた護が本人に代わって問いかける。

 

「うん。だからもう1か月以上は経ったろ?

 ここまで反転術式による治療も問題なく機能してる。ここからは少しずつ運動量を増やして、体を負荷に慣らしていった方がいい。大分良いペースで快復してるよ」

 

 順調という割には何とも感情の籠らぬ淡白な態度だが、まぁこの人の場合はこれが平常運転である。

 

 何にしても、これはいい傾向だろう。

 思っていたより治療ペースが早い。護としてはもう少し時間が掛かるかと思っていたが、この分なら反転術式の治療も、その内必要なくなるかもしれない。

 

 僅かに遅れ実感が湧いてきたのか、有栖が家入に向かって頭を下げる。

 

「おかげさまで……ありがとうございます」

 

「どういたしまして。と言っても、私は経過観察をしてるだけなんだけどね。

 問題はこれからのリハビリかな。私もそっち方面は専門じゃないし、出来ればちゃんとした設備で専門のトレーナーについていてもらった方がいい。

 場所と人にアテはある?」

 

「そうですね……一応校内にはトレーニングジムも入ってますし、介助してくれるトレーナーも父に言えば手配してもらえると思います」

 

「トレーニングジムって……君らどんな学校通ってんの?」

 

 どこか呆れたように言う家入。彼女の呆気にとられた表情というのもまぁ珍しい。

 実際、トレーニングジムが入ってる学校なんて字面から見たら意味不明だろう。

 

「ほんと何なんでしょうね。あの学校」

 

 護としてはそう返すほかない。

 どこか遠くへ向けて諦観の視線を浮かべる護に、家入はなんだか面倒臭そうな気配を感じたのか早々に話を切り上げた。

 

「まぁいいや。それならリハビリに関してはそっちにお任せするよ。

 あまり焦って無理はしないことだね。ここで拗らせるとどうなるか分からないし。五条も最初の方くらい様子を見てて上げな」

 

「了解です」

 

 護としても元からそのつもりである。

 話しもそこそこに、その日の診療はそんな感じで終了した。

 揃って医務室を出たところで、護は軽く伸びをする。

 

「さて、と……んじゃ一旦帰るか。有栖も、ここに居たって暇だろ?」

 

 有栖の用事も済み、彼女としてはこれ以上ここに居る理由も無いだろう。

 そう思い問いかける護。すると有栖は一瞬思案気な表情を浮かべると、逆に問い返してきた。

 

「一旦ということは、護君はまだこちらに用事があるのですか?」

 

「ああ、午後から任務。まぁ今回は楓花も一緒だから、割かし軽めのやつだけど」

 

 楓花に呪術を学ぶ許可が下りたのが十日ほど前のこと。

 その間、真希やパンダ達に稽古をつけてもらい、最近では他の皆の任務に同行するようにもなっていた。

 あくまで、前線で呪霊を祓うのではなく補助監督の補佐役みたいな扱いとしてだが。

 

 すると有栖は、楓花の名前が出てきたことに怪訝な表情を浮かべた。

 

「鬼龍院先輩もこちらに来ているのですか? 来る時は一緒に居ませんでしたよね?」

 

「ん? そういや言ってなかったか……少し前から、楓花も本格的に呪術を学びたいって言ってきたんだよ」

 

「鬼龍院先輩が、呪術を?」

 

 僅かに目を瞠る有栖。

 驚くのも当然か。有栖にとって、楓花は呪術を習っては居てもどちらかと言えば自分と同じ側。事情を知っているだけの一般人という認識が強かった筈だ。

 ある意味自身と似た境遇の持ち主。それが本格的に呪術の世界に足を踏み入れようとしていると聞けば、何かしら思う所はあるだろう。

 

「で、夏休みの間はしばらくこっちで勉強することになったんだけど、毎日俺が送り迎えをするのも手間が掛かるだろ?

 だから、学外にある俺の部屋を貸して、休みの間はそこから通ってんだよ」

 

 ちなみに、高専と護のマンションを行き来する際の交通費等は兄が出しているとのこと。

 これを聞いた時、護はあの気配りが出来ない兄にしては珍しいと、驚いたものである。

 

「……つまり鬼龍院先輩は、護君のお部屋で寝泊まりしていると?」

 

「そうなるな」

 

 まぁ寝泊まりとはいっても、別に寝食を共にしている訳では無いが。

 護としても、ここ最近は仕事やら乙骨の特訓やらで自室で過ごす時間も減っていた。

 どうせほとんど使っていない部屋。その間、楓花に仮宿として提供するくらい別になんてことはない。

 

 すると、何故か神妙な表情を浮かべる有栖。

 なにやら「むぅ……」と考え込む有栖に、護は首を傾げながら問いかける。

 

「どうした?」

 

「いえ…………折角ですから、帰る前に一度、高専の皆さんに挨拶でもしていこうかと。

 このような機会でも無ければ、顔を合わせる機会なんてありませんから」

 

「そりゃ構わないけど……」

 

 わざわざ挨拶なんて、そんな律儀なことをするタイプだったか? と、思わず怪訝な視線を向けてしまう。

 

「なにか?」

 

「いや……わざわざ挨拶するほど仲良かったっけ? と思って……」

 

「護君、挨拶とは仲の良い者同士だからするものではありませんよ。仲良くしたい相手だから挨拶が必要なのです。

 将来の為にも、今のうちに呪術師の方とは少しでも顔を繋いでいた方がいいでしょうから」

 

「ふぅん……」

 

 まぁ確かに、一度この世界を知ってしまった以上、身の安全のため呪術師との繋がりを大事にしたいというのは分からないでもない。

 ただ何となく、護には有栖の行動の理由はそれだけでは無いような気がした。

 

 とはいえ、それもあくまで漠然とした感覚。

 明確な根拠もない為それ以上何か言うことも無く、護は有栖を連れて歩き出した。

 

「そういえば、学校の方は最近何か変わったことはあった?」

 

 歩きながら、雑談がてら最近の近況を訪ねる。

 

「そうですね……変わったことかはわかりませんが、ここ最近は占いに関する話題をよく聞きます」

 

「占い?」

 

「ええ。なんでも、よく当たると評判の占い師が夏休みの期間だけケヤキモールに来ているのだとか」

 

「占い師ねぇ……よくあの学校で営業許可を取れたな」

 

 世間一般において、占い師という仕事を胡散臭く思う人間は少なくない。

 ましてあの学校のように閉鎖的な環境で、そのような生業をしている人間が入れるとは少々意外だった。

 

「学校側も、生徒達の娯楽に関しては寛容なところがありますから。

 身元さえはっきりしていれば、営業する職種自体は厳しく規制していないのでしょう」

 

 娯楽に於いて、何が必要で何が不要かというのは区切りがつけにくいものである。

 他人からすればくだらなくても、当人にとっては生きがいであるというのはままあること。 

 そういう意味では、占いみたいなスピリチュアルな職業も、単に胡散臭いという理由で規制することは出来ないのかもしれない。

 

「そういうもんか……」

 

「ちなみにですが、護君としてはその占い師が呪術師であるという可能性はあると思いますか?」

 

 とはいえ、有栖としてもその占い師がマジモノ――つまるところ呪術師ではないかという懸念はあったのだろう。僅かな不安を滲ませながら問い掛けてくる。

 しかし護はそれに対しあっさりと即答した。

 

「ああ、それは無い」

 

「……随分とあっさり言い切るのですね」

 

「ケヤキモールにも俺の結界は張ってあるからな。もしその占い師が術式を使ってるなら、俺の結界が反応してる」

 

 以前の夏油のように、本人が呪力を隠しているなら護の結界は反応しないが、流石に術式を使ってしまえば呪力の漏出は誤魔化せない。

 

「少なくとも、その占い師がやってる占いは呪術とは関係ないよ」

 

 その占い師が実は呪詛師で、呪力を隠して潜り込んでいる可能性。

 ゼロとは言わないが、そんなのはそこらに居る通行人を疑うのと同レベルの話だ。

 そもそも良からぬことを考えている呪詛師が、そんな風に目立つ真似をするとも考えにくい。

 

「そうですか……それを聞けてホッとしましたが、少し残念な気もしますね。

 つまりその占い師に、未来を見通す力は無いということですか」

 

「そう馬鹿にしたもんでもないさ。呪術と関係無いって言っても、時代によっちゃ占いだってれっきとした学問の一つだった訳だしな。

 その占い師が統計学とかの学術的な見地から、客の未来を予測してるって可能性もゼロじゃない」

 

「……少し意外ですね。護君は、占いを信じているのですか?」

 

「信じてるって言うか……否定する根拠がないってだけだな。

 俺らが使う術式だって、具体的にどういう原理でその現象を引き起こしてるかって説明は出来ない訳だし。呪術によって出来ることが科学によって再現できないとも限らない。

 呪術じゃないってだけじゃ、他の神秘を否定する理由にはならないって思ってるだけだよ」

 

「成程、ある意味専門家らしい意見ですね」

 

「ま、気になるなら有栖も行ってみればいいさ。

 未来予知とまでいかなくても、評判の良い占い師ならそれなりに意義のある話は聞けるんじゃないか?」

 

 別に未来を言い当てるだけが占い師の仕事じゃない。

 本人の悩みを推測し相談に乗るというのも、占い師という売り方の一つである。

 

「そうですね……護君がご一緒していただけるなら考えますが」

 

「なんでだよ」

 

「その占い師の方は、二人一組でないと占って頂けないそうなので」

 

「……遠慮しておく」

 

 それ完全に恋愛相談とかそっち系の占い師だろう。

 そんな所に有栖と行ったら、周りにどう噂されるかなど目に見えている。

 

「フフッ、では私もやめておきます。

 仮にその占い師に未来を見通す力があったとしても、おそらく私が聞きたいお話は聞けないでしょうから」

 

「…………そう?」

 

 そんな風に雑談を交わしながら廊下を歩く二人。

 相も変わらず人気のない静かな校舎。しかし、程なくして校舎を出た所で、眩しい日光の中、一人の青年が歩いてくる姿が目に入った。

 

 平安貴族が着ている狩衣のようにデザインされた高専制服。

 両サイドでおしぼりのように結わえた特徴的な前髪。

 

 護は見知った姿を見て、その人物の名前を呼んだ。

 

「あれ、加茂さん?」

 

「君は……護君か」

 

 向こうもこちらに気が付いた様子で、足を止める加茂。

 

「お知り合いですか?」

 

「ああ、俺や真希さんと同じ御三家の術師で、京都校の生徒」

 

 隣で問いかけてくる有栖に答えていると、再び歩き出した加茂がこちらへと近づいてくる。

 

「久しぶりだね。護君。

 新年の会合以来だから、八カ月ぶりかな……そちらは?」

 

 見た目からして一般人の出で立ちである有栖が気になったのだろう。訝し気な表情を浮かべながら問いかけてくる加茂。

 

「今通ってる学校のクラスメイトです。

 以前ちょっとした事件に巻き込まれた関係で、偶に家入先生に診てもらってるんです」

 

「初めまして。坂柳有栖と申します」

 

「そうか……呪術高専京都校2年、加茂憲紀(かものりとし)だ。初めまして」

 

 そう言って、簡単に自己紹介を交わす二人。

 挨拶も終わったところで、護は加茂へと問いかける。

 

「今日はどうしたんですか?」

 

「楽巌寺学長の付き添いだよ。交流会の打ち合わせでね」

 

「ああ……」

 

 そういえばそんなのもあったなと納得する護。

 今年は京都での開催だから、てっきり打ち合わせも京都でするものと思い込んでいた。

 

「けど付き添いって言うなら、学長の傍に居なくていいんですか?」

 

「そうなんだが、少し問題が起きてね……つかぬことを聞くが、君達この辺で変な髪形のゴリラを見なかったか?」

 

「変な髪形の?」

 

「ゴリラですか?」

 

 何のこっちゃと、揃って疑問符を浮かべる護と有栖。

 だが少し考えた所で、ふと護の中に該当しそうな人物が思い浮かぶ。

 

「夜蛾さんを探してるんですか?」

 

「いや違うが。というか君、夜蛾学長に対してそんなことを思っていたのか?」

 

「いや、別に変な髪形とかは思ってないですよ。ただ言われた印象からパッと思いついただけで」

 

 護としては悪口とか実は嫌っていたとかそんなつもりは全く無く、ただこの状況で加茂が探していそうな人で、かつ見た目的にゴリってる人がその人だっただけである。

 

「それはそれで失礼だと思うが……そうじゃなく、私が探してるのはウチの生徒だ。

 少し目を離した隙に居なくなってしまってね。どこぞで問題を起こす前に早めに確保したい」

 

「……物言いが本当に猛獣に対するそれですね」

 

「だな。なんでそんな問題起こしそうなゴリラ連れて来たんですか?

 というかゴリラって比喩ですよね? まさかガチのゴリラ?」

 

 何気に身近にリアルパンダが居る身としては、その生徒とやらが本物のゴリラである可能性も否定しきれない。

 

「一応ちゃんとした人間だ……一応」

 

((一応って二回言った))

 

「こちらも連れて来たくて連れて来た訳じゃ無い。

 正直私も、学長の付き添いというよりは勝手についてきたアイツの御目付け役として選ばれたようなものだ」

 

 そう言って、深々と溜め息を吐く様子からは心底疲れたという雰囲気が漂っていて、護は何とも言えぬ親近感が湧いた。

 

(なんか、今の加茂さんなら前よか仲良くできそうな気がするわ)

 

「ともかく、今言った特徴の男が居たら教えてくれ」

 

「はぁ、わかりました」

 

 急いでいるのか、加茂はそれだけ言い残すとさっさと他の場所へと探しに行ってしまった。

 その後ろ姿を見ながら、有栖がポツリと言う。

 

「……どこの学校にも、変わった方は居らっしゃるのですね」

 

「それ、育校も例外じゃねぇからな?」

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

 運動場へ着くと、そこには狗巻とパンダ、楓花の三人が階段に腰を掛けながら話し込んでいた。

 

「明太子、おかか……ツナ! 高菜高菜」

 

「ふむ……つまり呪言で発現できるのは単一的な命令のみで、複数の文節からなる命令は強制できないんだな?」

 

「まぁ、絶対無理って訳でもないんだろうけど単語一つだけでも結構な反動があるからな。

 下手に細かく命令しても、上手く動作するか分からん上にリスクがデカい」

 

「しゃけ」

 

「中々に使いどころが難しいな。やりようによっては、催眠術のように相手の無意識に命令を刷り込んだり出来ないかと思ったんだが、流石にそのような使い方は無理か……」

 

「えげつな……」

 

「しゃけ」

 

「呪いを生業とする呪術師が何を言う。言葉一つであらゆる命令を強制できるというんだ。

 警戒の意味も兼ねて、こういった利用法は思いついてしかるべきだろうに」

 

「おかか」

 

「ん? いやなに。お前が良からぬことに使うと警戒してる訳じゃ無い。

 呪詛師や呪霊の中に言霊を操る敵が出てこないとも限らんだろう? 身近に使い手が居るのだから、参考として対策は講じておくべきだろうと、そういう意味だ」

 

「こんぶ」

 

「……ていうか、すげぇな楓花。もう棘の言葉が分かるようになったのか?」

 

「いや、流石に完全にはわからんさ。

 狗巻も割と感情表現は豊かだからな。本人の雰囲気と語彙のパターンから、大まかな意図を汲み取っているにすぎん」

 

「しゃけしゃけ」

 

「こちらを褒めるより、お前はもう少し自分で工夫しようと思わないのか?

 筆談用のメモを持ち歩くなり、やりようは色々あるだろう」

 

「すじこ」

 

「キャラが薄くなる? 君はコメディアンでも目指しているのか?」

 

「……いや、普通に会話できてね?」

 

 

 

 ――遠目に、そんな三人のやり取りを眺める護と有栖。

 二人はその光景を眺めながら、どういうリアクションをしたらいいか分からず困惑した表情を浮かべた。

 

「……随分と、馴染んでますね」

 

「だな……」

 

 前半部分の会話はあまり聞こえなかったが、こうして遠目に見ているだけでも本当によく馴染んだものだとそう思う。

 元より癖の強い者同士、楓花と高専の皆との相性は悪くないと思ってはいたが、それにしたってこの短期間で溶け込み過ぎだろうと。

 

 別にそれ自体は悪い事ではない。悪い事ではないのだが……。

 ただなんというか……今のあの光景を見ていると、漫画でクールな頭脳派だったキャラが突然ギャグ時空に落ちたかのような、そんな気分にさせられた。

 

 ともあれは二人は近づきながら、三人の後ろから声を掛ける。

 

「君ら、随分と打ち解けたな」

 

「む、護か」

 

「オッスゥ~」

 

「しゃけ」

 

 こちらに気づき、揃って挨拶を返してくる三人。

 護は軽く手を挙げ応えると、その隣で有栖も挨拶を述べた。

 

「お久しぶりです。皆さん」

 

「おう、有栖も久しぶりだな。今日はどうした? デートか?」

 

「はい」

 

「違ぇよ」

 

 初っ端からふざけるパンダと有栖に対し、流れるようにツッコミを飛ばす。

 声を荒げるでもなく、事務処理でもこなすような淡々としたツッコミ。

 我ながらこのノリにも随分慣れてしまったものだと諦観の念を抱きながら、護は言葉を続ける。

 

「ただの定期健診だっての。今しがた、家入先生に診てもらったとこ」

 

「おかげさまで、順調に快復しているとお墨付きを頂きました」

 

「お~、そりゃよかったな」

 

「しゃけ」

 

 呑気に祝いの言葉を述べるパンダと狗巻。

 その一方で、楓花は有栖に向かって疑問気に問いかける。

 

「ふむ……それは結構なことだが、わざわざそれを報告しに来た訳でも無いだろう?

 何か用事でもあったのか?」

 

「用事と言う程ではありません。折角高専へと来たので、皆さんにご挨拶をと思ったまでです」

 

「それだけか?」

 

「はい」

 

 ニコニコと笑みを浮かべる有栖に対し、こちらも笑みを浮かべながらどこか探る様な視線を向ける楓花。

 何故だろう。護は一瞬、微笑み合う二人の間に火花が散ったような気がした。

 

 なんとなくあまり触れない方がいい気がして、話題を逸らす意を込めてパンダへと話しかける。

 

「そういや、乙骨君と真希さんは?」

 

「二人は任務だ。ちょっと遠出になるから、2、3日くらいかかるかもって言ってたぞ」

 

「そうか……」

 

 そうなると、しばらく特訓は無理かと独り言ちる。

 僅かに湧き上がる残念な感情。なんだかんだ、自分も乙骨の成長を見るのを楽しんでいたのだなと、護は内心で小さく苦笑した。

 

「そういや聞いたぞ。憂太の奴、今度の交流会に出るんだって? 護が最近鍛えてたのもそれが理由だろ?」

 

「あぁ、聞いたんだ? 

 ま、そういうこと。交流会までに、出来るだけ乙骨君を鍛えるよう言われてたんだよ」

 

「真希の奴、不満そうだったぞ。憂太を出すなら自分も出せって」

 

「あー……やっぱり?」

 

 交流会は、術師にとっては他の術師に自分の実力を見せるアピールの場でもある。

 実家との確執で4級という、実力以上に低い立場にいる真希からすれば、可能であるなら自分が出場したかったことだろう。

 

 そう思ったからこそ、護も自分の口から交流会のことを伝えるのは控えていた訳だが。

 

「出るからには半端な戦いすんなって、憂太に発破かけてたわ」

 

「そりゃご愁傷様だ」

 

 乙骨にしてみれば知らない内に出場が決まっていた上に余計なプレッシャーまで掛けられて、とばっちり以外の何物でもないだろう。

 

「真希なりの激励みたいなもんだけどな。で、護から見て憂太はどんな感じだ?」

 

「どんなって……まぁ、筋はかなり良いと思うよ。

 元々使ってない呪力が多かったってのもあるんだろうけど、思ったより成長ペースが早い。

 今の時点でも、2級呪霊()()なら単独で祓える力はあるんじゃない?」

 

「マジか。確かに最近は動きもよくなってたけどなぁ……」

 

「しゃけ」

 

 程度と言ったが、2級は術師の等級として決して低くない。多くの術師が2級あるいは準1級で生涯を終えるこの世界。

 呪術を覚えて高々数カ月であることを考えたら、破格の成長速度と言えるだろう。

 

(なんなら、出力だけ見れば準1級も行けそうな気はするけど。

 流石に術式持った相手とやるには不安があるし、その辺りが妥当だろ)

 

 ――と、内心でそんな分析をしていると、楓花が会話に交じってくる。

 

「等級か……たしか狗巻が2級術師だったな。

 正直未だにピンとこないんだが、学生で2級というのはどれほどのものなんだ?」

 

「学生で2級なら、充分以上に優秀ってレベルだな。任務の単独活動が許されるのも2級からだし。ある意味、術師として一人前の境界線って感じか?」

 

「しゃけ」

 

 楓花の説明に答えるパンダ。

 護はそれに頷きながら、ついでにと補足を述べる。

 

「とはいえ、等級が必ずしも実力を表してる訳じゃ無いけどな。

 例えば2年に秤って先輩が居るんだけど、あの人なんかは上に睨まれてるから昇級出来ないだけで、実力だけなら間違いなく1級。瞬間的な出力なら特級にも食い込む実力はある」

 

「ん? 護って秤に会った事あんの?」

 

「ああ……去年、あの人が1年の時にな。兄さんに紹介されて模擬戦をやらされた。

 ――向こうの領域を防いではいけないって特別ルールでな」

 

「うわっ」

 

「ツナ」

 

 どうやら、パンダと狗巻も秤の術式は知っているらしい。

 そのルールの無茶っぷりを理解したのか、ドン引きした表情を浮かべる。

 

「ちなみに、勝ったのか?」

 

「アレを殺さずに制する手段があるなら教えてくれ。

 しかもノッてる日だったのか、あの人ぽんぽん大当たりトばしてくるし。7(ラウンド)目でこっちの呪力が切れて負けたわ」

 

「お前が負けたのか……!?」

 

 夏油との戦いぶりを知っているからか、楓花と有栖が驚いた表情で見てくる。

 護にとっても苦い思い出だ。本気の殺し合いだったならば他にもやりようはあったと思うが、結局そんなのは言い訳にしかならない。

 相手に有利なルールであっても負けは負け。

 次にやる時が有ったら、必ずや雪辱を晴らす所存である。

 

「2年の秤か……一体、どんな人物なんだ?」

 

「馬鹿」

 

「馬鹿だな」

 

「しゃけ」

 

「……そうか」

 

 即答する護、パンダ、狗巻を見て微妙な表情を浮かべる楓花と有栖。

 もっと他にコメントは無いのかと言いたげだが、生憎あの男を一言で言い表すなら本当に馬鹿とかゴリラとか、そういった言葉しか思い浮かばない。 

 ふと、そこで思い出す。

 

「そういえば……君らこの辺りで変な髪形のゴリラ、見なかったか?」

 

「正道なら交流会の打ち合わせじゃないか?」

 

「ンン゛ッ……!」

 

 パンダが速攻で学長の名前を出した瞬間、有栖が吹き出しそうになっていた。

 まさかのリアクションに、意外そうな目を向けるパンダ達。

 

「ど、どうした?」

 

「っい、え……失礼、しました。先程似たやり取りを見たので、つい……」

 

 どうやら繰り返し似たようなやり取りを見たことで、有栖の中でツボに入ったらしい。

 護は珍しい物を見たと、肩を震わせる有栖を横目で見ながら、ともかく話しを続ける。

 

「いや学長じゃなく。さっき加茂さんに会ったんだけど、何か向こうの生徒とはぐれたらしい。

 特徴に関しては今言った通り。ゴリラとは言ったけど、一応? 人らしい」

 

「ほぉほぉ、変な頭のゴリラねぇ……」

 

「いや、変な頭じゃなく変な髪形な?」

 

 その言い方じゃあ頭のおかしいゴリラになってしまうだろう。

 加茂の話しぶりからしてあながち間違っていないのかもしれないが。

 

「それって……もしかしてあんな感じか?」

 

「ん?」 

 

 明後日の方向を指さすパンダ。

 護達は揃ってそちらを向くと、大分離れた場所で一人の男がこちらへ向かって歩いている姿があった。

 

「お前、よく気付いたな?」

 

「鼻がいいからな」

 

 得意気に胸を張るパンダ。護はそんなパンダを他所に、近づいてくる男を観察する。

 

 高身長。高専制服の上からでも分かる筋肉質な体形。そして曼殊沙華のような形に結わえた特徴的な髪型。

 遠目に見た限りでは、確かに加茂の言っていた特徴は合致している。

 

 そうしてその男は、ある程度近づいたところで、大きな声を張り上げた。

 

「たのもぉ! ここに、乙骨憂太は居るか!」

 

 

 

 




 水着回を期待していた方々、申し訳ありません。
 最初は水着回を書き進めていたんですが、ただ色々と時期的な事を考えたら、今回のエピソードを差し込むタイミングが夏休み中しかないことに気付いたため、先にこちらの方を優先させて頂きました。

 本当は東堂とのやり取りも全部書いて投稿したかったんですが、ちょっと長くなりすぎてしまったので、一旦キリの良さそうな所で分割させて頂きました。
 
 水着回に関しては次々回71話にて投稿予定です。


 本作における独自解釈部分。

1.秤の等級に関して
  正式な等級は原作において未公開。
  ただ作中において1級最強が日下部さんと言及されていたこと。上層部から嫌われていたことを踏まえ、多分正式な1級術師の資格は貰えてないんじゃないかと勝手に推測しました。

2.パンダ達と京都校の面識
  原作において東堂と面識があったパンダ達ですが、いつ邂逅したのかは不明だったため、交流会前後が初対面ということにしました。
  アニメじゃ、パンダが交流会の打ち合わせに東堂が来ているのを予想してるっぽい口振りでしたし、多分あの人2年時にも襲撃掛けたんじゃねぇかなと。


Q.有栖さん、何がしたくて皆の前に顔出したん?
A.本人も明確な理由は自覚してない。ただ、なんとなく楓花さんに先を越されたような気がしたから。護君との距離を縮める為、自分も少しでも高専との繋がりを深めておきたいと思った。

Q.護君、夜蛾さんの事嫌いなん?
A.別に嫌ってないし、むしろ大人としては尊敬してる。
  作中でも書いたけど本当に悪気は無く、パッと思いついた印象で答えただけ。


 予告、次回の最後にちょっとしたホラー描写あり。

夏休みの締めくくりの水着回、開催するならどっちがいい?

  • よう実4.5巻準拠。学内プールに行こう
  • 高専メンバー参加型。学外で皆と楽しもう
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。