よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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7話 銀髪少女とのお茶会

「護君のおかげで、有意義なお話が聞けましたね」

 

「そうかい」

 

 職員室での対談の後、かねてよりの約束通り、二人は学内にあるパレットというカフェに来ていた。

 入学初日ということもあって浮かれている生徒が多く、店内はかなりの賑わいを見せていたが、幸いにも隅の方の席が空いていたので、そこに座り注文を頼んだ。

 

 有栖の前には紅茶とモンブラン。護の前にはコーヒーとミルフィーユ。

 ゆっくりケーキを口に運ぶ護に対し、有栖が声を発した。

 

「退学に関する質問はなかなか面白かったですね。護君も気付いたのでしょう?」

 

 その口振りから、どうやら有栖も護と同じことに気付いたらしい。

 

「退学取り消しには、ポイント以外の何かが必要ってこと?」

 

「はい。そしてその何かが、おそらくはクラス間の優劣を決める存在だと私は考えています」

 

「だろうね」

 

 ここまでほぼ確定している情報として。

 1、配布されるポイントは成績によって変動する。

 2、クラス毎に順位がつけられている。その順位にはポイントが関連している。

 3、個人に配布されるポイント以外に、何らかの重要な項目が存在する。その存在が退学取り消しにも必要となる。

 

 ここまで考えれば3番の重要な何かがクラス順位にも関わっているのは、簡単に考えが及ぶ。

 

「個々人のポイントの合計で、クラスの順位が決まる可能性も0ではありませんが、クラスの評価によって、個々人のポイントが決定されると考える方が自然でしょう」

 

「例えばクラス評価100なら10万ポイント。0なら0ポイントって感じだろ?」

 

「はい。そしておそらくそのクラス評価に相当する数字が、退学取り消しを行う場合にも必要となるといったところでしょうか」

 

「そうだろうね。確証がないから断定はできないけど、確率的には十中七か八くらい?」

 

 ほぼ確定とはいえ、十中八九というには少し弱い。それくらいの数字が妥当だろう。

 

「フフ、私と同じくらいの見積もりですね。やはりあなたはいい。

 本題に入りましょう。護君は、Aクラスにリーダーが必要とは思いませんか?」

 

(やっぱり、そういう話か……)

 

 概ね予想通りの用件に対し、護は内心で面倒臭いと思いながら、それが表情に出ないよう誤魔化すようにコーヒーを口に運ぶ。

 どう答えるべきかと考えながらゆっくりとカップを置き、ようやく護は口を開いた。

 

「……わからん」

 

「おや、どうしてでしょう。ここまで考えれば、いずれクラス間での競争が起こるのは明白です。

 その時のためにクラスを纏める指導者が必要とは思いませんか?」

 

「その競争で勝っていこうと思ったら、リーダーも必要だとは思う。

 ただ、現状そのクラス間の争いで負けた場合、どういうペナルティがあるのかわからないからな。どうもモチベーションが上がらない」

 

 護にとって、一番に優先すべきはこの学校内の呪霊討伐である。

 非常時の時に学校を休む時もあるだろう。そういういざというときのために、できるだけポイントは必要とするところだが、その結果仕事の方が疎かになるようでは本末転倒だ。

 クラス間の争いなど積極的に関わろうものなら、間違いなく時間と労力を浪費することになる。

 

「クラス間の争いに負けた結果、退学となる事態も発生するかもしれませんよ?」

 

「そこなんだよなぁ……」

 

 普通に考えるならば、流石に退学処分はないと思いたいところであるが、護は校内にいる呪霊の多さを知っている。

 

(あれだけの呪いが蓄積している以上、それなりのペナルティがあると考えるべきか)

 

 今にして思えば、この学校の希望の進路にほぼ100%答えるという謳い文句も、当初は誇大広告のキャッチコピーと思っていたが、そもそも卒業できる生徒が少ないとするならある意味納得できる。

 

(……術式を使えば確認もできるけど、そこまでするのもな)

 

 その気になれば、教師の会話を盗み聞きすることなどたやすい。しかしながら、そこまでするのは大げさすぎるようにも感じた。

 

(答えなんて、半分以上出ているようなもんだし)

 

 そもそも、時期が来ればいずれ学校側から説明されるだろうことの確認に、わざわざ手間をかけるのも馬鹿馬鹿しい話に思えた。

 

「そうだな。リーダーは必要、そこは認めようか。

 だとして、有栖さんは何が言いたいわけ? 自分がリーダーになるのを手伝ってくれとか、そういう話?」

 

「話が早くて助かります」

 

「やっぱりそういう話か。

 ……葛城君だっけ。彼に任せればいいんじゃないの?」

 

「そうですね。確かに彼の統率力は見事でしたが、彼では人を纏めることしかできません」

 

「というと?」

 

「あくまで私の所感ですが、葛城君は与えられた問題に対し答えを出す能力はあるのでしょう。

 しかし、そこに敵対者の存在があるとき、彼は相手の動きを想像できない」

 

「ん……まぁ、生真面目そうではあったかな。

 確かに腹芸が苦手そうではあるか」

 

「でしょう? 護君が説明するまで、彼を含めクラスの中に学校のシステムについて、疑問を持った様子の方はいませんでした。私以外は」

 

「よく、そこまでわかるな?」

 

「フフ、人を見る目には自信がありますから」

 

 得意げに笑うその様子は自信に満ちており、適当な推察を口にしているわけではないことが窺い知れる。

 護は表情にこそ出さなかったが、内心で素直に舌を巻いた。

 

 クラスメイト一人一人の様子、葛城の人物像。

 護も観察力ならばそれなりに自信はあるが、対人に関する洞察力ではおそらく有栖に及ばないだろう。

 

「しかし私は頭脳には自信がありますが、身体能力に関しては著しく制限があります。ですから代わりに動いてくれる方が必要なのです」

 

「要は、便利な手駒が欲しいってことね」

 

「手駒とは人聞きが悪いですね。しいて言うならば側近、いえ手足でしょうか」

 

「ま、呼び方は何でもいいけど、どうして俺な訳?」

 

「一目惚れ、と言ったらどうします?」

 

 有栖は被っていた帽子をとると、その帽子で顔の下半分を隠し、上目遣いに護を見つめた。

 普通の年頃の青少年であれば、庇護欲をそそられ動揺してもおかしくない仕草。

 

「はい、ダウト」

 

 しかし、護はそんな坂柳の言葉をぶった切った。

 

「……ひどいですね。これでも自分の容姿には自信があったのですが。護君は、女性に興味はないのでしょうか」

 

 全く動じない様子の護を見て、流石の有栖も笑顔を引っ込めて、ほんの少しばかり不満げな様子だ。

 

「別に興味がないわけじゃない。有栖さんのことも、普通に可愛い娘だとは思ってるよ」

 

「それは……ありがとうございます」

 

 面と向かって言われるのは慣れてないのか、有栖の頬に本当に僅かだが朱がさした。

 

 有栖には知る由もないことだが、護が一々からかわれても動じないのは理由がある。

 

 そもそも呪力というのは、感情から生まれる力だ。故に呪術師にとって、精神鍛錬は基礎的な要素。

 加えて護が保有する術式は、感情のムラによって精度が大きく増減しかねない性質を持つ。

 

 そんな術式を持つ護は、幼い頃から精神修行を欠かしたことはない。

 わざとらしい仕草で動揺するほど、脆い精神構造はしていないのだ。

 

「で、結局なんで俺なの?」

 

「そうですね、一目惚れというのはあながち嘘でもないんですよ。

 先ほども言いましたが、私は人を見る目には自信があります」

 

 有栖は一度話を区切ると、紅茶を飲んで喉を潤した。

 

「初めて護君を見たとき、あなたの目には同情も、見返りを期待する気持ちもありませんでした。

 あなたは人を助けるのが当たり前のことだと思っている。

 純粋な善意で動ける人は貴重です。裏切られる心配がありませんから」

 

 いい話をしているようだが、護は有栖の話に込められている真意を正しく把握していた。

 意訳すると、お人好しは扱いやすいから味方にするにはちょうどいい、ということである。

 

(貴重ねぇ……割とざらにいると思うんだが)

 

 呪術師という人種は外道が多いが、逆に良心を備えた呪術師なら、割と当たり前のように人を助ける。

 誰を救って誰を救わないか。命の取捨選択をすることなんて珍しくもない。

 そんな環境に慣れてしまえば、高々階段上るのを手伝うくらいで打算も何も考えはしない。 

 

「加えて、ホームルームでの護君の推理はお見事でした。

 その他大勢のクラスメイトよりも、私はあなたが欲しいと思いました」

 

(その他大勢って、割とひどい言い草だな)

 

「護君、あなたには才能が有ります。人の上に立てるだけの能力が。

 私と一緒に、まずはAクラスをまとめ上げ、一緒にその才能を活かしませんか?」

 

(なにこれ。テロリストとかカルト宗教の誘い文句?)

 

 そんなことを考えながらも、しかし護は内心で、そう悪い話ではないと思っていた。

 

(現状、学校のシステムが不透明な以上、最悪を想定するべき)

 

 護にとっての最悪とは、退学がペナルティに据えられていることだ。

 もとよりポイントの確保も必要な以上、クラスの活動に協力することも、ある程度仕方がないと割り切っている。

 そうなると次に考えるべきは、有栖の指示に従うか否かである。

 

 クラスに協力することを前提とした場合、次に護にとって不都合なのは、葛城、有栖の両名から頼られることである。

 ならば葛城をリーダーに据えればいいか、と考えるとそうでもない。

 

 既に有栖と護の間には関わりができてしまった。他のクラスメイトからもある程度親しい関係と見られているだろう。

 そうなると、有栖はどうするか。簡単である。身体能力を逆手に取り、迫るだけでいい。

 

 護自身、有栖が強かな人間であることを知ってはいるが、実際に身体能力のハンデがあることも事実である。いざ頼られてしまえば、護はそれをはねのけることはできない。

 仮にできたとしても、クラスメイトからの顰蹙(ひんしゅく)を買い、不和を招くことになる。

 

 実際に有栖が優秀な人間であることは理解できた。

 護にとって、ここで有栖との協力体制を築くのは、決して悪くない提案だった。 

 

 ただ一点を除けば。

 

(けどまぁ、少し気に入らないか)

 

 有栖を見つめる護の目つきが、僅かに細くなる。

 有栖も、護の雰囲気の変化に気が付いたのか、訝しげな表情を浮かべた。

 

「……才能って言ったけど有栖さんはさ、天才ってどういう人間だと思う?」

 

「そうですね。……優れたDNAを持っている人間だと思います。

 突然変異か、優秀な親から受けついだ血統か。それらを持たないものが、どれだけ環境に恵まれ努力を積もうと超えられない存在。

 それこそが天才であると思っています」

 

 突然振られた話題であるにも関わらず、有栖の返答は淀みなく、それが彼女の生来から抱える信条なのだろうことが察せられた。

 

(この娘、呪術師に生まれなくてよかったな)

 

 もしも有栖が呪術師の家系、それも御三家にでも生まれてきたなら、きっと()()()呪術師になっただろう。

 だが、血筋だけで実力が決まるほど呪術の世界も甘くはない。名家に生まれて落ちこぼれと呼ばれる人間だっているのだ。

 もしも有栖がそうなったならば悲惨だろう。おそらく彼女は、そんな自分に耐えられない。

 

「ま、そうだね。努力を積んでも超えられない存在、って辺りは同意するよ」

 

「フフ、やはり私たちは気が合うようですね」

 

 護の言葉に、気をよくした様子の有栖だが、護はそんな有栖の様子が気に入らなかった。

 自分はあなたと同じだと、あなたのことを理解していると、そう言っているようで。

 

 だからつい、言ってしまった。

 

「けど君、本物の天才って見たことないだろ?」

 

 そう言われた瞬間に、今度は有栖の方から、険呑な雰囲気が発せられた。

 

「それは少し聞き捨てなりませんね。護君から見て、私は才能が無い人間でしょうか?」

 

 護はその様子を見て、口が滑ったことを自覚し、すぐに謝罪を口にした。

 

「ああ、気を悪くしたなら悪い」

 

 別段、護に有栖を貶そうとする意図はなかった。

 ただ、気に入らなかったことは事実である。

 他者が天才を自称することに興味はない。勝手にすればいい。

 しかし自分に才能があるなどと、見当違いの評価を下されることは、護にとって不愉快だった。

 

「俺はさ、本物の天才と呼ぶべき人間を一人知っている。

 だから天才とか才能とか言う言葉は、俺に対して軽く使ってほしくないんだよ」

 

 有栖から発せられる威圧感など、護にとってはそよ風のようなものだ。力強い瞳で見つめる有栖に対し、護は真っすぐと見つめ返した。

 

 ムキになっているかもしれないという自覚はある。だが、護にとって天才という言葉が相応しい人間はただ一人であり、それを譲るつもりは決してなかった。

 

 

 

 護は知っている。どれだけ努力しても追いつけない存在を。

 

 物心がついたころから、その姿を見てきた。

 

 子供が決して届かぬ空へと手を伸ばすように、護にとっての空はその人だった。

 

 自分が天才ではないことを、護は知っている。

 

 その称賛が与えられるべき者を、神に選ばれたと呼ぶべき存在を、護は知っている。

 

 

 

 

 10秒か、20秒か。

 しばらくの間見つめ合っていた二人だったが、次第に有栖の視線から力強さは消えていき、睨みつけるようなものから、呆けたような表情へと変わっていった。

 そして最後には、なぜか悔しそうに唇を噛んで目を伏せた。

 

 有栖は人の表情を読むのが得意と言っていたが、ならば彼女は、護に対して何を見たのか。

 

「……いいでしょう。俄然、私はあなたが欲しくなりました」

 

「いや、なんで?」

 

 突然の有栖の様子の変化に、護はただただ疑問符を浮かべた。

 

「今はまだ、側近として傍にいてほしいとは言いません。

 けれどお友達として、学校の生活を助けてくれる分にはいいでしょう?」

 

 いつの間にやら、なぜか自己完結している有栖。護は彼女の中でどういう思考が流れたのかと、呆気にとられる。

 

(いやまぁ、協力する方向で考えは固まりかけてたし……)

 

 護としても、クラスメイトとの間に軋轢(あつれき)を生むのは本意ではない。それは入学前に兄から言われた言葉が関わっている。

 

(兄さんは、パイプを作りたいと言っていた)

 

 それはきっと、学校の上層部との繋がりという意味で、護がこの依頼を受けた時点で、半ば目的は達していている。

 しかしこの学校が将来の有力者を育てている以上、ここで構築した人間関係が将来的に役に立つ可能性は大いにある。

 打算的な考えだが、そう考えるなら有栖との親睦を深めるメリットも生まれてくる。

 

「わかった。けど、何でもかんでも俺に頼らないでくれ。他の人で済むなら、他の人に頼んでくれよ」

 

「では、よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく」

 

 そう言って、二人は握手を交わした。

 

(色々あったが、どうにか上手くまとまったか)

 

 友人として有栖に接する機会は増えそうだが、今日ほど粘着質に付き纏われることもなくなるだろうと、護はほっと一息をつき――

 

「それではこれから、一緒にお買い物に行きましょうか」

 

 ――有栖の言葉で、思考が停止した。

 

「は? いや用事はもう終わりだろ?」

 

「護君は、私が一人でお買い物ができると思いますか?」

 

「……無理、だな」

 

「これからの学校生活に、必要な物も色々と買わなくてはいけません。お友達として、勿論ついてきてくれますよね?」

 

(いや、まてよこれ。もしかして、しばらくずっとこんな感じ?)

 

 少なくとも、他に私生活をサポートしてくれる友人が現れない間は、間違いなく頼られることになるだろうと、確信に近い予感を感じた。

 

「……ああ、わかった」

 

 結局、護はおとなしく首を縦に振るしかできなかった。

 




 今回の話、途中からどうしてこうなった。と考えながら書いていました。

 坂柳さんとの絡みが、ほんと自分でも想定外の方向に転んでしまった。
 才能にコンプレックスを抱く護君と、才能至上主義の坂柳さん。このあたりの絡みはいずれ書こうかとは思っていたけど、こんな序盤で書く気はなかった。
 
 いや、今後の展開どうしよ。クラス内の二人の立ち回り。全くノープラン。

 とりあえず、しばらくは護の仕事風景や日常生活を中心に描くことになるとは思いますが、その間にテストとか次の大きなイベントについても考えていきます。


 ちなみに明日は、ちょっと投稿できるかわからないです。
 本当なら、次話を書くつもりだった時間で、ずっとこの話を修正していたので、何を書くかは考えてはいますが、全く進んでいません。
 できるだけ頑張っては見ますが、多分無理かもです。


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