時刻は少し遡り。
場所は学校。夏休みで人気の無い校舎の中を一組の男女が歩いていた。
男の方はこの学校の生徒会長。眼鏡の奥で鋭い目つきが光る利発そうな男子、堀北学。
その隣を歩くのは、お団子に纏めた紫色の髪が特徴的な女子、生徒会書記
橘のペースに合わせているのか二人の歩調は少々遅く、しかしそんな気遣いを思わせぬ淡々とした表情で堀北は口を開いた。
「今日はすまなかったな。お前の手を煩わせるつもりは無かったんだが……」
「いえ、いいんです! 生徒会長ばっかり働かせる訳にはいきませんから!」
そう言って、フンスと胸の前で拳を握る橘。
何ともやる気に満ちた仕草であるが、それを見た堀北としては何とも複雑な心情を抱いた。
今日、堀北が学校へと来た理由。それは明日の始業式に向けて教師と簡単な打ち合わせをするためだった。
そのついでに幾つか気になる用件を済ませておこうとも思ったが、どれも大した時間の掛からない些末な用事。
別段人手を要する業務でも無し、本来なら一人で済ませるつもりだったのだが実際はこの通り。当日になって橘が自主的に同伴を申し出て今に至るという訳である。
「やる気があるのはいいが、そう気を張り過ぎるな。休める時に休んでおくことも仕事の内だ」
「それ、会長がいいます?」
どこか呆れが混じった様子で言う堀北に対し、あなたが言うのかと橘は逆に呆れた視線を向ける。
しかし堀北はそんな視線に動じることも無く、相も変わらぬ仏頂面で言葉を返した。
「これでもメリハリはつけている。今日もやるべきことが済んだらゆっくりさせてもらうつもりだ」
「……そうですか」
そう返しながらも、内心「本当かな?」と胡散臭げなジト目を向ける橘。
と、そこで彼女はふと何か思いついた様子で口を開いた。
「あの……今日の残りの用事って、プールの見回りくらいですよね?」
「ああ、軽く様子を見る程度だが」
今日予定していたもう一つの用事。それは今日で最終日となる遊泳施設の見回りだ。
もっとも、見回りと言ってもこれは本来生徒会に割り振られている業務では無い。
この学校では特別試験や行事の開催において、毎年新しい試みを取り入れるため生徒会からも多く意見を募っている。
今日の遊泳施設開放に関してもそう。
今回のイベントに関して生徒会は主催者側として関わってはいないが、それでも生徒を代表する立場としてある程度の意見報告は求められている。
言ってしまえば、ちょっとしたアンケート調査のようなものといえばいいか。
「それがどうかしたか?」
「そのですね……えと、折角水着を持って来たんだし、見るだけで済ませるのは勿体ないといいますか……」
「ふむ……遊びたいのであれば好きにするといい。南雲も今日は友人たちと遊びに行くと聞いている。
何度も言うが俺に遠慮する必要は無い。橘も好きに楽しむといい」
もじもじと言いにくそうにしている橘を見て、本当は遊びたいのを我慢していると思ったのだろう。
気を遣ってそう言う堀北に対し、橘は慌てて言葉を続けた。
「いえ、あの……そうじゃなくてですね? その……会長も普段多忙な訳ですし、よければ一緒に――」
~~♪
――と、橘が全てを言い切る前に、突然その場に着信音が響いた。
音源は、堀北の胸ポケット。
「すまない、俺だ」
「あ、ハイ……どうぞ」
話の腰を折られ、シュンと落ち込む橘に謝罪をしつつ、堀北はケータイを取り出し画面を確認する。
するとそこに表示されていたのは副会長、南雲雅の名前。
個人的にあまり歓迎できない名前を見て若干眉を顰めそうになるが、しかし表情には出さぬよう堪えながら通話に出る。
「……もしもし」
『あ、堀北先輩、どうもお疲れ様です。今大丈夫ですか?』
「今しがた先生方と明日の打ち合わせが終わったところだ。
これからプールの様子に見に行こうと思っていた所だが……何か用事か? 南雲」
「南雲君……?」
堀北の口から出た通話相手の名前に、隣で聞いていた橘が訝し気に首を傾げた。
『そりゃ丁度良かった。いえね、堀北先輩にちょっと頼みたいことがありまして』
「頼みたいこと?」
『はい、実はこれから1年の
「ビーチバレー勝負……1年とだと?」
『ええ、正確に言うと1年と、もう一人2年生のペアが相手です。
俺としても組むなら堀北先輩が一番信頼できますし、参加してくれたら周りも盛り上がると思うんスよね』
何とも陽気で楽し気な声。言葉だけなら単なる思い付きで喋っているように聞こえるが、しかし堀北はこれが単なる遊びの誘いではないことを感じ取っていた。
「……何を企んでいる?」
『はぁ、企むですか?』
言葉の意図が汲めぬ訳でも無いだろうに、白々しく惚けた声を出す南雲。
構わず、堀北は質問を重ねる。
「お前の俺に対する信頼はさておき、単に遊びが目的ならクラスメイトから誘えばいいだろう。
わざわざ俺を呼びだす理由……そこまでして勝たなくてはならない理由でもあるのか?」
『勝たなきゃいけないって言ったら、まぁそうっスね。
実は対戦する1年とちょっとした賭けをしてまして、この勝負で負けたらそれなりのポイントを払うことになってるんスよ』
「ポイントか……」
ポイントを賭けての勝負。南雲らしいと言えばらしい話だがどうもしっくりこない。
南雲雅という男は自信家だ。己の実力に絶対の自信が有り、常に己の勝利を疑わない。
いくらポイントを賭けているとはいえ相手は1年。普段なら格下扱いしている相手に、わざわざ自分の力を借りようとするのは違和感を覚えた。
(余程その1年を叩き潰したいのか、あるいは――)
――それ程に警戒を必要とする相手なのか。
そこまで考えた瞬間、脳裏に浮かんだのは一人の男の姿。
もしやと思いながら、堀北は南雲に向かって問いかけた。
「……対戦相手の名前は?」
『2年の方は堀北先輩も知ってる生徒ですよ。ウチの学年の鬼龍院。1年の方は五条護って男子生徒です』
(――ッ、
それは堀北が思い浮かべた男とは別の名前。
鬼龍院の名が出たことも意外ではあったが、堀北としてはそれ以上に見過ごせぬ名前であった。
「……名前だけならな。それなりに活躍は聞いている」
ほんの一瞬だけ言葉に詰まりながら、動揺を悟られぬよう素っ気ない風に言葉を返す。
幸い南雲の方も特に違和感は抱かなかったらしく、すぐさま通話口から陽気な声が返ってきた。
『そいつは話が早い。実は少し前から生徒会に勧誘してましてね?
今回の勝負も、本当は負けたら生徒会に入れって条件を出すつもりだったんスよ。ま、そこは上手くいきませんでしたけど』
「お前にしては随分と入れ込んでいるようだな」
『そんな入れ込むって程でもありませんよ。ただまぁ、あの鬼龍院が執着している生徒ですから。一体どれほどのものなのか、少しばかり興味がありましてね』
「鬼龍院か……」
鬼龍院楓花――五条の名に気を取られたが、彼女の名もまた堀北は認知していた。
2年の中で唯一、南雲に対抗できるかもしれない生徒。堀北自身その能力の高さから一時期注目していたが、他者への関心の薄さ、個人主義な気質から早々に関わることを諦めた生徒である。
あの変わり者と関わりがあるという点だけ見ても、なるほど南雲が五条という生徒に興味を抱くのも十分な理由と言えるだろう。だが――
(おそらく、それだけではないな)
南雲は最初に、1年とバレー勝負をすることになったと言った。
もし鬼龍院繋がりで興味があるというなら、鬼龍院の名を真っ先に出していた筈だ。
これはつまり、南雲が勝負のメインに見据えているのが鬼龍院ではなくその1年――五条であることの証左。
おそらく、南雲もそれを隠すつもりは無いのだろう。
むしろこちらがそこまで気付くことを見越した上で、興味を煽るため敢えて遠回しに気付かせたのではないかと、堀北にはそう思えた。
『堀北先輩も気になりませんか? 仮にも俺が生徒会に誘っている訳ですし、新しい役員候補として。
なんなら参加するのが気乗りしないってんなら、見るだけでもどうです? 審判役を引き受けてくれるだけでもこっちとしてはありがたいんスけど』
そして続けて放たれる南雲の提案。
そこで堀北は、大凡の南雲の狙いを察した。
(成程……俺を客寄せパンダにでもするつもりか)
こちらの興味を煽っておきながら、なんなら参加はしなくていいと言うあたり、南雲にしては引き下がるのが早すぎる。
おそらく、最初から堀北が参加することなど期待していなかったのだろう。
審判として――いや、なんなら審判役すら引き受けてくれなくとも、興味をもって観に来てさえくれれば十分。
そうして、生徒会長と副会長がその場に揃い踏みになれば生徒達の注目を集めるのは必至。
(観客を集めた上で、大勢の前で相手を叩きのめす。
あるいは、そうやって相手にとってアウェイなステージを作ること自体が目的か……)
どちらにしても南雲が考えそうなことだ。
本来であればそんな企みに乗ってやる義理など無い。だが――
「……いいだろう」
『え?』
「お前が言う1年に俺も少し興味が湧いた。その勝負、俺も参加しよう」
『ッ……マジッスか』
通話口からでも伝わる驚きの気配。
やはり自分の参戦は南雲の予想の外だったかと、堀北は自身の推測に確信を色濃くする。
『いやぁ、誘っといてなんですけど、まさかこんなあっさり了承を貰えるとは思いませんでしたよ』
「今から向かう。時間は問題無いか?」
『ええ、開始までまだ40分くらいありますから。のんびり来てもらって大丈夫ですよ』
「そうか、ではまたあとで」
それだけ言って、堀北は通話を切った。
ケータイを胸ポケットへとしまい、隣に居る橘へと視線を向ける。
「聞こえていたと思うが、南雲にビーチバレーに誘われた。
見回りの時間も含めると少し長引くかもしれん。なんなら橘は先に帰ってもらっても――」
「私もご一緒します!」
「む、そうか」
食い気味に言葉を遮る橘。
彼女の勢いに若干押されつつ、特に反対する理由も無いので頷く堀北。
ともあれ、そうと決まればさっさと向かうかと歩き出したところで、隣を歩く橘が口を開く。
「それにしても、会長が南雲君の誘いに乗るなんて珍しいですね?
相手は1年の男子って聞こえましたけど……もしかしてあの無礼な子ですか?」
どうやら断片的にしか内容を把握できなかったのか、橘は1年の男子と聞いて別の人物を思い浮かべたらしい。
その不満気な物言いから、彼女の思い浮かべた人物に察しのついた堀北は、フッと軽く笑みを浮かべながらその推測に否定を返した。
「いや、綾小路のことじゃない。相手は五条という男子生徒だ」
「五条君、ですか? 偶に名前は聞きますけど……お知り合いなんですか?」
どうやら橘もその名前には聞き覚えがあったらしい。
まぁ、別段珍しい事でもない。今年の1年の中でも、坂柳有栖とセットで目立つ生徒の一人だ。2年の鬼龍院とも交流があることも合わさって、色々と噂は聞こえてくる。
もっとも、堀北がその男を気にしているのはもっと別の理由からだが。
「いや、知り合いという程のものじゃない。ただ――」
その問いかけに答えながら、堀北は遠くを見るように窓の外へと視線を移した。
「――一度、目が合っただけの相手だ」
◆◇◆
ランチタイムも過ぎ、屋台を行きかう生徒達の波も落ち着いてきた頃。
綾小路はプールの縁に腰を掛けながら、何をするでもなくぼんやり水面を眺めていた。
現在、一緒に来ていたグループの皆は食休みも兼ねて各自自由行動中。
特にすることも思い浮かばなかった綾小路も、一人静かな時間を満喫していた。
揺れる水面に反射する自身の姿。そこに映る己の瞳は無感情で、我ながら何とも覇気の無い顔だと自嘲の念が浮かぶ。
そうしていると、ふと自身の背後に近づく一人の生徒の姿が水面に映り、綾小路は振り返ることも無く口を開いた。
「楽しんでるか?」
「そう見える?」
返ってきたのは不機嫌さを隠そうともしない声。
見えるかと聞かれたので実際に確認してやろうと振り返ると、そこには長い黒髪をたなびかせた女子――堀北鈴音がムスッとした表情で綾小路を見降ろしていた。
「見えないな」
「馬鹿にしているの?」
他人事みたいなこちらの態度が気に障ったのか、眉間に皴を寄せる堀北。
一瞬キツイ言葉か暴力でも返って来るかとも思ったが、堀北は疲れたように溜め息を吐くと綾小路の隣に腰を下ろした。
「……今さら聞くのもなんだが、ちゃんと回収は出来たのか」
「本当に今更ね。回収してなきゃ、こうして水着なんか着てないわ」
本来ならこういった集団行動を好まない堀北が、何故今日プールに来たのか。
それは同じクラスの池、山内、須藤、そして今日は同行していない外村が女子更衣室の盗撮を企てたからだ。
もしもバレたら退学間違いなしの犯罪行為。
それを防ぐため、堀北には仕掛けていたカメラからデータを抜くよう依頼していた訳である。
「はっきり言って、今日ほど彼らに呆れたことはないわ。
こんなことなら、5月の時点で見捨てた方がよかったとすら思ったもの」
嫌悪感を露わにする堀北。まぁ女子としては当然の反応だろう。
無人島試験を経て綾小路が他者を頼る重要性を説いた矢先のこの出来事。
他に頼れるものが居なかったとはいえ、綾小路にしてもこの状況は不本意なものだった。
「そう言いたくなる気持ちも分かるが、そう簡単な話でも無いだろう。あいつら――特に須藤の運動能力は無人島でもさっきのバレーでも随分役にたった。
今更切り捨てた所でどれだけクラスに飛び火するかもわからない以上、切り捨てるよりどう活用するかを考えるべきだ」
「……次は無いわよ。もし今後も同じようなことが続くようなら、クラスへの不利益が大きいとして対応を考えさせてもらうわ」
「当然だな。俺としても、そう何度も同じように庇えるとも庇いたいとも思っちゃいない」
綾小路とて、今回の連中の行動が度を越しているのは理解している。そう何度も同じ事をされて庇う気など起きはしない。
(ここで一応の猶予を与える辺り、多少は成長したと言うべきか……)
そんなことを考えながら堀北へ向けていた視線をプールに戻すと、ふと周囲の異変に気が付いた。
先程からプールの中に居る生徒の数、それが明らかに減っている。
怪訝に思い周囲を見渡す綾小路。その様子を見て堀北も違和感に気が付く。
「……? なんだかやけに人が減ってるわね」
「……どうやら、向こうの方に集まってるみたいだな」
皆一様に、ある一点を目指して早足で駆けていく生徒達。
彼らの進行方向を見ると、遠くに大きな人だかりが出来ているのが見えた。
何事かと思いながら立ち上がると、ふと後ろから声を掛けられる。
「あ! お前らこんなとこに居たのかよ」
振り返ると、そこに居たのは池。
他にも御馴染み三馬鹿の須藤、山内や一之瀬に櫛田など、今日一緒に来た他のグループの面々が、全員では無いが揃っていた。
「何かあったのか?」
「なんかあっちの方でスゲーことが始まるらしいぜ」
「スゲーこと?」
なんとも要領を得ない説明。
隣で堀北も呆れた表情を浮かべていると、それを見ていた一之瀬が苦笑しながら補足するように続きを述べた。
「えっとね、なんか向こうの方で南雲先輩がバレー勝負をするみたいで」
「……それだけ? バレーならさっきもやっていたでしょう」
「うん、そうなんだけど今度はただの遊びじゃなくてポイントを賭けて1年生と勝負するみたいでね。
しかもその相手っていうのが――」
そうして語り出す一之瀬。
最初は怪訝な表情を浮かべていた堀北だったが、彼女の口からその詳細が語られる毎にその瞳は徐々に見開かれていった。
◆◇◆
(ほんと、どうしてこうなったんだか)
見渡す限りの人、人、人。
コートを囲むあまりの生徒達の多さに、その中心に立つ男――五条護は心底憂鬱気な溜め息を吐いた。
そんな護に隣に立つ楓花が声を掛ける。
「浮かない顔だな」
「そりゃ見世物にされていい気はしねぇわ。何だってこんな人が集まってんだよ」
「仕方がない。なんせ相手が生徒会のツートップだ。注目を集めるのも当然だろう」
「この学校の生徒会ってアイドル的な立ち位置なのか?」
未だこの学校の生徒会の影響力を知らぬ護からすれば何とも理解できない感覚である。
と、その会話が聞こえたのか、ネットを挟んだ向かい側では南雲がこちらへと近づきながら、隣を歩く堀北生徒会長へと声を掛けた。
「あんなこと言ってますよ堀北先輩。なんなら今度生徒会でサイン会でも開催します?」
「お前個人がやる分には好きにしろ。俺は遠慮させてもらう」
「そうッスか? 勿体ないなぁ。先輩なら将来大物になるのは間違いないでしょうし、結構需要あると思うんスけどね」
「無駄話はいい。やるならさっさとやるぞ」
どこまで本気で言っているのやも分からぬ軽薄な態度。
そんな人を喰った態度にも慣れているのか、堀北は隣で笑う南雲を軽くあしらうと護達へと向かい直った。
「生徒会長の堀北学だ。今日はよろしく頼む」
ネットの下から手を差し出してくる堀北。
どうやら南雲と違ってこちらは真面目な性格らしいと、相対的に若干彼に対する評価を上げながら護は手を握り返した。
「はぁ、どうもはじめまして。1年の五条護です。こちらこそよろしくお願いします」
「ああ……
なにやら若干、警戒しているような緊張しているような微妙な視線を向けられた気がしたが、あまり深く気にすることも無く護は手を離す。
そうして挨拶も済んだところで、改めて南雲が切り出した。
「さて、そんじゃ試合――の前にルールをすり合わせるか。一応聞くが、ビーチバレーのルールは確認してきたか?」
「ええ、一応公式ルールは確認しました」
「それじゃルールは公式に則り、1セット21点の3セットマッチ。先に2セット先取したチームの勝ちでどうだ?」
「こっちはそれで問題ありません」
一応楓花の方に異論が無いか横目で確認しながら、頷きを返す護。
「あと、今回オーバーハンドなんかの判定は多少緩めでいいだろう。
お互い本格的なルールに慣れてない以上、変なタイミングで中断されても興醒めだしな」
「そうですね。そうしてくれるとこっちも助かります」
護自身先程ルールを確認して知ったことだが、どうやら2人制のビーチバレーでは通常のバレーより、フォームやボールハンドリングなど反則の裁定が少々厳しいらしい。
護としても慣れないルールである以上、その辺り緩くしてくれた方が動きやすい。特に反対する理由はなかった。
「あとはレフェリーだな。基本はセルフジャッジでいいとして、最低限得点の記録と開始の合図をしてく役は必要だしな。誰か適当に……」
言いながら周囲の観客から審判役を選ぼうとする南雲。
すると、そこで堀北が口を挟んだ。
「それならアテがある。橘、頼めるか?」
「あ、は、ひゃい!」
突然大声で呼ばれ、出てきたのは学校指定の水着を着た紫髪の女子。
護にとっては初対面のその女子に、堀北が紹介を述べる。
「生徒会書記の橘だ。立場としてはこちら寄りに思うかもしれないが、勝負に公正さを欠く人物でないことは保証しよう」
「はぁ、それじゃあお願いします」
保証するとか言われても、そもそも生徒会長自体ほとんど面識の無い護としては、その言葉がどこまで信のおけるものかも判断する材料が無いのだが。
もっとも、護にしてみれば所詮遊びのような催しでそこまで警戒心を抱くのも馬鹿らしい話。
なんでもいいからさっさとしてくれと、適当に頷きを返した。
「さて、他は大丈夫そうだな。
ああ、サーブ権はそっちにやるよ。先輩からのサービスだ。いいッスよね? 堀北先輩」
「ああ」
「……どうも」
そう言ってボールを放って来る南雲。
こちらがキャッチするのを見届けると、背中を向けて自陣のコートへと下がっていった。
それを見て、護と楓花も同様に背を向け下がる。
そうしてある程度歩き、自陣コートの真ん中近くまで下がったところで、楓花は口を開いた。
「さて、作戦はどうする?」
「作戦つってもなぁ……俺こういうコート競技ってほとんど経験無いんだよな」
「ふむ、今まで一度もか?」
「あー……しいて言うなら遊び程度にテニスをやったことがあるくらいか?」
「むしろテニスはあるのか」
(まぁ、アレはテニスって言うかテニヌって感じだったけど)
思い出すのは『ちょっとこの技再現してみようぜぃ』と兄の暇潰しに誘われ、呪力有りで某有名テニス漫画のような無法テニスをやらされた記憶。
ナチュラルに呪力を籠めての波動球ラリー、無下限を使った手塚ゾーン再現、スマッシュを打つたびにクレーターが出来るコート。
……自分で言ってなんだが、やっぱあれをテニス経験に数えるのは何か違うなと思った。
閑話休題
「楓花の方はどうなんだよ?」
「私もバレーに関しては学校の授業でやったくらいだ」
「それじゃ、細かい作戦とか立てようもないな。とにかく実際にやって見ながら動きを修正してくか。
とりあえず俺、最初の方は後ろでボール拾ってくわ。楓花はキメられそうならキメて、無理そうだったら回してくれ」
「了解した。ではサーブ権が移るごとに前衛後衛変えて試していくか」
「だな。そんじゃ最初のサーブは俺打つわ」
配置的に、サーブを打ってそのまま後方で守りを固める方が、移動の手間が少なく無駄が無いだろうという判断。
そうして序盤の役割も決まったところで、二人は各々配置に着く。
対面のコートでは、既に南雲と堀北も作戦会議は済ませたらしく位置について構えている。
四者、準備が整ったのが確認できたところ審判――橘が軽い咳払いと共に声を張り上げた。
「コホン……それではこれより堀北・南雲ペアと、五条・鬼龍院ペアによる試合を行います!
勝負は3セットマッチ。サーブは五条チームから。準備はよろしいですか?」
橘は最終確認として、四者一人一人に視線を向けていく。
「それでは試合――――開始!」
開始の宣言と同時、護はボールを空高くへと放り投げた。
まずは小手調べ。威力、速度は二の次。確実に相手のコートに入ることを意識しながら、ボールを叩く。
すると打ち出されたボールは、綺麗な曲線を描きながら相手のコートへと向かって行った。
目を瞠るほどの勢いは無いが決して遅くもなく、初心者が繰り出したとは思えぬ綺麗なサーブ。
そのボールが向かう先に立つのは、堀北学。
彼は向かってくるボールに対し一切動じることなく、その軌道の真正面へと陣取るとレシーブの構えを取り、的確にボールの中心を捉えた。
高々と打ちあがるボール。
更にそれを追って、跳び上がる男が一人。
「いきなり速攻!?」
観客の誰かが驚いた声を上げた。
彼らが見たのは、舞い上がったボールを追って高く跳躍した南雲の姿。
トスを挟むことなくいきなりアタックへと移るハイテンポの攻撃。
まだ序盤も序盤、最初の一球目から繰り出される容赦ない速攻に観客たちは息を飲んだ。
――序盤から強烈な一撃を見まい、会場の空気を引き込むつもりか。
その狙いを正しく認識した者が居たかはさておき、彼の中には確実にここで点を取らんとする気概があった。
そうして放たれたのは、例え来る場所が分かっていても、初心者ではとても返せないだろうと思わせる程の一撃。
誰もが決まったと思った。次の瞬間――
――そのボールは護のレシーブによって弾かれていた。
舞い上がったボール。
呆気にとられる一同。
いまだ腕を振りかぶったまま滞空している南雲の瞳に、弾かれたボールが映し出される。
直後、そのボールを追って鬼龍院楓花が跳び上がった。
それはまるで先程の南雲らの動きを切り取ったかのようにも見えて。
彼女の細腕から放たれた鋭い打球は、そのまま敵陣の空いているスペースへと突き刺さった。
砂の上を小さくバウンドし、転がるボール。
あまりにもごく短時間の間に起こった攻防の応酬。
観客の誰もが、理解の遅れた様子で言葉を失い、コート上を一瞬の静寂が支配する。
「……橘、得点だ」
「……あ、は、ハイ!」
その静寂を破る様に発せられた一言。
堀北の声に橘が正気を取り戻し、得点板がめくられる。
そうして記される1点の数字。
そこでようやく、観客たちが我に返った様子で、歓声を上げた。
「「「ゥ、ォオオオオー!」」」
「スッゲェ、何だよ今の。ビーチバレーってあんな速ぇの!?」
「あんなの俺、取れる自信ねぇよ!」
「キャー、楓花ちゃんカッコイイー!」
沸き立つ観客たちの声。
何やら一部、ちょっとテンションのおかしい黄色い歓声まで聞こえてくる。
「……お前って女子から人気あるのな」
「フフッ、なんならお前も惚れてくれていいんだぞ?」
「ああハイハイ、あんたはイイ女だよ」
実際この人をおちょくった態度さえなければ、彼女が良い女なのは認めるところである。
素直にそれを言う気は無いが。
「フム、まぁ今はそれで我慢するか」
なんにせよ、ともあれまず1点。
「しかしまぁ、なんていうか――――思ったよか簡単そうだな」
周囲の歓声をどこか他人事のように聞き流しながら、護はあっけらかんとそう言った。
申し訳ありません。本当なら今回、試合はあっさり目にして前編後編で纏めきるつもりだったんですが、書いている内に堀北会長周りのよけいな設定を組み込んだり、試合経過も色々視点を変えて試してる内に長引いてしまって。
結果的に、途中であきらめて三部編成にする方向で舵を切らせて頂きました。
本当に無駄にグダグダと長引いてしまって申し訳ありません。
夏休みの締めくくりの水着回、開催するならどっちがいい?
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よう実4.5巻準拠。学内プールに行こう
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高専メンバー参加型。学外で皆と楽しもう