よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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74話 ドリームタッグ 後編

 一体、どれだけの生徒がこの光景を予想できただろう。

 

 学年問わず集まった大勢の観客達。そこに浮かぶのは皆一様に驚きと困惑に彩られた表情。

 そんな中、綾小路は一人どこか機械的にも見える冷淡な表情でその光景を観察していた。

 

 試合が始まるまで、観客達の間で囁かれていたのは生徒会優位と見る声。

 最初の1点を五条チームが先制した時こそ驚きの声が上がったが、それでもその空気が変わることは無く。

 特に2、3年、この学校で長い時間を過ごしてきた生徒程それは顕著で、誰もが南雲雅と堀北学――この二人の勝利を疑っていない様子だった。

 

 彼らにとって注目すべきは、生徒会チームという絶対王者に対し新進気鋭の1年がどこまで食い下がれるか。そんな好奇心で浮わついていた空気は今、色濃い困惑の色に塗り替えられていた。

 

 コートサイドに置かれた得点板。そこに表示された現在の点数。

 

 五条チーム19点 ―― 生徒会チーム9点

 

 マッチポイントも目前に控え10点もの大差。

 その点数を眺めながら、綾小路はここまでの試合経過を思い返した。

 

 

 最初はまだ良かった。先制点こそ五条チームが先取し、その後立て続けに2点目も取られてしまったが、生徒会チームもめげずに反撃し、1点を獲得。

 そこからは徐々に長いラリーも続くようになり、総じて五条チーム優勢の展開ではあったが、それでもある程度の均衡は取れていた。

 

 その均衡が崩れたのは、五条チームが攻勢へと転じてから。

 もっと言うなら、五条護が前衛に出るようになってから手が付けられなくなった。

 

 

 綾小路の視線の先、丁度コート上で高々とボールが舞い上がる。

 それを追ってスパイクを繰り出さんとする五条に対し、その攻撃を防がんと同時に跳び上がる南雲。

 南雲の跳躍は見事なもので、咄嗟に反応したにも拘わらずフォームは崩れておらず、全身のバネを活かした跳躍からは本人の確かな身体能力の高さが窺えた。

 

 ――が、その必死に伸ばされた手よりも五条の手の位置はなお高く。

 打ち出されたボールは南雲の手を一切掠らせることなく抜けていった。

 

「クッ」

 

 咄嗟、後方に控えていた堀北兄がボールに食らいつき跳ね上げるが、肝心のパートナーである南雲は未だネット際。

 拾いに行けるはずも無く、虚しくボールは地面に落ちた。

 

 これで五条チーム20点。マッチポイント。

 1セット目も大詰め。いよいよもって生徒会も追い詰められた。

 

「すげぇ……」

 

 ふと、綾小路のすぐ後ろで須藤が唖然とした呟きを漏らすのが聞こえた。

 普段から己の身体能力に絶対の自信を持つ須藤にしては珍しい、心の底から湧き出たような驚嘆の声。

 そんな須藤のすぐ横で、空気の読めない山内が茶化すように口を開いた。

 

「なぁ、もしかしてアイツ、須藤より高いんじゃね?」

 

「あぁ?」

 

「ヒッ」

 

 即座、須藤に睨まれ怯む山内だったが、しかし須藤は「チッ」と不機嫌そうに舌打ちをするだけですぐにコートに視線を戻した。

 

 恐らく須藤自身、山内の言葉を否定できなかったのだろう。

 それ程までに、五条護という男の高さは圧倒的だった。

  

(よくよく見ると、五条……あいつ手足がやけに長い)

 

 身長だけでもパッと見須藤と同等かそれ以上はあろうかという背の高さ。それに加えて長いリーチと、更に人並外れた跳躍力。

 全てが合わさった際の高さは、恐らく日本人としてはトップクラスと言えるもの。

 

 生徒会チームも一般的な水準から見たら、身長・跳躍力共に決して低くは無くむしろ高い方だろう。だが、それでもなお五条との間には埋めがたい差がある。

 

 そんなことを考えている内に、コート上では五条チームが最後の1点を獲得。1セット目が終了した。

 

 同時に沸きあがる歓声。

 されど周囲の熱狂とは対照的にコート上の選手達は至って落ち着いた様子。

 五条と鬼龍院の二人もクールに軽くタッチを交わすとそのまま休憩のためにコートを出て行った。

 

 そうして選手達がインターバルに入り一区切りもついたところで、観客達は口々に今の試合に関して感想を交わし始める。

 綾小路の近くでも、一之瀬が朗らかに笑いながら口を開いた。

 

「やー、すごい試合だね。見てるこっちの方が緊張しちゃったよ」

 

「だよな。あのジャンプ力、五条の奴マジで同じ1年かよ。生徒会長たちが手も足も出てねぇ」

 

 そう言って言葉を返したのは、彼女と同じBクラスの柴田。

 その言葉に、綾小路の隣に居る堀北がジロリと不機嫌そうな視線を向けたが、しかし綾小路以外の誰もそれに気付くことなく会話が続けられる。

 

「うん。ただ、五条君の動きは単にジャンプが凄いってだけじゃない気がする。

 何て言うのかな……五条君も鬼龍院先輩も二人ともボールを追ってないって言うか、ボールがどこに来るか分かっているみたいな……」

 

「つまりコンビネーションにおいても五条達の方が一枚上手ということか?」

 

 一之瀬の言葉を聞き、そのような考察を述べる神崎。

 しかし一之瀬はその言葉に対し、首を捻りながら小さく唸った。

 

「コンビネーション……なのかな? 確かにそれも凄いんだけどそれだけじゃないっていうか……う~ん、ごめん。ちょっと上手く言えないや」

 

 どうやら一之瀬自身、五条達の動きに違和感を抱きながらもそれを上手く形容できないらしい。

 「あんまり気にしないで」と言って笑って誤魔化す彼女に、皆もそれ以上掘り下げようとはしなかったが、しかし綾小路は何となく彼女の言わんとしたいことが理解できた。

 

 そう、皆五条の身体能力ばかりに目が行っているが、綾小路からすれば着目すべき点はもっと他にある。

 

(あいつの動きは、あまりに完成されすぎている)

 

 五条の動きには迷いがない。

 それは単に判断が早いとか、反射神経が優れているといったレベルの話ではなく。

 まるで自分がどこに打てば相手がどう動くのか、それら全ての動きが予め分かっているかのように動作の一つ一つが淀みない。

 

 それはさながら、バレーというより詰将棋でも見ているかのような。

 一つの結末へと向かって、確実に駒を進めて行く理路整然とした流れのようなものが感じられた。

 

(あいつ……一体どこまで見えている?)

 

 果たしてあの男の目には何が映っているのか。

 あれ程のプレー、味方は勿論相手の動きも高い精度で先読みできなくてはまず不可能。

 しかしバレーのようにボールが不規則な軌道を描く球技でそれを行う事が如何に難しいことか。

 

 コート全面を把握する視野の広さ。敵味方、他選手のあらゆる動作パターンを読み切る読みの深さ。

 

 ――果たして、自分に同じ事が出来るだろうか?

 

 一瞬そんな思考が頭をよぎるが、綾小路はすぐさまその考えを否定した。

 

 あるいは時間を掛ければ、ある程度の行動パターンを把握することは可能かもしれない。

 だが一試合にも満たない短時間で、あそこまでの精度で出来るかと言われればまず不可能。

 最早アレは、脳の造りが違うのではないかとすら思えてくるレベルだ。

 

(恐らくは、あの鬼龍院という先輩の存在も大きいんだろうが……)

 

 加えて、あの動きに付いて行けている鬼龍院という存在もまた異様だ。 

 如何に一人の突出した選手が居ようと、相方がそれについていけなければ容易く穴は出来る。特にビーチバレーにおいては、攻め手と守り手の配役が臨機応変に変わるため猶更だ。

 

 身体能力の高さは勿論、都度五条の意を汲み取りそれに合わせた立ち回りが出来る鬼龍院もまた異常。

 綾小路にすれば彼女の存在も五条と同様、異質に見えた。

 

「ていうかアイツ、あんな美人の先輩とも仲が良いのかよ! まさか、もう付き合ってたりとか……!?」

 

 尤も、そんな綾小路の心情など露知らず、池や山内などは鬼龍院の容姿にしか目が行っていないようだったが。

 池の嫉妬に駆られた叫びに、一之瀬が苦笑を浮かべて言葉を返す。

 

「あはは、どうかな? そういう噂はあるみたいだけど、五条君自身は否定してるみたい。

 ……アレを見る限り、凄く仲が良いのは間違いないと思うんだけどね?」

 

 そう言って、ある一点を見つめる一之瀬。

 彼女の視線の先を見ると、五条が鬼龍院の背中に付いた砂汚れを、タオルで拭っている姿が目に入った。

 

 普通、年頃の女子であれば異性に体を触れさせる事に忌避感を覚えるもの。

 それがああもナチュラルにボディタッチを交わすなど、成程確かに付き合っていないというのが不自然に思えてくる距離の近さである。

 

 それを見て、いっそ殺意でも籠ってるのではないかという程にギラギラと嫉妬の視線を向ける池と山内。

 それに対して呆れ半分、もう半分は「頼むから嫉妬で馬鹿な事はしないでくれよ」と半ば真面目に祈りを捧げつつ、綾小路は思考を試合へと戻す。

 

 まぁ二人の関係性はさておき、このインターバル一つとっても五条達は何とも余裕そうである。

 一方生徒会チームの様子も見てみると、堀北兄の方はともかく南雲の方はどうも余裕のない表情に見える。

 

(勝負あり、だな)

 

 ここまでくれば勝負は見えた。

 両チームの間には、偶然など介在しようもない明確な実力差がある。五条側が手心でも加えない限り、勝負の結果が覆る事は無いだろう。

 

 最早綾小路の興味は試合には無く、その視線は隣で愕然とした表情を浮かべる堀北へと向けられた。

 

 

 

◆◇◆

 

 

 

(まさか、ここまでの差があるとはな……)

 

 観客達が沸き立つ一方、当の選手達。

 堀北学は体に付いた砂をタオルで拭いながら、今の形勢を冷静に分析していた。

 

(バレーは初心者と聞いていたが、ここまでくるとそういうレベルの話ではないな。

 スポーツとしてどうこう以前に、対人戦という意味において奴はあまりに勝負慣れしている)

 

 バレーに限らず、あらゆる勝負事において勝つ為に何をすべきかと考えるなら、その行き着く先はある程度共通している部分がある。

 つまるところ、相手を如何に崩し隙を作るか。 

 

(あいつの視界は常に俺達を捉えている。自分は隙を見せず、こちらの隙は見逃さない。言ってしまえばそれだけの基本が、奴はあまりに徹底している)

 

 それは実際に対峙したことで実感した事実。

 通常、バレーにおいて選手が一番に意識を向ける対象はボールだ。

 それは本人達が考えてそうしているというより、球技というスポーツの性質からくる、半ば無意識で染み付いた条件反射のようなもの。

 

 それが五条の場合は違う。勿論ボールを全く見ていない訳では無いが、それはあくまで最小限。その意識の大半はボールではなく自分達、対戦相手へと注がれている事を堀北は感じていた。

 

(あそこまで隙が無い相手を崩すのは容易ではない……ならば)

 

 はっきり言って、現状こちらの勝ちの目は殆ど無いに等しいだろう。

 こちらの動きは尽く読まれ、対し向こうのボールはこちらの弱所を的確に突いてくる。

 これまでの人生を振り返っても、ここまで打つ手がない敵というのは初めてかもしれないと思える。

 

 だが、だから言って堀北に諦めるという選択肢はない。

 どれだけ劣勢な状況で有ろうと、僅かな勝機を手繰り寄せんと足掻くのが、皆の規範である生徒会長としての堀北学の在り方なのだから。

 

 そうして自分の中で方針を固めた堀北は、その傍で地面に座って休憩を取る南雲へと声を掛ける。

 

「南雲、少し前に出過ぎだ。あの高さを相手にネット際で競り合うのは分が悪い。

 ここは無理にブロックを狙わず、後方に構えて確実にボールを拾うよう専念すべきだ」

 

「…………随分と悠長な事を言うんスね」

 

 僅かな間を置いて返された声。

 その声に混じる不機嫌そうな色を隠そうともせず、南雲はぬらりと立ち上がると言葉を続けた。

 

「下がってどうするんスか。あんなのを好き勝手フリーで打たせたら、それこそ点なんか取られ放題ってもんでしょう」

 

「なら、お前はアイツの攻撃を一度でも防げたのか?」

 

「――ッ」

 

 その言葉に、こちらに向ける視線を僅かに鋭くしながら小さく歯噛みする南雲。

 この男がここまで感情を剥き出しにするのも珍しい。とはいえ、それも無理はないと言うべきか。

 恐らく南雲自身、このような状況は想像もしていなかった事だろう。

 

 この様な勝負を組んだ時点で、南雲なりに五条と鬼龍院の事を評価していたのは間違いない。

 だがそれでも、彼の中では自分が負ける可能性など……ましてここまで明確な差を見せつけられるなど微塵も考えていなかった筈だ。

 

 果たして、今の南雲の胸中たるや如何なものなのか。そう思いながら、堀北は冷静な態度で言葉を続けた。

 

「お前も分かっている筈だ。高さで競った所で分が悪い。

 こちらの攻撃は尽く弾かれるのに対し、向こうはこちらのブロックに何のプレッシャーも感じていない。

 下手に跳んで体力を消耗するくらいなら、いっそ割り切って打たせた方がマシというものだ」

 

「……成程、流石堀北先輩。実に合理的な考え方だ。

 で、その先は? まさかただボールを拾って粘りましょうって話じゃないッスよね?

 幾らボールを拾ったって、決め手が無けりゃこっちの不利は変わらない」

 

 どことなく皮肉の混じった南雲の口調。

 無理もない。堀北の提示した作戦は、事態を好転させるのではなく、これ以上の悪化を防ぎましょうという消極的なもの。

 はっきり言うなら、現状維持以外の何物でもない凡策。

 しかし堀北は、そんな南雲の問い掛けに対し毅然とした態度で言い切った。

 

「いや、それだけだ」

 

「は?」

 

「狙うのは持久戦だ。五条の高さは脅威だが、何も無限に跳び続けられる訳じゃ無い。

 体格が良いということはそれだけ足に掛かる負担も大きいという事。あんな大ジャンプを続けていれば、確実に疲労は溜まる筈だ」

 

 尤も、これはかなり分が悪い賭け。

 持久戦とは言っても、現状の五条を見る限りそこまで大きな疲労の色は見えない。

 こちらも1セット目の疲労がある以上、向こうの限界が来る前にこちらの体力が底を尽きる可能性だってあり得る。

 というより、既に1セット取られている以上、こちらは2セット分の体力を温存しなくてはいけない為その時点で不利。

 

 何より、一番の問題は結局のところ相手にフリーで打たせるという事実に変わりは無く、こちらはその攻撃を捌かなくてはいけないという事。

 

「……本気で言ってるんスか?」

 

「現状、僅かな勝機を見出せるとすればこれ以外に手は無い。

 はっきり言って、奴らの実力は俺達よりも上だ」

 

 それでも尚、堀北はこれが現状取り得る最善であると信じていた。

 相手を格上と認めているからこそ、どんな泥臭い作戦で有ろうとそれを選ぶことに躊躇は無い。

 

 だが、そんな彼の在り方は南雲には共感を得られなかったらしい。

 しばらくして、南雲は深く息を吐くとさも落胆したかのように言葉を発した。

 

「……正直、ガッカリですよ。生徒会長ともあろう御人が、たかがポッと出の1年坊主と2年の女子を相手に早くも白旗宣言ですか?」

 

「白旗を掲げたつもりはない。俺は相手の実力を的確に評価した上で、最善の手を考えたつもりだ」

 

「その結果が、いつ来るかもわからない相手のガス欠を期待しての持久戦ですか?

 はっきり言ってやりますよ。そんなのは策じゃない、負けを悟った人間が、最後にやる悪足掻きってやつだ」

 

 その言葉に関しては堀北も強ち否定できなかった。

 実際、これはある種の悪足掻き。他に打つ手が無いからこその、精一杯の抵抗に過ぎない。

 

 だが、そんな事実よりも堀北は南雲の態度に違和感を覚えた。

 果たして南雲という人間は、ここまで勝ち方に拘る人間だったか?

 堀北の知る南雲雅という男は、どんな勝ち方であってもまずは勝つことを優先するタイプ。勝利に対し合理的で、フラットな考え方の持ち主だった筈だ。

 

「……ならば、お前には他に勝つ為のプランがあるというのか?」

 

「どうやって勝つかなんざ、もう問題じゃないんですよ。こんな大勢の前でここまでやられっぱなしとあっちゃ、生徒会役員としての面目は丸つぶれだ。

 ここまでやられた以上、俺自身の手で奴らを叩き潰さない事には気が済まないんスよ」

 

 それは何とも非合理で、理屈にもなっていない理屈。

 つまり南雲はチームとしての勝利より、ただ個人として自分があいつらに劣っていない事を証明したいのだと。

 

 この瞬間、堀北は自身と南雲の間に有った認識の齟齬に気が付いた。

 そもそも敗北に対する定義が違うのだ。

 堀北にとって勝敗とは、与えられたルールの中でその条件を満たし優劣をつける事。

 対し南雲にとっての敗北とは、己の名誉が傷付けられる事それ自体が敗北。

 

(どうやら俺は、この男の本質を見誤っていたらしい)

 

 これまで堀北が抱いていた南雲雅に対する認識――プライドが高く、勝利に対し貪欲な負けず嫌い。

 その評価自体に変わりはない。だがその根底……勝利を求める動機の部分が見えていなかった。

 

 南雲にとって重要なのは、勝利そのものではなく勝利を通して自身が優れた人間であると証明――いや、自分自身が納得する事なのだと。

 

 そんな事を考えている内に、インターバルが終了する時刻となった。

 結局碌な作戦も立てられぬまま、第2セットを迎えてしまう。

 

「別に堀北先輩にどうしろと言うつもりはありませんよ。元々これは俺が組んだ勝負ですし。こっちはこっちで好きにやらせてもらいます」

 

 そう言ってコートへと歩いていく南雲。

 その背を見ながら、堀北は試合以上に、ただこの男が未来の生徒会を背負って立つ事実に深い不安を覚えた。

 

 

◆◇◆

 

 

 夕刻――太陽に赤みが差し、閉館時間も近付いてきた頃。

 一之瀬がそろそろ帰ろうかと切り出したところで、綾小路はこっそり抜け出し、プールサイドに立つ一人の男子――堀北学へと近づいて行った。

 

「よう」

 

「……お前から声を掛けるとは珍しいな、綾小路」

 

 抑揚のない声で声を掛ける綾小路に対し、素っ気なく視線を向ける堀北兄。

 そして綾小路は世間話でもするようなノリで言葉を続けた。 

 

「意外と平然としてるんだな。流石のあんたでも、大勢の前であんな負け方をしたら少しは凹んでるかと思ったんだが」

 

 結局あの後、試合に関しては生徒会チームの敗北で終わった。

 トータルスコア 2ー0 のストレート負け。

 それも2セット目に関してはほとんど点も取れず、生徒会チームとしては惨憺たる有様だった。

 そんな結果を受けてはこの男も少しは凹んでいるかと思いきや、そうでもないらしい。なんなら妹の方が本人より余程ショックを受けていたくらいだ。

 

「悔しさが無い訳では無いが、結果それ自体は今ある自分の実力に伴った正当なものだ。

 己が未熟だったという事実以上に、恥ずべきものとは認識していない」

 

 何とも回りくどい言い方だが、要約すると敗北それ自体は自分の中で反省すべきことだが、それを周りにとやかく言われて貶められる筋合いはない。

 だから変に引け目を感じるつもりはないと、つまりはそう言いたいのだろう。

 

「それで、わざわざそんな事を言いに来た訳じゃ無いだろう。何の用だ?」

 

「少し気になる事があったんでな。今日の勝負、胴元でこそないとはいえあんたは1年相手にこういう賭け事をするタイプじゃないだろう。

 何を思って参加したのかと思ってな」

 

「対戦相手の1年に少し興味があった」

 

 こちらの胡乱な探りに対し、意外にもあっさりと告げられた返答。

 その言葉に、綾小路は内心で「やはりか」と呟いた。

 

「1年の対戦相手というと、五条か。やっぱ3年生の間でも注目されてるのか?」

 

「遠回しの探りは不要だ。大方お前も奴に興味があって話を聞きに来たのだろう?」

 

 どうやらこちらの狙いはお見通しらしい。

 内心惚けようかとも思った綾小路だが、彼が言葉を紡ぐより早く堀北兄は言葉を続ける。

 

「生憎と、俺が持っている五条の情報は多くない。奴との関係性を言うならば、以前に一度目が合った事があるだけの関係だからな」

 

「目が合っただけ?」

 

 怪訝な様子で問い返す綾小路。すると堀北は遠くを見る様な表情で語り出した。

 

「今年入学したお前は知らないだろうが、昨年までのこの学校はどこか異常だった」

 

 突然始まる昔語り。それが五条の話とどう関係があるのかと思いながら、ともあれ綾小路は黙って聞き入る。

 

「これを言えば大抵の奴には笑われるだろうがな。

 元々この学校はシステム上、クラス間の仲は良くない。だが昨年までのこの学校は、それだけでは説明できない程に、学校中に陰鬱で重苦しい空気が流れていた」

 

「重苦しい空気?」

 

「最初は俺自身も気のせいだとは思った。何せ俺以外、殆どはそんな空気は感じないと言うし、偶に共感してくれる者が居てもあまりに感覚が漠然とし過ぎて真面目に受け止める気にはならないからな。

 だが、生徒会に入ってから目にした一つのデータが、その違和感に確信を抱かせた」

 

 何ともオカルト臭い語り口。普通ならば胡散臭いと切り捨てる所だが、この男は真剣な顔でくだらない冗談を言うタイプでは無いだろう。

 

「昨年度11名、一昨年は8名、3年前は10名……この数字が何か分かるか?」

 

 問われ、綾小路は考える。

 単位に名と付けている事から、何らかの人数なのは間違いない。加えてここまで不穏な話の流れから、あまり良い意味合いの数字ではなさそうだ。流石に死人や行方不明者の数などとは言うまい。

 だとすれば、この学校における不吉さを象徴する数字。

 

「……退学者の数か?」

 

「ああ、正確には全学年における試験外の要因……例えばノイローゼなどが原因で自主退学に陥った生徒の数だ」

 

「それは……」

 

「いくらこの学校のシステムが過酷だとはいえ、この数字は異常だ。

 よくよく調べてみると、この数字は近年になって徐々に増えているようだった。

 酷い年には、自殺未遂にまで発展した生徒も居たらしい。この学校それ自体に、何かしらの精神に異常を来す要因があったと考えるのが自然だろう」

 

 確かに。堀北兄の感じた重苦しい空気。それが直接退学者の心身に関係があったかは不明だが、少なくとも彼らが精神的に追い詰められるだけの、何かしらの要因があったことは間違いない。

 堀北兄の感じた重い空気も、その様な要因があったからこそ空気が悪くなったと感じたのであれば説明もつく。

 

 だが――

 

「今のところ1年には心身を悪くしたという生徒の話は聞かないが?

 俺もそこまで異常な空気は感じた事が無い」

 

「それが、昨年までが異常だったと言える点だ。

 ……あるいは昨年までが普通で、今年が特別なだけかもしれないが」

 

 今年が特別……その言葉を聞いた事で、綾小路は薄らとだが話の流れが見えてきた。

 そして堀北兄は話を続ける。

 

「また漠然とした話になるが、4月に入ってから俺はこの学校に蔓延していた空気が徐々に薄れていく様な感覚を感じていた。

 5月にこの学校のシステムに関する説明があったろう? 例年なら、その時点で数名は体調を崩す生徒が出ていたところだ」

 

 その言葉に、綾小路は自分のクラスを思い返す。

 成程、確かに彼が言うように人のネガティブな思考を加速させる何かしらが存在するのだとすれば、池や須藤はまだしも佐倉のようなメンタルの弱い生徒は体調を崩してもおかしくは無いかもしれない。

 

「……つまりあんたは、1年の中にその件に関わっている生徒が居るんじゃないかと考えたのか?」

 

 そしてその人物こそが、本来この話題の中心に居た人物――五条。

 

「正確に言うなら順序が逆だな。1年に原因があると考えたから奴の事を知ったというよりは、奴の事を知った後でこの件に結び付けたというのが正しい」

 

「うん?」

 

「先程、酷い年には自殺未遂をする生徒も居たと言ったが、俺は万が一にも自分の代でその様な生徒を出さないよう放課後に時間がある時は校内の巡回をするようにしていた」

 

 それは何とも……この男らしいと言えばらしいが、随分とマメな事だ。

 

「奴を見たのは4月に入って暫くした頃。その巡回中の事だ。

 日も暮れ出した夕暮れ時、本来なら人の寄り付かない特別棟に入っていく一人の人影を見た時、俺はもしやという懸念と共に後を尾けようとした」

 

 尾けた――ではなく尾けようとした。

 些細な言い回しの違いだが、綾小路は少なからず五条という人間を知っているが故に、その行動の結果についてなんとなく予想できた。

 

「結果から言って、その尾行は失敗した。

 俺が後を追おうとした瞬間、振り返った奴と目が合い――俺は動けなくなった」

 

 その感覚には覚えがある。

 綾小路は何となく、自分が五条と初めて会った時のことを思い返した。

 

「俺はある程度、自分の感性や直感で相手の実力は感じ取れるつもりだ。

 お前の事を初めて見た時も、底知れない男だと感じた」

 

「過分な評価だな」

 

 そんな綾小路の言葉はスルーし、堀北兄は言葉を続ける。

 

「底知れないという点では奴も同様だが、目を見た瞬間に吞まれると感じたのはアレが初めてだ。

 後になって、この学校の空気が改善されていると感じ始めた頃、俺は直感的に奴の仕業だと感じた」

 

「根拠はあるのか」

 

「はっきりとした物的証拠は無い。だが、調べた所今年の1年の中でその男だけが明らかにイレギュラーな行動を取っている。

 放課後は目的も無く敷地内を彷徨う事が多く、6月に入ってからは自らポイントを支払ってまで学校を休んでいる。

 何かしらの目的があって動いていると考えるのが普通だろう」

 

「成程……」

 

「綾小路、何故俺がこんな馬鹿にされるような話をここまで話したか分かるか?」

 

「……俺に奴の情報を探ってこいとでも言うつもりか?」

 

「探れとまで言うつもりはない。俺自身、この件に関して下手に深入りするのはリスクが高いと思っているからな。

 だが同時に、危険度も分からない問題をこのまま放置して良いとも思わない。

 もしお前がこの件で有益な情報を手に入れたなら、それとなくこちらに情報をリークしてほしい」

 

 あくまでこちらに強制することはなく、ただ得た情報を共有してほしいというだけの申し出。

 大したデメリットも存在しない以上、綾小路としても断る理由もない。

 

「わかった。その程度のことなら問題ない」

 

 むしろ、この状況は綾小路にとって僥倖。

 この時点で堀北学と手を組めることは、彼にとって一つのメリットがある。

 

「その上で、一つ頼みがあるんだがいいか?」

 

 そして綾小路は、彼に向かって一つの頼みを申し出た。 

 

 





 ちなみに堀北先輩が護君を初めて見たのは、彼は入学したばかりで呪霊の多さに辟易している頃でした。
 ぶっちゃけ単に機嫌が悪かったせいで、仕事中の目つきが荒んでた。 
 

 そして今回、南雲のキャラに関してちょっと迷走しました。
 あの人って、多分チームとしての勝利よりは自己の名誉を優先して動くタイプだろうなとは思ったんですが、何分あの人、原作でも決定的に打ちのめされた描写が乏しいから。
 今回、その辺りのリアクションを考えるのに苦労しました。

 その辺り、南雲雅という男を掘り下げる上で、自分なりに他の代表的な負けず嫌いキャラと比較してみたので、参考程度に下に載せておきます。

 あと、ついでに言っておくと作中で出した退学者数に関しては深く考えず割と適当にでっちあげました。
 もし原作との兼ね合いで数字がおかしいなって部分が出てきたら後々訂正するかもしれません。


~独断と偏見に満ちたキャラクター分析~

【南雲雅】
 勝利による利益より、勝利によって自分が優秀な人間であると自己の立ち位置を確認し、自己陶酔に浸りたいタイプ。平たく言うならナルシストタイプ。

【龍園翔】
 勝利による利益、他者からの名声より、相手を屈服させ自身の征服欲を満たすことに悦びを感じるタイプ。要するにサディストタイプ。

【坂柳有栖】
 勝負をゲームとして捉え、娯楽感覚で勝利を求めるタイプ。彼女にとって勝利とはある種のトロフィーのようなもの。つまるところゲーマータイプ。



夏休みの締めくくりの水着回、開催するならどっちがいい?

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