先に言っておくと、6時限目のホームルームに於いては特筆するような出来事は無かった。
体育館にて行われた全校生徒による顔合わせ。
先輩の簡単な挨拶に始まり、以降は学年毎、同じ組同士で話し合う流れとなったその時間。
同じ赤組同士AクラスDクラス間でも、どの程度協力関係を結ぶかについて話し合いが行われたのだが、その際Aクラス葛城はこう言った。
『そちらとの協力関係についてだが、すまないが現状保留としてもらいたい。
こちらのクラスでもどの程度協力するかについて意見が割れている。後日改めて話し合いの場を設けたい』
その発言を受け、Dクラス平田もこれを了承。
日を改めて、話し合いの場を設ける流れとなった。
そして現在、放課後。
綾小路清隆は、一人生徒指導室へと訪れていた。
学校という空間において、生徒指導室という部屋に良い印象を抱く生徒はまずいないだろう。
それは学生生活に馴染みの浅い綾小路にしても例外ではない。
彼が入学してから1学期を終えるまで、この場所に訪れたのは二度。
一度目は5月。この学校に関するシステムが明かされて間もなく。この場所で綾小路は担任である茶柱から入試の成績を堀北にバラされ、彼女に目を付けられるきっかけとなった。
二度目は1学期の終業式。再び呼び出された綾小路は茶柱からAクラスを目指さなければ退学させるぞと脅しを受けた。
たった二度ではあるが、嫌な印象を植え付けるには十分な思い出。
そして現在――三度目。綾小路は再びこの場所で茶柱佐枝と向き合っていた。
「……呼びつけるならせめて前もって言ってもらえませんか?
こうも毎回教室で呼び出されてたら悪目立ちして仕方ないんですけど」
「心配しなくとも、心証が悪くなって困る友人などお前には居ないだろう?」
「あんた一々こっちを貶さないと気が済まないんですか?」
この教師は教師の癖になんてことを言ってくれるのだろうか。
確かに目立たず平穏が第一の綾小路ではあるが、そんな一人も友人が居ないような口振りは心外である。
「まぁそれはいいだろう。手早く本題に入ろう」
言いながら、茶柱は机の上にタブレットを置いた。
今回の呼び出し、それは以前無人島試験の最中に結んだ約束を果たす為だ。
すなわち、Aクラス生徒に関する情報。
「……随分と時間が掛かりましたね。てっきり忘れられてるんじゃないかと思いましたよ」
「心配しなくても約束を反故にするつもりはない。遅くなったのは、単に渡すタイミングが見つからなかったからだ」
「タイミングですか。夏休み中なら幾らでも機会はありそうなものでしたけど」
「そうでもない。夏休み中に理由も無く生徒を呼び出せば目立つからな。
かといって、校外で落ち合うにしてもこういった生徒の個人情報は軽々しく持ち出していいものではない。許可なく持ち出せばバレた時に相応のリスクを覚悟する必要がある」
「そういうものですか」
個人情報のやりとり自体は学校側もある程度認めているという話だったが、現状綾小路を脅す立場である茶柱にしてみれば、やはり人目に付くのは避けたいのだろう。
なにせ校内には至るところに監視カメラがある。例え人目に触れずとも、そのデータが残ってしまえば後々誰かに追及される可能性は否定できない。
「さて、お前が求めていたAクラスに関しての情報だが……渡すに当たって一つ問題がある」
「問題?」
「以前に、お前とした約束の細かい内容を覚えているか?」
「まぁ、大体は」
嘘。正確には考え込むまでも無く、綾小路はその時のやり取りを一言一句覚えている。
「俺がポイントで個人情報を買えるかと聞いて、先生はそれを肯定した。
但しそのための条件として出されたのが、Dクラスを無人島試験で1位にすること。概ねそんな内容だったと思いますけど」
「そうだ。問題なのは、ポイントで購入するという点。
私が約束したのは、あくまでAクラスの情報を調べるところまで。
さて、確認だが綾小路。お前はこの情報を買えるだけのポイントを持っているのか?」
問いかけながら、薄い笑みを浮かべる茶柱。
それは、返って来る答えが分かりきっているが故の、底意地の悪い笑み。
「随分と今更になってから言うんですね」
「それはすまない。わざわざ念押ししなくても理解していると思っていたんでな」
白々しい台詞だ。
薄ら笑いを浮かべながら言われても説得力が無い。
「ちなみに、どれくらいのポイントが必要なんですか?」
「情報の程度にもよるが、こちらが生徒に対し開示できる範囲全てとなると一人あたり10万ポイント程度だ。
一般的には、探偵を雇って身辺調査をする料金相場よりは少し安いくらいか」
高いが、決して無茶とも言えない金額。
あくまで、こちらがDクラスでなければの話だが。
今月Dクラスに支給されるプライベートポイントは3万2千。そこから、更に以前のAクラスとの取引で差し引かれる分が1万5千。到底足りる額ではない。
この教師は、それを分かった上で言っている。
「……回りくどいですね。結局先生は俺に何をさせたいんですか?」
単に取引を反故にしたい訳では無いだろう。それだけなら、このタイミングで切り出すのは底意地が悪すぎる。
この教師は性格は悪いが、そういう無意味な嫌がらせをするタイプでは無い。
となれば、考えられる理由は一つ。
「以前にも言った通りだ。こちらに協力を願い出るならお前にそれだけの価値があると示して見せろ」
「無人島試験の結果だけでは不十分だと?」
「さっきも言ったが、個人情報を扱うとなればこちらにも相応のリスクが発生する。
正規の手順を踏みポイントを介して渡すならともかく、無償で渡すとなれば生徒に対する過度な肩入れとみなされる危険もある。
無人島試験の結果だけでは、こちらがリスクを冒すには少し足りないな」
「つまり、次の体育祭で結果を出せば無償で情報が貰えるということですか?」
「以前にも言った通りだ。こちらに協力を願い出るなら自分の価値を示して見せろ」
結局ところ、最初からこれが狙いだったのだろう。
綾小路が条件を達成しようと、何らかの形でケチをつけ次の譲歩を引き出す。
現状、未だ茶柱は綾小路に対し懐疑的だ。それは実力的な意味だけではなく、精神的なやる気の面を合わせての話。
本来、退学をチラつかせて脅すのは最後の切り札であるべき。それ以外にやる気を引き出す手段が有るならそちらの方がいいということだろう。
その上で思う。
(やっぱり、こうなったか)
綾小路とて、最初から取引内容にポイントを免除することまで含まれてないのは気付いていた。気付いた上で放置していた。何故なら、指摘しても意味が無いから。
そもそもこの約束自体が口約束。茶柱側が反故にすると言えば一方的に反故にされてもおかしくない取引。
所詮茶柱の裁量で全てが決まるなら、細かい条件など決める意味が無い。
そう、わかっていたのだ。
故に当然、綾小路は既に予め手は打ってある。
「確認ですけど、ポイントを払って情報を貰う分には問題無いんですよね?」
「ああ、ポイントを対価に取引を申し出るなら、こちらはそれを拒否する理由はない。
もっとも、今のペースでポイントを貯めていくならいつになるかわからないがな」
その返答に、綾小路は内心で「よし」と頷く。
言質は取った。最低限の条件をクリアした所で、綾小路は反撃に入る。
「ご心配には及びません。ポイントなら今この場で払わせてもらいます」
「なに?」
ここで茶柱の顔から笑みが消え、訝し気な表情が浮かぶ。
それと同時に――
――コンコンコンコン
室内にノックの音が響いた。
意図せぬ来訪者の訪れに、小さく目を見開きながらドアへと視線を向ける茶柱。
対する綾小路はそんな茶柱を見つめたまま、ドアの向こうに居る人物へと声を掛けた。
「どうぞ。入っていいですよ」
「ッ、綾小路。何を――」
「失礼します」
茶柱が止めるまでも無く、ドアの外に居た人物は入室してきた。
そこに居たのは、この学校の人間なら誰もが知る人物。生徒会長――堀北学の姿。
「……どういうことだ?」
予想外の人物の登場に、綾小路へと鋭い視線を向ける茶柱。
それに対し、綾小路は淡々と答える。
「どうもこうも。先生は勘違いしていたようですが、別に俺は最初から無料で情報を貰おうなんて思っていませんでしたよ。
取引をする上でポイントは必要。それならポイントを持っていそうな知り合いに相談するのは自然でしょう?」
「それで、生徒会長を頼ったのか?」
「はい」
おそらく今、茶柱の脳内では幾つもの疑問と困惑が行きかっている事だろう。
綾小路と堀北兄の繋がり。何故彼が綾小路に協力するのか。そして自分と綾小路の関係について知っているのか。
「……だとしても、堀北がお前に協力する理由があるとは思えないが?」
幾つもの思考が行き交う中で、茶柱が絞り出したのはそんな疑問。
その問いには堀北兄が答えた。
「自分も今年の1年Aクラスの生徒とは少々縁があったので。
綾小路の取引を知り、一枚噛ませて頂きました」
嘘は言っていない。
事実この男は、単に綾小路が困っているからという理由で助けてくれる程お人好しではない。
今回協力してくれたのは、あくまで彼自身にメリットがあるからだ。
「……そうか。どういう縁かは気になるが、それなら最初から同席すればよかっただろう。随分とタイミングの良い登場だったな?」
「それは仕方ないでしょう。俺だっていきなり先生に呼ばれたんですから。
ここに来るまでに急いで連絡したので、遅れてしまうのは当然です」
空々しくそんな返答を返す綾小路だが、事実は茶柱も察している事だろう。
お察しの通り、綾小路はここに来る前、事前に堀北兄のケータイへと電話をかけ通話状態にしていた。
勿論、茶柱とて今回の密談にあたって警戒はしていただろう。
何の事前連絡も無く今日の放課後になっていきなり呼び出したのも、おそらくはこちらに余計な準備時間を与え、妙な小細工をされないようにと警戒しての事。
その上で、しかし綾小路の方が一枚上手だった。
「さぁ、それじゃあ本題に戻りましょうか。確か一人当たり10万で情報を売って頂けるんでしたよね?」
既に10万ポイントで取引すると明言してしまっている今、今更レートを吊り上げ要求を上乗せすることなど出来はしない。
茶柱は一瞬苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、深く息を吐いてから諦めたように頷いた。
「……いいだろう。ポイントを支払うと言うならこちらも文句はない。素直に認めよう」
さて、長々と前置きが長くなったが、いよいよここからが本題である。
綾小路の隣の席に腰を掛ける堀北兄。
そんな二人の生徒を前に茶柱は居住まいを正し気を取り直すと、改め口を開いた。
「それで、誰の情報を知りたい?」
ポイントに限りがある以上、流石にAクラス全員の情報を得ることは叶わない。
できればカモフラージュも兼ねてターゲットの周辺人物諸々知りたい所だったが、それは諦めターゲット本人と、その接点が最も強い人物に焦点を絞る。
「五条護と坂柳有栖、この二人に関して明かせる限りの情報を下さい」
その名前を告げた瞬間、タブレットを操作しようとした茶柱の指がピクリと止まった。
「五条と坂柳か。少し待て。流石に勝手に操作しろとは言えないからな。今タブレットに必要な情報を出す」
なにやら気になる反応が垣間見えたが、それも一瞬。
茶柱は淀みない手つきでスムーズに画面をタップすると、程なくして目当ての画面を表示した。
「……出たぞ。まず五条に関してだ」
そうして二人の目の前に置かれるタブレット、
そこには、五条護に関する生年月日、家族構成、出身、入試から現時点までの成績、中学以前の評価など、様々な情報が載っていた。
その中で、真っ先に目を引いたのは一つの項目。
「……小学校の学歴が無い?」
それは、小学校の学歴欄。
中学校の学歴欄には各教科の成績や教師からのコメントが書かれているのに対し、小学校の欄に関しては
何故か、ほんの一時期の間だけ在籍していたという小学校の名前だけが記されていた。
「やはりそこが気になるか。私もそれを見た時は目を疑った。
どういう訳か五条は中学以前、小学校に在籍していた記録がほとんどない。あったのは小学5年の一時期、岩手の学校に在籍していたという記録だけだ。
しかもその学校も、既に廃校になっていて碌な情報が残っていない」
「廃校ですか? ちなみに理由は?」
茶柱の解説の中、聞こえて来た不穏な単語に堀北兄は疑問の声を上げる。
「なんでも校舎の老朽化による事故があったらしい。
もともと少数の生徒しかいない田舎の学校だっただけに、それがきっかけで取り壊しとなったそうだ」
その説明に、今度は綾小路が問い返す。
「何でそんな田舎の学校に? 五条の本籍地を見ると京都になってますけど」
「さてな。ついでに付け加えるなら中学は東京の学校に通っていたらしい。ちなみに引っ越したという記録も無い」
聞けば聞く程に奇妙な話だ。
小学校に通っていなかった。この事実を聞き綾小路が真っ先に思ったのは、五条が自分と同じような特殊な施設出身であるという可能性だ。
だが、その可能性は即座に否定する。
自分の場合、入学の際にそれらの情報は適当なデータに差し替えられているが、五条の場合それにしたって不自然過ぎる。
普通記録を改竄するなら、怪しまれないように差し替えるだろう。
「五条に関しては教員の間でも度々話題になる。なにせこの経歴だからな。
お前達はどうしてこいつが気になった?」
その疑問に答えたのは堀北。
「特に深い理由はありません。先生方がご存じかは知りませんが、五条とは先日ちょっとした勝負をする機会が有ったので。
そこであまりに一方的に負けてしまったので、興味を抱いた次第です」
「ビーチバレーの件か。成程、噂は聞いている。綾小路の方は?」
「こちらも特に深い理由はありませんよ。
同じ学年であそこまで目立つ生徒が居たら気になるのも仕方ないでしょう?」
「ふむ……まぁいいだろう」
胡散臭く思いながらも然程興味も無いのか、茶柱はひとまず形だけでも納得したようだった。
「それにしても、よくこんな不審な経歴で入学が認められましたね?」
自分の事を棚に上げながら、話を逸らす意図も兼ねて綾小路はそんな感想を吐き出す。
「それも五条の奇妙な所だ。中学の成績を見てみろ。概ね全ての教科で優秀な成績を収めているが、出席率がやけに低い。
なのにどういう訳か、それら欠席の大半が公欠として扱われ問題視されていない」
「ちなみに欠席の理由は?」
「家庭の事情と、それだけだ」
「それだけですか?」
綾小路だけでなく、堀北兄も揃って怪訝な表情を浮かべた。
そんな雑な理由で公欠が認められるなど、普通に考えたら在り得ない。
「ちなみに、その実家はどういう仕事をしてるんですか?」
「寺社仏閣の経営だそうだ。実家はかなりの名家らしい」
「寺社仏閣ですか……」
あまりに馴染みの無い業種が出て来たことに、戸惑いを深くする堀北兄。
果たしてそのような家業で、どのような事情があれば頻繁に公欠するような事態になるのかと疑問なのだろう。
綾小路も同様の疑問を抱きつつ、しかし一方でここまで聞いた情報に関して、自らの知識の中にに僅かな引っ掛かりを覚えた。
「京都の名家で、五条……?」
その呟きが聞こえたのか、茶柱は「ほぅ」と興味深げな視線を向ける。
「そこに引っ掛かりを覚えるということは、知っているのか? 綾小路」
「知っている?」
その言葉に、何のことかと堀北兄からも疑問の視線が向けられる。
二人から視線を向けられ居心地の悪さを感じながら、言い訳をするかのように言葉を紡ぐ。
「……別に大したことじゃありません。以前に参考書で見た内容を少し思い出しただけです。
仮にそうだったとしても、だからどうしたって話でしかありませんし」
「それを覚えていただけでも大したものだがな。
普通こんな知識は一般的に学校で学ぶような範囲じゃない。私のような歴史を専攻する教師が、半ば趣味で覚えるような範囲の知識だ」
どうやら自分は本来学生の知らない範囲の知識に反応してしまったらしい。
茶柱から一層目を付けられる要因が増えてしまった事実を見て、綾小路は内心で小さく歯噛みした。
「一体、何の話だ?」
二人が何の話をしているのか分からず、堀北兄から疑問の声が飛ぶ。
「まぁ、流石の生徒会長でも知らないのは無理はない。むしろ知っている綾小路の方がおかしいのだからな。
簡単に説明すると、五条家というのは鎌倉時代に成立した公家の一家だ。その本流は更に古く、歴史的にも有名なある人物に連なる家系として記されている。
その人物の名前なら、間違いなくお前も知っているだろう」
「ある人物?」
もっとも、こんなのは先程綾小路も言ったが、だからどうしたという程度の話。
仮に五条が
そう理解しながら何故か、続き茶柱の口から発せられた名前はやけに綾小路の耳に響いた。
「
ちょっと今回、短めになってしまいました。
最初は全校集会の様子とかも書こうかとも思ったんですが、ぶっちゃけ現時点じゃ然程特筆するようなことが思い浮かばないなぁ~と言うことで、最終的に端折ることに。
あと、今回の話と並行してちょっとしたオマケ小話も書いていたんですが、そちらもちょっと間に合わなかったので、次回合わせて投稿しようと思ってます。
次回からは本格的に体育祭の練習と作戦会議に入っていく予定です。
-追記-
なにやら今回、感想欄で個人情報の売買に関して茶柱終わってんな的なコメントがチラホラ見られたので、ちょっと補足を入れておきます。
まぁ、茶柱が終わってるのは事実として、一応今回の個人情報売買に関して言えば、この範囲なら売買しても問題なさそうだなと思える情報に限定したつもりです。
例として、例えば原作における櫛田や一之瀬の学級崩壊や万引きの経歴などは流石に学校側としても明かすのはアウト。
その他中学以前の成績や家族構成なんかはセーフという判定にしておきました。
一応この基準を作った根拠として、まず成績に関して。
この学校、少なくとも成績に関して言うなら2年次にOAAというプライバシーもへったくれもないシステムが導入されるんですよね。なので中学以前の成績に関してもその延長という形で明かしてもおかしくなさそうだなと判断しました。
次に家族構成や出身などがセーフと思った根拠として。
これらの情報って世間一般的には探偵を雇って調べられなくもない情報だと思うんですよね。言うてそっち方面に詳しくないから勝手な印象だけど。
なので学校側がポイントで公開できる情報として、比較的簡単に調べられる経歴くらいなら含めても問題ないかなと思った次第です。
以上。茶柱の行動も学校もクソだけど、一応ルール的に彼女の行為はセーフ判定ですよという解説でした。
夏休みの締めくくりの水着回、開催するならどっちがいい?
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よう実4.5巻準拠。学内プールに行こう
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高専メンバー参加型。学外で皆と楽しもう