よう実×呪術廻戦   作:青春 零

8 / 61
8話 学生寮に到着

「護君、結局1ポイントも使いませんでしたね?」

 

 結局お茶会の後、護は有栖の買い物に付き合い、生活必需品を買い揃える流れとなった。

 とはいえ、護の方は1ポイントたりとも使っていない。

 

 誤解なきよう言っておくと、有栖に奢らせたという話でもない。

 学内の店の中には、おそらくはポイントを使い切った者に対する救済策なのだろう。無料で提供している商品が幾つかあり、護はそれにしか手を出さなかったのだ。

 

「ま、とりあえずはこれで間に合わせるさ。どうしても必要な物があれば、後で買えばいい」

 

(不自然に思われるから買ったけど、正直これもいらないんだよなぁ……)

 

 実のところ、護はこれすらも必要としてはいなかったのだが、隣の有栖の視線を気にして、それを表情に出すことはなかった。

 

「そうですか」

 

 色々と鋭い有栖である。

 当然護の行動にも疑問を抱いているのだろうが、判断材料もないためにそれ以上の追及はない。

 

「しかし、すごい監視カメラの数だったな」

 

 有栖が不信感を抱いていることを察した護は、話を逸らすべく別の話題を持ち出した。

 

「やはり、護君も気付いてましたか」

 

 護達はいくつかの店舗を回ったが、道中の公道や店の中で目についたのが、至る所に設置された監視カメラだ。

 それは、防犯を目的としたものにしてはあまりにも多く、明らかに他の意図で設置されていることが透けて見えた。

 

「おそらく、普段の生活態度も評価の対象になっているのでしょう」

 

「だろうな」

 

 護にとって、無駄な時間になるかと思った買い物だったが、事前に監視カメラの存在に気付くことができたのは、いい収穫だった。

 もし知らずに動いていた場合、カメラには不審な行動をとる護の姿を捉えられていたかもしれない。

 巡回をする前に気付けて良かったと、護は内心でホッとした。

 

(とりあえず、この娘を寮に送ったらUターンするか)

 

 時刻は午後4時前。もう太陽が薄らとオレンジ色に変わってきているが、まだ出歩いても不自然な時間帯ではない。

 

(さすがに今日中に敷地全部は無理にしても、多少は「(くさび)」を打ち込んで置きたい)

 

 「楔」それは護が術式効果を付与した呪具の呼称だ。

 護の術式は、主に空間操作を可能にする、結界術の類である。

 予め自身の呪力にてマーキングした場所への転移。一定量以上の呪力を感知する結界の配置。

 護の術式はそれらを可能とする。

 

 以前に、坂柳理事に渡したお守りも、同系統の呪具だ。あのお守りには、一定量以上の呪力を感知した際にそれを護に伝え、且つ転移を可能にするマーキングが施されている。

 

 この学校の敷地は、60万㎡を超える広さだ。

 1日や2日で回りきれる広さではないが、だからこそ初日のうちから少しでも進めておきたいと、護は考えていた。

 

「あそこが寮ですね」

 

 考え事している最中、横から聞こえた有栖の声で護はふと我に返る。

 護も寮を確認しようと、有栖の視線の先へと目を向け――

 

 ――表情が固まった。

 

(……マジか)

 

 護が目を向けた学生寮は、全校生徒を収容できるだけあって、かなりの大きさだった。

 流石は、国営の学校というべきか、よほどの金を掛けられていることがわかる、立派な外観。

 

 しかし、護が注目したのはそこではなかった。

 

(いるな……呪霊。しかも2体や3体とかいうレベルじゃなく)

 

 その学生寮からは、綺麗な外観にはそぐわない呪いの気配が、寮の至る所から発せられていた。

 

(マジかぁ……)

 

 護は内心で、再び同じ嘆きを繰り返した。

 

「どうかしましたか?」

 

 護の様子の変化を察したのか、有栖から声を掛けられる。

 護は引き攣りそうになる表情を抑えて、どうにか返事を返した。

 

「いや、何でもない」

 

「そうですか?」

 

 察しの良い有栖である。護の異変を感じていたはずだが、疑問を抱きながらもそれ以上聞き返してくることはなかった。

 護は改めて学生寮を眺めて、考える。

 

(どうしてこんな……いや、ある意味当然か)

 

 あまりにも至る所から感じられる呪いの気配に、一瞬何故だと疑問を抱くが、しかしすぐさま原因に思い至る。

 そもそもが道を歩けばポツポツ呪霊が見えるほど、負の念を抱えた学生たちのいる学校だ。

 そんな学生たちが日々生活している居住空間。呪いが蓄積しやすいのもある意味当然の話である。

 

(……本当に自殺者とかいるんじゃないよな?)

 

 以前にまさかと考えた可能性だが、実際に学生寮を見ていると割と現実味を帯びてきた。

 とはいえ、今はそんなことを考えている場合でもない。 

 

 言っても、低級の呪霊の気配。護にとっては大した相手ではないが、厄介なのは呪霊の危険度などではなかった。

 

(一つ一つの気配は小さいが、数が多すぎる)

 

 なまじ建物自体が大きいだけに、広範囲に散らばっているのが問題だった。

 寮の中を駆けずり回って、祓っていっては間違いなく不審者扱いされる。同じ建物内に女子寮のスペースもあるのだから、猶更だ。

 

(これは、かなり面倒くさいな)

 

 本来であれば、学生全員が出払ってる昼間にでも、「(とばり)」を降ろして祓い回るのが一番手っ取り早いが、問題が二つ。

 学校を休むことではない。それは最悪ポイントで何とかなる。

 

 問題は、あのサイズの学生寮なら管理人が複数人常駐しているだろうというのが一つ。

 帳とは疑似的な夜の環境を作って呪霊を炙り出し、周囲の人間の認識も遮る結界のことだ。

 しかし欠点として、すでに建物内部にいた一般人は、そのまま帳の中に閉じ込められることになる。

 

 そして二つ目。町中のカメラの数から言って、寮の中にも大量のカメラが仕掛けられていることが予想できる。

 同じ建物内で男子寮と女子寮が混在しているのだから、まず間違いない。

 

 監視の目が厳しい以上、大っぴらに動き回ることはできない。

 

 こうなってくると、取れる手段は限られてくる。

 

(地道に、少しずつ祓っていくしかないか?)

 

 3級以上の呪霊の気配があれば多少は強引な手段もとるが、現状感じられる気配はそれほど強くない。

 最悪、理事長の手を借りて寮の人払いをさせる手もあるが、あまり大掛かりに周りを巻き込むのは、向こうとしても望ましくないだろう。

 

 毎日地道に見回りをして祓っていく。それが一番無難な手であると結論付けた。

 

(とりあえず、町中に楔を打つのは後回し。まずはこっちが先だな)

 

 護の中ですぐさま優先順位の変更が行われる。

 寮内で呪霊の気配に変化があればすぐに察知できるよう、まず寮内に仕掛けを施すことを決めた。

 

(ああ……本当に面倒臭いなこの学校)

 

 当初の予定からは、あまりにもずれすぎている現状。

 護は深くため息を吐きたくなったが、すぐ傍にいる有栖の目を気にして、それをこらえた。

 

 しかしそこでふと、護は隣にいる有栖の様子が、何やらおかしいことに気が付いた。

 護に対してではなく、寮の方を向いて何やら訝しげな表情を浮かべている。

 

「どうかした?」

 

 先ほど有栖に問いかけられた言葉を、今度は護が問い返した。

 

「いえ、うまく言えないのですが……なんだか寮に近づくにつれて、寒気……というか妙な感覚が」

 

 常時、自信に満ちた様子の有栖にしては珍しく、はっきりしない物言いだ。

 護はそんな有栖の様子を見て、僅かに目を細めた。

 

(呪霊の気配を感じているのか?)

 

 確定ではない、だがあまりにもタイミングが重なりすぎていることから感じた可能性。

 同時に、護は入学前の理事長との対談を思い出していた。

 

(理事長の方も勘が鋭いとは言っていたけど、そういう血筋か?)

 

 あるいは有栖の人並外れた洞察力も、こういった勘の良さが影響しているのかもしれない。ほとんどこじつけのような推測だが。

 

(けど、仮にそうなら少しまずいか)

 

 本当に有栖が呪霊の気配を感じているのだとすれば、少々厄介なことになる。

 

 気配を感じる。それは見方を変えるならば、影響を受けやすいということだ。

 何かがいるような気がする。しかしその何かが見えない。人は誰しも見えない存在に対し、少なからず恐怖を抱く。

 そして呪霊は、そんな恐怖の感情から生まれ、恐怖の感情に引き寄せられる。

 

 とにかく、あまり意識を向けさせるのはまずいと、護は口を開いた。

 

「ずっと外にいたから、体が冷えたのかもしれないな。早く寮に入ろう」

 

「そう、ですね」

 

 有栖も今一つ納得できない様子だったが、とりあえずは頷いて歩を進めた。

 

 寮へと入り、管理人から鍵と寮生活のマニュアルを受け取って二人はエレベーターで上階へと昇る。

 

「わざわざすみません。部屋まで送ってもらって」

 

「別にいいさ。大した労力じゃない」

 

 有栖の両手は鞄と杖で塞がっているため、彼女の分の手荷物も今は護が持っているのだ。

 護の方はそのことを大して気にした様子もなく、返事をする。

 

 エレベーターから降り、二人は有栖の部屋の前へと到着した。

 

「中まで運ぼうか?」

 

「はい、お願いします」

 

 本来ならば女子の部屋に入るというのは、少しばかり気を遣う状況であるのだが、今日は入寮初日。室内の様子など、誰の部屋も大体同じである。

 護はためらうことなく、荷物を持って部屋へと入った。

 

(呪霊はいないな)

 

 幸いなことに有栖の部屋に呪霊の姿はなかった。近くの部屋にも気配は感じられないため、護はほっと一安心する。

 

「荷ほどきは、一人で大丈夫?」

 

 買い物袋を入り口に置きながら、護は有栖に問いかけた。

 学校は、生徒が外部から物を持ち込むことを禁止しているが、流石に最低限の衣類などは、各部屋へと送り込まれているのだ。

 女子の荷物に触れるわけにもいかないとは思いながらも、入り口近くに積まれた段ボールを見て、護は一応問いかける。

 

「フフ、ええ。大した量はないので大丈夫ですよ。それとも護君は、私がどんな服を持っているか見たかったですか?」

 

 護の問いかけに対し、有栖はからかうような笑みを浮かべて聞き返した。

 どうも有栖は、護の動揺する姿が見たいらしい。事あるごとに、逐一こういう言動を混ぜてくる。

 

「いや、別に」

 

 が、そんな風にあっさりと返事をする護に対し、今度は一転してムッと、不機嫌そうになる有栖。

 有栖自身、現状恋愛感情を抱いているわけでもないだろうが、流石に何の反応もないのは女子としてプライドが傷つくらしい。

 

 そんな有栖の様子をよそに、ふと護は思い出したように、ポケットから学生証端末を取り出した。

 

「そういえば連絡先、交換してなかったか」

 

 学校内では、外部との連絡を禁止されている規則のため、個人の携帯は持ち込みできない。

 その代わりに、学生証が学内における携帯電話として扱える。

 

 有栖は護の言葉に不機嫌な様子から一転、面白そうに笑みを浮かべた。

 

「おや、護君から言い出してくれるとは思いませんでした」

 

 そう言って有栖も端末を取り出す。

 

「どうせ必要になるだろうからね」

 

「フフッ、ええ、そうですね」

 

 そう言って、二人は連絡先を交換した。

 端末をしまうと、護は改めて有栖に向かい直る。

 

「何か、困ったことがあったら連絡してくれ」

 

「はい? ありがとうございます」

 

 護の言葉に、有栖は一瞬らしくもなく、困惑したように首を傾げた。

 先ほどまでの護は、頼れば助けてくれるが、有栖と交流を持つこと自体には不本意な様子を見せていた。

 そんな護の対応の変化に、疑問を抱くのは当然のことだろう。

 

 しかし護の方からしてみれば、この呪霊の数と有栖の体質を考えれば、心配するなというのが無理な話である。

 もっともこの言葉で、余計に有栖からの遠慮がなくなることも予想できたが、何かが起こるよりはマシだと、護は考えた。

 

「それじゃあ、また明日」

 

「はい。御機嫌よう」

 

 そう言って綺麗な姿勢で礼をする有栖を背後に、護は部屋を出た。

 

(さて、と)

 

 部屋を出ると、護はすぐさまその場を去る――ことはせず、改めて有栖の部屋の扉へと向かい直り、自分の胸の前で人差し指と中指を立てた形の印を組んだ。

 一般人からしてみれば何をしているのかわからない行為。しかし呪術師が見ていれば、その変化を如実に捉えていただろう。

 

 一見するとガラスのような半透明な壁。それが有栖の部屋の扉の前に現れた。

 

(チラッと見た感じ、部屋の大きさはこれくらいか。

 まぁ、多少大きくてもいいだろ。どうせ普通の人間には見えも触れもしないし)

 

 護が行ったのは、有栖の部屋の周囲に立方体の結界を張る作業だ。

 この結界に護が持たせた効果は、強い呪力を持った存在の遮断というもの。

 

(とりあえず、今晩くらいは持つだろう)

 

 護が作る結界は、無制限には存在していられない。

 その存在を維持し続けるには、常に呪力を供給する必要がある。仮に供給が行われない場合、最初に込めた呪力量にもよるが、ある程度の時間で消失してしまうのだ。

 

 これでひとまず一件落着、と行きたいところであるが、本来の仕事はこれからである。

 

「まずは、屋上に行ってみるかぁ」

 

 そう面倒くさそうに呟くと、エレベーターへと向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 




 そういえば、感想欄を見ていると、呪術廻戦側の戦闘シーンとか、期待している方が結構いるのかな、と思ったんですよね。
 
 ただ、もしそうなら申し訳ない。少なくともしばらくの間は、戦闘シーンを差し込める展開は来なさそうです。

 言うても学校の中には低級の呪霊しかいないって設定だし。とりあえず、大きな動きがあるとしたら、クリスマスの百鬼夜行。
 もっとも、そこまで続けられるかどうか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。