よう実×呪術廻戦   作:青春 零

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9話 帰宅後、最強と会話

「疲れた……」

 

 時刻は午後9時を過ぎたころ。

 護は自室に入るなり、入り口で靴も脱がないまま、座って突っ伏していた。

 

 有栖の部屋を去った後、護は屋上から始まり、寮の各階、および寮の外周りも含め見回り、楔の設置を行っていた。

 そしてたった今、ようやく作業が一段落し自室へと戻ってきたところだった。

 

(どうにか寮内の感知結界だけは張れたけど……ほんと、監視カメラ邪魔)

 

 カメラの死角を探し、一つ一つ楔を仕掛けていく作業は、体力的、呪力的には問題なくとも、精神的な疲労感を蓄積させた。

 

 更に言うならば、今回張った結界は呪霊のレベルが危険域になった際、すぐに察知できるというだけの物。現在寮内に存在する呪霊の位置まで、詳細にわかるというものではない。

 つまるところ、呪霊を祓うための見回りは今後も必要ということであり、これからの仕事が楽になる訳ではないのだ。

 故に一段落したといっても、楽観はできない。

 

(しかしこれだけの数が発生してるくせに、低級しかいないのも、中々おかしな環境だな)

 

 呪霊の発生条件については、未だ未解明な部分もあるが、一般的には狭い範囲に多くの呪いが溜まるほど、強い呪霊が生まれてくるというのが定説だ。

 おそらくは長い間、呪術師の手が入らなかったからなのだろう。

 この広大な敷地内で、緩やかに呪いが溜まった結果が、低級が広範囲に散らばっている、今の状況なのかもしれない。

 

(だとするなら、今日明日でいきなり状況が悪化する可能性が少ないのは救いか)

 

 そう考えれば、僅かだが精神的に余裕も生まれてくる。

 そうして気が緩んだからだろうか。ふと、護の腹からグゥと音が鳴った。

 

「腹、減ったな」

 

 他の学生たちが食堂で食事をしているときも、護は黙々と寮内を見回り、作業を遂行していたのだ。

 どんな呪術師であろうと、食事をしなければ腹も減るし、眠らなければ疲れも溜まる。

 今日はもう休もうと、護は靴を脱いで部屋に上がった。

 

 そして、指で印を組む。

 

「開門」

 

 そのように呟いた瞬間、目の前には白い壁が出現した。有栖の部屋に張ったような半透明な結界ではなく、その壁の向こうが全く見えない程に、真っ白い壁。

 護はそのまま壁に向かって歩を進めると、壁の中へと沈んでいった。

 

 壁を抜けたその向こう。護の前に広がる光景は寮の自室ではなく、ただただ白いだけの空間だった。

 壁も床も天井も全てが白。不思議なことに光源もないのに視界がはっきりとしており、部屋そのものに明かりが満ちているようだった。

 

「我ながら、気持ちが悪い『部屋』だな」

 

 護が「部屋」と呼ぶこの空間は、護の術式によって構築した異空間である。

 空間の構築。これを聞くと、それはまるで世界の創造。神のごとき能力にも聞こえるが、実際のところそれほど大げさな物でもない。

 

 この空間の構築には膨大な呪力と精密な呪力操作が必要となり、長い時間をかけてもほんの僅かずつしか広がらないのだ。

 それはまるで、マッチで城を建てるかのような緻密で繊細な作業。

 

 護は10歳の頃より毎日の日課として徐々にこの空間を広げていったが、現在に至るまで、せいぜいガレージ2個分程度の広さしか構築できてはいないのが現状だった。

 

 しかし、この空間にはそれだけの時間と労力をかけても、作るだけの価値が存在する。

 その価値とは幾つか存在するが、特に護が重用している機能が空間の接続である。

 

「開門」

 

 この空間は過去に護が呪力によりマーキングしたポイントと、自由に接続することが可能なのだ。

 空間転移自体は、護はこの部屋を経由しなくても行えるが、その場合は、自分の呪力を感知できる範囲にしか転移はできない。

 しかし、この部屋を中継すれば、距離は関係ない。世界中のどこであろうと飛ぶことが可能になる。

 

 

 護は先ほどと同じように現れた白い壁を潜り抜けた。

 そうして進んだ先、繋がっていたのは一つの部屋。先ほどの学生寮とは違う間取り。開いたカーテンから見えるのは、宝石のようにキラキラと明かりを放つ、東京の景色。

 

「……ん、やっぱ自室が落ち着く」

 

 そこは、護が入学前から使用していたマンションの一室であった。

 護が有栖との買い物で、一度としてポイントを使わなかったのもこれが理由だ。

 そもそも、必要な物全てがそろった自室と自在に行き来できる護には、改めて生活用品を揃える必要などないのだから。

 

「今の時間って出前、頼めたっけ?」

 

 気怠そうにしながら、食事をしてさっさと眠ってしまおうと、護はリビングの扉を開いた。

 

「あ、おっかえり~。遅かったね?

 お風呂にする? ご飯にする? それともエ・イ・ガ?」

 

 そこにはソファーに座り、映画を見ながらピザをつまんでる、白髪目隠し男、五条悟の姿があった。

 

「……なんでいんの?」

 

 疲れているからだろうか。聞きなれている筈の、テンションの高い声がやけに頭に響く。

 護は眉間に手を当てながら、絞り出すように問いかけを発した。

 

「ん~、そろそろ護が帰ってくるかと思ってね。

 あ、ピザ護の分も頼んどいたよ」

 

「あ、それはありがとう……って、そうじゃなくて何の用? 疲れてるからさっさと寝たいんだけど」

 

 空腹故に一瞬ピザに気を取られるが、すぐさま我に返って用件を問いただす。

 

「つれないねぇ。可愛い弟の、楽しい学校生活の様子を聞きに来ただけなんだけどな~」

 

「そんな、暇な立場でもないでしょ」

 

「いやいや、たった一人のマイスウィートブラザーのためなら、いくらでも時間なんて割いちゃうって」

 

 無駄に良い発音でそんなことを言われるが、今は全く嬉しいと思えなかった。

 

「……いやもう、俺本当に疲れてるから。用件があるなら早くして」

 

「……本当に疲れてるみたいね。どしたの?」

 

 本気で疲れた様子の護を見て、悟は意外に思ったのか、ふざけるのをやめて真面目な様子で聞き返した。

 

「あの学校マジで面倒くさい。監視カメラ多すぎ。学生寮に楔を打ち込むだけで今日は終わった」

 

 流石に長い付き合いだけあって、護が本気でうんざりしているのが分かったらしい。

 悟は同情するように言葉を返した。

 

「マジか。そりゃ災難だったねぇ」

 

兄さん(あんた)が持ってきた仕事だよ)

 

 護は内心で毒づいた。

 

「……で、兄さんの方は、何の用?」

 

 溜まっていた鬱憤(うっぷん)を口に出したことで、僅かに落ち着いた護は、改めて悟に問いかけた。

 

「いやぁ、高専の方も新一年生が来たからね。護も知っておいた方がいいかなぁ~と、思って」

 

 そう言って、悟は1冊のファイルを差し出した。

 護にしても新しい高専術師の詳細は気になる情報である。素直にファイルを受け取りページを開くと、そこには護の見知った顔が映っていた。

 

「へぇ、真希さんと狗巻さんとこの」

 

 五条家と同じく御三家の一つ、禪院家の禪院真希(ぜんいんまき)

 言霊を操る呪言師の家系、狗巻棘(いぬまきとげ)

 それほど会話をしたことはないが、家の関係上、軽い面識だけはある二人だった。

 

 そして三人目。ページをめくりそのデータを目にした瞬間、護の目は見開かれた。

 

「は、パンダ?」

 

 三人目のデータに入っていた写真はパンダだった。つぶらな瞳に丸い耳。白黒の体毛。

 パンダのような人ではなく、純然たるパンダの写真がそこにあった。

 

「え、いや、いいの? てか、したの? 入学」

 

「うん、した」

 

 護の驚きは、別にパンダがそこにいることに対する驚きではない。

 そのパンダがただのパンダでないことは、護も知っている。

 というか、呪術師をやっていればこんなパンチの効いた存在、噂くらいは耳にする。

 

 呪術高専東京校学長、夜蛾正道(やがまさみち)

 「傀儡呪術学(かいらいじゅじゅつがく)」――ようは人形に呪いを込めた「呪骸(じゅがい)」を操る学問の第一人者であり、パンダとはその人が作った最高傑作。

 意思を持った呪骸である。

 

「別に俺は偏見ないけどさ。よく上が認めたね」

 

 呪骸を呪術師として認めるなんて、伝統だの血統だのにうるさい上層部が認めるとも思えない。

 どうやったのかと、大方の予想はつくが、護は兄に視線で問いかけた。

 

「この程度のこと、僕にとってはカップ麺を作るくらい簡単なことさ」

 

(どうせゴリ押ししたんでしょ)

 

 得意げに胸を張る悟を見て、護は内心で白けた視線を向けた。

 

「んで、一応護も改めて3人と顔合わせくらいしとこうと思ったんだけど……無理そうね」

 

 疲れた様子の護を見て、流石に忙しいことを感じ取ったのか、悟は珍しく遠慮するような声を掛けた。

 

「んー……どうしても必要なら時間くらい作るけど」

 

「いや、いいよ。別に急ぐ必要もない。そっちの時間ができてから会わせよう」

 

「そう? 助かる」

 

 護は心底ホッとした。

 仕事の方もそうだが、学校のシステムも大分厄介そうである。通常の学生生活でもかなり忙しくなることが予想される以上、自由にできる時間はあまりないだろう。

 

「で、護の方は? 学校どんな感じ?」

 

「どんなって、さっき言った通りだけど」

 

「そうじゃなくて、日本一の高校とやらがどんな学校なのかと思ってね」

 

「あー……その辺り、学校のことは外に漏らさない契約だから」

 

「そう硬いこと言わずに、僕だけにこっそ~り、教えてくれればいいから」

 

「ダメだって。術師にとって契約や約束は重要な意味を持つ。俺にそう教えたのは兄さんだろ?」

 

「真面目だねぇ」

 

 そう言う悟だが、護が真面目な性格に育ったのは彼が一因である。

 幼い頃に家族から見放されていた護を拾い上げ、鍛えてくれた恩人。しかし護は、この人の人間性までは見習っていけないことを、早い段階で理解していた。

 

 五条悟の傲慢なまでに自由人な振る舞いは、彼が最強だからこそ許されていることである。

 自分にはその資格がない。護にはそれがわかっている。故に兄のお茶らけっぷりに比例するように、真面目な性格に育ったのだ。

 

「ちぇー」

 

 と、いい大人のくせして、口を尖らせて拗ねた反応をする悟。

 そんな悟の姿を見ているとふと、昼間の有栖との会話を思い出した。

 

「天才、か」

 

「ん、何か言った?」

 

 あまりにも小さく呟かれたその声は、どうやら悟には聞こえなかったようだ。

 

「いや……人間知らないほうがいいこともあるなって、思っただけ」

 

「どうした、急に?」

 

(あの娘は天才を格調高く見てるようだけど、今の兄さんを見たらどう思うんだろうな)

 

 そう考えると、なんだか少し笑えてしまった。

 

 

 

 

 




 はい、今回出した「部屋」の存在が、護君の術式の、ぶっ壊れ要素の一つです。
 とはいえ、当面戦闘シーンもないので、活躍するのは、滅茶苦茶後になるかとは思いますが。

 それと、五条先生の話し方って、こんなんでよかったでしょうか。
 私自身これじゃない感はあるのですが、話術が堪能ではない私には、あの人のテンションを表現するのが難しい。
 
 
 あ、あとどうでもいいかもしれませんが、気になる方のための設定紹介。
 護君が住んでるマンションは、五条先生名義で契約してます。基本実家が嫌いなため、五条先生は忙しいので、ほぼ一人暮らし状態です。

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