これは明日死ぬかもしれねぇ……
否ッ! キタちゃんを育成するまで俺は死ねねぇ!
人の夢は!!!終わらねぇ!!!(ドンッ!!
スマートファルコン Ⅰ
“第4コーナーカーブ! 最終直線に入って先頭は……おぉ〜とっ!? ここで外から***がものすごい速さであがってきたぞォォォォォ!"
とある時代、とあるレース場。
1人のウマ娘のまくりに、観客席からは歓喜と驚きの混ざった歓声が盛大にあがる。
始めこそぱっとしない順位であったものの、第3コーナー付近から徐々にバ群の外側に抜けてスピードを上げていき、第4コーナーを過ぎる頃には完全に1人だけ抜け出した状態になっていた。
“ゴ、ゴーーーールッ!? 圧倒的ッ! 2位から大きく差を離して今、ゴールしましたァァァァァ!!”
「す……すげぇ」
観客席の最前列。
一瞬で目の前を横切り、気がついた時にはゴール板を突き抜けていたウマ娘の速さに圧倒された少年は、自分より高い柵に身を乗り出しながら体の底から震えていた。
初めてのレースに初めて間近で見るウマ娘は額から流れる汗も相まって、少年からはこの世のどんなものよりもまばゆく輝いているように見えた。
「父さん! あの娘、父さんの担当しているウマ娘なんだよね?」
1位でゴールしたウマ娘を指差し、少年は隣に立つ父親の袖を引っ張る。
そして、少年の質問に対して父親が小さくうなずいたことを確認すると、再びウマ娘のほうを向き、
「俺もいつか、父さんみたいにすごいウマ娘を育てる、すごいトレーナーになるんだ!」
そう宣言した少年は嬉しそうに口角を上げた父親に頭をくしゃくしゃにされると、2人に気づいたウマ娘が近づいてきて父親と何か話し始めた。
その様子を最も近くで見ていた少年の瞳には、普段自分には見せない真剣な父親の顔がウマ娘に負けないくらい輝いて見え、
(いつか、自分も……)
そんな想いをより一層強くしていったのだった。
☆☆
日本ウマ娘トレーニングセンター学園。
通称トレセン学園。
約80万㎡の敷地に2000人弱の生徒であるウマ娘たちが通うこの学園では、Eclipse first,the rest nowhere.(唯一抜きん出て並ぶ者なし)を校訓とし、日々勉強やダンス、レースのトレーニングなどが行なわれていた。
普通の人間であれば、1週間も保たないであろう過密スケジュールだが、ウマ娘にとっては本当の意味で夢が叶う場所。
すべては“トゥインクル・シリーズ”と呼ばれる数々のレースで優勝し、その後に行われる“ウイニングライブ”にてセンターに立つという、人生において片手で数える程度しかないであろう輝きを手に入れるために、毎年高い倍率をくぐり抜けてきたウマ娘たちが夢と希望に満ち溢れて、この学園に入学してきた。
まさにリアル“千葉県の有名な遊園地”みたいな学園だが、実際には多くの問題を抱えている。
その1つが、圧倒的なトレーナー不足である。
ウマ娘がトゥインクル・シリーズに参加するには、トレーナーの存在が必要不可欠。
つまり、ウマ娘とトレーナーは“一心同体”の関係なのだ。
しかし、そんなトレーナーになるための登竜門はウマ娘がトレセン学園に合格するよりも狭い。
知識や学力だけではなく性格や時には家柄までもが審査の対象になるともいわれている。
そんな、すべてにおいて選ばれし者だけが通うことの許される学園。
だからこそ、大切なことは声を大にして叫びたい。
「人手が足りなすぎるだろぉぉぉぉぉぉッ!!」
トレセン学園の一室、机の上に何十枚と積み重なった書類の山に囲まれ、トレーナー歴2年目の
2年目といっても1年は実習期間であったため、実質新人トレーナーである蓮にはまだ担当のウマ娘がついていなかった。
そのため、学園から雑務係として書類処理を頼まれたのだが、その量の多さは一般的な社会人2年目が捌ききれる量ではなかった。
「これで1割程度って、
連日の残業に加え、終わりが見えないへの絶望で愚痴と弱音を吐いて机に突っ伏す。
就業時間は過ぎていたので、一旦気分転換として重い体に鞭を打ち、冷蔵庫からエナジードリンクを取り出した蓮は新鮮な空気を吸おうと窓を開けた。
しかし、そんな蓮の想像以上に春の夕風は強く冷たく、積み重なった資料を舞い上げることなど容易いことだった。
休憩どころか無駄に体力を使ってしまい、蓮は再び机に突っ伏す。
「そうだ……少し寝よう……寝て起きれば少しは……」
息を切らせて机の引き出しに震える手を伸ばした瞬間、
「やっほー! 元気に仕事してるかい、少年!」
蓮とは真逆に元気一杯な女性が勢いよく扉を開けて入ってきた。
一瞬固まる蓮だったが、すぐに視線をそらすとため息を吐きながら、引き出しからアイマスクを取り出した。
「なんだ、橘か……」
「ブゥー! なんだとはなんだよ~せっかくたった1人の同期が毎日大変そうだから心配してきてあげたのにぃ〜」
女性はふくれっ面になりながらも、なんの躊躇もなく部屋の中央のパイプ椅子に座る。
「お茶」
「ぶち○すぞ」
代々、名のあるトレーナーを輩出している名門・橘家の次女。
しかし、童顔なところと性格が相まって、ぱっと見ではとても名門出身とは思えない彼女だが、蓮とは唯一の同期であり、何かと蓮のトレーナー室に遊びに来ては入り浸っていた。
渋々2人分の湯呑みを準備した蓮はテーブルを挟んでみしろの向かい側に座ると、湯呑みをお互いの前に置く。
「そういえば、担当のウマ娘が決まったんだろ。お前のほうこそ、こんなところで呑気にお茶飲んでていいのかよ」
「うん。なんかね、契約書にサインしてもらったから、たづなさんに提出したんだけど、この時期はこの手の契約書は多くなるから正式に契約が受理されるにはもう少しかかるんだって。はぁ〜早くあの娘の体を骨の髄まで堪能したいなぁ〜ぐへぇ、ぐへへへ」
「うわぁ……」
目をトロンとさせてよだれを拭うみしろの姿を見て、ガチ引きする蓮。
とてもお嬢様とは思えない仕草だが、初対面の時に、みしろがウマ娘の筋肉や体に対して異常な執着心を持っていることを知った蓮は、この残念な部分を見るたびに引いているのだった。
「でも、蓮くんも早く契約結ばないと、一生雑務処理しかやらせてもらえないよ……あっ!? ごめんね、蓮くん死んだ魚みたいな目してるから、みんな怖がって契約してくれないんだよね」
みしろに目尻を上下に引っ張られた蓮は
「やかましいわ」
と言って手を払うと、ふらっと立ち上がって再び資料の前に座り直して先程までやっていた作業の続きを始めた。
しかし、すぐに手を止めると、何かを探すかのように引き出しを開けて中を漁りだす。
「なにやってるの?」
「ボールペン。インクがきれた」
「替えのペンは?」
「ない。面倒くさくて買ってなかった」
「あちゃ〜もう、とっくに購買しまってるのに」
冷蔵庫の上に置いてあるデジタル時計の表示は18:50となっていて、外は街頭の明かりがはっきりと見えるくらいまで暗くなっていた。
「ったく、今から買いに行くしかないか」
蓮はかけてあった薄手のコートを手に取る。
「私のペン貸してあげようか?」
「いいよ。ついでに夕飯も買ってくるから」
「じゃあ、私はお留守番してるから、ついでにアイスも買ってきてね♪」
「えぇい! さっさと帰らんかっ!!」
椅子にもたれかかるみしろを廊下に放り出すと、トレーナー室の鍵を閉める。
「うぅ〜さみぃ〜さみぃ〜」
蓮はトレセン学園の玄関前でみしろと別れ、コートのポケットに両手を入れると小走りでコンビニに向かった。
早くトレーナー室に戻って仕事を終わらせたい気持ちに冷たく突き刺さる夜風が相まって、足は自然と走るスピードを上げる。
「〜♪」
寒さを紛らわすように鼻歌を歌いながらコンビニに入った蓮はウマ娘情報雑誌である“月刊トゥインクル”に目を通すと、ボールペンと鶏そぼろ弁当を持ってレジに並んだ。
そして、3円もするコンビニ袋を片手にコンビニを出た瞬間、
「キャッ!?」
「ぐはっ!?」
突然死角から飛び出してきた影にぶつかって、蓮だけが飛ばされたように尻もちをついた。
その時、レジ袋を持っていたほうの手に違和感を感じた蓮が視線を向けると、きれいに鶏そぼろ弁当が下敷きになっており、箱は潰れ、中身がこぼれていた。
「ぬおォォォォォォッ!? お、俺の鶏そぼろ弁当がァァァァァァッ!!」
「わわっ!? ご、ごめんなさいっ! 大丈夫……?」
ぶつかってきた影は心配げに手を差し伸べる。
蓮はその手を取ることなく尻の痛みと鶏そぼろ弁当の恨みで睨みつけるが、ぶつかってきた影の正体が髪をおろしてトレセン学園の制服を着た栗毛のウマ娘だと分かると、トレーナーという立場と相手がウマ娘で絶対に勝てないということで、なんとか怒りを抑えることができた。
「あ〜大丈夫……大丈夫だから……」
ぎこちない笑顔でコンビニをあとにした蓮は見るからに肩を落として帰路についた。
「あれ? これって……」
その後ろを姿を見てコンビニに入ったウマ娘だったが、蓮が尻もちをついた場所に落ちていた鍵に気づくとそれを拾い上げた。