「ハァ〜……」
昼休み、軽い昼食を済ませた蓮はベンチでうなだれてため息をこぼしていた。
朝まで続いたセキュリティ教育という名の説教。
地獄のような時間が過ぎ、フラフラになりながらトレーナー寮の自室に戻った蓮は身体的にも精神的にも疲れすぎていてまともに休むことができていなかった。
「アァーーーッ! クソっ! クソっ! なんだって! 俺ばっか! こんな目に!」
鬱憤を晴らそうと地面を蹴るが、無性のやるせなさだけが残り、再びベンチに腰を下ろした。
そして、意味もなく空を見上げると、1匹の鳥が蓮の頭の上を飛び回っていた。
「……俺も鳥になりたいなぁ〜」
蓮は何にも縛られることなく自由に飛び回る鳥の姿を見て、心の底からの本心を呟く。
すると、なぜか鳥から目が離せなくなり、一心不乱に鳥を目で追いかけ始めた。
(おッ、おッ、お?……なんか……しずむ……)
自分でもなにをやっているのだろうと思いながらも、蓮は身体はそのままに意識だけが少しずつ離れていくのを感じていた。
このまま沈みきったら、一体どうなるのだろう。
そう思うながらも沈む意識に抵抗することなくゆっくりと目を閉じた。
しかし、
「ごめんなさぁぁぁあああああいっ!!」
突然の叫び声に体がビクッと反応して意識が戻ってきてしまった。
何事かと蓮が目を開くと息を切らした1人のウマ娘が目の前に立っていた。
「あの、あの! 今すん〜〜〜〜〜ごく怖い人に追われて! お願いします! ちょっとでいいからかくまってください!!」
「……はあぁ〜?」
唐突なお願いに蓮が困惑していると、しっかりとは聞き取れないが、明らかに怒った様子の誰かが誰かの名前を呼びながら2人の元へ向かってきていた。
「わわっ!? どうしよ〜もうすぐそこまで来ちゃってるよぉ〜!」
慌てふためくウマ娘を見てさすがに放って置けなくなった蓮はため息を吐きながらもウマ娘に声をかけ、ベンチの後ろを親指でクイッと指差す。
ウマ娘は一瞬ポカンとするがすぐに察し、そそくさとベンチの後ろに身を隠した。
ウマ娘が体を小さく丸めるとほぼ同時、追ってきていたウマ娘が建物の陰から姿を現した。
(ゲッ……!? こいつは……)
そのウマ娘の名は、エアグルーヴ。
トレセン学園生徒会副会長であり、その凛とした立ち振る舞いから人間・ウマ娘問わずファンが多く存在するウマ娘。
しかし、その真面目で神経質な性格から見限ったトレーナーは数知れず。
良い意味でも悪い意味でも女帝と呼ばれる彼女と関わる際には喰われないように注意しなくてはならないと、トレーナー間ではたびたび話題になっていた。
「……おい」
「ひゃい!?」
エアグルーヴが鋭い目つき近づいてきたため、蓮はびびって情けない返事をしてしまった。
「こっちに栗毛のウマ娘が来なかったか?」
「えっ、あっ……はい。その子から向こうのほうに……」
蓮は肩と声を震わせながら、エアグルーヴが来たほうの反対側を指差すが、そんな様子の蓮にエアグルーヴは何を思ったのか、にらみつけるかのごとく蓮のことをじっと見つめていた。
嫌な汗が蓮の額を流れる。
このままでは息苦しさのあまり窒息してしまうのではないかと思われたが、そんな時間は長く続かず、
「そうか。助かった」
そう言ってエアグルーヴは蓮の指差したほうに走り去っていった。
「……ぷはぁ~」
エアグルーヴの背中が見えなくなった瞬間、蓮は息を大きく吐いてベンチにもたれかかる。
(おぉ〜〜⤴怖ぇ怖ぇ……ありゃあ、トレーナーを貴様だとか、たわけだとか呼んでるって噂もあながち嘘じゃなさそうだな……)
「あの……エアグルーヴさん、もういきました?」
少しだけ顔を出し、エアグルーヴがいないことを確認したウマ娘はホッと息をついてベンチの後ろから飛び出し、蓮に向かって頭を下げた。
「ありがとうございました☆ ファル子を助けてくれたあなたには……ってああああぁぁぁ!!? も、もしかして昨日の鶏そぼろお弁当のヒト!?」
「えっ……?」
意外な単語を耳にしてウマ娘の顔をまじまじと見る蓮。
昨日とは違い髪が左右にまとめられていたが、今目の前にいるウマ娘には確かにコンビニでぶつかったウマ娘の面影があった。
それ以上に鶏そぼろ弁当を知っていることがなによりの証拠だった。
「おま……」
「あれ!? あれれ? あれれれれれれ……!!?」
蓮の言葉を遮るようにウマ娘は顔を近づける。
その距離はほんのり甘いシャンプーの香りが鼻につくくらいまで近く、エアグルーヴの時とは違う緊張感が蓮を襲った。
そんなことなどつゆ知らず、ウマ娘はさらに距離を詰めてくるが、その視線は蓮にではなく胸についたトレーナーバッチに向けられていた。
「よもや☆ よもや☆ あなたさまはトレーナーさまであられますか!?」
「ブンブン……」
興奮気味のウマ娘に詰め寄られ、蓮はただただ首を縦に振る。
すると、ウマ娘は体を小刻みに震わせ、
「うぅーーーーーー☆………きtらァァァァァァァァァァァッ!!!?」
爆発した。
「まさに偶然☆ 運命☆ 奇跡☆ まさかあの時ぶつかったヒトがトレーナーさんだったなんて!」
「……そそくさ……」
1人で盛り上がるウマ娘の姿を見て、面倒くさくなりそうな予感を察知をした蓮は静かにこの場から離れようとするが、逃さないと言わんばかりに腕を掴まれてしまう。
そして、1枚の紙を突きつけられる。
「これは……?」
「ファル子のライブチラシだよ☆ 今日も河川敷でやってるからぜっ〜〜〜たいに! 観に来てね♪」
「うぅ……」
蓮がウマ娘から放たれる期待の眼差しに負け、仕方なくチラシを受け取ると同時に昼休み終了のチャイムが鳴り響く。
それを聞いて校舎に戻ろうとしたウマ娘だったが一度立ち止まり、
「ぜったいだよぉーーーーー!!」
そう言って走り去るウマ娘の背中を蓮はただ呆然と眺めていた。