―――人はなぜ生きるのか?
1日当たり70人もの人々が自分で命を絶つ国、日本ではこの問いに関心がないものなどいないだろう。その問いに人類が誕生し、文明を発展させていく過程の中で哲学者、史家、詩人や政治家…様々な偉人たちが各々のイズムをもとにその答えに折り合いをつけ、自身の人生という道のりを歩んできた。
ある人は、生きることとは夢を叶えることだと言った。
ある人は、生きることとは受け継ぎ、そしてそれを繋ぐことだと言った。
またある人は、生きることとは安心を得ることだと言った。
投げかけられたその問いに関して、返ってくる答えもまた千差万別であるのは当然だろう。
―――そしてある人物にとって、その問いの答えは胸を張ってこう答えることができた。
「―――復讐のために生きている」と
特産品は牛タンのみそ漬けに、町の花はフクジュソウ、人口は58713人――その町の名前は杜王町――その駅のホームにて、二人の学生が親友の門出を祝おうと寒空の中集っていたのだった。
「――億康君。いよいよ今日だね…」
集まった二人のうちの一人――高校生の平均的な体格よりも随分小柄な、逆立ったようなヘアスタイルをしている男――広瀬康一は、隣で寒さに身体を頻りに震わせている男に声をかけるのだった。
「――フン、どーせよ~あいつのことだからすぐに此処が恋しくなって帰ってくるぜ、康一」
声を掛けられた男――広瀬康一とは対照的に大柄で、髪の毛を刈り上げた凶暴という言葉を体現したかのような顔つきをした男、虹村億康は下唇を突き出しながらぶっきらぼうにそう答えるのだった。
「――それにしても、仗助君ってば凄いよね~、退院したら『やりたいことが見つかった』って言って猛勉強して、試験も一発で受かっちゃうんだもの」
「――ったく。あいつもそれから付き合いが悪くなって面白くねーっつーの」
―――すると、駅の改札口から一人の男がスーツケースを引きずりながら、足早に二人の元へと駆け寄るのだった。その男は朝早起きをして丁寧に整えているのだろうーーしかしおよそ時代の流行に乗っているとは呼べない、弁当箱のような形をしたリーゼントの髪型をした非常に彫りの深い顔つきをしていた…その男は子犬のように人当たりのいい表情を浮かべ、先に駅についていた二人に対して労いの言葉を掛けるのだった。
「わり~な~二人とも、待たせちまって…ちょいと髪のセットに時間が掛かっちまってよ~…」
――仗助のいつもと変わらぬ態度に、康一は少し面喰いながら、口を開いた
「――仗助君、忘れ物はない?大丈夫?寂しくなったらすぐに連絡してね?」
「…おめーはオフクロかよ…今生の別れじゃあねーんだから、すぐに会おうと思えば会えるじゃあねーかよ…そういえばオメーもこのあとイタリア旅行なんだろ?羨ましいぜ〜」
「旅行っていうよりも、まぁ調査って感じなんだけど…楽しんでくるよ!帰ったらお土産送るね!」
仗助が康一と別れの前に他愛のない話をしていると、どこからか嗚咽するような声が聞こえてくる…何の音かと仗助が音のする方へと振り向くと、そこには滝のような涙をこぼす億康の姿があった。
「お、億康!?」
「やっぱりよ~!!無理だぜ、仗助!!寂しくてしょうがね~よ~!!泣かねーって決めてたのによ~!!男らしく送り出そうって決めたのによ~~!!!」
親友が遠い地に飛び立とうとしている…感性豊かな億康にとって、泣かずに彼を送り出すことは土台無理な話だった。仗助は寂しそうに微笑むと、億康の肩をポンと叩いたのだった。
「―――また落ち着いたら戻ってくるぜ、億康…オメーもトニオさんとこで修行頑張れよ…」
都市部に向けての電車が、はるか彼方から杜王町駅に向かってくる。仗助を乗せて電車は走り出し、杜王町の外に出ると見えなくなっていくのだった。康一と億康は姿が見えなくなるまでホームで親友を見送り続けるのだった。
東京駅からJR中央線と京王線を乗り継いで1時間――東京都のちょうど中央に位置する府中駅に仗助は緊張した面持ちで駅に降り立っていた。
「数年前に来たけどよ~、ここが東京か~…」
――仗助は上京するにあたって、自分が持っている衣服の中でもとびきり洒落ているものを選んできたつもりだった。しかし東京に来た仗助は自分の身体を見下ろすと、田舎者の一人であることを痛感することとなった。
「――服、買い直すか~…」
一つため息をつくと、地図を片手に仗助は目的地に向かって歩みを進めた…その時仗助の肩に何者がぶつかったのだった。
「痛って~な~…どこ見て歩いてんだ、ボケェ!!」
仗助と肩をぶつけた男は、およそ仗助が想像していた上品な都会人とは程遠い、杜王町にもいるような非常に卑小な、周囲に吠えることでしかその存在意義を示すことしかできない奴だったが、仗助はトラブルを避けるため素直に頭を45度に曲げ、謝罪の意を示した。
「――すみませんっす。余所見してたっす」
相手の謝罪を聞いたその男はさらに不遜な、醜い自尊心を膨張させて矢継ぎ早に仗助を罵った…最も、仗助は少なくともこの時点では甘んじて男の罵詈雑言を聞き流し、ただ平謝りに徹するつもりだった…少なくともこの時点では。
――しかし調子づいて放ってしまった男の一言に、状況は一変することとなった。
「これだから田舎者はよ~!!だっせー髪型なんかしやがってよ~!!!」
―――プッツン
その瞬間、仗助の顔が強く引き締まった。
仗助のことを知る者の間には、一つ暗黙の了解のようなものが存在していた。すなわち彼の生き様そのもの、信じる全てであり、彼の聖域である「髪型」を馬鹿にしてはならないということであり、それを破ってしまった者は例外なく病院送りにされていた。
――そして男の最大の不幸は、その事実を知りえなかったことである。
「―――てめ~、俺のこの髪がどうしたと、コラァ…」
先ほどまでの仗助とは打って変わり、呼吸が乱れ唇の間から隙間風のように吐息が漏れ出ているーー殆ど犯罪者のような憤怒に染まった顔をした仗助は一瞬身体を左右に揺らした…すると、一瞬の内に男の顔面がハンマーで打ち付けられたかのように音を立てて凹み、遥か後方に吹っ飛んでいったのだった。
「―――これから働くっていうのによ~トラブルはマズイからな…治しておいてやったぜ…まぁ、チコっと頭に血ぃ昇って治したからよぉ~、元通りかは知らね~けどな」
遥か後方に吹っ飛んだ男は、フラフラと立ち上がる。
たしかに男の顔の凹みは治っていたのだが、とても先ほどとは似ても似つかない顔つきに変貌してしまっていたのだった。
「―――じゃあ、行くとすっか」
気を取り直した仗助は、スーツケースを握りなおして再び歩き始めた…あれから数年は経過したが、不思議とその道なりは覚えていた。
見覚えのあるレンガ造りの壁に、仰々しく掲げられたその学園の名前が表された表札。
自身が社会人として踏み出す一歩に、夢に向かって進むその大きな一歩に仗助は心躍らせていた。
「――グレートだぜ」
ここは日本ウマ娘トレーニングセンター学園
ウマ娘の誇りと夢を乗せて、彼女たちが切磋琢磨しその青春を過ごすウマ娘の最高の育成機関である。
そのトレセン学園で。新人トレーナーとして東方仗助の新たな日々が始まった。
本作から読んでいただいても楽しんで頂けるように書いているつもりですが、前作の吉良吉影はトレーナーとして静かに暮らしたいを読んで頂いてからの方が楽しめると思いますので、その点ご了承ください