思考を明後日の方向へと追いやり、長い間夢という大海原を回遊していた仗助は、ゆっくりと目を開けた。目覚めた直後のぼんやりとした意識の中で、靄がかかった思考を働かせようとした仗助だったが、一つの物事を思い出したことによってそれは瞬時に取り払われたのだった。
――――キングはどうなったんだ。
その瞬間身体に焦りという燃料が投下され身体を引きつるように起き上がらせた仗助だったが、その心配は仗助が意識が目を覚ますためまで静かに見守っていた人物によって払拭されることとなった。
「――私は無事よ、仗助」
声の方向を向いた仗助は、自身の愛バの姿を認めると安心したようにため息をついた。ようやく長い意識の回遊旅行から帰還し周囲に意識が向くようになった仗助は、自身がいるのは仮眠室のベッドであることに遅ればせながら気が付くのだった。立ち上がろうとベッドの縁に手を掛けた仗助だったが、自身の背中に走った鋭い痛みに顔をしかめた。
「―――どうやら壁にめり込んだ際に背中を痛めたようですわね…とにかくあなたが無事でよかったといったところですわ」
呆れ半分で仗助に声を掛けた人物――仗助はぽりぽりと頭を掻くと、自身に憎まれ口をたたく人物に応酬するため、言葉を投げかけた。
「助けてくれたことは感謝すっけどよ~~~、久しぶりの再会にそんな風な口を叩かなくてもいいんじゃあね~か?」
「――――マックイーン」
マックイーンは部屋の窓際に陣取ると、おおよそ友好的とは言えない冷たい視線を仗助に投げかけながら、腕組みして立っていた。彼女の様子を観察しながら、キングはトレセン学園内で生きた伝説と化したメジロマックイーン本人の姿をまじまじと見つめていた。国内にて行われるG1レースで、最も格式高いレースのうちの一つである春の天皇賞…そのレースの優勝者の証である春の盾を2年連続で持ち帰り、現在もドリームリーグで活躍を果たしている…そしてもう一つの彼女の側面。影ながら数年前に仗助と共闘してトレセン学園内に潜んでいた吉良吉影を打ち倒した英雄として仗助から聞き及んでいた。
「―――あら?せっかくトレーナーになったトレセン学園に来たっていうのに、私のところに会いにも来なかったっていうのは一体全体どういうことなんですの?」
「――本当は直ぐ行くつもりだったんだけどよ、新人だから色々やることがあってよ~~?…それよりもマックイーン!おめーちょいと上手く返せるようになったんじゃあね~のか?」
「それは何度か事件の後に貴方に会っている内に…ってそういうことを言って話を逸らそうとすんじゃあありませんわ!」
まるで夫婦漫才のように息の合ったやり取りを繰り広げる二人を見つめながら、キングは僅かに自身の心に芽生えた感情に驚きを隠せなかった。仗助は私と出会う前よりマックイーンさんと出会い、何度か会っているようだ。自分よりマックイーンと仲良く話しているような素振りを見せる仗助の姿を見て、胸がつかえるような気分になる…そんなキングの思考を振り払うかのように、マックイーンは仗助に言葉を投げかけたのだった。
「―――コホン。それはそうと、仗助には一応トレセン学園内のスタンド使いたちに明日会ってもらいますわ」
「え~~、急にそんなこと言われてもよ~~」
「『言われてもよ~~』じゃあありませんわ!全くあなたって人は!スタンド使いがまた現れたというのなら、それこそ大ピンチじゃあありませんか!た・い・さ・く!立てますわよ!」
次の日仗助とキングは、マックイーンに指定された校舎裏にある倉庫に足を運んでいた。本当は仗助一人でここに赴くつもりだったのだが、キングが同行したいと強く申し出たことや、彼女は既にスタンドのことや学園内で起きている事件を既に知っていることからマックイーンから同伴の許可が下りたのだった。
きしむ音を立てる倉庫の引き戸を開けると、そこには数名のウマ娘たちが鎮座していたのだった。
「――仗助。ここにいるウマ娘たちはみなスタンド使いですわ」
室内にいるウマ娘のうちの一人、マックイーンは立ち上がると早速室内にいるウマ娘たちの紹介を始めるのだった。
「手前からサイレンススズカさん、マンハッタンカフェさん、ナカヤマフェスタさん、アグネスタキオンさんにスーパークリークさん…ここまでが数年前の事件の影響で生まれたスタンド使いたちですわ。そして新たにスタンド使いであることが判明したウマ娘…エアシャカールさんとメイショウドトウさん…そして」
「このゴルシちゃんだぜ!!」
「ゴールドシップさん!今紹介している途中じゃあありませんの!!」
吉良吉影が引き起こした事件の後、サイレンススズカとマンハッタンカフェ、そして写真の親父によって能力を引き起こされたウマ娘たちの能力の情報は、既にマックイーンから聞き及んでいた。しかし、その他新たにスタンド使いであると判明したウマ娘たちーーーまず最初にメイショウドトウに関しては、その能力は昨日見た通りであったが、残りの二人――黒鹿毛の逆立ったようなヘアスタイルに、耳や眉に着けたピアスといったパンクファッションに、サメの歯のようにギザギザと並んだ歯が特徴的なウマ娘…確かマックイーンにはエアシャカールと呼ばれていたか…シャカールは飢えた野良犬のような目つきで仗助のことを睨みつけると、ぶっきらぼうに口を開いた。
「アンタがトレセン学園を救ったって言う東方仗助か…どれほどの男かとおもったが、案外大したやつじゃあなさそうだな…」
「――おいシャカール…口の利き方には気をつけるんだな…てめ~のそのふざけた態度、ファッションと一緒に矯正してやってもいいんだぜ…?」
エアシャカールは、目の前の男が纏う空気が途端に変わったのを瞬時に感じ取った。普段は温厚な男として知られる仗助だが、元を正せば不良が屯する高校、そして地域の中で知らぬ者はいないという不良であり、そして幾度も死線を潜り抜けてきた男である。スタンド能力を身に着けているとはいえ、一介のウマ娘にしか過ぎない彼女がその雰囲気に対抗する術など到底持ち合わせているはずなどなかったーーシャカールはせめてもの虚勢にて舌打ちをすると、仗助から目線を外すのだった。
「おいおいおい!気まずい雰囲気じゃあ~~ね~~か!!仗助ぇ!アタシはこの学園を救ってもらったこと、感謝してるんだぜ!!」
仗助は紹介を受けたもう一人のウマ娘――葦毛のロングヘア―に、頭にヘッドギアのようなものを装着したウマ娘、ゴールドシップに目をやると口を開いた。
「―――おめーのことは知ってるぜ、ゴールドシップ。マックイーンから話は聞いてるぜーーー奇天烈なやつだってよ~~」
「おいマック!仗助にアタシのこと、そんな風にふきこんだのか!?」
「実際そうじゃあありませんの!!それにマックって呼ぶのは止めてくださいまし!」
およそゴールドシップは美人と呼べる分類にはいるが、その見た目を全て塗りつぶしてしまうほど彼女の奇行ぶりは有名であり、その振る舞いは内外問わず渦中の的として取り上げられることもしばしばだった。
「――――やれやれ。とりあえず、本題に入ろうぜ」
トレセン学園を守るために集まったスタンド使いたち。彼女たちに真実を話すため、仗助は口を開いたのだった。
スタンド使いの密会が終わったあと、エアシャカールは耳を後ろに倒し、口をへの字に曲げながら倉庫を後にした。
――――気に入らない。
自身に能力者としての才能が明らかになった時、シャカールは自身の身に起こったことが聊か信じられなかった。データを崇拝し、不確定要素を排斥する彼女は、同じ研究者肌のタキオンとの明確な違いはそこにあり、能力をわがものとして受け入れ、研究の役に立てようとする彼女の考えは到底理解できるものではなかったのだった。
―――面白くない。
ポケットからラムネが入ったプラスチックの瓶を取りだすと、空いた手の平にその口を傾けて中身をだす。中からでた数粒のラムネを口に放り込むと、その特徴的な犬歯でぼりぼりと噛みながらあっという間に食してしまった。教室に向かって廊下を歩いている--すると突然、背中から声を投げかけられたのだった。
「よぉ、シャカール。さっきはすまなかったな〜俺も大人気なかったぜ」
今もっとも会いたくない人物ーーおよそ人目につくような特徴的な髪型のこの男、東方仗助がそこにいた。
「……」
シャカールは声の主に一瞥すると、そのまま無視を決め込んで歩みを進めた。
「おいおい…シカト決め込むこたぁねーじゃあねーか…」
この男はまだダンマリ決め込むアタシに話しかけるつもりなのか。蓄積された鬱憤を晴らすため、シャカールは仗助に向き直ると口を開いた。
「うっせーンだよ、タコ。初めに言っておくが、このエアシャカール、お前らに協力するつもりなンてないからな…そんなバ鹿げたことに付き合ってられる余裕なンかねー」
「そんなこと言っても、オメーと同室のドトウが傷つけられたんだろ?なんか思うことねーのかよ?」
ーーこのエアシャカールというウマ娘、実の所言動には棘があるが、決して人の心を持ち合わせていないというわけではない。むしろ、お人好しの分類に入るウマ娘である。
自身の心を的確についてくる仗助の言動に、一瞬揺らいだ心を持ち直すと、舌打ちしながら自身の教室へと足を踏み入れた。
「君たちが私の歌劇を演じる演者の諸君だね!あぁ、運命の歯車が回り出したということだ!」
また新たな災難が、仗助の身に降り掛かろうとしていた。