―――1991年
東京の街並みは、時代と共に目まぐるしく移ろっていく。
日本経済に熱風を吹き込み、実体経済と著しく乖離したバブルなる不健全な経済形態が崩壊し、それによって波状的に広がった日本銀行の金融引締めは、失われた10年を生み出した。今のように、携帯電話はカメラ機能など持ち合わせておらず、ビデオカメラなるものでその日々の流れを映し出し、記録していたその時代、一人の女性が南北線から都営新宿線を乗り継いで新宿駅に降り立ち、改札口に立つ駅員に切符を見せると彼との待ち合わせである東口に向かった。彼女の生まれた土地は、杜王町という東京と比べるとひどく見劣りするような場所であり、小さいころから農作業から帰ってきた母が採れた野菜を水で濯ぐ際に目に映る、節くれだった手が嫌いだったーーーそして彼女は同時に、ここにいたら自身が同じ「田舎者」として同じ運命をたどることに気づいていた。彼女は高校を卒業すると同時に両親の心配を振り切って上京し、短大生として東京に一人暮らしを始めるのだった。自身がキャリーバッグを片手に引きずりながら引き戸の玄関を飛び出した時、廊下越しに見える居間で娘を見送りもせず新聞を見つめる父の背中が、何処か寂し気に此方を見つめる母が振る、自身が上京する根底のきっかけとなった手の平が今でも光景としてその目に焼き付いている。
「だから言っているだろ~~?Boowyの方がロックとして優れてるってな~~~!!布袋のギター見ればわかるだろうがよ~~~!」
「なにバ鹿なこと言ってんだよ!尾崎の方がロックミュージシャンとして上に立ってんだよ間抜け!!あの魂を削るような歌い方、尾崎にしかできね~んだよ!!」
「さっき日拓のスロットで2時間粘ったけど、9000円負けちまったよ~~」
「今日はtomorrowで朝まで踊りつくすわよ!」
如何にも世俗的な会話が辺りに飛び交う中、彼女は腕時計で時刻を確認するーーーどうやら集合時間よりだいぶ早めに着いてしまったようだ。周りから「イケている」と評されている同級生のアドバイスで見繕った服を着た自分の身体を見下ろし、ショーウインドーに映る自身の全体像を見つめると小さくため息をついた。すると突然彼女の視界が何かによって奪われるーーー突然目の前が真っ暗になった彼女が困惑していると、後ろから突然に声を掛けられるのだった。
「―――やぁ。ちょいと待たせちゃったかな」
声の主が誰だか識別できた彼女はクスっと微笑むと、くるりと振り向いてその人物の姿を確認した。杜王町のような片田舎には決していないような、パリッとした上等なスーツを身にまとったその男は、まるで太陽が差し込むような温かな笑みを浮かべながら彼女の顔を確認するとその口角をさらに引き上げるのだった。
「―――いえ全然!今来たところよ」
---私は生まれ変わるんだ
彼は私を田舎という堅苦しい、最早化石として風化していく荒野から救い出してくれるオアシスだ。絶対に幸せを掴み取ってみせるわ
逢引する男女の定番の応酬を済ませると、彼女は男のエスコートによって街へと繰り出したのだった。
教室へと足を踏み込んだ仗助とシャカールだったが、そこには既に一人のウマ娘がいた。
「どうやら先客がいたようだな~~、えーとおめーは…」
薄い栗毛のショートヘアに、アメジストのように光り輝く濃いパープルの瞳、そして何より目についたのは、彼女が頭に着けているその小さな王冠だった。そのウマ娘は仰々しくポージングを取ると、室内によくとおるアルトボイスで自己紹介を始めるのだった。
「ボクの名前はテイエムオペラオー!そして…君たちは今宵の大歌劇の演者だ!さぁ!準備したまえ!」
すると突然、仗助の口が何者かにこじ開けられたかのように不自然に開き、自身にも理解することができない言語を音程にのせて歌うように話し始めた。
―――これはイタリア語?
状況を飲み込めず、釈然としないまま言葉を紡いでいると、オペラオーは満足そうに腕くみしながら口を開いた。
「おぉ!仗助君!やはり君は良い声でこの歌劇を盛り上げてくれるね!――この部屋に入ってきた時点で君は既に私のスタンド能力の手中におさまっているのだから当然だがね!」
―――スタンドだって!?
驚愕の事実を知らされた仗助は、クレイジー・Dを繰り広げようとするが、自身の身から其の頼もしいスタンドが姿を見せることはなかった。オペラオーはその様子を見つめるとさらに満足そうに口角を上げて、言葉を続けた。
「既に君の配役は決まっているんだよ?その役として必要なこと以外を行うなんて、そんな無粋なことはするもんじゃあないな!」
このオペラオーの能力、どうやらなめてかかるわけにはいかないようだ。仗助が憎々し気に投げかける視線を一瞥し、オペラオーは言葉を続けた。
「――つまりボクの能力にかかれば、君はこの歌劇に関わること以外の行動をすることなどできないってわけさ!」
この状況を打開したいのは山々だが、術中にはまってしまった以上打つ手がない。助けを求めるようにエアシャカールに視線を投げかけると、シャカールは舌打ちをして口を開いた。
「――オレのスタンドは戦闘向けのスタンドじゃあねーんだよ…本当だったらテメーなんかに手は貸したくねー……だが」
「オペラオーがこんな目に遭ってるっていうのは、後味が悪いよなぁ~~」
まだ配役が決まっていないため、スタンドを使うことができるシャカールがスタンドを繰り出すと、背後からゆらりとヴィジョンが出現した。その姿は仗助のスタンド、クレイジー・Dと比べるとホッソリとしており、その両方には拡声器のような物体が取り付けられているのが特徴だった。
「いけ!レディオヘッド!」
シャカールから出現したスタンドは、真っすぐオペラオーに向かっていくが、彼女が自己陶酔という暴走に陥っている友人に攻撃を繰り出すことは、ついにかなわなかった。シャカールが気付のために放ったその拳が届く直前、シャカールの口は不自然に開くと、その風貌に似合わぬ透き通った歌声を教室中に響かせるのだった。
「おぉ!シャカール!君もそんなに歌劇に参加したいとは!いいとも!その心意気に免じて、君には花を飾らせてあげよう!」
「題目は「ジューリオ・チェーザレ」!!シェイクスピアが1599に制作した政治劇にあてて、1723年から1724年にかけて作曲したオペラで、ローマの独裁官、ジュリアス・シーザーが紀元前47年にエジプト遠征にいった際のクレオパトラたちとの交流を描いた話だが、この人数ではその話を子細再現することは困難を極めるだろう!この人数でもできるように簡略化したもの台本で用意したよ!」
「そして最も観客を魅了するものは、果たして何だと思う?」
「……?」
「それはリアリティだよ!!」
このウマ娘、言っていることがどこかの変人漫画家と全く同じである。職人気質な者の言うことは、結局同じところに帰着するのかと感心半分、呆れ半分でオペラオーの言葉を聞き入っていると、次にオペラオーはとんでもないことを口にするのだった。
「リアリティが必要なのだから、君たちには役に入り込んでいてくれないと…まぁ、一旦役が割り当てられてしまえばそれと同じ運命に殉じてしまうが、それも美しく、人を魅了する歌劇のためだ!致し方あるまい!!」
オペラは生来、悲劇的な末路を辿る作品が多いことで知られている。ジョルジュビゼーの「カルメン」やジャコモプッチーニの「蝶々夫人」も例に漏れず最後にはヒロインたちやその周囲の人物は悲劇的な末路を辿っている。オペラという分野には明るくないが、世界史から鑑みてクレオパトラが登場するということは、その最後はきっと…
――――どうやら早急に彼女を止めなければならないようだ。
エアシャカールは逃げようと試みるが、その足はまるでそこに根差したようにぴくりとも動かない。シャカールは突然目の前に降りかかった絶望に、どうやって切り抜けるかその頭脳をフル回転して考えるが、現状を打開できるアイデアはまったく思い浮かばなかったのだった。
オー・ソレ・スーオ
能力者:テイエムオペラオー
【破壊力 - E/スピード – E /射程距離 - A /持続力 - A /精密動作性 – E /成長性 - A】
自身が用意した台本に沿った劇の登場人物と対象を同一化するスタンド。能力の支配下に置かれた人物は、基本的にその役柄として劇を進める行動を強制的に取らされることになり、その間はスタンドを出すといった、劇に関係する以外行動をとることができない。最後はその同一化された登場人物と同じ運命を辿る(例えば登場人物が最期に入水自殺するのなら、対象も窒息死する)
かなり時代を感じる描写がありますが、当方まだ大学生です