短大を卒業した彼女は、程なくして東京の夜景を一望できるビルの最上階にあるレストランで彼からプロポーズを受けた。目の前で彼が小さな箱を開くと、中から眼が眩むほどの光り輝くダイヤモンドが埋め込まれた指輪が彼女の視界を釘付けにする。人生における幸せを象徴するようなこの場面、彼女の心は正に幸せの絶頂ともいえる状態だった。片田舎から東京へやってきて数年、ようやく掴んだ幸せを彼女は噛みしめるのだった
本当はこのまま彼との結婚という形にしたかったのだが、彼の家柄や世間体というものから致し方なく結婚のあいさつにと彼を連れて杜王町に帰ってくるのだったーー駅やその周辺といった中央の区域は自身が家を飛び出したころより大幅に発展したとはいえ、車で10分も走らせれば自身がここから飛び出した原因でもある何の面白みもない田園風景が延々と続いていくのだった。泉ICから一般道へ降り立った一台のセダンは、ゆっくりと走りながらある箇所へと向かっていくのだった。
「―――いいところじゃあないか。僕は気に入ったよ?」
浮かない顔をしている彼女を気遣ってか彼がそんな言葉を運転席から掛けるが、愛している彼の言葉でさえ彼女の心は晴れることはなかった。やがて両側が畑に囲まれた舗装もされていない私道を抜けて、一軒の見慣れた日本家屋の前に車を停めると、二人はドアを開けてそこに降り立つーー男は緊張した面持ちで菓子折りを片手に玄関をノックするのだった。
――――結果的に、結婚の挨拶は最悪なものとなった。
父は彼と少し話をするなり娘をお前にやることはできない、早く帰ってくれと強い言葉を彼に投げかけるのだった。こんな片田舎に来るために、彼が多忙な中で貴重な時間を割き、免許を持っていない私を助手席に乗せ、M県まで一人で運転してきたというのに何て言葉を掛けるのだろうか。頭にきた私は机の上に置かれたお茶を自身を育てた父の顔にお茶を掛けると、貴方の賛同なんかなくても法律上は結婚はできるということ、そしてもう二度と貴方達の顔を見ることはないだろうという台詞を、顔をずぶぬれにした父に吐き捨てると、目を丸く見開いた彼の手を引いてその家を後にしたのだった。やはりこの家は、この家族はそしてこの町は私のことを縛り付け、自由から私のことを遠ざける阻害要因にしかなりえないことを再確認し、彼との新たな生活に心躍らせるのだった。
――――結果的に父の言葉が正しかったと悟るのは、それから遥か先のことであった。
菊花賞で辛酸を舐めてから数日、メールでキングから突然呼び出しを受けた仗助はレース場に足を運んでいるのだった。
―――キングはなんでこんなとこにオレを呼びつけたんだ?
キングの姿を探そうと辺りを見回すと、そこにはその場にはおよそ不自然な人だかりができているのだった。一体何事かとその群衆をかき分けてその中央を目指すと、そこにいたのは自身をここに呼びつけた人物――キングヘイローがそこにいたのだった。彼女はまるで観衆の眼を惹きつけるかのように緑のドレスのような勝負服に身を包み、いつものような余裕に満ち溢れた態度で観衆を見つめるのだった。仗助は集団をかき分けると、キングの横について彼女に小声で声を掛けるのだった。
「―――おいキング、こりゃあ一体なんのつもりなんだ?」
「あら、仗助。これは私達のためだけの航海に向けての新たな航路を発表よ?でも、まだ肝心の人たちが来ていないわね…」
すると、その観衆の後ろからカメラやマイク、メモ帳を持ち腕に腕章をつけた人々がやってきたのだった。
―――おいおい!本当にいるぞ、キングヘイロー!
―――『お嬢様!勝負服でご乱心!?母親との確執も確実か』今日の記事のタイトルはこれでいけるな!
「――来たわね。ようこそ!メディアの皆さん、今日はご足労いただきありがとうございます!」
「ここに集まった皆さんに、特別にキングの次の目標を教えてあげる!」
――ザワザワ
その言葉を聞いた観衆は、携帯電話やカメラを手に動揺は波及させていくーー自身の思惑通りに事が進んでいることに満足すると、キングはその動揺に更なる燃料を投下するため口を開くのだった。
「次はーーー『高松宮記念』で一着よ!」
―――高松宮記念
春のスプリントチャンピオンを決するレースであり、春のG1レースの到来を告げるレースとして中京競技場で開催されるG1レースとして知られるが、その距離は1200メートルと短距離であり今までクラシック路線で中長距離を走り続けてきた彼女が突然にその路線に名乗りを上げることは、ましてや一着を取ると宣言することは無謀以外の何物でもないと評されるのは自明の理であった。
―――高松宮記念!?短距離じゃあないか!
――夜のニュースはこれでいけるな!
驚きと呆れ、そして少しの期待が入り乱れる中、彼女はそんな観衆を一瞥すると徐に口を開くのだった。
「あら、勘違いしているんじゃあない?私の道は初めっからこうするつもりだったのよ?」
―――だが、そんなことはお母さんのファンも望んでなんか…!
「―――おい」
とある記者の一人が言いかけた的外れの言葉を制したのは、キングの相棒、片割れであるトレーナー、東方仗助その人であった。
「―――キングとそのオフクロさんは関係ないんじゃあね~か?こいつはこいつのファンと、そしてオレとその道を歩むってもんだぜ…何故ってこいつは一流なんだからな。そんなしょうもね~ことを全部払いのけて、オレ達は超一流になるってもんだぜ、なっ!キング?」
いつものように人懐こい、しかしその周りにいる衆愚には有無を言わせぬような威圧感を放ち、仗助は手をキングの肩に回すと、彼女に声を掛けるのだった。
「――――えぇ!そうよ!私はこの仗助と、私を見てくれているファンと共に新たな旅路に出ることにするわ!さぁ!貴方たちに特別に質問をする権利をあげるわーーーーーー
その日、奇想天外な記者会見を繰り広げたキングと仗助は、学園の練習場で会話を繰り広げていた。
「さぁ、仗助?というわけで早速、短距離用のメニューに切り替えてくれる?」
「―――そう言うと思ってよ~~、既に作っておいたぜキング」
「―――さすが私のトレーナーね。それにしても今までの三冠路線を捨てて進む真逆ともいえる路線変更。しかも立つのはG1という大舞台で、そこで1着を目指すという荒唐無稽ぶり…」
「お。一応それは自覚してんだな~」
「―――うるさい!」
「―――まぁ、泥水をすすっても、どんなに周りと比較されてもよ~…」
「―――最後に笑ってりゃあいいんだよ、キング」
「―――えぇ!やってやりましょう!」
――――次の目標は高松宮記念
新たな目的地に舵を切った彼女の走りは心なしかいつもより力強いものに仗助の眼には映るのだった。
次の日、仗助はキングと共に廊下を歩いていたーーすると、目の前から一人のウマ娘が駆け寄ってくると突然声を掛けてくるのだった。
「あれあれ~!あなた達、東方仗助とキングヘイローだよね☆」
仗助とキングが見下ろす形となるほど小柄なその少女は、自身の顔より大きなツインテールを揺らしてひし形のダイヤモンドが埋め込まれていると見紛うほどの光り輝く目を二人に向けて、突然声を掛けるのだった。
「―――えーーと…おめ~の名前は…」
「私の名前はマーベラスサンデー!あなた達のことを探していたの!」
「―――?それはどういう…」
「―――仗助さん!あなたも特別な能力を持っているんでしょう!?☆」
―――――なっ
突然彼女の口から告げられた衝撃の事実に驚きを隠せずにいると、彼女から背後から突然スタンドが出現し二人の頭をがっしりと掴むのであった。
「さぁ!!二人も一緒にマーベラスっ!!!☆」
マーベラスの能力によって仗助とキングはその場で気を失い、ぐったりとお互いが肩を貸しあうように倒れこむのだった。