目の前に現れた男はおよそ仗助と見劣りしない体躯を有しており、サングラス越しから覗かせるその目は正に狂犬のような凶暴性、そして今まで幾度となく視線を乗り越えてきたという凄みを窺い知ることができた。
「―――何でオフクロの名前をあげてんだよ…てめ~、死にて~のか?」
仗助も憤怒のこもった視線を一ノ瀬に突き刺したが、彼はどこ吹く風といった様子で口角をあげると仗助に言葉を投げかけた。
「標的の家族構成とか、恋人はいるのか、何時に起きてどこに向かうのがルーティンなのか…そういうことは調べておくのが鉄則ってもんなんだよ…オフクロさん目の前で甚振れば、その舐めた態度も意味がなくなるからな…」
――どうやらこの男、以前戦った警備員・及川とはその戦闘力、分析力…そして残虐性も格段に上のようだ。
「オフクロに何かしたっていうんならよ~…オレはてめ~を生かして帰すってことはしね~ぞ」
「安心しな。今オレは一人でやってんだ…仲間もいないのにわざわざM県まで行くなんてクドイやり方は性に合わない」
一ノ瀬はそう言ったが、全く関係のない家族のことを引き合いに出した時点で、仗助は彼を病院送りで済ませる気は毛頭なかった。このような手合いへの制裁としては杜王町にいたころに戦ったスタンド使い、宮本輝之助(エニグマの少年)が自身の母親を攻撃した際には、そのツケの清算にとクレイジーDの能力を用いて一冊の本にしてしまったことからも窺い知ることができ、またこのような男は一度逃がしてしまえば、きっとまた襲ってくるだろう。それこそ、母親やキングのことを人質にとるという暴挙に出ても可笑しくない。
仗助は目の前の男を見据えると、クレイジー・Dをゆっくりと構えた。一ノ瀬はますます口角をあげてその顔に邪悪な笑顔を刻み付けると口を開いた。すると突然壁からスタンドが現れるとネパールの中部、西部に居を構える勇猛果敢な農耕民族、グルカ族が用いるククリナイフのような形状の刀が生えた腕を振りかざし、仗助のもとに切りかかった。仗助はクレイジー・Dでその刃の嵐を防ぐと、そのスタンドは再び潜水士のように地面に潜っていくのだった。
「滾るのぉ…一方的じゃあない命の張り合いは久しぶりだからな…もっともっとぉ!!躍らせてくれやぁ!」
一ノ瀬のスタンドは壁や地面、辺り一面から不規則的に飛び出すとその度に仗助にその腕の刃で切り掛かっていくーー防戦一方を強いられる仗助は、せめて射程距離に近づこうと一歩歩み寄ろうとしたが、その瞬間鋭い痛みが頬に走り顔からは一筋の血が流れ落ちていった。仗助は一ノ瀬の方を憎々し気に睨むと、彼の手にはリボルバー式拳銃が握られていたのだった。慌てて一ノ瀬から距離を取ると、彼は満足げに言葉を投げかけるのだった。
「てめ~のスタンド、クレイジー・Dの射程距離は2~3メートルってとこだろ?流石に間合いに入られちゃあ、オレの勝ち目は薄くなるからなぁ~。ヤクザはヤクザらしく、銃でも使わせてもらうわ」
―――やはりこの男、一筋縄でいくような男ではないということが骨身に染みて分かった
「やっぱりてめ~、生かして帰すわけにはいかないな」
クレイジー・Dは猛々しく雄たけびをあげると一ノ瀬のスタンドが出現する壁や地面を殴りつけていくが、超スピードのもぐらたたきのようにその的は外れ、殴りつけた場所にクレーターを残すのみとなった。
「オレのスタンドの名前は「ブランキー・ジェット・シティ」…もう分かったと思うが、能力は地面や壁に潜り込んで相手の死角から切りかかるっていう能力だ…お前のクレイジー・D、噂の通りとんでもないパワーとスピードを持つみたいだな…スタンド使いと戦ったことがないわけじゃあないが、オレのスタンドの攻撃についてこれた奴はそうはいないからな…だが、それも攻撃に転じるっていうのは無理な話だろう?何処から攻撃が来るのか分からないんじゃあ、その自慢のスピードでもワンテンポ遅れるのは当然だからな」
―――確かにこの状況、かなりヘビーだぜ
仗助は顔をしかめると、終わりの見えない命がけの土竜叩きを講じるのだった。
樫本はとある人物と、担当ウマ娘との息抜きの場としての下見を称して、とあるレジャースポットに二人で出かけていた。彼女が逸る気持ちを抑えながらその人との談笑に勤しんでいると、その人物は徐にとある話題を振るのだった。
「―――そういえば、お話していたプランですが、進捗の方はどうなりましたか?」
「えぇ。準備は既に整いつつあります。あと数か月もすれば、私達の管理教育プログラムは確実に認められるでしょう」
樫本はその人物にそう言ったが、彼女の顔はどこか浮かない表情だった。
「………どうかなされたんですか?」
「……実は、あるトレーナーとその教育方針を賭けてレースをすると言ってしまいまして…」
するとその人物は笑顔を崩さぬまま、樫本に言葉を掛けるのだった。
「私達の崇高な目的は、そんな賭けの一つや二つで決めていいものじゃあないでしょう?――口約束なんですから、そんなものは破っても大丈夫ですよ」
「――――でも」
「大丈夫です。きっと皆、わかってくれますからーーーー」
この樫本という女、分かってはいるつもりだったが、かなり頑固というか、人間的に面倒くさい部分がある。こうして警戒心を解すのにも一体どれほどの期間を要したか。いずれにしても、樫本がこれで計画に手を拱く理由は無くなったし、そもそも彼女が学園の存続を賭けたレースをすることは叶わない。
ーーーそのトレーナーは始末されているでしょうし
辛うじて攻撃を防いでいる仗助だったがそのすべてを防ぎきることはできず、少しずつその体には切り傷が刻まれていくーー今のところは致命傷とはなっていなかったが、やがてジリ貧となって攻撃をモロに受けることは火を見るよりも明らかだった。やがて死角から繰り出された攻撃が仗助の肩を深く抉ると、仗助は片膝を地面に着くのだった。
「中々やるな、東方仗助…だが、そろそろ終わりのようだな…もうその傷じゃあ、攻撃を防ぐことはできないだろう?」
「……確かによ~…これじゃあもう、防御に徹することは厳しいよな~…だったらよぉ~!」
仗助は直ぐに立ち上がると、再び真っすぐと一ノ瀬の元へと向かっていく。一ノ瀬はにやりと口角をあげると、真っすぐと死への片道切符へと突き進む痴れ者に対して蔑むように口を開くのだった。
「猿のセンズリみて~に同じことの繰り返しじゃあ、面白くないじゃあね~か?東方仗助ぇ~~!近寄らせね~って言ったじゃあね~か!」
一ノ瀬はケラケラと笑うと、再び拳銃を構え標的である仗助に照準を定めるーーー何の躊躇いもせずに撃鉄を起こすと、そのまま引き金を引くのだった。銃口から発射された弾丸は、けたたましい音を立てて仗助に向かっていくーー仗助はクレイジー・Dを繰り出すと、拳で弾丸を弾き、壁に軌道をずらすのだった。仗助はクレイジー・Dを使って壁にめり込んだ弾丸を取りだすと、ひしゃげた弾丸は瞬く間に元の形に戻っていくーーー血だらけの手でその弾丸を握りしめると、鮮やかなピッチャーフォームを取って一ノ瀬に向かってボールのように弾丸を一ノ瀬に向かって投げつける。一ノ瀬は仗助の決死の反撃にも拘らず、その笑みを崩すことなく満面の笑みを浮かべるのだった。
「そんなこったろうと思ったぜ。…だがそのものを治すって能力、厄介だな…やはりテメーはここで殺す必要がありそうだ」
一ノ瀬は顔色一つ変えずにスタンドを動かすと、そのスタンドは弾丸をその刃で弾き、弾丸は金属音を立てて一ノ瀬の遥か後方へと吹っ飛んでいったーーー
「―――スーツに血の染みが出来ちまったことは、むかっ腹が立つけどよ~…そんな陳腐な手を使うってことはテメーはまだアマチュアの域を出ないってことだな」
やっとスタンドを繰り出すと、仗助に向かって怒涛の攻撃の嵐を繰り出していくーー仗助は懸命にその攻撃を防いでいくが、やがて腹や肩に攻撃を受けると、口から血を吹き出してその場に崩れ落ちるのだった。一ノ瀬はゆっくりとした足取りで近づくと、仗助の後頭部にピッタリと拳銃を付け、撃鉄を起こすのだった。
「最期に言い残すことは?」
「―――さ…ど…り」
仗助の口から漏れ出る声は殆ど空気交じりのものであり、その言葉が一体何を意味するのかは窺い知ることができない……一ノ瀬は床に突っ伏している丁寧にブラッシングし、整えたであろう仗助の後頭部頭をぞんざいに掴んで起き上がらせると、苛立ち気に声を荒げるのだった。
「あぁ!?何言ってんだテメー?」
「作戦通りって言ったんだよ、間抜け…オレのスタンド、クレイジー・Dの能力はモノを治す能力…オレ自身の傷を治すことはできないが、体内からあふれ出た血は、もうオレのものじゃあね~からよ~…戻すことができるってわけだ。さっきの弾丸、治した拍子に中に血を紛れ込ませておいたんだぜ…?そろそろ、戻ってくるころだ…血の付いたスーツの方に、弾丸が」
言葉の真意に気づいた一ノ瀬はすぐさま後方を振り向こうとするーーしかし背中を襲った悶えるほどの熱さは、自身が目の前の男の術中に嵌ったことを示していた。背面から右胸部にかけて絶え間なく襲ってくる鋭い痛みは、一瞬だけ冷静な思考を一ノ瀬から奪い、彼は拳銃を仗助から離したーーーその瞬間、一ノ瀬の頬に鉄球のような鋭い一撃が襲い掛かるのだった。仗助はその目に憤怒の炎を宿らせながら一ノ瀬の方を見やると、その手で慎重に乱れた髪を整えるのだった。
「おめーは確かに、強いやつだな~…最近戦った相手じゃあ、ダントツで手ごわい奴だったぜ…だがよ~…」
「…言っただろ?オフクロの名前挙げた時点で、生きて帰す気なんてないってな~…」
再び自身の身体を打ち据えるために迫ってくる仗助のクレイジー・Dが繰り出す拳が、ボクシング選手がそのパンチがスローのように見えるという「タキサイキア現象」のようにゆっくりと、しかし確実に彼の顔面に迫ってくる……自身に直面した、逃れようもない敗北と、絶体絶命な危機に、一ノ瀬は恐怖という感情が久方ぶりに身体中を駆け巡るのを感じるのだった。
「ドラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」
重厚な攻撃が、機関銃の掃射のように一ノ瀬の身体を強く打ち付けていき、骨や血管が押しつぶされた一ノ瀬は遥か後方へと吹っ飛んでいくのだった。
ちなみに一ノ瀬成彦のモデルは、映画「孤狼の血2」で鈴木亮平さんが演じた極道、上林です。仗助と死闘を繰り広げてもらう上で、ウマ娘ではない凶悪な敵を書きたかった次第です。スタンドも、自身が1番好きなバンド、「ブランキージェットシティ」の名前を頂戴いたしました