クレイジー・Dの攻撃を受けた一ノ瀬の身体はまるで突風に吹き上げられた紙屑のように宙を舞い、数メートル先の地面に叩きつけられた。仗助は追撃するために足を踏み込んだが、その時一ノ瀬のスタンドによってつけられた地面の亀裂から煙が噴き出ると、辺り一面を白煙が包みこむのだった
「――ガス管を切り裂いて目くらましか…!」
急いで煙を払った仗助だったが、視界が回復したころには一ノ瀬の姿は忽然と消えているのだった。
―――あいつと初めて出会ったのは、今から数年前の出来事だった。
その時俺は東京に居を構える暴力団の構成員の一人であり、薬の売買にスタンドやキャバクラのケツ持ち、そして上客からの特別な依頼をこなすといった仕事をシノギとしていた。そんなある日のことーーーその日は記録的な豪雨で、組員も外には出払わず見張りを除いて組長やカシラも含めた全員が2階にある事務所にいた。すると突然下の階が騒がしくなり、見張りをさせていた組員の悲鳴が響き渡った。この世界にいる以上きっとカチコミの類だろうと全員がポン刀や銃を手に持って入り口からやって来るであろう敵対する組の構成員を待ち構えていると、そこにやってきたのはたった一人の男だったーーそれも同業者とはいい難いような服装や振る舞いをするその人物は、ゆっくりと辺りを見渡すと動揺する俺達にこう言ったんだ。
――――ツケの清算に来たと
気づいた時にはもう、目の前には自分以外の組の人間の死体が累々と横たわっていた。今思えば、やつもきっとスタンド能力を持っていたのだろうが当時の俺にはそんなものは見えないし、そんなものが存在するとは露とも思わない。恐怖で身体を硬直させられた俺が尻餅をついて震えているとその人物は無表情で、まるで道端に吐き捨てられたガムを見るような目つきで俺を見つめながら言葉を投げかけてきた。
「これからは言うことに従ってもらう」と
その時から俺の命は、奴の手の上で転がされるだけのものとなった。奴の言われた通りに情報を調べ、情報を得るために奪った命も一つや二つではない。そしてある日、突然奴から呼びだれた俺は奴が手に持っていた矢で射られ能力者となったのだった。―――奴の意図は分からないが、しかしこれで奴の呪縛から解放されるチャンスを手にしたことになる…すなわち、奴を殺すというチャンスを。
―――しかし能力の全貌が分からない以上、無闇に戦いを仕掛けるのは得策ではないだろう。
そしてそんなある時、今回の依頼を…いや、命令を奴から下されるのだった。
「東方仗助を始末しろ」と
ここまでの痛手を負った以上、本来ならば一度引いた方が身のためだろう。しかしここで退いたとしても、手負いの状態で能力の全貌が分からない以上は用済みとなった俺は奴に始末される可能性は大いにある…そして標的の東方仗助の顔を見れば分かるが、あいつは最早この学園から俺を生きて帰す気など毛頭ないだろう。クレイジー・Dから受けた苛烈な攻撃を受けても尚、一ノ瀬は気力だけを頼りにとある場所に向かってゆっくりと、しかし着実に向かっていった。
目の前から姿を消した一ノ瀬に、仗助はその姿が忽然と消えたことに動揺を隠せずにいた。
―――あいつは何で逃げた?
あの男は、絶対にオレを始末しようとするだろう。それなのに、何故目の前から逃亡を図ったのか。考え抜いた仗助がたどり着いた一つの可能性は、仗助の身も心も氷点下まで凍り付かせたのだった。
キングが危ない
仗助は急いで窓から校舎外へと身を乗り出すと、急いでキングがいる2階のトレーナー室の窓が見える真下に足を繰り出すーーー仗助はクレイジー・Dで手頃な石を拾い上げると、窓の下に据え付けられている柵に狙いを付けてそれを投げつけた。格子状の柵が粉々になって仗助の足元に落ちると、仗助はその棒切れを拾い上げたのだった。
「……クレイジー・D!」
すると仗助の身体は、手に持った柵の残骸に引っ張り上げられてゆっくりと浮かび上がり、地面に落ちた粉々になった柵は元通りに戻っていく。仗助はあっという間にトレーナー室にたどり着くと、窓をかち割って部屋の中に転がり込むのだった。
「じょ、仗助!?どうして窓から!?」
部屋で仗助のことを待っていたキングは、突然窓を割りながらなだれ込んできた傷だらけの本人を目の前にして驚愕の声をあげていた。
「―――説明は後だ。」
キングを外に避難させたかったがもうすぐそこまで一ノ瀬がやってきている可能性がある以上、いま彼女を外に出してしまえば鉢合わせになるかもしれない。仗助が件名に頭を悩ませていると部屋の前にこの状況を打開し、一ノ瀬を倒すために必要な、最適な人物が通りかかるのだった。
一ノ瀬は口から泡交じりの血を垂れ流し、既にヒビが入った肋骨が一歩進む度に軋む激痛に顔をしかめながら壁に手をついて目的地であるトレーナー室に向かっていた。やがてトレーナー室の前に着くと、その小指がなくなった左手を引き戸に掛けると乱暴にその扉を引き開けるのだった。
「貴方は…」
そこには自身が此処に向かう目的となったウマ娘――キングヘイローがこちらを驚いたように真っすぐと見据えていた。仗助が此処にやってくる前に、彼女を人質に取らなければならない。一ノ瀬はにやりと微笑むと、乾いた笑い声をあげながらキングに近づいていくのだった。
「お前には何の恨みもないが、ちょいと付いてきてもらうぞ…」
――彼女がスタンド使いではないことは調べがついている。一ノ瀬は悲鳴をあげるキングに近づきながら傷だらけになり、腕や手、顔がすっかり変形したスタンドを繰り出すのだった。一ノ瀬はスタンドを振りかざしながら、ゆっくりと彼女に近づくのだった。
「ドラァ!!」
…頬にあの忌々しい、重く鈍い痛みが走る…一ノ瀬はゆっくりと眼球を動かすと、信じられない景色が視界に飛び込んでくるのだった。
「ク…クレイジー・…D…?」
キングの前に現れているのは、ここにはいないはずのクレイジー・Dが立ちふさがっているのだった。一ノ瀬があまりの動揺で言葉が出ないでいると、キングは徐に口を開いたのだった。
「テメ~がここに来るってことは想像がついたからよ~…先手を打たせてもらったぜ」
およそ良家の令嬢に似つかわしくない口調に、目の前に立ちふさがっているクレイジー・D。思い至った一つの可能性に一ノ瀬が目を見開くと、キングはにやりと口角をあげると言葉を続けるのだった。
「どうやら新たに発現した能力者のことはリサーチ不足だったようだなぁ~。さっきマーベラスサンデーとすれ違ったからよ~、あいつの能力でキングの身体を使ってカモフラージュさせてもらったぜ…」
「ドラララララララララララララララララララララララララララララァァァァァァ!!!!!」
再びクレイジー・Dの怒涛のラッシュを受けた一ノ瀬の身体は、窓を突き破って外へと吹っ飛んでいった。仗助はほっと溜息を一つ尽くと、そばにある用具入れに向かって言葉を掛けるのだった。
「もう出てきていいぜ、キング」
軋んだ音を立てながら用具入れの扉が開き、そこから出てきたのはマーベラスサンデーの能力によって仗助の身体となったキングだった。
「全く一時はどうなることかと思ったけど…もう安心ね」
「いや、あいつには誰の差し金でここに来たのか吐いてもらわなきゃあならね~…行くぞ、キング!
「だから私の姿でそんな口調で喋るんじゃあないわ!」
仗助はキングを連れてそのまま教室を飛び出ると、一ノ瀬が落ちていった校舎裏に急いで向かうのだった。
一ノ瀬は地面に蹲り、まるで自身を嘲笑するかのように曇天から漏れ落ちる雨粒を憎しみのこもった目つきで睨むと、仗助によってへし折られた歯の隙間から小さく息を漏らすのだった。
どうやら俺はしくじってしまったらしい。
こうなってしまった以上、不本意ではあるが一度退いて体制を立て直した方がいいだろう。しかし背中に銃弾を受け、クレイジー・Dの攻撃を二度も受けしかも2階から吹っ飛ばされたその身体は最早言うことが聞かず、地面に惨めに這いつくばることしかできなかった。一ノ瀬は地面に新たな血の染みをこさえながらこの場にやってくるであろう仗助の追跡を躱そうと懸命にもがいたが、その時頭上から声が投げかけられるのだった。
「もういいよ…君は今までそれなりにやってくれた。お疲れ様」
……どうやら神は俺をここで見限ったようだ。一ノ瀬はせめてもの抵抗でスタンドを繰り出そうとしたが、その意識は急速に闇に吸い込まれていくのだった。
「なっ」
「これって…」
――――仗助とキングは急いで一ノ瀬の元へと向かったが、校舎裏にたどり着いた時には既に一ノ瀬は事切れているのだった。
ブランキー・ジェット・シティ(モデル:バンド、ブランキー・ジェット・シティの名前から)
能力者;一ノ瀬成彦
破壊力:B
スピード:A
射程距離:C
持続力:D
精密動作性:C
成長性:D
地面や壁、天井の中をまるで海のように潜水や移動することができ、腕に着いた刃で攻撃を加えることができるが、人の身体のような生物に潜水することはできない。ここまで聞くとダイバーダウンの下位互換にも思えるが、ダイバーダウンよりも射程距離が遠くまで及ぶ点が強みとして挙げられる。