室内に足を踏み入れたスズカだったが、その時自身の足元に何か踏んだような感覚があった。スズカがゆっくりと足元に視線を落とすと、散乱している資料が隠れ蓑となって気が付かなかったが、蔦がスズカの足首に強く巻き付いているのだった。
「……これは…!」
「……初めに言ってしまうとな、私の能力は植物を操る能力…この室内に足を踏み入れた時点で、既に術中に嵌っているというわけさ」
エアグルーヴの背後から蜃気楼のように幻影が浮かび上がると、エアグルーヴの前に立ち、薔薇のような花の装飾が施された両腕を振りかざした。するとその両腕についた花から辛うじて視認できるほどの小さな球形の種子が飛び出し、生徒会室の一角に張り付くのだった。
「……?」
スタンドの種子から芽が出ると、瞬く間にまるで早送りされる映像のように急速にその植物は成長し、薔薇のような花を咲かせるのだった。茎には棘が無数に、まるで乱杭歯のように付いており、その茎は鞭のようにしなり始めるとスズカの身体をロープのようにきつく縛り上げるのだった。
「……なっ!」
茨の棘がスズカの身体に食い込み、そこから血が噴き出していく。スズカは自身の身体を襲う苦痛に顔をしかめていると、エアグルーヴはその顔を笑顔で歪ませながらスズカに声を掛けるのだった。
「そしてサイレンススズカ…私の能力は植物を司るもの。つまり植物の持つ特性を弄ることができる、ということだ。この世に存在する植物の特性を、私の能力によって盛り込むことができる…私の能力によってその茨に据え付けた特性は「夾竹桃」という植物のものだ」
…夾竹桃。その名前を聞いたスズカとエアシャカールは顔を真っ青に染め上げることとなった。インド原産で江戸時代に日本に伝来したその植物は、乾燥にも非常に強いため、工業地帯にて街路樹として用いられ、また園芸植物として非常に親しまれている植物であるが、特筆すべきはその毒性である。花や枝、葉はもちろんのことであるが、その夾竹桃が生えた土壌にもその毒は強く残り、経口はもちろん、その葉を燃やした際に発生する煙を吸い込んだだけでもその毒は人体に深い影響を及ぼすことになる。人間に比べて身体的に勝るウマ娘ではあるが、その影響がないわけではなく、勿論有害なものであり、下手をすれば死んでしまうことには代わりはない事実である。
「……て、てめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!何やってやがンだ!エアグルーヴ!」
エアシャカールは直ぐにスズカの元に走り寄ろうとしたが、スズカは口から血を吹き出しながら地面に崩れ落ちるのだった。エアグルーヴはその笑みを崩すことなく言葉をシャカールに投げかけるのだった。
「安心しろ…あくまでこの毒はスタンド毒だから、私を倒せば今なら二人は元に戻るだろう。それに、まだ致死量はこの二人には打ち込んでいない...が、それをこのまま放っておけば、二人の安全を保障することはできない」
エアシャカールは前方の敵を見据えると、ゆっくりと自身のスタンドを出現させる。エアグルーヴは目の前の敵を迎え入れるため、再び両手を、戦場を司る指揮者のように大きく広げるのだった。エアシャカールは室内に一歩身体を踏み入れる…かと思いきや、くるりと踵を返すとそのまま逃亡を図るのだった。
「……逃げるのか。まぁ、いい…いずれにしても既にお前を手放しで生きて帰すつもりは毛頭ない」
エアグルーヴは小気味よく首を鳴らすと、そのまま前傾姿勢となって逃亡者の追跡を始めるのだった。
懸命に足を繰り出したシャカールだったが、やがて足をエアグルーヴの放った蔦によって足を取られ、地面にそのまま崩れ落ちるのだった。エアグルーヴは獲物を刈り取る肉食獣のように凶暴な視線を、地面に這いつくばるシャカールに突き刺すのだった。
「手間をかけさせるじゃあないか…お前のこと、少しは張り合いのある相手かと期待したんだが…全く期待外れもいいところじゃあないか」
「くっ…レディオヘッド!」
シャカールは攻撃のためにスタンドを繰り出しその拳をエアグルーヴに突き出したが、彼女の身体に攻撃が届く前に彼女のスタンドの能力によって発現した、蔦が絡み合ってできた壁が即席の盾となってその攻撃をいとも簡単に防ぎきるのだった。
「…これがクレイジー・Dだったら…!」
自身のスタンドはお世辞にも戦闘向けのスタンドであるとは言えない。自身のスタンドのパワーではエアグルーヴの能力を打ち破ることはできないことを痛感し、顔を歪めせているとエアグルーヴは冷酷な口調で敗北者に向かって言葉を続けるのだった。
「まさか敵を前にして逃亡を図るなんてなぁ~…エアシャカール」
エアグルーヴはそのままスタンドから種子を放出させ、蔦を成長させるとそのままシャカールの身体を縛り上げるのだった。シャカールは苦し紛れにスタンドを繰り出すと、開いたまま用具入れの中にあったモップの柄を投擲武器のようにエアグルーヴに投げつけようとしたが、その手はスタンドによって軽くひねり上げられ、モップは地面に音を立てて落ちるのだった。
「…ちげ~ンだよ…」
「…あ?」
「逃げていたわけじゃあね~ンだよ…向かっていたンだ…勝利への道へ」
「オレのスタンドは無機物の情報を読み取って、書き込むことができる能力だ…書き込ませてもらったぜ。モップに命令を」
「……」
エアグルーヴは静かに足元に落ちたモップに視線を送るとモップには本のようにページがくっついており、そこに書かれているのだった。
「地面と超音速で擦り合わさる」と
モップは誰の手を借りることなく、独り手に立ち上がると、小刻みに震え出すと地面に向かって左右に超高速で振動を始めるのだった。
「……な、こ、これは…?」
モップの下からはやがて焦げ臭い匂いが立ち込めてくると、煙が立ち込めてそこから火が生じるのだった。
…これは…まさか!
シャカールの思惑に気づいたエアグルーヴだったが、正気を失った彼女がその思惑にようやく気付いた時には既に勝敗が決した後だった。キャンプの際に行われる火起こしと同じ要領で起きた火は瞬く間にエアグルーヴが生み出した植物に燃え広がり、あっという間に燃やし尽くすのだった。
「…なっ…くそっ…このたわけが…!」
燃え広がる植物に、自身の攻撃の手段が燃えていく光景に気を取られたその一瞬が彼女の命取りとなるのだった。エアグルーヴが勝負の場から目を離した一瞬、煙の中から顔を煤だらけにしたエアシャカールが飛び出すとスタンドを繰り出すのだった。
「……クレイジー・Dにあとで治してもらえるだろうからよ~…多少手痛い目にあってもらうからな…レディオヘッド!!」
レディオヘッドが繰り出した回し蹴りがエアグルーヴの顎に直撃すると、彼女の身体は遥か後方に吹っ飛んでいく…壁に頭を強かに打ち付けたエアグルーヴは、そのまま意識を手放すのだった。
エアグルーヴは、ゆっくりと意識を取り戻すと、鉛を括りつけられたように重い頭を押さえながら状況を把握しようとする…どうやらここは保健室のようだ。重い上半身を何とか起こすと、横から突然声を掛けられるのだった。
「目が覚めたようだね…エアグルーヴ」
自身に投げかけた声の主に、エアグルーヴの背中に鋭い悪寒が走るのだった。今一番会いたくない人物。今一番声を掛けて欲しくない人物…私が傷つけてしまった人物。
エアグルーヴはその声を聞いた条件反射でベッドから転がり落ちると、その人物の前で膝をついて頭を地面にこすりつけるのだった。自身の意識が暴走してしまったことは事実であるが、自身が起こしてしまったことは忘れることなく鮮明に覚えている…この世の終わりかのように顔が青ざめているエアグルーヴの土下座姿を静かに見つめるルドルフだったが、やがて徐に口を開くのだった。
「…気にしなくていいんだ。君は事件の犯人に操られていたにすぎない」
「ですが…私は貴方を…」
「…だからそれは君が…」
「…簡単に私を許さないでください…貴方の優しさが…今の私には…」
エアグルーヴの下の地面には、涙があふれ落ちて染みとなっている。確かに彼女の意識は犯人の手によって暴走していたが、彼女の記憶の中には私を傷つけてしまったという事実が刻み込まれており、それが彼女の心を罪悪感で縛り上げているのだろう。少し考えたルドルフだったが、やがて再び彼女の方へと向き直ると言葉を掛けるのだった。
「……だとしたら、私の話を聞いてほしい。この学園で一体何が起こっているのかを…過去に何が起きたのかを…いずれにしても、君が能力者になった時点で既に無関係というわけではないからね」
ルドルフの話を全て聞いたエアグルーヴの顔は、驚愕の念で塗りつぶされていた…トレセン学園にかつて蔓延った殺人鬼、その悪魔からトレセン学園を守るために戦った者たちのこと、そして…」
「そんな…もう甲斐トレーナーは…」
「――あぁ。チームシリウスの班目トレーナー、そして私のトレーナ―君は、その怪物の手によって命を奪われた」
やはりあの時に感じていた違和感は、私の勘は当たってしまっていたのか。会長があそこまで憔悴していたのは、トレーナーが行方不明になったからではなく、既に死亡していることを周知していたからだとしたら…エアグルーヴは自身が何の力にもなれないことへの不甲斐なさに唇をかみしめながら地面に視線を落としていると、ルドルフは言葉を続けるのだった。
「…そしてまたトレセン学園が危機に陥っている…何者かの差し金によって再びその尊厳が踏みにじられようとしているんだ…君がスタンド使いにさせられたことが何よりの証左となる…」
「…その通りですね」
「…それにもう、事は動き始めている」
ルドルフはその片手に資料を握りしめていた…彼女から手渡された資料に目を通したエアグルーヴは、驚きのあまりに目を見開くのだった。
「―――キング。いよいよだな」
「…えぇ。本来クラシック路線に進んだウマ娘は、中長距離路線に進むのが定石…しかし私はここに来たわ。短距離の王を決める「高松宮記念」に…私だけの一流への一歩を目指すためにね」
「…おう」
「たとえこの道すら間違いだったとしても、もう後悔なんてしない…もしそうだったとしても」
「…そしたらよ~、二人でまたゼロからやり直そうぜ~キング。案外地方のレース場のどさまわりっていうのも悪くね~んじゃあね~か?」
仗助の言葉に、強張っていたキングの顔は緩んでいく…この男は本当に無遠慮で、短慮に感じる場面もあるが、その裏表のない言動と、どんな暗闇の中でも灯りを灯し続けてくれるように力強さがある。それだけで勇気を与えてくれるのだ。
(ヴー、ヴー)
その時、携帯電話が来電を告げるバイブレーションを始める。こんな時に無遠慮に電話をかけてくるような人物は一人しか知らない。キングは携帯電話をポケットから引っ張り出すと、耳に押し当てるのだった。
「…あらお母さま。一体何の御用かしら」
「…『何の御用かしら』、じゃあないわよ。知り合いから今日の高松宮記念に出るって聞いたわ。一体何のつもり?いきなり1200メートルの短距離路線に舵を切るなんて、正気じゃあないわ」
「…あら、私だって数々のレースを走り抜けてきた…確かに存在する誇りと、勝算のもとにここに立っているのよ…誰でもないキングヘイローの走り、貴方にも見せてあげるわ」
「無茶を言うんじゃあないわよ!マラソンと短距離じゃあフィールドが違いすぎるって言っていr…」
「…そんなことやってみなきゃあ分からないんじゃあね~っすか?」
その時自身の手から受話器を取ると、母親の電話の相手を勝手に引き継いだその人物…仗助は驚くキングを一瞥すると、言葉を続けるのだった。
「…あなたは?」
「…東方仗助っす。キングの担当トレーナーやってます」
「新人トレーナーの貴方と、向こう見ずな娘…そんな蝋で固めた翼じゃあ、途中で落ちるのは目に見えているわよ」
「確かにそうかもしれないっすね~、それでも」
「…目の前で担当が、レース前にそんなこと言われて黙って見ていられるほど、オレも腐っちゃあいないんで」
「…勝ってみせます。今日のレース」
(ピッ…)
電話を切った室内は異様な静寂に包まれていた。キングは一つため息をつくと、たった今自身の母親に啖呵を切った男を見据えながら、言葉を投げかけるのだった。
「本当に私達はへっぽこコンビね…まぁ、覆水盆に返らずって言うし…行きましょうか」
「おう…見せつけてやろうぜ、キング…」
『「オレ」「私」達の高松宮記念へ』
ブレイズ・オブ・プライド
能力者:エアグルーヴ
破壊力:B
スピード:C
射程距離:C
持続力:D(植物はA)
精密動作性:D
成長性:A
両手に花のような装飾が施されたスタンド。両手の装飾からエアグルーヴが決定したこの世に存在する植物の遺伝子の特徴を有する種子を放出することができ、その種子は瞬時に成長を遂げることができる。本体の戦闘力もそこそこ高い。