トレセン学園での奇妙な日常   作:ボンゴレパスタ

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一陣の風

 

 

 

 

 

 

 

 

樫本が不在の秋川理事長の寝首を取りに行ったという、所謂本能寺の変が起こったというニュースは正にトレセン学園内の天地揺るがす大騒動となったことは言うまでもない。数日中に理事会が緊急招集され、議題にある通り現在アメリカに長期出張に行っている秋川やよいの理事長の任を解き、その後任に現在理事長代理を務める樫本理子が就くというシナリオは、正に自身が思い描いていたシナリオそのものであった。その人物は最後のシナリオを描き切るために、自身の計画のマリオネットである樫本のもとを訪ねるのだった。

 

 

 

 

「…いよいよですね」

 

 

 

 

「…本当にこれでよかったのでしょうか」

 

 

 

不安気な表情を浮かべる樫本に対し、その人物は内心毒づいた。管理教育プログラムなる代物が正式に学園の教育方針として動き出したところで、上手くいかないことは火を見るよりも明らかだ。そもそもウマ娘の奴らだって機械ではない。同じ距離適性や、その脚質を取ってみても千差万別であり、例えばG1ウマ娘と全く同じトレーニングを課したところで、そのウマ娘に同様のトレーニング効果が得られるという保証はどこにもない。沖野や東条はそのことをわかっているから此奴の掲げるトレーニングを否定し、独自のやりたいように自身の担当ウマ娘にトレーニングを課している。

 

 

 

 

別にこいつは無能というわけではないのだが、そのことに気付かない…気付いたとしても無意識下でそこに蓋をしてしまうほど深いトラウマに苛まれている。こいつが理事長となれば、その教育方針に従わぬトレーナーやウマ娘を排斥なんてこともするかもしれないが、こちらとしては寧ろそうしてくれた方が好都合である。こいつがトレセン学園の理事長の後釜に据えて、独善的な教育方針を振りかざすように仕向けてURA自体を衰退させる。今更こいつが途中下車することなんて許してやるものか。こいつには最後まで道化を演じてもらわなけらばならない。

 

 

 

 

「…秋川理事長の破天荒な教育方針に嫌気が差している保守的な一部のURAの役員連中への根回しもこのためです。大丈夫です…きっと上手くいきますよ」

 

 

 

樫本に偽りの笑顔を向けたその人物は、その胸に底冷えするような炎を宿らせるのだった。

仗助は生徒会室でルドルフと共に何か窮状を打開できる案がないか試行錯誤していた。

 

 

 

 

「理事会には、それぞれ出資した株主の発言権がそのまま反映される…既に一部の役員共は樫本理事長代理に取り込まれているとみて間違いないだろう…」

 

 

 

敵の全貌が見えてこないことに変わりはないが、どうやら敵は想像以上に頭が回る人物のようだ。このような行動にでるには到底一朝一夕でどうにかできるものではない…この計画の実現のために細心の注意を払いながら年月をかけたのだろう。

 

 

 

「…クソッ!せめて一部の役員をこちらに引き込めたら…!」

 

 

 

 

仗助は懸命に役員名簿のページを矢継ぎ早に開いていくが、そんなことをしても自身の知りうる名前などどこにもない。仗助が頭を抱えていると、とある箇所に目が留まり驚きのあまりに声をあげるのだった。

 

 

 

「…なっ!まさかこんなことが…こんな偶然が!」

 

 

仗助は急いで携帯電話を取りだすと、目的の人物へと電話を掛けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊急で招集された理事会の雰囲気はいつも以上に殺伐とし、急遽アメリカから呼びもどされた秋川の表情も強張っていた。樫本は手元の資料に目を通しながらため息をつくと、扉の向こうにいる男…東方仗助に向かって声を掛けるのだった。

 

 

 

 

「…どうして貴方がここにいるのですか?部外者は早くここから立ち去りなさい」

 

 

 

「オレもこの学園にいる当事者の一人っすよ…この行く末を見守りたいっす」

 

 

 

 

「…繰り返します。早くこの場から立ち去りなさい」

 

 

 

仗助の肩を警備員が掴むが、その時秋川理事長が「容認」と達筆な字で書かれた扇子を片手に声を掛けるのだった。

 

 

 

「容認!彼もまたトレセン学園に勤務する前途有望なトレーナーだ!この会議を見守るのもいいだろう!」

 

 

 

仗助が末席に腰を落ち着けると、見計らったように秋川理事長に対して鋭い言葉が投げかけられるのだった。

 

 

「貴方の傍若無人な経営方針には、常々思うところがあったんですよ…貴方の破天荒ぶりには伝統に傷をつけてしまいかねない。」

 

 

 

頭は禿げあがりその腹はベルトの上にのしかかっている役員の男が、鼻息交じりの声をあげながら秋川理事長に言葉を投げかけるのだった。その言葉に続いて次々と役員が立ち上がると、彼女らに対して非難の言葉を次々と投げかけるのだった。

 

 

 

 

「その通り!御父上が理事長をしていた時はもっと…」

 

 

 

 

「やはりそんな見た目の貴方が理事長という職をするのは…」

 

 

 

…やはりここに出席する役員の何割かは既に樫本、およびその背後にいる人物の息がかかっているようだ。元々年端もいかぬ少女の見た目をした秋川が繰り出す奇想天外な教育方針を面白く思っていなかったということもあるのだろう…樫本派の役員の非難は延々と続くのと並行で会議は淡々と進行していき、ついに秋川理事長の信任決議が採られるか運びとなった。

 

 

「……それでは現日本トレーニングセンター学園理事長、秋川やよい氏の信任決議を始めます…不信任の方は手をお上げください…」

 

 

 

すると続々と会議に出席する者たちの手が上がっていく…こればっかりはスタンドでどうにかできる問題ではないため、仗助は自身の作戦がうまくいかなかったことに絶望し、思わず肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…邪魔するよ」

 

 

 

扉がゆっくりと開き、室内に鎮座する人物の視線がそこに注がれる…仗助はやってきた人物を目にとめると、小さくため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 

…殆ど勝負は決し、命運も尽きたと目されたその場にやってきた一人の男…およそ足元はおぼつかず、杖がなくては満足に歩くことすらままならない。髭は山師のように顔の下半分を覆い、その腰は45度に折れ曲がってしまっている。それでもその男の左手から聞こえる不自然な機械音や、腰を曲げて杖を突いていても隠し切れないほどの巨躯、そして丸眼鏡の奥から覗かせるその瞳にはその人物が只者ではないと感じさせる何かがあった。

 

 

 

 

 

 

「…遅かったじゃあね~か……ジジイ」

 

 

 

仗助にジジイと呼ばれた人物…ジョースター家の一族の最高齢者であり、およそ半世紀以上も前から世界の運命を賭けるような戦いに身を投じ、そして数年前に杜王町にて仗助達と共に町の尊厳を取り戻すために参加した人物…ここまでで説明を留めると素晴らしい人物ではあるが、実際のところは仗助とは実の親子関係であり、妻を持つ身でありながら仗助の母と関係を持ったことによって仗助が誕生した…とどのつまり仗助は彼の隠し子、ということになる。その人物…ジョセフ・ジョースターは仗助のことを見つけると笑顔を向けるのだった。

 

 

 

「おぉ、仗助…久しぶりじゃな。電話があって急遽来たが、場所はここで合っておるのか?」

 

 

 

「まさにベストタイミングだぜ、ジジイ…」

 

 

 

「おいおい!おじいさんよ~?ここは老人ホームじゃあね~ぞ?」

 

 

 

 

席に座っていた樫本派の役員が立ち上がると、室内に足を踏み入れてきたジョセフの肩につかみかかる…その瞬間、その男の手に電流のようなものが走り、男の身体は壁にむかって吹っ飛んでいくのだった。ジョセフは男がつかんだ肩を払いのけると、徐に口を開くのだった。

 

 

 

 

「…久しぶりに使ったが、案外まだまだ使えるもんじゃな…そこの壁で気を失っている彼の席を使わせてもらうよ。よいしょっと」

 

 

ジョセフはゆっくりと空いた席に座ると、それを確認した仗助は会場にいる全員に聞こえるように説明を始めた。

 

 

 

「ここにいるジジイ…いや、ジョセフ・ジョースター氏はURA及び日本トレーニングセンター学園の筆頭株主で普段はニューヨークを始めとした世界各地で不動産業を展開しているっす」

 

 

 

 

「…さて紹介が済んだところで、皆さん…話は全部仗助から聞いたんじゃが、儂は今回の理事長の解任決議、とてもじゃあないが賛同することはできない」

 

 

 

突然やってきたジョセフが放った決まりかけた決議をひっくり返すような発言に、室内には動揺が広がりざわめきが生じている。樫本派の一人が立ち上がると、憎々し気に彼を睨みつけながら言葉を投げかけるのだった。

 

 

 

「…今更あんたが反対したところで、何の意味もないんじゃあないか?どういう領分でそんなことを抜かしてんだ?」

 

 

 

ジョセフは目を閉じながらその言葉を受け止めたが、やがて目を開けると徐に口を開くのだった。

 

 

 

「あなた方は、この学園に足を踏み入れた時に何も思わなかったのか?」

 

 

「…?」

 

 

 

 

「この学園に足を踏み入れたのなら、見たじゃろう?このトレセン学園で切磋琢磨し、夢をのせて駆けるウマ娘たちの姿を」

 

 

その言葉を聞いた室内は瞬く間に静まり返っていく。ジョセフはその様子を静かに見守りながら言葉を続けるのだった。

 

 

 

「そこにおる秋川理事長が、何か問題になるようなことをしたのか?ひたむきにウマ娘のために、只々そのためにその身を捧げておるだけじゃろう?それを金銭的に問題があるというのなら支援は惜しまんし、そもそも学園運営に利益重視にというものはいかんじゃろう?あくまで生徒であるウマ娘たちの意思を尊重する、というのが肝要じゃあないのかの?」

 

 

ジョセフの言葉を引き継ぐように、室内に新たな人物…トレセン学園の生徒会長、シンボリルドルフが足を踏み入れると、口を開くのだった。

 

 

「私達も同じ意見です…この学園で切磋琢磨するウマ娘たちは、自由闊達な校風のもとその夢の実現しようとその青春を捧げている」

 

 

 

 

「…それはトレーナーである私達も同じです」

 

 

 

ルドルフの隣にいる人物…東条ハナと沖野は言葉を引き継いだ。

 

 

「トレーナーである私達も、彼女たちがのびのびとトレーニングできる今の環境が最善であることを実感しています。彼女たちがこの環境を望む以上、私たちはそのサポートをするのみです」

 

 

 

ルドルフと沖野らが抱えている書類の山が机を置かれると、東条ハナは言葉を続けるのだった。

 

 

 

「…そこにあるのは本決議における理事長の解任に対して反対署名です。トレセン学園の生徒1752名、トレーナー45名分の署名がここにあります」

 

 

 

 

この学園を愛する者たちの想いを乗せたその署名の山に、室内にいるものは完全に閉口してしまっているのだった。

 

 

 

「……私も、ジョセフ・ジョースター氏と同じ意見です。今回の解任…いや、裏切り行為、当然容認することなどできない。」

 

 

 

 

 

 

そう口にしたのは、今まで会議でどちら側にもつかず沈黙を保っていた男、桐生院康隆であった。名門桐生院家の当主の鶴の一声によって、樫本派の勢いは竜頭蛇尾という表現の他なくなり、総崩れとなったことは言うまでもない。信任決議の結果、秋川理事長はその職を解かれることなく、その任を続けることが正式に決定するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ありがとうなジジイ。正にベストタイミングだったぜ」

 

 

 

 

「息子から頼られたとあれば、無下にはできんからの~。しかし仗助、この学園で起こっているという異変、儂に何かできることはないかの~…もう「隠者の紫」は年のせいか満足に扱うことはできんが…」

 

 

 

 

 

「…いや、いいんだ。ジジイをわざわざ危険な目にさせるわけにはいかね~からな。一応承太郎さんにも連絡はしたんだが、ちょいとイタリアの調査で忙しい?とかで手は貸せないってよ~」」

 

 

 

 

「…そうかの~だが、きっと大丈夫じゃ」

 

 

 

 

 

「…?」

 

 

 

 

「…この学園にいるウマ娘たち、そして今の仗助の顔を見ればこの学園のことを想って、何としても守りたいという気持ちが伝わってくる…その瞳の中には、かつて儂と承太郎がエピプトといった時、そして杜王町で吉良吉影から町を守る決意をしたお前たちと同じ光をみた…だから大丈夫じゃ」

 

 

 

 

 

ジョセフの口から発せられた言葉に、仗助も思わず口元が緩んでいると、ジョセフはゆっくりと仗助から背をむけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「見送りはここでいい……また会おう、仗助…お前にはまだやらなければならないことがあるんじゃろう?」

 

 

 

 

仗助はその言葉にハッと我に返ると、踵を返して今回の騒動を引き起こした張本人、樫本理子の元へと急ぐのだった。今回の騒動だが、彼女だけが考案、実行していたものではないだろう。必ずこの事件の裏には黒幕がいるはずだ。その人物のことを聞き出すために、彼女から話を聞かなければならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私の負けだ。

 

 

 

 

一人取り残された会議室で樫本は自身が思い描いた結末とは程遠い未来に、どこか安堵した表情を浮かべいた。あの人物の期待を裏切ってしまうことは残念だったが、私自身もこの理想の脆さを痛感していた。生徒であるウマ娘たちの意見を押さえつけ、自身のエゴという型に当てはめてしまうところだった。それを気づかせてくれただけでも、今回の絵に描いた餅は意味があったのかもしれない。

 

 

 

 

…いずれにしても、私の居場所はここにはない。

 

 

 

またどこかで、一からやり直そう。また胸をはって私の人生を歩むことができるように。樫本がそう思いなおして部屋を後にしようとしたのだが、その入り口には一人の人物が立っていたのだった。

 

 

 

「…お疲れ様です。そしてさようなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仗助が会議室にやってきた時には、既に一足遅れたあとであった。室内には樫本が力なく倒れており、その床には血だまりができていた。急いで傷をクレイジー・Dで傷を治し救急車を手配したが、九死に一生を得た彼女だったが、倒れてからしばらく放置されていたこともあり意識が目覚めることはなく病院に入院する運びとなった。

 

 

 

 

 

……樫本が役に立たない時点で、最早口封じのために消さなければならない。仗助に要らないことを話すまえに始末出来て良かったというところか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…その人物はハンカチで自身のスタンドで始末した樫本の返り血を拭いながら廊下を一人歩いているのだった。玄関からゆっくりと外へ出ると、ターフに向かって歩きだしていく。やがてターフには一人のウマ娘の姿が見え、その人物は自身の姿を認めると声を掛けてくるのだった。その人物は自身取りうる精一杯の笑顔を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トレーナーさん、アップ済ませておきました」

 

 

 

 

 

 

 

「よし!じゃあ始めるか!この間の有馬記念みたく勝てるように、トレーニングするぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……グラス!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グラスワンダーは自身の担当トレーナーの言葉に笑顔で答えると、そのままターフの上を駆け出していくのだった。その人物はあっという間に小さくなっていく自身の担当ウマ娘を見送ると、再びその笑顔を元の氷のように冷めついた表情に戻すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……その男の名前は、九条琢実。トレセン学園で起こる一連の事件の首謀者であった。

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