目の前の少女は電話の相手を突き放すように電話を切ると、その耳を後ろに絞りながらその場を後にしようとするが、その時偶然話を立ち聞きしていた仗助と鉢合わせするのだった。
「―――まったくこんな時に電話してくるなんて…って、ぎゃっ!!だ、誰…ひょっとして、貴方不審者?」
「おいおい!不審者じゃあねーよ!!俺はトレーナーだっ!!まだ新人だけどよ~~!」
突然自身に掛けられたあらぬ誤解を払拭するため、仗助は胸についているトレーナーバッジを目の前の少女に見せつけながら、矢継ぎ早に言葉をまくし立てたのだった。少女はしばらくバッジと仗助の顔を交互に見比べていたが、やがてため息をつくと口を開いた。
「――どうやら本当にトレーナーのようね…でもまぁ、貴方もこのキングの早とちりなんて貴重なものが見れたのだから、おあいこね!」
言葉の真意を掴みかねた仗助が頭を横に傾けると、その少女は顔をしかめながら仗助に話しかけるのだった。
「…ちょっと、どうしてそんなにキョトンとしているのよ……ってまさか貴方、このキングのことを知らないって言うんじゃあないでしょうね!?」
少女がずんずんとこちらに突き進み指を仗助の眼前に突き付けると、仗助は気負しながら言葉を尻すぼみにして謝罪の言葉を口にした。
「す、すまね~な~、だって俺まだ新人トレーナーだしよ~…あんたがそんなに有名だったなんて…」
仗助の言葉を聞くや否や、少女はわなわなと震え始める…どうやらまた怒りの琴線に触れてしまったようだ。理事長といいこの少女といい乙女心は秋の空だな、なんて仗助は呑気なことを心の中で思っていると、耳を澄ませば音が聞こえてくるのではないかと錯覚するほど、少女は沸騰しているヤカンのように震えながら仗助に話しかけた。
「―――もう我慢ならない!!貴方、付いてきなさい!!」
目の前の少女は仗助の手を無理やり引っ張りながら、学園中央の広場まで仗助を連れていくーーすると少女は頭の横で子気味よく手を二回打ち付けながら高々と声を上げた。
「―――はい、集合!」
その言葉と同時にどこからともなく二人のウマ娘がやってきて、少女に話しかけた。
「なになに、どうしたの~?」
「その男の人、だぁれ?」
――どうやらやってきたウマ娘たちは、彼女の取り巻きのようだ。
少女は取り巻きたちの言葉に先ほどとは打って変わり、淑女のように上品な面持ちで答えるのだった。
「この人は新人トレーナーさんよ。でもこの人、私よく知らないみたい。それってとっても不幸なことじゃあない?――だからいつものあれ、お願いできない?」
「了~解っ!!」
――いつものあれ?
自分をそっちのけでとんとん拍子で進む話に困惑する仗助をよそに、少女とその取り巻きたちは突然アイドルとそのファンが行うコール&レスポンスよろしく掛け合いを始めるのだった。
「――私の名前は?」
「キング!!」
「――誰よりも強い?」
「勝者!!」
「――その未来は?」
「輝かしく、誰もが憧れるウマ娘!!」
「――そう!一流のウマ娘といえばこの私!!」
「キングヘイロー!!」
「……?」
一連の掛け合いを見てもなお、仗助にはその珍妙さにただただ口を開くのみだったーーしばらく目を閉じて余韻に浸っていた中央の少女――キングヘイローは、思っていた反応が返ってこないことに疑念を感じたのかチラリと仗助を見ると、再び口をとがらせるのだった。
「ちょっと、せっかくこのキングが貴方のためだけに自己紹介をしてあげたというのに、その反応は何よ!!このへっぽこ!!もっと感涙に浸って拍手喝采しなさいな!!」
「――あぁ、ご、ごめんな…ていうかこれ、自己紹介だったのかよ…」
「なんていうこと…!!こうなったらもう一度キングコールを…!」
仗助に自身の意図が伝わっていなかったことに憤るキングはもう一度そのキングコール…とかいう下りをやろうとしたが、その時取り巻きのうちの一人がおずおずと口を開いた。
「あの~キング…そろそろ門限の時間だけど、ここにいても大丈夫なのかな…?」
「……あっ」
よく見ればもうすでに門限時間まで残り僅かという時間になっていた。キングは取り巻きたちに気をかけながら嵐のようにその場を去っていくのだった。
先ほど去っていった少女――キングの言葉の節々には強い物言いを感じたが、不思議とその物言いに不快感はまったくなかった。
仗助は嵐の後の静けさの中で一人取り残されていたが、やがて気を取り直すと一人家路につくのだった。
翌日、大勢のウマ娘やトレーナーが集まる選抜レースの場に仗助はいた。
「ひょえ~、やっぱりよ~!!実物みるとすげ~な~!!」
仗助は公式のレースではないとしても、中央で行われる初めて見るレースに感激しているた。既にレースは中盤に差し掛かっており、その中でも見どころのあるウマ娘は何人か目星をつけることができた。
「―――逃げのセイウンスカイに、北海道から来たスペシャルウィークか…」
セイウンスカイは葦毛のウマ娘で、既に逃げの脚質をもつウマ娘としてその才能を開花させ始めていた。そしてスペシャルウィークも、北海道から上京してきたウマ娘で、その大地で育った屈強な走りをすでに先ほどのレースで見せつけており、レースの直後に彼女たちをスカウトするために席を離れるトレーナーが後を絶たなかった。
どちらもスターとなりうる資質を持った優秀なウマ娘だったが、仗助のキャリアがまだ白紙である以上、だれか別のベテラントレーナーが担当に着くのが関の山だろう…仗助がそう考えこんでいると、次のレースのアナウンスが聞こえてくるのだった。
「続いては第7走――芝1600メートルの選抜です」
ターフの上には、ゼッケンを身に着けたウマ娘たちが続々とやってくるーーその内の一人に仗助の視線は注がれるのだった。
「―――あれは」
そこにいたのは、先日仗助とひと悶着あったウマ娘――キングヘイローだった。
キングの姿を仗助が遠くから眺めていると、隣から話し込んでいるトレーナーたちの声が聞こえてくるのだった。
「――あれか。良家の御令嬢、キングヘイロー」
「親が一流と呼ばれたウマ娘ですからね。彼女がその資質を持ち合わせているのかどうか…」
彼女の取り巻き達に対する気品あふれる対応…どうやら彼女、いいとこのお嬢ちゃんだったようだな…
レースがスタートし、ウマ娘たちが一斉に走り出す。枠番2番のキングは先団に前を塞がれてしまい、上手く位置取りができていない印象を受けた。
「あの様子だと、位置取りがうまくいっていないようですね。そこまで器用な子じゃあないってことか」
「それでも気ばかり前に行って空回りしているって感じだな。あれじゃあ、中々…」
キングの走りを見て、早々に見切りをつけようとするトレーナーたち。自身のキャリアに見合ったウマ娘を選定するためには確かにそういう目利きが必要なのかもしれないが、彼らの言動に不思議と自分のことのように腹が立ってくる自分がいることに仗助は気が付いた。
―――位置取りには失敗したキングだったが、ラストスパートには目を見張るものがあり、最後は2着でゴールを迎えた。
ゴールを迎えたキングの顔には幾分か悔しさがにじみ出ていた…やはり彼女自身、納得できるようなレース展開ではなかったのだろう。彼女のもとには数人のトレーナーが駆け寄っていたがどうやら全てのスカウトを断っているのか、しきりに首を横に振っていた。
「――所詮は親の七光りってとこか」
「君は現実を見る必要がある。それじゃあ、G3かG2が関の山だぞ」
彼女に誘いを断られたトレーナーが、キングに掛けた厳しい言葉。それでも彼女は表情を崩すことなく高々と宣言した。
「次こそはトップを譲らないわ!覚悟しておきなさい!一流のウマ娘、キングの走りはこんなものじゃあないんだから!」
彼女の高飛車な態度は、他者からみれば現実を直視することができない哀れなピエロのようにも映っただろう。それでも仗助には、そんな彼女の姿が懸命な努力、決して下を向かない誇り高き姿の裏返しであると感じた。きっと負けて呆れられても彼女は一流を名乗り続けることが、彼女の覚悟であり、明確な生きる意義なのだろう。その孤高な彼女の姿に、仗助は自身の誇り高き髪型の由来、その覚悟を重ねていた。仗助は今にも崩れ落ちてしまいそうな彼女の元へ駆け寄ると、話しかけた。
「――よう、キング。すげ~末脚だったな」
声を掛けられたキングはすぐにその表情を切り替えると、いつものような態度で応対するのだった。
「当然でしょう?私を誰だと思っているの?――って貴方はこの前の…」
「――東方仗助だ。仗助って呼んでくれよな」
「――仗助ね。スカウトしに来てくれたのかしら?――いいわ!貴方にキングに売り込む権利をあげる。それで仗助はどんなトレーナーになるつもり?」
彼女の横に並び立つ資格を得るためには、彼女にふさわしいと思ってもらうには…仗助は覚悟すると、場内の全員に聞こえるほどの大きな声で彼女に言葉を投げかけた。
「俺は一流のトレーナーだ!!だからキング!一流のウマ娘のおめ~をスカウトする!!」
仗助の言葉に、その場にいる全員がぽかんと見つめているーー選抜レースでさえ一着を取ることが出来ないキングが自分を一流というなんて、そして新人のくせに自分を一流であるとのたまうなんて。周囲の人々は呆れたようにその2人を見つめていた。
二人を呆れるように、憐れむように見つめる視線が包む中、キングだけは真剣な目つきで仗助の宣言と覚悟を問うのだった。
「――あなた、分かってるの?このキングの覚悟を一緒に背負う覚悟、あるのかしら…?」
「あるぜ!!キング!!」
仗助の覚悟をのせた言葉が場内にこだまするーーキングはその様子を見届けると、周囲にいるダイヤの原石と石ころを見誤った衆愚に向けて、高らかと宣言した。
「この一流のキングヘイローは、一流のトレーナーである東方仗助と組むことに決めたわ!私達はこれからあらゆるレースで勝利する!あなたたちはその旅路をボケっと見ておきなさい!!」
こうして一艘の小さな舟は、一流へ向かって歩みを始めた二人を乗せて、遥かなる海へと航海を始めるのだった。
―――はっ、はっ、はっ、は…
機関車がその煙突から蒸気を発するかのように、喉の奥からせりあがってくるような血の味がする息を吐きながら、彼女はその顔を恐怖で染め上げてトレセン学園内を走っていたーーそのウマ娘が、ターフの上以外の場所で文字通り死に物狂いで足を繰り出すその理由は、懸命にあるものから逃げるためだった。
「―――だ、誰か助けて…」
彼女は、姿は見えないが確実に自身に向かって近づいてくる何かに恐怖で顔を引きつらせながら走るーーだが徐々に近づく奇妙な音が遂に彼女に追いつくと、張り詰めた糸が切れたように彼女は意識を手放した。
―――力無く倒れている彼女の側に、一人の男が近寄っていく…その男は彼女の顔を見つめると、畜生のように卑小な笑みを浮かべるのだった。