トレセン学園での奇妙な日常   作:ボンゴレパスタ

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決死の覚悟

 

 

 

 

 

――都内某所の一等地に、彼女の実家はあった。付き合いを始めてから数か月後の今日、葵の父から「恋人ができたら家に連れてこい」と言われており、そのこともあってか葵から顔を合わせて欲しいと言われていたので、彼女の父親と顔を合わせるために時間を作ったのだった。東京では珍しく雪が降りしきっており、二人の歩くあとがくっきりとわかる足跡を刻みながら、二人は家へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

「緊張していますか?」

 

 

 

「……少しだけ、な」

 

 

 

 

そう口にする先輩の顔には、緊張感というよりは何処か形容し難い表情が浮かんでいた。まだ結婚もしていないのにそんな重いイベントを彼に課してしまうことに罪悪感を抱きつつ、自身の家柄について少し煩わしさを感じるのだった。実際のところ学生時代にも好きな相手がいないわけではなかったが、自身の家柄の話をすると相手が萎縮してしまい、長い付き合いができたことがなかったのだ。路地を抜けて荘厳な一軒家が立ち並ぶ住宅街を進むと、その一角にその家はあった。

 

 

 

 

 

庭には造園用の花が美しく飾られているが、その上には雪化粧が施されている。玄関のマットに足を擦りつけながら家に上がると、外とは打って変わって温かな空気が張り詰めた肌を包み込むのだった。廊下を進んでリビングへと進むと、そこにはクラシック音楽がレコードから淡く聞こえており、そのレコードの側には一人の男性が立っているのだった。黒い髪の根本はやや白髪に移り変わってはいるが年齢よりも若々しく、桐生院家の当主として上に立つ者としての気品と余裕を窺い知ることができた。

 

 

 

 

「君がうちの娘の恋人か」

 

 

 

 

父は笑顔を浮かべながら立ち上がるとゆっくりと先輩の元へと向かっていき、その手を差し出した。こうして並んでみていると、なんだか父と先輩の顔は何処か似ているな、なんて思っていると父は言葉を続けるのだった。

 

 

 

 

「桐生院康隆だ」

 

 

 

「…九条です、こうして貴方とは、いずれゆっくりお話ししたいと思っていたんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ずっと長い夢を見ていたような気がする。

 

 

 

意識を取り戻して見た白い天井が、病室のものであることを気づくのには少し時を有するのだった。

 

 

 

 

 

 

「…私は…」

 

 

 

 

 

 

渇きによって喉にへばりついた声がうまく外へと出ていかない。しばらくすると、医者が飛んできて、体調の確認をした後に、東方仗助が病室へとやってくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫っすか?」

 

 

 

 

仗助の口から聞かされた九条のたくらみに、樫本は罪悪感で胸を押しつぶされそうになった。彼にのせられたのかもしれないが、私は確かに自分の意思で謀反を引き起こした。とてもではないが許されることではない。そんな樫本の想いを感じ取ったのか、仗助は言葉を続けるのだった。

 

 

 

 

「貴方がやるべきことは、後ろを向いて、過去にとらわれることじゃあねーっすよ。今あなたに必要なことは、前を向くこと」

 

 

 

 

 

 

 

「……オレはアンタを待ってます」

 

 

 

 

 

 

そう言い残すと、仗助は病室を後にするのだった。一人病室に残された樫本は、静かに窓の外を見つめる。彼女の心を投影したように、雪が目の前の枝に降り積もるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「……私は許されるのだろうか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口元に運ぶ食事は、どれも生まれてこのかた見たことがないような上等な食材がふんだんに使われた料理ばかりだった。窓は外気によって曇り、テーブルの上の料理を囲みながら会話を務めて弾ませ、九条は料理を小さく切り分けて口に運ぶのだった。

 

 

 

 

 

味がどうとかそんなのはわからない。そんな心持ではないのだ。九条は康隆に不審に思われないように努めて自然に口に運び、咀嚼しながら九条は康隆と二人きりで話す、そんな機会を窺うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

 

 

 

実際のところ、ここには何度か来た事があった。カーテンの隙間から見えた、女の子と両親の家族団らんの光景が嫌でも脳裏に焼き付いたのだった。彼女の上等な服と、はち切れんばかりに浮かばせる笑顔。自身と交互に見つめるとその九条は自身の運命を呪った。その少女は……目の前で父親と楽しそうに話すその子は…自身と母親が違う…

 

 

 

 

 

「…実は折り入ってお父様にお話があるのです」

 

 

 

「…それは一体?」

 

 

 

 

「できればお父様と二人きりで」

 

 

 

その言葉に長考する康隆だったが、やがて目を開くと口を開くのだった。

 

 

 

 

「……いいだろう。葵、少し席を外しなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで話とは?」

 

 

 

 

「変なことだと思うかもしれませんが、お父様は運命というものを信じますか?」

 

 

 

 

「……運命?」

 

 

 

 

「えぇ。自分が今この場にいることは沢山の偶然と思われるかも必然によってここにいるとかそういう類の…」

 

 

 

 

「…それは同感だ。私もそんな運命という味方がいなければここにいなかった」

 

 

 

 

「それはどういう?」

 

 

 

 

「まぁ、取るに足らないこと…自分にとって「正しい、必要なこと」をしてきたまでさ。その一つ一つの選択が今の私を形作っているとするならば、それは「運命」と呼んでも差し支えないだろう。そうでなければ、私はこの場所で温かな家庭を築くことはできなかった」

 

 

 

 

「……てっきり「正しいこと」っていうのはアンタの今までやってきた後ろめたい、悪事をを自己肯定してるだけなんじゃあないかって思いましたけどね」

 

 

 

 

その瞬間、康隆の顔には険しい表情が浮かぶ。

 

 

 

「心外だな。ジョークにしても面白くない」

 

 

 

 

 

そういう康隆を尻目に、九条はカバンから資料を取りだすと机の上に無造作に置く。それは、彼が自身の人生を賭けて収集した桐生院康隆の裏金の流れ、バブルという不健全な経済動向の中、その利益を少しでも多く享受しようと画策した男の行為が子細記入された、そんな決定的な事実が記載された資料だった。

 

 

 

 

 

「……これは一体…君は一体…?」

 

 

 

「ヨゴレ仕事を引き受けてくれるお得意の仲間を呼ぼうとしても、奴らは既にアンタの電話には出ないだろうね。ところで奴らの仲間のうちの一人から話を聞いたんだが、アンタはやってはいけないことをやった」

 

 

 

 

九条は続けてボイスレコーダーを胸ポケットから取り出すと、机の上に置く。既に康隆の顔に余裕など微塵もなく、絶望と焦り、屈辱で顔を染め上げていたのだった。

 

 

 

 

「……仕方がなかったんだ。彼女のことも…」

 

 

 

「自身の凶行をもみ消すために記者と自分の妻を殺したのも…」

 

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

「……お父さん?」

 

 

 

 

 

その時、様子が気になり戻ってきた葵が部屋に戻ってくる。康隆は顔を蒼白にしながら口を痙攣させ、何とか口にするのだった。

 

 

 

「……彼がお帰りだ。用事が有るそうだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九条が家を後にした後、二人残された室内で葵は自身が部屋を出る前に残留していた穏やかな空気は霧散し外気と変わらぬほど冷め切った空気が支配していることに気が付いた。

 

 

 

 

 

 

「……お父さん?先輩と何の話を?」

 

 

 

 

 

「……もう彼と会うな」

 

 

 

 

父の口から発せられた、信じられない一言。葵が驚愕の表情で顔を染め上げていると康隆は再び口を開くのだった。

 

 

 

 

「……彼は…九条巧実は何者なんだ…」

 

 

 

「……ご両親に虐待されていて、施設で育てられたんだって…それで「やりたいことができた」ってトレーナーを目指して…」

 

 

 

 

…九条?彼の苗字は九条…まさか。年齢もあの赤ん坊と合っているが。分家の彼らも確か、変死体で見つかったと言っていたが…

 

 

どうやら九条巧実の正体が見えてきたようだ。しかし、彼はそれを知ったうえで葵と…自分の妹と。

 

 

 

 

 

諸悪の権現、自身の運命をこんなにも惨めで、深く暗いものに追いやった本人ではあるが、彼の命は取らないでおいた彼の悪事に証拠と、隠し撮りしていた先ほどの映像は匿名サイトへ拡散しておいた。これで奴は隠ぺいなどすることもできない。情報は等加速度的に広がっていくだろう。世間は、歪んだ民意は彼のことを許さない。生きながら、自身の罪と、歴史ある桐生院家の面目を潰し、URAを衰退させる要因を作った事実と向き合うがいい。

 

 

 

 

全ての復讐を終えた九条は、確かな足取りでとある場所へと向かっていた。目的地はトレセン学園。彼との決着をつけるため、そして自身の運命との決着をつけるため、彼の顔に迷いなどなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仗助から連絡を受けたマックイーンは、急いで寮から飛び出して集合場所である校門前へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

しかし、前方に誰かがいる。不審に思って立ち止まったマックイーンだったが、その姿が視認できると思わず驚愕の表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

「……貴方は…」

 

 

 

「……マックイーンさん。少しお話があるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お兄様のことについて」

 

 

 

 

 

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