トレセン学園での奇妙な日常   作:ボンゴレパスタ

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Somebody to love

 

 

 

 

 

 

街ゆく人はみなそれぞれ心の中に孤独を抱えているというが、果たして自身の心を、孤独を分かち合える人など決していないだろうことを彼女は悟っていた。およそ浮浪者のような生活を送りながら、追手の人目を気にして人目を忍ぶ日々。彼女はこの生活が続く限り、自身の心が救われることなどないことは薄々勘付いてが、そんな生活を一変させる出来事が彼女を襲った。ある日、自身が月に一度の周期で訪れる女性としての生理現象が訪れないことに、そしてトイレから身動きが取れないほどに襲ってくる吐き気に、自身のお腹にあの男…桐生院康隆との子供を宿していることに気づいたが、彼女の頭の中にこの子を見殺しにするという選択肢はなかった。彼女は長く孤独な逃亡生活の中でお腹の子供を堕ろすことなく、共に生活を送ったことは正に母親としての強い意志の中で行われたことであると言う他ないだろう。しかし数か月後、その母としての強さを折り曲げ一人であれば逃げおおせたかもしれない逃亡生活に終止符を打つきっかけとなったのは、突然彼女の腹部を襲った痛みであった。およそ人生で初めて経験した痛みであったが、彼女は母として本能的にその痛みの正体を知っていた。お腹の中の命が、この世に生を受けようとする痛み。この子が生きたいと、外へ出たいと発する痛み。この子が安全に生まれてくるためにはどうすればいいのか。考えた彼女には最早迷いなどなく、携帯電話へと手を伸ばすと康隆に自身の足取りを知られるリスクを度外視し、自身の子の命を助けるために病院へと電話を掛けるのだった。

 

 

 

やがて何時間にも及ぶ子供の出産が終わり、病室へと戻ってくると一人の男がいた。その姿を、その顔は決して忘れることもなかった。その男は、康隆は出産の体力の消耗でぐったりとした彼女の顔を見据えながら言葉を投げかけるのだった。

 

 

 

「……母として子供を想う気持ちが仇となった、というところかな。まさか私との子供を身ごもっていたとは」

 

 

電話をかけた時点で、こうなることは……康隆が自身の足取りを掴むことは覚悟していた。最早自身がこの病院を生きて出ることなどできないだろう。それでもこの子だけは。この子だけは。彼女が康隆に頼み込むと、康隆は少し考え込んでから言葉を発するのだった。

 

 

 

「……遠縁の親戚、分家に養子として預ける。それならいいだろう」

 

 

 

最も康隆が後に赤ん坊を預けるといった遠縁の親戚であるが、借金で首の回らないろくでなしであり、およそその子も成人するまでその家庭のもとでは生きることなどできないということは及び知っていたことではあるが、そのことを彼女が知ることは遂になかった。

 

 

―――次の日、母親と子供が忽然と病院から姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

不幸に満ち、陰惨たる自身の運命との決着をつけるために。九条は常に背後から発せられる殺気を感じながら校舎の階段を昇っていった。永遠とも思える長い時間かと思えていたが、気が付けば既に最上階に到達していたようだった。屋上へと続く扉を開くと、室内に向かって冷たい外気が肌を刺していくのを感じながら、彼と仗助は屋上の広場へと足を繰り出すのだった。この学園の中で空に近い場所、そして最も天国へと近い場所であることを否応にも実感したが、自分が死んだとしてもその魂が天国へと向かうことなどできないことは勿論九条は理解していた。ここへやってくるまでに見かけた廊下や開いたドア越しに見える教室の光景、そして今屋上から見えているターフや校舎の光景は、まがいなりにも自身がトレーナーとして数年間を共にした日常そのものであった。自身の担当、グラスワンダーと共に。

 

 

…葵について、自身がどのような感情を抱いていたのかは今更この世界へ伝える必要など何処にもないだろう。憎しみ、怒り、悲しみそして家族としての情。生きている間に人が他人に対して抱くであろう様々な感情を妹に向けていたことは事実であったが、そこにはただ一つ。たった一つ感情は彼女に対して向けられることは遂になかった。それは人が人であることを示す普遍的な感情の一つ。その感情をこめて人は歌を歌い、それを題材で取り上げた映画を観るために人は映画館へと足を運ぶ。そしてその感情を伝えるために人は「月が綺麗ですね」と意中の人間とへ伝える。彼女は自身にその感情を抱くことを強く望んだが、九条がそれを抱くことは決してなかった。自身は今日この日まで、罪悪感と自己嫌悪に苛まれながらも彼女にその感情を抱いていたように振舞い続け、葵を欺き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

師走の寒空が、そこから吐き出される風が全身をふきつけ、その体には雪が降りしきっていく。その場所はまるで時が流れる世界から取り残されたかのように何の音もなく、ただそこにいる二人の人間の息遣いだけが小さく鼓膜へと波紋上に到達していた。頭上の雪を輩出し続ける雲に、手を伸ばしたら思わず届いてしまいそうな距離だった。眼下に広がる周辺の住宅や、植木や校舎はまるで幼いころにおもちゃ屋のショーウインドー越しに目を輝かせながら覗いていた、決して自身の手には入らないことをわかっていながらも見ていたジオラマの光景を想起させた。自身や顔も知らぬ母をこんな運命へと先導した神様も、こんな高い場所から自身を見ていたのだろうか。そんなことをぼんやりと思っていたが、やがてその沈黙を打ち破るかのように後ろから声を投げかけられるのだった。

 

 

 

 

「…九条さんよぉ~。救急車呼んどいたほうがいいっすかね~。オレはアンタの傷、治すつもりは毛頭ないんすから」

 

 

 

仗助の口からは、有無を言わさぬ迫力と怒気がその言葉の節々に込められていた。実際のところ、この男は既に自身を病院送り程度のケガで済ませるつもりなど毛頭ないだろう。それだけのことを自身は今までしてきた。それを自覚していたからこそ、ここに戻って自身の罪を見極めに来たのだ。しかし、もっとも自身の勝機を少しでも増やすのであれば、この男をもっと早い段階で始末する必要があっただろう。だが今更それを嘆いたとしても致し方あるまい。今この状況で、自身ができる最大限のことをしなければならないだろう。仗助はポケットから手を出すと、注意深く自身の手のひらを這わせて頭の上に乗っている髪を整えるのだった。その髪は彼のアイデンティティであり、彼の指針であり、彼のバイブルそのものである髪型。およそ時代遅れのそのリーゼントについて言及することは許されないだろう。そんなことをしてしまえば自身の勝機が減ってしまうことは火を見るよりも明らかであり、そう思わせる圧力が彼にはあった。九条は小さくため息をつくと、言葉を発した。

 

 

 

 

「何でたって、オレの人生に首を突っ込むんだい?」

 

 

 

 

「テメーは既にこの学園の人間、ウマ娘を傷つけている。樫本さんにフクキタルやセイウンスカイ、メイショウドトウにエアシャカール……数えればきりがない。オレにはテメーの顔面に凹みを付ける理由は十分にあるってことだ」

 

 

 

そう言うと、仗助の背後から人型の幻影がゆっくりと姿を現す。それは仗助のそばにぴたりと張り付き、仗助と同じように脱力した姿で立ち尽くしていた。

 

 

 

 

「クレイジーダイヤモンド」

 

 

 

 

そう呼ばれた幻影は、ボクシングの際に選手が取るようなポージングを取り明確な戦意をこちらに向けるのだった。中世のグラディエーターのような容姿をしたそのスタンドは、有無を言わさぬ迫力で仗助の前へと躍り出ると、その姿をより鮮明に九条の眼前へとさらけ出すことになるのだった。均整の取れた筋肉に、猛々しさと同時にしなやかさも感じさせるような、そんな印象を与える容姿をしていた。このスタンドが、自身の運命を見極める死神といったところだろうか。九条は瞳を閉じると彼の敵意に迎え撃つため、自身のスタンドを繰り出すのだった。

 

 

 

「さぁ、こちらもいこうか。名前はそうだな……」

 

 

 

 

こちらも彼にならって自身のスタンドに名前をつけるとしようか。九条は少し考え込んだあと、言葉を続けるのだった。

 

 

 

「Somebody to love」

 

 

 

 

 

 

誰かに愛を求め、乾いた心を満たしてくれる誰かを求め続ける。そんな名前を無意識につけてしまったことは、果たして神の悪戯なのだろうか?男は自身のスタンドを一瞥した後、自身の最後の戦いへと身を投じるのだった。

 

 

 

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