仗助と九条のトレーナー服が、夜風を受けてひらひらとはためいている。本来であればこの時間では互いの顔はこの一で視認することなどできないはずであったが、地面から校舎に沿って投影される外灯と、屋上の屋根上に据え付けられている明かりによってその様子は鮮明に窺い知ることができた。校舎の屋上には、本校舎から頭一つ抜きんでたように建つ、学園内の定時を告げる鐘が据え付けられている西洋風の鐘楼が仗助の背後からトレセン学園の結末を静かに見つめるように聳え立っていた。
「……杜王町ほどじゃあね~けどよ~……寒い夜だよな~」
仗助の言葉と共に漏れ出る、口内と外気の水分量の違いによってその息が含む水分は白くなり、視認することができる。その息は仗助の頭上を越えて、夜風に溶けながら天高く昇っていくのだった。
……クレイジーダイヤモンドの能力は、触れた物を瞬時に治す能力。
東方仗助の正義感にあふれており、自己犠牲に徹したとしても目の前の大切な人々のことを助けたいという性格を反映させたようなその能力。その能力がなければ、エアシャカールや樫本のケガが治ることなどなかっただろうし、自身の正体に奴が気づくこともなかっただろう。反対に自分の能力はどうだろう。他人に自身の陰惨たる、醜い過去の傷を他人と強制的に共有し、負わせなくてもいい傷を刻み付けるその能力と仗助の能力を比べると、九条は沸々と湧き上がる自身の運命に対して抱く劣等感と怒りを懸命にこらえながらも冷静に敵である仗助を見据えるのだった。
前方と仗助との距離は、およそ15m。近距離パワー型のスタンドを有する仗助を相手取るために、ある程度戦況を見極められる距離だろう。九条はその距離を保つつもりで一歩足を退いたが、仗助はその様子を無表情で見つめると徐に口を開くのだった。
「オレのスタンド…クレイジーダイヤモンドと距離を取れば勝機があるって思ってんなら、甘いって言っておくっすよ……」
クレイジーダイヤモンドが近くの壁に近づいたかと思うと、その拳を壁に叩きつける。スタンドによって振り下ろされた拳が当たると壁は硝煙と巻き上げながら崩れ落ち、いくつかの破片が仗助の足もとへと転がり落ちるのだった。クレイジーダイヤモンドはその中からボーリング球ほどの大きさの破片をつかみ取ると、まるで強肩を有したメジャーリーガーが剛速球を投げるかのように洗練されたフォームでこちらに向かってその破片を投げつけるのだった。
―――まずい
九条は反射的に後ろへと引き下がる。クレイジーダイヤモンドの手から破片が離れた瞬間、自身の地面が大きな音を巻きたてながら抉り取られる。こちらに向かってくることが分かっていたはずなのに、こちらに着弾するまでの軌跡が全く視認することができなかった。正に瞬間移動かのようなスピードで放たれた仗助の即席の遠距離武器に九条が驚愕の表情を浮かべていると、仗助は彼に言葉を投げかけるのだった。
「ま、風向きはこんなもんすかね~早いとこスタンドで防御しないと、その身体、へし折れるんじゃあないっすか?」
その言葉には、確かにそうだと思わせる何かがあった。自身の身体に穴が開かなかったのは、偏に自身が今まで重ねてきた不幸の貯金の払い出しが行われたということだろう。距離や風向きを把握した仗助は、確実に攻撃を当ててくるはずだ。仗助は、今度は野球ボールくらいの大きさの破片を拾い上げると、クレイジーダイヤモンドの握力によって小さな、無数の破片に早変わりさせるのだった。
「さっきが大砲だとすると、今度はマシンガンっすかね…」
その言葉の真意に気づいた九条は、スタンドを繰り出して防御に徹しようとする。再び仗助のスタンドによって放たれた攻撃は、高速で向かってくる無数の破片の雨となって九条に襲い掛かるのだった。自身のスタンドによって攻撃を懸命に防ごうとする…しかし弾き損じた破片がスタンドをすり抜け、九条の身体のいくつかに小さな穴をあけるのだった。身体を貫くような痛みが被弾した個所を襲い、一瞬九条の意識は飛びそうになるが、すんでのところで踏みとどまる。この戦いで意識を手放した時点で、自身の敗北は揺るぎないものになる。幸い傷は致命傷には至っていないようで、身体は遜色なく動かすことができる。距離を取って戦うという選択肢は、凡そ自分には残されていないようだ。九条は傷に顔をしかめながら仗助の下へと近づいていくと、彼は自身のスタンドで臨戦態勢を取りながら言葉を投げかけるのだった。
「もっとも、近距離だとしたらもっと勝率は減ると思うけどな~!」
だが九条もみすみす勝利を仗助へ与えてやるつもりも毛頭ない。自身の最大の強みは、「触れた者に自身が経験した痛みや傷を共有する」という能力を、仗助が知らないということだ。つまりいくら奴の攻撃を受けたとしても、1回でも彼の身体に触れてさえしまえば、この間のエアシャカールとの戦いのときのように、勝利は揺るぎないものとなるわけである。九条は確かな足取りで急速に仗助との位置を詰めていくと、仗助も九条を迎撃する為にクレイジーダイヤモンドを再び構えるのだった。
九条は近づきながらスタンドを繰り出して攻撃を仕掛けようとする。仗助はその攻撃を易々と見切ると、攻撃に転じようとしたが、突然九条のスタンドを通り抜けて、鋏が飛び出してくるのだった。彼に攻撃を当てるためには、スピードとパワーに優れたスタンドを突破して彼に触れる必要がある。恐らく先ほどの攻撃から察するに、サシでやりあったところで彼には攻撃を見切られてしまうのが関の山だろう。つまり彼の意表を突かなければならないということだ。
……なっ!!
スタンド能力を持っていない人物だったら、彼の手元に握られていた鋏を視認することができていたはずだ。しかしスタンドを見えているということは、その後ろにある物体を視認することはできないということになる。自身がスタンドはあくまで目くらましであり、自身の本命はこの鋏であったというわけだ。
仗助は咄嗟に顔を横に逸らし、鋏は彼の頬を抉ると夜空へと吹っ飛んでいく。これで彼の意識はほんのわずかではあるが、自身から逸れて鋏に注意がいったわけだ。これで自身のスタンドが彼に触れることができる。自身のスタンドが、クレイジーダイヤモンドの腕に触れる。その瞬間、彼の身体の何処かから何かが折れる情けない音が聞こえてくる。その音の出どころは、凡そ彼の胸の臓器を守る肋骨の何処かが折れた音だろう。自身が経験したケガだ。どこを負傷するかは既に知っている。そして拳が一瞬の内に狂ったデッサンのように変形してしまう。彼は今この場で、自身のケガを治療することなどできない。手負いとなった動きの鈍い彼のことなんて、始末するに容易いはずだ。しかし、九条には大きな誤算が一つあった。
顔面に鋭い衝撃が走り、九条の身体が後方へよろける。何事かと衝撃を受けた方向へと目をやると、そこには拳が見るに堪えない方向へと折れ曲がり、ひしゃげながらも、どんな傷を負ったとしても、そしてどんな攻撃を受けたとしてもその黄金たる意思に基づいて拳を振りぬく覚悟があったというわけだ。仗助が繰り出したクレイジーダイヤモンドの攻撃は九条の能力によってそのダメージを軽減させながらもその左頬を確かに捉え、彼の身体は思わずよろめいてしまうのだった。まるで耳元で五月蠅が蠢くような耳鳴りが頭の中を駆け巡っていく。その衝撃は、およそ今まで受けたどんな攻撃よりも強烈で、重厚な一撃だった。九条は前方の正義の使者を見据えると、仗助の身体は自身が投身自殺を図った時に傷を追体験し、見るに堪えない切り傷や骨折が全身を覆っており、その首からは大量の血液が零れ落ちておりこれの顔は苦痛に歪んでいた。だが、その瞳からは闘志と執念の光は決して潰えず、こちらを真っすぐと見据えるのだった。
鼻腔の奥から錆が零れ落ちるような匂い共に血があふれ出し、痛みが思考を奪い取るのを懸命にこらえる。血の混じった唾を地面に吐き捨てると、その吐き捨てた箇所にはころころと自身の欠けた歯が転がり落ちていく。九条は苦痛で顔を歪めながら目の前の仗助を観察する。彼の目は虚ろで、前進は切り傷に覆われていた。それでも気を失わなかったのは恐らく成人男性であるが故で、彼が頸動脈の傷からの出血で意識を失うまでには、少し時間がかかるのだろう。だが、それも数分といったところだ。それまで時間を稼ぐか。それか攻撃をもう一度彼に当てさえすれば、勝利は揺るぎないものになる。
「今すぐ下に降りて、救急車を呼ぶことをお勧めするよ。君の傷は、放っておけば命に関わる。別に君のことなんざどうでもいいが、親切心で言ってやっているんだぜ」
自身の身体の具合など、自身が一番わかっているはずだ。仗助もあと数分で決着を付けなければならない以上、文字通り決死の覚悟で自身に向かってくるだろう。果たして、そんな状態の仗助に…追い詰められた獅子と化した仗助に、果たしてリスクを冒して勝利することができるだろうか。自身も手負いである以上、思わぬ攻撃を受けて形勢が逆転する可能性がないわけではない。ここは数分間姿を消して、仗助が意識を手放すのを待った方が賢明だろう。九条は闘いによって生じた破片や砂埃を掴むと、仗助の目の前へ投げつけて即席の目くらましにするのだった。
「……なっ!!」
クレイジーダイヤモンドを繰り出してその煙を払うと、九条の姿はそこから消えていたのだった。
……どうやら完全に、奴はオレの行方を見失ったようだな。
九条は眼下で頻りに辺りを見回している仗助の姿を見つめながら、自身が鐘楼にいるところを発見されないようにその場にしゃがみ込むのだった。正々堂々と勝負するつもりがあったわけではないが、これは果たして運命に勝利したと言えるのだろうかと頭の中で自問自答しながら、仗助が自身の行方を追ってその場を立ち去るのを待つのだった。普通、逃亡者を追う者の心理としては、逃亡者は一刻も早くその場を立ち去りたいと考え、屋上の扉から校舎内へと足を運んだものと考えるだろう。その心理的盲点をついて、自身はこの場にいることを選択した。あと数分。たった数分で自分は運命の呪縛から解放されるのだ。九条は自身の目の前まで迫った勝利に喜びながら九条が瞳を閉じると、頭上から唐突に声を投げかけられるのだった。
「……てめ~のやりそうなことくらい、考えはついていたぜ。」
九条はその声に硬直しながら、辛うじて首を動かしながら声のする方向へと視線を送る。追跡者である仗助の身体は神々しく正義の光で輝く、傷だらけであっても均整の取れた彫像のような美しさがあった。どうして自身の居場所がわかったのか。九条の心の中に抱いた疑念に応えるかのように、仗助は徐に口を開くのだった。
「……テメーの服の切れっ端しだがよ…ちゃ~んと直しておいたっすよ……」
そんなまさか。仗助のことを目で追って警戒しながら、自身の服の端を指で触りながら確認する。どうやら先ほど接触した際に自身の服をちぎられていたようだ。仗助はその切れ端を能力によって復元し、即席の追尾システムを拵えたようだ。やはり運命という薄ら寒くも、確実に忍び寄る代物は自身をきつく縛り上げ、東方仗助という正義の使者の背中を後押ししていた。
「…オレが生まれた時から、不幸に満ち溢れていた。少しでも運命に抗いたかったんだ」
なぜそんなことを彼に話したのかは、今となっては分からない。ただ、覚えていてほしかったのかもしれない。もしかしたらこの能力で共有できる痛みではなく、もっと苦しく、もっと治しがたい、そんな痛みを共有できる誰かを求めていたのかもしれない。
「……母の名誉のために。父への復讐のために」
しかし、仗助は無言でこちらを見据えていると傷だらけのスタンドを使役して再び勝負の場へとその身を躍らせるのだった。お互い限界などとうに超え、活動可能時間は残り数分といったところだった。互いの地面には体内から噴出する血がしたたり落ちていくのだった。クレイジーダイヤモンドがその拳を力強く握りしめる。その姿は仗助のケガの様子と同じく傷だらけであったが、その姿は寧ろ美しさを感じさせる、そんな神々しさがあった。
「……次で最後だ」
どちらの攻撃が相手に届くのが先か。どうやら純粋なスピード勝負となるようだ。通常の状態であれば彼のスタンド、クレイジーダイヤモンドのスピードに勝ることなど決してできないだろう。だが今彼は手負いの状態。自身も負傷はしているが、そのケガの度合いは彼の方が圧倒的に重傷である。今の状態の彼とのスピード勝負ならば、勝機は十分にあるだろう。九条が静かに息を吸い込むと、冷たい空気が体内を満たしていくのを感じる。一瞬の静寂の後で、決着をつけるために二人が動いたのは、正にゲートから飛び出すウマ娘たちのようにほぼ同時であった。仗助の叫び声と同時に、クレイジーダイヤモンドの口からも雄たけびが聞こえ、その口は猛々しく開かれていた。
――――もっと早く。もっと早く。1ミリ、1コンマでも早くスタンドで仗助に触れる。九条は不思議にもその瞬間、自身のスタンドが光り輝く様に錯覚するのだった。
ほんの数ミリ。ほんの数ミリでも早く動けていれば彼は仗助の身体に触れ、自身の運命の清算を果たすことができた。しかし、その願いが叶うことは遂になかった。腹部を襲った衝撃と共に、自身の口から血が噴き出るのが見える。その痛みを感じるひまもなく、次々と自身の顔や体に隙間なく拳が繰り出されていく。
「ドラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
全身に隈なく、そして絶え間なく襲いかかる重機関銃のような衝撃は、身体の神経を、血管という血管を、そして生まれてから自身を縛り続けてきた忌まわしい運命の連鎖の全てを押し潰し、そして断ち切るのだった。およそ平均的な成人男性よりも大きな体躯を有しているはずの九条の身体はクレイジーダイヤモンドの攻撃によってボールのように後方へと吹っ飛んでいくのだった。宙へと浮いた彼の身体はフェンスの切れ目をすり抜けて、遥か下で奈落の底のように口を開ける地面へと向かっていった。
ゆっくりと目を開けると、目の前には校舎の壁が飛び込んでくるのだった。地面に落下しきったわけではなかったが、足元には何も接しておらず、宙吊りになっていることに気が付くのだった。頭上を見上げると、仗助が苦痛で顔を歪ませながら自身の腕を片手だけで握りしめていた。
……やはり仗助は、自身の攻撃を受けるかもしれないというリスクを度外視して先ほどまで命のやり取りをした自身を救おうとした。どこまでこの男は甘っちょろくて、優しい人物なのだろうか。初めから命まではとらないという意識があったのかもしれない……彼の優しさに絆されなかったのか、今まで一度も心が動かされなかったのかと問われれば……いや、その答えは胸に秘めておこう。それを口にするのはあまりにも身勝手で、独善的だ。
……そして九条はこのまま運命に敗北しておめおめと生き延びられるほど、自身は強い人間ではないことを知っていた。「早くそっちの腕を差し出せ」と仗助の口から発せられる。どうやら彼も限界のようだ。九条はそんな頭上の彼をぼんやりと見つめると、自身に残された最後の力を振り絞って唯一彼を重力から引き留めている仗助の手を引き離すのだった。完全に彼の手から離れたその時、九条の身体は重力に従って闇夜に向かって引き込まれていくのだった。
16世紀のフランスの神学者、ジャン・カルヴァンによって提唱された聖書の解釈として、「運命予定説」というものが存在する。その予定説に依れば、その人物が救済されるのか否かは初めから定められており、この世の善行によって決するものではないということである。その運命という、ある意味その大きな流れに身を投じている生きる全ての人々にとってどうしようもない事象に対して、様々な抵抗や見解を示してきた。「なるべくしてなる」という運命を、その正義の信念によって打ち砕いたウマ娘がいた。自身の都合によって時間を巻き戻す殺人鬼によって定められた運命を、彼女は確かな覚悟と勇気を用いて打ち砕き、夢をのせて駆けるウマ娘たちの居場所であるトレセン学園の尊厳を守り切った。そしてあるイタリアの、しがないある警官は、例え運命が決していたとしても、その答えについて結果だけを追い求めるのではなく、その真実に着くまでの意思とその「過程」の大切さを説いた。そしてこの戦いからさらに未来の出来事ではあるが、とある神父は将来訪れる「運命」について、それを予め知ってその出来事について「覚悟」できれば、それは幸福であると説いた。
いずれの出来事についてもおよそ九条の及び知らぬことではあったが、彼も彼なりに考えをもって敢然と運命へと立ち向かったのだった。予め決まってしまった出来事であるとするならば自身が今までの行いは果たして風の前の塵とかしてしまうのだろうか?全ては意味のないことと吐き捨てられてしまう、ということなのだろうか。自身の目の前に横たわる、運命という名の壁を打ち壊す術がないなんて、そして不幸が決定づけられたものと片付けられてしまうことはあまりにも空しく酔狂なものではないだろうか?だからこそ、オレは闘いたかったんだ。この世に生を受けたのだから少しでも足掻きたかった。少しでも、ほんの少しでも……
最早地面に接しても、痛みなんてものは微塵も感じない。どうやら脳と肉体の痛覚を司る神経も機能していないようだ。自身の身体から、急速に体温が奪われていくのを感じる。頭上には、府中という騒々しい、余分な明かりがない街だからなのか、その分無数の星々が散りばめられた夜空が広がっている。
「……これが……」
学生の頃、施設の屋上から飛び降りた時や、車に轢かれた時とは明らかに質の異なる、身体から決定的な何かが抜けていくのを感じる。生まれて初めての経験ではあったが、九条はその現象の正体を知っていた。全ての人間に等しく訪れるそれが途方もなく続いた絶望の果てに、自身の下にも訪れたということだ。自身の意識が急速に闇に包み込まれていく中、地面に落下したはずみという単なる偶然か、それとも神が最後に起こした必然なのか。彼の胸ポケットに仕舞われていた液晶画面がひび割れた携帯電話が落ちると、留守番電話のメッセージが再生されるのだった。
「……トレーナーさん?大丈夫ですか……?」
この声は……
視覚も最早、暗闇に包まれている。しかし、自身が身体に備え付けられていた最後の感覚…聴覚だけが、そのメッセージをぼんやり頭の中で、酸素が行き届くことなく停止していく脳へと反響させていた。
「……私、ずっと待っています。また会いましょう。ずっと待ってます。ずっと……」
どうやらオレにも居場所というものがあったようだ。まさか最後にそれに気づかされるなんて。自身の身に降りかかっていた全ての因果や運命を振り払い、過去に足を向けることなく彼女の手を本心から取っていたら、彼女のトレーナーを続けていたら、こんなことにはなっていなかったのだろうか。神様に用意されていた、救いのなかった今までの人生の中で用意された、ほんのささやかな幸せがあったなんて。もう少しだけ早く……
九条の頬からは、どんな痛みを受けても、どんな心の傷を負っても決してこぼすことのなかった、感情の発露が頬から零れ落ちていた。やがてそれは寒空の中吹き込む風にぬぐい取られ、風の中へと溶けていくのだった。
Somebody to love
能力者;九条巧実
破壊力:B+スピード:B+射程距離:D持続力:C精密動作性:B成長性:C
触れた相手に自身が経験した事故など、様々な要因で負ったケガやダメージを相手に追体験させ、共有することができるスタンド。スピードやパワーに関しては、5部のスティッキーフィンガー程度である。近距離パワー型ではあるが、クレイジーダイヤモンドほど強力な.ものではない。凄惨な過去を受けて、その痛みを少しでもわかってほしい、少しでも和らげたいという彼の深層心理から発言したスタンドなのだろうか。いずれにしてもそのスタンドの名前が愛する人を求める、というものなのは皮肉なものである。
次回最終回です