翌日ターフに集まった二人はどこか恥ずかし気に、そしてばつの悪そうな顔をしながらお互いを見つめ合っていた。
「――勢いで言っちまったけどよ~…あの人と学園の運営方針をかけて勝負することになるなんてなぁ~咄嗟の勢いで受けちまったしよ~」
「おかげで私たちはデビューもしてない、新人のくせして大見得切ったバカコンビって言われているわ…」
「――しょうがねぇじゃあねーか…俺はキングの担当だからよ~…オメ~が信念に基づいてやったことを否定されてチコっと頭に来ちまってよぉ~」
その言葉を聞いたキングの頬がわずかに赤く染まる…キングはそれを仗助に悟られないように高笑いしながら取り繕ったのだった。
「オーッホッホッホ…流石はこのキングのトレーナーね!理事長代理に必ず勝つわよ!仗助!!」
その様子を見ながら、仗助は静かに微笑んだーーしかし仗助は別のことを思い出すと、直ぐに顔を引き締めたのだった。
―――昨日のあのスタンド使い…俺たちを襲うって言ってやがったな…
自分の楽しみを邪魔されたという憤怒から、あの男はその場から逃げる時に逆恨みだろうが、仗助たちに復讐すると告げて去っていった。つまり、いずれにしてもあの男との接触は避けられないということになる。
―――キングのことを守らね~とな~
仗助はキングを見据えるとかつて数年前に自身が年上の甥に掛けられた言葉のように、優しくも毅然とした声で話しかけた。
「――キング。今日からしばらく、練習終わったら俺が寮まで送るからよ~、俺が良いって言うまでは部屋から無闇に出るんじゃあね~ぞ?」
「―ーどうして?」
「昨日のことがあるからよ~…事件が解決するまでは、安全のためにもやたらめったら外出はやめて欲しいってことよ…俺も事件解決に色々動いてみるからよ~」
「だとしたら私も行くわ!私の大切な友達が襲われたのよ!!」
熱く炎が燃え盛るように、明かり一つない夜空の中で旅人たちに行く先を示す北斗七星のように、仗助は自身を真っすぐと見つめるキングの目を覗き込んだーー彼女は高飛車なところはあるが、襲われた少女を含め常に彼女周りに人がいるのは、やはり彼女の人徳故であるといっても過言ではなく、キングもそんな大切な友人の一人を襲われたことに腹が立たないほうがおかしいだろう。
「――だめだ。キングを巻き込むわけにはいかない」
「……でも」
「だめだ。大人しくしていろ…俺がすぐに解決すっからよ~…」
―――キングの目を見れば、彼女が納得していないことは火を見るよりも明らかだったが、それでも彼女の身を危険にさらすような真似はトレーナーとしてはできない。仗助はその話を早々に切り上げると、練習を始めるのだった。
―――昼休み
仗助がカフェテリアに姿を現すと、そこにいたウマ娘たちは奇異の目で仗助に視線を送った。
―――無理もねぇな
片田舎からやってきた、およそ時代に沿っているとは言い難い、「爆音列島」や「今日から俺は!!」などの不良漫画でしか今では見ることができないリーゼントヘアーに、そしてその髪をのせている顔は、日本人離れした眉目秀麗であり、なにより赴任数日目にして現在の学園のトップである樫本理事長代理にその教育方針を巡って啖呵を切るという豪胆さーーーそのうわさ話が学園に広がると、一部では理事長代理のプログラムに不満を持つ者にとっては、さながらキューバ革命の英雄、チェゲバラを見るような羨望のまなざしで、そして一部では新人のくせして楯突いた仗助を、自身を遍歴の騎士だとほらを吹いたドン・キホーテを見るような蔑みの目で見ていた…とどのつまり、仗助は正に渦中の人物として話題の的にされていたのだった。
いずれにせよ仗助を見ると、その場に居た者たちはモーセが大海を渡ったかのように彼を避けるように距離を取るーー仗助はそれを一瞥すると、食事を受け取ってテーブルにドカッと座り込んだ。
―――さっさと食って出るとするか~…
仗助がスプーンを手に取って食事を始めようとすると、突然隣の席に誰かが座ったーー仗助が誰かと顔を上げると、そこには自身の担当ウマ娘――キングがいたのだった。
「――オーホッホッホ!!仗助、キングのトレーナーなのに、一人寂しく食べているんじゃあないわよ!キングの隣で昼ご飯を食べる権利をあげるわ!」
キングがそう言いながら食事を始めようとすると、すかさずキングの隣に新たな人物たちがわらわらと座ったのだった。
「またまたそう言って~。さっきキングのトレーナーさんが一人で食べてるのみつけて妙にソワソワしてたのに~??」
「ちょ、スカイさん!?」
そうキングを揶揄うのは、たしか選抜レースで注目されていた…
「どもども~セイウンスカイで~す!キングのトレーナーさんですよね?理事長代理に反抗したって話題になってますよ~」
――およそキングとは対照的な、捉えどころのない飄々とした、まるでチェシャ猫のような印象をうけるウマ娘だった…確かにキングとはまるで対照的ではあったが、二人のやり取りを見ると、どうやら良き友人の一人とみて間違いないようだ。
「でも、キングのトレーナーさん!スゴイでーす!!エルもあのプログラム、反対でしたから!!」
そう言ったのは、キングとは反対隣に座るウマ娘…仗助がその顔を見て真っ先に目に飛び込んできたのはそのマスクであり、マスクの中から自信にあふれた青い目が覗かせていた。
「どーも!!キングのトレーナーさん!!私はエルコンドルパサー!!最速、最高、世界最強のウマ娘でーす!」
エルが意気揚々と自己紹介をすると、全員がきょとんとした顔で彼女に視線を送るーーすると後ろからエルに言葉が投げかけられるのだった。
「エ~ル~?いきなりそんなに畳みかけてしまったから、皆さん困惑されているでしょう?」
エルの隣に座る少女は栗毛の長髪のウマ娘で、エルに掛けるその表情はおしとやかな笑顔そのものだったが、その背後からにじみ出る怒気に仗助も思わず身震いしたのだった。
「ケッ!グラス!!ごめんなさーい!!気を付けますから!そんな顔で見ないでくださーい!!」
グラスと呼ばれた少女は、その内に憤怒を孕ませた笑みでしばらくエルを無言で見つめていたが、やがてため息をつくと仗助に向き直って口を開いた。
「――こんにちは。キングのトレーナーさん。私、グラスワンダーと申します」
「お、おう…」
「それにしても、キングさんは本当に優しいですね!トレーナーさんが一人になっているからって、照れ隠しをしながら一緒に食べようって言うなんて!」
そういいながら遅れて着席したウマ娘は、お盆の上に自身の顔の高さを優に超えるであろう盛り付けをしたご飯を持ちながら、ブルネットのボブに、白い前髪と三つ編みを施したウマ娘は太陽のような笑みでキングに語り掛けた。
「だから!スペシャルウィークさんまで!!私にもイメージってものが…!!」
―――キングを取り巻く友人たち
その姿を見て、仗助はかつての杜王町の友人たちと重ね合わせていたのだった。康一は今頃イタリアにいるのだろうか。億康はトニオさんのところでちゃんとやっているのだろうか。あとは…あとは…露伴はいいや。間田のやろーは…友達じゃあね~しよ~
思い直すと、仗助は目の前で談笑する少女たちを見て決意を固めるのだった。
―――トレセン学園を守り抜く。
彼女たちが笑顔で居続けるためにも。キングの友達の仇を討つためにも。
仗助は固い決意を固めるのだった。
消灯時間を過ぎ、誰もいなくなった学園内。仗助は懐中電灯を片手に廊下を一人で歩いていたのだった。
―――やつの目的は恐らく、ウマ娘だろう。
ウマ娘の意識を奪って、暴行をする…なんとも醜悪な男である。
仗助が下唇を噛みしめながら一歩踏み出そうとすると、背後から突然声をかけられるのだった。
「――仗助!キングに同行する権利をあげるわ!」
――そんなまさか
仗助が雷に打たれたように反射的に声を掛けられた方向に振り向くと、そこには自身担当ウマ娘――キングがいたのだった。
「―――な…バッカ野郎!!!なんで来てんだコラー!」
「えぇ…貴方の言う通り…でも、このトレセン学園で何か良くないことが起こっている。それに私の大切な友達の一人を危険な目にあわせた犯人が今も学園内の何処かにいるって思うと、無関係じゃあいられないのよ…」
――確かにキングの気持ちは痛いほどわかる。仲間が傷つけられて頭に来ないほうがおかしいってもんだ…それでも
「ちげ~んだ、キング!!やつは言っていた!俺と俺の担当を狩るってな~~!つまりこの状況!!俺とおめ~が一か所で人目の付かないトコにいるこの状況!!」
すると、廊下の向こうから不気味な幾十ものうなり声が近づいてくるーースタンド使いである仗助は、そのスタンドの正体を視認することができた。
――そのスタンドは、幾数もの虫型のスタンドだった。
姿は凡そ夏に人々に煙たがられ、忌み嫌われる虫…蚊にそっくりだったが、その姿はまだら模様であり、口についている管は凶悪なまでに肥大化していた。
そのスタンドは、小さな四翅を打ち付けるたびに不気味な音を周囲に響かせながら、仗助とキングに向かって一直線に向かっていくのだった。