まるで地面に敷き詰められたように落ちている粉々のガラスを構わず踏みつけながら、仗助はたった今クレイジー・Dでぶちのめした男――及川につかつかと歩みよっていく…その目に憤怒の炎を宿らせて。
既に仗助の攻撃によってクレイジー・Dに勝ち目がないことを悟った及川は、這いずるように仗助から逃走を図ろうとしたが、仗助はその男の頭を掴むと、壁に向かってたたきつけたのだった。仗助とキングは険しい顔を浮かべながら男に迫ると、質問を投げかけた。
「てめ~を病院送りにする前に聞かなくちゃあいけないことがある…」
「――な、なにを…」
「てめ~は最近スタンド使いになったようだな…その異常な性癖を爆発させたのも、昨日が初めてだったようだしよ~…何よりまだスタンドを使いこなせていね~…」
――実際のところ、仗助はこの男のスタンド能力にはもっと恐ろしい才能の片鱗が眠っていると睨んでいた。
自身の年上の甥という奇妙な血縁関係である空条承太郎も、昔エジプトで盲目の男が操ったという水のスタンドに苦しめられたそうだ。その能力者は数キロ先の人の足音から、その足の踏み込み具合から対象者の性別、体格や重さなどからそれが何者かを識別し、正確に位置を把握し攻撃することができたという。
――この男も、いずれ成長すればそのような芸当ができる可能性を秘めているかもしれない
現にこの男はスタンド能力を目覚めさせて間もないというのに、既に正確に仗助に攻撃することができていた。
まるで地獄にて罪人の罪を確認するために閻魔帳を開く閻魔大王のように、仗助が無言で及川を睨みつけると、おびえた子犬のように身体を震わせながらおずおずと口を開いた。
「――数日前のことさ。いつものように安月給だっていうのに、深夜に見回りをしていた時さ…静かな夜だった」
「―――その時だ。俺の目の前に突然謎の人物が現れた。よれよれのコートを着ていてつば広の帽子を被っていたから顔は見れなかった。その男が不審者だと思ったもんで、懐中電灯の光を向けようとした瞬間、何かが俺の首に刺さったーーー不思議なもんだったが、つまり俺の首に矢が刺さっていたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、仗助の表情が一変した。
「―――なっ!矢に刺されただと!?」
――ありえない。
才能がある者からスタンド能力を引き出すという、謎の物質で作られた矢。
仗助は少なくとも、過去にその矢を2本見たことがあった。1本は杜王町で億康の兄貴、形兆がDIOの肉の芽と融合したことによって怪物と化した自身の親父を殺すスタンド使いを探すために使っていた矢。そしてもう1本は、杜王町とトレセン学園を恐怖のどん底にたたき落とした殺人鬼、吉良吉影の犯罪を隠匿し続けた写真の親父が持っていた矢。
それらの矢のほかに、もう一本矢が存在していたということか?それとも…
仗助が矢のことに気を取られ、一瞬男のことから注意がそれた瞬間、及川は再びその目に邪悪な意思を宿らせたのだった。
――後ろの女を人質にして、ここから逃げ切ってやる!!てめ~が悪いんだぜ~~!!あの男は俺を矢で射った時、確かに言ったんだからよ~~!
「―――トレセン学園を壊せ。全てはわが復讐のために」
最早蜃気楼のように霞んだヴィジョンの及川のスタンドが、キングに向かって一直線に向かっていくーースタンドがキングに届く直前、男の顔面を鉄球のように重い一撃が捉えるのだった。
―――――は?
「てめ~みたいな奴のやることは、大体想像がつくからよ~~…てめ~みたいな下衆野郎のやることはな~~~!!」
「……ふ…ふ、ふざけたことぬかしやがって…髪型だけしとけよなぁぁぁぁ~~~~~~!!!ふざけるのはぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
既に自棄になった及川が、いかにも三流の悪党の見本のような台詞を吐きながら、スタンドで仗助に攻撃を仕掛けようとする。しかし、仗助の耳には最早その言葉は耳に入っていなかった。背後にいたキングは及川の言葉を聞いた瞬間の仗助の顔を見て、一瞬普段自分の隣にいる男と本当に同一人物なのかと疑うほど阿修羅のような顔をした仗助に思わず恐怖で身震いした。
「俺のこの髪型がどうしたとコラァ~~~~~!?」
その瞬間仗助はクレイジー・Dを繰り出すと、怒りに身を任せてその攻撃を及川に叩き込んでいくーー最も、そのセリフを聞く前の仗助は及川の命までは取らないつもりでいた…しかし、及川の放った一言は仗助にとっての聖域、禁足地を土足で踏み荒らす行為であり、仗助の及川に対するかけようとした情けをも吹き飛ばしたのだった。
「ドララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!」
トレセン学園と敷地外を区切る壁に及川の身体が押し付けられ、やがて壁は及川の身体と共に砕け散るーーーそしてクレイジー・Dの能力によって一瞬の内にその破壊は修復されるが、及川の身体は壁と一体化してしまったのだった。
「そんなにウマ娘のこと見ておきたいならよ~~~ずっとそこで見ておくんだなぁぁぁ~」
及川敏―――再起不能。
トレセン学園心霊?名所・その1――――呻きの壁
トレセン学園の敷地を囲む壁の何処かに、人の顔や手のような形をした模様があるという。耳を澄ませると、そこから時々うめき声が聞こえてくるとかこないとか。
――翌日、キングから呼び出しを受けた仗助は彼女と落ち合うために自身のトレーナー室へと重い足取りで向かう。トレーナー室の扉が見えてくると、扉の前に彼女――キングヘイローがいた。彼女は仗助の姿を認めると、真剣なまなざしで仗助に向き直るのだった。
「昨日のことは感謝しているわ…改めてありがとう」
「――――そして」
「昨日、起こった出来事…それを話す義務が仗助――貴方にはあるわ」
仗助は首をポリポリとかくと、扉を開けてキングに入室を促した。
「――スタンド能力…?そんなものが…」
「―――驚くのも無理はね~よ。スタンドは能力を使う者にしか見ることができない」
仗助がスタンドの存在を証明するため、クレイジー・Dを使って側にある花瓶を持ち上げてキングに見せるーー突然空中に浮かんだ花瓶を見たキングは、驚愕の声を上げた。
「―――そんな。まさか本当に…」
「俺のスタンドの名前はクレイジー・D。それぞれスタンドには能力があって、俺のクレイジー・Dの能力は触れた物を治すって能力さ」
クレイジー・Dが花瓶から手を離すと、支えるものがなくなった花瓶は地面に落ち、音を立てて粉々になる。クレイジー・Dがその花瓶の欠片に触れると、形状記憶合金のように散らばった破片や水が集まり、もとの花瓶の形に収まるのだった。
「―――これは…」
「―――そしてあの男…及川って名前だったらしいが、あの男は矢に射られてスタンド使いになったと言っていた。その矢に刺されると、能力の素質があるものは矢によってスタンドを引き出されるーーー」
「―――もし素質がなかったら?」
仗助が静かに首を横に振ると、キングの顔には絶望の表情が浮かぶ。仗助はこの学園のこと、仲間のことを強く思うキングを静かに見つめると、言葉を続けた。
「そんな危なっかしい物を使って、スタンド使いを増やそうとしているやつがこの学園にいる…一体何の目的があってそんなことをしているのか」
仗助は顔をしかめると、キングの顔を静かに見つめる。
すると突然キングの携帯が音を立て、来電を告げていた。キングは携帯の画面を見てその電話の相手が一体だれなのか確認したが、その表情には険しいものが宿ったのだった。
「―――出ないのか?」
「いいのよ。あの人が電話する時、言いたいことなんて分かり切っているから」
「―――あの人?」
「……お母さまよ。私に早くレースの世界から足を洗えってそういうことよ…私には才能がないからって…」
初めてキングに出会ったあの日。キングは今のような険しい表情で電話をしていた。それもきっと母親からレースを諦めるように言われていたということだろう…この親子の因縁は思っている以上に根深い。あれこれと深入りはしない方がいいだろう。
仗助は持ち前の笑顔をキングに向けると、努めて明るい声色で彼女に話しかけた。
「だったらレースで勝ってよ~~、俺たちが一流だってこと見せてやらなきゃあな~~」
その言葉を聞いたキングは豆鉄砲を食らったような顔で仗助を見つめていたが、やがていつものような表情を取り戻すと、仗助に高らかと話しかけた。
「当たり前よ!!さぁ仗助、練習に向かうわよ!今日のトレーニングは何かしら?」
「今日は中山の坂でもへばらね~ように、坂路トレーニングするぜ!!厳しくいくぜ~~、キング!!」
二人は確かな自信を胸に、トレーナー室を後にするのだった。
「――――東方仗助…」
その二人の背中に狂気の視線を投げかける人物が手に持つ矢が、これからトレセン学園で起こる事件の始まりを告げていた。