メイクデビューを一着に収め、キングヘイローとの旅路を歩み始めた翌日。東方仗助は突然、とある人物から呼び出しを受けてトレセン学園内のとある一室にいた。
荘厳な装飾や家具が配置されている室内はどうも仗助に性に合わず、そわそわと仗助を呼びつけた人物を待っていると、扉が開きその人物が現れる。
「―――やあ、東方トレーナー。待たせてすまない」
鹿毛のロングヘア―に白い前髪が特徴的なそのウマ娘は、トレセン学園の生徒会長、シンボリルドルフだった。聞いた話によると現在は第一線を退き、後進の育成やスカウト、会長としての業務に従事しており、確かに仗助が見た現役時代の頃の写真よりも心なしかほっそりしているように見え、眼鏡をかけているーーーそれでも彼女の身体や目からは隠しきれていないオーラがにじみ出ており、数々の修羅場を潜り抜けてきた仗助も思わずたじろぐほどだった。
「―――昨日のキングヘイローの選抜レース、遠巻きながら観戦させてもらったよ…素晴らしいレース運びだった。レース後のインタビューでは少し頂けないところもあったが、それが君の背負った覚悟というやつなんだろう?」
淀みなくスラスラと賛辞の言葉を述べるルドルフを一瞥すると、仗助は抑えの利いた声で彼女に応えた。
「――なぁ、アンタの真意は別のところにあるんだろう?早いとこ本題に入ってくれると助かるんだが…」
その言葉を聞いたルドルフは、重々しく、静かにため息をついたーー室内は水を打ったように静まり返り、二人の間には何ともいえぬ雰囲気が流れている。ルドルフは鋭い視線を仗助に投げかけると、徐に口を開いた。
「――私は知っている、数年前にこのトレセン学園で何が起こったのか」
その言葉を聞いた仗助の目が大きく見開かれる。
――数年前にトレセン学園を襲った未曾有の恐怖。
杜王町で15年もの間、自身の快楽のために人を殺し続けた殺人鬼…吉良吉影が、その凶行が明るみとなり、町を守るために吉良に立ち向かった仗助達だったが、その死闘の末に吉良は顔や名前を変えて、トレセン学園のトレーナーとして1年余りもの期間を過ごしたのだった。そして吉良はトレーナーとして潜伏した期間の中で、間接的および直接的に2名のトレーナーの命を奪っていた。
一人のトレーナーの名前は、班目洋一
仗助と共に協力して吉良と死闘を繰り広げたメジロマックイーンが所属していたチーム「シリウス」のトレーナーだった人物で、生前はとても正義感の強い男だったようだ。吉良の違和感に気づいた彼は単独で吉良に迫ったが、その能力の全貌を知る由もなく返り討ちにあったことを、吉良との決着がついた後にマックイーンから知らされた。
そして二人目のトレーナーは、甲斐俊
此方の人物は直接吉良が手を下したというわけではなかったが、吉良の親父――息子の凶悪な性を容認し、あまつさえ手助けしていた人物が、吉良を守るために用いた矢によって偶然スタンド能力を引き出された甲斐だったが、その引き出されたスタンド能力の運がなかったーーー不運な彼は、背中を他者に見せると死亡するというスタンド・チープトリックを身に着けてしまい、背中を見せてしまった彼は、死亡してしまったのだった。その話は甲斐からチープトリックを引き継いでしまった露伴から聞いた仗助だったが、確か彼が生前担当していたウマ娘は一人だったはずだ…確か…いや、まさか。
仗助が顔を上げると、ルドルフは無表情で口を開いた。
「―――そうだ。トレーナー失踪事件の被害者の一人、甲斐俊は私の担当トレーナーだった」
「―――それは…なんというか…」
「――いいんだ。君のせいじゃあないし、寧ろ君は遥々M県からやってきてトレセン学園の危機を救ってくれたと私は思っているよ…感謝している」
ルドルフの目に僅かに宿る感情の色を、仗助は見逃さなかった。
焦土の上から芽吹き始めた再生の兆しーーそれでもまだ、彼女の心の中には喪失という深い傷が疼いていることだろう。それでも生徒会長としての大きな責任と、生き残った者として前を向こうと懸命に足掻いているのだろうルドルフの言葉に、仗助は立ち上がりかけた姿勢を元に戻し再び革張りの椅子に身を預けると、ルドルフは言葉を続けた。
「――だから東方トレーナー。またこのトレセン学園で何か起こっているのなら、教えて欲しい。数年前、様々な事件が起き最終的には悲劇が起きた。だからこそ、教えて欲しいんだ。何か起こる前にーーーまた大切なものを失われないように」
やはり先日の及川が引き起こした事件が、生徒会長であるルドルフの耳にも届いていたということだろう。仗助はルドルフの目に映っている覚悟の意思を確認すると、深くため息をついたーーー仗助は彼女を見据えると、徐に口を開いた。
「―――わかった。全部話そうーーー
事態の子細を聞いたルドルフは、顔を引き締めたまま仗助の顔を真っすぐと見つめていた。
「―――またトレセン学園の誇りが傷つけられようとしている。また、ウマ娘の夢を後押しするこの場所の尊厳を踏みにじろうとする者が現れた…」
ルドルフは深々と仗助に向かって頭を下げる。その姿に仗助が驚愕していると、それに構わずルドルフは言葉を続けた。
「どうかこのトレセン学園を守ってほしい。全てのウマ娘たちが安心して夢を駆ける学び舎としてあり続けることができるようにーーーどうか…」
目の前のウマ娘が背負う、その覚悟と責任。その背中に彼女はどれほどの重圧を背負っているのだろうか。彼女もまた、杜王町を守りきった自身や億康たちのような黄金の意思を持っている。
「――わかったぜ。この事件、俺の方も動いておくからよ~。いずれにせよ何か分かったら連絡するから、おめ~も何か分かったら共有してくれ」
「―――ありがとう」
生徒会長・シンボリルドルフとの密会を終えた仗助は真剣な面持ちで考え込みながら、いつものように職場であるトレーナー室に向かおうとすると、背後からある人物に声を掛けられた。
「――あの!東方トレーナーですよね!」
仗助が訝し気に振り返ると、そこにはボブカットのしわ一つない上等なシャツに、ベスト姿の女性に、葦毛で短髪のウマ娘が立っていた。
「えーと、アンタは…」
「あ!私、桐生院葵って言います!実は東方トレーナーと同期の新人トレーナーなんですよ!」
――桐生院
花道や茶道でも家柄があるように、トレーナーという職業にも家柄というものが存在する。桐生院家は、その業態において由緒正しき家柄としてその頂点に君臨し続けていた。トレーナー業をやっているものとして、その名前を知らない者はおらず、仗助もトレーナー採用試験の勉強の際に、その名前を何度も目にしたことは記憶に新しい。彼女の父、桐生院康隆も伝説のトレーナーの一人としてその名声をほしいままにした。そして目の前の彼女――桐生院葵はその一族の秘蔵っ子としてその期待を一身に背負っており、メディアも彼女を注目していた。
「――おう、よろしくな。えーと隣にいるのは」
「――――ハッピーミークです」
やけにのんびりとした口調で話す彼女は、ウマ娘にしては珍しく白毛で、おっとりとした垂れ目をしていた。葵とミークの自己紹介が終わると、その光景を見ていたとある人物が3人に声をかけたのだった。
「――お!葵に仗助、ミークもいるじゃあねーか!3人ともどうしたんだ?」
声をかけた人物は、昨日キングのデビューレースで知り合った男、九条琢磨だった。
「く、九条先輩!」
「おー、あんたか。二人とも知り合いなのか?」
仗助が九条に尋ねると、彼は笑みを浮かべたままその問いに答えた。
「俺と葵は育成専門学校の先輩・後輩の間柄だったんだ。結構付き合いは長いんだよ」
「――九条先輩には、本当にお世話になってて…私は仗助さんにさっき初めて声を掛けたんです。昨日のキングヘイローの走り、すごかったので!――私とミークも負けてられませんよ!」
「――お!面白いこと言うじゃあねーか!ますます俺とキングも負けられね~な~!」
「おいおい、そんなこと言っても俺とグラスに勝てるかな~~?」
――ウマ娘たちを通じて広がる絆
仗助はこの日、同じウマ娘のことを指導し、夢をかなえさせてあげようと切磋琢磨するトレーナーの仲間と距離を縮めることができたのだった。
あるウマ娘が廊下を1人で歩いている。
「今日もドジをしてしまいましたぁ〜〜……」
その少女は周囲をビクビクと確認しながら、今日自分が起こしてしまった失態を振り返っていた。
今日は掃除中にバケツをひっくり返し、それに驚いた拍子に花瓶を落として、おまけに大切にしていたハンカチを無くしてしまうという不幸もついてきた。
自身の生まれつきの不幸体質に肩を落としながら歩いていると、唐突に首元に鋭い痛みを感じる。
------!
突然自身を襲った痛みに、少女は意識を手放した。