<レオ視点>
「いい加減にしろ!」
「きゃう!?」
マイラを、その頭をパシンと
「僕はラナを助けに行く。なんのつもりかは知らないけど、それを邪魔するというならお前だって……」
「わんっ!」
なぜだ、お前はラナを護りたいんじゃなかったのか……その苛立ちが、僕の心を荒くしていくのがわかる。僕は、どうしてかマイラは、ずっとラナの味方だと思っていた。それはただの直感で、理由なんかなかったけど……でもわかった。
マイラはラナを、見守っていた。
気にかけ、家族のように
それに、シンパシーのようなものを感じていたのも確かだ。
だからこそ、裏切られたと思う。
僕はラナを護るため、ゲリヴェルガの屋敷へ乗り込む。
そうしようとする僕を止めるのなら……マイラはここに、置いていくしかない。
あるいは……。
「わうっ! ばぅ!!」
メイド服のスカートが引っ張り、僕の邪魔をする裏切り者を……。
「だから……」
「ぅう?」
片手で……スカートをたくし上げる。剣を取り出せるような穴を開けていないのでこうするしかない。下半身の前面が完全に露になってしまったが、路地裏だから見ているのはどうせマイラしかいない。そうしてから、太ももに
これ以上邪魔をするなら斬る……その意思をこめて、マイラを睨む。
すると。
「きゅうううん……」
「よし、賢いぞ」
マイラはわかってくれたのか、すごすごと僕から後ずさってくれた。
よかった……マイラを斬らなくて済む……そのことに、自分でも驚くくらいホッとしているのがわかる。僕はマイラを、そんなにも好きだったのだろうか?
「どうしてお前がここにきたのか、僕にはわからない。だけど僕は今やらなくちゃいけないことがあるんだ。もう……頼むから邪魔しないでよ……」
「くぅん……」
しょんぼりとうなだれるマイラ。本当に、こちらの言葉がわかっているのかと思ってしまうような仕草だ。
だけどコイツはわかっていない。ラナが危ない。今は一分一秒を争う。こんなこと、してる場合じゃないのに。こんなところでぐずぐずしていたら、それこそ不審に思った
「わぅぅぅん!!」
「あっ!?……わっ!?」
一瞬、気が緩んでいたところに、飛び掛られる。
「ん!?」
そのまま、押し倒される。僕の倍くらいの体重をもった巨体が、僕の上に圧し掛かっていた。
「いつつ……」
「ばぅ!! わぅ!! ばぅぅぅん!!」
受身を取れたか、取れなかったか……よくわからないまま、背中が痛いことを認識する。だけどそれよりは、今は身体の側面の方に、より強い違和感がある。
「お前、何をして……ぇ?」
「わんっ!!」
気が付けばマイラは、なにかを咥えていた。それは……。
「……ラナの化粧道具一式?」
メイド服の、スカートにはポケットがあった。ラナのメイク道具一式、そのポーチはそこに入れておいた。マイラはそれを咥えている。
「うー……わんっ!!」
だが吠えたことで、マイラの口からそれがボトリと落ちた。そうしてからマイラは、それをくんくんと嗅ぎ、ある一定の方向へと視線を向ける。……それは先ほどからずっと、マイラが僕を、引っ張って行こうとしていた方向でもあった。
「ラナの……匂いがする? そう言いたいのか?」
「わんっ!!」
わからない、マイラは犬だ。言葉が通じていると思うのは僕の願望、希望的観測、思い込みに過ぎないのであって、それがそうであると確信して……大事な判断を……していいとは思えない。
「……」
「わぅぅぅ!」
マイラは……必死だ。
その様子は、僕へ、なにかを必死に訴えかけているようにも思える。
マイラだってラナを助けたい……僕は先ほどまで、それを確信していたはずだ。
けど……。
「なぁ……お前もラナを救いたい、そうなのか?」
「わんっ!!」
落ちていたポーチを拾い、それを鼻に当てる。
……わかる。大部分はネロリのそれだが……その中にほんのりと……ラナの匂いがする。
「お前に、ラナの居場所がわかるのか?」
そしてそれは、ゲリヴェルガの屋敷ではないのか?
「わぅんっ!!」
「……もしそうなら、
「……、……、……わんっ」
「……マジか」
マイラは、僕の言葉通りに、その巨体をくるくると三回
そんな芸を仕込んだ覚えはない。マイラがこんなことをしてみせたのは、これが初めてのことだ。なにかの偶然でこうなったというなら、それはどれほどの確率なのだろうか?
「……信じていいのか?」
「わんっ!」
「……もし、違っていたら……僕はお前を許さない、その首、叩き落してから僕も死ぬ……そうされる覚悟が、お前にあるのか?」
「……ゎぅ!」
最後の返事は、気圧されたのか少し弱気だったけど、それでも僕には、それがマイラの疑いようのない肯定の
『ラナは、どうしていいかわからないことを
どうしていいか、わからない。
なら……賭けなければならない。
マイラは僕を、ラナの居場所へ
心に問う。
僕は、マイラを信じることができるか。
「マイラ……信じるよ?」
自分でもわからない。何が自分にそう確信させたのか。
もしかしたらそれは狂的な僕の、本当に犬が好きだったあの僕の、祈りだったのかもしれない。
だけど僕は賭けた。自分自身とマイラの命、それと……ラナの色々大切なモノを……それに。
「わんっ!!」
<ラナ視点>
「だから教えてほしい、君はどのような魔法を使えるのかな?」
マズイ。
相手が悪意ある人間だったとしても、そうでなかったとしても、何をどう考えても、これはマズイ。
後者であるなら、私の魔法が公に知られてしまうことになる。
『空間支配系魔法か、無詠唱タイプで支配領域も広い。こりゃあ、“天才剣士君”とは別口でやべぇなぁ……』
私の魔法は、コンラディン叔父さんも危険視していた。
『まぁ、魔法使いの宿命だね、目立ちすぎると国に徴用され、軍に編成される。君の
『魔法使いの血は
それは、コンラディン叔父さんが言ったことでしかないが、私が
幸い、この国は平和な時代が長く続いている。
軍に入ったからといって、戦争に駆り出される可能性は薄いだろう。けど……私はどうしても想像し、嫌悪してしまう……軍隊の、男臭さというモノを。
多分、私にとってそこは地獄だ。
別に軍人を、マッチョな男性を差別するつもりはない。私の知らないところで、私に関わらずいてくれるのであれば、どうか幸せになってくださいとも思う。だけど……怖いものは怖いのだ。慣れろ、治せ、甘えだと言われても困る。たぶん、それは私の狂った感覚だけれども、でももう私の魂の一部だ。それは理外の理屈だけれども、だからこそ
軍隊には、だから入りたくない。
それと全く同じ理由で、おかしな思想を持った貴族の嫁になるのもゴメンだった。
「あのような状況で使おうとした魔法だ、攻撃性のある魔法なのだろう?」
「……ぅ」
もし、これが正真正銘、本物の国家公務員であれば……ここで嘘をつくのは後々まずいことになる。この世界には、夢の世界にはあった人権という概念も、少年法や黙秘権といった概念もないのだ。その祈りを
勿論、人権という
でも……今の私は、それが生み出されていないこの世界に絶望している。強力な
「いえ……その……」
「
「それ、は……」
人は生まれながらに人間らしく生きる権利を持つ……そんなわけ、あるものか。そんなものは虚構、
だけど。
私はどうしたって弱肉強食の、
「どうした? 答えられないのか」
「ぅ……」
それはもう、どれほど強い魔法が使えたところで、他人を食ってやろうと思えるほどの覇気がない時点で、自己肯定感がない時点でそうだ。戦って、自分の居場所を勝ち取るよりも、逃げて逃げて逃げまくって、穏やかに暮らせる世界の片隅を探す方が私らしい。
だからこそ私は、人の獣性が正しく機能する原始的社会よりも、偽りの神性が幅を利かせる欺瞞だらけの社会の方が過ごしやすい、暮らしやすい。生き物として間違っていると言われようが、夏はクーラーの効いた部屋で過ごしたい、生理痛が酷い時には薬も飲みたい。……幸いこの身体はあまり重い方じゃないみたいで、そこは助かっているけれど、やっぱりあの人を堕落させる、幸せな欺瞞が充満してた世界を懐かしいと思う時もある。それはもう、まったくもって今がその時だ。
「答えられないのであれば、容疑者としてしょっ引くしかなくなるのだが……いいのだな?」
「ぁ……ぅ……」
異世界転生が流行っていた頃のなろう系主人公は、その多くが
「魔法使いの拘束となると手足を縛り、視界を奪い、袋詰めにしてから殴打するなどして意識を奪う必要が出てくるのだが……君は……それで構わないのだな?」
「ううっ」
だけど、ならば人権という概念は、どうすれば異世界に
「それ……は……」
「答えるんだ」
そんなのは無理だ。それは沢山の悲劇、歴史的事象が
だけど、それでも。
「我々は、法を守らない相手には容赦しない。それが犯罪被害者となったばかりの、年若い少女が相手であっても、だ」
それはでも……そうであっても……ありがとう先輩……だ。
「小官は悪を見逃さない。それを正すことこそ、我らの職務であると
「悪……私が?」
石器を生み出してくれてありがとう先輩、人類に火を与えてくれてありがとうプロメテウス……だ。少なくともそれで
「法に従わぬ者は悪だ」
「……そんな」
だけど私は先輩にはなれない。なれるはずもない。神話になれと言われても私は少年ではない。魔法少女だけど、自らの存在を概念と化してしまえるほどの魔力は蓄積されてない。
「私は……認めます……魔法使い……です……けど、魔法で人を傷付けたことも……面白半分に使ったことも……ありません。ないんです、それだけは信じてください」
「そんなことは関係ない。今ここで君が黙秘するというのは、それだけで法に違反している行為と
「そん……な」
人権なんて所詮は欺瞞、絵空事。それはシリアスに、ドヤ顔で言ってしまうほどに、空しさしか生まれない……あまりにも圧倒的な事実。
だけど、夢の世界では歴史が証明していた。美しき理想論は、悪魔の手に渡れば数万、数億の人間を撲殺する
それもまた、まぎれもない悲劇なのだけど……悪いのは……
兵器であるのならば……そのスペックとポテンシャルをこそ、誇るべきだ。
だからこそ夢の世界における人権は、憲法という「法」の最上位において保証されていたのだから。
それはつまり、下位にある法が理不尽に働くのであれば、それを制限できるということでもある。言い換えれば人権とは、「法」の正当性、「法」が強制してくる「正義」に対応できる、し得る、それは数少ない手段であるということだ。だから人権とは正義ではない。血と悲劇への嫌悪から生み出された「正義」に対抗しうる
「あの……どうしても言わなければいけませんか?」
「君は今、小官に助けられたばかりだろう? 王都の民は王都の法によって守られている。その恩を返す気がないというのであれば、君はもはや善良な市民とは呼べない。
あまりにも血に、悲劇に塗れすぎた世界が生み出した
それ自体がまた血を、悲劇を生み出して、世界を血で染め上げて……ならばその先にはどのような
石器でもゲバ棒でもポリコレ棒でもなんでもいい、私を守ってくれる
「そんなのって……」
「それが世間の法というものだ」
何もない。
ここには
だからこの世界はいまだそれを求めている。
残酷な天使が、だから囁く、お前の血を流せと、犠牲を払えと、後進の先達として、その礎になれと……真顔で、シリアスに。
そんなモノ、私なんかじゃ、なれっこないのに。
「あの……私はあなたを、疑っています」
「……なんだって?」
嗚呼……あの欺瞞だらけの荒廃した世界で、芸術という名の
「あなたは本当に王都の警邏兵なのですか? 本来二人組であるはずの警邏兵が、今に至ってもあなたひとりです。それに……私の魔法に、こだわりすぎじゃないですか? 私はもう魔法使いであることを認めました。なら……その詳細については……とりあえずは連行してから、詰め所なりなんなりでじっくり取調べればいいじゃないですか」
必死に訴える声は。
「小官は君を袋詰めにして運ぶことなどしたくないのだよ。そこに転がっている、こいつらとは違う……いや、必要ならそれも、やむを得ないと考えるがね」
呆気無く論破される。
「今、この時点で……私が魔法を使ってない時点で、私に反抗する意思がないことも、そのための手段も持っていないことも、明白でしょう?」
「開いたと思ったら一転、随分と達者な口のようだが……小官がこれを君へ問うたタイミング、それを忘れたのかね? 君は今、街中を歩けるような格好ではない。着替える必要がある。君は着替えてる間、その
簡単に叩き壊される。
「ぐ……」
レオ……私ひとりじゃ、戦えないよ。
私は……もう立っていられなくなって、腰砕けにしゃがみこんでしまった。
「これでも、配慮しているつもりだよ?」
ダメだ、この男は弁も立つ。それに……それならば……これは本物の警邏兵でない可能性の方が高い。法を盾に無茶を押し付けてくるその
もっと文明の進歩した……それこそ人権という
だけど、王都の警邏兵はそこまで
となるとこれが……本物の警邏兵ではない可能性が高くなるのだが……その場合、完全に退路を断つ方向では言い負かすことができない。逆上されたら終わりだからだ。
上手く言いくるめ隙を作る……逃げるでも、魔法を行使するでも、隙は絶対に必要だからだ……それが私の、勝ち筋のひとつなのだけど……でも……それは色々な意味で
ならば残る、もうひとつの勝ち筋は……。
「あの……でもどうすればいいのですか?」
「……何がだ?」
「私の魔法は、言葉で説明するのは……難しいと思います」
「む」
たったひとつ残る、私の勝ち筋は……魔法を実演してみせる……そういう方向へ話を持っていくことだ……でも……これには問題点が複数あって、そのどれもが重い。
「それは、比較的多い、炎や風を起こすような魔法ではない、という話かね?」
「……はい」
まず、第一の問題点は……ここに至っても、相手が本物の警邏兵であるかどうかの判断が、私にはつかないということ。
本物の警邏兵であった場合……それを殺すというのは……色々な意味で重い決断となる。
魔法で人を傷付けたことがないというのは、まぎれもない真実だ。だからこれが悪意を持った人間であっても、それを殺すというのは重い。でも……それならまだ、決断しきれないということはない。私もそこまで、綺麗に生きてきた人間ではないのだから。
問題は、悪意なき人間を完全なる己の都合で殺したとして……自分がどうなるかだ。
それは怖い。少なくとも今ここにいる私は、それを怖いと思っている。
「殺傷能力は? 危険なのか?」
「……人を殺せるかどうかは、状況次第だと思います」
「では、その魔法で人を殺してしまった場合、死因は何になる?」
「……え?」
そして、第二の問題点は、私の魔法が、ピーキーすぎるということ。
世界を割り、
考えたことはある。殺す以外の攻撃方法を。
例えば空気……というか酸素……の透過を制限して、標的を酸欠に追いこむやり方。血流の透過を制限することでも似たような結果が得られるだろう。
だけどそんなのは恐ろしすぎる。どれくらいそれらを制限すれば、後遺症が残らない範囲で意識を奪えるというのだろうか。実験なんて、怖くてしたことがない。
「強力な風魔法と同じ……だと思います」
「……そうか……つまり、
「そういうことに……なるのでしょうか?」
第三の問題点は、相手が、こちらの望む状況を許してくれるかどうかだ。
今、斬撃という言葉を用いた後、不自然なほど黙り込んでしまったこの男性。
この男性は、今はひとりだが、本物の警邏兵であれば当然、悪意ある相手であっても……仲間が、いないはずがない。
この場の、今のこの状況も、他の誰かが監視しているのかもしれない。
この男がただの捨て駒で、本命が他にいるだとしたら、この男ひとりをどうにかしたところで意味がない。
最悪は、魔法を実演してみせますと言って、「ならば天下の公道において、観衆に取り囲まれた中で見せてもらおうか」と返されたパターンだ。そんな風になったらもう、そこから何をどうするにしても取り返しがつかなくなる。
「あの……どうしましたか?」
「……」
となると、私はまず、今、自分が置かれている状況、その全容を正確に知らなければならない。魔法を発動することができれば、それは簡単に判明するのだろうけど……その隙を相手が塞いでいる以上、これはそれ以前の問題だ。
となると……もうひとつの逃げ道と同じように、言葉巧みに情報を引き出していくしかなくて……だけど弁の立つ相手に、追い込みすぎてはいけないという枷を着けられた状態で、はたしてそれは私に可能なのだろうか?
そこが、第四の問題点でもある。
「最近起きた、未解決事件がある」
「……え?」
結局の所、この男性が本物の警邏兵でなかった場合、では何を目的として、ここにこうしているのだろうか? それを、私は知ることが出来るのだろうか?
私に、この男を言い負かす、言い包めるだけの話術があるのかという問題だ。
「スラム街の、比較的浅いエリアで……ならずもの七人が殺された」
「……」
「斬殺だった。それは一見すると鋭利な刃物による犯行……のようにも見えたが、不自然な点もあった。ひとつの刃物で斬ったにしては、切り口の形状……というか“斬り方”に統一感が無かったからだ」
「……それは……どういうことですか?」
意外な言葉に、時間を稼ぎながら現状を打破するため重ねていた思考が……止まる。
「それが刃物による犯行ならば、ひとりの人間がやったとは、とても思えないような状態だったということだ」
「……ぇ」
あの時、レオはたったひとりで、たった一本のそれで全てを
それは間違いない、間違いないのだが……。
「現場に凶器は残されていなかった。岩場であったため足跡もない、浅いとはいえ現場がスラム街であったことから聞き込みもままならない……だが」
「……だが?」
私が混乱する中、男性の詰問口調はどんどんと厳しくなる。私の男性恐怖症以前に、普通に怖い。
「たったひとりが、魔法でそれを成したというなら、現場の状況とは一致する。もうひとつ、その後に出回った奇妙な噂話ともだ」
「……あ」
「曰く、ロレーヌ商会の一人娘が誘拐されかけた……その日は、
これは……本当にマズイ。