気が付けば世界は震えていた。
全ての景色が、高速で流れていく。
背と鼓膜には、ガタンゴトンと定期的な振動。
情景は不定形で。
けれど
自分という、輪郭の自覚が、やがて戻ってくる。
だから私は、いまだこの世界に、繋ぎ止められている。
「お目覚めですか?」
見上げればそこに、ふわふわと揺れる少女がいた。
それは、まるで、カプチーノの泡のようにふわふわと白くて。
「……え?」
「目を、覚まされましたか?」
雪のような美貌だった。
完璧すぎて、ある意味では現実感のまったくない美貌だった。
まるで、夢の中へと、迷い込んだかのような。
重力という
目に映るこの世全て、その
私の視界が、柔らかな微笑みで、白く染めあげられる。
「……えぇ?」
軽やかにふわり、揺れる、長い、
それは、こちらを見つめている瞳と同じ色で。
純白で。
だけどそれすらもガタンゴトンと揺れる世界に、
だからふわふわした泡のようにも見えて。
その優美な曲線は、どこか輝くように、幻想的に、ロマネスクの香りを漂わせながら、或いは
揺れるフリルに、酔ってしまいそう。
「……ど、どなた様でしょうか?」
白い少女に、
そうした自分は、どこの誰で、どうしてこのような美貌に、慈愛すら感じる優しい目を向けられているのか。
一瞬、それが凄く遠くのことのように感じ。
私は。
えっと、だから。
鳥の
それが自分の名前だったはずで。
好きになれなかった両親から、何を継ぐのも嫌で。
だから好きになれなかった名前で。
巻き添えのように、笑うことに罪悪感を覚えてきた、この石棺の識別名だった。
世界を、高速で走る列車が流れていく。
ごうと重々しく。
ゴトンゴトンと軽やかに。
その色は黒。石炭のように無骨な黒。
重厚な鉄のようには、拒絶感もなく。
かといって
漆のような艶は無い、ただひたすらに無骨な黒が、しかしそこに
全ての景色を押し流していく。
すれ違う今は、許されるなら解放されたいと願う
けれど過去となり振り返れば、
だからただ、世界は流れていく。
「ごめんなさい、私、えっと、用事があって。やらなきゃいけないことがたくさんあって、それで、だから……すみません、ここ、どこですか?」
私は。
そこで
私の現実を思い出す。
そう。
だから私は。
千速継笑は、家へ……そう……好きではない両親のいるあの家に……だけど後、五、六年はいなければいけないあの家へ……忘れ物を取りに帰る……その途中だったはずで。
取りに行かなければいけないものを……それってなんだっけ?……そう、確かそれは……だ。それを取って、また学校へ、そう
……学校?
……随分とそれが、疎遠となってしまっていたモノのように感じる。
……そんなはずはない。
……私は現役の女子高生で、学校こそ自分の居場所のひとつで。
……いや、あそこに自分の居場所があった気はしないのだけど、でも。
……毎日登校していたし、今日だって午前中はずっと学校だったはずで。
……それで、学校から一旦家に戻る途中だったはずで。
……そのために、電車に、乗ったはずで。
……電車?
……私が乗った電車は。
普通の、電気で走る機能的な、何度も見た風景の中を走るモノのはずで。
こんな装飾的な、古い映画で見るような寝台車がある車両のはずもなくて。
窓の外に、見たこともない風景が流れていくこともなくて。
……おかしい。
十七年間、けだるく続いてたはずの日常が、プツンと途切れている。
そのことに
記憶の中の、連続してなければおかしいはずの、女子高生であるはずの私。
それらは、複数の車両が連結された列車のように。
しかと繋がっていなければ成立しないモノのはずで。
私は、だから平凡な……というには寂しい学生生活を送る……学生だったはずで。
家でも学校でも、居心地の悪い日常に喘ぎながら、それでも身体は健康に、
……そのはずで。
それと今……こうして振動に揺られ、現実感をまるで感じさせない、絶世の美少女に
繋がっていないという感覚がある。
途切れてしまったという感覚がある。
……女子高生だった自分が、はるか後方のレールに、置き去りにされてしまっている。
……そういう感覚がある。
そして。
「どうしました? 千速継笑様」
「ここ……どこ、ですか?」
それ以上に、目の前の少女は白くて。
あまりにも非現実的で。
現実を、幻想のような白さで塗り替えてしまっていて。
私は取り返しのつかない地点に来てしまっている。
その実感が、今の私という存在の中心に居座っていて。
……ああ。
もう、なにか重要なことが、取り返しつかなくなってしまっている。
「ここは……そうですね、簡単に言えば
だから心の片隅で、何かが泣いた。