※前書き
ここからめちゃめちゃ時間が進みます。トントン拍子です。
面食らわぬよう、ご注意下さい。
The time has come.
時は来た。
断罪の時が。
「私は間違ってない! 私なくしてこの家の繁栄は無いぞ! リゥ!!」
コンラディン叔父さんとは違う、私にとってもうひとりの叔父、ママのすぐ下の弟、五人兄弟の第四子、王国の騎士となったリゥダルフ叔父さんによって捕縛され、剣を突きつけられたゲリヴェルガ伯父さんは……圧の強い声で吠えた。
リゥダルフ叔父さんは、ソフトだけど少しだけ気の弱そうな声。
ゲリヴェルガ伯父さんは、こんな状況にあっても威圧的な、居丈高な声。
かつての力関係をあらわすような声が、それが完全に逆転した今でも、そのままでぶつかり合っている。
「兄さんはさ、子供の頃の方がマシだったね。親の言いつけには、それなりに素直だったから」
そんな状況にあって私、彼らのどちらからしても姪のラナンキュロアは……というと。
「……うぅぅ」
げんなりしている。
「そうだ! 私は間違ってなどいない! 全てはこの家を! この国を! より良きモノとするための方策! 愚かなるはそれを上辺だけで判断し
これは本当に
この臭さは、推定前世で異常な最期を迎えたあたしの偏見、色眼鏡、そういったモノから生み出される幻覚……ではあると思うのだけれど。
でもここにいる私が、実際にそれを
その目が
「ラナンキュロア! 私の可愛い姪よ! 我が妻となれ! 神に愛されし私に仕えよ! さらばこそその身、その心! その生涯は! 天に報いし尊きモノとなろう!!」
今、私がゲリヴェルガ伯父さんへ感じているものは、憎悪でも、恨みつらみでも、それらが
「会話になんね~。兄さんさ~、そもそも、ユーマ王国は絶対神を
嫌悪だ。
ただひたすらに、吐き気のするような嫌悪感だけが心と身体を
レオが偶然にも討伐した、あのヒュドラが、少しだけ思い出される。
嫌な
あの時も、世界は嫌な
「どうして理解できない!? この国には私が必要なのだ! 私の冴えたるこの頭が! どうしてお前達はそれほどにも愚かであれる!? 学ぼうとしない!? 賢者を敬い、頭を垂れるその姿勢を持てない!? そなたらの頭では無理なのか!? ラナンキュロア!!」
「……はい?」
「そなたには理解できるはずだ! その冴えたる頭で生家を
「……」
なんだろう、もう、絶句するしかない。
それだけの長い妄言を……もとい、文言を、噛まずに、トチらずに、最後まで言い切ったことは凄い。
だから、こうとだけ思った。
――この人は、頭が悪いわけじゃないんだ。
――どうしようもなく、性格が悪い。
――どうしようもなく、性格と人格が、歪んでいる。
「……すっげぇ。ラナちゃんって、このどうしようもないクソ兄と、面識、無かったんだよな?」
「……はい」
あなたとも初対面ですけれど、リゥダルフ叔父さん。
「神に定められし運命にそのような
うわぁ……。
うっわぁぁぁ……。
さっすがコンラディン叔父さんの一番年の近い兄弟、リゥダルフ叔父さん。捕縛され、自由には動けなかったゲリヴェルガ伯父さんの、その顎を、コンラディン叔父さんが、あの女性を
「縁起でもないことを言うな。俺のことはどうでもいいが、妻子まで馬鹿にされ黙っていられるほど、俺も温厚にはなれない」
「リゥ」
と、これまで私のすぐ横で、四人の屈強な男達……おそらくは伯爵家の私兵だろう……に囲まれ、黙っていた伯母さんが、ついに口を開いた。数年ぶりに見る伯母さんは、心労でもあったのか、以前に会った時よりも少しだけ痩せて見えた。それでもやっぱり、ぽっちゃりといった感じではあったけれど。
「言わせてやりなさい、
「はい……姉さん」
「最後!? 最後とはなにか!? 愚か!? 愚かとは誰のことを言っているのです!?」
伯父さんは、腐っても官僚気質なのか、既に伯爵家の一員となった姉へ、直接的な暴言や侮辱などは投げなかったが、語調の荒い、その態度がもう、伯母を囲む四人の男達を殺気立たせていた。そっちはそっちで、私には別の意味で怖い。
「最後は最後ですよ、ゲリヴェルガ。あなたはもうおしまいです。あなたは一線を越えてしまいました。貴族としても、人間としても」
「何を言って……私をどうする気だ!?」
私は先に、それを聞いて、知っている。
ゲリヴェルガ伯父さんは、モンスターに襲われ、死んだことになる……らしい。
コンラディン叔父さんが発案し、
伯父は自分の家……ママの生まれ育ったというこのお屋敷……で、モンスターに襲われ死んだことになるらしい。そうしてからしばらく後に、王都には戒厳令が
軍属の魔法使い達が捕捉した、何百という強大なモンスターの襲撃を迎え撃つため、王都は都市機能を一部封鎖して、厳戒態勢へと移行する。
伯父さんの死は、そうなるに至った、そのきっかけのひとつとして利用される。
つまり。
「この愚か者にも、まだ役割があります。逃がさぬよう、しっかりと捕縛して殺さぬよう、務めなさい」
「はっ!」「ははっ!」「はっ!」「はぁっ!!」
「……りょーかい」
「何を言って……何を言っているのだ!?……やめろ! 放せ! 私は神に愛されしゲリヴェルガだぞぉぉぉ!」
伯父さんは一ヶ月以内に、実際にモンスターによって殺される。
その死体は、ひと目でモンスターの残虐さがわかるように、なるだけ派手に、むごたらしく損壊していなければならないらしい。検死を誤魔化すため、それは実際に、派手に、むごたらしい死でもって成されるのだそうな。
「ううっ……」
同情は……しない。
まったくもって同情はしない、できない。
「ラナンキュロア・ミレール・ロレーヌ」
「はい」
「愚弟を、連行してしまって、構わないかしら? 言いたいことがあるなら、今しかないのだけれど」
「今しかない!? どういうことですか! 姉上!!」
この私を、半ば強引にこの場所へ同席させたのは、そのためだったのだろうか?
ある意味でそれは、親切であるとか、温情であるとかなのだろうけど。
「……はい。言いたいことなんて、最初からありませんでしたから」
私には不要だ。要不要の不要の
「そう……そうよね、ごめんなさい。公式の場では謝れないから、今ここで謝罪するわ。これは私の甘さが招いたことでもあります。あなたには迷惑をかけましたね、ラナ」
「いえ……」
そうして。
嗚呼まったく、私に「ざまぁ」は向いていないと、
「やめろ! やめろ!! やめろぉぉぉ!!」
ただひとりの人間の終わりを見ていた。
それなりに血の近い、伯父と姪なる
接点が無かったのは幸運だったけれど。
しかし、そうであるがゆえに実感を伴った憎悪、恨みつらみを全く抱けない相手が連行され、これから死ぬのだということに対する感慨も、特に起きなかった。
ああ、頭のおかしな人が、当然の報いを受けたんだなって、それくらいの気持ちで。
だからレオによく、頭がおかしいと言われるこの私も、もしかしたらいずれ、その当然の報いを受けるのかもしれないなって。
そんな漠然とした不安を感じながら。
ただ地獄へと連行されていく、そんな伯父の姿を、私は茫然と眺めているだけしかできなかった。
「ラナンキュロア! 私を助けよ! そなたの生まれた意味はそこにある! その身! その才覚! 全て私のモノだあああぁぁぁ!!」
この数ヶ月間、私を苦しめていたその元凶は、こんなものだったのかと思いながら。
<コンラディン視点>
やることが尽きない。
俺はこの事態において、モンスターに殺される前に、仕事に忙殺されるんじゃないかってくらい忙しい。
冒険者ギルドの、天に一番近い階で、天高く詰まれた書類を前に、俺はこのまま天に召されるのではないかという境遇にいた。
「コニーも大変だな」
「……そう思うならさぁ、手伝ってくれないかねぇ、リゥ兄さん」
「お、騎士様も手伝ってくれんのかい? 王都にはかつて無かった非戦闘員の避難勧告、前例が無い分、書類を作るのも大変でなぁ。こんなことならギルド長になんかなるんじゃなかったぜ」
「我々も我々で、貴族達への通達と協力要請をどうしたものかって、王宮が紛糾して大変なんだよ?」
「つってもそりゃあ数が限られてるじゃねぇですかい」
「そりゃあね、そうだけど……上の
苦笑……ですらない、ヤケクソのような笑みを浮かべた顔で、リゥ兄さんは細いため息のようなモノを
「それより、軍の魔法使いさん
「今回の場合、防衛というよりは迎撃戦だからね、防御系であったり、治癒系であったりといった魔法の使い手は、王宮の守備の方へと回されるだろう」
「前線で戦う者への援護は、ねぇってわけですかい」
「とにかく倒せればいいわけだからね。まったくないって事態にはならないだろうが、まずは王宮の防衛から、王族の保護からと言われれば、
そりゃあよかった……そんな皮肉を口にする気にもなれないほど、それはある種の正論だが、しかし前線へ回されるだろう俺達には全く笑えない、悪質な冗談のようなモノでもあった。
「灼熱のフリードは自分から申し出てくれた。
「十数人……数十人ってならないところが、この国の危機感の無さをあらわしているね」
「そりゃあ、モンスターとの戦闘経験がある軍属の魔法使いなんて稀だからな。自分から申し出てんのも、大半がユーフォミーちゃんと同じ元冒険者だ」
「後はよ、自分の実力を試してみたい、酔狂な若者が何人かってところじゃねぇの?……コニーんとこの姪っ子はどうだ?」
「……はん」
ギルド長は、猫の手でも借りたいところなのだろうが、俺としては、そこはあまり言ってほしくない部分ではある。眉間にシワがよるのが、自分でも判った。
「俺は、反対ですよ」
「でも、つぇえんだろ?」
「私も会って、少しだけ話をしたが、ラナンキュロアはその見た目通り十三歳の少女、それ以上の何者でもないように思えたな。その心はまだ、脆弱であるように見える」
「騎士の、鉄の掟に従える兄さんには、誰だってそう見えるんじゃねーの?」
「そんなことはない、姉さんは、今でも強い人だったよ」
「へいへい」
このシスコンめ、嫁さんを、昔の姉さんと比べてやるなよ?
「俺はな、ラナちゃんとその
「従僕、ねぇ……そんなに強いのか?
「俺も知らねぇですよ? コニーが勝手に言っていることでして」
「
「九頭のヒュドラをソロで!?……いや、だが状況と相性次第か、どうやって?」
「どうやってって……」
どうもこうもない、力押しだ。敵の攻撃を避けて、再生してくる頭の全てを斬って削りきった……それだけだ。それを聞くと、リゥ兄さんはガバと椅子から立ち上がって、叫ぶ。
「まさか! 信じられん!」
「だがコニーが嘘をついているとも思えんのがなぁ」
「信じてくれない方が、今は助かるのかもしれねぇが、何度聞かれても答えは一緒っすよ」
「だ、だがそれが何度も使えぬ特殊な技であるなら……」
「そこまでは俺も知らん、だが、単純に戦力として期待できるか、できないかで言えば俺は期待できると思う」
単純な戦力としてなら、ラナちゃんの従僕、レオ君は無敵だ。
その腕は信用できる。ラナちゃんに忠実だということも。
ドヤッセ商会の店で、四人に襲われていた時も、安心して観ていられたくらいだ。まぁ、
ただ、問題は、そこじゃないんだよな……ペンの尻で耳を掻きながら、俺はそのことを兄へと告げる。
「だけど、従僕君には、この国を守ろうという意思はないだろうな」
「それは? どういう……」
「従僕君が守りたいのは、ラナちゃんだけだ。それに関しては、ユーフォミーちゃんよりももっと割り切ってるよ……俺はそう思う」
「だがラナちゃんはこの国の生まれだろう?」
「兄さん……ラナちゃんに、愛国心があると思うのか?」
「……それは」
「俺は、それを求めるのも酷な話だと思う。無理強いすれば逃げるか、最悪敵対してくるよ? アレは」
そういう未来は、避けなければならない。国のためにも、ラナちゃん達のためにもだ。
「取引の余地はねぇのか?」
「ある」
あるというか、できた。ちょっと前に。
俺は、俺達はある意味でラナちゃんの弱みを握った。レオ君は立派な犯罪者だし、ラナちゃんには、それを匿ってしまったという罪がある。
「なら交渉で……」
「だからそれを、したくねぇんですってば」
だがそれを盾に、どこまで使えるかは全く不透明なところだ。下手に使うと逆ギレされて……つまりは敵対ルートになるだろう。最悪だ。
「対抗できる、可能性のあるユーフォミーちゃんを引き込むのだって、何十日と苦労してやっとなんだぜ? まだ
「……敵対したくない、か。おめぇの判断なら、それは尊重してぇけどよ」
「愛国心は期待するのも酷……か。私達には、耳の痛い話だ」
ラナちゃんがそうなってしまったのには、俺や俺達兄弟のいざこざが関係している。そのことへの罪悪感はある。どうにかしてやれるなら、どうにかしてやりたいという気持ちもある。
心情的には、俺は確かにラナちゃんの味方だ。
だがどこまでもは、味方してやれない。
この国と敵対するというなら、それに
生まれの源流に絡む、可哀想な女の子か、今の自分を育み、これからも生きていくその場所の
だが。
「そうは言っても、私達は本当に、今ある戦力だけでこの難局を
「それは……」
そこで、リゥ兄さんが、妙に頭に残る言葉を発した。
それに、俺達は答えられない。
それは、今は答えられる者のいない疑念、その問い掛けだった。
あの、壮絶な拷問の末に、敵が東の帝国であり、その
自分を、パスティーン・オムクレバ・パスティミルジョーンズ・ガッダ・リュロヴァーヂ・ノド・メムザアデュフォーミュラン・ジ・グレイオ皇帝の娘であると言っていたが、皇帝に子は四百人を超えているのだとも言う。母親はハーフエルフであったというから、身分の高い者でもなかったはずだ。
その規模の家族の実情と、その愛情の
例えば、別働隊の存在とその動向が、ほとんど掴めていない。それはユーマ王国の、いずこかの貴族に、寄生する形で存在しているのだという。そうなってくると、潜伏されるとこちらとしても打つ手がなくなってしまう。お貴族様へ、調査団を向けるわけにはいかないからだ。証拠があれば、王の
痛かったのは、
俺は、
心が読めるなら、より深刻に理解しているのではないだろうか?
己の能力が、人に知られれば遠からず疎まれ、憎まれ、排除されてしまう類のモノであるということに。
死んだ男が、稀な例外だったのだろう。その意味でも惜しい者を亡くした。
あの女の部下、別働隊との連絡役、そうした者達は女が
そうして今に至る。
なんというか、後手に回らされ、遅きに
この辺り、王都リグラエルにおける
敵方はおそらく、冒険者ギルドの調査団を
だが、これは
まだ、なにかある。そんな気がしてならない。
その可能性は、おそらくはリゥ兄さんが懸念する以上に、高い。
敵がやってくるのは、地上と地下だけで全てか?
その言葉が、重い意味を持つ日は……そう遠くない未来、確実に来るような気がしてならなかった。
<レオ視点>
戦争が、戦争と呼んでいい戦乱が、始まった。
侵略者がやってきた。街は壊され、戦闘員も、非戦闘員も簡単に死んだ。
その
戦闘が始まる前、避難勧告が出され、王都の外へ、数千という人が
避難のその途上で運悪くモンスターに襲われ、全滅する一団もあったが、幸いと言っていいか「敵」は王都の
避難民は、その多くが無事、避難先へと辿り着くことができた。
ラナと僕も、そのうちのひとり……ふたりだった。マイラも入れれば、三人かな。
僕達は、ボユの港という、王都から南へ数日、馬車で行ったところにある港町へと逃れていた。
月は
ボユの港では、しかしそうしたこともないらしい。いつもこれが港町かと、思うような喧騒と、途切れることのない潮騒と、その匂いと、そういう
日々、それを実感しながら、ロレーヌ商会、ボユの港支店の手伝いとして働き、過ごしていく中で……僕達は王都が今はどうであるかなどということは、段々と話題にしなくなっていった。
マイラを散歩に連れて行くと、時々海を見て動かなくなったりもした。
不思議と、マイラが見ている方角は、王都とはまるで違う方向であるにも関わらず、そういう時だけ僕は、王都のことを思い出した。
あそこに良い思い出などは、僅かしかないというのに。
ラナの、コンラディン叔父さんも、リゥダルフ叔父さんも、戦死したりなどはしていないらしい。……伯父は死んだらしいが。
伯母さんは、伯爵家の領地へと逃れたらしい。だがラナのお父さんは王都に残った。生活物資の調達とその分配について、国から協力を要請されたらしい。ただ、今も支店への指示は途絶えることなく続いているようだから、
マリマーネさんは……ボユの港にいたりする。ドヤッセ商会、ボユの港支店で働いている。たまに会うが、こちらも、王都がどうであるかなどを話したりはしなかった。色々あって、ラナとは友達であるのかそうでないのか、よくわからない関係になったが、皮肉を言いあったりはするものの、その
王都よりの避難民は、だからそうして、王都のことを一時的に忘れ……というよりも意識しないようにして、日々を忙しく過ごしていた。
だから、そうした中やってきたそのふたりは、そんな僕達に現実を思い出させる……王都では強大なモンスターとの戦いが、今も行われているのだという……そのことを嫌でも実感させられる、そういった類の……ある意味では招かざる客だった。
「ちぇぴー! 元気してたー!? ひっさしぶりー」「ん」
けど。
まるで、足の無い彼女に、運命が無理矢理、父親をも巻き込んだとでもいうかのように。
彼女を背負う、その大きな身体には、ひとつの大きなものが欠けていた。
右手が、二の腕の途中から、なくなってしまっていた。