「紹介しよう、こちらがジュベ、そちらがノア。どちらも
「よ、よろしくおねがいします」「よろしくです」
灼熱のフリードは、ふたりの少女を伴ってやってきた。
ふたりとも、年の頃は私達とそう変わらない。なんだろう、微妙に推定前世の、高一の夏を思い出す。補習で初めて別のクラスのおちこぼれと会いました、みたいな。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「どうも、よろしく」
順番に、三人と握手をかわす。レオもそれに
私は、例の恐怖症から、灼熱のフリード……フリードさんの時は少し腰が引けてしまったが、まぁこちとら、本来軍のお偉いさんなんかには縁がないはずの乙女だ。不自然というほどでもないだろう。それに、向こうのジュベという女の子も、引っ込み思案なのか妙に怯えた様子だったし。
「こちらはレオ、当店の従業員のひとりで、先にもお伝えした通り、三年前には私と共に、何度かボユの港と王都を行き来しました。同席をさせても?」
「もちろん」
ここはロレーヌ商会ボユの港支店、その応接室のひとつ。建物の最上階、四階にあって、壁際には大きな窓があり、
でも、今は敢えて少しだけ窓を開けていた。あんまり、密談という雰囲気にはしたくなかったから。
しばらく、私がロレーヌ商会会長の一人娘であること、今はこちらの支店で雑務を任されていること、等々を説明して全員へ着席を促す、言ってみればお定まりの儀式をこなす。
「どうも、ご丁寧に」
灼熱のフリード……さんは、思っていたよりも温厚そうな人物だった。
身長は
それに、まず、私がほとんど「
フリードさん、次に私、ジュベという女の子の順に席へ着く。でもレオとノアという女の子だけは、立ったままだ。ノアという少女は、私よりも十センチくらい背が低い。レオと並ぶと、頭ひとつ分は違うその小ささが目立った。
「ノアは護衛も兼ねているのでな。そちらのレオ君も、帯剣しているということは、そうなのであろう?」「っ……」
既に座っていたジュベという女の子が、どうしたことか、そこで一瞬、身体をびくっと震わせる。おどおどした表情の割に、こちらは猫背を伸ばしたら、私よりも十センチくらいは背が高そうだった。
「ええ……まぁ」
逆じゃないかと思うけど、身長
ただ……ノアが腰に下げてる武器は剣でなく斧だった。小振りな、
「王都では警備兵、
「なるほど、そういう王都民は多いかもしれませんな」
適当なことを言うと、灼熱のフリード……フリードさんは、前のめりになりながら同意を返してきた。そんな、勢い込んで同意されるようなことだったかなと思ったが、どうやらそれが、フリードさんが座して語る際の、スタイルであるようだった。
老いてなお活発で、前のめり。
「それで、今回ご訪問の件についてですが……」
しばらくは、予想通りの質問が続いた。
三年前、王都とこの場所とを行き来してる際に気付いたことはあるか、戦時下の王都で何かを見なかったか、南の大陸について知っていることはあるか、他、細かいことでもいいので英雄レオポルドについて知っていることがあれば教えてほしい、などなど。
もう、三年前のことになりますから、細かい違和感などは覚えていません。ワイバーンが墜ちる瞬間なら目撃しました、ですが、それを成した人物については……ごめんなさい、見ていません。ウチは自前の船を所持しての取引ではないので知りません。英雄レオポルドがいかな人物であれ、私は感謝しています。……
昨晩、私は大きな鏡の前でレオに抱いてもらった。
ものすごく恥ずかしかったが、まだ一日も経ってない今、乱れる自分の姿はクリアな映像として思い出せる。
私は質問に無難な答えを返しながら、脳内にそれを流した。
目の前にいる三人の、誰かが
「ほうほう、ふむふむ」
「ええ、ええ、王都との往復の中で見かけた馬車は、皆、名の知られた商会のものばかりであったと記憶しています」
そんなわけで、かように変態じみた作戦を臆面もなく実行した私ではあるが、さすがに相手が完全に無反応のまま、数分くらい経つと、これは警戒のし過ぎだったかなと
もちろん、相手がテレパスだった場合は、かなり過激な手段に出る必要があるから、その確認は必須なのだけど、過激な手段に出なくて済むよう、別の意味での過激な手段を採るって、それはどうなんだって、今更ながらに思う。
冷静に考えても、一番確実に反応を引き出せる方法はこれだろうと思うけど、他になんかなかったんかいと、自分でも思う。
まぁ、やってしまったことはもう仕方無いし、さすがに○○○で●●●したり、×××を★★★られ◆◆◆ている映像を流して、この無反応はないだろう。テレパスはいないと観ていい。お前は見られるのが好きなのかと、
「なるほどなるほど、参考になりました」
羞恥で顔が
え、もう終わり?
「もう、よろしいのですか?」
「うむ、私からは以上だ」
なんだか拍子抜けだ。鋭い質問にも即座に答えられるよう、それなりの準備をしていたのに。
「そうですか、お役に立てたのであれば、良いのですが」
ともあれ、無事に終わってくれるというなら願ったり叶ったりだ。立ち上がるフリードさんに、私も立ち上がって
が、そこでフリードさんは、よくわからないことを言い出した。
「
「……え?」
「なに、大したことではない。ジュベとノアも軍属だが、今回の件はそも聞き取り調査であって、尋問でも審問でもない。答えられぬならそれで構わん、聞くだけ聞いてやってくれまいか」
「はぁ……」
よくわからないが、そう言ってフリードさんはさっさと部屋を退室していってしまう。おいおい、護衛も置いていくのかい? ノアって子が冷たい目で見送っていますけど。
なんだかよくわからないが、そうして部屋には、不安そうな顔でオドオドしているジュベと、冷たい感じのするノアという少女が残された。
先生は職員室で涼んでくるから、お前達はそこで自習してろよって言われた気分だ。
まぁ……いいか。
ならもう、残った質問にもとっとと答えて、この時間を終わらせようじゃないか。
私はそう思い直して、ジュベという少女の方へと向き直った。
「ええと、それでお尋ねしたいこととは?」
「っ……」
「?」
おいおい、大丈夫かな、この子。
ジュベは、吐き気でも堪えているのか、随分と顔色が悪い。年の頃は十五か六か七か、それくらい。雰囲気は地味めだけど、薄く化粧をしてるし、髪も手が込んでいる。元々は茶髪っぽいが、それに毛先だけパーマをあて、内側は黒く染め、外側は軽く脱色することで立体感を出している。なんていうか、地味な子が頑張ってオシャレしましたって感じが凄い。王都から遠出するにあたって、気合でも入れたのかな?
「ぇ……ぇと」
緊張をほぐすよう、冗談でも言った方がいいのだろうか。いや初対面でそれはリスクが高いか。無難に雑談、天気の話でも始めるか?……あ、まずい、ここにきて根っこのコミュ障気質が。
「大丈夫ですか?」
「っ……」
ノアという子の方も、最初に挨拶をしてからずっと言葉を発していない。無口なのか、それともこれはこれで口下手なのか、それはわからないけど……気まずい。
そんな風にかなり空気が淀んで数十秒か数分が経ち、けど、やがて耐え切れなくなったといった様子で、
「その……レオさん、のご出身は、ど、どちらですか?」
……レオの方を向いて。
「え、そっち?」
反射的に、え、この子、レオ狙い? と、随分と俗っぽい反応が、自分の
まぁ、最近のレオは結構モテたりもする。なんせビジュアルがいい。私の
……そういえばマイラはまだ元気だ。老犬のはずなのに、寿命が近いはずなのに、全然そんな感じがしない。元気で、
「どうする? ラナ」
答えた方がいい? とレオが暗に聞いてくる。
レオのカバーストーリーは、一応ある。商売で下手を打ち、首を
夢の世界においては、それはそれで許されない、王都においても
私達に肉体関係があることは事実で、今更、それを隠すつもりもない。許されないと思うなら思え、眉を顰めたければ顰めろ。私にはレオが必要だ。空気のように、水のように、当たり前のようにそこにあってくれないと、私はきっともう死んでしまう。
「レオは、本当に小さな頃は、どこか小さい街に住んでいたようです。母親の記憶はなく、おそらくは父親の
本人の記憶が曖昧なので、その辺り、出身がどことも言い切れない……彼女達へ、私はそう説明をする。
「そう……ですか……」
するとジュベは俯いて黙ってしまう。おい、なんだったんだ今の質問は。
「聞きたいことというのは、それだけですか?」
フリードさんは、「いくつか」質問があると言っていた。何個かあるんじゃなかったの?
「ねー、あんた達って、恋人?」
「は?」
すると、今度はノアの方から随分とブシツケな質問が飛んできた。
「それが、英雄レオポルドの件と、何の関係が?」
「有るといえばあるし、無いといえばないかな。レオ君って本名はレオポルドだったりしないの?」
「は?」
そういう質問は、あるとは思っていた。名前の
まさか、フリードさんがいなくなってから聞かれるとは思っていなかったけど。
「レオ、それ自体がありふれた名前ですし、レオポルドも、それの南の大陸風というだけではないですか」
「うん、私のパパもレオポルドって名前です。パパは南の大陸出身で、十五くらいの時にこっちへ渡ってきたんだけど、地元には何人もいたらしいです、レオポルドって名前の人が」
「そう、ですか」
ノアは南の大陸の血を引いているらしい。言われてみれば、その青みがかった黒髪と小柄な身体は、確かにその雰囲気を感じさせる。ついでにいえば、革鎧でわかりにくいが、その下のそれも、大きくはなさそうだ。女性向けに、胸部装甲な部分を盛り上げた鎧もあるが、ノアのそれはそうなっていない。ジュベの方は、それなりのモノをお持ちであることがゆったりとしたローブ越しにもわかる。随分とわかりやすい
「レオは三年前、十一歳ですよ?」
「そうね、今が十四歳? それくらいに見えるわ。ちなみに私は十五歳。ジュベは十七歳。ここからは私が話してもいいですか? ジュベは少し口下手で、してほしいことを言わせるのに、いつも苦労するくらいですから」
いやあなた達の年齢は聞いてない。……ふたりの関係についてもだ。
なんていうか……私の勘が、このふたりは
同性愛を否定する気はない。好き勝手にやってくれとは思う。けど、人前ではもう少し
「いいですか?」
「かまいませんが……」
「では、私とジュベの立ち位置の説明から」
なんだかよくわからないけど。
「……とりあえずどうぞ」
「はい。私達は、言ってしまえば三年前の戦災孤児です。私達は幼馴染で、戦乱のさなかにあっては私がボユの港、ジュベが西の農村へ避難していたのですが、親は仕事の都合上、王都に残りました。私はママと一緒でしたが、ジュベはおばさ……お母さんも王都に残しての避難でした」
わかりましたと、言葉には出さず頷く。そういう人は多い、ライフラインの維持に必要な職業、職種の人は、国から強制……もとい、要請されて王都に残った。その二割から三割が死んだ。
「そう、ですか……」
下手な反応はできない。私の親はふたりとも生き残っている。七割から八割の方だ。それは向こうも知っていることだろう。
「ジュベは昔から魔法を使えました。ただ、攻撃的な魔法はあまり得意ではなく、軍に徴用されることはありませんでした」
「……はい」
けど、今は軍にいる。
軍にいて、灼熱のフリードという王国の有名人の下についている。
「ですが両親を
「それは……」
魔法使いであれば、貴族に雇われるという選択肢もあるのに、なぜ?
私の顔には、そんな疑問がありありと浮かんでいたのだろう、今度はノアの方が頷き、言葉を続ける。
「ジュベは、危うい子なんです」
私がちゃんとしてあげないとダメになってしまうくらいに……私は、彼女が実際には言っていない言葉を、その視線、その意識の向け方から察してしまう。今、ジュベの肩にガンレットの手を置いた彼女は、間違いなく心の中でそのようなことを思ったはずだ。
「ジュベは、戦闘向きじゃないんです。でも、悪いことを企む貴族には
「……それは?」
テレパスではない、ないはずだ。なんならレオの●●●●●のドアップとかを頭に浮かべても、特に反応がないのだから。
「
「……それは」
マズイと、本能が囁いた。
そうかそれがあったかと、全身に緊張が走る。
予知夢……未来に起こることを、夢で見る能力。
もしそれで、レオや私達の秘密に関わることを夢で見たのだとしたら……秘密は秘密でなくなってしまう。
――でも、それならこの三年の空白は、なんだ?
――過去に、王都が襲われる夢を見て、そこにレオの姿を見たのならば、もっと前の段階でなにかしらの動きがあったはず。
――それから三年、私達は、見られて困るような生活は送っていなかったはずだ。
――まぁ見られたら……かなり恥ずかしい生活の方は……送っていたかもしれないけど。
――でも
――なら、このジュベという少女は、何を見たの?
――そもそもそれは、百発百中で未来を見通せるモノなの?
いくつもの思考が、高速で頭の中を通り過ぎていく。
「それは……」
「貴族に雇われるには危険な能力、ですよね。今にして思えば、それが帝国に味方して国を売った連中である可能性だってあったわけですし」
「……そうですね」
「もしそんなところへ行っていたら、今ここにジュベはいなかったでしょう」
「……そうかもしれませんね」
――百発百中でなければ、そんなのは当たるも
――なら、まだ確信や確証は何も得られていない。ただ本人と、深い繋がりのある幼馴染だけが騒いでいる状態?
――でも……今はいないけど……灼熱のフリードも動いている。
――いや……今は、それよりも問題は……。
「どうしてそれを私に?」
――どうしてこの子達は、今ここで私達にその能力のことを話した?
――それはテレパスほどではないにせよ、秘密主義には天敵のような存在だ。
――知らなくていいことを勝手に知ってしまう、隠していることを
「ジュベの予知夢は、不安定なものです。ハッキリとした映像は見えず、夢に見たことが現実には起こらないことも多いみたいです」
「……はい」
ノアが、私の「どうしてそれを私に?」には答えず、能力の詳細を更にまくしたててくる。
――やっぱり、百発百中ではない、か。
――ハッキリと見えないというなら、本人にだってよくわからない点も多いだろう。
――なら、どうしてここへきた? どうして私にこんなことを話す?
「三年前、ジュベは王都がモンスターに襲われる夢を見ました。その終結は、金髪の、少年のような背格好の英雄によってもたらされることも」
「それがこのレオであると?」
私がレオへ意識を向けると、ジュベという少女がなぜか「ぁ……ぅ……」とだけ
……あなたも男性恐怖症か何かですか?
「顔まではわからなかったみたいです。三年前のジュベは、そのことを誰にも話さなかったそうです。私にも話してくれなかった。ただ、その頃のジュベがいつも不安そうな顔だったことは覚えています。ラナンキュロアさんも、王都の出身でしょ? あの頃、王都がそんなことになると言われて、はい、そうですかってなりましたか? なったとは思えないでしょう? ジュベも、だからそれを誰にも言えなかったみたいです」
「……それは、確かに」
あの頃の王都を、私はよくハロウィンの渋谷に
「ジュベは、最近またふたつの夢を見ました」
淡々と、わが子を見守る母親のようなひたむきさで、ノアという少女は言葉を続ける。
「ひとつは金髪の、三年前に見た英雄レオポルドと、同一人物であるとジュベが確信できる人物が、王国のものらしき軍隊と戦っている夢」
「同一人物であると、確信できる人物? 王国らしき?」
あやふやな点が多いな。
「ジュベの夢は、そういうものなのだそうです。ただ、戦場に立てられた旗には、ユーマ王国のものではないものも混じっていたとかで」
「……なるほど」
「そこで、英雄レオポルドは数万人の兵士を殺します。たったひとりで、かつては王国を救ったその力で、容赦なく、残酷に」
「それは……未来に起きることであれば、由々しき事態と言えますが」
レオなら。
レオなら、確かにひとりで数万人を殺せるのだろう。
でもそれは、実現してほしくない未来だ。
「もうひとつは、私が人を殺す夢……だそうです」
「……え?」
「私が斧で、女の子を斬殺する夢なのだそうです。どうしてそうなるのかについては、わからないみたいだけど、その直後に、金髪の少年が女の子に向かって叫ぶその声は、ハッキリと覚えているのだとか」
「ぇ……」
「ラナ!!……少年は、私が殺した女の子に向かって、ハッキリとそう叫んだのだそうです」
お気づきかもしれませんが、ジュベのこの能力は「予知夢」ではありません。