罅割れ世界のプライムパッセンジャー   作:ZenBlack

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epis48 : Carpe diem(Seize The Day) / Villain

 

<引き続き背負子(しょいこ)のユーフォミー視点>

 

「ノア、ジュベ、退()いて」

 

「はぁ!?」「……っ」

 

 アタシ達は戦闘のプロだけど、人殺しのプロなんかじゃない。交渉のプロなんかでもないケド、なにもかもを問答無用で「不要」と切り捨てていくほど野蛮人でもない。

 

「アタシ達、やることアルカン、邪魔スンナ」

 

 言って、いやこれはナンカ違うなって自分でも思う。

 

「だ、だったら力ずくで」

「オマエ、アタピには勝てない。これ以上は不要、無用」

 

 言って、いやこれもナンカドコカ違うなって自分でも思う。

 

 どうしよう?

 

「ふざっけんなぁぁぁ!!」

「んっ」

 

 飛んで来た一本の斧を、また「要不要」で弾く。

 

「問答無用ぉ?」

「うるさい!!」

 

 またも、斧を投擲からの、ジュベの魔法詠唱。

 

「不要」

「きゃあ!?」「ジュベ!?」

 

 同じように「要不要」で弾いて、その後、炎弾(ファイアーボール)を牽制でジュベに発射。

 

「くっ……」

 

 その先に、何かアルカナって警戒してたケド、何もない。

 

 なーにをシタガリン?

 

「オワリ?」

「くっ!!」

 

 っていうかコイツラ、コンビの割に、コンビネーション(スク)ナクナクナクナイ?

 

 そんなんじゃ、アタシ達にはヌルイカラー。

 

「ノア」

「なによ!?」

「次は、炎弾(ファイアーボール)をジュベに当てる」

「ひっ!?」「はぁ!?」

「今までのは、手加減。次は当てる。ボゴンからボウボウ、メラメラ。前衛職と魔法使いのコンビは、魔法使いから叩くのがセオリー。次にノアがナニカしたら、ジュベが燃える。メ~ラメラのパッチパチ。これ以上アタシ達とヤリあうなら、ノアにはその覚悟が必要」

「な、な、な、な」「ノ、ノアぁ……」

 

 嘘だけど、次も当てられないだろうけど、ノアも自分達の劣勢はわかっているハズ。

 

 これ以上続けたら、ジュベが傷付くダローって。

 

「このっ……悪魔が」「ノアぁ……」

 

 ふたりが、()()()()()()だって噂、アタシも知っている。

 

 もしかしたらそれは、妙な男に言い寄られないための、虫除け協定なのかもしれないケド。

 

 ノアはともかく、ジュベからは同性愛者(レズビアン)特有のニホイがしないケド。

 

 でも、それでもやっぱり、ふたりはお互いを必要とし合っているからコンビのハズ。

 

 だったらコイツラは、アタシ達の億分の一の仲良しさん。

 

 格下ちゃんの、仲良しさん。

 

「できる手加減、ココマデ。退()くなら助ける、向かってくるならコロス。だから次に仕掛けてきたらコロス。熟考不要、即断必要」

「くっ……」「ね、ねぇ、ノアぁ……もうやめよぅよぉ……」

 

 ジュベが折れ、それにノアも同調……シタガリン?

 

 人を殺すのは面倒。色々と面倒。「必要」がない殺しは、「不要」。

 

 常識は、アタシ達のこと、変な目で見るからキライ。でもキライだからって、避けてばっかりじゃいられない。それくらいの判断は、アタシにだってできる。

 

 アタシは幸せだ。

 

 お父ちゃんがいて、そのお父ちゃんが三百六十五(365)日、(ねん)がら年中(ねんじゅう)お父ちゃんでいてくれたことが、なによりも嬉しい。

 

 毎日が幸せ。

 

 その日々が壊れそうになった三年前は、胸が張り裂けるように痛かったケド。

 

 片腕を失っても、表向きの職を失っても、お父ちゃんはお父ちゃんのままだった。

 

 アタシは、それに救われた。

 

 お父ちゃんの娘に生まれてきたことを、心から誇らしいと思った。

 

 だけど。

 

 だからもう……何も失いたくない。

 

 お父ちゃんと、今までお世話になった人と土地へ、恩返しをしながら生きていきたい。

 

 アタシ達は、王国が帝国へ出兵するってなったら、その尖兵となることが決まっている。最前線で、お父ちゃんと一緒に戦うって約束がある、契約がある。

 

 アタシはお父ちゃんと一緒に死にたい。

 

 でもお父ちゃんはお父ちゃんで、アタピよりも早く戦えなくなって、自然の摂理トヤラに従って……おそらくはアタシよりも早く死んでしまうから。

 

 そのことは、自分自身が死ぬことよりも、怖いから。

 

 戦場を駆け、そこでふたり並んで(むくろ)になるなら、本望。

 

 王国へ、アイツラへ恩返しをできたって思いながら死んでいけるなら、それこそが本懐。

 

 これはふたりの総意。

 

 どちらも、半身をこの世に(のこ)しては()けないから、同じ場所で死にたいという願い。

 

 

 

 アタシ達は、笑って死にたいカラ。

 

 

 

 それが仲良しさんのアリカタって思うカラ。

 

 

 

 ノアとジュベも、こんなところで死んでほしくナイ。

 

 

 

「ね、ノア……もうやめようよ、私達じゃ(かな)わない、から……」

「うっさい! 黙ってて弱虫!」

 

 コイツラは、「まだまだコレカラ」。

 

 コンビネーションの腕も、仲良しさんとしても、アタシ達のずっとずっと格下ちゃん。

 

「弱虫はオマエ、退く勇気のない男は、ここぞって時に命を賭けられない男よりも格下ちゃん」

 

 なら、それはアタシ達みたいな覚悟もないってコト。

 

「あたし達は女よ!」

 

 叫んでも、もうソレは負け犬のトウボエン。

 

 覚悟のない格下ちゃんは、モウスッコンデロン。

 

「アタシ達はトチ狂ったフリードを追う、こっちにきたことはわかってる。ドウシテ海に? 意図はナニ? 答えは不要、直接本人(フリード)に、キキマクラーン」

 

「くっ……」

 

 ジュベが、しゃがみ込んでしまったノアの肩を抱いた。

 

 敵意はもう感じない。戦意消失?

 

 

 

 アタピは、殺さなくて済んだことに少しホッとしながら、お父ちゃんに「行こ?」と囁いた。

 

 ケド。

 

「……お父ちゃん?」

「っ……」

 

 あれ?

 

 あれれ?

 

「ぐっ……ぬぁ……う」

 

 なんでか、ドウシテか、お父ちゃんの身体がふらり、よろけ。

 

「お父ちゃん!?」

 

 それでも、アタシを庇ってか後ろへは倒れこまず、前へ、前へ、前へ……おとうちゃんの身体が……くず折れて……。

 

 ナンデ?

 

 ドウシテ?

 

「お父ちゃん!? お父ちゃん!? お父ちゃんっ!?」

 

 背負い紐を(ほど)くのも忘れ、アタシは目を閉じ地に伏したお父ちゃんの耳元へ、同じ言葉を繰り返す。

 

 何が起きたか、わからない。

 

 どうしてこんなことになっているかわからない。

 

 あまりにも唐突過ぎて、あまりにも急変し過ぎてて。

 

 

 

 なにもかもが、わからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<灼熱のフリード視点>

 

「お父ちゃん!? お父ちゃん!? お父ちゃんっ!?」

 

 繰り返される、絶望の色を濃く滲ませた、裏切り者の声。

 

「お父ちゃん! お父ちゃん! お父ちゃぁぁぁん!!」

 

 うるさいと思った。

 

 半端モノ同士で固まった、異形の混合獣(キメラ)めが。

 

「お父ちゃん!! お父ちゃん!! お父ちゃっ……ん……ぅ……ぅ?……ぅう……ん」

 

 睡眠魔法(スリープ)

 

 (それがし)の代名詞ともいえる「灼熱」、それは発動すれば無敵だが、発動できなければ無用の長物でしかない大規模魔法でもある。

 

 ならば、咄嗟(とっさ)の事態にも対応できる手段が必要となる。

 

 この睡眠魔法(スリープ)は、使い込めば使い込むほど、「そのためにある」魔法と実感するモノであった。

 

「ノア、ジュベ」

「あ……フリード様」「し、師匠」

 

 人は必然、年齢と共に諸々が衰えていく。

 

 (それがし)も例外ではない。

 

 (それがし)も、歳をとった。

 

「なんと不甲斐ない」

「く……」「っ……」

 

 忌々しい思い出が増え、思考の瞬発力が失われた。

 悲しい思い出が増え、感情を制御できない事が多くなってきた。

 だが、それでも(それがし)という人間の本質は変わらない。

 

 振り返れば、確かに長い道を歩いてきたような気がする。

 

 情動に動かされ、獣のように生きた、(とお)にもならぬ頃。その記憶はもはや幻のように薄く、掴めない。

 

 狂乱の衝動に踊り、明かりのない暗闇をただただ走った十代の頃。いい思い出も、悪い思い出もある。

 

 我こそが主役と自らを(にん)じ、奪い合い、悲劇と喜劇を行ったり来たりした、二十代の頃。泣いたり笑ったりして、手に入れた宝石のような思い出がある。輝ける青春時代。あそこには光があった。光の下にいた。

 

 そして衰えを感じ、失ったものを補うかのように狡賢(こうかつ)さを覚えていった、三十代の頃。

 

 忘れたい事と、沢山の後悔と別れが、その道の途中に転がっている。事故で子を亡くし、妻もそれを追った。

 

 だが(それがし)睡眠魔法(スリープ)の魔法を覚えたのは、その三十代の頃だ。

 

 衰えを感じながら、徐々に同期が、様々な理由で軍から脱落していくのを横目に見ながら、(それがし)はしかしその頃に、全く新しい「(わざ)」を手に入れるに至った。自分は死ぬその最後の時まで、自己を研鑽(けんさん)し、歩み続けなければならぬと……それが自分の「(ごう)」であると……理解した。

 

「修行が足らぬから、そのような無様を晒すことになる」

「っ……はい、申し訳ありません」「す、すみません……」

 

 世界は、(それがし)が子供であった時分(じぶん)から、何も変わっていない。

 

 あの空と白い雲は、いつも遠すぎて。

 風は常に、気まぐれに逃げていって。

 花は咲けば、確実にしぼむ時を待ち。

 ぬくもりは、夢のように霧散(むさん)していってしまう。

 

 命は地へ墜ちた雪のようにいずれ消える。

 心も肉の中で、(とどこお)る水のように腐敗する。

 

 怒りは行く先を知らぬまま彷徨(さまよ)うしかなく。

 叫んでも叫んでも、その声はどこへも届かない。

 

 ならば(あらが)え。

 

 泣いて。

 喚いて。

 賑やかに。

 騒がしく。

 

 神に、抗え。

 

 人へ、老化する肉体などを寄越す神は、なんと邪悪なるかな。

 

「ジュベ」

「は、はいっ」

「アレを、するぞ」

「っ……ま、待ってくださいフリード様! ジュベの身体はもう限界です! さっきだって! それで体力が弱っていなければっ……」「愚か者!!」

「ひっ……」

「愚か者が! 若い内に! 無理をしないでいつする!! 死してなお! 人の限界に挑んだことは、恥とはならぬわ! 人間であるならば戦え! 己の限界と死ぬまで戦え! そうして生きるのでなければ! 長く生きることに意味などないわ!!」

 

 (それがし)は、この世界に絶望している。

 

「命を惜しむなら! ならばこそ命を捧げよ!」

 

 どれほど。

 混沌(こんとん)(いびつ)(うたげ)に、自らを追い込み。

 

 熱狂させ。

 限界に迫ってさえも。

 打ち上げた花火は夜空を割らず。

 

 乾いた音が。

 

 夜空のしじまへと飲み込まれ。

 

 残響が孤独の(うち)へ転がり。

 

 消えていく。

 

(それがし)を見よ! そのようにしてきたからこそ! この今がある!」

 

 情熱を喰らい、あらゆる悲喜劇(ひきげき)を娯楽のように嚥下(えんか)する……底無し沼のような世界。

 

(それがし)を師匠と呼ぶのなら! 我のように生きてみよ! ジュベ! 道無き道へ足を踏み出すことを躊躇(ためら)うな! ただの一歩にも命を()してみせよ! 懸命となれ!!」

「ひぃ……ひぃぃぃぃぃぃぃ……」「いやぁぁぁ!」

 

 ジュベへ、睡眠魔法(スリープ)を使う。

 

「ぁ……ぅ」「ジュベェェェ!」

 

 ジュベの特筆すべきは、当然ながらその「予知夢」にある。

 

 夢は、眠らなければ見れぬ。ならば寝かせる。無理矢理にでも。

 

 嗚呼……なんと怠惰なる能力であろうか。

 

 人が、世界と戦わなくて良い、唯一の時間に、ジュベは真価を発揮する。

 

 羨ましい、妬ましい。

 

 まだ十七歳、これから、いくらでも、なんでもできる。

 

 羨ましい、妬ましい。

 

 時間は、懸命に生きてきたこの(それがし)にこそ、必要なモノだというのに。

 

「ジュベは二十分後に起こす」

「……また、魔法で?」

然様(さよう)

「……お願いします、ジュベに傷は」

「つけぬ。そうさな、三回までは傷が残らぬよう、そうして起こそう」

「さ、三回まで、ですか?」

「ジュベの予知夢は、何がトリガーになって見るモノであるのか、わからぬ。身体に傷が付いていた方が見やすい可能性も、なくはないのだからな。三度(さんど)やって駄目なら条件を変える必要があるであろう?」

「そんな!?」

(わきま)えよ! これは国の大事であるぞ!!」

 

 (それがし)は、睡眠魔法(スリープ)を使いこなしている。その強弱も、眠る時間の長さも、自由自在である。

 

 人の眠りには波がある。熟睡、深き眠りの時と、そうではない浅き眠りの時を二、三時間の周期で繰り返す。それはジュベを実験台に、(それがし)が得た、貴重な知見である。

 

 夢を見せたければ、浅き眠りの状態を作り出す必要がある。ここまでは(わか)っている。

 

 だが、そこから先は、まだ解っておらぬ。

 

「そこのふたりには、五時間は起きぬよう魔法を使った。そこの倉庫は(それがし)が借り切っている。三人を運び込むぞ、ノア」

「……はい」

 

 どういう状態にすれば、ジュベは予知夢を見るのか?

 

 ジュベの精神を安定させれば見やすいのか、それとも不安定にした方が見やすいのか。

 

 現在、(それがし)は、後者の方が正しい仮説なのではないかと考えている。

 

 羨ましく、妬ましく、わざと熟睡の状態にしてから乱暴に起こしてみたり、苦痛を与え、逆に一週間以上寝かさない状態にしてから睡眠魔法(スリープ)をかけてみたり、そうした負荷を強く与えた方が、ジュベは予知夢を見やすいようだった。

 

 それに、若い肉体が強いストレスに(むしば)まれ、乱れ、崩れていくその様を見るのは、なんとも心躍ることでもあった。もっとも、最近ではこのノアの阿呆が、美容に関しては目を光らせているようだが。

 

 今も、ゆえに「目覚める際、ジュベがより強い苦痛を味わえるよう」調整した睡眠魔法(スリープ)をかけてある。起こし方は、愚昧(ぐまい)なる愚盲(ぐもう)のノアに、それが伝わらぬよう、工夫する必要があるやもしれぬ。

 

 面倒なことよ、身体を乱暴に扱っても大過(たいか)ない「若さ」を持つ者が、情けない。

 

 残るふたりが、若いとはいえ憂さ晴らしに使うには「不完全な」肉体しか持たぬ者であったのが残念なところだ。こちらはそう……子に、親の死ぬ様を目の前で見せ、己の生き様を後悔させる()()()()()しか、できぬであろうな。

 

 逆は、してはならぬ。

 

 子は親よりも先に死んではならぬ。

 

 秩序は、守らねばならぬ。

 

「あ、あの、フリード様」

「なんだ?」

 

 (それがし)は、昔より嫉妬を得るたびに強くなってきた。

 

 睡眠魔法(スリープ)を得たのも、この魔法を使える者への、嫉妬より得たモノであるといえる。あの者も若かった。出会ったのは(それがし)が三十五、その者が十五の時だった。(それがし)はその者を配下に置き、他の魔法を教える代わりに、睡眠魔法(スリープ)を学ばせてもらった。

 

 修得し、最初に行ったのは、その者を永遠の眠りに就かせてやることだった。師弟が研鑽の途中に、弟子が事故を起こした。それは、その程度のことに過ぎぬ。睡眠魔法(スリープ)は危険な魔法だ。一瞬で、敵を無力化してしまえるのだから。

 

 どれほど研鑽しても、詠唱時間(キャストタイム)が弟子のそれよりも短くなれぬと知った時、(それがし)は思った。この者は、(それがし)を殺そうと思えば、いつでも殺せるのではないか?……と。

 

 許せることではなかった。この世界に、(それがし)を殺せるモノが、存在などしていいはずがない。ゆえに(それがし)は弟子を処分した。

 

 あとには睡眠魔法(スリープ)を覚え、前進した(それがし)だけが残った。

 

 世界は秩序を取り戻し、(それがし)も少しだけ、枕を高くして眠れるようになった。

 

「フリード様……本当に、あの少年が、英雄レオポルドなのでしょうか?」

「ふむ? ジュベの予知夢を信じぬと言うか?」

 

 レオポルドなる偽の英雄もまた、(めっ)してしまった方がいい。

 

 発見されれば、王は軍を死の行軍へと送り出すだろう。

 

 やられたのだからやり返せなどという、現状を何も理解してない、あるいは理解する気もない愚か者達の声に負けて。

 

 国の沽券(こけん)などという、貴人以外には糞の役にも立たぬお題目に固執して。

 

 勝てるかもしれぬという、(いつわ)りの希望に(すが)って。(それがし)をも巻き込んで。

 

 それこそが、帝国の望むところであろうに。

 

 そんなことはさせぬ。

 

 そのような暴挙の芽は、摘んでしまうに限る。

 

 世界に秩序を取り戻すために。

 

 (それがし)が、枕を高くして眠れるように。

 

「ジュベが見たのは、英雄レオポルドが王都の危機を救う、その姿と、その英雄レオポルドが王国軍と争う姿。それと私が、英雄レオポルドがラナと呼ぶ少女を殺し、()()()()夢です」

「うむ、ならばこそレオポルドは(ちゅう)せねばならぬ。死ぬ気はないのであろう?」

 

 序列の尊重すらできぬ、秩序を(うやま)わぬ梟雄(きょうゆう)など、この世にあっていいモノではないのだ。

 

 そのようなモノに頼って生き延びるくらいであれば、この国は美しく滅びるべきだった。

 

 長年、この国の秩序を守ってきた(それがし)と共に。

 

 ――ああ、それはなんと甘美なるかな、終焉の時であったろうか。

 

「……私が死ぬのは、どうでもいいんです。この世界に、ジュベを残していきたくないだけで……でも」

「それこそが“死にたくない”というモノだ。人は強く()らねばならぬ、強く()らねばならぬ。強く生きなければならぬ。努力も、研鑽も、苦痛も、そのために必要なモノである。恐れてはならぬ。全ては、乗り越えられるモノなのだから」

「そう……なのでしょうか……」

 

 指で顔に触れる。

 もはや、つるっとも、サラッともしてない、柔い革のような感触。

 皺が増えた。額も拡がった。

 本当に(それがし)は、歳をとった。

 

 いい思い出も、悪い思い出も、宝石のような思い出も、別れも、忘れたい事も、報われた事も、報われなかった事も、沢山の後悔も、この中にある。もはや衰え、濁り、若き頃の輝きなど、とうに失ったこの肉の中に。

 

「でも……不安なんです。私達が、何かを間違えているんじゃないかって」

 

 あるものは遠く。

 あるものは鮮明に。

 あるものは朧になり。

 あるものは眠っていて。

 あるものは未だ毒を持ち。

 あるものは寂しそうに。

 あるものは乾いてて。

 あるものは連なり。

 あるものは孤独。

 

「不安は、抗うことでしか解消できぬ。大事の前の小事に(かかずら)ってはならぬ」

 

 背負い、捨てて、出会い、忘れた。

 

「国の難事にあっては多少の犠牲もやむを得ぬ。軍人とはその責に耐えうる者でなければ務まらぬ」

 

 そうして残った何かは、(それがし)に埋もれ、変容し、変質している。

 

 (うち)にある自分自身は変わらなくとも。

 

 残る全てが色を持ち、(にお)いを放ち、無秩序に絡みついている。

 

 時にそれを引っぺがすも、あとには不均等な(まだら)が残り、醜悪なそれはゴミなのかクズなのか、わからぬままいつまでも曖昧にまとわりついていて。

 

「護りたければ、戦え。命を賭して命を護れ。それが生きるということである」

 

 純粋であった頃が懐かしく。

 

 とうに失くしてしまったモノが、自分の後ろで輝いているのが許せなくて。

 

「それが、死に抗うということである」

 

 ――甘美なる終わりを、夢想する。

 

「……はい」

 

 ならばこそ(それがし)は前進する。

 

 

 

 秩序ある、美しき死に向かって漸進(ぜんしん)する。

 

 

 

 人生の終わりという、闇へ向かって邁進(まいしん)する。

 

 

 

 それをもう怖れない。怖れるに自分は、歳をとりすぎた。

 

 

 

 光はもう、後ろにしかないのだから。

 

 

 









 う~ん、このオヤジ。


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