<ラナ視点>
騒然となる港町の倉庫街。
「避難だ避難! とにかくここら一帯から女子供を避難させるんだ!!」
そこで私達はひっそりと物陰に隠れ、真っ黒に日焼けした肌の男衆達が大声で叫び、怒鳴り、やりとりをする様子を、息を殺しながらこっそりと窺っている。
「女子供以外!? そんなのは好きにしろ! だが誇りがあるなら避難誘導か消火準備か! どちらかを手伝え!!」
ぼっちには、人のいないところを探る技術が備わってくる。
この人生においては、私はずっと家にひきこもっていた。だけどもはや前世であることがほぼ確定したあの人生においては、その私だか
学校は、ひとりきりになれる場所が、少ないようで多い。屋上への階段、そのどん詰まりなんかは意外と陽キャとかキョロ充もやってくるから駄目で、図書室の端っこの方なんかは、周囲に人の気配はすれど、意外とひとりきりの世界には入れたりする。これは図書
まぁ、それはどうでもいいけれども、昔取った
「ラナ、どうするの?」
「くぅん……」
幸い、倉庫の中に入って何が起きているかを見に行こうとする人は「まだ」いないようで、いくつかある、どこかの入り口へと辿り着けるのであれば……私達が中に入るのも無理ではない……と思う。
けどそれも、公爵家の騎士団なり、消防のエキスパートなりがやってくるまでの話だ。猶予は、周囲の様子から見て三十分……いや十分もないのかもしれない。
「ツグミ、あなたは今何ができるの?」
「わぅ?」
でも。
「未来予知が可能なら、そもそもこんな状況になんて、なっていないんでしょ?」
『ラナンキュロア様……申し訳ありません、私、ジュベミューワ様を……ジュベ様を、壊してしまいました』
ツグミは謝った。誤ったことを謝った。
自分がしでかしてしまったことを悔いて、オモチャを壊してしまった飼い犬みたいにシュンとなっていた。
「ここは……“私が介入したことで新たに分岐した世界”です。
「よくわからないけれど、未読のシナリオはスキップできないみたいな話?」
「その
未来予知はできないと。まぁそれは想定通りだ、仕方無い。
「魔法は?」
「使えません。ナガオナオ様のアーティファクトを利用してさえ、ここにこうして現界しているだけで精一杯です。無防備な心……眠っている人の心の中に入って会話をするくらいなら可能ですが……ジュベミューワ様のように、既に無意識の本能レベルで私を拒絶してしまっている場合には、それも無理です」
「……ん」
なんだろう、なにか心に引っかかるものがある。
ツグミの今の言葉の中に、何かとても重要な情報があった……そんな気がしてならない。
だが出てこない。現状を解決に導くには、まだ何かが足りない。
「私や、レオへ新たなチートスキルを付与するとかは?」
「それが可能となるのは現状、
「死者でなければ、乗り込めないんだっけ」
「はい……」
こうなってくると、なかなかに厄介な仕様だ、それは。
「自分自身にチートスキルを付与することは?」
「
「ああ……なるほどね」
「……水爆? バイオテロ?」
「……なんでもない、レオは気にしないで」
「申し訳ありません……くぅん……」
怪訝な顔をするレオを余所目に、尻尾をくるんと丸め、足の間にしまいこんだ白いレトリバーの姿をちらと見てから考える。
つまりツグミは現状、何もすることができない?
そうすると、私とレオだけで現状をどうにかしなければならないわけだが……。
はっきり言おう。私はマイラの生死にはそこまでこだわっていない。
それよりはレオと共に生きること、そのことの方が圧倒的に重要だ。
ならばマイラを命懸けで救助することはできない。冷酷と言われようがこれは優先順位の問題だ。コンラディン叔父さんは戦時中、なんだかんだ言って王国と運命を共にしようとした。それは叔父さんに、王国に命懸けで守らなければならないものがあったからだ。つまり叔父さんは、自分の命よりも大事なモノが王国にあったのだ。
私が、自分の命よりも大事に思っているレオは、レオとの未来は、王国と紐付いてはいるわけではない。レオと共に生きられるのであれば、王国なんていつだって捨ててやる。実際、明日にはそうしようと思っていたところだ。
私はマイラも、捨てられる。これまでの半分がこの
私が今ここにいるのは、レオがマイラを好きで、ツグミの話を聞いてからも助けたいと願っていて、私も何もせずに見捨てられるほど冷酷に徹し切れなかったという、それだけの理由でしかない。
……とはいえ。
別に、私だって、マイラを救うこと、それ自体に
ただ問題は……ああもう……またしてももうっ……私の魔法の、
今、私の前に立ち塞がっているのは、「燃焼石の大爆発が今にでも起きかねない」という問題だ。
私の魔法には、たとえ原爆水爆の爆心地であろうが、それを防ぎきれるだけの能力がある……と思う……
問題は、大爆発というのが、起きたらもう、あっという間に周囲を破壊しつくすという種類の災禍だということだ。正直なところ、今すぐにでも私は
それをしていないのは、人の目があるのと、マイラの救出するかどうかについて私がまだ迷っているからだ。
この三年間で、
もう言ってしまおう。
私の魔法、
厳密に言えば、制限時間を無いモノとして扱える……というのが正確な表現かもしれない。
誤解を怖れずにいえば、ファイナルと銘打っていながらいつまでも終わらない某和製ファンタジーRPG、アレによく出てくる召喚魔法……召喚獣を呼び出して人智を超えた力を行使してもらうという
もちろん、召喚獣のようなモノが私の前に現れることはないのだが。
けど、行使者である私の感覚は、「別世界の
ところでその召喚獣……ならぬ異世界の
制御不能になるまでの時間はおよそ十分から三十分。そこは私のコンディションであったり、周辺の環境に左右されて決まる。
例えばレオがヒュドラを討伐した後に、コンラディン叔父さんを止める目的で発動した時のアレは、解除した時点で制御不能となるまでの残り時間が、割ともう限界間近(おそらく三分を切っていた)だった。
叔父さんに、「制限時間があるんじゃないの?」と問われ、初めてそのことに気付いた私は慌てた。不注意で、自分がレオをも殺してしまいかねない状況だったことに愕然となった。コンラディン叔父さんと、自分との間に、戦う人間としての資質に大きな差があることを実感してしまった。一時的に、難事を切り抜ける自信をも失ってしまった。
空間支配系魔法、
だけど私の魔法、
どういうことか。
これは……運用の問題だ。
なろう系のような「記憶を持ったまま次の人生に転生する」ことが実際に起きるとして……いや起きたけれども、私はその体現者なのだろうけれども……もし、それが永遠に続くのだとしたら? それは、「無限」とも言えるのではないだろうか?
つまりはウロボロスの輪だ。限りあるナニカでも……その、終わりと始まりを繋げることさえできれば、それは「無限」とも言える何かとなる……そういうことだ。
そもそも、
具体的に何を「統べて」いるのかといえば、
ここでひとつの仮説が生まれる。
仮にそれを、
私は空間に、「何の通行」を許可するか、しないかを選べる。
ならば。
それは
その新なる姿がエーテルかアストラルライトかダークマターかは知らないが、
つまり、だ。
どうなるか。
それはもう、外から
私はその
そしてこれはもう仮説ではない。既に実験を済ませ、実証済みとなっている運用方法だ。
ただ実際は、しかし私自身の体力、気力の問題がある。根性論的なそれの限界がある。人は水が飲めなければ数日で死んでしまうといわれているし、ずっと眠らずに起きていられるわけもない。
「レオ」
「……なに?」
だからこの状況において、燃焼石の大爆発が起こるのであれば、すぐに
よりベターな回答を求めるなら、
自分とレオの身を最優先で考えるなら……それはそういう答えとなる。
だが真にベストな解答は違う。
真にベストな答えは、「コンラディン叔父さん、マイラ、ユーフォミーとその父ナッシュさんを助ける」「燃焼石が暴走しているなら、それも
でも……そんなことができるの?
「私は昔……壊したかったの……世界を」
「今更何? ラナがそういう人間だってことは、知っているよ?」
「……くぅん」
「でも今は違う……この世界にはレオがいる……レオがいるから、この世界には価値がある……レオのいない世界なんか、やっぱり壊れてしまえばいいと思っている」
「僕も、ラナのいるこの世界を、壊したくなんかないよ」
「ラナンキュロア様……レオ様……」
私達は、お互いの存在があるからこそ世界を愛することができる。許すことができる。実験し、実証して、私達は、「私達なら」世界を、本当に滅ぼせると理解したけれども……それを「実行」することはなかった。私にはレオがいたから、レオには私がいたから、しなかった。
「ラナ、僕はラナの方針に従うよ。どんな判断だって、僕は今後一切、それへ何をどうとも言わない。マイラだって判ってくれる」
「レオ様!?」
「ん……いやちょっと待って、その、レオの知っているマイラって、半分このツグミのイメージでしょ? オリジナルのマイラはただの犬なんでしょ? そんなこと、判らないんじゃ……」
「それも……そうだけど……でも、ユーフォミーさんの窮地を知って、即座に助けに行ったってことは、オリジナルのマイラもかなり頭がいいってことなんじゃ? 仲間のピンチを放っておけないっていうのも、僕のイメージ通りなんだけど」
「わぅ……」
「……あれ?」
何かがおかしい。
何かが引っ掛かる。
「あ……」
「ラナ?」
「そもそも、なんでマイラはユーフォミー達を助けようとしているの?」
「え?」
「なに? アイツってユーフォミー達を“群れの仲間”認定でもしていたの? なんとなく、そういうことかなぁって感じでここまで来ちゃったけど、よくよく考えたらそこからおかしい……ということは……」
けど、その引っ掛かりから、私の心に湧き上がって来た「疑問」は、そこからかなり飛躍したものだった。
「ねぇ……今のマイラって……オリジナルのマイラ?」
「……え?」
「わぅん……」
ところで。
ところでとろろにところてん。
ドラえもんという漫画を知っているだろうか知っているよね国民的漫画だし。
さすがに、これは出典を明示した上での引用扱いになるだろうから、伏せ字なしで行くよ?
ドラえもんの、てんとう虫コミックスでは5巻に収録されたエピソードに、「ドラえもんだらけ」というモノがある。
簡単に言うと、ドラえもんが、のび太くんに騙され、一晩で彼の数日分の宿題をこなさなければならなくなり、この解決には人手ということでタイムマシンを使い、二時間後の自分(ドラえもん)、四時間後の自分(これもドラえもん)、六時間後の自分(当然ドラえもん)、八時間後の自分(全部ドラえもん)を連れてきて解決するという話だ。
ドラえもん同士のドタバタが大変楽しい傑作エピソードではあるが、これには、ひねた子供なら絶対にツッコミを入れたくなる部分が、ふたつ存在している。
ひとつは、どうして二時間後、八時間なんていわずに、もっと先の、余裕がある時間の自分を連れてこなかったのか、ということ。このエピソード、八時間後のドラえもんは寝不足によって、昔の単行本では「ついにくるった。」と表現されるほどにおかしくなっている(後に、何版からかは知らないが、「ついにおこった。」に変更されている)。まぁ、それも見所のひとつなのだけど、冷静に考えたらやはりおかしいのだ。
そしてもうひとつは、どうして、八時間後どころか二時間後には完成していた宿題を丸写ししなかったのか?……ということ。書くのに手間がかかるから、ということなら判らないでもないのだが、有名なひとコマ、有名なセリフ「やめろよ。じぶんどうしのあらそいは、みにくいものだ。」のすぐ下に、明らかに問題を解きながら宿題をこなしているドラえもん達のひとコマがあるのだ。どうしてロボットが小学生の宿題で悩んでいるのかというツッコミポイントもないではないのだけど、まぁ事実そういうひとコマがあるのだから仕方無い。
いや別に、ドラえもんの傑作エピソードの
この「ドラえもんだらけ」が傑作であることは間違いないわけで、ドラえもんそのものが不朽の名作であることにも、あまり異論を挟む人はいないのではないかと思います。そんなところにこだわりだしたらエンタメを楽しめなくなると思いますし、そもそもドラえもん自体が、大長編ドラえもんの第一作目、のび太の恐竜において語られた
それはともかく。
「今のマイラは誰?」
「……やはり、気付いてしまいますか」
「さっき、こう言ったよね?」
『マイラは犬の身でコンラディン様へ助力嘆願をし、叶えられればコンラディン様と一緒に、叶えられなければ単身でユーフォミー様、ナッシュ様の救助へ向かう予定です』
「犬の身で、か。なるほど、確かに犬の身で、だね。この表現は、ツグミ、あなた自身も犬であるのだから、微妙におかしい。自分が人間なら、犬の身で、は、犬だてらに、とか、犬なのに、という意味になってくると思う。でもツグミ、犬のあなたとしては、こう言いたかったんじゃないの? 犬の身で……
「……どういうことなの? ラナ」
ツグミだらけ、疑問点、壱。
どうして今ここにいるツグミは何も知らないまま、無垢の状態のままなの? 時を行き来する技術があるのに、なぜそれを活用しないの?
しかしそれは当然だ、人間、誰しも初めてということはある。よくわからないが、SF的な……というか魔法的な制限もあるのだろう、そちらは私に理解できることとも思えない。でも、どちらにせよ、「初見だった」「一周目の」ツグミは、どこかにはいたわけで、それがこのツグミであるというだけの話だ。時を行き来する技術を、なぜ活用しないのか、ではなく、「このツグミは」まだ活用していないのだ。
問題は、その先にある。
「今のマイラも、ツグミなんだよ」
「……え?」
「こう言い換えようか、今のマイラは、二周目のツグミなんだよ」
「……は?」
ツグミだらけ、疑問点、弐。
「あなたと二周目のツグミ、それなりに会話してるよね? コンラディン叔父さんへ助力嘆願をして、叶えられれば叔父さんと一緒に、叶えられなければ単身でユーフォミー、ナッシュさんの救助へ向かう予定……だってことを、あなたに、話したんでしょう?」
どうして二周目のツグミは、一周目のツグミに「正解」を教えない? 自分のこれからの予定を伝える時間があったのに、というか時間が足りないのであれば、足りる場所へと戻ってくればいいだけなのに。これはSF的、魔法的制限とは無関係に存在する疑問だ。既に可能不可能が分けられた枠の中で、矛盾しているのだから。
「わかりません……本当にわからないんですっ……
それは……。
「一周目で、コンラディン叔父さん、ユーフォミー、ナッシュさんを、どうしても助けなければいけないなんらかの事情を知った、から?」
でもそれは……なに?
口ぶりからして、一周目においてツグミは、叔父さん、ユーフォミー、ナッシュさんの生存をさほど重要視していなかったのだと思う。ツグミの目的は、ラナンキュロアの人生を悲劇から救うこと。
それに、私にだってわかる。ツグミは確かにお兄ちゃんの盲導犬、だったのだろう。ツグミの話の向こうに見えてくるお兄ちゃんは確かにお兄ちゃんだ。ツグミが、そのお兄ちゃんを心底愛していることも。
ツグミにしてみれば、お兄ちゃんに与えられた使命こそが重要なのであって、それ以外は何段階も下がる位置にあることなのだろう。誰かを愛するということは、そういう側面も持つ。私だって、レオとレオ以外の全ての命を秤に載せれば、圧倒的にレオの命の方へと目盛りが傾いてしまう。「レオ以外の全ての命」に、自分自身の命が含まれていたとしても。
「その事情を、私に伝えない理由がわからないのです……」
想像してみる。
コンラディン叔父さんが死んだ、ユーフォミーが死んだ、ナッシュさんが死んだ……そうなった時、自分はどう思うか?
それは悲しい……悲しいと思える……けれど……それが、私にとって「悲劇」であるのかと問われると……違う。私のとってこの世界で「悲劇」に値することとは……「レオが死ぬこと」……だ……。それは自分が死ぬことよりも許し難い、受け入れ難いことだ。
一周目のツグミと、二周目のツグミの大きな違いは、マイラの
ツグミとマイラとの間には契約があるらしい、それに
マイラの身を危険に晒すという行為をとっている以上、「この事態」には、ラナンキュロアの悲劇に繋がる何かがあるのだ。
「一周目のツグミは、マイラの命を優先して動いた……その結果、レオが死んだ?……」
「は?」
どんどんと思考、推測、推論が飛躍していく。その断片だけを聞いたレオが怪訝な顔になっている。
『私がここで状況に介入したのは、この時間軸における“マイラの死”を回避するためでした』
「ねぇ一周目のツグミ、あなたは、マイラの死を回避するために現れたんだって、そう言ったよね?」
「はい」
「ということは、マイラが死ぬ世界を見たんだよね? それをゼロ周目の世界として、ゼロ周目の世界ではマイラ、私、レオ、叔父さん、ユーフォミー、ナッシュさんはどうなったの?」
語る。
ツグミが、そのすべてを。
「マイラはラナンキュロア様、レオ様が南の大陸へ逃れようとした船の、その船上でジュベミューワ様に殺されました」
「ジュベミューワ様は、その現場を目撃してしまったレオ様に殺害されます」
「レオ様はそのすぐ後にノアステリア様と戦闘になりますが、灼熱のフリード様によって船に火が放たれたことから、決着は有耶無耶となります」
「灼熱のフリード様、ノアステリア様は自分達が乗ってきた船に避難しますが、その船はレオ様がバラバラに切断してしまいます」
「ラナンキュロア様、レオ様、灼熱のフリード様、ノアステリア様は海に投げ出されますが、その時点で灼熱のフリード様はレオ様に斬られていて虫の息となっていました」
「死を悟った灼熱のフリード様が、ご自身とノアステリア様の身体に埋め込んだ燃焼石を活性化させ、海水温は一気に上昇します。灼熱のフリード様はここで亡くなられますが、ノアステリア様はある理由から、ここでは生存とも、死亡したとも言い難い状態となります」
「ラナンキュロア様は
「ストップ。色々聞きたい点が増えちゃったけど、それは後回し。叔父さん、ユーフォミー、ナッシュさんについてだけ、結論から言って」
「ユーフォミー様、ナッシュ様は、マイラが死んだ時点で既に殺害されています。そのことは……コンラディン様の心に、あるエピスデブリを残しました」
「ん?」
「結論から言うと、ゼロ周目の世界においてラナンキュロア様を殺すのは……コンラディン様です」