人体のワープ。
それは特にどうということもなく、無事に機能した。
「にゃっ!? にゃっにゃっ!? にゃあああぁぁぁぁ!?」
回収した猫人族の、キジトラな子は、五体満足で元気そうだった。
「どゆっことっすか!? ここは地獄にゃんすか!?」
……滅茶苦茶、パニックな状態のことを除けば。
メンタルに結構なダメージが入っている気もするが、それは状況ゆえのもので、脳味噌の一部を置いてきてしまっただとか、そういう器質的な問題ではないことを祈りたい。……
「あたしゃ死んじまったんですか!?」
「とりあえず生きてはいるよ? ええと……名前……」
「ひぃぃぃ!? 上半身にどえりゃー穴が開いてるんに、普通に喋ってるぅぅぅ!?」
まぁ、なんらかの問題が発生していても、どうにもできない。経過観察は後回しだ。
「とりあえずその斧、/置かない?」
「どどど! どうしてあたしゃの身体ぁ、動かないんっす!? あたしの身体もどどどどっかに穴あいてるっすか!?」
当たり前だ、パニックになっている(であろう)要救助者を、安易に自分らへ近づかせるのは、お互いのためにならない。
人命救助の世界には、溺れ、パニックになっている人を救助する時には、まずその人を気絶させてからにしろってマニュアルがあるくらいだ。安易に近付くとしがみつかれ、自分も溺れてしまうからなのだとか。それはもう、大人が子供を救助する場合であっても、そうなる危険性があるくらいなのだとか。
「ひぃ! ひぃぃぃ! ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」
実際、キジトラも、その右手の斧を振り回したがっているようだった。右手の手首から先は、比較的大きな空間に切り取られているから、手がそれなりにもにょもにょと動いている。
こんな狭い空間で、斧なんか振り回されたら危ないところだった。
「……うるさいから、一旦、気絶してもらう?」
「
それくらい、パニックになっている人間というのは怖い。……まぁそれをするとその人がそのまま死んでしまう場合もあるから、本当に緊急の時以外は、まず浮き輪になるようなものを投げて待つというのがセオリーのようだが。
「ひぇぇぇ! ひょえええぇぇぇ!! うにゃあああぁぁぁ!!」
「……音、/遮断しておくか」
私はまた、別の人のそれが混じるようになってしまった声を操りながら、キジトラが……その前に名前くらいは聞いておいた方がいいか? と一瞬思ったが、まぁいいやと……猫人族が今存在してる空間の「音」を遮断する。
「……! ……!! ……!?」
「さすがラナの魔法、便利機能満載だ」
「魔法、見せちゃったけど……この記憶、消せるのかなぁ」
他人の記憶は、私が物理的にイメージできないから、多分相対的にも操れないと思う。私自身の記憶、というか魂の一部を操作することができるのは、私がその状況、状態をイメージできるからだ。やれるのは……おそらく記憶の全消去だけで、それでは相手がアッパラパーになる未来しか想像できない。……必要なら、それもするけど。
「……ってあれ? 声にこの子の声が混じらなくなった」
「ホントだ、対象が囚われている空間の音を遮断しておけば、その声がラナの声に混じらなくなるのかな?」
「今更そんな小技を見つけられても、な……実用性が無いとは言わないけど」
私は……無音のまま、閉じ込められた空間でめっちゃもにょもにょしてる猫を放置して、
レオの胸で、その身体を維持し続けている細かな小空間。頭上で、地に刺さったままの船を止めているある種の天井、ある種の外壁、そのように機能している空間。そして猫を閉じ込めた空間、それらを維持したまま、シームレスに
滞りなく、更新は完了される。
「レオ?」
「問題ないよ」
「それじゃあ、次は……」
人体のワープは、思いのほか上手く機能した。
某有名なネット小説に出てきた、ターニングポイントとなる過去へ飛んできた老人のようには、その内臓を置き去りにしてきてしまった、などということはなく、同じく某有名なSFゲームのようには、その肉体がゲル状になっているなんてこともなかった。
……そういう可能性まで考え、ずっと実験ができないでいたのだ。けど猫人族の子は普通にそのままの状態で、この地下シェルターに飛ばされてきた。自分の中の
まぁ、精神状態はかなりの錯乱状態かもしれないが……そこまでは面倒見きれない。
私の救命行為に、価値なんてない。私のような人間に救われても、多分誰も喜ばない。そこの猫人族だって、理性を取り戻せば、私のような人間に命を救われるという屈辱へ、苛立ちを覚えるのかもしれない。そんなものだ、人間なんてモノは。それへどうこういえる正義を、私は持っていない。悪人でも救おうとする弁護士のように、犯罪者でも懸命に治療する医師のように、ただ救う。それしかない。
この手に人を救う手段があるなら、とにかくはまず救うしかない。
要救助者はあと5人もいる。
と……私は意気込んだのだが。
「ツグミ、そっちの状況は?……ツグミ?」
状況を確認するための声に、なんの応えも返ってこなかったことに、違和感を覚える。
外の
「ラナ?」
「ツグミから応答が無い。待って、今モニターを作り直して、映像を出す」
最初のものよりは小さい(32vくらいだろうか)、モニターを作り直し、それへまた囚われのキジトラが反応し、空間内でもにょもにょ動くのを感じながら、送られてきた映像を見ると……。
「……へ?」「……え?」
空の色が、また変わっている。
白い。
真っ白い。
「ど、ど、ど、どういうこと?」
「これは……」
外の世界は、夜だったはずだ。空の色はもう真っ黒だったはずだ。
それが、白い。
空色……青でさえない。
雲に覆われている……というのでもない。なんというか……空そのものが馬鹿でかいシーリングライトにでもなったかような……その白いカバーの向こうに大量のLEDが並んでいるかのような、それは、そのような、そうとでもいうしかない、奇妙な光り方をしている。
まるで世界そのものが、弱々しい蛍光灯に照らされた地下室にでもなったかのようだ。
どういう光の散乱をしているのか、遠くに見える海でさえも、だいぶ濃度の薄いミントアイスのような色になっている。
「これも、世界改変魔法?」
昼間のように明るい、だけど六畳用のシーリングライトを、二十畳の部屋で使ったような弱々しい光の中で、私達の頭上の土に刺さった船は、相変わらず微動だにしていない。まるで墓標のように動かない。
「ツグミは、どこへいったの?」
「ユーフォミーさん……の身体を奪った、あの女もね」
「……! ……!? ……!!」
気配を感じようと感覚を澄ませれば、感じられるのは、まだまだパニック継続中の、猫人族の動きだけだ。
「問題は、これがどちらの使った世界改変魔法なのか……かな……」
「そうだね、ツグミ……が使った魔法なら、いいけど」
そうでないなら、何をどう改変した結果がこれなのか、私達が今警戒すべきものはなんなのか、わからなすぎてリアルに気持ち悪くなるほどだ。
「白、白、ね。それはマイラの色だから、マイラがツグミ……さんだったといなら、ツグミさん……の方の、魔法っぽいけど」
「ジュベミューワの魔法は、人の魔法のコピー。そこでは判断できないかな」
「そう、だね、楽観は……できない」
──caution!!──
ん?
なんだ今の?
「で、どうするの?」
「え、あ……ええと……」
まぁ、いいか。
今は……今やるべきことは、ええと。
なんだっけ。
あ、そっか。
「まずはそこの子を、殺さないと、かな?」
「……!? ……!!」
「……え?」
「……ん?」
──caution!!──
「……何を言っているの、ラナ?」
「え、だってこの子、あと少ししたらあの斧で私を殺すから」
あれ、私、何を言っているんだろう?
何かがおかしい、何かが狂ってる気がする。
「……ラナの魔法で身動きが取れないあの子に、何ができるっていうの?」
でも……。
「……!? ……! ……!?」
でもだって、そんなの……。
あれ? なんだっけ?
──caution!!──
──caution!!──
──caution!!──
「ふぎゃっ!?」「あ」
「ラナ!?」
地下シェルターに、無理矢理解除されたキジトラの子の身体が、バラバラになって崩れ落ちる。
子供みたいに小さな身体が、それよりももっと小さく分割されて、涙を浮かべていた顔の一部が、吹き出す血の色に染まり、落ちていく。
狭い空間全体が、今や地上から通過し降り注いている白い光に照らされ、真っ赤に染まっている。
水死体のような白さが世界を照らしている。
「っ……まぶしっ……」
その光が、なぜだか激しく明滅する。
「ラナ!?」
「え?」
薄暗い空間にいる。
地下シェルターは、
レオの胸には……穴が開いたままだ。
その穴が、私を呼んでいるような気がする。
おいでおいでと、奈落の底から。
呼んで……。
いる?
「あ、あれ? どういうこと?」
「……!! ……! ……!」
猫人族は……生きている。
バラバラになんかなっていない。
──caution!!──
また光が、鳴り響く雷鳴のように、明滅する。
「レオ、私を殺して」
「え?」
「私は人殺しだから、最後には誰かに殺されて終わりたいから」
「な、何を言っているの? ラナ」
「正しい、因果を繋げようって話」
──caution!!──
──caution!!──
──caution!!──
「……まさか、これは、精神攻撃!?」
「何を言っているの? 正しいことをしようって話なのに」
そうだった。
ああそうだったそうだった。
私は、生きていること自体が間違いなんだ。
何を勘違いしていたのだろう。私はもう一秒でさえ、生きているべきじゃない。
「ラナ!! 気をしっかり持って!! これは攻撃だ! ラナを害そうとするなにかしらの力なんだ!」
ナイフ……ナイフはどこ?
肌に押し当てると、あの冷たさが心地いい、白く
「気付いて! ラナ!」
ああそうだ。私はレオが、いつか私を殺してくれると思っていた。
たから……愛したのではないの?
ナイフよりも鋭くて、冷たいレオが、私には必要だった。
なんて汚い、愛なのだろうか。
「ラナ! ラナ! ダメだ! 罅割れ空間が揺らいで……ゅロア様!……ぁぇえ!?」
『ラナっ……/――ンっ! キュロア様!」
あれ? なんでレオが、私の名前を様付けで……。
「つ、ツグミなのか!? 僕の声を!?――……――ラナンキュロア様! それは世界改変魔法! タイプデイドリームです!! レオ様申し訳ありません! レオ様の声は! 現状ラナンキュロア様の補助なしにはまともに発せられない状態!! それを
「え? でも」
私は人殺しで、心が
それは正しくないことだから。
「正しさなんてわけのわからないモノに! 惑わされないでください!! 念のため!
そうだ。
どうして私のような人間が、レオを愛していいと思っていたのだろうか?
どうして私のような人間が、人に愛されてもいいと思っていたのだろうか?
なんだその最悪。なんなんだその害悪。
キモチワルイ。
「ははっ……ねぇ、ツグミ。私は、ここで死ぬことが正しいんじゃないかな?」
「違います!」
「運命がね、教えてくれるの。私はこれ以上生きていちゃいけないって。多分本来の私は、私の本当は、この辺りで死ぬ。そのはずだったの。それを生き続けているというのは、間違ったことなの。……それに、私にレオを愛する資格がないのなら、やっぱり私に生きている意味はないから」
「そんなことはありません!」
ああ。
心がザワザワする。
「ラナンキュロア様! 聞いてください! この系統の攻撃は! 確かに
殺してきたモノの重みとか。
流してきた血の重みとか。
「こんなつまらない攻撃に! 殺されてもいいんですか!?」
その
それでも生きるため見つけてきた沢山の欺瞞とか。
「ラナンキュロア様! 根本を間違えてます! ラナンキュロア様が今
私はたぶん、レオを愛していたんじゃない。
私のような人間でも、人を、レオを、愛せるんだという欺瞞を、愛していたんだ。
「違います! 違います違います!! 愛は最初から幻想! イツワリ! それでいいんです! それがいいんです! それは人が人らしくあるため! 人として幸せになるため! 生み出した仮説なのです! 仮説でいいんです! 最初はそれでいいんです! 誰かを愛し! 今はどこにもない幸せな未来を夢見ること! それに意味はありませんか!? 価値はゼロですか!? 何十年と共に過ごしてきた恋人達であれ! 夫婦であれ! 未来を夢見たから! 過去に未来を夢見たからそこへ辿り着けたのです! ならばそれは! ゼロであっても!
ツグミ……まぁレオの声だけど……ツグミが言っている内容は、やはりツグミらしいそれだ。Aの隣がBの世界で生きてきた脳筋の、論理的には正しい言葉、その連なり……ああ、だからもう、ほんともう、正しくて正しくて正しすぎる頭の悪いツグミは、何を言っているのだろうか?
言葉は空しい。どんなに綺麗でも、どんなに切実な想いが籠められていても、受け取る方にしてみれば、内容そのものよりも、誰がそれを言ったかの方がずっともっと重要だ。
ツグミは、色々な意味で別の世界の人間……存在だ。
お兄ちゃんと添い遂げ、幸せに生き、死んだ。
その生涯には意味があった。ツグミには価値があった。
「もうっ! どうしてそうなるんですか! 三年間! レオ様と何をやっていたんですか! 私の観測の及ばないところで!!――……――うるさいな、人の声でぺちゃくちゃと、勝手なことを――……――れ、レオ様!?――……――」
だからその綺麗な唇から零れる言葉は全部、私には関係の無いことなのだ。
醜いわたしの世界に、うつくしいものは全部、幻。
遠くに見える
「ツグミ、少し黙って!――……――」
「レオ様!? 何を!?――……――」
「届いてない! 届いてないんだ!! ラナに通じる言葉はそれじゃない!!――……――」
だからもう、うつくしさは、敵だ。
「で、ですがっ、くっ!? こ、これは!? い、今のラナ様を狂わせているのは! ラナ様自身のエピスデブリですらありません! お、押し付けられました! これはおそらくジュベミューワ様のエピスデブリ! それがラナンキュロア様の中で活性化しています! こ、こんな技術! 世界改変魔法には! タイプデイドリームにはなかったはずなのに!?――……――」
「……なるほど、それもコピーしてきたか。移動機能を、コピーしたのか――……――れ、レオ様?――……――」
「いいの! もういいのぜんぶ! ほんとうに……どうしてわたしなんかが生きていていいんだと思っていたんだろう。生きる意味もないのに、わたしのしあわせなんかこの世のどこにもないのに」
「ラナ! 見て! 僕を見て!」
「……レオ?」
「僕は今! ラナが死ぬと死んでしまう! それがわかる!? 見える!?」
「え?……あ?」
──warning!!──
──warning!!──
──warning!!──
また光が、破滅的なまでに明滅して、網膜を焼く。
「ぐぶっ……」
レオの口から、赤いものが飛び散る。
「え?」
「ラ、ナ、逃げ、て……」
その胸からも、噴水のような血が、噴き出して……。
「いやあああぁぁぁ!?」
──warning!!──
──warning!!──
──warning!!──
光が、
「いやぁぁぁ! 死なないで! レオ死なないでぇぇぇ!!」
「ツグミ! これは!?――……――」
「おそらく! ラナ様は
「どういうこと!?――……――」
「
「だから! どういうこと!?――……――」
「
「意味は全然わからないけど! 時間経過はこちらに有利ってこと!?――……――」
「はい!――……――なら、今は耐えることに意味があるってこと、か」
「私が死ぬべきだった! ここで死ぬべきは私だったの!!」
「ラナ! その死は、僕以外の誰かに殺されるってことだけど、いいの?」
「……え?」
「僕に殺されたいとは、思わないの?――……――レオ様!?」
レオを見る。まだ生きている。死んでいない。
でももう死ぬ、もうすぐ死んでしまう、もうどうしたって助けられないっ!!
「やめてください! レオ様! ラナンキュロア様をこれ以上追い詰めな――……――っつぅ……だ、黙ってろって、ツグミ。お願いだから、今だけは僕を信じて、黙って!――……――わ、わぅん!?――……――」
「本当は助けたかった、助けたかったのに!!」
「わかってる! わかっている!! 僕達に誰かを幸せに出来る力なんてない! 僕達に与えられた力は破壊的で! 破滅的だ!」
「世界は敵なの!!」
「知ってる!」
「だから私も世界の敵なの!!」
「僕もそうだ! だから僕達は手を取り合った! 繋がり、結ばれた! 僕はラナを奪い! ラナは僕を奪った! ラナを奪っていいのは! 僕だけだ! だからラナの命を奪っていいのも僕だけだ!! 死ぬなら僕に殺されろ! 僕はラナに! 自死すらも許さない!!」
「れ、レオ!?」
動けないままのレオから、けれど殺気を伴う冷気が放たれている。
それはだけど、ここ一、二年で慣れ親しんだ激しさでもあって……。
「道徳なんてものを説くな! 何なら今! ラナがどれほど
……って、ちょっと!?
「なにが血を吸われるのはゾクゾクする、だ!」
「ひえっ!?」
ちょっとちょっとちょっと!?
「なにが、でも痛いのは嫌、だ! 痛くないまま血を流す方法? 知らないよ!?」
「わー! わー!! わー!?」
セキララ!
セキララ過ぎだから!?
「自分では簡単に外せない安眠マスク! 売れなかったね、じゃないから!? 売れるわけないでしょ!?」
セキララがセキを切ったらララになっちゃうから!!
そういえばラ●ラ●ランドもこっ恥っずかしい青春映画でしたね! いやあれは青春を懐かしむ系かな!?
「この
「ココロアタリは全くございませんがやめてぇぇぇ!?」
やめて! 突然踊りだしちゃう系の演出はやめてぇぇぇ!
フラッシュモブが日本人に厳しいって! それ古事記にも書いてあるから!! アマテラスさんも多分! 「ウズメちゃん……どうしてあんなに恥ずかしいことを……」って思いながら
「思い出して! 再確認して! 僕達は何!? 出発点は世界に嫌われたふたり! 最初から正しくなかったし誰に許されたモノでもない!! いいんだ! それでいいんだ! 僕が許す! 正しくないラナを許す! 僕がいたいのは! 正しい世界よりも間違っているラナの
「あ、ぁ、ああ……」
だけど、しっちゃかめっちゃかに掻き回されていた心が、少しづつ秩序を取り戻していくのを感じる。赤裸々で
それを吸い込むように、私はナニカを吸い、落ち着いていく。
「う、嘘ぉと言いたい気分です。エピスデブリの活性化が
おかしくなっていた心を、元からおかしい私自身の心が、塗り潰していくのを感じる。
それはけして好きとも愛しいともいえない、自分の色で匂いだったけれど、今となっては嫌いとも憎たらしいともいえないナニカだった。
「ラナはね、むしろ優しくされるのはイヤなんだよ。まぁ実際は、優しくされないという優しさが欲しいだけなんだけどね。どうしてコレはよくて、アレはダメなんだろうってことが多くて、色々複雑なんだ。けど、まぁそれについては、世界の誰よりも僕が詳しい、その自信が、僕にはあるよ――……――」
「なんていうか、ややこしいですね、人間は――……――」
「うん。ラナは特に、ね。それで……パターン解析は終わったの?――……――あっ――……――」
「……酷い目にあった」
心が、完全に自分の手に戻ってきたのを感じ、私は今度は普通の意味での深呼吸をして、息を整える。
ああ、私だ。
「大丈夫? ラナ」
ああ、ここにいるのは私だ。
誰でもない、レオが好きでレオに愛されている私だ。
「身体は大丈夫だけど、心というか、羞恥心というか、自尊心の方にダメージが……」
「恨みがましい目を向けない。恨むならこれまでの自分か、ジュベにしておいて」
その二択なら迷うことなく後者だけれども……。
「それは相手がここにいないからなぁ……ツグミ? 聞こえている?」
「――……――はい」
相変わらず、ツグミはレオの声帯……というか呼吸器系の一部を使って応答してくる。よくよく見ると、レオはなんだかとても嫌そうな顔をしていた。まぁ他人に自分を侵食されるというのは、私自身、それを見ているだけで嫌な記憶を掘り下げられ、また別の意味ではつい先程体験したばかりの体感を思い出す、嫌なモノだったが。
私は私の心が落ち着く、レオの嫌そうな顔を見ながら言葉を発する。
「え、と……レオも聞いていた気がするけど、ツグミ自身は今どういう状況なの?」
「ジュベミューワ様は、どうやらクラッキングを、自分の意志で行えるようになったようです」
「……うん?」
ツグミとの会話は、なんというか頭のいい子供とのそれみたいになるな。こちらの理解、理解力を考慮しないで、どんどん自分だけ先に行っちゃうみたいな。周囲の頭が、自分ほど良くないことに気付いていないからそうなる。
具体的に言うとお兄ちゃんを思い出す。それを言ったら、喜ぶんだろうけど。
「私達は、物理戦闘では均衡状態を崩せませんでした。それでジュベミューワ様は、状況を打破すべくクラッキングを試みてきたようなのです。私は、力の多くを
「つまりまた、何もできなくなっているってこと?」
犬の姿でいるくらいしかできない、みたいな?
「いいえ。ジュベミューワ様のクラッキングはある程度解析済みなので、今度は、いくつかのポートは空けたままにしてあります」
「ポート?」
「
なるほど、それはわかりやすい。お兄ちゃんにそうやって教わってきたのかな。
「完全に
「はい。今回はその手段を残しているので、何もできないということはありません。ただ、ナガオナオ様のローブは守りたいので、今はそれを着ての
「あのローブ、そんなに大事なんだ?」
まぁ……当たり前かもしれないけど。
「お兄ちゃんとの思い出があるから?」
「はい。私自身の思い入れは勿論、アレを完全に奪われてしまうと
「……」
なんだろう、また凄く重要なことを言われた気がするのだけど、それがなんなのか、何であるのか、よくわからない。
頭が良いのに脳筋って、意外と厄介なものなのかもしれない……と厄介Mは考察。
……一応言っておくと、自分では簡単に外せない安眠マスクは、ホントちゃんと安眠用に売り出したものだからね? 夢遊病的には外せないように、船乗りさん向けに開発したものだからね? 生活が不規則になる船乗りさんの中には、睡眠障害っぽい人も多くて、薄目を開けて寝る人も結構いるみたいだったからね。……ホントだよ?
「――……――それで、パターン解析ってのは? 難航中?」
レオが話を進めるため割り込んでくる。
「ジュベミューワは、オルタナティブな
「――……――はい。今度は五体満足……と言って良いのかはわかりませんが……生命の危機などは無い状態でそれを行っているので、数十秒ごとにそれぞれの位置を動かしています。どうも、あちらも未来が見えて……嗅げて、かもしれませんが……数秒先の未来が視えているようで、この空間へも、レオ様が警戒している限りは襲ってこないようですね」
「未来視、ね……あちらさんの目的はツグミを倒す……絶望を味あわせること?」
「はい。そのようです」
「そのために私を殺そうと……壊そうとしたのが今の精神攻撃、か」
今のは、それなりに効いた。レオがいない状況で同じことをされていたら、普通に舌でも噛んで死んでいたかもしれない。……怖っ。
「あ、そうか」
「……ラナンキュロア様?」
ふと、どうしてレオではなく私を狙ったのかという疑問が湧き、消える。
この場においては、レオを狂わせた方が諸々簡単だったはずだ。
けど、そうはしなかった。
それは、つまり……。
「そう……だよね、レオに今の攻撃は、通じない」
レオは強い。心も強い。私のエピスデブリを受け取っても、その性格はなんら変わらなかった。男性恐怖症が発症するなんてこともなく、私への接し方も、態度も、元のまま変化することがなかった。
それに、どれだけ助けられたことか。
自分は、そのようにはなれないってすぐに気付いたけど、それでもそういう強さがこの世にあるってことを知れたのは、生きる勇気をもらえたみたいで嬉しかった。
「そうですね、解析できたこれまでの動きを見るに、レオ様への警戒は、しているようです。ラナ様への精神攻撃も、頭上の船を基点に、遠方より発動させています」
「頭上の船……あれか」
再び……私の主観的には再び……モニター(32v版)を作り直し、そこへ映像を出すと、そこには今も物理法則を無視して直角に立つ船があった。
空は……今は黒い。暗い。世界改変魔法とやらは引っ込んだようだ。
「解析の結果、あちらよりこちらへ、何度か空間支配系魔法、“灼熱”の発動を試みたような痕跡が見つかっています」
「うへ」
この空間を「灼熱」にされたら大変だ。
ただ、「灼熱」に関してはコンラディン叔父さんから詳細を聞き、事前にその対策をちゃんとしてあった。ユーフォミーに、炎系魔法をいくつか見せてもらい、そのイメージを弾くよう調整がしてあった。
「それは、ええ
先程の戦闘でも、大砲みたいになった脚から大量の
「それでも、この
あっ、はい。
まぁ対策が功を奏したのか、元よりそのようなものは弾けるモノだったのか、それは判らないが、不安材料が減ったのはありがたい。
「それゆえの、精神攻撃だったのでしょう。……問題は」
「“灼熱”がダメ、精神攻撃も不発……とは言えなかったけど、致命傷を与えるには至らなかった、なら」
「はい。次に何をしてくるか、ですね」
「……はぁ」
精神攻撃は破った、「灼熱」は元より弾いている。
現在の状況は、しかしあまり良くはない。
完全にこちらが「受け」の状態だからだ。それも、向こうの手札が把握しきれない状態での「待ち」だからだ。
向こうは数百、下手をすれば千を超える人間の死体を吸収した巨人……の、その脚を持っている。
この世界において魔法使いは、数百人にひとりはいる程度のもの。
なら、確率的には数人、魔法使いが吸収されてしまっていても、全く不思議ではない。
ボユの港を治める公爵様の元には、数十人かの魔法使いが仕えていたはずだ。公爵様のお屋敷は高台にあってこの辺り、大小の倉庫が
防風林の一部は燃えていたように思うが、
だから公爵様に仕える、仕える資格を持つ強力な魔法使いが取り込まれてしまっている可能性は少ない。少ないが……けど、それもこれもあくまで「可能性」で、「かもしれない」だ。
向こうにどれだけの手札が残っているのか、私達にはわからない。
どう備えればいいかわからない状況での「待ち」「受け」は、緊張と不安ばかりが
対する私達は、まず私とレオがこの場から動けない。いや実際は動こうと思えば動けるが、それはこの緊張と不安の中ではやり難い、やるリスクを選べないモノだ。「相対的に動く」あの方法は、神経を集中しなければ使うことが出来ない。
戦略的に動くなら、こちらから攻めないと話にならないのに、こちらから動く手段が(実質的に)無い。
「ねぇツグミ」
「はい?」
動けるのは、「攻め」に出れるのは、現状ツグミだけだ。
「分身、出来るんだよね? なら散在してしまったジュベミューワの、その全てに分身を飛ばして攻撃するってのは?」
「それには、“要不要”の突破が不可欠になります」
「……さっき、答えてくれなかったから、もう一度
魔法は、魂より生ずるモノじゃなかったの?
「ユーフォミーの魂はどうなったの?」
まだあの中……ブルーグレーの足が生えて五色になった、あのユーフォミーの身体の中にいるの?
「それが……ユーフォミー様の魂は、もうこの世には無いように思われます」
「死んでしまったってこと?」
いや成仏かな?
「いえ……そもそもの、
よくわからないが、ユーフォミーはもうこの世にはいないらしい。
……寂しいという感情が、少しだけ心の底にあって、腹立たしい。
「であるからには、何かしらの、高次元的な干渉を受けたはずです。先程……ジュベミューワ様はラナ様へエピスデブリを押し付けるという攻撃を仕掛けてきました。どこからコピーしてきたわからない
「同じ、ような、ね」
世界改変魔法、タイプデイドリームの出所は、どう考えてもツグミだ。
あんな凶悪な魔法も、使おうと思えば使えるわけだ、ツグミは。
なら……「待ち」ができる最大の攻撃は、カウンターだから。
「もともとジュベミューワ様の魔法は、他者のエピスをクラッキングして使うという魔法でした。なら、他者の魂を弾き飛ばし、どこかへやってしまうというのも、できる……かもしれません。具体的な方法はわかりませんが……いえ、今はなぜジュベミューワ様が“要不要”を使えるか、でしたね。それは……」
「待って」
今できる「攻め」がひとつだけある。
「……ラナンキュロア様?――……――ラナ?」
悪魔のような考えだが、それは。
「ねぇ、こういうのはどうかな、十七歳の、男を知らなそうな女の子に、身体は二十歳だけど多分経験はない女の子に、物凄い悪質な拷姦……もとい、強姦の記憶を押し付けてみるってのは」
肉の座にも、朽ちる前であれば魂の痕跡が残っている。
それを読み解けば、その肉の座の持ち主が使っていた魔法も解析できるかもしれない。
……というのが「ツグミの考える」「ジュベミューワが“要不要”を使える理由」(実際は違う)でしたが、割とどうでもいいのでカットしました。ツグキャン。怠惰ですねぇ。