罅割れ世界のプライムパッセンジャー   作:ZenBlack

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epis09 : resurrected replayer

 

 罪は重なる。

 

 生きていれば、どうしたって罪は増えていく。

 

 豪奢(ごうしゃ)なる饗膳(きょうぜん)も、玲瓏(れいろう)たる美酒も、人の腹を通せば糞便(ふんべん)屎尿(しにょう)へと変わってしまうように。

 

 この世全ての財貨(ざいか)は、罪科(ざいか)へ。

 

 生きたいと、強く願えば願うほど。

 

 その罪は連なり、重なっていく。

 

 ならば。

 

 強く、雄々しく生きるということは、それだけ汚濁(おだく)(まみ)れてるということでもあり。

 

 その意味において。

 

 彼、レオポルドは誰よりも汚れた男だった。

 

 狂おしいほど強く、雄々しく生き。

 

 それに比例した分の(とが)を、この世へ排泄し続けた……極悪人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女はそれを、美しいと思った。

 

 

 

 白刃が弧を描き、舞う。

 

 それは無軌道で複雑な曲線。

 

 迷い無き突風のような直進とは違う、無駄の多い軌跡。

 

 

 

 であるというのに。

 

 

 

 夕暮れの(あか)を斬って飛ぶ蝙蝠(コウモリ)孤影(こえい)がごとく、複雑な曲線を描いたその斬撃(ざんげき)は、だが(ことごと)く人体の急所を通り、描線(びょうせん)の要所要所に()の噴出という結果を残していった。

 

「ぎゃっ!!」

 

 血が、血が、血が、流れる。

 

 斬れらた者は、首や腹から冗談のようにその赤き体液を噴射して。

 

 呆気なく膝を折り。

 

 ひとり、またひとりと倒れていく。

 

「てめぇ!?」

「クソガキが!!」

 

 始まりは七人(しちにん)

 

 それがたった一回の斬撃によって、あっという間に三人が減り、その場になお立っているのは残り四人となっていた。

 

「やってくれたな!」

「囲め!」

 

 そのどれもが、カタギではありえないような相貌と体格をしている。

 

 顔に傷がある者、指が何本か短く詰まっている者。

 

 うち一人は、どうしたわけか、顔の中心、本来、鼻梁(びりょう)が鎮座すべき場所に、眼帯でもかけているかのごとく、平べったい革の覆いが被さっている。

 

 鼻削ぎ刑。

 

 少女(ラナ)の知識においてそれは、奴隷売買、人身売買を行った者へと科せられる刑罰であった。

 

 過去に極悪人達は、年若い女性の手足の腱を斬り、逃げられなくしてから売り飛ばしたという。

 

 畜生にも劣る、ひとでなしの罪。

 

 だから人を売る者は、人らしい顔を失う。

 

 因果応報の罰、人面獣心(じんめんじゅうしん)はその(おもて)さえも獣へ。

 

 運悪く事故などで鼻を失った者へ風評被害等をもたらすため、後の世には消滅していく刑罰であるが、人権などという概念が発明されていないこの時代にあっては、その残虐も、副産物も、目には目を歯には歯をで、むしろ当然と捕らえられている。

 

 とはいえ、少女の目の前で短い槍を構えているその鼻のない男は、そうした相貌が自業自得と呼べる人生を歩んできた者であろう。冤罪(えんざい)の心配はなさそうである。目が、擁護できぬほど濁りきっていて、内面のドス黒さがそこへ表れていた。

 

 そのような者が混じっているというだけで、少女を襲った集団の、性質の悪さが窺える。

 

「妙な剣を使う、油断するな!」

「応っ!!」

 

 だがそれも少年の刃により、既に半数近くが血を流し、倒れた。

 

 少年がこの場に現れてから、まだ一分も経っていない。

 

 問答も問い掛けも無しに、少年の刃は(ひるがえ)った。

 

「……」

 

 そうして今、少女の前に無言で立つ少年は。

 

 どう見ても少女より、年下だった。

 

 どう見てもそれは、言ってしまえば浮浪児の類であった。

 

 ガリガリに痩せ、十三の小娘に過ぎぬ少女よりも、更に背が低い。

 

 見れば、三人の悪漢を屠った得物(えもの)は、薄いナタか何かのようだった。

 

 少女も市場(いちば)で、ああいった刃物が大型の果物を割るのを見たことがある。

 

 それは人を斬るには大雑把で、何箇所かに、それと見てわかる大小の刃こぼれまであった。

 

 そのような得物をけだるそうに構え、少年は四人の悪漢に囲まれている。

 

 悪漢に、少年の体躯を見、侮るといった様子は既にない。

 

 等間隔で少年(えもの)を取り囲み、ギラ付いた目で各々得物(えもの)の感触を確かめている。

 

「いいか、一斉にだ。一斉に襲い掛かって倒す。いいな!?」

「合図は俺が出す。動かなかった奴は……後でどうなるか、わかっているな?」

 

 少女の知識において。

 

 多対一(たたいいち)の戦闘は、圧倒的に「一」の方が不利だ。

 

 それは、どちらが強いとか、どちらの武装が優れてるとか、そのような差を簡単に覆すほどの定理。

 

 人の手は二本しかない。

 

 人は背に目など無い。

 

 それは人の身には抗えぬ、スペックの限界だ。

 

 多人数を相手取るなら、細い道に誘い込み、ひとりひとり倒すべし……そうした常道(じょうどう)を、少女も聞いたことがある。

 

 だがここに道はない。

 

 ただ見渡す限りの荒地だ。

 

 地面には土でなく、岩が凸凹(でこぼこ)と複雑に隆起している。

 

 草は岩の割れ目から所々生えているに過ぎず、大木などは周囲に一本たりとも育っていなかった。

 

 そも、見た目だけなら、少年は悪漢のひとりにすら勝てそうにない。

 

 まず体格が、上背が、横幅が違う。

 

 筋肉の量と、その厚みが違う。

 

 体重は、ひとりに対してさえ倍どころか三倍以上違うだろう。

 

 そして武器。

 

 戦闘用とは思えない少年のそれと比べ、悪漢共のそれは安っぽくはあれども重々しい。

 長く厚く、どれも何度かは人の血を吸った得物であろうと思われる。

 

 長剣、鼻のない男の短槍(たんそう)、トゲのついた金属製の棍棒(メイス)(アクス)

 

 どの武器も、少年の間合いの外から攻撃できる長さを持っている。

 

 それらは、見る者が見れば、ゴロツキ共の風貌からすれば、ありえないほどしっかりと造り込まれた、高級なものであると見て取れたはずだ。

 

 圧倒的不利。

 

 理性が告げる、常識が導き出す答えを、しかし少女はどこか遠く、自分とは関係ない世界の法則であるかのように感じていた。

 

(負ける気が……しない?……)

 

 それは、信じるでも、もはや信じたいでもない。

 

 確信。

 

 確定事項。

 

 少年は勝つ。

 

 少年は負けない。

 

 それをけして疑わない。

 

 疑えない。

 

 白刃の舞に魅せられ、そして知った。

 

 これは異端。

 

 十三年生きてきた中で、初めて目にした例外的なナニカ。

 

 世の(ことわり)(ことごと)く無視する、特例的なナニカ。

 

 そうであることを、少女はもはや自明の理として(さず)かっていた。

 

「いけぇ!!」

「おおっ!!」

 

 一斉に、男達が少年へと斬りかかる。

 

 なにかしらの……おそらくは恐怖という……絆がそうさせたのか。

 

 真っ当に生きてきたとは思えない悪漢どもの、しかしそれは足並み揃えた見事な連携攻撃であった。

 

 

 

「……は」

 

 

 

 だがそれを……「無意味」……と嘲笑うかのように。

 

 

 

 再び、白刃が弧を描く。

 

 

 

「ぐぎゃっ!?」

 

 

 

 それには明らかに無駄がある。

 

 

 

「げぅっ!?」

 

 

 

 それには明らかに意味のない動作が混じっている。

 

 

 

「ひぎゃっ!!」

 

 

 

 それは誰が見ても、剣技のあらゆるセオリーを無視したデタラメな曲線だった。

 

 

 

「びぎょぶっ!」

 

 

 

 だがそれは、一瞬で四人を斬った。

 

 

 

 間合いがどうとか、人の手は二本であるとか、体格がどうとか、武器の優劣がどうとか。

 

 

 

 そういうものを。

 

 

 

 普通ならば、当然のごとく帰結する、そうなるはずだった悲劇的結末を。

 

 

 

 けれどこの世界が当たり前に続いていくためには必要な、常識というモノを、自然の節理を。

 

 

 

 ()(はら)蹴散(けち)らし(はじ)()ばして。

 

 

 

 全て、まるごとぶった()る。

 

 

 

 それは世界の定理そのものを嘲笑うかのような、あまりにも無慈悲な一撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 それを、少女は美しいと思った。

 

 どうしようもなく、理不尽なまでに美しいと思った。

 

 悲しいほどに……美しいと……思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、君、名前は?」

 

 少年は問われ、答える。

 

 色褪せた金髪から、真紅の血を滴らせながらも答える。

 

「……レオ」

 

 それが始まりの記憶。

 

「そ、じゃ、来て」

 

 少年が始まった記憶。

 

「……え?」

 

 後に国をふたつ壊し、悪()、極悪()と呼ばれた少年が、その出発点として「人」となった、その瞬間の記憶。

 

「助けてもらった御礼もしなきゃいけないし、身体、血で汚れてるから、洗ってあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 気付けば世界は震えている。

 

 全ての景色が、血の紅に染まる未来を幻視して、怯えている。

 

 耳に雑音、背には怨嗟。

 

 

 

 冷気(れいき)励起(れいき)して。

 

 

 

 多情多恨(たじょうたこん)

 

 怨恨(えんこん)遺恨(いこん)創痕(そうこん)禍根(かこん)へ。

 

 混乱(こんらん)棍棒(こんぼう)昏倒(こんとう)混沌(こんとん)へ。

 

 

 

「……いらない。礼は、こいつらから、もらう」

 

 

 

 懇々(こんこん)情理(じょうり)を説いてさえ、それは不条理(ふじょうり)で。

 

 滾々(こんこん)勝利(しょうり)を重ねてさえ、それは不浄(ふじょう)にて。

 

 

 

「死体漁り?……レオは、こういうこと、慣れているの?」

 

 

 

 故無(ゆえな)く、()えなく。

 

 

 

「別に……」

 

 

 

 石棺(せっかん)のような、無常(むじょう)無情(むじょう)がやってくる。

 

 

 

「ね、信じて。あたしはレオ(あなた)を騙さない。そうされたと思ったら、いつでも私を殺してくれていいよ」

「……え?」

 

 

 

 だから、いまだ薄光(うすあかり)(ねや)で眠る運命は。

 

 

 

「だからお願い、私にちゃんと、お礼をさせて?」

「う、うん……」

 

 

 

 いずれ食い破ることとなる、世界の(はら)を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都、リグラエル。

 

 それは北の大陸の三大強国がひとつ、ユーマ王国の首都。

 

 東を大森林、西を大河、南を海、北を人跡未踏の大山脈に守られた世界有数の大都市。

 

 やや北寄りの高所へ築かれた王城は天高くそびえ、我こそは支配者であるといわんばかりに城下を眼下へ見下ろしている。築城より二百年の時が過ぎてもなお、城壁は堅牢に健在のままで、一度たりともその内へ敵軍、賊軍の進入を許したことがない。

 

 西部へ広がる王領の穀倉地帯、その土壌は豊かで、過去に何度も決壊し、そのたびに補強、増強されてきた堤防は、だが今ではもう、五十年以上も農村を大河の氾濫から守り続けている。

 

 国家最南端の公爵領、湾岸都市、ボユの港は常時殷賑(いんしん)な活況っぷりを見せ、行き来する船は言葉通り舳艫相銜(じくろあいふく)みて、活発に人と物とを動かしている。

 

 西からは同盟国との、港からは南の大陸との交易により、王都リグラエルには古来より絶え間なく富と財が流入してきた。そしてそれらは長い時の中で、王都に猥雑な風景を生み出している。

 

 歴史ある伝統的建造物、時代の流行を追った実験的な建築物、交易により流入してきた他文化の香り、エキゾチック。トラディショナルとトレンド、コンサバティブとプログレッシブ、モダン()クラシカル()、旧と成り果てたかつての新、旧に成りかけの新、アーバン、カントリー、官能、禁欲、カラフル、モノトーン、退廃、質実剛健、悪趣味、機能美、様式美……そうしたモノが、全て渾然一体(こんぜんいったい)となって、複雑な街並みを造っている。

 

 しかしそれは、その俗悪ともいえる混沌こそ、永く平和に発展しなければこうはならないという、証明のような街並みでもあった。

 

 王城周辺の中央区画には、そこかしこに伝統ある制服でその身を包む警備兵、警護兵が常駐していて、そこかしこにもやはり警邏兵(けいらへい)が巡回している。これによる街の治安の良さは、大陸一とも言われているほどであり、それがまた王国の威信を高めていた。

 

 また王都には都市機能として上下水道も完備されていた。暗渠(あんきょ)にはその完全密閉が法で義務付けられていて、そこからはいかな悪臭も立ち昇ってはこない。

 

 石畳は馬車の通る車道がブルーグレー、歩道が赤褐色で統一されている。それは職人の手によって限りなく平らへと整えられ、仮に破損したとしても即日修復がなされる。そういうシステムができている。警備、警邏兵の手によりゴミ等も瞬時に撤去、回収されるため、大風に曝される季節を除けば、猥雑な街並みの割にその印象は極めて清潔であった。

 

 そこを行き来する人々の身なりも華やかで美しく、宮廷用のそれよりかは多少身軽であっても、その一歩手前に行き着く程度には、誰もが入念な着飾りようをしていた。

 

 

 

 それが王都、リグラエル。

 

 街並みも人も、まるで尾羽(おばね)開展(かいてん)するクジャクのように煌びやかで誇らしげな繁栄都市。

 

 吟遊詩人が遠方にて、その壮麗さを夢のようと謳う飽食の都市。

 

 中央に近ければ近いほど、裕福な暮らしが約束される権力の中心地。

 

 そこでは財の多寡がそのまま人の価値へと直結してしまう。

 

 それが王都、リグラエル。

 

 

 

 だが。

 

 

 

 そんな栄光の都市にも、()()()()()暗部というモノは存在する。

 

 例えばそれは、犯罪者の処刑を見世物とする刑場であったり。

 

 例えばそれは、多少中央より離れた地区へ存在する、けれどお大尽方(だいじんがた)の屋敷連なる高級住宅地からもさほど遠くもない、不夜城(色街)であったりする。

 

 当然ながら、犯罪者のアジトも、ごろつきの巣窟も、そこらじゅうに数え切れぬほど存在している。

 

 光届かぬ地は、どれほど光が力強くあっても必ず存在するし、影はむしろ光が強ければ強いほど濃くなってしまうこともある。

 

 

 

 だから王都リグラエルにも、スラム街があった。

 

 

 

 それは北の岩斬り場周辺に広がる、貧困層の最終流刑地ともいうべき場。

 

 岩盤が複雑に隆起する地であったことが災いしたか、そのせいで小さな洞窟があちこちにあったことが災いしたのか。

 

 それとも、その周辺に駆り出される労働者が……難所で岩を斬り、石材となったそれをやはり難所で加工して運ぶという、危険で過酷な労務へと駆り出される者が……元は犯罪者であったり、最下層の貧民であることが多かったという事情が災いしたのか。

 

 ともあれ、北の岩斬り場周辺は、ユーマ王国の中では唯一と言っていいほど、治安が「極悪」の地帯となっている。王権も法の手も及ばぬ無法地帯でもある。

 

 どこから流れてきたかもわからぬ大人と、どこの誰が産んだかもわからぬ子供とがたむろし、漂い、彷徨(さまよ)い歩く、そこはまさに魔窟(まくつ)だ。

 

 廃材と襤褸切(ぼろき)れで家を造れる者はまだマシであって、多くは細く狭くカビ臭い洞窟の中であるとか、土に穴を掘っただけのねぐら、棒切れとゴミの屋根壁だけのテントで雨露をしのいでいる。

 

 住まう者達に希望はなく、ゆえに覇気もなく、死んだ魚の目でただ飢餓に突き動かされ、奪い、争い、盗み、失い、一日をただ生きるか死ぬかだけの二択で過ごす。

 

 

 

 それが王都リグラエルの、スラム街。

 

 

 

 ある理由から、王都住民からの嫌悪が溜まり、やがて爆発をして。

 

 幾度か、虐殺、鏖殺(おうさつ)と表現するしかない規模の粛清があっても。

 

 

 

 富める都市は貧困を排出する。それは必定で。

 

 粛清から時が経てばまた、何かを失敗した者、賭けに敗れた負け犬、私生児、捨て子、その他諸々で行き場を失くしてしまった者。そうした者達が自然とそこへ集まっていき、溜まっていき、泥沼に等しい掃き溜めは何度でも再生された。されてきた。

 

 

 

 そうしたことを何度か繰り返して。

 

 それはもう、どうしようもないことと、国と為政者(いせいしゃ)達が学んでから。

 

 粛清は、代替わりの際、新王が望めば行われる程度の頻度となっていた。

 

 歴史から学ばなかった王が、民の熱望に応え、一度だけ行って悔いる。

 

 それはあまりにも無意味な虐殺であった……と。

 

 現国王もまた、二十年前にその後悔を得た者であった。

 

 

 

 逆を言えば、王都リグラエルのスラム街は二十年間、平和であったとも言えなくもない。

 

 

 

 だから王都リグラエルとそのスラム街は。

 

 

 

「レオって、誰が付けてくれた名前なの?」

「……知らない」

 

 

 

 この時。

 

 運命が回り始めたこの時期、この時代にあっては。

 

 繁栄都市とその影、闇の掃き溜めとして、ある種の共存をしていたといってもいい。

 

 

 

「気付いたら、そう呼ばれてた……から」

 

 王都に住まう民は、ある理由からスラム街の住民を激しく憎悪していたが。

 

「ふーん。スラム街に家族とか、親しい人はいないんだ?」

 

 それはせいぜいが、薄汚れた野良犬を迷惑であると嫌忌する程度の感情でしかなく。視界に入れたくはなくて、見たくもなくて、知らないフリをしていたい、自分の知らないところでくたばっていってほしいと願う、そういうモノで。

 

「いない……僕はずっと……ひとりだ」

「……ん」

 

 

 

 だから。

 

 この時期のユーマ王国は、凪のような平和を貪る幸せの絶頂にあった。

 

 その裏に泣く者、負ける者、富に(あずか)れぬ者がいくらいようとも、おしなべて国としては平穏無事で、安寧の季節。

 

 だからこそ、レオポルドは極悪人と、歴史にその名を刻まれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、レオって呼ぶね。あたしはラナンキュロア。レオもあたしのことはラナって呼んで」

 

 少女は微笑む。邪気の無い笑みで。

 

「ラナ……様?……」

 

 少年は戸惑う。向けられたことのない、その表情に。

 

「様ってなによー。(とし)なんてさほど違わないでしょ? レオって何歳?……って名前もわからないんじゃ、わっかんない?」

 

 そうして物語が始まる。

 

「う、ん……」

 

 極悪人レオポルドが「人」として始まったのは、十一(11)歳の時であったとされている。

 

「ふーん。……じゃあ、ね……あなたの年齢は~」

 

 だがそれが、この黒髪の少女の「自分より二歳くらい下であればいいな」という、要は気まぐれにより決定したモノであるということを、知る者はいない。

 

「で、今日が誕生日ってことで、よろしく」

「……たんじょう、び?」

 

 この日、王国暦二百六十一(261)年、癒雨月(ゆうげつ)()日。

 

 少年と少女の運命は重なりだした。

 

 

 

 

 

 これより、少年レオが「極悪人」となるまで三年。

 

 少女ラナンキュロアがその短い生涯を終えるまで三年。

 

 十四歳(推定14才)の少年が国堕としとなるまで、わずか三年しかない。

 

 

 

 

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